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汀は、怒っているのだろうか。





私の手は離さないでくれているが、ただ無言で宿泊予定のホテルへと向かっている。

時折、携帯のマップ機能を気にしながら、それでも無言のまま。


私が手を強く握っても、汀は何も言わなかった。


真っ直ぐ前を見て、真剣な表情のまま、普通に歩いていた。



(・・・なによ・・・)




嫌なら、嫌って言えばいいのに。


こんな態度のまま無言を貫かれるくらいなら、いっそ”嫌だ”と拒否された方が良かった。


自分から、しかも、強引だったとは思っている。

自分が蒔いた種だ、とは思う。






(・・・でも、何か言ってくれても良いじゃない。)






無言のまま、放って置かれた私の気持ちは、宙にぷらぷらと浮いたまま


ビル風でいとも簡単に飛ばされそうだった。



汀の反応が無いのが、無性に悔しくて、辛い。


やはり、単なる自惚れだったのか、と自分の今日一日の行動が、なんだか恥ずかしい。


ただの一方通行な想いが、単に暴走しただけだ。










『これだけは覚えておいて。


 いくらあたしでもね・・・・・・好きでもない人間に、こんな事しないから。』







(・・・じゃあ、そんな人間の事、無視しないでよ・・・。)





私の気持ちに気付いていても、嫌だと言わずに無言を決め込んだ事は、彼女の



汀の・・・”優しさ”なのだろうか。




でも、それは…2人でいるというのに、私の孤独感をより強調させるしかない。







(・・・なによ・・・汀の馬鹿・・・)








手を強く握り締め、私は顔を下に向けた。

真っ直ぐ前を向く汀とは、絶対に視線が交わらない。





視線も、気持ちも、交わらないまま。




確かに・・・汀の言う通り、長い夜になりそうだ、と私は思った。







      [ Turn It Into Love 3 ]







ホテルに着くと、汀は私の手をあっさりと離し

「ここで、待ってて。」

と一言私に残して、フロントへと向かい、サラサラとサインをすると、カードキーを受け取った。




「いくわよ。11階だって。」

「・・・・・・。」



汀は早口でそう言いながら、素早く私の脇を通り抜けて、エレベーターの上を押した。




エレベーターの扉が開き、無人のエレベータ内に2人で乗り込む。


お互い、左右の壁に寄りかかる様に立ち、なんとも不自然な距離をとっていた。



そして、ゆっくりと静かにドアが閉まり、エレベーター特有の重力が体にかかる。



私が横目でチラリと汀をみると、汀も横目で私を見ていた。


が、目が合ったと同時に、逸らした。





・・・・それが、気に入らなかった。






「・・・によ。」


私は、震え始めた手をぎゅっと握り、呟いた。


「・・・ん?なんか言った?」


エレベーターの音にそれはかき消されてしまったようで、不完全な形でしか汀には聞き取れなかったらしい。




「・・・だから・・・なによって言ったのよ。」


「・・・・・・・・何が、よ?」




私の問いに対して、汀の答えはやはりハッキリしなかった。


左側の壁に寄りかかっていた私は、キッと汀を睨んで、右側の壁に思い切り右手をついた。



”バンッ!”



「・・・びっ…びっくりしたぁ…な、何よ〜オサ、怖い顔して〜…」



汀が、驚きながらこちらを向き、なおも左側へと逃げようとするので



”バンッ!”




左側の退路も私は、左手で断った。



「ちょ、ちょっと・・・オサ・・・?」



これで汀は、嫌でも私の方を向かざるを得なくなる。

ただならぬ私の勢いに、汀はこわごわとこちらを見ていた。




私は、それを真っ直ぐに見つめ、一呼吸置いて静かに言った。




「……言えばいいじゃない。」


「…だ、だから…何をよ?」



汀は、私の気持ちに気付いてる。


だからこそ、黙っている訳には、いかなかった。




「だからッ!…言えばいいじゃない!ちゃんと!


 私の事、嫌なら…迷惑なら…ちゃんと、そう言えばいいじゃない!」



「…だ、誰もそんな事言ってないじゃないッ!勝手に付いて来るって言ったのはそっちでしょ!?


 あたし”わかった”って言ったじゃない!」




私が怒鳴ると、汀も怒って反論した。




「言わなくても…さっきから、態度に出てるじゃないッ!嫌だって!!

 何も喋らないし、笑いもしないし…いっそハッキリ言ってくれた方がどんなにいいか!」



「な、何、勝手にブチ切れてんのよ!今日のオサ、変!訳わかんない!」



(…訳わかんない…?)


