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「あのー・・・やっぱり、やめません?こういうの。」


エリカの言葉に葵は瞼を開いた。エリカの言葉に花火も同調するようにグリシーヌをちらりと見る。

花火と目を合わせたグリシーヌは、何も言わずに視線を葵へと向けた。・・・グリシーヌの決意は、固いようだ。


「エリカ、お前の争いごとを避けたい、という気持ちは解る。しかし、だ。隊長という役に就くからには・・・それ相応の覚悟と実力が必要だ。

・・・正直、この人物にそれがあるか、疑わしい。それをハッキリさせたい・・・それだけだ。悪いが、黙っていてもらおうか。」


そのあまりの迫力に、エリカは顔を引きつらせた。『グリシーヌさん、怖い・・・』と顔に出ている。


「・・・あ、葵さーん・・・。」


エリカが呼びかけると、葵は「構いませんよ。」と答えた。


拒否するにも、グリシーヌはヤル気十分。恐らく、グリシーヌの中で葵の存在は”仲間”には属していないだろう。

そんな位置の人間から”やめましょうよ”などという言葉を投げかけても素直に聞くはずもない。

事実・・・さっきから、彼女達は自分の話を全てブッ飛ばしていて、聞いちゃいない。


それに。


先程の司令の言葉が、葵の中に残っていた。



『確かに、エリカ達は・・・例の”新種”との交戦はまだだし、アンタほどの実力は無いのかもしれない。

だが、巴里を守ってきた実績はある。まだ、お互い、知らない事は山ほどあるだろう?

知らないより、知っておいたほうが良い。

例の”新種”は、いつ来るかわからないし、アンタには、それまでに、あの子達を強くしてやって欲しいからね。

・・・”月代”の力で。』



確かに、知らないより知っておいたほうが良い。

いずれ自分の訓練を受けさせる隊員ならば、尚更知っておかなくてはならない事項もある。


(司令に”返事は保留に”とは言ったけれど・・・戦場は常に変化する。新種との交戦がいつになるか解らない・・・。

これは、彼女達の実力を知るチャンスには違いない・・・。)



葵の言葉に、グリシーヌは頷いて「ついて来るがいい。」と言った。












「ここは・・・?」



「はい、光武の演習場です!エリカ達は、ここで光武の試運転とか、訓練をしてるんですよ」

「さすがに、巴里市内で乗ってたら街の人、ビックリさせちゃって大騒ぎになっちゃうから。」


エリカとコクリコの説明に葵は納得した。


「なるほど・・・。」


場所は、巴里花組光武特別演習場。地下に建設されており、巴里市民の誰の目も届かない場所である。

民家や、レンガ造りの道路、そこにある建造物は、上のライトと建物の崩壊などがなければ、それらは巴里の街にそっくりに作られていた。

・・・勿論だが、住人はいない。

この『地下都市』は、対蒸気獣戦を巴里都市で行う場合を想定して作られた、光武の為の”舞台”のようなものである。


光武の演習場だけあって、穴だらけの看板や、崩れかけた建物がある。

だが、霊力をどれだけ解放しても良い様に、地下都市を囲む壁は何重にもしっかりと造られている。


初めて見る施設に葵は、なるほどといった感じでしきりに周囲を見回していた。

赤い髪の女からは、緊張している様子は、伺えない。


(・・・決闘の為に連れてきたというのに、周囲を見回すとはこの女、余裕でもあるのだろうか?)とグリシーヌの表情は一段と険しくなった。



「ルールはシンプルだ。どちらかが『参った』というまで、だ。 ・・・お前の得意な風の霊力技を使っても良い。


・・・よいな?」



シンプル過ぎるグリシーヌの決闘ルール説明が終わった。よいな?の問いに葵は、黙って頷いた。


「花火、エリカ、コクリコ・・・離れていろ。」


グリシーヌが右手を花火達に向け、もっと距離を取るように言った。

言われた通りに離れつつもエリカは、やはりまだ2人を止めるべきではないかと花火に言った。


「花火さん・・・グリシーヌさんは、本当に決闘やっちゃう気なんでしょうか?

