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霧がかかった様な景色。かすかな木と埃の匂い。

起き上がると周りには、古ぼけた木箱や、埃を被った壊れた鍬や鋤、鎌があった。


やがて、そこは自分が見知った場所だと気付く。

(・・・煙い・・・・・・息苦しい・・・)

「ぐっ・・・!げほっ!げほっ!!」


胸・気管を押し潰されそうな息苦しさを感じる。


目を開いても、こすっても、目の前の景色は薄暗いまま。霧がかかったように見えるのは、煙のせいだ。


(…ま、まさか…!)


途端に恐怖に包まれ、目の前にある大きな扉を両手で叩く。声は出ない。


「げほっ!げほっ!・・・くっ・・・!!」

(…出なくては…ここから……ッ!!)


自分を、この蔵に閉じ込めた人物なら、解っている。


「…げほっ!げほっ!ゲホッ!ぐっ・・・ゲホッ!!」

(・・・・・出して・・・ここから、出して・・・っ!!)


だが、自分を閉じ込めた人物の名を呼ぼうにも、咳き込んで声が出ない。



『……綺麗な髪の毛ね。』


「・・・!?」



自分の後ろから、優しい声が聞こえた。


『戦っている時の貴女は…まるで、風に乗って、舞っているようだったわ・・・お姫様みたいに。』


確か、初めて出会った時、彼女はそう自分に声を掛けてきた。聞き覚えのある、控えめで細い声。
いつも包帯や傷の手当をしてくれたのは、彼女だった。


『・・・そうだわ。その能力、名前がないのなら…”紅姫”なんて、どうかしら?』


そうだった。

やっと、この力の役立て方を知った時、この名を貰ったのだ。

その人物の名前なら、声を出して呼べそうな気がした。


「・・・舞子・・・。」


やっと、声が出た。

それにホッとして、蔵の扉が開くより先に、声の方向への振り向いた。


「・・・・・・・・・!」


だが、振り向いた途端、目の前に広がる光景に、目を見開いた。


そして、ここは夢の世界なのだと気付く。この夢は、一体何度目なのだろうか・・・もう、解らない。


振り向いた先の世界は、赤と黒に染まっていた。

無数の屍。血液で赤く染まった大地。

人の形すら保てていない・・・”それ”の目は、まっすぐこちらを見ている。

屍達の目は、光を失ってもなお、自分を見ている。


屍は山を築き、山の上には、あの控えめで細い声の彼女が横たわっていた。

手足をあのバケモノにもがれた、変わり果てた”親友”の姿が。


「・・・どう、して・・・?」


思わず呟くと、耳元であの声が囁きかけた。


『”どうして”だって?決まっているだろう。・・・みぃんな・・・お前が弱いせいだ。』



あの声が、響く。



・・・一体、何度この夢を見れば、自分は…死ねるのだろうか・・・。



(…否…!・・・私には死ぬ前に、やるべき事があるのよ・・・!)



身体が重くなってくる。途端に地面に引きずり込まれるように、ズブズブと沈んでいく。

耳には、シャカシャカと聞きなれない奇妙な音まで聞こえてくる。


(……戦わせて…この身など、どうなってもいい…せめて、もう一度…ヤツと…!)


…”ヤツ”を倒したい。


それが、月代 葵の生きてる理由だった。


(…戦いたい……『カグヤ』と…!)


例え、それが叶わなくてもいい。

私の目の前で、二度と…誰も死なせるものか。そんな事になるくらいなら、自分は戦場で死ぬ。


それしか、自分には存在価値が無い。そう思う。


沈む身体をどうにかしようと手を伸ばし、風を、空を、掴もうとすればするほど…灰色の空は、遠くなっていく…





・・・そして・・・・・・葵の手に、何かが触れた。




それは、温かく、彼女が求めているモノとは正反対の・・・









「・・・・・・・ん・・・?」





「ーん…おー…ん…葵さーん!」





「…う……んん…?」



葵は、今度こそ瞼を開けた。





「…葵さーん!」





まず、視界に入ったのはエリカ=フォンティーヌという名の少女だ。

何故か、葵の上で片手でマラカスを振りながらニコニコ笑っている。


・・・ちなみに、エリカは葵とは、昨日出会ったばかりで、夕食を共にしただけの”同僚”である。



「あ、や〜っと起きましたね!意外と、お寝坊さんなんですねぇ〜♪葵さんってば♪」

「え…エリカ、さんッ!?」



葵は、夢の中で感じた体の重さの理由がハッキリした。

エリカが、葵の腹の上に乗っているからだった。


そして、夢の中で聞こえた謎の音の正体も判明した。

シャカシャカという音を出していたのは、エリカが持って振っているマラカスだ。


「・・・・・・・・。」


…聞きたい事は山ほどあるのだが、見た夢が悪かったのか、寝ぼけているのか…

頭では上手く整理できず、葵はただ…赤い頭をぽりぽりとかくしかなかった。





「葵さん!おはようございます♪いい天気ですよっ!」


一方、エリカは朝からニコニコ、元気一杯だ。葵の右手をエリカは左手で握りながら、笑っている。


(・・・夢の中で、触れたのは・・・彼女の手だったのね・・・。)