汀は、私を変だという。


確かに変なのだろう。でも、いきなり変になった訳じゃない。



私は…ずっと、押し込めていただけだ。


急激に、じゃない。



…私だって…私だって……好きになった人と、ずっと一緒にいたいと思う。




一緒にいて、それでも…彼女の言葉を、彼女の肌を求めてしまうのは

そんなに、変な事、なのだろうか。




汀は…そこまで…私を求めていないのだろうか。



そこだけでもハッキリさせなくては、気が済まない所まで、私はきているのだ。



それに。


汀は、私の気持ちには、気付いている。




「ウソツキ…ッ!汀…とっくに気付いているじゃないッ…!今だって…



 今だって…私の事……私の気持ち…誤魔化そうとしてるッ!!

 

 何が…何が…『好きでもない人間に、こんな事しないから』よ!!」





「…いや…それは…ッ!」


反論をしようとした汀の言葉の途中で



”…ピンポーン……ガー…”



3階で電子音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。


スーツを着た男性が、乗り込もうとしたが、私達を見て、動きを停止させた。

私達もそのままの体勢のまま、男性を見ていた。


というよりも、私が両腕をどけない限り、汀は一歩も動けないのだ。




『・・・・・・。』


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」




沈黙が続く中。



”・・・バンッ!!”



私は、汀とその男性を交互に1回ずつ見てから、素早く”閉”のボタンを叩いた。




”・・・ガー・・・”


静かにエレベーターのドアが閉まっていく。


「うわ、ひっど…」


エレベーターが再び動き出してから、汀はそう呟いたが、私はそれを聞き流す。




「話、進まないから。」


「…話ってね…オサ…」



汀よりも早く私は、強い口調で詰め寄る。




「今、ハッキリさせたいの。」




「だから…何を、よ?」



一瞬、言葉に詰まる。



それは、汀の問いに対して、じゃない。




私が、涙を堪えようとして生まれた、一瞬の沈黙だった。





「………汀は、私が………欲しいの?欲しくないの?」






オブラートに包む事無く、センスの欠片も無い私の言葉に、汀はまた黙った。



エレベーターは6階を表示し、なおも上昇する。





汀は、笑おうとしてるのか、怒ろうとしてるのかさえわからない、という複雑な顔をしていた。





「・・・・・オサ、自分が今、かなりブッ飛んだ発言してるか、自覚ある?」




「いいから!答えなさい!私には、ブッ飛んでいようがいまいが、大事な事なの!!」



…何が、私をここまでさせるんだろう。

私は、必死になっていた。


いや、以前の私なら”大事な事”を”こんな事”と称して、避けていただろう。


こんな事に必死になるなんて、ケダモノもいいところだから。



だから、求める事を抑えていた。

ケダモノは、嫌われるから。



それでも正直な気持ちを、今、ぶつける事でしか、このモヤモヤした気持ちは、解消される事はない。


自分をケダモノだと思いつつも、それでも求める事に関しては、自分自身ちっともおかしいとは思わない。



・・・その相手が、同じ年の女の子だとしても。



「…あのさ…オサ…


 あたし…人の親切を、ここまで踏みにじられたの、初めてだわ…」



汀は、自嘲気味にそう言った。


親切?私を見ずに、無言を貫く事が、親切?



「…親切…?…ただ、誤魔化して逃げてるんでしょ?汀は。」




私の棘を含んだ言葉に、汀の頬がピクピクッと引きつった。




「……この…馬鹿オサ…人の気も知らないで、好き勝手言ってんじゃないわよ…!」




汀は、低い声で睨みつけながら私の壁についた両腕を素早く取っ払うと、私の体を勢いよく押した。


今度は私が左側の壁に追い詰められた。


汀の両腕が、私のサイドを塞ぐ。



汀の目はいつになく真剣で、全身に力が入っている事は見て取れた。

より汀の顔が、私の顔の傍まで近づく。


額を付けられて、お互いの吐息が掛かる程の至近距離まで近づいた所で

汀は、私にしか聞こえないんじゃないかというほど、小さな声で言った。




「…誰も…逃げてないわよ…あたしだってね…

 
 ここまで付き合ってりゃ……考えない訳ないじゃない…

 

 言っておくけどね…オサ……あたし…結構、見た目よりヤバイのよ?…今。」





「・・・・・どう、ヤバイの?」




・・・私のその問いについては、汀は言葉では答えてくれなかった。




汀の両腕が私をがっしりと捕まえて、締め付け、私の唇は塞がれた。



「ンん…ッ!…っく…ッ…ふ……っ!」



いつも突然、奪われる私の唇。

それでも乱暴ではなくて、どこか優しくて…だから私は素直に汀に奪われていた。



(・・・これが、答え・・・?)



