1月24日(木)  18:45     高等部校舎前

 

 

「痛……痛いってばオーフェン!」

 ずるずると引きずるような形で俺はクリーオウを校舎の前まで連れて来た。校舎前に立ち並ぶ大きめの花壇の影に入り、そこでやっと彼女の手首を解放する。

 俺はすぐさまその場にしゃがみこむと、はぁはぁと肩で息をするクリーオウにもしゃがむように合図する。不服そのものを表した顔ではあるが、素直にクリーオウはしゃがんだ。しゃがんだまま、クリーオウと向き合う形になる。

 ちら、とグラウンドを確認すると、うすぼんやりとした光が、レキの巨大な身体を包み込んでいる。チャイルドマン先生の指揮の下、残っていた魔術士全員でレキの動きを封じようとしているようだ。

 それでもあれは簡易的な結界であるから――もって数分がいい所だろう。それまでに、クリーオウに事情を納得してもらい……協力してもらわねばならない。

 かといって一体何と話せばいいのか言葉を探していた俺に、クリーオウから助け舟が出された。……内容は、けして助けとは言い難かったが。

「ちょっとオーフェン、レキがレキじゃないってどういうことなの?! ていうか、レキは返したんじゃなかったの?! それに何であんな大きくなっちゃってるわけ?! 悪いようにはしないって言っておいてあれは何よ?! 一体レキに何をしたの魔術士(あなた)たちは?!」

 いっぺんにまくしたてられて、さらに俺は困窮する。“あなたたち”――と称されたのにわずかながら胸の奥に痛みを感じたものの、ここで言葉を発さなければ永遠にこの少女の追及は続く事だろう。そして何より、時間かせぎをしてくれているチャイルドマン先生に申し訳が立たない。

「わかったから落ち着け! 俺だって事の全てを把握してるわけじゃないんだ。時間もないし、わかる範囲で説明するぞ」

「何でわからないのよ!」

「いいから黙れ! 時間がないって言ってるだろーが!! ……いいか、俺たちがどうなるか――いや、この学園やこの街がどうなるかは、全てお前にかかってる」

「……わたしに……? どういうことよ」

「だからそれを今から説明する。よく聞け。……レキは今完全に暴走状態にある。理由はよくわからんが――外部からの刺激によるもの、らしい」

「外部?」

「おそらくはレキの親元……まぁレキの仲間って所だろ。レキをここから出させたいんだろうな。……そんなことしなくたって春になりゃこっちから返しに行く予定だったってのに」

「何ですぐ返さなかったのよ」

「知るか。ていうか、おいそれと返せるよーなもんじゃないんだよ。親元の所に行った際に何があっても大丈夫なよう、こっちが備えなきゃならねえ。それの準備が整うのが春だったってだけだ」

「まかせておけば大丈夫とか言ったのはどこの誰よ」

「ああもう、話を逸らすな! いいか、言ってみりゃ今のレキはお前と一緒にいた時のレキじゃない。ディープ・ドラゴンの本能に目覚めた大陸最強の戦士だ。まだ赤ん坊だがな」

「……それで、わたしは何をすればいいわけ?」

「あいつはここから出る為に、結界を張っている魔術士を倒そうとしてる。……いや、もう暴走の度合が高くなりすぎてて見境なく人間自体を敵とみなしてる感もあるな。もしそうだとして、俺たちを殺った後、レキが街にでも出てみろ。ものの数分でトトカンタ市は壊滅だ」

 クリーオウが息を飲むのがわかった。うっすらとその頬に冷や汗を流しながら、目で話の続きを促してくる。

「そうならないために、レキを止める……いや、元に戻すっつった方が正しいか。で、何でお前なのかっていうと、さっきお前がここに来た時――レキが初めて個人に対して反応したんだ。お前が来るまでは目の前に移る動く物体は、全て敵とみなしていたあいつがな。つまり――レキの意識っつーか、自我ってのかわからねえけど――以前の『レキ』はまだあいつの中にあるってことだ」

 俺はグラウンドを指で指し示しながら言葉を締めくくる。

「じゃあ、また……元のレキに戻るってこと?」

「体型まで戻るかどうかはわからんがな」

 ぱっ、とクリーオウの瞳が輝く。そこに宿る揺るぎない光が、一層輝きを増したように見えた。

「わたし、やるわ! 絶対に、レキは元に戻してみせる」

 クリーオウが握り拳をつくりながら、花壇の影から立ち上がる。そのまま走り出してしまうのかと思い、俺も急いで立ち上がる。

 が、クリーオウはグラウンドを見つめたまま動かなかった。ぐっ、と先ほど作ったばかりの握り拳に力をこめてちいさく震わせている。唇を噛んで――まるで、何かに耐えるように。

「……クリーオウ?」

 遠慮がちに声をかけると、わずかに声を震わせてクリーオウが淡々とつぶやいた。

「……レキがあんなに苦しんでるのに、わたし、ちっとも気付いてあげられなかった。あんなに側にいたのに。ずっとずっと側にいたのに。だから」

 いったんそこで言葉を切ると、一度目を伏せて――が、すぐにきっ、と顔を上げて、続けた。

「絶対に、レキを助けるわ」

 

 ……その時の少女の横顔を、俺は一生忘れないと思った。

 

「行くわよ、オーフェン!」

「ああ!」

 俺たちはグラウンドへと走り出した。