それから30分ほどして……先程の騒動が何とか収まり、クリーオウのシャワーも無事終わったらしい。
 オーフェンはベットに座り、タオルで顔を冷やしている。流石に大理石は効いたのか投げつけた張本人を半眼で睨んでいた。
 そして、その張本人はというと……
「オーフェンのスケベ」
「ぐっ」
「オーフェンの変態」
「むぐっ……」
「オーフェンの強姦魔」
「ぐぐぐ…………」
 未だに怒っていた。
 オーフェンも悪いと思っているので甘んじて口撃を受けていたが、いい加減に我慢の限界が来ていた。
「大体オーフェンは甲斐性無いし……」
「……………………」
「きっと、外で雨が降って来たのもオーフェンの所為よ」
「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇ!!」
 天気まで自分の所為にされ始めたあたりでオーフェンも我慢できなくなった。
「確かに結果的に覗いたのは俺が悪い、それが何で天気だの甲斐性だのと言われにゃならん!?」
「なによ!? 元はといえば覗いたオーフェンが悪いんでしょう!?」
「だから覗いたのは悪かったって言ってるだろーが!」
 オーフェンは自分が完全に覗いたと認めているのに気付いていない。
「嫁入前の娘の裸を見たのよ? 悪かったで済むと思ってるの!?」
「じゃあ、どうしろつーんだ?」
「……ちゃんと責任とってね♪」
「はあ?」
「とってね!!」
「わ、解ったからそう迫るな……」
 その答えを聞いて満足したのかクリーオウは窓際に常備されている机の方に向って行く。
 それを溜息をつきながらオーフェンは見送った。
(責任か……また買い物か? ただでさえキツイ財政なのにな……それとも、まさか…………いや、流石にそれはねえか)
 自分の想像した事に赤面し急いでそれを頭から追い出そうとしているその時、オーフェンはふと違和感を感じた。
 それは注意してなければ決して見付からないだろうと思われるくらいに微弱なものだが。
 次の瞬間にはオーフェンは飛び出していた。
「クリーオウ!!」
「えっ?」
 飛び出した勢いのままクリーオウを抱き窓から離れ、身を翻し叫ぶ。
「我は放つ光の白刃!!」
 その時には、窓から飛び込んで来たもの――黒い装束を着た、暗殺者と呼ばれる者――は体勢を整えていたが、オーフェンの反応の方が早く純白の光がそれに突き刺さる。暗殺者もろとも壁の一部が瓦礫と化し、雨の降りしきる外の様子が見えた。



 オーフェンは瓦礫の下の相手が動かないのを確認し、息を吐いた。
「……クリーオウ、準備しとけ……まだ、来るぞ」
「ん、わかった」
 レキを頭の上に載せ、剣を持つ――これでクリーオウの準備はあらかた終わった。
 オーフェンの方はいつもの服装と装備のままだ。
「用意できたわよ。これからどうするの?」
「ん~、集団なら頭を潰すのが一番だが……」
 オーフェンがそこまで言った時、カチリと部屋の扉の鍵が開く音が2人の耳に届いた。
 瞬間、オーフェンは手を扉に向け大きく息を吸い構成を浮かべる。
 そして、扉が開く。
「我は放つ光の白刃!!!」
 強烈な純白の光熱波が扉を圧し包んだ。
 オーフェンは扉が開いた瞬間、相手が宿の主人だったらどうしよう等と考えたりもしたが、自分では相手を倒せるだけの威力を込めたつもりだった。


 が、そこは何も変わっていなかった。
 オーフェンが魔術を打つ前と何も変わっていなかったのだ。
「な!? 馬鹿な…………」
 その光景を見てオーフェンは正に絶句していた。
 そこへ、ゆったりと女性が入ってくる。彼女は彼の様子を見て口を開いた。
「ふふ、理解できないって顔ね?」
「何様だ、不法侵入者様?」
「そうよ! ケーサツ呼ぶわよ!?」
 2人の言葉を聞いた女性は口元に笑みを浮かべた。
「あははははは、警察? どうやって呼ぶの?」
「こうやってよ!! レキ、死なない程度にやっちゃって!!!」
 レキの目が輝き、その女性をレキの暗黒魔術によって吹っ飛ぶはずだったが、先程のオーフェンの時と同じように女性は余裕の笑みを浮かべ何も変らずに立っている。クリーオウの顔が驚愕に染まり、逆に、オーフェンは何かに気付いていた。
「……うそ」
「…………天人の遺産か!?」
 2人の表情を見て女性は更に笑みを強くした。
「ふふふ、正解……よく解ったわね?」
「当たり前だ、ディープ・ドラゴンの暗黒魔術をアッサリ防ぐのが天人の遺産以外にポロポロあってたまるか……」
「なら、解るわよね? 大人しくディープ・ドラゴンを渡しなさい」
 自分に魔術が効かないのが解っているのだろう、完全な命令口調でオーフェン達に言う。
「素直にハイって言って渡すわけ無いだろう?」
「オーフェン……」
 と、クリーオウが背中を合わせてきた。ふと見ると、先程の穴から瓦礫に埋まったのと同じ様な格好をしたのが5人、入って来ていた。
「どうするのお2人さん? 逃げ道は無し、人数もこっちが上、これでもまだ渡さないと言う気?」


 オーフェンとクリーオウは背中越しにお互いを感じ、思わず顔を見合わせフッと微笑む。
「出口が無いならな……」
「作れば良いのよ!!」
 クリーオウが叫んだ瞬間、レキが最初に暗殺者が入って来た壁の方を向いた。オーフェンはクリーオウを脇に抱え、レキによって出来たばかりの大穴に飛びこむ。
 雨の降りしきる外に出ると、落下しながらオーフェンが叫んだ。
「我は駆ける天の銀嶺!!!」
 重力中和により地面に降り立った2人は雨の中、宿から離れるように駆け出した。
「オーフェン! どうするの!?」
「取り合えず身を隠して、遺産をどうにかする方法を考える」



 宿では標的を逃がしたにも関わらず、笑みを浮かべている女性がいた。
「くすっ、やるわね……貴方は信者を全員集めて、他の者達は追跡に移って」
 女性の命令に従い暗殺者達は闇に消える。
 部屋を出る前に一度振り返ると、女性は一言つぶやいた。
「…………ふふふ、このカタルシア・ミフォードから逃げられると思わないでね?」