そして、ぼうっとしたままの葵の上から降りると、エリカは窓を勢いよく開け、葵の殺風景な部屋に光を入れる。


「わぁ〜・・・雲一つないですよっ♪快晴ですねっ♪」


部屋に備え付けてある一人で使うには、やや広めのベッド。葵の巴里での住居は迫水から指定されたアパートになった。

家具は備え付けだが、その他はまだ何も無い。殺風景な部屋。

それもそのはず。彼女、月代葵は昨日、巴里に到着したばかりだから、だ。



「・・・えーと・・・お、おはようございます…エリカさん…私…えと、その……顔、洗ってきます…。」


とりあえず、葵は挨拶をしながら、むくりとベッドから起き上がり、赤い髪をかき上げ、洗顔をしに歩き始めた。

その途端、今度はエリカが悲鳴をあげた。



「…キャ――――ッ!?」


「……な…なんですか…!?」



甲高いエリカの悲鳴にも、ぼう〜っとした返事をする葵に対し

エリカは人差し指をさしたり、掌で目を塞いだり、指の間からチラリとこちらを見ては、また人差し指でさしたりと

忙しそうに両手両足をジタバタさせながら・・・やっと叫んだ。



「あ、あお、あ、葵さんッ!!…は、はだ、はだ・・・は、裸じゃないですかッ!?」



そう指摘されて、葵はゆっくり自身の身体を見た。


…確かに、裸だった。




「・・・・・・・・・・・わああああぁッ!?うわわッ!!」



自身の格好を確認した葵は、顔を引きつらせ、素早くベッドへと戻った。


「な、なん、なんで!は、裸なんですかッ!?葵さん!日本の風習は、いつそんな風に変わったんですか!?」

”なんで”から始まる疑問は、葵自身にもエリカに問いかけたい事がたくさんあるのだが…。今は、ベッドへ潜り込む事が先決だった。


「ち、違いますッ!日本はそんな文化ありませんッ!…もうっ私ったら…どうして、こんな時に…またッ!!」


「え!?…”また”?またってどういう事ですかッ!?…あ、いや!違いますよ!?

…え、エリカ、葵さんの”股”を、そ、そそ、そんなに凝視してませんからねッ!?」


エリカが、訳の解らない言い訳が始まった所で、とりあえず、葵はベッドから真っ赤になった顔だけをぴょこっと出し

ぽそりと、正直に答えた。


「・・・す、すみません。驚かせてしまって……私……あの…その…


 …ぬ……”脱ぎ癖”が、あるんです…」


一瞬の間の後、エリカは素早く後ろにズサーッと下がり、振り返ると、窓から身を乗り出し、空を見上げた。




「ぬ、脱ぎ、癖ッ!?・・・それは、服、脱いじゃう癖という事ですよね?


主よ…!どうしましょう!?それが、葵さんの癖らしいのです!し、主よ!ど、どうしましょう!?これも、エリカに与えられた試練なのでしょうかッ!?

主よッ!今さっき、上から下まで、バッチリ見てしまったエリカをお許し下さいっ!バッチリ見るつもりは本当に無かったんですっ!

あ、でも、別に見ても大丈夫ですよね!?だって、エリカと葵さんは、女の子同士ですからッ!!


・・・・・・・・アーメン・・・。」



・・・とりあえず、エリカは窓の外の空を見ながら”神”に報告(らしき独り言)をした。


「・・・・・・・・あの、エリカさん・・・?」


葵の呼びかけに、神様への十分な祈りとハイテンションな報告を終えたエリカは、振り返った。

そして、マジマジと葵の引きつった顔を見た。


「あ…あのぉ…葵さん、その脱いじゃう癖は、時間帯とか決まってますか?晴れの日だけ、とか…

…あと…外でも、その”脱ぎ癖”は、出ちゃいますか?」


「は・・・はいぃ?(…それよりも、上から下までバッチリ見た事に関しての私への謝罪は…ま、まあ、いいか…。)」


「…あの、エリカに出来る事があれば、何か協力しま……あ!そうです!

