12月11日(火)  20:50     高等部校舎 2階

 

 

 校舎内へと入り込んで、ものの数メートルも移動していない時に、それは起こった。

 

 どごぉぉぉぉん!!!!!

 

 校舎全体を揺らすような、爆発音。

「しまった……!!」

 音のした方向へと向かい全力で走り出す。角を曲がり、教室の立ち並ぶ直線状の廊下の行き着く先。

 確かそこはよく教材等の荷物置き場として利用されている、やや広めの廊下だったはずだ。

 近づくにつれ、物が動く気配がないのを感じ、スピードを落とし走るのを止め、歩きへと変える。変わり果てた廊下の姿が視界にだんだんと広がっていく。

 ……そこに今や荷物と呼べる物は何もなかった。あるのはただ、元・荷物(だったらしい)残骸と、瓦礫。

 と、その場に一歩踏み込んだ時点で、甲高い声が静寂を破った。

「来ないで!!」

 その声に動きを止めざるを得ない。

 目の前に、金の髪の少女。

 その前に、黒い子犬のような、大陸最強の生物。

 そして――

 黒焦げになった、黒い……人の形をした物体。

 言うまでもなく、先程広間から走り去った黒づくめだろう。

 それらに順に視点を合わせていき、最後にまた少女――クリーオウに目を向ける。

「レキ、やめて……違うの、オーフェンは違うの!!」

 目に涙を浮かべて、真っ青になりながらクリーオウが必死に叫ぶ。

「クリーオウ、これは……」

「わかんない……わかんないの! レキが、急に……わたしの言う事、聞こえないみたくなっちゃって……!!」

 半狂乱になりながら、クリーオウが叫んだ。

(……これは、おそらく――)

 一言で言えば、レキの暴走、と言った所だろう。

 レキの暴走は今に始まった事ではない。

 器物破損、そして人的被害。レキの本能なのか何なのか理由はわからないが、ここ最近のレキと出会った頃のレキとは何かしらが違っていたのだ。

 さらに、主人(というのが正しいのかはわからないが)であるクリーオウの危機を目の前にし、そしてクリーオウ本人の強い願いもあり、力を解放させた。

 が、それはレキの本能を刺激するにはあまりにも使った力が大きすぎた。その力が、暴走を引き起こしてしまったのだろう。

 そして、今――

「レキ、違うの! オーフェンは悪い人じゃない!!」

 クリーオウに近づく人間は、全て彼女に危害を加える者だと見えているのだろう。

 闇の中で、二つの碧色がこちらを見据えている。

 一つ動けば、自分も目の前の黒焦げと同じ運命を辿る気がした。

「レキ、ダメ……!!」

 が、ここでにらみ合ったところで何かが解決するわけではない。

 意を決し、一歩を踏み出そうとする――

 が、その瞬間、何かを感じたのか――その場で金縛りにでもあっていたかのように動かなかったクリーオウが飛び出した。

 俺の前に仁王立ちになりかばうようにして、レキの目を見つめながら叫ぶ。

「やめて、レキ……こんなこと、しちゃダメ……!!」

 ……大陸最強の生物が、わずかな躊躇を見せる。

 その瞬間。

「封じよ」

 凛とした、低い声が響き――

 次の瞬間には、レキはこてん、と床に転がった。

「先生!!」

 振り向くと、そこにはチャイルドマン先生が右手を突き出して立っていた。

「レキ! しっかりして!!」

 転がったレキを抱き上げ、軽く揺らしながらクリーオウが金切り声を上げる。

「心配ない。ただ、眠っているだけだ」

 その声にクリーオウがはっと顔を上げる。そんなクリーオウに、チャイルドマン先生は音もなく歩み寄ると、その腕の中からレキを受け取った。

「オーフェン」

「はい」

「彼女を送っていってやりなさい」

「……わかりました」

 レキを抱えたまま歩き出した先生に、それまでぽかんと呆けたようにチャイルドマン先生の動きを目で追っていたクリーオウが――まるで止められていた時が動き出したかのように――急に立ち上がり、声をあげる。

「レキを……レキをどうするつもりなの?!」

「安心したまえ。悪いようにはしない。『処分』などという、馬鹿げた考えは我々は持ち合わせていない」

 そのまま、先生は暗闇の中へと姿を消した。

「……」

 クリーオウは、その存在に圧倒されたのか、何なのか――

 その後、一言も発することなく家まで帰っていった。

 

「先生なら、大丈夫だ。信用していい。元々、結界を張ろうと言い出したのも先生だし、悪いようにするわけはない。だから……」

 だから、何だというのだろう。

 クリーオウにかける言葉も見つからないまま、クリーオウの家の前へと辿りつく。

 家の前で、家族に説明を、としたら止められたが……その時に、一言だけ。

「……今日は……色々ありがとう。それと……ごめんなさい。それじゃおやすみなさい、オーフェン」

 目を一つも合わさずに。

 早口でそれだけ言うと、クリーオウは逃げるように家の中へと入って行った。