月の出る夜は、アイツを思い出す。

赤い髪のアイツ。



思えば、いつからアイツにこんな馬鹿げた…


………


いや、そんなモンどうだっていい。始まりなんか、どうだっていいんだ。





crazy girl ―dual―



シャノワールの楽屋。

いつもバタバタしながら、アタシらの周りにいるハズの薄着の女が見当たらない。

また、どこかで暑いとへばっているなと、アタシは気にしないで、酒を飲み干し、レビューの準備をし始める。


「…葵さ〜ん?あれ?」

「エリカどうしたの?」

「葵さん、見ませんでしたぁ?」

「ボク知ってるよ。えとね、シーが言ってた。”休養”だって。」

「えーと…急な用事ですか?」

「ううん、”急用”じゃなくて、お休みの方。」


バカとチビの会話を聞きながら、アタシは、レビューの用意を続ける。



そこに花火が加わる。


「あら…葵さん、お休みなんですか?」

「あ、花火。なんかね…最近、酷くなったらしいんだってー」

「…それは…脱ぎ癖の方、ですか?」





「ううん。シーがね、戦場で受けた傷だって言ってたよ。なんか銃弾が、まだ葵のカラダの中に残ってたんだって。」




「…!」


口紅を塗っていた筆を止める。


「…うひゃ〜…痛そうです…っ!

 でも、銃弾取れたら、すぐお見舞いに行って、エリカが治してあげます!!」


「…銃弾が、身体の中にあるなんて…すごく不安になりますよね…」


「ボク、早く葵に会いたいな…新作マジック見てもらうって約束したのに。」


「大丈夫ですよ、エリカさん、コクリコ、葵さんは、すぐ戻ってきますわ。

 月代の一族は治りが早いって、言ってたじゃないですか。」




葵の実家、月代家は特殊な霊力を持って生まれてくるらしい。

霊力で風を生み出したり、身体を常にその霊気で包んでいるため、その防御力は、異常とも言うくらい高い。

その高さゆえに、葵は”盾”となり、挙句の果てに”紅姫”と呼ばれた。





”紅姫”

それは、防御力に回していた風の霊力を攻撃力に変えるために

自分を死に追い込む事で成立する、月代の家の特殊な能力から付いたあだ名。

だから、葵はワザと自分で自分の足や手、身体を刺して、撃って…霊力を無理矢理上げて、戦果を上げた。


・・・いや、上げざるを得なかった。

戦って、戦って・・・そしてヤツには”傷”が残った。

身体にも、心にも。



「ふう……おい、ロベリア出番だぞ。」



貴族のお嬢様が煩く怒鳴る前に、アタシは腰を上げる。



「・・・はいよ。」


サフィールとして、舞台の上を舞う。

いつもなら舞台の袖で、アイツがボケ〜ッとこっちを見ているのを、チラッと横目で見るのだが。



(・・・まあ、いいや。)



仕事に私情は持ち込まない。それが最低限のルールだ。




「お疲れ様ですぅ!」

「あぁ。」


シーの声を後に、アタシはいつものように刑務所に帰ろうか、と足を進める。




「ロベリア。」

「あぁ?グラン・マか。」


後ろから、グランマが声を掛けてきたので、振り返り応対してやると「アンタ、葵と何かあったかい?」と一言。


・・・いきなりなんだってんだ。

・・・ま、あったにはあったけど。




「…何かって?」

「いや、何もないなら、いいさ。引き止めて、悪かったね」


何かを探るような口調だ。まあ、グラン・マは、アタシに悪いとも思ってないだろう。


「…グランマ、アイツの身体の中の弾とやらは、取り出せたのか?」

「…シーだね?全く、おしゃべりなんだから…」


「そんな事はどうでもいい。それより、銃弾残ってた状態で、よく出撃させてたな。」

「本人も驚いていたよ。自覚していなかったらしい。おとといの検査で、見つかってね。大事になる前に、取る事にしたんだ。」


「……フン、相変わらず、鈍いヤツだね…」

「…アンタに、飲みすぎるなと伝えて欲しいとさ。」


「………余計なお世話だと言っておいてくれ。」

「自分で言えばいいじゃないか。ロベリア。」



…フン…解ってるんだ、その伝言は葵のじゃないって事くらい。

大体、アイツは、アタシに飲みすぎるな、なんて言わないんだよ。


「・・・フン。面倒だね。お断りだ。」

「…ちなみに、病院は巴里一番の大きな病院だよ。東側の個室503だ。」


”行ってやれ”と言うように、グランマはアタシにそう呟いた。



・・・・・余計なお世話だ。



「…ああ、そうかい。じゃあな。」








夜には、月の光が差し込む。

アタシは、ホテル代わりの、サンテ刑務所の壁のシミをただ見つめる。

壁に、月の光が当たってシミまで、見つめにくくなる。


(月の光がやけに、眩しいな…)


