巴里の夕暮れになびく、夕日よりも赤い髪の毛。


しかし、その髪の持ち主の顔は、伸びきった髪に覆われてよく見えない。

時々、風に髪の毛が靡くと、左頬に大きく白い絆創膏のようなものがチラリと見える。


体は細いのだろうか、季節外れもいいところな大きなコートに隠れていて、よくわからない。


お世辞にも、女性らしい綺麗な格好とはいえない風貌の彼女だが

赤い髪の毛だけは、エリカ達の目を釘付けにしていた。



「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」




耐え切れない沈黙に、葵は俯きながら言った。


「・・・・あの、何か?」


その言い方には『やめて下さい』の意味も含んでいるようにも聞こえた。


俯いて歩きながらも、視線は感じるらしい。

歩けば歩くほど、その視線は増えていくようにも思われる。


何か?と聞いておきながらも、彼女はその視線の意味は嫌と言うほど解っている。



「いえ、赤いなぁと思って♪

 エリカ、トマトは嫌いなのですが、葵さんの髪の毛がとても美味しそうに見えます♪」


エリカは”褒めている”つもりだ。悪気のない笑顔。

エリカの笑顔を葵は見たが、やがて無言で顔を伏せた。


「・・・・・・。」


正直すぎる感想を言うエリカに、後ろの3人は内心、はらはらしていた。


自分達は、葵の事をまだよく知らない。

何がきっかけで、この人物が怒るか、また怒ったらどうなるかも解らない。


巴里の道行く人々も、皆彼女の真っ赤な髪の毛を見ている。


とうとう葵は、コートの襟を立てた。勿論、全て隠れるわけではない。


見るに見かねてコクリコがエリカに小声で注意を促す。


「エリカ・・・なんか、嫌がってるみたいだよ・・・髪の毛の事。」

「エリカさん、あまりジロジロ見ては失礼ですわ…。」


「え・・・あ、そうですね。」


そう言いつつも、エリカはじいっと葵の横顔を見つめ続けている。

そして、どんどん葵の頭が下がっていく。


「…あーあ…エリカ、全然わかってないや…。」


そう呟くコクリコの後ろで、グリシーヌがぼそりと言った。


「それにしても・・・格好が随分汚らしいな。せめてコートくらいサイズの合ったものを…」


「グリシーヌ・・・失礼よ。」


とはいえ、花火もグリシーヌ同様、その格好は女性としてどうなのか、と思っていた。


赤い髪の毛に、大きすぎる軍人コート。それも季節はずれもいい所だ。


一年中、同じコートを着ている眼鏡の悪女を頭の片隅に思い浮かべた花火だが

目の前の月代葵のコートは、なんだか理由が違うような気がした。


(…他に、理由がある、のかも。)・・・そう思う事にした。


とにかく、エリカと葵は目立っていた。


エリカの大声が人の足を立ち止まらせ、葵の髪の毛が人の視線を集めた。

人々の視線を浴びない方がおかしかったが、月代葵はその手の視線には慣れていた…つもりだった。


(…まさか、こんなに…目立つとは…)


帽子をなくした代償は、思ったよりも大きかったと、葵は痛感していた。


命を受けて、すぐに巴里にやって来た葵本人は、服やその他のものは、現地調達をするつもりでいた。

そして、軍人である自分には、身一つあれば十分だという認識しかなかった。




それよりも、出迎えに来た人物が、どう見ても軍人ではない少女達である事に

戸惑いを感じずにはいられなかった。


(こんな若いお嬢さんまで、隊員だというの…?)


