「暑…」



一般的(巴里花組統計によると)には、光武の中は、涼しいといわれている。

だけど、私、月代 葵には、まだ…暑いまま。


・・・戦場を、どうしても意識してしまうから、だろうか。


「…聞こえるかい?嬢ちゃん。」


ジャン班長が、私に声を掛ける。


「ええ、出力…どうですか?」


私の霊力が不安定なので、光武の出力にも影響が出ないように、安定させるためのデータを取っている。

ここのところ、毎日の作業だが、仕方が無い。


「…もう少し、上げられるか?」


整備班の皆さんも頑張ってるんだし…疲れたなんて甘い事言っていられない。


「はい…!」



でも…ちょっと、キツかったりして…

霊力が不安定な理由は・・・恐らく、過去何度も行った”紅姫化”の影響だと言われている。



「嬢ちゃん?大丈夫か?」

「だ、大丈夫です!」



私の光武が使えなくなったら、みんなに迷惑がかかる。少しでも光武の調子を上げておかないと…!


(暑い…少し息苦しくなってきたかも…)


私は、戦闘服のチャックを下げる。霊力を上げる。


「よし…もうひとふんばりだ…っ!!」




   ”ゴン!!”





その時、光武の装甲を叩く音がして、私はビクリと反応した。



「オイ…無理すんなよ。赤アタマ。」



外から聞きなれた声がして、妙な安心感が私を包む。



「…嬢ちゃん、終わりにしようや。もう十分だ!」


ジャン班長の終了の声を聞いて、私の中から一気に力が抜ける。

扉を開くと、そこには私の背中を預ける人が、やや不機嫌な顔でいた。


私の姿を見るなり、一言。



「まぁた、脱いでるな…葵」


今度は、呆れているような顔だった。


「ロベリアさん…」


私は、ちょっとだけ苦笑いを浮かべた。






     crazy girl ― delta ―








「・・・チッ・・・」


アタシこと、ロベリア=カルリーニは、軽く舌打ちした。


これは癖みたいなもんだが…アタシには日々、鬱憤がたまっていた。

アタシがココにいる理由は、酒を飲み交わす約束をした人物が、その約束放って光武に乗っているとか聞いたので、どんなもんか、と見に来ただけだ。


で。


…予想通りの展開に、アタシは少々呆れている。



「あの…ジャン班長、データどうですか?」

「ああ、大丈夫だ。だが最終的に、出力を安定させるのは、アンタだぞ。嬢ちゃん。」

「・・・わかりました、肝に銘じます。ありがとうございました。」


そう言って、笑う葵の戦闘服の胸元は開いたまま。

一応、インナーは着用してはいるが…ヤツのインナーはアタシらと違って、涼しくなるように少し肌の露出が多い。

それに…戦闘服のチャックは、普段は開けないもんなんだがな。



遠目に、整備班の男共がチラチラと葵をみている。



「葵ちゃん、いいなぁ…顔に傷あってもさ。」

「意外と…着やせするタイプだよなぁ」

「俺、個人的には、モギリのスーツが好きだなぁ…」

「あ、切れ込み?」

「そうそう、スカートのあの切れ込み…」



・・・月代隊長は、どうやら、大好評のようで。


(…全く…ああいうトコはホントに無頓着っていうか…)


アタシは、気配を消して後ろから男共に近づいて、話を振る。



「…あの”太もも”が堪らないんだよなぁ?」



「そうそう!あの太も・・・ゲッ!ろ、ロベリア…さん…!」


男共は驚いて固まる。


「随分楽しそうな話してるじゃないか…アタシも混ぜろよ。で、他には?」

「い、いや…その…!」


アタシは、チェーンを少し振り回しながら、ワザと笑う。


「コラァ!テメエら!仕事しやがれ!!」

「は、はいぃ!!」


続いてジャン班長の怒鳴り声。男共は、蜘蛛の子を散らすように、逃げていった。


「…フン、バーカ…。」


アタシが腕組をして立っていると、葵がこちらに走って来た。

「すみません!ロベリアさん!」


…なんでそんな嬉しそうな顔してんだよ…人の気も知らないで。


「あ、時間に遅れちゃいましたか…?」


…人の気も知らないで。


「・・・別に。」

「あの、ちょっと待ってて下さいね?今すぐ着替えますから。」


……人の気も知らないで。


「…ああ。」

「あの…なんか、怒ってます?」



人の気も知らないで。



「まあね。」

「…え…?」



人の気も・・・



「なんでもない。・・・いいから、早く着替えて来な。」

「あ、はい…」



アタシが葵に”パートナー宣言”をしてから、1ヶ月。…未だ、唇しか奪えず。

葵が忙しくて、2人きりで会える機会が減ったのが、原因だ。

その原因の一部が…この光武だ。


葵の光武は、出力が不安定だという指摘があって、この頃はずっと、この調整とやらに駆り出されている。

そして、整備班の男共の目の保養となっている。


(…チッ…アレはアタシのモンだっつーの…。)


…大体、葵は…アタシと”パートナー”だという関係をちゃんと、理解しているんだろうか…?