良かったら、すっごく脱ぎにく〜い服をご用意しますよ!ロベリアさんが、以前、そういう服を着ていましたし♪

こう…腕を組んだ状態で固定されていて、鍵がいっぱい付いていて…歩いたり、手作業は困難ですけど、脱げずに済みます♪」


「・・・・・・・・・・。」



・・・それは・・・俗に言う”拘束衣”という体の自由を奪う、囚人専用の服の事では、ないのだろうか・・・。

…というか、そんな服を着ていた人物がいる事自体、謎過ぎる。(そして、着るのも御免だ。)


そして、それを着ていたらしい・・・”ロベリア”という名も初耳だ。


名前からして、女性だろうとは思うが…まさか、その人物までエリカ同様、自分の同僚(仮)ではないだろうか

…と葵は不安になったが、とりあえず、エリカの誤解は、出来る限り解いて置いた方がいいだろう。



「・・・ご、ご心配なく。癖と言っても、夜、寝てる間に知らぬ間に脱いでしまうだけですから。

昼間や人前で、突然、全裸になる事はありませんから。・・・絶・対!(←強調)」


「・・・あぁ・・・そう、なんですかぁ・・・。」


・・・何故、残念そうな顔をするのだろう・・・と葵は思いつつ、ベッドの中を手で探った。


「…エリカさん…あの、すみませんが、そこら辺に、私の服落ちてませんか?」


葵はそう言いながら、ベッドの中を探り、上着を取り上げると、それを羽織った。


「あ、はい!いつまでも、下も裸じゃあ、寒いですもんね!」


(・・・どうして、エリカさんは、言わないで欲しい単語をズバズバ言っちゃうんだろう・・・。)


これが、俗に言う”天然系”という性格の人間なのだろうか、と葵はエリカの後姿を見ながら、そんな事を考えていた。

一方、天然系こと、エリカは床を捜索中。



「…えーと…………あっ!見ーつけた!!」

エリカは、手に触れた”それ”を葵の目の前で”みょ〜ん”と広げた。


「葵さん!ありましたよッ!はい、パンツですッ♪」

「……………あぁ…ど、どうも、すいません、ありがとうございます。」


葵は、自分の下着を恥ずかしそうに受け取ると、静かにベッドの中でそれを履いた。


「・・・意外と、シンプルで可愛いですね♪小さいリボン付いてて♪」

「…はあ、あ、あ、ありがとう…ございま、す…(…うぅっ…泣きたくなってきた…)」


葵は恥ずかしさのあまりベッドの中に再び潜りこんだ。エリカはエリカで、その間、”一応”気を遣って、葵に背を向けていた。


そんな微妙な沈黙が、しばらく続いた。


(…そういえば…葵さん…身体中に痛そうな傷、いっぱいありました…)


エリカは、先程、葵の全裸を見た時、いきなり裸である事にも(一応これでも)驚いたのだが

それ以上に、彼女の体に無数の痛々しい”傷”が、ある事にも驚いた。


(・・・葵さんは、一体どういう人なんでしょう?昨日一緒に食事した時は、エリカが一方的に喋ってしまった気がしますし…

よ〜くよく考えたら、エリカ…まだ葵さんの事を全然知りません…)


昨日の出来事を思い返す。

宝石泥棒を追いかけているエリカが汽車に轢かれそうになった瞬間、風の力を使って、助けてくれた彼女。

自分が転ぶ度に、手を貸してくれる彼女は、心の優しい人物だとエリカは思った。

※注 単に、葵はエリカに巻き込まれて一緒に転んでしまう為、一緒に起き上がるしかないのをエリカはイマイチ理解していない。


そして、何よりも。

赤い髪をなびかせながら、風に乗り、空を舞う葵の横顔は美しかった。

…中でも、少しだけ見せた葵の微笑みは、エリカの脳裏に強烈に印象に残っていた。


(今は、暗い表情ですけど…笑うと凄く綺麗と言うか…とっても優しい方です…

…今だって、可愛いパンツ…いや、可愛いリアクションを見せてくれましたし…!