初めての海外で、道案内は大変助かるのだが、彼女達の出現で

葵はこれから自分が配属される隊は一体どういう所なのか、わからなくなってきた。

多分、戦闘員は違う場所にいるのだろうと、葵は思う事にした。


それよりも。


「あ、葵さん!見てください!凱旋門ですよっ!」

「……。」


先程から、自分の腕を取りきさくに話しかけてくる

赤い修道服を着た少女の明るい笑顔だけは、どうしても慣れる事は出来ず…


そして。


「実は何を隠そう、あそこには、リボルバー…うわ・・・うわわわっ!?」

「・・・・・っ!?」


・・・そして、腕を引っ張られては、エリカごと転んでいた。




「…あ〜あ…」

「・・・やれやれ・・・エリカ!巴里観光案内は、後にせよ!」


グリシーヌが、エリカにそう言うと

エリカはエリカで、地面に突っ伏しながら、葵に笑顔で言った。


「あ、はーい!葵さん、あとでしっかりと、案内しますからね♪」

「・・・は、はあ・・・。」


同じく、地面に突っ伏しながら、葵は気の抜けた返事をした。



その様子を見ながら、花火は小声でグリシーヌに囁いた。


「・・・グリシーヌ・・・実力を試すのはやめたの?」


溜息一つして、グリシーヌは素っ気無い声で答えた。


「・・・気が削がれた。あの者には・・・なんというか、戦士たる覇気が感じられない。

エリカの話によると風を操るらしいが、あの通り…エリカと共に転ぶような運動神経だ…

あれでは、たかが知れている。戦って追い出す事など、いつでも出来そうだからな。」



「・・・そう・・・。」


残念そうに花火はそう言った。

グリシーヌは、やはり追い出す事に決めているらしいが

花火自身は、月代葵の事がまだよく解らない以上、自分はまだ結論を出せないでいた。


コクリコはコクリコで、未だ髪で顔のよく見えない隊長候補に話しかける事もせず、ただ距離をとって歩いていた。



「はい!こちらが、シャノワールです!」


エリカはエリカで、元気一杯にシャノワールを紹介した。



「・・・・ここが・・・。」



テアトル・シャノワール。


巴里で知らない者はいない、夢の劇場。

歌・マジック・ダンス・コメディ演出…どれをとっても一流だと人々は絶賛する。



しかし、そのシャノワールには裏の顔があった。



それが『巴里華撃団』。




どこからどう見ても…戦場とは縁の無い、華やかな場所。

軍人である葵は、違和感を拭い去れなかった。




「・・・ここが・・・私の、戦場・・・。」






[ 巴里華撃団 紅姫編3話  ]






本当に、自分の配属先は、ここで合っているのだろうか?