あの、戦わないで葵さんの事を知る方法なら、まだ・・・あると思うんです!」


エリカは両手をあわせて、花火に聞いた。花火は花火で困ったような、悲しそうな、複雑な表情で答えた。


「そう、ですわね・・・私も、そう思います。でも・・・グリシーヌが、一度ああなってしまってはもう、無理だと思います・・・。」


花火の言葉に、「うん、目が本気だもん。」とコクリコが言った。


「そんなぁ・・・仲良くしましょうよ〜・・・主もそうせよ、とおっしゃいます!」


しかし、エリカの願い空しく、2人の戦士は間合いを取って、戦闘の準備を始めている。

その様子を遠くから黙ってみているしかないエリカ・コクリコ・花火の3人は、どことなく不安でいっぱいだった。



「・・・花火はどう思う?」

「え・・・?」


ふと、コクリコから話題を振られて、花火は少し驚いた。


「・・・葵の事・・・隊長だって思える?」


コクリコの声は、少し暗く、小さくなっていた。


「コクリコは、迷っているのですね?」

花火は質問には答えず、そう聞き返し、コクリコはそれに対して正直に答えた。


「・・・正直言っちゃうと、ちょっとね。でもね、強さとか関係ないよ。ただ・・・ボクらの隊長はイチローなんだし、急に新しい隊長だなんて言われたって・・・。

あ、でもね!だけどね!だけど・・・ボク、葵の事をここから追い出したい訳じゃ、ないんだ・・・第一、よく・・・葵の事、よく知らないし・・・。

だから、今日・・・ボク、葵の事もっと知りたくてココに来たんだ。」


「コクリコ・・・そう、だったんですか・・・。」

コクリコの正直な意見を聞いて、エリカは組んだ両手の力を抜いた。


花火はコクリコの言葉に対し、静かにこう言った。


「・・・ええ。私も、今回の隊長の件は急すぎて、少し戸惑っています。むしろ、少し乱暴かなって・・・。」


「え!?じゃあ・・・花火さん・・・反対なんですか・・・!?やっぱり・・・」


「でも、グリシーヌと同じような事は、私には出来ません。・・・エリカさんの言うとおり、月代さんの事を知る手段は、他にもあるはず、ですから。」


”だったら、何故?”という顔をして、エリカは聞いた。


「・・・止めない、んですか?」


エリカの問いに対し、花火はどこか寂しそうに笑った。


「グリシーヌはグリシーヌなりに、月代さんの事を”知ろう”としてるんだと思います・・・方法は、いささか間違ってるとは思うんですけど・・・。

・・・グリシーヌは・・・・・不器用だから・・・ああするしか出来ないんだと思います。」


「・・・不器用って言っても、なんかグリシーヌ楽しそうにも見えるけど・・・」とコクリコが言った。


戦斧を構えるグリシーヌは、確かに・・・どこか楽しそうにも見えた。


3人の脳裏に”ヤバイ・・・葵、殺されるかもしれない・・・”という文字が躍ったが花火が素早くそれを遮った。


「あ・・・危ないと思ったら!この身をかけてでも2人を止めてみせます!」


そう言って、花火は決意の眼差しで2人を見た。



一方。


どこか楽しそうなグリシーヌは、戦斧の先を葵に向けて言った。


「ツキシロ、お前の武器はなんだ?無いのなら、貸してやるぞ。」


その言葉に、葵は周囲を見回すのをやめて、右手を軽く挙げて言った。


「いえ、結構です。持って来てますから。」


そして、左手に持っていたカバンから、鉄の輪を一つ、取り出した。


「そんな、輪っかで、この私と戦うつもりなのか?馬鹿にしているのか?」


ムッとした低い声でグリシーヌが、葵に向かって聞くと、葵は輪をくるりと一回転させて見せた。



「この輪は”円月輪”と言って、輪の形をした刀のような物です。

本来の円月輪はもっと小さく、指にひっかけ、回し、投げて使う、いわゆる飛び道具ですが


月代家では、この円月輪を大きくし、投げの他、斬撃や攻撃の受けも出来るように独自に改良しています。」


そう言い終わると、今度は円月輪の刃を見せた。ギラリと光るソレは、只の輪ではない事をグリシーヌ達に見せ付けた。


「・・・へえ〜!珍しい武器ですねェ・・・あの輪っか。」


エリカは目をパチパチさせながらジッと見つめた。


「どうやって戦うんだろう・・・?グリシーヌの攻撃、受けられるのかな・・・あんな輪っかで。」

不安そうにコクリコは呟いた。


「・・・・・・・・・・・。(いざとなったら私が、グリシーヌを止めなくては!)」


巴里の住人にとって、円月輪は単なる輪っかにしか見えない。

そして、葵以外の全員が、グリシーヌの勝利を予感していた。









[ サクラ大戦 紅姫編 第5話 ]







演習場地下都市を見下ろす形で設置された司令室には、先客がいた。


「・・・おや、珍しい。サボタージュの常習犯が、こんなところから見学かい?ロベリア。」


「フン。暇だったからさ。」


グランマが声をかけると、ダルそうにロベリアが答えた。

ロベリアが椅子にダルそうに腰掛け、電源が入ってない事をいい事に、地下都市の操作盤(建物の位置を変えたり、的を出したり等)に足を載せていた。


霊子強化ガラス越しに2人が見ているのは、勿論今まさに始まろうとしている”決闘”であった。



「・・・なんだかんだ言って、興味はあるんだね。アンタも。」



含み笑いを浮かべながら、グランマはそう言って、自分の椅子に座った。


「・・・暇だからって言っただろ?まあ、ヤツがどういう戦い方して、どうやって負けるか位は、みてやっても良いと思っただけさ。」


やや不機嫌そうに答えるロベリアに対し、グランマはふふっと笑った。


「・・・おや、珍しい。アンタはグリシーヌが勝つと思ってるのかい?」


その問いにロベリアは、答えず、ニヤッと笑って振り向いた。


「賭けるか?」

「いいよ。」


グランマは即答した。


「あたしは、葵が勝つ方に賭ける。そっちは?」


グランマの言葉を聞くなり、ロベリアは目を細め、黙ったかと思うと、そっぽを向いて吐き捨てるように言った。


「・・・気に入らないね。」


「何が、さ?」


「アンタは・・・あの”赤アタマ”の力を知ってるんだろ?知ってるから・・・グリシーヌが”必ず負ける”と思ってるんだ。」


「・・・だったら、どうするんだい?」


グランマの問いにロベリアは答えず、ポケットから酒を取り出し、ぐいっとあおった。


「まあ、ゆっくり見ていけばいいさ。」


グランマがそう言うと2人は、ガラス越しに見える戦士を黙って見つめた。








「ゆくぞッ!」


まず先手を打ったのは、グリシーヌの方だった。だが、葵が体を捻り、戦斧は空を切った。

葵は円月輪を構えたまま、十分な間合いをとって、グリシーヌをじっと見ていた。

てっきり攻撃を仕掛けてくるかと、一瞬身構えたグリシーヌだったが、葵はそうしなかった。ただ、グリシーヌが仕掛けるのを待っているように動かなかった。


(・・・まずは、避けたか・・・。身のこなしは軽いようだが、攻撃を仕掛けずに様子見とは・・・舐めた真似を・・・!)