・・・・・・結構鈍いからな・・・アイツ・・・。不安になってきた・・・。



「お待たせしました・・・。」


いつものように、葵は相変わらず笑ってる。



「……はあ…」


多分、理解してないな…と思うと、溜息が出る。


「どうしたんですか?ロベリアさん」



白いスーツ、短いスカート。ジャケットは着ないで、シャツの胸元は開いている。

やっぱり、さっきの調整で身体に負担がかかったな…と思う。


コイツの疲労やら、ストレスの度合いは、服の乱れようで解る。

シャノワールでは、葵が脱ぎ始めたら、とりあえずティータイムにしようという妙なルールも出来た。



「別に。…外出るぞ…」



酒を飲む約束を、久々に取り付ける事ができたんだ。

今夜こそ・・・と、アタシは、勢いよく、シャノワールの裏口のドアを開ける。



「なあ、葵…今夜は……あれ?」


ふと気付くと、一緒に歩いていたはずの葵の姿が無い。振り返ると、葵は壁に寄りかかっていた。



「オイ!葵!」

「…あ…ちょっと…疲れたみたいで…」


力なく笑う葵に、アタシは呆れて怒る気にもならない。


「……だから無理すんなって言っただろうが…」


ドアを閉めて、葵の元へアタシは歩み寄る。


「…すみません…光武の調子、戻したくって…」


葵はうっすらと汗をかいている。


「それで…乗り手の調子は崩してもいいのか?すこしは考えろ、バカ。隊長だろ?」


アタシは、葵の頭をグーで軽くコツンと叩くと、葵の身体を抱き締めた。


「すみません…少し…寄りかかってもいいですか?」

「・・・好きにしな。」



葵はその身をアタシに預けてきた。赤い頭は、アタシの肩に。葵の体重がアタシにかかる。

触れると、体温はいつもより高くて、少し汗の匂いがした。それらは少しも嫌じゃなくて。



「…あの時、ちょっと安心しました…」

「…あの時?」


「…光武の外から、ロベリアさんの声が、聞こえた時…実はホッとしたんです…」


アタシのコートの襟を、葵の手が掴む。


「・・・ったく、バカか?…ホッとする位なら、最初から無理すんじゃないよ。」


妙に照れ臭くなって、アタシは葵の赤い頭を、ぐしゃぐしゃと撫でた。


「…ふふ…そうですね…」


アタシは”それに”と付け加える。


「パートナーとして、当然だろ。」


そう言うと、葵はピクリと身体を反応させた。見ると、耳まで赤く染まっていた。


(そんな反応されると…)


まずは酒を飲んでから、と思っていたが、思わぬチャンスが訪れた。


「・・・葵」


葵を壁に持たれ掛けさせて、アタシは葵の腰に手を回し、顎を少し上に向ける。


「え?…あ…あの…」


困惑している表情だというのは、見てすぐわかった。だが、ここまで来てストップは掛けられない。


唇を重ねる。何度目かの強引なキス。

葵は、また拒否するだろうか。・・・したとしても、アタシはやめる気はない。


「…んっ……ふ…」


葵の口から声が漏れる、拒否は感じられない。

舌を絡ませる。慣れていないせいもあって、葵の息は、段々乱れていく。

一旦、顔を離すと、葵は赤い顔で、目を瞑ったまま息を整えていた。


(…可愛い。)

素直にそう、思った。


赤い髪を撫でて、額にもう一度キスを落とす。

同い年の女が、こんなに可愛いと思えるのは、やっぱりアタシがコイツを好きだ、という事なんだろうな。


(・・・全く、このアタシが、まさか、女に惚れるとは・・・)