不安になりながらも、葵は案内されるがまま、支配人室へ通された。


メイドらしき女性が2人おり、葵の格好を一目見て2人共『うへえ』という表情を浮かべていた。


(やはり、一旦服を調達して、正装してくるべきだった)と葵は反省した。



支配人室へと案内してくれたのは、メイドらしき格好の女性はメル=レゾンと名乗った。

素っ気無く『こちらへ』と短く言って、葵を奥の部屋へと案内した。


エリカ達はというと、もう一人のメイドらしき格好の女性、シー=カプリスに

『この人は、オーナーとのお話がありますから、エリカさん達は、ここまでですぅ』と通行止めを喰らっていた。




奥の部屋の中には、一人の優雅な女性が黒猫を抱いて座っていた。

女性の前には、男性が座っていて、葵の姿をみると立ち上がった。

メルは、葵が中に入るや否や『では…』と部屋を出て行った。



「・・・あの・・・失礼ですが、貴女が、イザベル=ライラック総司令…でよろしいのでしょうか?」


軍人の葵には、その女性が”特殊機関の総司令”とは思えなかった。敬礼すべきかどうかも、迷った。

やや小声でそう尋ねると、女性はふっと笑って言った。


「なんだい?もっとゴツイ女だとでも思ったかい?」


「い、いえ…失礼いたしました。」


葵は、両方の踵をつけ、深々と礼をしてから、敬礼しながらお決まりの挨拶をした。


「・・・本日付けで、配属になりました。月代 葵です。よろしくお願いいたします。」




「いいんだよ、月代君・・・ここは軍とは違うんだ。そのポーズは不粋、というものさ。」


気さくに笑いながら、男性はそう言って、葵の手を下ろさせた。


「僕は迫水 典通。ここでは大使をしている。君の噂は、かねがね…。」


そう言って、葵の手をとった。

白い手袋に覆われた葵の手を迫水は、ちらりと見ると、ニッコリと笑った。


葵は突然手をつかまれたので、少々驚いたようだった。

しかし、迫水がすかさず、目の前の椅子に”かけたまえ”と言ったので、咳払い一つして椅子に腰掛けた。


葵のその一連の行動を、総司令はじっと見ていた。


「…よく来たね。………ふむ、赤いね。」


率直な感想に、葵は”またか”と思いつつも、誤解のないようにと

「・・・あの、一応・・・地毛です。」

と説明を入れた。


それを聞くと、総司令はにっこりと優雅な笑みを浮かべた。


「ふふふ…わかってるさ。…長旅で疲れたかい?」


「…いえ、問題はありません。いつでも、戦闘は可能です。司令。」


それを聞くと、総司令は”おやおや”と言いながら立ち上がって葵の目の前にやって来た。


「・・・その司令ってのは、お止め。あくまでも、秘密裏にやってるんだからね。」


「しかし…。」


「ここはそういう場所じゃあないんだ。そういう呼び方はお止め。

 …あたしの事は、”オーナー”または”グラン・マ”とお呼び。”マダム”でもいいよ。

 いいね?葵。」


「わ・・・わかりました・・・。」


”そういう場所じゃない”という言葉を聞いて、葵は明らかに不安そうな顔をした。

先程、自分を迎えに来た少女達といい、この場所といい…どう考えても

”戦場”とは縁遠い場所だと思ったからだ。


もしも、戦場でもなんでもない…この建物の外装見たままの場所なのだとしたら。

ここは、葵の望む戦場ではなく…ただの娯楽の場、”劇場”だ。


「月代君は…この場所に違和感を感じているみたいだね?」