汀の手が私の腰に触れ、徐々に上へと上がっていく。


依然ハッキリしないまま、それでも私は汀の首に腕を回した。





”…ピンポーン…ガー…”



…先ほど聞いた電子音のあと、エレベーターのドアが開く音がする。


汀は一旦唇を離し、ドアの方へと目を向けた。

私もドアの方へ目を向ける。


ドアの前には、口をぽかんと開けたままのホテルの従業員の女の人が立っていた。


さすがにこれはマズいと私は、離れようとしたが。




「見ての通り、ちょっと取り込んでるんで・・・失礼。」




汀はそう笑顔で言って”閉”のボタンを押し、当然の事のように再び唇をつけてきた。


ドアも閉まっていないうちから、従業員の人に見せ付けるように。


「ちょっ……んンッ…!?」


私は、困惑しつつも横目で従業員の人を見ていたが、最後まで口をぽかんと開けたまま

彼女は無言で、ただ棒のように立っていた。


ドアが閉まっても、汀は私を抱き締め、持ち上げる勢いで壁に押し付けながら、キスを続けた。

私も汀にずっと体重を預け、掌で汀の柔らかい髪の毛をくしゃくしゃにしながら、舌を絡ませた。




11階に到着して、エレベーターのドアが開き、そこで汀と私は体を離した。



「…はぁ…。」

「…っ…はぁ…。」



お互い、乱れた息を整え、顔を合わせる。



「…ねぇ…ヤバいでしょ?あたし、部屋に着いたらこれ以上の事、オサにするかもしれないわよ。」



汀は、髪をかきあげて、なんだか呆れたように笑っていた。

それはどこか…吹っ切れたような笑いにも見えた。


それをみた私は、それ以上、汀を怒る気には・・・・なれなかった。


「…それって…汀も…私を求めてるって事と、解釈していいの…?」



あんなキスをされても、しつこいくらいに私は確認した。

…自分でも本当に、しつこいなって思う程。



肝心な時、大事な台詞を言ってくれない汀には、このくらいしつこい方が丁度いいのかもしれない。



「…ははは……他にあれば、是非聞きたいね…。」



力なく笑って、汀は開くボタンを押し続けて、”お先にどうぞ”と出るように促した。

素直にそれに従い、私はエレベーターを降りた。


続いてエレベーターを降りた汀は、振り向いた私の目をちゃんと逸らす事無く、見ていてくれた。


ホッとすると共に、ひとつ言って置かなければ、と思い、私は汀を呼び止めた。


「ん?・・・なに?オサ。」


「…部員の前でも言ったけど…例え、知らない人の前でもああいう真似、もうしないでよね。」


ああいう真似、とは従業員の前で堂々とキスをし続けた事だ。



・・・いくら私でも、時と場所は選ぶ。


・・・選ぶというか・・・選びたい。



「良いじゃないの、知り合いじゃないんだから。」

「そういう問題じゃないのっ!」



そう言い合いながら、長い廊下を歩く。


やがて汀は、ある一室の前で止まった。



「・・・あぁ、ここだわ。」



カードキーを差込み、部屋に入る汀の後ろに私は続いた。

入り口付近のカード差込み口にカードを差し込むと、部屋の中が一気に明るく照らされた。



「お。今日は”当たり”ね。…これであの料金は…すこぶる怪しいけど。

 まあ…”何か”があっても、あたしがちょちょいと斬っちゃえば、良いだけだしね。」


汀はそう言って、クローゼットを開けてカバンを置いた。


「…ここって出るの?」


ホテルでよく聞く怪談話。

飾ってある絵の裏側にびっしりと御札が貼られてあるとか、洗面所に長い髪の毛が詰まってるとか、云々。

そういう曰くつきの部屋は、格安になっていると聞く。


・・・別にそんなものを怖がっている訳ではないが、普段から鬼を相手にしている人物が、目の前にいる為

そういう話を”単なる怪談話”では片付けられない。



「ふふ、冗談冗談♪クーポン使ったから安く済んだだけ♪

 試しにオサ、奥見てきたらー?”御札”が無いかどうか。」


いつも通りの調子で汀が冗談を口にした。

私は”…はぁ…まったく…”と言いつつ笑った。



(・・・あ、もう、普通だ・・・。)



先程まで殺伐としていた汀と私の空気は、一変していた。


・・・さっきまで言い争いまでしてたのに、ゲンキンなものだ、と思う。




「・・・あ、広い・・・。」



私は部屋の奥へと入り、部屋の中を見回した。


安いホテルと聞いていた割には、その部屋は私が思っていたよりもずっと広いものだった。

ソファはあるし、置いてあるテレビも最新式で嫌に大きいし…ルームランプが3つもあるし…



(・・・大丈夫かしら・・・料金・・・)