勿論、避けているだけでは勝利は出来ないし、じっと見ていても同じ事である。

グリシーヌは一段とスピードを上げて、斬撃を次から次へと繰り出した。それを葵は避け続ける。


「うわ・・・すっごい・・・。」


思わず、コクリコが言葉を漏らした。

グリシーヌの気迫や連続攻撃はいつになく早く厳しい。しかし、それを避ける側も動きは早く、紙一重でさけていた。




「グリシーヌさーん!葵さーん!両者共ファイトでーす!負けないで下さーい!!」


エリカの明るい応援が、静かな演習場に響いた。


「ねえ、結局エリカは、どっちを応援してるのさー・・・?」

「え?どっちもですよ。2人共〜頑張って下さーい!」

「ええ〜・・・?」

きっぱりと答えるエリカの返答に、コクリコはやっぱり、エリカは新しい隊長に賛成なのか、と少し複雑な表情を浮かべた。

「・・・グリシーヌ・・・。」

そして、依然として花火は、不安そうな顔をしたままだった。






「どうしたっ!避けるだけか!隊長候補!!」

「・・・・・・・・。」


グリシーヌの言葉に、葵はムッとする事も、答える事もせず、ただ静かに避け続けた。


「・・・避けるばかりでは、勝てはしないぞっ!」


そして、グリシーヌが戦斧を大きく振りかざし、斧と思えぬスピードで、素早く真横に一線引くように斬った。


(・・・思ってたより、早い・・・。)

葵はそう思いながら、スッと後ろに身を引いて、それを回避した。しかし、葵のその動きはグリシーヌは予想済みだった。



「やはりな!見極めたぞっ!!でやああああああああ!!」

「!!」


先程よりも早く、鋭く、グリシーヌが”突き”を繰り出した。


咄嗟に葵は身を捩って、その突きの攻撃を避けたつもりだったが、戦斧の刃が彼女の制服を掠めた。

だが紙一重は相変わらずだった。戦斧は、彼女の服を切っただけで、彼女の身体には傷は無かった。



(・・・いける・・・次は当てられる!)


グリシーヌはそう思った。


スピードは大した事は、ない。あの円月輪と言っていた輪も、グリシーヌには”ただの飾り”にしか見えなかった。

あんな輪の刃でも、おそらく、戦斧の強力な一撃を受け止める訳もないだろう、と。


その証拠に、葵は避けてばかりではないか。


グリシーヌは、勝利を確信した。



一方、葵はグリシーヌとまた距離を取ったかと思うと、今度は、屈んだ。


(・・・む?)

その様子に、グリシーヌは、怪訝な顔をして、葵の行動に着目した。


「・・・あれ?葵、しゃがんだ・・・」

「葵さん・・・お腹、痛いんですかね・・・?」


当然、コクリコとエリカは、葵の突然の行動に注目した。




「・・・ゴメンナサイ。」

誰に向けてのゴメンナサイか、対戦相手のグリシーヌの知った事ではない。



「・・・は?」


そして、次の瞬間。



「・・・ここも、暑い・・・。」



葵のボソリと放たれたその言葉の後。



 ”ビリィーッ!!”



布の裂ける音が、盛大に響いた。



「・・・なっ!?」


葵が、自らのスカートを裂いた音だった。その途端、右の太腿が露わになった。


「「わっ!?!」」「ま、まあ!」


グリシーヌに、ギャラリーのエリカ、コクリコ、花火も突然の行動に驚いた。






「・・・何やってんだ?あの赤アタマ・・・さては、馬鹿か?・・・シャツのボタンも外して、一体何考えてるんだ?」


ロベリアの呆れたような声に、グランマも苦笑して言った。


「ああ、あれは葵の体質でねェ・・・”ちょっと暑がり”でね、すぐ脱いじゃう癖があるのさ。

 ・・・やはり、もっと動きやすいように、と仕立て屋に言っておくべきだったね・・・。」

「・・・フン、そりゃなんとも恥ずかしい癖だな。・・・で・・・その”暑さ”を解消して、あの暴走貴族様に勝てるのかい?」


皮肉を言って笑うロベリアに対し、グランマはまだ余裕の笑みを浮かべていた。


「・・・まあ、慌てなくとも、見ていれば解るさ。じきにね。」

「・・・チッ・・・(勿体付けやがって・・・。)」










エリカとコクリコは、顔を見合わせた。


「あ、あらら・・・折角のスーツ、破いちゃいましたね・・・。」

「うん・・・でも、暑いって言ってるけど・・・ココ、そんなに暑くは無いよね?何も破く事無いのに・・・。」


コクリコの言うとおり、日の当たらないこの地下演習場には、暑さなどない。むしろ、少し肌寒いくらいだった。


「確かに・・・あ!そういえばエリカ、ソーイングセット持ってるんでした!・・・えーと・・・・・・・あれ?あれ?あ、忘れちゃってるみたいですー♪」

「・・・・・・・・・ああ、そう・・・。」


エリカの明るい笑いに、子供ながらコクリコは”はいはい”と聞き流し、目の前の2人の戦いに集中した。




「・・・これで、よし。司令と仕立て屋さんには、後で謝らないと。」


そう独り言を言った後、葵はネクタイを緩め、またシャツのボタンを1つ外して、トントンと両足で軽く跳ね始めた。


「あ・・・あれは・・・!」

葵のステップに、エリカは驚き、声をあげた。

「・・・エリカさん、知ってるのですか?」


花火の質問に、エリカは答えた。


「あれは本で読んだ事があります・・・あれは・・・マサイ族の戦いの踊り・・・!」

エリカのシリアスな声とは逆に、花火とコクリコは言った。


「「・・・多分、違うと思うよ。(思いますわ。)」」




対戦相手のグリシーヌは、突然の出来事に驚きながらも、すぐに怒鳴った。


「一体、何のつもりだ!?」


すると、少し気まずそうに葵は視線を横にずらしてから言った。


「すみません。・・・ちょっと、暑かったもので・・・もう大丈夫です。続きをどうぞ。」


「・・・・・。」


構えも何もなく、ただ、その場でトントンと両足で跳ねるだけの葵に対しグリシーヌは”馬鹿にされている”と思い始めた。


なによりも・・・


(この私の前で胸元を開けるとは・・・無礼な・・・!)