迫水が、話しかけてきた。


「あ…いえ、その…。」


言葉に詰まる葵に、迫水は笑いながら紅茶を飲んだ。

「良いんだよ、隠れ蓑は精巧であればあるほど、良いんだからね。」


「じゃあ…」


「…勿論、ただの劇場じゃあないさ。


 表向きはテアトル・シャノワール…

 しかして、その正体は『霊的防衛組織・巴里華撃団・本部』だ。」


「…巴里、華撃団…。日本の…あの、帝国華撃団と同じような…?」


「その通り。あの帝国華撃団とは、仲が良いんだよ。

なにせ、巴里華撃団の前の隊長は、今帝国華撃団の司令を勤めている男でね。

巴里・帝都合同で帝都を守った事もある。」


「…はい、噂は聞いてました。」


紅茶のカップを置いた迫水は、いよいよといった感じで、真剣な面持ちで両手を組んで言った。


「…で、だ。早速だが、君には…この巴里華撃団の隊長をやって欲しいんだ。」


「・・・隊、長・・・ですか?」


葵は、思わず聞き返した。日本で、上司から聞かされた話と違うからだった。


「あれ?初めて聞いたような反応だね、月代君。」


「は、初めて聞きます…霊的災害の戦闘の最前線に向かえとの事でしたが…

 ”隊長”なんて役職に就くなんて、どこにも…!!」


葵の慌てように、迫水もグラン・マも顔を見合わせた。



「…ふうむ…おかしいねえ…翻訳ミスかね。ま、細かいことは良いさ。」

「ち、ちっとも細かくないです!重要事項じゃないですか!」


「…さては、記載漏れかい?ムッシュ。」

「うーん…通訳が仕事をサボりましたかね?」


「ふふっ…ムッシュじゃああるまいし。」

「いや、こりゃあ参りましたね、はははは。」


和やかに笑ってもらわれても、困るのは葵だ。


「あ、あの・・・!」


彼女は反論すべく椅子から立ち上がったが、すぐにグラン・マにその先を塞がれた。


「まあ”最前線で戦う事”には違いないさ…。

 それとも…葵…アンタは、隊長という役職があると、戦えないのかい?」



「…そ、そんな事は、ありません…。しかし…!」



葵が反論するのを、今度は迫水が塞いだ。



「月代君。君の抱える”事情”は聞いている。

 しかしね…だからこそ、僕らは、君を巴里へ呼んだんだ。」


事情、と聞いて、葵は再び力なく椅子に座って黙り込んだ。

俯いた顔から、やがて静かで低い声が聞こえた。


「……そうですか…」


表情の見えない彼女を、事情を知る迫水とグラン・マは、冷静に見つめていた。


2人共、決して葵を哀れんでいる訳ではない。

ただ葵が、再び顔を上げるのを待っていた。



「月代葵…霊力・戦闘力は申し分ない。きっと、霊力を使った”普通の戦闘”ならば、あの子達より上だろう。

 アンタの経歴や戦闘データは、こちらにある。


 …”例の能力”の事も、知っている。」



「・・・それは・・・紅姫、の事ですね?」


「・・・そう・・・”紅姫”・・・その上で、アンタを巴里に呼んだ。
 
 何しろ、ここも・・・手放しで平和とは言えなくなっているからね・・・」



「・・・では・・・出たんですね?」



「…こちらも出来る限り情報を集めてはいるが…まだ、定かでは無い…。

 しかし”新種”が最近になって目撃されたのは・・・欧州なんだよ。」



”新種”と聞いて、葵は顔を上げた。



(・・・・そうか、ここは・・・この巴里は・・・・・・あの力を発揮できる”戦場”なんだ。)