今更ながら、アタシは、自分自身に少し呆れていた。



「…ろ、ロベリアさん…!」


名前を呼ばれて、葵を見ると非難するような、困ったような表情でこちらを見つめる。


「おっと、いきなり酷いとか、苦情は受け付けないよ?」


「……」


アタシがそう言うと葵は黙った。じゃあ、選択肢を与えてやるか…。


「…さて、どうする?このまま飲みに行く?それとも…このまま、アタシと…」

「の、飲みに行きます。」


その先がわかっているのだろう、葵はアタシが言い切らないうちに、即答した。


「無理しなくてもいいんだよ?まあいいけどね。・・・よし、じゃあ行こう。」


アタシはニヤッと笑って、赤い顔のままの葵の肩を抱いて、シャノワールのドアを開けた。



酒と悪党共の混ざった匂い。ギャンブルで負けた犬の臭いや、タバコの臭いもするが、アタシは気にしない。

いつもの店へと向かう。


「いつもの。」


アタシがそう言うと、レナードは振り向き、アタシの後ろの葵を見て”いやあ、久々の太ももだね”と冗談を投げかけ、酒を出した。



「…ふ、太もも?」


葵は、やっぱりこういう事に理解が足りない。


「…お前のスカートの切れ込みから、チラチラ見えてるヤツさ。」


アタシはいつもの席について、葵の太ももを指差す。


「…え…これ、そんなに目立ちます?」

「…まあな。」


目立たないとでも思ってるのか?髪の毛の色は気にするくせに…。

呆れながらも、アタシは”早く座れ”とカウンターに葵を誘い込む。



「男なら見ないヤツはいないだろうな。尼さんのお祈りより、良い慈善活動だよ。」


レナードは、ありがたいねなどと冗談を言いながら、葵用の赤ワインを出した。


「・・・・・エリカさんが聞いたら、どんな顔するでしょうね・・・」


葵は、冗談と解りつつも、あえて皮肉で返した。


「まあ、あのバカの事だ”この罰当たりのバカチン”とか言うだろなぁ。」


「あはは…でしょうね。」


アタシ達はグラスを少し、合わせるとグイッと一気に飲み干した。


「…美味い。」

「美味しい。」


同時に呟き、顔を見合わせて、目で笑いあう。お互いが、お互いの酒を注ぎ合う。

一人で飲むのが好きだったが、たまには、こうして静かに二人で飲むのも悪くない。



「ロベリアさん、そういえば…」

「ん?」


「どうして、整備室に来たんですか?」

「…どっかの誰かさんが脱いでると思ったから。」


「…心配、してくれたんですか?」


照れる葵に向かって、アタシは”バーカ”と言い

「脱いでたら、アタシがそのまま、アンタをお持ち帰りしようと思っただけさ。」と笑った。



「…えぇー…?」

葵の”オイオイそんな理由かよ”的な、非難の声だった。

だが、葵はそれをまた”冗談”として受け流している。


「整備班の奴らが、お前の事、何て言ってるか、知ってるか?」

「え?」


「…お前は、意外と着やせするタイプで、モギリの時のスカートの切れ込みから見える太ももが、たまらなく良いそうだ。」


アタシはそう言うと、酒をグッと飲み干した。


「・・・スケベ・・・」


葵は、顔を引きつらせて、グラスを置いた。


「…男なんて、大体そうだ。」


大神なんか、シャワー室覗きに来たんだぜ?(ま、アタシは見せてやったが。)

アタシは自分で自分の酒を注ぐ。


「…ロベリアさんは?」


葵も、グラスになみなみとワインを注いで、持ちながらアタシに聞く。


「あァ?」

「…私の事、そういう風に見てます?太ももとか、胸元とか。」


少し、不機嫌そうだ。

(オイオイ、女のアタシにそれを聞くのか?)

アタシは、思わず笑った。



「な、何が可笑しいんですか?」

「…ククク…あっはっはっは!」


「ちょっと!わ、笑いすぎですよ!」

「…いやァ…悪ィ悪ィ…お前があんまりバカな事聞くもんだからさ。」


「バカな事って…!」



「だって、そうだろ?アタシは、アンタをそういう目で見てるって宣言したじゃないか。」


確かにアタシは、そう言った。




『葵、アタシはな…アンタが好きだ。』




思い出したのか、葵の顔が真っ赤になる。

「…そ…それは…あの…」

慌てる葵の言葉を遮るようにアタシは続けた。


「・・・でも、アタシは、アンタの太ももやら胸元が目当てじゃないんだ。」


大体・・・自分にも、同じのついてるしな。


「…そ、そうじゃない事を願ってますっ!」


そう言って、怒ったようにワインを飲み干す葵の耳元で、アタシは

「当たり前だろ?アタシは…アンタの”全部”が欲しいんでね。」と囁く。




  ”ブホッ!?”




予想通り、葵が激しく咳き込むので、アタシは”してやったり”の半笑いで背中をさする。

その後、機嫌をとる為に、葵の好きなつまみを注文してワインやウィスキーを飲んだ。

葵の国じゃ、こういう飲み方を”チャンポン”と言うらしい。



あ。…男で思い出した。



「そういえば、前に、男運悪いって言ってたけど、どんな男だったんだ?葵、少しはあるんだろ?その手の話。」



コイツが前にどんな恋愛をしていたのか、興味があった。

どんなヤツだろうが、葵は今はアタシのモノなのだから、話を聞いて、後で忘れさせればいいだけの話だ。

葵は、少し間を置いて、すごく嫌そうな顔でぶっきらぼうに言った。



「…ただの見合い相手ですよ。」

「…へえ…どんな?」


(いたんじゃないか・・・男。)

一体どんな男なのか、興味が出てきたアタシはグラスを置いて、葵の方を向く。


「…3人程会いましたけど…一人は、私の”家”しか見てくれませんでした。」

「…へえ…月代家の財産目当てってヤツ?」


ありがちな話だな。


「大体・・・家に財産と呼べるものは、何もありませんよ。土地とか、姉さんの財産くらいで・・・

その事を包み隠さず、お話ししたら・・・まああっさりと引き下がってくれました。」

「へえ・・・露骨だなァ・・・」


「二人目は、二人きりになった途端、いきなり私に迫ってきました。

 ・・・千尋姉様が、とび蹴りで助けてくれましたけど。」


あのシスコン女の顔に青筋が浮かんで宙を舞う姿が、目に浮かぶ。

葵の姉、千尋の妹への愛情は、異常であり、葵以外の話をマトモに聞かない。

あのエリカですら『あの人は苦手です・・・』といわせた女だ。

だから、アタシら巴里華撃団花組は、葵の姉だと思っているのは、次女の汐だけだと思っている。



「…あの血縁ストーカーも、初めてマトモな事しやがったな…。」


「ええ。それで…三人目は…私を一目見て…笑顔で言いました。」


「…何て?」


「丁度、巴里に来る前で…カグヤ事件の後…私の顔に傷がついた後でした…

 その人は笑顔で言いました。”女の命に傷がついては、私が貰うしかないね”って。」



アタシのグラスの氷が、カランと音を立てた。



「……ふうん…」


「で…なんか…ひねくれてるって思うかもしれませんけど…私…

”キズモノは結婚相手を選ぶ権利なんか無い”って言われてる気がしたし・・・」


葵の要約によると。


”女の顔は命に等しい”

顔に傷がついた女は、カワイソウなキズモノ。これからの未来、結婚できるか、さぞ不安だろう?だけど、俺が貰ってあげるから安心して。

…という感じに聞こえたのだそうな。


アタシは、それを聞いて、”随分ひん曲がった解釈だな”と苦笑したが、アンタらしい解釈だな、と納得した。

葵にとって、頬の傷は、戦友を亡くした時についたもので、コイツにとって特別な傷らしい。

それを、初めて会った何も解らないヤツに”女の命に傷がついたキズモノ”などといわれたら、腹も立つだろう。


「・・・大体、その時は戦場で死ぬ事しか頭に無かったので・・・その場で、私からお断りしたんです。」


まあ、その男なりの口説き文句だったのかもしれないが、女からしたら、ちっとも疼かないな。


むしろ・・・


「じゃあ…殴っても良かったんじゃないのか?」


腹立たしい、の一言に尽きる。


「…フフ、そうですね…」


葵は、そう言うとやっと笑った。どこを見ているのか、葵の視線はアタシから外れていた。

遠い目だ。少なくとも、ここにはいないだろう。…過去の時間へ、視線が向いているんだ。


(…また、過去か…。)



