「な……?!」
そこにいたのは、校舎の高さほどもある大きな物体だった。
黒い艶やかな毛並み。深く、吸い込まれそうな深遠の碧。――大陸最強の種族、ディープ・ドラゴン。
「キリランシェロ!!」
俺の姿を見つけたハーティアがこちらへと駆け寄ってきた。
グラウンドには多数の魔術士がそれと対峙していた。
グラウンドに散らばる魔術士と、巨大なディープ・ドラゴン。豆粒対巨人(人ではないが)といったような、まるでおとぎ話のような構図が展開されていた。
「レキ、なのか……?!」
「そうだ」
と、いつのまにか側で悠然と立っているチャイルドマン先生が、俺の独白ともとれるつぶやきに答えた。
「何で、……あんな……」
「わからない。だが……外部から何らかの刺激を受けた可能性が高い」
「外部からの……刺激?」
「レキの、いわゆる親ってヤツからのさ」
ハーティアが眼前を見据えながら答える。
「何のつもりかはわからぬが……『アレ』は、こちらを攻撃対象として認識したようだ」
と、その姿勢を崩すことのないチャイルドマン先生。
「さっき、一度結界を緩めたんだ。レキを「返す」前の最終調査ってことでさ。で、結界緩めた瞬間に転移して、外に出てみたらこの有様ってわけさ」
ハーティアの口調は何気ないものだったが、存分に緊張しているのがわかった。ちらりと横目で見やると、さり気なく冷や汗を拭うのが見えた。
ゆっくりと、レキを見据える。
その大きさは元の子犬ほどの大きさから数倍も大きくなっており、校舎とほぼ変わらない身長になっている。
碧の瞳はこちらを見据えたまま、動かない。そして、それ以上何もしていない。
(蛇に睨まれた蛙、ってところか……)
その証拠に、グラウンドに散らばっている魔術士は誰一人として動こうとしない。
例の事件の奴らはすでに処分が下った後なので、ここには存在していない。つまり、ここにいるのは全て『良識ある』魔術士、ということになる。
(……あいつが見たら、どっちも変わらないように見えるんだろうけどな)
ふと脳裏に浮かぶ、目の前の巨大な悪魔が従っていた金の髪の少女。
(いくらなんでも帰っただろ、こんな時間じゃ……)
季節柄ということもあって、18時台ではもうあたりは真っ暗といっても差し支えない。ましてや高校はテスト前で、部活も休止期間。この時間まで学園に残っている高等部の学生はもういないハズだ。
クリーオウが学園にいないということに対しほっとしながら、どこかで……、どこかで、彼女を必要とした自分がいた。
もう、クリーオウは部外者だ。レキが「こう」なってしまった今となっては。
(だからって、どうしろってんだ……)
最強の種族とも言われるディープ・ドラゴン。それに対し人間種族の魔術士がいくら束になってかかったところで、何の意味も持たない。彼らにとっては赤子の手を捻るようなものなのだから。
(……これで、終わりってことか? あいつに、……まだ何も言ってないのに)
そう、まだ、俺は――
「バケモノめ、思い知れッ……光よ!!」
後方から響いた声に一気に思考が戻される。
ぎりぎりで保っていた均衡の崩壊。振り向くとそこには処分を受け、学園を追放されたはずの学生会執行部・会長が構成を解き放っていた。
解き放たれた構成は一筋の光の帯となり、迷うことなくレキへと突っ込んでいく。
その場の空気が凍りつく。レキに程近い魔術士が我を失ったかのように、その場を文字通り転がりながら逃げ出す。横で先生がわずかに動いた気配。が、間に合わない!
ばぢっ。
奴の渾身の攻撃であったであろう、ピアノ線のようにぎりぎりで保たれていた均衡を崩したソレは、ほんの一瞬で打ち崩された。
「な……?!」
その一声。
それを最後に、奴の姿は消し飛んだ。
そして、それは始まりでもあった。
――終焉に続く序曲への。