絶好の戦場。


彼女の目は、僅かに笑っているようにも見えた。

しかし、声は低く静かなまま。不気味なまでの落ち着きようだった。



「…アンタには、この巴里華撃団の隊長となってもらう。・・・予定だ。」


「予定、と言う事は、まだ正式な隊長とは認められてないんですね?」


「まあ、隊員の中には、前の隊長に”思い入れ”がある者がいるんで…ね。

 正直言えば、隊長として来たアンタを快く思っていない人物もいる

 しばらくは、慣れるついでに、隊員と交流を深めて、お互いを理解してもらうことになるだろうね。 」


「・・・他に隊長に適合する人物は、いないんですか?その方が、波風は立ちませんが。」


葵がそう言うと、いやあ、それはどうかなと迫水は笑ったが、咳払いをして失敬、と話の続きを促した。


「…いや、今日まで、今の隊員達の中で”代理”という形でやっては来たが…どうにも…ね。

 …やっぱり、ここは正式に隊長を迎えたいと思っていたんだ。

 ・・・その矢先・・・”カグヤ事件”の事を聞いたのさ。」




(…カグヤ…。)


その単語に反応するように、葵の目が鋭くなった。

今にも唸り声を上げて飛び掛ってきそうな猛々しい”獣”の目をしていた。



「・・・・・・そこまで知っているのならば・・・・


私が、根本的に隊長という役職に向かない人間であるという事を、よく知っているんじゃありませんか?」


葵の言葉に僅かに棘が現れた。正気ですか?とでも言うように。


しかし、グラン・マは動じる事もなく、笑っていた。


「ふふふ・・・いいや。むしろ、逆だね。

 …知っているからこそ…巴里に、巴里華撃団に来て欲しかった。 


 この巴里に、風を起こして欲しいのさ。わかるかい?葵。」



「・・・・・・正直、わかりかねます・・・。」


葵は困ったような顔をしながらも、きっぱりとそう言った。



「…あっはっはっはっは…正直な娘だねぇ。…うん、嫌いじゃないよ。」


グラン・マは笑いながら頷き、再び椅子に座った。

そして迫水が、葵に静かに言った。



「さて…月代君、もう一度聞こう。今の段階で、日本に帰る事も一応出来るんだが…どうする?」




葵は決意していた。


もともと…


戦場で戦えるのならばどこでも構わない。

今度こそ、自分は戦場で死ぬ。


・・・そう覚悟を決めて、巴里へ来たのだ。



葵は立ち上がると、敬礼した。



「…巴里華撃団 隊長(仮)…拝命いたします。」



その答えに、迫水もグラン・マも満足そうに頷き笑った。


「…よし、決まりだ。じゃあ僕は、お嬢さん達に挨拶してきますよ。マダム」

「あぁ、よろしく頼んだよ。ムッシュ。」


迫水は葵の肩にぽんと手を置いて”肩の力は抜きたまえよ”と小声で囁いて、部屋から出て行った。


二人きりになったところで、グラン・マは頬杖をついて言った。


「ふむ・・・それにしても、随分な格好だねぇ・・・・・・。」

しみじみと、そして呆れたように。

その一言に、葵はハッと我に返った様に、あたふたし始めた。


「あ・・・も、申し訳ありません。上司に言われて、直ちに用意したので。

 ・・・それに・・・・・・」



「…”それに”なんだい?」


「・・・それに・・・自分の戦場が、こんな華やかな場所とは思ってませんでした。」


「戦場…?」


葵が、これから過ごすであろう自分の居場所を”戦場”と表現した事に、グラン・マは目を丸くした。

しかし、すぐに納得した。


経歴といい、今の格好といい、仕草といい…。

そうだ、この娘は根っからの”戦士”なのだ、と。


しかし、ここ・・・テアトル・シャノワールでは、それだけでは過ごせない。



「・・・ふふふ・・・そうだね・・・ここは戦場さ。あんたの言うとおり、戦場だよ。

 …なにも命かけて戦う場所だけが、戦場って訳じゃあないんだよ、葵。


 だから、アンタにも、それに相応しい格好をしてもらうとしようか。」

「・・・え?」