月の光には…あの、赤い髪を思い出す。



未だに、戦場での死を望む、同い年の女の事だ。

戦場で、仲間が自分の周りで死んだ。

それをコイツは”自分は仲間を護れなかった”と自分の身体にまで刻み込んでいる。

”顔”に、その傷を負って、今も後生大事にとってある。

左頬の真一文字の傷は”戒め”だとか、ぬかしていたな。




『オイ…こっちにも、アンタの仲間がいるんだ。アンタに、死んでもらっちゃ困る連中がな。』



アタシは、あの夜、苛立っていた。



『…ロベリアさん…。』


この女を縛り付ける、その”仲間”とやらにだ。


『…おっと、アタシはその”仲間”に含めるなよ?』

『…え…』

『…アタシは、アンタの”パートナー”だ。

 アンタがどうしても死にたくなったら、アタシが殺してやるよ。』




違いが欲しかった。



『…え…?』

『アタシに出来ないとでも思ってるのか?』


お前の傷を増やして、死に向かわせる、奴らとの違い。


『ロベ…リアさん?』

『アンタを護るも、殺すも、アタシは…できるんだよ。』


アタシは、アンタの中で違う存在になりたかった。


『アンタの命は、アタシがいただく。今、この瞬間から、アンタの命は、アタシのモンだ。』


仲間という過去の存在が、アンタを奪うなら。



『ロベ…』







アタシが、時間ごと、奪ってやる。






「……チッ…」



月を睨みながら、舌打ちする。

…思えば、どうかしていたと思う。



それで、奪えたのは…葵の”唇”だけだった。


葵は、その後何も言わなくなった。

だから、アタシもそれ以上何かするとか、謝るとか、何も言わず。


大人しくお互いの部屋に戻った。


アタシは、明日、葵から何を奪おうかと、考えるだけにした。

そしたら、次の日には葵は、検査で休みで、結局何も奪えず終い。

その次の日、葵の身体から銃弾が見つかり、そのまま入院。


・・・2日、アイツに会っていない。


てっきり、避けられているのかと思ったが・・・何も解らないのが、一番、頭に来るな、と思った。





「東側…503…」


結局、グランマの言うとおりになるのがしゃくだったが、アタシは、病院に向かっていた。

窓からあっさりと侵入成功。こんなにチョロイんなら、今度から包帯とか傷薬は、こういう場所で調達しよう。

白いシーツやら、壁やら、どこへ移動しても、消毒臭いにおいが嫌なくらい鼻をかすめる。

見つかると面倒だから、足音を立てないで、夜の廊下を歩く。


「503・・・ここか。」


ドアを開けようとする手が、止まった。

開けて、いいのか?とでも言うように。

何に対しての躊躇なのかは、自分でもわからない。


・・・躊躇、しているというのか?このアタシが?たかが、女に会うだけだろ。



ドアを開けたら、きっとアイツは、いつも通りだらしない顔で、だらしなく服を脱いで寝ているはずだ。

音を立てる事無く、アタシはドアを開けた。



”ヒュッ…ヒュッ…”