目の前で、スカートを裂き、ネクタイを緩め、ボタンを外すという行為が、グリシーヌをイラつかせた。

・・・そして、依然として攻撃を仕掛けてもこない、ピョンピョン跳ねてるだけの葵に、グリシーヌは完全に怒りを露わにした。



「――貴様ッ!いつまで、ぴょんぴょんとウサギのように跳ねているつもりだ!真面目に、やらんかッ!」




そう叫んでも、葵は黙ってグリシーヌを見ている。

(冷静さを欠かせる作戦か・・・?愚かな・・・。)


「―その手は喰うかっ!この戦斧の錆にしてくれるッ!」


戦斧を真っ直ぐ振りかざすグリシーヌ。

それに対し、ぴょんぴょんと跳ねていた葵は軽くステップを踏むと、すうっと流れるように、グリシーヌの真横を”通過した”。



「なッ!?」



驚いている暇はない。葵は自分の横を通過し、今、自分の後ろにいる。

グリシーヌは素早く振り向くと同時に、襲い掛かってくる円月輪を斧の柄で受け止めた。


”ギインッ”という金属音が響いた後―


足に痛みが走ると同時にグリシーヌの視界が突然、グラリと横にブレた。


(・・・な、何だとっ!?)


見ると、グリシーヌの両足は完全に宙に浮いていた。”足払い”をかけられたのである。


”ドサッ!”


「くぅっ!?」



右の肩を激しく石畳に打ちつけられたグリシーヌは声を漏らした。


「グリシーヌ!」


花火の叫びに似た声に反応し、グリシーヌは素早く立ち上がった。


「・・・くっ・・・おのれ!」

(たかが、スカートを破いただけで、動きが先程とまるで違う!一体、ヤツは・・・!?)


単に動きやすくなった、というだけでは説明のつかない葵の動きに、グリシーヌは驚いていた。

しかし、単に葵が”早いだけ”なら、まだ勝機はあるとグリシーヌは冷静に考えた。

葵の霊力を追うことで、気配を読み、葵の攻撃を受け止めた後、カウンターを狙うつもりでいた。



だが。


葵はまたしても間合いを取ったまま、攻撃を仕掛けては来ない。またしても・・・ぴょんぴょんと跳ねているだけだ。

・・・そういう戦闘スタイルなのかは知らないが、グリシーヌにはそれが気に入らなかった。


「――少しは自分から仕掛けたらどうだ!そんな戦い方では、隊長とは認められんぞ!本気で来い!」


怒鳴るグリシーヌに、葵は少し考えてから言った。


「・・・それもそうですね。すみません。じゃあ、行きます。」


妙なステップを踏んで、葵は軽々と空を舞った。

「・・・っ!?」




「わあ・・・!」

エリカは声を上げた。葵と初めて出会った時、彼女はこの時も風を操り、空を舞っていた。


「・・・エリカの言ってた通りだ・・・!」


コクリコは、思わず立ち上がった。人が目の前で、数メートルも軽々と飛ぶ、という光景にただ、驚いていた。


「・・・人が・・・飛んだ・・・!?」


花火が驚き、そう呟くと同時に、円月輪がグリシーヌ目掛けて飛んでくる。


「・・・こんなものっ!」


グリシーヌが円月輪を弾き、葵はそれを空中で受け止める。


「…御見事。」


葵はそう呟くと、地面に着地した。グリシーヌは戦斧を横に振り、再び構えた。


「なるほど・・・エリカの言うとおり、霊力で風を起こし、空を飛ぶとは本当らしい。

正直、驚いた・・・が、それだけでは簡単には、このグリシーヌ=ブルーメール・・・倒れはせぬぞ。」


グリシーヌの目つきが更に真剣なものになった。




「・・・次は、連続で行きますよ。いいですね?」


そう言いながら、いつの間にか葵は、円月輪をもう一つ取り出し、両手に構えた。


「・・・いちいち確認をするな!来るなら、さっさと来るが良かろう!」


グリシーヌの声に、葵の目が薄く笑ったように見えた。その笑いが、更にグリシーヌの怒りを燃やした。

葵は体制を低くして、真っ直ぐ走ってきた。


(真正面からだと!?・・・まだ・・・まだ、この私を試しているつもりか!?)


グリシーヌは気に入らなかった。

自分が、葵を隊長に相応しいか試しているというのに。

葵の態度や攻撃は先程から、まるでグリシーヌの実力を試しているようなものだったからだ。



葵の宣言通り、攻撃が開始された。

妙なステップは相変わらず。だが、そのステップの後に繰り出される上下左右の不規則な斬撃。


(・・・なかなかやる・・・この赤毛・・・!)


初めて見る戦いの型に、グリシーヌは驚きつつも新鮮さを感じていた。


(不思議なヤツだ・・・妙なステップといい、攻撃方法といい・・・てっきり、馬鹿にしているのかと思えば・・・

 こうやって、本気で真正面から勝負を挑むとは・・・!)


月代葵という人物が繰り出してくる攻撃は不規則だが、その瞳は真剣そのもので、真っ直ぐグリシーヌの動きを捉え、攻撃の手は緩む事は無かった。


(・・・だが・・・面白い・・・この女・・・!!)

