その場にいながら気付いたのは、ごくわずかであっただろう――黒い悪魔が、またその瞳に何かを宿したのを。それに映しだされた瞬間、何もかもが無力にも消し飛んでいくまさしく悪魔のような瞳に。
俺は絶対的な自信があったわけではないが――ほぼ直感で、身体が動き出していた。
ぎりぎりまで精密に、強固に編み上げた構成を、少女の前にすべりこんだ瞬間に一気に解き放つ!
「我は紡ぐ光輪の鎧!!」
突然のことに驚き目を見開いた少女と、俺の前に光が広がる。
(しまっ……防ぎきれない?!)
じわじわとものすごい早さで、展開した魔術がこそぎとられていく感覚にぞっとする。そのまま、圧倒的な力に平伏してしまいそうになる。
だが、そうはいかない。後ろには、クリーオウがいるのだから。レキに、クリーオウを殺らせるわけには――いかない。
(くっ……このままじゃ……)
「防げ」
低い、腹を直接振動させるような声が静かに響く。次の瞬間、ぱん、というあまりにも単純な音ともに押し合っていた魔術どうしがあっさり霧散する。
が、せめぎ合っていた力の余波がわずかな爆発を起こす。爆風に耐えようととっさに両腕を眼前でクロスさせるが、身体の方は軽々と地面に転がされてしまう。
レキの方も突然のことに対応しきれなかったのか、まともに爆発を受けたようだった。爆風で巻き上げられた砂煙でその巨大な体躯が隠される。これで、レキの視界はしばらくはゼロになるはずだ。
起き上がると、いつの間にかクリーオウの真横に、チャイルドマン先生が右腕をこちらへと向けて立っていた。
「先生!」
チャイルドマンは俺の言葉に反応することもなく、真横のクリーオウに向き直った。その細い両肩に手を置くと、変わらずの低い声でつぶやいた。
「クリーオウ。すまないが、君の力を貸して欲しい」
「……わたしの?」
あまりのことに呆然としていたクリーオウが、不思議そうに答えた。まだ事実を把握しきっていないらしく、その表情には困惑の色が見て取れる。
俺も急いで二人の側に駆け寄ると、クリーオウに話し掛けた。
「クリーオウ、あれはもう……レキじゃない」
「レキじゃないって……どういうこと?」
「だから――っと、ゆっくり話をさせてくれそうにもないみたいだな、あいつは」
砂煙も晴れてきて、レキがゆっくりと動き出す気配がする。
「いったん下がれ、オーフェン。彼女に説明を」
「わかりました。……来い、クリーオウ!」
「え、あ、ちょっ……」
とまどうクリーオウを無視して、俺はクリーオウの細い手首を掴むと、そのまま高等部校舎に向かって走り出した。