「桜が満開ね」
舞い散る桜に手を伸ばしながら、クリーオウがつぶやく。
俺たちは高等部の校舎横を通り、大学の講義棟へと向かっていた。高等部の校門はこちら側とは逆の校舎側にあるため、こちら側の道は人っ子一人いなかった。
春の風に乗って、校舎前の卒業生たちのはしゃぎ声がかすかに届く。クリーオウと並んで歩きながら、俺も卒業式くらいは出てみても良かったかな、と思う。まあ当時はここの生徒でなかったのだから、何にしても無理な話であるが。
「……オーフェン」
そんなことを思っていると、クリーオウが話しかけてきた。前を向いたまま。
「ん、何だ?」
「わたしね、3年間結構楽しかったと思うの」
「そうだろうな。何だ、名残惜しくなったのか?」
「ん……そうかも」
と、そこで一度言葉を切って――、クリーオウはこう続けた。
「特に……オーフェンと会ってから、ものすごく毎日が楽しかった」
何となくクリーオウと出会ってからのことを思い返して――素直に頷けないものを感じながら俺は答えた。
「ま、俺もそれなりに楽しかったよ。色々とな」
「レキと出会えたのも、オーフェンのおかげだし。……オーフェンがいなかったら、もうレキと会うこともなかったし……」
突然クリーオウが足を止めた。下を向いてしまっているために表情はわからない。……泣いているのだろうか?
「……クリーオウ?」
「だからね」
わずかに声を震わせながら、クリーオウが顔を上げた。その顔にあるのは――笑顔。
「オーフェンにはものすごく感謝してるの。ちゃんと、お礼を言わなきゃって」
「別に、そんなお礼を言われるほどのことはしてねえよ。むしろ、助けられたのはこっちだからな」
「ううん、そんなことないわ」
ぶんぶんと音がするくらいに首を振ると、クリーオウは笑顔をわずかに歪ませながらさらに続けた。
「あの時、オーフェンがいなかったら……オーフェンに、『お前ならできる』って言われなかったら……ダメだったかもしれない。レキを助けたい気持ちは誰にも負けなかったけど、でも不安がなかったわけじゃなかったわ。もしかしたらレキがまた、前の時みたいにわたしの言葉を聞いてくれないかもしれない、って。……だから」
そこまで一気にまくしたてて、クリーオウは自分を落ち着かせるように一呼吸した。歪んでしまった顔を必死で笑顔に戻しながら、言う。
「……オーフェンがそう言ってくれて、すごく安心できたの。絶対に大丈夫って、そう思えた」
潤んだ二つの碧い双眸が、こちらを映している。その瞳に宿る光は――色褪せることなく、そこに佇んでいた。
「だから、みんな……オーフェンのおかげだと思うの。……本当に、ありがとう、……オーフェン」
そう笑顔で言い切ると、ぺこり、とクリーオウが頭を下げた。
……が、いつまで経ってもその頭を上げようとしない。
泣いているのだろうか? そう思い名前を呼ぼうとして――止めた。
代わりに、下げたままの頭にぽん、と手を乗せて。
「ああ。でもそれを言ったら、俺だってお前がいなかったらどうにもならなかったんだしな。おあいこだ、おあいこ」
ぽんぽん、と何度か優しく叩くと、ゆっくりとクリーオウが顔を上げた。今にも泣き出しそうな……朱に染まった顔で、こちらを上目遣いで見つめてくる。
「わかったか?」
……こくり。わずかな間をおいて、ちゃんと顔を上げたクリーオウが頷く。
それを見届けると、俺は自分でも知らぬうちに笑みを浮かべた。そしてもう一度クリーオウの頭に手を乗せ、また歩き出す。
こう、つぶやきながら。
「……んじゃ、頼むぜクリーオウ。これからもな」
俺が歩き出してもクリーオウはそこに止まったままだった。よって、俺の手はするりとクリーオウの頭から離れ、宙に投げ出される。
投げ出された手と、もう一方の手を何気なくズボンのポケットに突っ込みながらそのまま歩いていく。
「……え?」
今頃になって、クリーオウが声をあげるのが聞こえた。思わず苦笑しながら、さらに数歩歩んで、そこで俺は後ろを振り返ろうと歩みを止めかける――
「ぐあっ?!」
いきなり、背中に何か物体が突撃してきたような衝撃が加わる。それと同時に、重力が倍になったような感覚が重なった。
ポケットに手を突っ込んでいたせいもあって、俺の身体は2,3歩前につんのめった。
(一体何だ……)
と、わざわざ疑問に思うまでもないが――視界の端に、金の髪が揺れるのが見えた。
「こちらこそ、よろしくね、オーフェン!」
背中に抱き着いた――というか、背負った――ままのクリーオウが、耳元で元気に答えた。
そうだ、これからも――この少女がいる限り、楽しい日々が続くのだろう。
どんなに辛い事があっても、苦しい事があっても、きっと。
彼女のあの瞳の光は……失われることなく輝き続けるのだから。
劇終。
※次のページはいわゆる言い訳三昧ですが、手直しせずに旧Ver.時そのままを使用しています。
イイカンジに逝かれてますのでよほど暇な方以外は遠慮なさるべきだと思います。 → メニューへ