…でも…このままじゃ、いくら皆さんにエリカが”葵さんは良い人です!”って言っても、信用してもらえるかどうか…)


現に、グリシーヌとロベリアは、新しい隊長に大反対。それどころか、抗議活動として、葵の首を狙うと宣言している。

花火とコクリコは、葵が新しい隊長に相応しいかどうか、様子見の状態。

このままでは、新生・巴里華撃団…早くも分裂の危機である。それは阻止したい、とエリカは思った。


ふと、エリカは、葵の方を見た。

葵は再び上体を起こし、ベッドの中で下着・ズボンを履いているようだった。


開いたままの上着の隙間からは、葵の胸・・・そして、その胸の間に傷が見えた。

しかし、傷は、胸だけじゃなかった。


(・・・・あ。)


エリカは、葵の左頬の絆創膏が剥がれかかっているのを見つけた。

白い絆創膏の下には、くっきりと、左頬を横に走る”傷”が見えた。


(…女の子の顔に…傷…)


エリカは、少なからずショックを受けた。


巴里を守る戦士として、多少の傷は覚悟していたし、仲間が怪我をしたのならば、自分の力を使ってでも治す事が出来たからだった。

だからこそ、彼女の身体中に刻まれている傷に加え、痛々しく残った頬の傷をみてしまったエリカの中には、ある感情がこみ上げてきた。


一体、この人は、どんな戦いをしてきたのだろう?どれほど、苦しかったのだろう?

今、表情に影があるのは、何か心にまで傷を負っているからではないだろうか?

今だって…こうして、異国の地に来て、戦う事になって…辛くはないのだろうか?


・・・きっと、色々な痛みを背負っているに違いない。


考えれば考えるほど、エリカの中の感情は、こみ上げてきていた。


「…あ…あの…葵さん…ひとつ聞いてもいいですか?」

「・・・なんでしょう?」


葵は、エリカの方を見ずに、返事をした。


「……あの…どうしたんですか?その…傷…」


そう言いながら、左頬の傷に向かって、エリカは手を伸ばした。その行為は、ほぼ、無意識だった。

手を伸ばさずにはいられない程、その傷にエリカは”何か”を感じていた。



 ”―パシッ!”



・・・が、葵は、素早くエリカの手首を掴み、制止した。


「・・・あ・・・!」

「・・・・・・・・。」



葵と視線が合うと、エリカは ”それ以上触れては、いけない” と警告されているように感じた。

現に、葵は笑ってなどいなかった。むしろ、瞳の奥からほんの少しの”怒り”すら感じた。


そして、片方の手で、葵はしっかりと左頬の絆創膏を張りなおした。


「……その前に…どうして、エリカさんがここにいるのか聞いても宜しいですか?」


低い声で葵がそう聞いた。それに対し、エリカは、気を取り直して、はっきりと明るく答えた。


「・・・え?あ…エリカの出張目覚ましサービス!”おはようボンジュール”です♪」

「・・・・・・・・・はい?」


エリカの陽気な返答は、途端に、葵の瞳の奥にあるはずの感情を”しぽんっ”と消した。


「・・・あぁ、そうです!エリカったら、肝心のダンス踊ってませんでしたね♪…じゃ、一曲♪」


怪訝な顔をする葵を放置して、エリカは思い出したようにスカートの裾を持ち上げ、一礼した。


「????????」


・・・そして。


”シャカシャカシャカ…”リズミカルにマラカスを振り、くるりとターン。


「♪おっはよーおっはよーボンジュール♪早く起きてよボンジュール♪」


”おはようボンジュール”なる、奇妙なダンスと歌を披露した。


「・・・あの・・・私、もう起きてますけど・・・」


しかし、エリカのダンスは、そんなツッコミじゃ止まる訳がなかった。


(・・・・・・えーと・・・・・・)


…葵はとりあえず、エリカのダンスが終わるまで、手拍子をしながら思った。


(………異文化コミュニケーション…思ったより難しそうだわ…)


異文化の中の更に異文化人であるエリカを”基準”にコミュニケーションをとっていたら、きっと巴里中の人間を敵に回すだろう。


「早く起きてよ♪ボンジュール♪」


(……だから、起きてますって…)


とにもかくにも、マラカスの音が鳴り響く中、月代葵は巴里華撃団隊長(仮)として、一日目のスタートを切ったのである。








[ 巴里華撃団 紅姫編 第4話  ]









「…ああ、それは以前、ここの隊長だった人間と同じ部屋だったから、だね。」


支配人室で、グラン・マは優雅に紅茶の香りを楽しみながら、スラリと答えた。

一方、葵は納得出来ないと机の上に、白い手袋つけた手を置いて、言った。




「司れ…いや、グラン・マ!それじゃあ、返答になっていませんっ!

