「やっぱり良くなかった……俺の馬鹿……」
 そう言ってオーフェンは頭を抱えたのは数分後。耳に入ってくる水音を必死に聞かないふりをしてだった。



 あれから荷物を置き、クリーオウの探索も一通り終わり落ち着いたころ彼女がある事を言いだしたのが始まりだった。
「ねえ、オーフェン。シャワー浴びていい?」
 どうやら町に来るまでの道中で髪に溜まった砂を落としたいらしい。
 深い考えもなく、オーフェンは彼女の言葉にためらいもなく頷いた。だが、それがいけなかったのだ。
 喜んで風呂場に向かうクリーオウの後姿を見ながらオーフェンはベッドに横になって本を開いた。
 マジクがいないため話し相手もおらず、部屋は静かなままだった。それもいけなかったのだろう。
 当然聞こえてくるのはクリーオウが服を脱ぐときの衣擦れの音。だが、この時点でオーフェンはたいして気にしていなかった。
 だが、全てを脱ぐ終わった後で浴槽のドアを開け中に入ったところで、オーフェンは唐突にある事実に気が付いた。ドアの開く音がオーフェンにある考えを浮かばせたのだ。
(……クリーオウが入浴中で、この部屋には俺とあいつだけ……浴槽までの扉の数は二枚……たった二枚……)
 ここまで考えてしまったオーフェンは顔を真っ赤にした。
 誰かに見られていたわけではないのだが、あたりを見回す。そして、その行為が覗き魔のようだと自覚してさらに冷や汗をたらす。
(違う違う違う、ちぐわぁぁぁぁう! 俺が焦ってるのは入浴中のところを誰かに襲われたらどうするかってことで……じゃなくて入浴してる間にレキは大丈夫なのかってことだ!!)
 もちろん、今の今までそんなことは微塵に考えてなかった。
 そこで気を紛らわすために部屋を見渡していたオーフェンは唐突にレキがいないことに気が付いた。
「あれ? レキの奴……今さっきまでそこで転がってたのに……」
 とりあえずベッドの下を覗き込む。だが、そこにはレキの姿はなく、部屋中探し回っても結局レキは見つからなかった。つまり……
「…………あっちしかないか」
 ため息をついてオーフェンは脱衣所兼洗面所の部屋に繋がる扉を開いた。
 扉を開いた瞬間、熱気がオーフェンの肌を叩いた。思わずジャケットを脱いでベッドの上に放り投げる。そして、改めてあたりを見回した。
 隅っこのかごにはクリーオウの脱いだものらしき衣服が置いてある。とりあえずそこから目をそらしてからゆっくり視線を移動させる。
(長居は危険だ……危険すぎる……)
 心の中で必死に自制心を保つオーフェン。うっかりすると視線がもう一つの扉の方へ行ってしまうからだ。
 必死に自分に言い聞かせながら視線を動かしていたオーフェンはタオルの上に座っているレキを見つけた。
「ったく……狙われてるって自覚ねえのか?」
 そんなものがこの目の前の最強のドラゴンに有るはずは無いのだがオーフェンは思わずぼやいた。どちらかといえば何か別のことをしなければ気を紛らわせないほど自制心が危うくなっているのだが……
 と、レキを抱えて隣の部屋へ移動しようとした、そのとき
「レキ~。一緒に入ろっか~?」
 浴室の扉が開いた。そして、中から出てきたのは……
「ク、クリーオウ……」
「――え?」
 互いに絶句する二人。まさかオーフェンがいると思わなかったのだろう。クリーオウは目を点にしたまま固まった。
 そして、オーフェンもまた固まってしまった。何せ出てきたクリーオウは……
 全裸だったのだから。
 そして、沈黙を先に破ったのはオーフェンだった。
「ま、まて! これはだな! 決してやましい考えとか気の迷いとかがあったわけじゃなくてだな、純粋な心配する心で――!!!」
 必死に弁明、もとい真実を訴えるオーフェンだったが逆効果だったようだ。
 顔を真っ赤にして叫ぶオーフェンに、まずクリーオウは下を見下ろした。そして、自分が生まれたままの姿であることに気付き……
「きゃぁぁぁぁぁあ!!! 覗き! 変態! 痴漢! 強姦魔!!」
 盛大な悲鳴を上げて浴槽の中に引っ込んだ。だが次の瞬間、中にあるものを片っ端からオーフェンに投げつけたのだった。
「いてっ! 止めろクリーオウ! 騒ぐと周りがぁ!!」
 そして、彼女を必死になだめようとするオーフェンの顔面に、大理石で出来た置物がめりこんだのだった。