その横顔を見ていたら”抱き締めたい”という衝動に駆られた。

このままジッとしていたら、また、どっかに逝きたがってしまうんじゃないか・・・

そんなバカみたいな考えが過ぎる度に、抱き締めたいと思ってしまう。


アタシは葵に「店を出よう」と提案した。あっさり同意され、アタシ達はレナードの店を出た。



汚い路地を、二人で歩く。

1時間前まで、月が出ていたハズなのに、雲に隠れてしまっている。



葵の赤い髪が、よく見えない。

…葵はまだ、どこか違う所を見ているんだろうか。



「葵。」


名前を呼んで、肩をそっと抱いて、葵を引き寄せる。


「ロベリア、さん…?」


葵の目は、アタシを捉えていた。

すると、それを見つめるアタシの目線で、感じ取ったんだろう。



葵はすぐに話を逸らそうと、目を空へ向けて「風、捕まえて帰りましょうか?」と笑って言った。

風が、葵の赤い髪の毛を、靡かせる。その匂いに、アタシは惹かれた。


アタシは、葵の両頬に、両手を添えて、こっちに向かせて、迷う事無く、キスをした。


葵は、アタシの勢いに押されて、少しずつ後ろに下がる。

やがて、壁に葵の背中を押しつけて、アタシは更に深いキスをする。


(もっと…)



