「 野栗は変わった 」


 二年生のクラスでは、野栗が学級委員に立候補した。周囲が「えっ」と言う顔をした。対立候補が誰もいないので、当然当選だ。手をこねくり回しながらしゃべるのが癖で、大きな眼と毬栗頭で、口が速い。勉強に使う知能を、全てへ理屈に回すタイプだ。口では誰も叶わない、対立候補など出るわけも無い。
 案の定、しばらくすると問題が起こった。女子のグループ数人で「先生お話があります。」と言って迫られた。
 聞いてみると、「野栗は学級委員なのに、いじめが酷い」「特にメグちゃんのことを『納豆!納豆』と言ってからかう」と言うのだ。
 メグちゃんは、ハリーポッターのような丸いメガネをかけ、ひょろっとした風貌と、ねちねちした話し方で、確かに男の子に嫌われるタイプであった。
「判った。でもな、先生が野栗を呼び出して叱ったら、素直に直るような奴かな」「恨みの気持ちで、見つからないように、前より一層隠れて意地悪するのじゃないか」
 折角先生に相談したのに、先生は何もしてくれない。と不満タラタラの顔だ。先生も調べてみるから明日又来るように伝えた。
早速、その時に来なかった女子を呼んでさりげなく尋ねると。いじめは事実であった。放課後、善意のある者を、また呼んで作戦会議を開いた。
 なぜ、自分で注意せずに、先生の手を借りようとしたのか尋ねると、口では叶わないし、自分に暴力を振るわれたら怖いと言う。
 そこで、自分自身も悪だった過去を振り返ると、『いじめや暴力を振るう奴は、実はとても臆病で、自分の弱さを隠すために、切れて見せるだけで、本当の怒りに直面すると、初めてひるむ』と言う事を話した。
 屁理屈で反論されるのは、本気ではない事を見透かされるだけで、「殴るなら殴ってご覧」と言う気概で反論する以外解決策は無いよ。と教えた。そして、もう一つ秘策を授けた。
 数日後、帰りのSHRの時、それは起こった。メグちゃんが、美化委員会からの報告を、例の口調で始めた時、野栗が「納豆!うるせぇぞ」とやり始めたのだ。教室に重い空気が流れた。一瞬、誰もが予測もしないことが起きた。いつもは、ニコニコしているだけで何も言わない松ちゃんが、すっくと立ち上がって、「止めてください。メグちゃんが口が回らないのは、メグちゃんの所為じゃありません。私は体の不自由な妹がいて、家に帰ったら、お母さんが家事が出来るように、いつも妹をじっと抱いて動かないようにしています。私にとって、学校だけが、心から楽しく過ごせる時間なんです。いじめなんて止めて下さい。」と、黒板の一点を見つめたまま、一気に話した。
 「なにイッテヤガル」と野栗が反論しかけた時、自体に気付いた女子たちが、始めはパラパラと、終には全員で拍手を始めた。周りを見回した野栗は真っ赤になって座り込んだ。
 実は、この拍手が、私の授けた秘策だ。
 本当に酷いと感じたものが、自分の言葉で、「止めて欲しい」と言いなさい。自分で言う勇気のないものは、その時、自分も同じ気持ちですと拍手をしなさい。一人では解決できないから、許さない人間がこれだけいると言う事を示しなさい。と伝えたのだ。
 そして、その子達には言わずに、他の女子全員に、重ちゃんたちのグループが勇気を出して注意するから、その時は、賛意の拍手を送って欲しいと依頼した。
 その結果、予想もしなかった、全くグループ外の松ちゃんが立ち上がったのだ。それも心からほとばしる言葉であった。
 さすがに、座り込んだ野栗の気持ちを察するにあまりある。元々弱虫だったからいじめに走ったのだ。クラス全員の女子だけでなく、拍手の意味を感じて、打ち合わせなしで拍手した男子もいたのだ。自分に自信をなくして当然だ。
 その日の夕方、教員寮に野栗を呼んで、経緯を話した。自分の弱さに気付かなかっただけで、元々賢い子である。自分の軽はずみな行動が、他人に与えている行動に気がついた。
 みんな学級委員としてのお前に期待して敢て、本気で取り組んでくれたんだ。お前の恥ずかしい行為を憎んだので、お前が嫌いなわけではないんだと話した。話すそばから、眼の色が変わるのを感じた。
 そう、現代人は、子供と話をするのに、子供の目を見ないんだ。それが語る真実から眼を背けて、見せ掛けの謝意や、反省文に保証を求めようとする。だから、「その場さえ逃れれば何とか成る」という甘い考えの『言い訳け人間』を育ててしまうのだ。
 それからの野栗は見違えるように変わった。まず話す態度が堂々としてきた、先生も弱かった事を知らされ、自分の弱さを、若さゆえの当然の結果として受け入れて、自分に出来ない事を考えるのではなく、出来る事をすれば良いのだという、自信のようなものにあふれてきた。
 一ヶ月ほどして、教員寮に友人を伴って野栗が来た。「こいつが万引きをしたんだ」と言う。訳を聞いてみると、近所のスーパーで数回数千円の万引きをしたと言う。
 「悪い事をしたと思っているのなら、本気で謝ってきなさい。」と言って、1万円渡した。付き添いの野栗には、いつまでも長引くようなら電話をするように指示して、自分達だけで、謝りに行かせた。
 30分ほどして戻ってきて、「許してくださった」と言いに来た。
 その言い方が真摯であったので、お金は先生に返す必要が無いからどこかで困っている人がいたら、助けてあげなさいと言って。コーラで乾杯した。
 笑顔で何度もうなづく野栗を見て、もう大丈夫と確信した。


コンコンチュウチュウの似顔絵

……> ページ先頭に戻ります

……> 次のページに進みます

……> グループ先頭に戻ります

・・・・> ホームに戻ります