次は、どこへ攻撃してくるのか、どう弾こうか・・・考えながらも身体が反応して、彼女達の戦いは続いた。

そのやり取りは今の所、互角。

だが、かつてない手ごたえすら感じるグリシーヌは、夢中で葵の攻撃を捌いていった。







同じく2人の様子を見ていたエリカがポツリと言った。


「なんか・・・みたい・・・。」


「え?何か言った?エリカ。」


コクリコが聞き返すと、ぼうっとした表情のままのエリカは、言った。


「なんか・・・葵さん、踊ってるみたい・・・。」


エリカの表現は、的を得ていた。


葵は、不規則に円月輪を振りかざしては、空を舞い・・・まるで舞を踊っているような動きだった。

ふわりと浮かんだかと思うと、鋭い刃が次々とグリシーヌを襲う。

時折投げる円月輪は、綺麗な円を描き、空を舞いグリシーヌに弾かれ、再び飛び上がった彼女の手に戻る。


ただ手にしているモノが、扇等の類ではない、鋭い刃だというだけ。

形状が丸いので、一見ただの輪にも見えるが、ギラリと光る度に、金属のぶつかる音だけが演習場に響く。

その金属音はどんどん大きくなり、空気も張り詰めていき、コクリコも花火も、それに息を飲んだ。





その時、変化が起きた。




始めの攻撃こそ上手く捌いていたグリシーヌだったが、僅かに反応が遅れ始めてきた。

戦斧を振るう腕が、重くだるくなってきているのを感じてきていた。

そこで、グリシーヌは気が付いた。


(・・・くっ!?・・・早い・・・いや・・・少しずつ加速しているというのか・・・!?)


確かに僅かずつではあるが、葵の放つ攻撃のスピードは上がっていた。それが、グリシーヌの腕、体に疲労として蓄積していったのである。


「くっ・・・・・・はああぁっ!!」

「・・・・っ!!」


グリシーヌは腕の疲れを振り飛ばすように、戦斧を横一線に素早く振り、葵はそれを避ける為、ズサーッと砂埃をたてながら一旦、大幅に距離を取った。



「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・っ!」


腕の重みを感じると同時に、身体中の動きまで鈍くなり始めていた事にグリシーヌは気付いた。

・・・一方、葵は呼吸は乱さず、こちらの様子をジッと見ている。

それはおろか、先程『暑い』と言っていただけあって、シャツをパタパタと扇いでいる動作もしている。


(・・・まだ・・・この私を、試しているつもり、なのか・・・!!)


