これが、「絶望」。
泣いては駄目だ。
別にわたしは悲しいから泣くんじゃない。
悔しいから泣くのだ。
泣くということは、悔しくなるようなこと――負けるとか、自分が弱いとか賢くないとか、力及ばずどうにもならないとか、そういう自らの限界を痛いほど認識して、現状を打破できない自分のふがいなさに、ぶつけ先の見つからない怒りで泣くのだ。
そうして泣くことはつまり、そのような自分の劣化部分を認めるということだ。
だからこそ、悔しい。
だからこそ、泣いては駄目なのだ。
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努めて無表情に用件を伝えて、食堂へと足を向ける。
(……ごめん、オーフェン)
庭に残してきた男に、小さく詫びる。何故詫びたのかといえば、最後に見た表情が、一瞬だけ――勘違いかもしれない――辛そうに見えたからだ。
けれど、辛いのは自分だってそうだ。そう、今の自分は辛さに耐えている。
縋るものもなく、ただ一人地面に立ち続けることがこんなにしんどいことなのだとは知らなかった。そう――人は自立しないのだから。
角を曲がる際、進んできた廊下を確認する。彼はついて来ていなかった。
まだ庭で辛そうに立ち尽くしているのか、それとも食欲がないのか。
(来ないなら……それはそれで好都合、かもね)
クリーオウは自嘲気味に、ちいさく口を歪めた。
朝、満身創痍の――あのダミアンが治癒してもなお――彼と再会してから、一言も話をしていない。
彼の部屋の位置は知っていた。すべき用事があったわけでもない。作ろうと思えば作れた会話の機会は、彼女自身の意思で黙殺されていた。
端的に言えば、自信がなかった。
(オーフェンに言ったら、耐えられなくなりそうなんだもの)
今の自分はぎりぎりの所を歩いている。その自覚は鮮明すぎて、憎らしいほどに。
(負けられない。弱いところは見せられない)
自分に何かを与えてくれた者たちのためにも。
彼女は一時的でも、負けることを許さなかった。
溢れそうになる感情を押し込めて、ただ進む。
数刻の後にそれがあっさりと決壊することを、彼女は知らなかった。
ただ一つ――あってはならない最悪の事態として予測した以外には。