どうして、エリカさんが私の部屋に簡単に侵入出来たのか、と聞いてるんです!」



「・・・ああ、なんだ。そんな事かい…ここの隊員は、皆持ってるんだよ。」

「も、持ってるって…一体、何をですかッ!?」


「あの部屋の”合鍵”。(一人だけ鍵が無くても、堂々と入れるヤツもいるけど。)」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



合鍵がある部屋言葉を失う葵に、紅茶を優雅に飲むグラン・マ。

そんな沈黙の最中、ナポレオンが耳をピクピクっと動かし、髭を前足で軽く撫でた。


「・・・あ・・・あの・・・・・・以前の・・・巴里華撃団・花組の隊長は…男性、でしたよね?」


「ああ、そうさ。・・・おやおや・・・フフフ・・・いやだねぇ、妙な勘繰りはお止めよ、葵。」


「…べ、別に何も言ってませんけど…。」


「…ムッシュは、シャワー室は覗いても、そういう真似はしない…イイ男だったよ?」


「・・・その人・・・どんな隊長なんですか?(…そして、どこまで信じてよいのやら…。)」


「今の巴里華撃団をここまで作り上げ、成長させ、巴里の平和に大きく貢献した男には、違いない。

アンタに渡した資料どおりの人物さ。立派な男だった。それで、少なくともアンタには、そういう隊長になってもらわないとならない…」


「…前隊長殿がどんな人間なのかは、ますます、わかりませんが…。私は、私なりに出来る事をするだけです。この命に代えても。」



「・・・まあ、そう力む事は無いさ。今は、肩の力を抜いて、巴里に馴れてくれたら良い。


 それよりも、だ。」


「・・・?」


グラン・マは、上から下へとやや厳しい視線を移し、やがて葵に笑いかけてこう言った。


「……うむ、悪くないね。よく、似合ってるよ。葵。」

褒められたのは、彼女のテアトル・シャノワールの制服とも言える服だ。


「…あ…ありがとう、ございます…。」

しかし、彼女の表情は冴えない。グラン・マはすぐにそれに気付いた。


「・・・何か、不満そうだねぇ?洋服は初めてじゃないんだろう?」


「いえ…あの、出来れば・・・もう少し、動きやすくしていただくか・・・・・・その・・・生地を薄くしていただけないかな、と・・・。」

それを聞くと、グラン・マは”あ、そうか”と思い出した。


「ふうむ、そうか・・・まあ、アンタの”体質”や能力の事を考えたら、直した方が良いかもしれないねぇ…。

 だが、あたしは、仕立て屋じゃあないからね。直して欲しいなら、ここの仕立て屋に直接言いに行くといいよ。」

と言って、笑った。


「…すみません、せっかくご用意していただいたのに…」


「フフフフ…気にするんじゃないよ。アンタが、正直な娘なのは、よく解っているからね。遠慮なく言っていい。

・・・ただし、あたしも遠慮は、しないよ。一応、”司令”だからね。」

「はい。」


「それにしても・・・早速、エリカはアンタに懐いたみたいだねぇ。」

「・・・は、はあ・・・あれは懐いた、というか、なんと言えば良いのか…。」

「ん?どうしたんだい?」







 〜 葵の回想 58分前 〜


『葵さん♪巴里といえば・・・プリンです!!』


着替えを済ませた葵とエリカは、朝の巴里を歩いていた。


そして、その朝の爽やかな空気をスパンッ!と斬るように、エリカが話を切り出した。


『…は、はあ…昨日もその話は聞きましたね。夕食のデザート時に。』


『そう、プリンなんですよ。巴里と言えば!もう”巴里=プリン”と言っても良いでしょう。』

『…へ、へえ、そうなんですか…。(…信用性0の情報を手に入れてしまったわ…)』


葵は、人々の視線を避けるように、帽子を深く被り直した。目立つ”赤い髪”を隠す為だ。

グラン・マから支給されたスーツには、勿論不釣合いなものだったが、赤い頭を晒すより、西洋人に笑われた方がマシだ、と葵は思っていた。


『…実は!なんと・・・朝食にぴったりなんです!プリンというヤツはッ!』

『…へ、へえぇ…そう、なんですか…。』


一方、そんな葵の気持ちを知ってか知らずか、エリカは元気全開でプリンについて語っている。

余程、好きらしい事は解った。解ったが…それ以外どうしたものか、と葵は困惑するばかりだ。



『葵さん・・・お嫌いですか?プリン・・・。』


エリカは、エリカで葵が綺麗な赤い髪の毛を隠す理由も、こんなに綺麗な青空の下で帽子を深く被り

暗い表情を浮かべる葵が心配でもあり、プリンの事をもっと知って欲しかった。


『・・・昨日、夕食ご一緒した時、食べてませんでした?3つ・・・』

『あれは、夜のプリンです!今は、朝のプリンの話をしているんですよ?』

『え・・・朝と夜でどう違うんで』




 ”・・・ぐーきゅるるるるる・・・。”