アタシの予想に反して赤い髪の女は、病院着のまま、いつも持っている刀を振り回していた。

刀と共に、赤い髪が綺麗な線を描いて、舞う。


葵は”円月輪”という、輪になった刀をつかっている。


その目線は鋭く、いつも戦場で見せている真剣な目だった。まるでレビューのダンスかと思うくらい、ヤツは綺麗に舞う。

顔の傷と、脱ぎ癖がなければ、グラン・マは葵をレビューに出していただろう。

アタシは、バカみたいに、それをボケッとしばらく見ていた。


不意に、刀がこちらに向いた。そこで、葵は初めてアタシに気が付いたらしい。



「あれ…ロベリアさん?」

「…何してんだ?身体ン中に銃弾入ってるやつが。」


「あ…聞いちゃったんですか?」


刀をしまいながら、葵は力なく笑う。呆れて、怒る気もならない。


「…まあな。で、寝てなくていいのか?」

「…落ち着かなくって…それにもう、取り出しちゃったんですよ。」


そう言って、腹を見せる。痛々しい手術痕だ。



…アタシは、言葉を失いそうになる。


前言撤回。



「・・・お前はバカか?腹掻っ捌いた後に、エモノ振り回して、そんなに死にたいのか?」


アタシが近づくと、葵は少し怯えるように、アタシが近づいた分だけ距離をとる。


「あ、ご、ごめんなさい…」


「…オイ、言ったよな?死にたいなら、アタシが殺してやるって。」


アタシが、また近づくと、葵はまたアタシが近づいた分だけ、距離をとる。


「………」


「今、死にたいのか?」


アタシが、更に近づくと、葵はアタシが近づいた分だけ、更に距離をとる。


「………」

「黙るな、答えろ。」


アタシが止まると、葵の後退も止まり、そして…


「…あの…ロベリアさん…刑期増えちゃいますから…」


やっと、それだけ言った。確かに、葵は震えている。

それは”殺されるかも”という「恐怖」じゃない。コイツは、アタシ自身を恐れている。

アタシが、コイツの傷に近づく事を恐れている。



「葵。」



アタシが足をふみ進めるたびに、葵は同じだけ後ろに下がる。

やがて、ベッドに足を当てて、止まらざるを得なくなった。葵は、自分の足を一瞬見て、こちらを見た。

アタシは、一気に距離を縮めて、葵をそのままベッドに押し倒した。


頬の絆創膏を剥がす。

左頬を横に走る、不釣合いな切り傷。



「…アタシの刑期はどうだっていい。今、死にたいのか?って聞いてんだよ。」



次の言葉を聞きたくないと言うように、葵は窓の方へ顔を背ける。


「…聞いて、どうするんですか…」



「いいから答えろ!!!」



「…わ、かりません…どいて下さい…」




その答えは、アタシが爆発するに十分すぎた。




「…ぜだ…」


「え…」



「何故、”死にたくない”って言えないんだよ!テメエは!! 普通、生きたいって言うだろうが!!」



葵の顔をこちらにむかせて、肩を力いっぱい掴む。



「だって…私…!」



「”そんな資格ありません”か?

 いい加減にしろよ。アタシはな!生きる為に、なんでもやって来た!

 死にたくないからさ!このままじゃ死ねないって、泥ン中這い蹲って生きてきたんだ!!

 …それを…テメエは…いつ死んでも良いなんて顔して…」



肩に手を食い込ませるように、アタシは葵を掴んでいた。



「…い、痛…!」


アタシは、葵の言葉を聞く事も忘れて、葵にただ、言葉を投げつけていた。


「そんなに、アタシに背中預けるのが嫌か!?

 アタシの目の前で、他のヤツの所に逝きたいか!?

 残されたアタシの事を考えもしないのか!?」



「…ロベ、リアさん…?」



「簡単に死ぬなんて言うんじゃないよっ!!