グラン・マが、再び不敵な笑みを浮かべてゆっくりと椅子から立ち上がった。





「・・・メル!シー!そこにいるんだろう?」


グラン・マの呼び声に、すぐさまドアを開けて、先ほどのメルとシーが部屋に入ってきた。



「はあい、お呼びですかあ?」
「…なんでしょう?」





そして、次の瞬間・・・グラン・マは、信じられない一言を発した。





 「…この子…剥いて、キレイにしておやり。」





「・・・・え゛・・・?」


ぷつんと葵の意識が5秒ほど途切れた。


「「はい。」」


返事と同時に後ろから、シーが葵を羽交い絞めにした。

グラン・マはメルにテキパキと指示を出した。


「服のデザインは注文してあるから、あとはサイズだけ測って、いつもの仕立て屋に伝えるだけ。


 あと・・・そうだねえ・・・ついでに、その鬱陶しい髪の毛も切っておくれ。特に前髪ね。

 顔が見えないのは、流石にダメだわ。」


「…わかりました。」


静かに返事をしたメルが振り向くと同時に、葵は大声で叫んだ。


「…ちょ、ちょっとまって下さい!総司令ッ・・・!」


”総司令”と呼ばれたグラン・マは葵を無言で睨んだ。


「あ・・・ぐ・・・”グラン・マ”…ま、待ってく…むぅっ!?」


どうやら、今の葵に発言権は無いらしく、”いいから大人しくしろ”と言わんばかりの視線を向けられ

後ろからはしっかりと羽交い絞めされた。

振りほどくにしても、ここまでしっかりとつかまれては、多少乱暴な事をしなくてはならない。

葵は、ダメかと目を閉じた。



「はい、行きますよぉ〜♪まずは、サイズ測りましょうねぇ〜♪

 メル、ほらぁ・・・人見知りしてないで、服脱がせてー測って測って♪」


シーは、やっちゃえやっちゃえ!とノリノリだが、メルの方は葵と目を合わさないようにメジャーを構えた。


「あ・・・あの・・・し、失礼します・・・。」


コートのボタンに手をかけるメルに、葵は抵抗した。

さすがに、人前で服を脱がされるのはやはり抵抗がある。


「いや…ちょ、ちょっと・・・まっ・・・!?」



身をよじって、ボタンを外させないようにする葵に、グラン・マがトドメの一言を放った。



「・・・”総司令”命令だよ、葵。」


それは…軍人出の葵にとって、まさにトドメだった。


「・・・・そ、そんな・・・・・。」


上司の命令には、逆らえない。

力の緩んだ葵から、メルはコートを脱がせた。

羽交い絞めにしているシーは、呆れたように言った。


「うわぁー古いコート。ダサいし、捨てちゃいましょうよ〜」


「す、すいません…」


それに対しては、葵は謝るしかない。改めて、服を調達しなかった事を反省してみる。



「…次は、上着…」


メルが、葵の上着をたくし上げようと手をかけたところで、葵は待ったをかけた。


「ちょ、ちょっと待って…じ、自分で!自分で脱ぎますから!お願い…!」


どうせ脱がなくてはならないのなら、自分で脱いだ方がマシだ。


「逃げないで下さいねぇ?」

シーが不満そうに唇を突き出して、早くと急かす。


メルは、少し恥ずかしそうに目線を逸らしながら言った。


「・・・ズボンもです、月代さん。ウエストと股下も測りますから…。」



「はい・・・・・・(一体、巴里で何してるんだろう、私は…。)」


頷くと葵は上着たくし上げた。



葵は”ココへは覚悟を決めてきたんじゃないか”と自分に言い聞かせるように上着を脱いだ。



上着とズボンを脱いだ葵の身体を見て、グラン・マは目を細め、メルとシーは驚き、同時に声を上げた。



「「・・・あ・・・!」」



体の線は、女性らしい曲線。軍人特有の鍛えられた筋肉の線が、屈んだ際に腹部にうっすらと浮かんでいた。

だが、彼女の体には、無数の切り傷や銃創、手術痕が痛々しく残されていた。

特に背中にある、右肩から左腰まで切りつけられた傷が3人の目を引いた。

とにかく、葵の身体で傷の無い場所を探す方が難しい。



(なるほど…どおりで…大きめのコートを着込んでいる訳だわ…)