『『・・・・・・・・・・・・・・・。』』




その音が2人の間で響き、全てを物語る。



『・・・実は・・・エリカ、朝食まだなんです!!』

『・・・・・・・じゃあ・・・ご一緒に、いかがですか?朝食…』


『はい♪朝プリンですね♪』

『ええ、もうそれで…いいです…。』





 〜 回想中断 〜



「・・・まあ・・・大変、正直で明るくて、食欲も旺盛だし…健康的で…」


回想を一旦中断し、葵はとりあえず、エリカの印象をグラン・マに報告した。


「・・・ほう・・・それで?」

「え?・・・えーと・・・他は・・・。」




〜 回想再生 10分前 〜



『葵さ〜ん!グラン・マとのお話が終わったら、エリカと巴里を廻りましょうね〜!

・・・うっわっ!?』


『エリカさん!?』


突如、エリカは、何も無い道端で盛大に転んだ。

駆け寄ろうとする葵より先に、後ろから歩いてきた中年の男性がエリカに手を差し伸べた。


『オイオイ、大丈夫かい?お嬢ちゃん。』

次にエリカに手を差し伸べたのは、中年の笑顔が印象的なふくよかな女性だった。

『あらやだ、まぁた、すっ転んで……ほーら、服に汚れが…』

そう言って、エリカの服の汚れをぽんぽんっと払った。


二人に向かって、ニッコリとエリカは笑顔で言った。

『ありがとうございます!お礼に、皆様の分まで、神様のご加護がありますように、祈っておきますね♪』


『そいつはいいね!』  『頼むよ!ドジっこシスター!』


『『『あっはっはっは…』』』



一体何が可笑しいのか、葵には解らなかったが、見ているだけで・・・



『・・・・・・・。』



・・・何故だろうか・・・。


エリカを見ていた彼女の胸には、捨てた筈の”何か”が、湧き上がってきそうな感覚が蘇ってくる。


『・・・・・・・・。』



彼女が捨てた、その”何か”をエリカは・・・誰よりも何十倍も、何百倍も輝かせていた。






 〜 回想終了 〜





「そうですね・・・・・・こ、個性的な性格と転びっぷりで・・・・・・周囲をすぐに笑顔にしてしまう…まるで…


・・・まるで太陽のような少女、という印象を受けました。」



「・・・そうかい。(・・・なんで、遠い目して語ってるのかは…わかるような、わかりたくないような気はするけど…。)」


葵の言葉を聞き終わると、グラン・マは満足そうにそう言って、カップを置いた。


「・・・本当に、彼女達は隊員、なのですか?」


葵は、目を細めながらそう聞いた。

昨日と今朝の出来事を踏まえて、エリカには人の良さは感じられても、”戦士らしさ”が感じられなかったのが、葵には一番気になっていた事だった。



「おや、信じられないのかい?」

「・・・いえ・・・そういう訳ではありませんが・・・」


言葉を濁す葵だったが、昨日は赤い髪の毛に遮られていた表情も、今日はハッキリとその表情が見える。

グラン・マは、つくづく正直な娘だと心の中で笑った。



「確かに、エリカ達は・・・例の”新種”との交戦はまだだし、アンタほどの実力は無いのかもしれない。

だが、巴里を守ってきた実績はある。まだ、お互い、知らない事は山ほどあるだろう?」


「そう、ですが・・・。」


昨日、出会った彼女達の能力や経歴は、資料でしか知らない。

それだけに反論も出来なかった。


更にグラン・マは、こう付け加えた。


「知らないより、知っておいたほうが良い。

例の”新種”は、いつ来るかわからないし、アンタには、それまでに、あの子達を強くしてやって欲しいからね。

・・・”月代”の力で。」


「・・・彼女達に・・・”月代の戦闘特訓”を受けさせろ、とおっしゃるんですか?」


正直な葵の表情は、心の底から驚いてます、といわんばかりに変わっていた。