 お前がッ!一番生きる事バカにしてんだよ!!!」



「…!」



「いいか!どこにも、いかせやしないからな…ッ!」


息で乱れたアタシの言葉は、コイツに届いているのか。



「いっただろ…アタシはな…アンタを護るも…殺すも…できるんだ…

 アンタの命は…アタシのモノだ…誰にも…渡す気なんか、ないんだ…


 お前の仲間にも、エリカ達にも…誰にもだ!!」



アタシが叫んでも、葵はただ黙って、辛そうに窓の外を見ていた。


「・・・・・・・。」


「どうしてだ…」


「・・・・・・。」



「どうしてアタシじゃダメなんだ!?どうしてアタシを見ないんだッ!?」



肩で息をして、アタシは葵を見下ろす。葵がアタシの目を見て、表情を変える。

…多分、やっと”理解”したんだろう。アタシの気持ちに。



「…意味、わかるな?」



すぐに、葵は首を横に振った。


「・・・嘘をつくな。・・・解ってるくせに。じゃあ言ってやる。アタシは…」




その先を言おうとして、アタシの口は、葵の手で塞がれた。

言わさない気かい?・・・勘弁してくれ、もう限界なんだよ。


「ダメ…!!」


アタシはゆっくりと、葵の手を外す。腕を上に上げて、固定する。


「アタシは…」


顔を近づけ、ハッキリと突きつけてやる。



「ダメェっ!」



言わせてもらえないのなら・・・ 


唇を無理矢理重ねる。

・・・奪うのは、慣れている。


葵の身体中から、拒否反応が飛んでくる。息は乱れて、葵の着ている物も乱れていく。

しばらく、無理矢理なキスは続いた。

…てっきり、舌を噛み切られるかと思ったが、葵は最後まで、拒否反応だけだった。



唇を離した瞬間、葵は咳き込んだ。



「…葵。」



葵の頬には、涙が幾筋も流れた痕があった。



「…はぁ…はぁ…あ…あぁ…」


・・・葵の呼吸がおかしい。


「…暑いのか?」


もしかして発作か、とアタシは、葵の身体に触ろうとしたが。


「……う……触ら、ないで…」


初めて、葵の言葉での”拒否”が聞こえた。

だが、そんな言葉アタシの耳には届かない。アタシは、力を無くした葵を抱き締める。

肘が脇腹に当てられた。だが、力はなく、痛くも無い。



「葵、アタシは…アンタが好きだ。」



その瞬間、葵の目からは、またボロボロと涙が溢れて、シーツの上に落ちた。


「…ど、うし…て…?」


「アタシにもわかんねえよ、気付いたらこのザマだよ。アンタが好きだから奪っただけさ。

 アンタを天国へ引っ張り込もうとする仲間から、な。」


「…はぁ…はぁ……はッ…はッ…!」


(チッ・・・やっぱり、か・・・)


仲間の話はマズかったか・・・過呼吸が始まった。

葵は、精神的ストレスがかかると、脱ぎ癖、更に進行すると、過呼吸の発作を起こす。

アタシは、葵に嫌われるのを覚悟で、葵の服を剥ぎ取った。



以前、コイツの姉から聞いた「葵の発作が起きた時の対処法」。


『水をぶっ掛けて、呼吸を落ち着かせる事』


…実の姉とは思えない荒療治に、初め聞いたアタシらは耳を疑ったが、エリカがいない今は、コレを実行するしかない。


傍の花瓶の水を、赤い頭にかけた。

傍にあった紙袋の中身を床に落として、袋を口に当てて、呼吸をさせた。

葵の目は虚ろになってはいたが、しばらくすると過呼吸は止まった。




(…熱い…)



葵の体温が上がっていくのをアタシは肌で感じていた。

(いつもこんな風に、一人で抱え込んでいやがったのか・・・コイツ。)

抱き締めるように、支えながらアタシは、葵の呼吸音を聞いていた。そうして、しばらくじっとしていた。

時間が経つのを、長くは感じなかった。



「…ロ、ベリア…さん…」


力なく言葉を呟く、水に濡れた葵は、綺麗だった。

悲しげで、触れたら今にも壊れそうで、まるで、ガラスのような…


「ごめん、なさい…」


葵は濡れた瞳のまま、アタシの目を見て言った。


「・・・何に対してだ。」



”銃弾を身体に入れたまま戦って心配掛けた事”?

”人の気も知らないで、死にたがっていた事”?

”発作起こして、アタシに迷惑を掛けた事”?



”アタシの気持ちを拒否した事”?



・・・どの”ごめんなさい”もいらないね。



「…触らないでって言ってしまって…」

「なんだ…そっちかい…。」


アタシは葵を抱き締めたまま、そう返した。実は、ホッとしている。



「…わかって、るんです…ホントは。」

「何を?」



「…戦場で死ぬ事が、決して良い事じゃないって…」

「・・・ああ。」



「あの時・・・」


アタシはポツリポツリと語られる、葵の言葉に黙って耳を傾けた。

誰かの過去に興味なんて無いのに・・・。


「あの時・・・仲間が死んだ時、私は霊力を使い過ぎて、身体も銃弾3発撃ち込んでて…

 意識がぼんやりして動けないでいたんです…。でも…声は、この耳にハッキリ届いていたんです…。

 届いていたのに・・・みんな…私を”呼んで”いたのに…助け…られなかった…」


声が詰まって、葵はアタシの腕にしがみついて泣いていた。


「・・・だから、仲間ントコに逝こうと?」


「…今も、聞こえるんです…声が…戦っていると、ふとした時に…その度に…死にたくなるんです…ッ!

 こんな自分だけ、生き残ってしまった事が…ッ…どうしようもなく、情けなくて…」




子供みたいに泣く葵を、アタシは冷静に見下ろしていた。

アタシは、深く息を吐いた。



やっと・・・葵を見つけられたような気がして、ホッとしたんだ。




「…情けなくて結構じゃないか。」


「…え…?」


「お前が頼りないのは、知ってるさ。だから、アタシがいるんだろ?」


「…でも…!」



「・・・生きてるならまだしも、死んでるヤツのトコ逝ってどうするんだよ。

 死んで責任取るなんて、馬鹿以下のやる事だよ。このバカ。」



「…ロベリアさん…」



「それにさ、アタシがその時の仲間とやらなら……名前を呼んでいるのは、ただお前をこっちに呼んでいるんじゃない。

アンタが無事かどうか、アンタの声を聞く為に、呼ぶんじゃないのか?…まあ、あくまで予想だがな。」


「……!」


「エリカのバカが言ってただろ?