シーはコートの理由に納得しつつも、目を丸くした。

葵は、カチャリとベルトを外し、ズボンを脱ぐと、椅子にそれをかけた。


足にも、やはり傷があった。


メルは痛々しいものを見てしまったといった感じで、口元をおさえている。


グラン・マは葵の身体をじっと見ていたが、特別驚いた様子もなく、口を開いた。


「葵、そのまま続けながら聞いておくれ。

 ちょいと…メル、シー…何をボサッとしてるんだい。葵のサイズ測っておやり。」


「あ、はい…オーナー。」

「……あ、えーと…腕挙げて下さぁい。」


「・・・はい。」


葵は気を取り直して、腕を挙げ、メルは胸囲を測った。

その傍らでグラン・マは黒猫のナポレオンを撫でながら話を始めた。



「葵。アンタには、まず…霊子甲冑…光武Fを、乗りこなしてもらわないとならない。

 コイツが使えないとお話にならないからね。

 …と言っても、基本的な訓練は十分受けているようだし、すぐ慣れるだろう。


 それから、エリカ達には会ったね?アンタを迎えに来た娘達。」


その瞬間、ピクリと葵は反応し、グラン・マの方へ向いてしまった。

途端にメルに注意されてしまう。


「…動かないで下さい。月代さん」

「あ、すいません。」


「どうした?エリカ達に何かされたかい?」


グラン・マが優しく聞いた。

勿論、グリシーヌの『首を獲る宣言』の件があったからだ。

早速、じゃじゃ馬娘達が何かやらかしたか?と思いつつも、まあいつもの事だという、余裕があった。


やや言い難そうに、葵は言葉を選びつつ言った。


「・・・は、はい・・・・・・・あの・・・あの方達は、その・・・華撃団の隊員の方達でしょうか?」



「他に何に見えたんだい?」



「・・・・・・・・・・・あ、いえ・・・特にどうというわけでは、ないんですが・・・」


とは言ったものの、エリカ達が巴里華撃団の隊員だと聞いて

内心葵は『嘘だろ〜!?』と情けない叫びを上げたい気持ちになっていた。


…しかし、これで軍の上司が自分をここへ行くように勧めたのか、理由が解ったような気がした。

改めて、自分が軍の汚れモノ…ここへ来る事は”厄介払い”でしか無かったのか、と。



そんな葵の気持ちを見透かすように、グラン・マは首を傾けて、言った。



「まあ、言いたい事はわかるけどね…。

 何をどう言っても、葵。…アンタは、今から…巴里華撃団花組の一員だ。」



「・・・はい。」


葵の返事の後、グラン・マはやや厳しい口調で言った。


「だから、自分が『ただの厄介払いで巴里に来させられた』という意識が少しでもあるなら

 とっとと捨てておしまい。」



「・・・!」


グラン・マの一言に、葵は目を見開き、顔つきが明らかに変わった。



  『図星。』



それも数分単位で、簡単に見透かされてしまった。

”覚悟を決めた”と思っていたつもりだったが…


グラン・マの言うとおり

葵には、自分は『どうせ、軍の厄介払い』だという意識が全く無い訳ではなかった。

それは謙虚さでもなんでもない。ただの投げやりだ。


そんな気持ちで何が”覚悟”か。

自分は、なんと底の浅い人間かと、葵は自分を恥じた。


俯く葵に、グラン・マは再び優しく言った。


「…葵、あんたが、ここへ来たのは…”運命”さ。そう思えばいい。」


葵は、再び顔を上げ、ゆっくりと返事をした。


「・・・はい。頑張ります。」


その覚悟の目を、グラン・マは確認すると満足そうに目を細めた。


「…まあ、しばらくは、ゆっくり過ごすといいさ。とにかく今は…この巴里に慣れる事。いいね?」


「はい。司れ・・・」


油断した葵は、つい口を滑らせた。


「・・・・・(ジロリ)・・・・・・・。」


グラン・マの視線に、引きつり笑いを浮かべながら葵は訂正した。


「…ウィ…グラン・マ…。」


「うん、いい発音だ。合格だよ、新人隊長。」






貴婦人の不敵な微笑みを受け取った葵はその後、髪の毛を切る為、メルとシーに別室へと連れて行かれた。




それと入れ替わるように、迫水が戻ってきた。


「・・・どうです?マダム・・・”紅姫”のご感想は?」


椅子に座ったグラン・マはしみじみと感想を述べた。


「・・・赤かったねぇ・・・想像以上の赤さだった。ありゃ赤い。」


「いえ、あの…赤さではなく…。」



「わかってるよ。少し影はあったが、良くも悪くも…正直で良い娘だね。

 壁をとっぱらって、一皮剥けば・・・化けるね。」

 
「それを聞いて安心しましたよ。本人も気にしてますが、あの事件の事がありますからね。

 エリカさん達には、その事はまだ伏せてありますが…話しておいた方が良かったですか?」




「いいや、必要なら葵が話すか、エリカ達が自分で動くだろう。


 ・・・誰でも、過去の傷の一つや二つ背負うものさ。そして、隠したがる。」


迫水は机に手をついて、意味有り気に微笑んだ。


「・・・女性は秘密の数だけ美しくなる、と言いますからね。マダムのように。」


迫水の笑みにグラン・マも微笑む。


「ふふふ・・・そういう事。

 さあて・・・以前は、ムッシュに育ててもらった巴里華撃団だが・・・

 今度は隊員が、隊長を育てる番だ。忙しくなるよ…。」




グラン・マの膝の上でナポレオンが、あくびをした。





「ふ、ふああああああああぁ〜…」


それに同調するように、あくびをしたのは、別室にいるエリカだった。





グリシーヌは迫水から”月代葵が隊長(仮)就任を引き受けた話”を聞いてから、険しい顔をして帰った。

花火はその後を追うように帰った。

コクリコは動物の世話があると言って、帰った。



グラン・マの話が終わったら、葵を観光案内に連れて行こうとしていたエリカは一人、シャノワールに残っていた。



「…遅いなぁ…葵さん…。」


テーブルの上の紙には、エリカ手書きの”巴里の案内図”が広げられていた。

巴里の観光名所をはじめ、エリカ一押しの店など、余計な情報もたっぷり、手作り感たっぷりの地図。



「…あ、そうだ!空を飛ぶんでしたら、引っかかりそうな場所も明記しておくべきですよね!