戦斧を振る腕が、身体が、疲労に悲鳴をあげて酸素を欲し、自然と呼吸が荒くなる。疲労を緩和しようと、腕が戦斧を下げようとする。


だが。


・・・彼女の誇りが、それを許さなかった。

戦斧の柄を地面に思い切り突き立てて、グリシーヌは言った。


「・・・ツキシロ・・・今一度言う・・・本気でやれ!!」

「・・・え・・・あ・・・」


その言葉に葵は何かを言いかけようとしたが、グリシーヌの目を見ると口を閉じた。

それは紛れも無い・・・”戦士の瞳”。


葵はそれを見た瞬間、二つの円月輪を一つに重ねて、相手側に向けるのではなく、背に回すような構えに変えた。

彼女もまた同じ”戦士の瞳”で応える。


「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」



互いに霊力が集まり、高まっていく。





「・・・本気になったな。アイツ。」

ロベリアがボソリとそう言って、飲んでいた酒に蓋をした。





グリシーヌは、葵の霊力を肌で感じ、本気だと解り、内心”やっとか”という思いと嬉しさに似たような感情が湧いてきた。

少しピリピリする風が、グリシーヌの肌を撫でて、葵の元へと集まっていく。


「・・・それでいい・・・ゆくぞ!」



今度は、グリシーヌが攻撃を仕掛ける。

全力全霊、渾身の力で、それを放つ。



「・・・グロース・ヴァーグ!!」



押し寄せる津波のような斬撃が、葵を襲ってくる。


葵は、二つの円月輪をに霊力を込めた。それと同時に髪の毛が舞い上がり、風が起こる。

葵の周囲に渦巻く風を円月輪の刃が取り込み、赤く光る。


「・・・疾風迅壊っ!!」


その言葉と共に、円月輪から放たれた風の巨大な刃が、真っ直ぐ飛び、音を立てて波をかき分けていく。

波と風が、激しくぶつかり、周囲に風と水が散る。



「わ、わあ・・・た、台風みたい・・・うわわっ!」

「ほいっ!大丈夫ですか?コクリコ」

コクリコがバランスを失い、エリカがすかさずコクリコを支える。

「あ、ありがとーエリカ・・・。」


すると、突然花火が声を上げた。


「・・・あ!グリシーヌ!危ない!」

花火が指をさす方向には、半壊した建物がグリシーヌの方へ崩れ落ちてくるのが見える。

「もしかして・・・今の台風で崩れちゃった・・・!?」

コクリコがそう言うとすかさず、エリカが叫んだ。


「グリシーヌさーん!後ろ―っ!後ろーっ!」


エリカの声に、グリシーヌは振り向く。


「何・・・っ!?」


見るとグリシーヌの後ろの建物が、ゆっくりとこちらへ崩れ落ちてきていた。


「はあ―っ!!」


グリシーヌの必殺技を風の刃で受け止めている筈の葵が、突然腕を上に向けた。

その途端、風の刃は大きさも変え、彼女を襲う波は一気に二分され、風の刃がグリシーヌの方向へと飛んでいく。

ところが、グリシーヌの手前で風の刃は”上向き”に軌道を変え、グリシーヌの後ろの半壊した建物に当たった。


「・・・!」


”ズンッ”という音の後、建物は中央から裂け、その裂け目からズズズ・・・という音をたてて、ゆっくりと倒壊していった。


「きゃー!?」「うわ・・・ゲホゲホ!」

途端に辺りは土煙に包まれ、エリカ達は視界を失った。


「・・・グリシーヌっ!」


しかし、花火だけは親友の元へと視界不良の中、構わず駆け出した。










「・・・あの・・・大丈夫、ですか?」


掛けられた声に、グリシーヌは目をうっすらと開けた。

見ると葵が上着を脱ぎ、自分にその上着をかけていた。新調したらしい葵のスーツは破れて、土埃まみれ・・・見るも無残な状態になっていた。


「・・・何を、している?」

「・・・あの・・・崩れた建物の破片とか飛んできたら、危ないので。」


・・・何を言っている?とグリシーヌは目を見開いたかと思うと、今度は立ち上がった。


「何を言うか!勝負は、まだ途中であろう!私はまだ、参ったとは言ってない!」

「・・・あ・・・」


更に、葵に顔を近づけ睨むグリシーヌに、葵は顔を引きつらせた。間近で睨まれると、年下と解っていても怖いらしい。


「よいか!?私は”参った”というまで、と言った筈!それを、何故・・・何故、後ろの建物を狙った!?」


グリシーヌの中で、戦いは決着していなかった。純粋に決着がついた後ならば、納得も出来ただろう。

だが、現時点では、葵に上着をかけてもらう事も、倒壊する建物からも守ってもらう筋合いも無い。


「あ、いや・・・その、もういいかなって・・・あの、それより移動しませんか?後ろの建物の倒壊がまだ・・・」


移動を促す葵に対し、グリシーヌはその手を振り解き、まだ戦う気でいた。


「お前の判断など、どうでもいい!私は、まだ降参した訳では・・・!」

そう言って、グリシーヌは葵の腕を掴んだ。・・・その途端。

「痛・・・っ!」

「!・・・お前、怪我をしているのか・・・?」


グリシーヌの掴んだ腕からは、Yシャツの腕の部分にクッキリと血が滲んでいた。

しかし、一体、いつ負った傷なのだろう。グリシーヌの記憶が正しければ、この怪我は自分が放った攻撃によるものではない。


「・・・やはり、か・・・。」

「・・・いえ、これは・・・」


葵が、その続きを言い掛けた時。



「・・・グリシーヌ!月代さん!危ない!まだ・・・!」



突然、二人の耳に、危険を知らせる声が聞こえた。


「え・・・?」

「花火!?」


グリシーヌは、声の方向を見た。土煙に咳き込みながら、花火がこちらを見ている。

すかさず、花火の視線の先である”上”を見ると建物の柱部分がこちらに倒れてくる。三階分もあるソレからは、今更走って逃げても間に合わない。


「・・・・っ!?」


「―― ”風衝壁”ッ!!」


花火の声に反応した葵は、風の壁を作り出した。風の壁は、なんと倒れてくる柱を受け止めた。


「なっ・・・受け止めた、だと・・・!?」

「くっ・・・!!」


・・・しかし、かなりの重量があるらしく、風の壁は、段々と下がってくる。


「・・・逃、げて・・・下さい・・・!」


そう言う葵の腕からは、先程の傷から血が滴り落ち始めていた。


「・・・何を言う!?ツキシロ!!」

自滅する気かとグリシーヌは葵の表情を見た。・・・すると、剥がれかけた左頬の絆創膏が目に入った。

(・・・顔に、傷・・・!)

その傷に少し驚くグリシーヌだったが、間髪入れずに、葵が叫ぶ。


「・・・早く!・・・私から離れて・・・!!」


”離れろ”と言われたグリシーヌは、一瞬、唖然とした表情をしたが、すぐに怒鳴った。


「あ・・・侮るなっ!ブルーメール家の誇りにかけて・・・一方的に守られてばかりなど、御免だッ!!グロース・ヴァーグ!!」


グリシーヌは戦斧を握ると、力いっぱい振りかざし、柱を迎撃した。

柱の一部が崩れ、はじけ飛び、風の壁に掛かる負担が一気に軽くなる。


「・・・え・・・ッ!?」


葵にとって、グリシーヌの取った行動は、とても意外なものだった。


「・・・どうだ!?これで押し返せるか!?ツキシロ!」

「は、はい!!」

グリシーヌの声にハッとしながらも、葵は腕に更に力を入れる。腕の傷口が広がり、血が更にYシャツを赤く染める。


「・・・行けえええええええッ!!」


葵は両手で更に風を集め、風の壁はゴオッという音を立てたかと思うと、柱を反対方向へと弾いた。

続いて、ズシンという音が響き、地響きが体に伝わる。思わずグリシーヌは葵の方を見た。





「はあ・・・はあ・・・はあ・・・!」

「はあ・・・はあ・・・やったか・・・。」



(それにしても・・・なんという霊力だ・・・。)