 『1人の命で、5人や100人が助かっても、神も私も皆も喜ばない。』って

たまにはマトモな事言うね、あのバカは。だけど…アタシもそう思う。誰も、背中を預けたヤツの死は、願わないさ。」


「・・・・・・・。」


ヤツの耳元で、囁くようにアタシは言葉を繋げた。


「・・・それでも死にたいなら、アタシが殺してやるよ。

アンタの死を背負って、アタシもアンタみたいにグダグダに生きて、死んでやるから。」



「そんな……めて、くださ……」


か細い声が聞こえる。アタシは更に顔を寄せて、聞き返した。


「あぁ?なんだって?聞こえないよ。ハッキリ言いな。」


「………私…まだ、死にたく、ないです…。」

「フン…それで良いんだよ。最初から、そう言えばいいんだ。」



アタシは、葵の濡れた赤い頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

抱き締めたい衝動に駆られたが、これ以上、発作を誘発させるわけにはいかない。


「あの、助かりました…発作を起こすと…何も考えられなくなってしまうので…」

・・・お礼言われるなんて、複雑な気分だ。

「その原因は、アタシだけどな。」


・・・そう、発作の原因は、アタシだ。

アタシは窓を開けた。葵はベッドから立ち上がり、窓の傍にいるアタシと距離をとった。


「フン…邪魔したな。服、着とけよ。」



ま、何でも簡単に奪えるわけじゃない、か…アタシは”完璧”だが、”万能”じゃない。



「ロベリアさん…」

「…あ?」



背中同士の会話。窓枠に手を掛けたアタシを葵は呼び止めた。



「…明日、飲みに行きませんか?奢ります」



・・・危うく窓から滑り落ちそうになった。



「…お前は、バカか?さっきお前は、手術して、今、アタシに発作誘発されて、犯されかけたんだぞ?」

「え?…ぁ…はあ…(犯されかけたんだ・・・私・・・。)」

・・・その返事の仕方で、ヤツがいつも通りにぽかんと口開けてる状態だってのが手に取るように解る。


「それに…もう、アタシはな…」

「ロベリア=カルリーニ。」


アタシの台詞を遮るように、フルネームで呼ばれた。



「今日から…背中…いえ、命…貴女に預けますから。」


「…!」


思わず振り返ると、葵は、こちらに背中を向けて、服を着ていた。


「…サポートを…お願い、します。」

「・・・フン・・・まあ、言われなくても、やってやるさ。アンタ、見ちゃいられないからな。」



アタシは、傷だらけの背中に手を伸ばしかけた。



「お見舞い…ありがとうございます。」


・・・それは、涙声だった。

どんな表情をしているのか、アタシにはわからなかったし、今どんな表情だったとしても、アタシはまたコイツを泣かせてしまうだろう。


「勘違いすんなよ・・・これは、ただの夜這いさ。」




アタシは、手を引っ込めて、窓から飛び降りた。月の光がやけに温かく感じた。




次の日。




赤い髪の女は、ヘラヘラ笑って、いつもの通り、舞台の袖にいた。

エリカに腹の縫合を治してもらって、走り回っても平気のようだ。




「オイ、出番だ。さっさと行け。副隊長。」


グリシーヌが、いつも通り低い声で、偉そうに言う。


「…へいへい。」


…さて、お嬢様の怒りを買わないうちに、行ってやるか。



今夜は、葵と酒を酌み交わす夜だ。結局、唇とパートナーの席以外、アタシは奪えていない。

全く…巴里の悪魔が…情けない事だ。













私こと、月代 葵は、グラン・マに呼び止められた。



「大丈夫かい?」

「ええ、問題ありません。エリカさんに傷口は塞いでもらったので。」


「いや、あたしが心配しているのは…」

そう言って、頬を差され、私は”精神状態”の心配をされたんだと気が付いた。

まだ、脱ぎ癖や発作があるとはいえ…私には…


「そっちも…問題ありません。」


「ほお…いやに自信に満ちているじゃないか?」

「…まあ…えへへ…」


「…本気で叱ってくれる人でも、できたかい?」

「・・・・え?」


「いや、言ってみただけさ。ふふふ…あ、そうそう、戸締りに気をつけなよ? 最近”泥棒”が多いからね…」

「は、はあ…気をつけます…」


グラン・マは、意味ありげに微笑み去っていき、私は”この人だけは侮れない”と改めて思った。

泥棒か…どういうのか、今夜、ロベリアさんに聞いてみようかな…。






END



第4話へ進む※ちょいエロ表現あります


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あとがき


結構、不器用で、意外と真っ直ぐに迫るロベリアさんでした、っと。

更に続きますけど、次回はちょいエロです。でも、あくまで”ちょい”ですよ?