「・・・事実、それで・・・例の”焔隊”は、急成長出来た訳だろう?」


「・・・・・・本当に、全てご存知なのですね・・・。」


そこで葵は、自分が巴里に呼ばれた理由の一つを知った。



「・・・ああ、エリカ達ならきっと出来る。いや、出来ないと困る、とも言えるんだがね。」


グラン・マの言葉に葵の表情は、やはり正直に曇ったままだ。


「・・・大変申し訳ありませんが、グラン・マ・・・その答えは、保留にさせて下さい。

・・・私は、彼女達の事は知りませんし、隊長でもない仮の身です。もし、今、新種と戦闘になっても、私だけで最善を尽くせます。」


葵の答えを聞いて、グラン・マは手をひらひらさせながら言った。


「・・・まあ、そう急かしはしないさ。

そういや、エリカ以外の隊員全員と”ちゃんとした顔合わせ”は済んでいるのかい?」


「・・・ああ・・・そう、ですね・・・いずれちゃんとしなくては、とは思ってます。

・・・しかし、今はそれよりも、光武やここの設備等の・・・」


どうやら、葵の頭には、新種と戦う事しかないらしい。それも、戦いへの個人的な執着。

あまり良い傾向ではないな、と思いつつ、グラン・マは苦笑いを浮かべ、紅茶のカップを持ち上げた。


「・・・だから、そんなに慌てる事はないよ、葵。・・・今は、肩の力を抜いて、巴里に慣れな。

訓練については、おって連絡するからさ。・・・今日は、後ろの娘達とゆっくり打ち解けるといい。」


「・・・は・・・?」


グラン・マの言葉に葵は振り返ると、エリカとコクリコがドアから、顔を半分出していた。



「・・・・・。」


「「・・・・・・。」」


2人と目が合った葵は、逸らす様に再びグラン・マの方を向き直すと、困ったような表情で「・・・しかし・・・!」と言った。


彼女には、まだ生真面目な軍人気質が残っていた。

大事な訓練の話や、自分の配属先の設備もまだ資料に目を通しただけで

具体的な場所等を把握仕切れていない状態なのは、決してよくは無いと思っている。


ところが、葵の思惑通りには話は進んではくれない。


「・・・あ、お話、終わりました〜?」


エリカが明るく声を掛け、グラン・マはニッコリと笑って手招きをした。


「ああ、終わったから、連れて行っていいよ。」

「え!?いや、ちょ、ちょっと・・・!く、訓練の話がまだ・・・!」

「だから、準備とか出来たら連絡するから、とりあえず行っておいで。・・・あと・・・・(エリカに)気をつけてね。(色々な意味で)」


「そ、そんな・・・!」


自分は、巴里へ遊びに来たのではない。

戦場へ戦いに来たのだ。


だが、ここはどうだ?


「葵さん!お約束通り巴里の街、隅の隅まで、案内しますよ!」


「・・・・・。」


「ねえ、葵は、動物好き?この子は、ナポレオンだよ。女の人には懐くから安心してね♪」


「・・・・・。」


司令・イザベル・ライラックは言った。ここもある意味、戦場には違いない、と。


・・・だが、これはなんだ?


少女達が、笑顔を浮かべながら、自分の手を引いている。

猫が鳴き、紅茶の匂いが漂う部屋に、笑い声。



・・・月代 葵の望む”戦場”とは、程遠い場所と人々。


「さあさあ、行きましょう!」

「あ、エリカの言うとおりだ・・・葵、髪の毛切ったの?似合うね、そのアホ毛♪」


「あ・・・あの・・・ちょ、ちょっと・・・!?」


「はいはい、葵さん、日が暮れますよ〜!無駄な抵抗しない!」

「はいはい、まだ午前中だけどね〜。無駄なてーこーしない!」


引きつった表情のまま、葵はエリカとコクリコに支配人室から連れ出されていった。


「・・・ちょ、ちょっと・・・ひ、引っ張らないで下さい、私は、まだ・・・あの、ぐ、グラン・マ!私は、まだ・・・」




”・・・バタン!!”