葵の唇の柔らかさ、舌のぎこちない動きを、アタシは少しずつ自分のモノにしていく。

熱を帯びた葵の体温を確かめるように、掌で何度も、髪の毛や、頬、首を撫でる。

首筋に指先が触れる度に、葵は、ぴくりと肩を上下させて、反応する。

何度も離れようと、もがく葵の頭をアタシはしっかりと固定した。


互いの口紅が落ちようと、構わない。唇と唇を触れるというよりも、擦り付ける様に。

深く舌を入れて、葵の口の中に潜り込み、吸い込み、こちらに引き込んだ葵の舌をまた押し戻す。



…それでも。




「…っ………んん…ッ…」




もどかしい。




酷くもどかしい気分だった。

さっきから狙っていた機会のはずだった。これで、少しは満たされるはずだった。

…やっぱり、自分の欲望と言うヤツは、誤魔化しきれないらしい。


アタシが唇を離すと、葵は息を途切れ途切れにさせて、震える右手で唇を押さえた。

目線は、アタシから逸らしてはいない。



少し潤んだ瞳は、アタシのもどかしさを更にかきたてる。


「ぁ…」


何かを言いかけて、葵はアタシの肩に両腕をかけて、寄りかかってきた。


「す、すみません…少し…力が…」


過度の緊張が突然切れたのだから、まあ当然だろう。

役得だと思って、アタシは黙って葵の身体を、抱き締めるように支えた。


「・・・言ったよな?アタシは、アンタが好きだって。」

「…は…はい…。」


「その好きの意味は理解してるよな?勿論。」

「…………はい…。」


「…じゃあ、お前もアタシと同い年なら、わかるよな?」


耳元に言葉をかける。


「……何を、ですか?」


葵が、アタシの首筋付近に小さな言葉をかける。



「・・・アタシが、アンタにしたい事。」



アタシがそう言うと、葵は迷いながら答える。意味は十分、伝わっている筈だ。



「……今日、じゃないとダメ、なんですか?」

「いつなら良いんだよ。」



アタシが、即質問し返すと・・・


「………」


葵は、沈黙した。






「……答えられないなら、このまま…アタシの部屋に連れて帰って・・・アンタを抱く。」




葵は困惑しているのか、黙ったままだった。答えが無いので、アタシは行動を起こした。


「行くよ。」


タイミングの良い時に、月が雲の中から、顔を出した。

月の光は好きだ。

太陽の様に射す様な光じゃないから。


それから


赤い髪の毛が、とても綺麗に見えるから。









アタシは、そのまま強引に、葵を引きずるようにして、シャノワールの地下室に戻った。

アタシの手の力は、葵に痛みを伝えるほど入っていたと思う。だが、葵は振りほどこうともしなかった。

葵の力が抜けている為、連れて来るまでに、少し体力を奪われたが、そんなの今は問題じゃなかった。


ドアを閉め、葵をそのままドアに押し付けて、キスをする。


抵抗は無い。

反応も無い。



どこかに、意識がいってしまっている。

きっと、同性なのにとか、隊長としてこんなの許されないとか、くだらない事を考えてるんだろう。



「…何、考えてるんだ?」


アタシは、葵のジャケットを脱がすと、舞台のライトにひっかけた。



「…私…隊長ですよ…」「だからどうした?」


シャツから緩んだネクタイを外して、また舞台のライトにひっかける。


「私…女、ですよ…」「だからどうした?」


スカートのホックを外して、チャックを下げて、またライトにひっかける。


「…傷だらけだし、裸になったらもっと…気持ち悪いくらい…あるし…」


「だからどうした?」


黒いYシャツのボタンを全部外したら、葵は呟くように言った。


「顔にだって傷が…」


それを聞いたアタシは、顔の絆創膏を一気に剥がした。

痛がる素振りは、無かった。横に走る切り傷を、そっと舌でなぞる。



「…ッ…!」



これには、反応があった。


「…これが、どうかした?…アンタを抱くのに、コレは、関係あるのか?」


ゆっくりと言ってやると、葵は涙目で返事をした。


「…ず…ズルいですよ…ロベリアさん…」


…ズルい、だって?今更、なんだよ。

アタシが大悪党だって、知ってて言ってンのか?コイツ。当たり前だろ。アタシはズルい。

アタシは、アンタを奪うためなら、手段は選ばない。


「何が?」


ワザと、とぼけて、そう聞き返す。


「最近…そんな事ばっか、言い続けるから…」


アタシの肩に掛けた両腕が、背中に回り、少し力が入った。



「ほ……ホントに…好きに、なっちゃったじゃないですか…!」


「……フン…今更かい?」


そういえば、アタシは、コイツからその単語を…アタシの気持ちに対する”返事”を聞くのをすっかり忘れていた。


「……前は…特別意識してなかったんです。」



そうか、好きになったか。じゃあ話は早い。覚悟していた”暴行罪”は、免れるわけだ。


「って…何、泣いてるんだよ、葵。」



身体を少しだけ離して、葵の顔を見ると、赤い目をしていた。


「…は、恥ずかしいんですよっ!それに・・・まだ、泣いてません!」


顔まで真っ赤にして。


「…アタシは、嬉しいくらいだけど?葵隊長から、愛の告白受けられて。」

「…う゛…」


困り果てたような顔をして、葵は涙を指で拭った。


「…よっ。」

「わ、わああああ!?」


アタシが、葵を抱き上げ、ベッドまで運ぼうとすると、葵は大声を上げて騒ぎ出した。


「コラ、大声は……あ、いいか、これから嫌と言うほど出すからね…。」

「え・・・ちょ・・・い、嫌ぁー!!」



この期に及んで往生際が悪いぜ、隊長。まさか、まだ冗談だとでも思ってたか?


「…オイオイ、アタシの事、好きになったんじゃないのかい?」


「そ、そそそ、そんな事言ったって…!展開が…早いですよ!もっと…お付き合い的なものを…!

だって、その・・・まだ!・・・りょ、両想いになった初日ですよっ!?」



…オツキアイ、だぁ?バカ言うな。子供じゃあるまいし、そんな今更まどろこっしい…。


「あー…もう…ホント、わかってないな。アンタは。」


アタシは、ベッドへと足を進める。


「え…何がですか?」


・・・一体、こうなるのをどのくらい待ったか。アンタにとっちゃ、初日なのかもしれないけどさ。

いや、もう重ねた時間なんざ、この際どうだっていい。



「今日は、初日じゃなくて”初夜”だって事。」




   ”・・・ドサッ。”



アタシのベッドの上で、放り投げられた葵は動きを止めた。

引きつった表情から推測して…今、必死に自分の置かれた状況と思考回路を整理してるんだろう。

その隙に、アタシは、眼鏡を外して、ゆっくりコートを脱ぎ、そこら辺に放り投げる。

ベルトを緩めて、ズボンも脱いだら、そこら辺に放り投げる。



「…あ、あの…」



葵の肩に手を置いたら、後はアタシが上に乗ればいいだけ。勝手に、葵はベッドに倒れる。


「ロ、ロベリアさん…」

「・・・ココまで来たら、”さん”付けはやめろ。敬語も使うな。」


ギシっと、ベッドが音を立てる。

葵が前が開いたシャツを、手で押さえているので、アタシは鼻で笑って、手首を掴んでシャツから離す。


「…わかるだろ?これは、もう冗談じゃないって。」

「………。」


もう片方の腕も、手首を掴んで上に引き上げる。


「…アンタ…アタシは、本気だって、本当に理解できてる?」


ホントに心配になってきたよ…。そのうち”きゃーいやー”とか言って泣き出すんじゃないだろうな…。


「えと、あ…あの…」

「…待ったは聞かない。」


今更、止められるか。


「…そ、そうじゃなくてっ…危ないっ」

「あァ?」


「…背中に”仕込み刀”…」

「……あァ…そういや、アンタそんな物騒なモン携帯してたっけね…」



葵の身体には、様々な武器が仕込んである。

拳銃・ベルト(鞭)・仕込み刀(数不明)・円月輪(数不明)・カミソリ(数不明)

…別名:全身凶器と呼んでもいいくらいだ。


・・・・まあ、かくいうアタシも人のこと、言えないんだけど。


「…取りますから…ちょっとどいて下さい。」


アタシは、素直に葵の上から降りると、ベッドに座った。

少し、出鼻をくじかれたが”出血量が多過ぎる初夜”はゴメンだ。

葵は、起き上がると、シャツを脱いだ。


本当に傷だらけの背中だ。特に右肩から左腰にかけての大きな傷は、痛々しかった。

デカい切り傷、銃創、その他色々…。

霊力を上げるため、自分でワザと作った傷もあるそうだが…それは主に腕や肩、腹の傷だろう。


背中の中央には葵の言ったとおり”仕込み刀”らしき棒が、通っている。

アタシがいるんだから、普段からコンナモンつける必要、もう無いってのにさ。



「…それ見せろ、葵。」


葵から、その棒をひったくって、アタシは仕込み刀を抜いてみた。

刀身自体は細いが、ギラリと光り、その切れ味の鋭さを物語る。


(・・・その手のコレクターに、いい値で売れそうだ。いくらくらいになるかな・・・。)