自分も力を貸したが、巨大な柱を押し返す葵の霊力の強さに、グリシーヌは驚きを隠せなかった。

風に靡く、葵の赤い髪は、僅かに光を帯びているように見えた。



「・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・ふうぅ・・・あ、大丈夫ですか?」


さすがに霊力を消耗したらしい葵は、息を切らせていたが、すぐに整えて、そう聞いた。

すぐ勝負をつけようかと思っていたが、片手で汗を拭う葵に、グリシーヌは持っていた戦斧を向けるのを止めた。


「・・・大丈夫だ。」


咄嗟の出来事とはいえ、対処が遅れた。


「・・・・・・助かった・・・礼を言う。」


助けてもらったのは、事実だと思ったグリシーヌは、礼を言った。

その”素っ気無い”とも思えるお礼に、葵は少しだけ頬を緩めた。


「・・・な、なんだっ!?」


思ってもみなかった葵の微笑に、グリシーヌは何故か顔を赤らめた。


「え?あ、いえ、こちらこそ・・・手を貸していただいて助かりました。・・・その・・・私がもう少し、ちゃんと風を掴めていたら・・・」


葵はそう言って頭をかいた。葵の言葉に、グリシーヌは首をかしげ、怪訝な表情を浮かべた。


「風を、掴む?」


「あ。巴里に来たばかりで、まだこの地の風に慣れなくて、という意味です。

だから・・・まだ完全に掴みきれていないから、風のコントロールがあまり上手く出来ないみたいなんです。

飛ぶ時は上手くいったのに・・・んー・・・こっちの風は、気分屋さん、なのかな・・・。」


妙な事を言う奴だとグリシーヌは思った。


「・・・風が、気分屋・・・?」


「あ・・・いや、風のせいではなく、私の訓練不足、ですね。す、すみません、すみません!」



そう言って、申し訳なさそうに頭を何度も下げるので、グリシーヌの肩の力が一気に抜け、少しだけ笑みがこぼれた。


(・・・変な、奴だな・・・)



気付くと、戦斧を持つ右手が僅かに震えていた。


(む・・・手が・・・。)


恐怖ではない。先程から、葵の攻撃を捌いていた疲労で戦斧を持っている両手は、いつになく重だるく、少し痺れを感じていた。

先程の柱の出来事で、疲れはピークに達しているらしい。


・・・先に、葵に本気を出せ、と言ったのは自分だ。


それ以降の葵の攻撃は、正直、捌くので精一杯で、攻撃の隙が無かった。

すぐにグリシーヌは、戦斧を肩に預け、手の震えを葵に見せまいとした。


「ツキシロ・・・何故、決闘の途中で、私の後ろの建物を狙った?」

「あ・・・それは、こちらからも、後ろの建物が崩れるのが見えて・・・それで・・・。」


「軌道を変えれば、お前に私の攻撃が当たるかもしれなかったのに、か?」

「・・・貴女に怪我を負わせる事は、私の本意ではないので。元々、私が戦場以外で戦う理由は、ありませんから。」

その言葉に、グリシーヌは葵には彼女なりの戦う理由があって、ここへ来たのだと感じ取った。


「それにしても・・・光武の演習場とはいえ、一部補修工事をお願いすべきですね。これは・・・。」

そう言いながら、葵は腕の血を隠すように上着を着込む。白い手袋には滴った血が滲んでいる


「・・・・・・・・。」

グリシーヌは自問自答した。



『果たして、あのまま戦い続けて、この者に勝てただろうか?』と




建物が建っていた場所は、葵の風に飛ばされたせいもあってか、殆ど更地に近い状態になっていた。

自分が手を貸して、得たのは結果である事も事実だが。

あれだけの柱を風で押し返すだけの力に・・・グリシーヌは、少なからず”霊力の差”を感じた。


それに。

(・・・まだ、痺れている・・・)

葵の連続攻撃を捌いていた腕の痺れは、まだ取れない。



 『実力だけなら十分だ。何せ新種と2回交戦して、唯一生き残っている人間だしね。』



(・・・・・・確かに、実力は・・・あるようだな。)



新種の脅威は、まだよく解らない。

だが、目の前の人間が、巴里を脅威から救う戦力になるのは・・・間違いない。



(・・・それが解っただけ、収穫か。)


グリシーヌは”参った”とは言わなかったが、今回だけは負けを認める事にした。



「もう、よい。」

「え・・・?」



『あんた達が望む、理想の隊長像ってものがあるだろう?

ムッシュがアンタ達を立派な隊員として育てたように、今度はアンタ達が隊長を育てあげるのさ。』


グランマの思惑通りに事が運ぶのは、気に入らなかったグリシーヌだったが。



「・・・いつまで、ぺこぺこしている!そんなもの一度でいい!巴里を守る戦士ならば、毅然とした態度を取れ!」


「・・・・・は?」


「別に、お前を隊長として認めた訳ではない。今の私達には、隊長はいない。・・・それだけだ。それを忘れるな、良いな?葵。」


彼女は考え方を変える事にした。

最初から”隊長を育てる”のではなく、彼女と過ごし、その成長次第で、隊長に相応しいかどうかを決めようと。※注 花火が最初から口にしていた事だが。


一方、葵はそんなグリシーヌの気持ちを知る由もない。

だが、自分をツキシロではなく、名前で呼んだ事には気付いた。


(・・・あれ?さっきと態度がちょっと、違う・・・?)