 ・・・えーと・・・ここは、建物同士の間で洗濯物を干している人がたくさんいますから・・・

 あと…ここは鳩がいっぱい…ここは、トタン屋根…」




こうして、エリカの地図にはどんどん余計な情報が増えていった・・・





一方、その頃…。




育てられる隊長・月代葵は・・・・




「あ、あの…美容師さんが切るんじゃないんですか…!?」




椅子に縛られ・・・




「大丈夫、大丈夫…あたし、パティシエ目指してますからぁ〜♪」


「そ、それ…美容師じゃないって事ですよねッ!?」



「大丈夫だぁ、だいじょ・・・・・・・あ。」



「…い、今…『あ』って言いました?言いましたよね?…ちょっと…シーさん?」


「月代さん、動かないで下さい!……その…まだ大丈夫です!」


「そ、そうですよぉ〜♪ドンマイドンマイ♪」



「…『まだ』ってなんですか?ドンマイってなんですか?」



「月代さん!動かないで!頭皮が傷ついたらどうするんですか!?」



「だったら、止めて下さーい
!!(泣)」




・・・ド素人に散髪されていた。




「あ・・・。」

「・・・・・どんま〜い♪」



「いいいぃいやぁああああああああああ!!」



・・・本当に、自分は巴里へ何をしに来たのだろうか・・・。葵はそう思った。





  ― 1時間後 ―





「・・・エリ・・ん・・・エリカさん…。」


「ん…」


自分の名前を呼ばれたエリカは、目を開けた。


「……あれ…?」


どうやら待ちくたびれて、テーブルで突っ伏したまま、寝てしまったようだ。


「エリカさん。」


聞き覚えのある声の方向へとエリカは顔を向けた。


風邪ひきますよ、とその人物は言ったが、エリカはぼーっとその人物の顔を

何者か?と確認するように見ているだけだった。


「…あ、顔…なんかついてますね…クレヨン、ですか?」


その人物はハンカチを出すと、エリカの右の頬についている賑やかな色をゴシゴシと擦った。

まだ寝ぼけ半分のエリカは、ぼうっとそのままの状態で、その人物の顔を見ていた。


「・・・あれ?・・・これ地図、ですか?」


その人物はふとテーブルの上に広げられた地図・・・らしき、賑やかな絵画に気が付いた。


殆ど、製作者の独断と偏見で作られた内容だが、見ていてとても楽しい気持ちになる。


昼間出会った少女達も描かれ、『ここはブルーメール家だ!』とか『サーカスだよ』などと

丁寧にフキダシ付きで紹介している。

地図としてはやや見にくいが、見ているだけで、気分は楽しくなり、なんだかその場所を歩きたくなる。




地図のタイトルは『エリカ特選!素敵な巴里の全て!』




「・・・なるほど、これを作ってて・・・眠り込んでしまったんですね。」



そう呟いて、その人物は地図を白い手袋の指先でなぞると、ふっと笑った。

それは、本人も無意識の内に、ごく自然に。



それを見て、エリカは、やっとその人物が自分が待っていた人物である事に気が付いた。




「・・・葵、さん?」



彼女の笑顔と髪の毛の色をエリカは覚えていたらしく

それ以外の特徴は、寝ぼけていたせいもあるが、数時間前の彼女とは全く別人に見えていたらしい。



「・・・あ・・・そうです、葵さんの髪の毛が・・・!」


エリカの指摘に葵は頷いた。


「・・・ええ、先程(無理矢理)切ったんです。」


先程までは、少し俯くだけで全く顔が見えなかったのに、葵の前髪はスッキリと切られ、表情がよく解る。



後ろ髪も切りそろえられている・・・所と、そうではない所がある。

そして、分け目からは髪の毛がぴょこんと飛び出していた。俗に言う・・・『アホ毛』だ。


よく見れば見るほど、素人に切られたのでは?と疑問を抱かれても仕方がない髪型だった。


「・・・変、ですか?やっぱり…。」



不安そうな葵の問いに、エリカはパアッと笑顔全開で、葵の両手をとった。



「・・・葵さん!イイ!それすっごくイイですッ!なんというか…イイです!!」



「あ・・・ありがとうございます・・・。」


「やっぱり、顔が見えるとイイですねッ♪」



エリカの急激なテンションの上昇に、イマイチ葵はついていけなかったが

テーブルの上の賑やかな絵画そのままのエリカに手をつかまれたまま、微笑まれると

『それならいいかも。』、などと納得してしまった。



そして・・・自分が、不思議くらい穏やかな気持ちになっている事に気付いた。

目の前で天使のような笑顔を浮かべる少女。


・・・彼女が、自分の部下。


そして、今自分の居る場所は…戦場。



 『この巴里に、風を起こして欲しいのさ。わかるかい?葵。』




・・・果たして自分は、グラン・マの期待に応えられるだろうか。


いずれにせよ。

同じ過ちは繰り返したくはない。


(・・・今度こそ・・・私は・・・)



そんな物思いにふける葵の隣では


「・・・あ。なんかお腹すきません?葵さん!」


エリカが、未だに右の頬に色とりどりのクレヨンをつけたまま元気一杯に笑っていた。


「え?…あ…そうですね…おススメのお店ありませんか?エリカさん。」


葵はそう聞きながら、とりあえずハンカチでエリカの頬についたクレヨンを優しく擦った。

くすぐったそうにエリカはまた笑った。



「・・・そうだ、エリカさん。この地図、是非…私に譲ってくださいませんか?」

「・・・はい!喜んでッ!」





 ― 3話 終わり ―

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『 エリカさんと反省会 〜あとがき〜 』






お疲れ様です〜。結局戦いませんでしたね(苦笑)



エリカ:「はいはいはいは〜い!エリカでーす!ヒロインでーす!」


・・・テンション高いですね・・・ 


エリカ:「『アオちゃん!エリカを教会に連れて行って!』を合言葉に、ガンガン攻めますよ!」


・・・・・・いや、あの・・・それキャラ違う・・・


エリカ「うっほー!セーヌがエリカを呼んでいまーすッ!!」


・・・・エリカさーん・・・おーい・・・


エリカ:「なんっか、力が有り余ってるんです…どうしましょうッ!?」


・・・あ、はい・・・戦闘させようかと思ったんですけど、思ったより今回長引きまして・・・無しになりました。

エリカさんのテンションが下がらないのは…そのせいですね。


エリカ:「グラン・マと葵さんのイメチェンだけで第3話終了!ですもんね〜」


・・・はい・・・まあ・・・えーと・・・気を取り直して、次回の紅姫はッ!!


エリカ:「グリシーヌさん斧を持ち出す・ロベリアさんと火ダルマ地獄…血生臭さ80%の2本立てです♪」


・・・あのぉ・・・勝手に話作らないで下さいません・・・?


・・・と言うわけで、次回も、一部の人に捧げます!


エリカ:「本家とは、全く別物ですから、ファンの方は怒らないで下さいね〜♪」


本当に、すいませんでした。って、毎回これ言うんだね・・・ 


エリカ:「低姿勢が一番です♪」


END