「・・・知らずに襲い掛かってたら、コレで真っ二つ?」

そう言って笑うと、葵は「…しませんよ…。」と言って、アタシから刀を取り上げ、鞘に納めて、床に置いた。



それと同時に、アタシは葵の背後から抱きつく。

鎖骨付近で、アタシは腕をクロスさせて、”逃がさない”と主張する。


「あの…ロベリアさん…」


葵は、そう呼ぶとアタシの手首を両手で、握り締めた。

「ん?」

「・・・本気、なんですか?」

「くどい。」


”仕込み刀”を自ら外したって事は、もうOKという事だ。アタシは、葵の肌にキスを落とす。


「・・・一晩じゃ、足りないかもね。」

傷の一つ一つに、そっと、口付ける。


「・・・う、くすぐったい…」

「すぐに慣れるさ…こっち向きな。」


振り返った葵は、昼間いつも見ていたハズの葵じゃなかった。


(ふうん…なんだかんだ言って、完全にオンナの顔、してるじゃないか…)



不安気な表情に、何か言いたげな半開きの唇が、またそそる。

その唇から”嫌”だの”ダメ”だの聞く前に、塞いでしまおう。



「・・・何言っても、もう止めないからな。」

そう言うと、葵は黙って頷いた。


アタシは、キスをしながら、ベッドに葵を寝かせた。キスをしている内に、あのもどかしさが蘇る。


「あの…ロベリアさん…」

「…何?」


「あの…へんな声出しても…イヤラシイ女だと、思わないで…くださいね…」


葵は顔を横に背けて、ぽつぽつと喋りだす。アタシは、ふうっと息を吐いて言う。


「・・・別に、そんなモン考えやしないさ。」


「え…?」



「喘ぎ声が変な声だとか、結婚前に恋人とヤるのが、不健全とか…どうせヤる事、みんな同じクセにさ。

 …変に自分を”綺麗”に見せようだなんて思うな。ありのままの自分を曝け出すのがそんなに怖いか?」


「…そ、そりゃ…まあ、恥ずかしいですし…」


「言っただろ?アタシは、アンタのパートナーだ。大体、変に繕ったアンタなんか興味ないね。」

「…か…簡単に言いますけどね…私…」



「アタシは、アタシの手で乱れてくアンタが見たい。だから、遠慮なく喘いで、乱れな。

それでも、アンタは綺麗だ。どんなアンタでも、そのままのアンタでいいんだ。

・・・それから、いい加減”さん”付けと敬語はやめな。」


「・・・で、でも・・・」


「おしゃべりは仕舞いだよ…こっちはもう…我慢できないんだよ…!」

「あっ…ちょっ…!?」


顔から下へ下へと全身に、舌を這わせる。ヤツが、怖がらないように、手は優しく肌を撫でる。



「…くっ…うゥ…!」


葵が手で、肝心の声を塞がないように、両腕をアタシの首に掛けさせる。

胸を触りながら「抱きつくなら、抱きついていいよ、葵」と言うと、葵はアタシを引き寄せた。


アタシの顔がヤツの胸に埋まる。…実はそれが狙い、だったりする。

柔らかく温かい感触が、頭を包む。


にしても。


前から思っていたんだが、コイツ…


「良い匂いだな…」


…何故か、匂いに惹かれる。女の匂いには違いないんだが…嫌いじゃない。



「そ、そんなに嗅がないで…犬じゃないんだから…」

「・・・犬呼ばわりすんな。」



・・・なるほど。

”着やせするタイプ”の葵の胸は、確かに小さいものじゃなかった。

傷があっても、色や形は綺麗だった。葵の匂いを味わってから、掌で胸を包み、先を口に含む。


「…ぁ…」


葵の身体が反応して、少し浮く。続けて、舌で胸の先を弄る。


「う…ゥ…ッ…ふ…!」


指の先で、少し突くだけでも、葵は声を上げる。


「…感度…イイんだな?葵…」

イジワルのつもりで、そう言うと露骨に嫌な顔をされた。


「な…何言ってるんですか…ッ…!」


胸の中央に、傷を見つけた。背中の切り傷よりは規模は小さいが・・・手術の痕か?

全身で息をする葵の身体には、至る所に傷があった。

アタシはそれを、舐める様に見た。自分でもイヤラシイ見方だな、と思うくらい、じっくりと。



「あ…ロベ、リア…」


羞恥心、ってヤツか…葵は恥ずかしそうにアタシを見つめる。

その表情は普段見られないモノ。

隊長としての葵、モギリとしての葵。


どのヤツでもない。



「…ホント、傷、多いな…」

(今度エリカに頼んでみようか…少しは減るかもしれない)


傷も、表情も、今見ているのは、アタシ一人。

アタシは、傷を指と唇でなぞる。ビクビクと、身体がまた反応を始める。


「…ぁ……ロベリア…」


心地良い響きだ。

コイツの甘い声で、アタシの名前が呼ばれるんだから。

しっとりと汗ばんできた身体を、アタシは俗に言う”愛撫”ってヤツを続けてみた。


段々声がハッキリと、発せられるようになる。それが、またアタシを加速させる。



もっと、乱したい。

ここに触れたらどうなる?