「・・・えーと・・・あの・・・」


戸惑う葵に、グリシーヌの目が鋭くなる。


「良・い・な!?」


「は、はいぃ!!(・・・怖い・・・この人、年下なのに、さっきより怖い・・・!)」


葵の裏返った声の返事に、グリシーヌは満足そうに笑った。


「・・・それでいい。改めて・・・私の名はグリシーヌ=ブルーメールだ。しかと、覚えておくがいい。」


「あ、月代 葵です。よろしくお願いします。 (・・・笑った・・・グリシーヌさん、こういう表情もするんだ・・・。)」


葵に向けられた初めてのグリシーヌの笑顔。その気品のある微笑みに、葵は、エリカと通じる何かを感じた。

自分が捨ててしまった、何かを。



「・・・どうでもいいが、暑いとはいえ、胸元はあまり開けるな。だらしの無い。」

途端にグリシーヌの口調が厳しくなり、手が伸ばされる。ぐいっとやや強引にYシャツが引き寄せられ、ボタンが閉じられる。

「は、はい・・・すいません・・・。(やっぱり、怖い・・・。)」





「・・・おや、ロベリア・・・もういいのかい?」


グランマが司令室から出ようとしているロベリアを呼び止めた。

しかし、ロベリアは振り向かずに言ってドアを開けた。


「もう十分さ。最初の5分で、ケリはついていたようなもんだ。これ以上、付き合ってられないね。」

片手を挙げて、ロベリアは立ち去ろうとしたが、グランマは呼び止めた。


「ロベリア。アンタは・・・まだ、葵と戦う気は、あるのかい?」

「・・・・・・さあな・・・気が向いたら、喧嘩・・・売るかもな。点呼の時間だ。アタシは戻る。・・・じゃあな。」


気の無い返事をして、ロベリアはドアを閉めた。

ドアが閉まると、グランマは軽く息を吐いて、呟いた。


「ふぅむ・・・。やっぱり間近で見ておいて良かった。・・・これから、どんな風が巻き起こるか・・・不安でもあり、楽しみでもあるねぇ・・・。」

グランマの視線の先には、土埃の中でもはっきりと解る、鮮やかな赤い髪と金髪があった。





「む?そういえば・・・花火はどうした・・・?先程まで、あそこにいたはずだが・・・」


親友の姿が見えない。グリシーヌは心配そうに周辺をキョロキョロと見回した。


「あ・・・あそこ、倒れてる・・・!?」


そう言って、葵が指差す方向には、気を失って大の字に寝ている花火の姿があった。


「何!?花火―っ!?」

「・・・あ、額にこぶが!?」


二人が駆け寄ると、花火の額にはぷっくりと膨れ上がった見事な”たんこぶ”が出来ていた。


「な、何故、こぶが!?・・・しっかりしろ!花火!」


親友を抱き起こすグリシーヌの後ろで、葵がぽつりと言った。


「あ・・・あの・・・もしかしたら、風障壁で跳ね返し損なった柱の一部分が当たったの・・・かも・・・。」


「なんだとーッ!?だったら、早く掴め!その巴里の風とやらをッ!!」


「す、すいません!すいません!すいません!早く風掴みます!すいませんっ!!」


その場でぺこぺこ謝る葵に、グリシーヌの叫びが加わる。


「エリカ!エリカはおらんかーッ!?花火の、花火の額がーッ!」

「あ・・・痙攣してる・・・!?」


「花火ーッ!?」


その後、花火は駆けつけたエリカの治療で完治した。そして、葵はグリシーヌ(年下)にまた怒られたという。



「さて・・・早速、葵のスーツ新調決定・・・と。・・・給料から差っ引いとくかね。」

司令室では、グランマが低い声でそう言いながら、分厚い手帳に書き込んでいた。


種は揃った。

後は、芽生えるのを待つばかり。種達の栄養の奪い合いを心配したグラン・マだったが・・・

だが、種達はまだ地面にすら触れてもいないままだった事に、気付いた。



グラン・マは手帳の下にある”紅姫・カグヤ”と書かれた資料を険しい表情を浮かべ、それを開いた。



「不安は、あるが・・・だが・・・一度決めたんだ。女にだって度胸はあるさ・・・トコトンやるしか、そう、やるしかないさね。」



そう呟くと、それをそっと閉じた。



・・・厳しい戦いの時は・・・確実に、ゆっくりと、ゆっくりと彼女達の元へと迫って来ていた。




― 5話 終わり ―

 →6話に進む。

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 『 エリカさんと反省会 〜あとがき〜 』



お疲れ様でーす。



エリカ:「はいはいは〜い!エリカでーす!いや〜凄かったですね!早速、建物破壊!服もボロボロ!」


・・・はい。なんか妙に派手な事になっちゃいまして・・・なんか変な空気で終わったな、と思いました。(笑)


エリカ:「良いんじゃないですか〜?グリシーヌさんと葵さんも仲良くなったみたいだし!」




グリシーヌ:「葵!だからどうして胸元を開けるのだ!服というモノは・・・ボタンをはめてこそ・・・服というものを・・・!」

葵:「す、すいません!すいませ・・・ダメ・・・く、苦しい・・・!」


グリシーヌ:「ええい!チラチラと胸元を見せるな!気が散るッ!お年頃の目の前で―ッ!お前という奴は・・・!」

葵:「う、ううう〜・・・・く、苦しい・・・!」



・・・・・・・。

エリカ:「・・・・・・・。」



・・・あの、アレ仲良いですか?


エリカ:「あー・・・葵さんのYシャツのサイズ、小さいみたいですね〜♪もう、20歳過ぎても成長する所はするんだから〜♪」


・・・そういう問題じゃ、ないような・・・。


エリカ:「という訳で、次回は成長する谷間のお話です!」


・・・いや、違います。というか、谷間関係のネタは『命綱は君のふくらみ』でやってます。


エリカ:「じゃ、今度はエリカヴァージョンで!」


・・・・・あぁ、そうきますか・・・。


グリシーヌ:「・・・グリシーヌヴァージョンも頼む。」


・・・いつの間にッ!?貴女まで!


グリシーヌ:「・・・紅姫恋愛編、1本しかないから・・・。」

花火:「あ、じゃあ、私も出番を・・・ぽっ。」


あ、あー・・・えーと・・・と言うわけで、次回も、一部の人に捧げます!!!


エリカ:「本家とは、全く別物ですから、ファンの方は怒らないで下さいね〜♪」

グリシーヌ:「一本しかないから・・・。」

花火:「・・・ぽっ。」



・・・・ホント、なんなんだ、これ・・・。