ドアの閉まる音と共に、グラン・マは溜息をついた。




「・・・種は揃った・・・あとは、土に埋めて、根付くのを待つと言った所か・・・しかし・・・どうしたもんかねぇ・・・」



しかし、話は、植物を育てるのとは訳が違う。グラン・マは考えを巡らせた。




「お互いがお互いを知り、刺激し合って、成長してくれたら・・・それが一番、良いんだけどねぇ・・・。」



ボソリと不安げな独り言を言うグラン・マの膝の上でナポレオンはうたた寝を始めた。






「・・・・・・・・・・単なる栄養の奪い合いにならなきゃいいが・・・。」





だが、その数分後。





・・・グラン・マの不安が、的中する事になる。










「あ、グリシーヌさん!花火さん、おっはようございまーす♪」

「おはよー!」



支配人室前の廊下。


困惑の表情を浮かべたままの葵を引きずるエリカとコクリコの目の前に、グリシーヌと花火が現れた。


エリカとコクリコの挨拶に、花火は軽く会釈をした。しかし、表情はどこか不安そうだった。

一方、グリシーヌは”うむ”としか答えず、真っ直ぐ”狙いの人物”を見つめていた。


「あ、そうだ!ねえねえ花火もグリシーヌも、一緒に葵を街の案内してあ・・・げ、な・・・い・・・?」


コクリコは、台詞の途中で気付いた。

・・・何故か、空気がどんどん張り詰めていくのを。



「ど、どうしたの?グリシーヌ・・・怖い顔して・・・」



コクリコの問いにも、無言でグリシーヌは、ただ葵の前に立った。

葵は、ただならぬ状況になりそうだな、と思いつつもとりあえず、挨拶を試みた。


「・・・あ・・・あの・・・お、おはようございま・・・



だが、挨拶は遮られた。



「髪の毛、切ったのか。」



グリシーヌは、そう言うと、じっと葵の顔を”お前、そういう顔だったのか”と言わんばかりにしげしげと見つめた。


「あ・・・はい・・・。」



視線に戸惑う葵の返事の後、更にグリシーヌはこう言った。


「そうか・・・では、早速だが・・・私と手合わせ願おうか。」


「はい?」



脈絡もへったくれも無い会話に、葵は怪訝な顔をして、再度聞きなおすと、グリシーヌは、先程よりも声を張って、言い放った。





「・・・月代 葵・・・そなたを、隊長としての力量があるか、試したい。




 ・・・だから、私と闘え!」





花火は、その凛とした声の後ろで、小さくなっていた。

親友を止め切れなかった自分を咎める様に。





「「ええーッ!?」」



一方、エリカとコクリコは驚いた。

グリシーヌが、本当に葵に決闘を申し込んだからだ。

昨日はそんな素振りすらなかったのに、”あらやだ、この人、本気だったんだ・・・!”と、心の底から驚いていた。



そして当の葵は、しばらく沈黙し、正直な表情で、正直に答えた。



「・・・・・あの、私嫌で 「闘わぬのなら、隊長として認めん!いや、隊員である資格もだ!!」



・・・どうやら、拒否権は無いようだ。

グリシーヌのあまりの迫力に、誰も何も言おうとしない。言おうとしても、きっと遮られるだろう。



・・・沈黙の中、葵は思った。


”・・・巴里の人達って、基本的に自分の話を聞いてくれないのか?”、と。




「・・・・・・わかりました・・・。」




しかし、少しは自分の望む戦場に近づけたような気がして、彼女はどこか安心して、手袋をきゅっと直した。







 ― 4話 終わり ―


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『 エリカさんと反省会 〜あとがき〜 』




お疲れ様です。やっぱり闘えなかったですね。



エリカ:「はいはいはいは〜い!エリカでーす!出番多かったんで、今回は別に文句ありませーん!」


・・・もっと、話進められるハズ、だったんですけどね・・・。


エリカ:「そうですよねぇ、月代の戦闘訓練の内容も気になります!変にもったいぶると、肩透かし率高くなりますからね!!」


・・・うっ・・・見えないプレッシャーかけられた・・・。


エリカ:「え?エリカ何もかけてませんよ?カラメルソースなら、プリンにかけますけど。」


はいはい。美味しいですねー。(棒読み)


エリカ:「あ、日本では、プリンにお醤油かけるって聞いたんですけど?」


・・・ああ、ウニの味になるって言いますね・・・。


エリカ:「罰当たりなッ!!」


・・・えぇー・・・私に言われても・・・しかも、本気で怒らないで下さいよ・・・。



エリカ:「次回のお話は、やっと戦いが出てくるね、安心ねってお話という訳ですけど・・・」


・・・いや、意味解りません。



エリカ:「仲間同士で闘うのってちょっと、良くないですよね・・・。

・・・でも、グリシーヌさんが無茶苦茶怖いので、エリカ何もいえませんッ!(泣)」


・・・いや、頑張って下さいよ、ヒロインなんですから・・・。


エリカ:「だって、グリシーヌさんを激怒させたら、サ●ライハオーになるとか、神と呼ばれるポケ●ンになって時間操るってもっぱらの噂ですから・・・」



いや、しませんって!!絶対に!それから、ボケの内容を統一してッ!わかりにくい!!


・・・・・・と言うわけで、次回も、一部の人に捧げます!



エリカ:「本家とは、全く別物ですから、ファンの方は怒らないで下さいね〜♪」