いつも、ギリギリの布で隠されていて、誰も触れられなかった・・・想像するしかない葵の身体。

今は、アタシだけが知ってる。


…って、こんなに支配欲が強かったのか?、と自分で思って自分で苦笑する。



「葵…もう少し…力、抜きな…」


アタシは、葵の足の間に割って入る。


「…い…嫌…っ!」


さすがにこの体勢になると、嫌でも次にされる事がわかるらしい。

抵抗が尋常じゃなく、強くなった。



「……どんなアンタでも、アタシは好きだって言っただろ?」


葵は、足を閉じかけたが、アタシの目を見て、力を緩めた。

…だが、今にも泣きそうだったので、とりあえず。


「そんなに恥ずかしいなら、目、瞑ってやるよ。」


アタシは目を瞑って、潤みきっているとわかっている所をあえて、唇、舌で、触れてみた。


・・・反応は、すぐに返ってきた。




「…は……ぁ…く…はッ…ぁ…あっ…!」



アタシの頭を押し返すつもりなのか、それとも触れたいだけなのか。

葵の指が、アタシの髪に触れる。


(…甘い…)


・・・アタシは、酒を飲みすぎたのかもしれない。

もしくは、コイツの食事が偏っているせいか?(だったら、嫌だな…)


アタシの舌に伝わったのは…甘み。

甘いと言っても、砂糖程の甘さは無く、舌の先で触れた時にわずかに感じるくらいだ。


それを…いっぺんに味わおうかと、欲が出る。

吸うと、葵が悲鳴のような声を出した。


…自分で言うのもなんだが、アタシの欲望は始末が悪い。

果たされるまで、収まる事がないからだ。



「…あぁ、いッ…いやぁぁあぁ…っ!」



溢れる…俗に言う”蜜”ってヤツをアタシは、じっくり味わう。

俗称の知識なんかは、反吐が出る程酒のマズイ酒場にいくと、そういう品のないジョークや単語が、勝手に耳に入ってくるもんだ。

これが女の悦ばせ方だ、なんて偉そうに講義していた不細工男の下半身よりは、アタシの指や舌はずっとマシだろう。


・・・別に、悦ばそうなんて、ちっとも思ってないし。



 したいから、するだけ。


 目の前の女と。




口の端から、唾液と混じって、少しこぼれる。



「ロ…ベ、リア……!」



アタシは、体勢を変えた。葵の隣に寝転んで、葵の左頬の傷を撫でた。


「…感じてくれてる?葵」


…反応見ただけで大体わかるが、あえて聞く。




息を整えている葵は、視線が落ち着かない。

アタシの目を見たかと思うと、自分の身体を見たかと思うと、今度はアタシの身体…

どこ見ても、多分恥ずかしいと感じるだろう事は、葵の困ったような様子でわかる。


「…よく、わかりま……わかんない…」


アタシの問いにそう答えた葵は、目を閉じた。

視線の落ち着き場所は、そこか。


それに…敬語を、無理矢理直している所をみると、まだ理性があるな。



「…ふうん…もしかして、初めて?」


…反応見ただけで、大体わかるけどね。


「……はい…」


「…まあ…別に、初めてじゃなくても良いんだけどさ。」




どっかの男と違ってアタシは、処女である事に、特別こだわりはない。

だが、初めてなら多少の気遣いが必要だ。



ヘタに痛くしたら、トラウマになって、今度がやりにくくなる。

…ただ、そんだけ。





「…?」

「…いや、ちょっと…”痛い”けど…我慢してな。」



指を、あてがう。今夜の為に、アタシは爪を切った。

”プツン”と音はしなかったが、そんな感覚が指に伝わる。




「・・・あッ・・・!?」


葵の息が止まる。


「…息吐いて、葵。」


「は…はァ……うッ…!?」


息を吐かせながら、指を一気に挿入する。


「あ…ぁ…ぅ…!?」


痛みか緊張か、葵の身体が強張って、ベッドのシーツに一気に皺を作る。



「息は止めるなよ…ますます、苦しくなる。」



指から、葵の中の温かさが伝わる。密着している肌よりも、中は、熱い。

掌に伝わる熱に、アタシの口の端は思わず、くっと上に上がった。


「…ふっ…は…ぁ…ぅ……ッ!」


必死に、息をする葵に”発作”が起こらないかを心配する。


「…苦しかったら言いな。」


「…う……ロベリア…ァ…ぁ…」



アタシの言葉の後、涙が一筋流れた。やっぱり、痛かったか、と思った。

だが、葵は、一言も言わなかった。”痛い”とも”抜いて”とも。

…耐える必要はないんだけど…”動いても良い?”なんて今聞いても、きっと返事は返ってこなさそうだ。

アタシは、しばらく待つ事にした。それまで、葵の呼吸の妨げにならない程度に、キスをする。




(…我慢の限界だってのに、アタシもよくやるよ…)




…事の最中に”待つ”なんて、普通は無い。

本当は、無茶苦茶になる程、コイツを乱してみたかった。

そして、葵の目線が、こちらに向いた。呼吸は落ち着いたようだった。

だが、呼吸以外は真逆の方へと向かっていたようだ。



「葵…んッ…!?」


突然、葵からのキス。

シーツを握り締めていたハズの手は、アタシを包む。葵の”理性”が崩壊した瞬間か。



「………好き…」




その一言に、全身にゾクリと、感じた。

寒気とか、悪寒の類じゃない。



「…ロベリア……」


その響きに、体の芯が震える。

ああ、アタシの理性も、きっと…これから崩壊するんだな、と思った。



「…もう、平気……だから…」



涙目でそう微笑み、言われたら、もうアタシは、自分を制御できない。

アタシは、葵の上に覆いかぶさり、指を動かし始めた。鍵を回すように、そっと捻じ込んで、少し引く。

赤く長い髪が、シーツの上で乱れていく。



『遠慮なく喘げ、乱れろ』



そう言った甲斐があった。



「…いッ…ぁ…あァ…っ…!?」



『それでも、アンタは綺麗だ。どんなアンタでも、あるがままのアンタでいいんだ』


…葵は、ちゃんと理解してくれていたらしい。


「…ぁ…ロベリアァ…あぁ…ッ…ぁ…ッ!」


変に声を抑えることなく、素直にアタシを感じている。

女にこんな事をするのは初めてだとはいえ…妙な感覚だった。

アタシは、葵に触れているだけなのに…実際アタシは、葵に弄られている訳でもないのに”感じている”自分がいた。

……まさか。


だが、名前を呼ばれる度、確かに身体の中が、熱くなる。


「…うッ!?…は、早い…ロベリア…ァ…!」

突然、葵がアタシの肩を掴んでそう言った。

葵の腰が動くたびに、指をその動きに合わせようと思っていたのに、アタシのコントロールがきかない。

どうにかゆっくり調節して…なんて、そんな親切心はアタシの中には、もうどこにもない。



  ”どうなってもいい。”



「痛ッ!?…痛いッ…ねえッ…!?」




  ”もっと”




…それが、アタシの理性が崩壊した瞬間だった。



「悪ィ…もう、ダメ…」

「…は……ッ…え…!?」

「…悪い…止め、らんない…ッ…!」



指は、アタシの欲望に任せて、勝手に動いていた。葵の中が徐々にキツく締まっていく。



「!?……ッああぁぁ!!」




叫びに似た声の後、中の締りが少し緩み…溢れた。

掌に、シーツに、それは広がり…。


…温かくて。



体の熱に振り回されて、右も左もわからない。



…ただ、ただ…心地良くて。



求めていた瞬間に、心は悦んだ。



「…葵……」


お互い息を整えて、すぐにキスをした。目線が合って、また一から始まる。

何度も何度も抱いた。




  『一晩じゃ足りない』




最初に思ってた通りになった。ベタつく身体を何度も重ねた。

それから、そのまま二人で重なったまま、眠りについた。




「…ん…」





右腕の痛みで目が覚めた。



(…ん……ヤツは…?)



手探りで、ベッド中を探るが、あの高めの体温の持ち主がいない。



「…なんだよ、帰ったのか?」


(…へえ…意外と、素っ気無いヤツなんだな…。)


まあ、事が終わった後、腕枕をせがまれるよりはマシか。とアタシは思うことにした。



起き上がって、自分の衣服を探し、とりあえず下着とシャツを身につけた。

ライトに掛けてあった葵の衣服は無くなっていたし、ベッドの傍の仕込み刀もやはり無かった。



(…やっぱり、帰ったか…)


改めて、自分のベッドを見返す。

シーツには、血が付いていた。


多分、というか…勿論、葵のだ。


生々しい証拠品だけが、アタシの部屋に残ってる。

あとは、昨日の記憶だけ。



思い出したように右手の中指の先を、口に含んでみる。


(そういえば…アイツ、後半から、結構…………)








 ・・・・・・・・・・・・・・・。








(………あー…思い出したらヤりたくなってきた……かも。)





…今夜も誘うか。




アタシは、とりあえず筋肉痛の右腕を揉みながら、葵を誘うシナリオを頭の中で作り始めた。



「・・・ったく、赤アタマめ…。」






…掌の熱が、消えない。

炎に似て異なる、熱が。






「……勝手に帰るなよ…」














「う!…ううぅ……痛…」



…歩く度に、少し痛む。原因はハッキリしているし、わかっている。


「……ロベリアさんのバカ…」


まさか、途中から、あんなに激しくなるとは…。性格って…ああいう場面でも出るものなんだな…って思った。

ロベリアさんには悪いけど、早起きして、一人でシャワーを浴びて来た。

…幸運な事に、誰もいなくて助かった。



…姉様に聞いたことがあるから。

その…歩き方で”した”かどうかわかるとか…。


大体、シャワー室で誰かに会ってしまったら、この身体中の赤い痕の説明をどうしたら良いのか、わからない。

とりあえず今、私が何をしているかと言うと、キッチンを勝手に借りている。

”空腹”で目が覚めた私は、とりあえず簡単なものを作り始めた。

ついでに、朝ごはんでも作って、持って行ってあげようかな、なんてね・・・。

『朝は食欲ないから、いらない』って言われそうだけど。




「しかし…あんな激しく動いて、よくお腹すかないよね…」


というよりも、彼女が動いていたのは…腕くらいかも…。

…もう途中から記憶が、曖昧で、何がどうなったのやらあまり思い出せないし、思い出したら、思い出したで恥ずかしいから止めようと思う。


「・・・・・・よし、これでいいか。」


身体が少しだるいので、簡単なモノしか作らなかった。

サンドウィッチに、コーヒー。


「…にゃぁ」

「ん?」


匂いにつられたのか、黒猫が一匹足にすり寄ってきた。


「あぁ、ナポレオンか…おはよう……これは、内緒よ?」


私は、口止め料として、ベーコンを一切れナポレオンにあげた。

ナポレオンは、嬉しそうに私を見て、にゃあと鳴いた。




…そういえば…あの人の目も、こんな感じだったかな。猫目。



…そういえば、ロベリアさん、サンドウィッチ食べれたっけ…?

好き嫌い激しそうだけど…いや、案外なんでも食べそうな気もする…。


好きな物(お酒以外で)とか、嫌いな物…今度聞いておこう…。



私は、銀髪の猫に食べさせようかと、三角の朝食を持って、地下へと向かった。





END


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ーあとがきー



2010・1・23…修正!!


久々に読むと…木っ端微塵になりたくなるほど、恥ずかしい話だな、と思いました。…今更だけど、ね。

ベッドの下り…ちまちました表現を色々修正しました!

…正直言えば。

初回であんな風になるかよとか、舐めても甘くねえよとか…

当時これを書いた自分に対してのツッコミは、色々山のごとくあるんですけど!


『もういいじゃない!個人差とか特異体質ってことで!もしくは夢!』と逆ギレする自分がいるので、そこら辺は、そのままにしました。