心配しつつ、ふと目線をずらすと、ダブルベッドが視界に入った。



(・・・・あ、見なきゃ良かった・・・・。)



今更ながら、実物を見ると…”汀と一緒にベッドに入る場面”を想像してしまう恐ろしい自分がいて、恥ずかしい。

チラリと汀の方を見ると、汀はYシャツのボタンに手を掛けていた。



「あー…もう速攻スーツ脱いじゃう!……もう、このまんまシャワーも入るわねー。」


汀はそう言って、次々と服を脱いで、スーツをハンガーにかけると、ストッキングに手を掛けた。


「え…あ、うん…。」


私より長いというだけあって、汀のすらりとした足は綺麗だった。

…ただし、私が汀の脛を蹴ったせいで、右足の脛が少し青くなっていたのが、申し訳なかった。


私が、謝ろうかどうしようか、汀の脛を見ていると、明るい声が私に降ってきた。



「ねぇオサ、一緒に入るー?」


「・・・・・・言うと思った。」



呆れ顔の私に向かって、いつものようにえへへっと笑いながら

汀は浴室の扉を開けて”お先に”と言い残し扉を閉めた。



「・・・・・はぁ・・・・」


落ち着かない。

部屋には、ただシャワーの水の音が流れて、それがますます落ち着かない。

ベッドに座り、TVをつけて、いつもは観てもいないドラマを観る。



・・・勿論、観ても、内容が全くわからない。

誰が主人公なのかも、誰が誰を好きで、憎んでいるのかも、情報が頭に入ってこない。

ドラマとCMとを区別する事すら、私の頭は受け付けていない。

ぼうっとしていた。



しばらくして、浴室の扉が開き、バスタオルを体に巻いた汀が、自然に出てきた。



「・・・あれ?オサ、このドラマ観てたんだ?…意外…。」


自分の部屋か、と言いたくなるほど平気な顔で、バスタオル一枚で私の目の前を通る汀。


私は頬杖をつくフリをして、指で自分の視界を狭めた。



「…別に…いつもは観てないけど。他に観るものなかったから。」

(・・・バスローブか何か羽織るなりしてくればいいのに・・・!)


「あ、そ。オサ…シャワー浴びてくればー?

 今日のホテルは、ホント当たりよ。シャンプーとリンス、良いの使ってるわ。」


そう言いながら、汀ときたら自然に冷蔵庫を開けて、これまた自然に”缶ビール”を出している。



「・・・・・・汀。」



「・・・ん?・・・・・・あぁ、はいはい・・・。」



私が、低い声で名前を呼ぶと、汀は…しばらく私の顔を不思議そうに見ていたが、すぐに察して

缶ビールを冷蔵庫に戻し、オレンジジュースの缶を取り出し、私に見せ付けるように蓋を開けた。


それを確認した私は、頷いた。


「・・・よろしい。じゃあ、入ってくる。」


「…ごゆっくり〜♪」



浴室の扉を開けると、当たりのホテルの証拠である、シャンプーとリンスの匂いがした。

・・・確かに、蘭の良い匂いがした。

広めの浴室は、2人で入っても問題ない広さだった。

むしろ、今一人で使っていると広いくらいに感じる。


(…別に、一緒に入ってやっても、良かったかしら…)


少し熱めのお湯を浴びながら、私はその先、何も考える事無く、ただ髪を、体を洗った。



私はバスローブを着て、浴室の扉を開けた。



「・・・まだ、そんな格好してたの?」

「あはっはっはっはは・・・・ん?」


私が見たのは、バスタオル1枚巻いたまま、ベッドの上で足を組んで座ってくつろいでいる汀だった。

TVでは、若手のお笑いコンビらしき人物が、写っていた。

そして、私の声に、汀はこちらをみると、笑うのを止めて、まじまじと私を見た。


「・・・オサ・・・。」

「…な、なによ…?」



…次に起こる事を頭に思い描いた途端に、心臓が騒ぎ出す。



「……バスローブ、似合わないわねぇ…。」


「・・・うるさいわね。他に着替え、無かったんだから仕方ないでしょ。」


そう言って、髪の水分を拭き取りながら、汀の隣に座る。

汀は、ふっと笑って手に持っていた缶を差し出した。


「…飲む?」

「…ん。」


慣れとは恐ろしいもので、間接キスだなんだなんて、もう、特別意識する事は無かった。

汀から缶ジュースを普通に受け取ろうとすると、汀は缶を引っ込めて、くっとジュースを飲んだ。


差し出してしまった自分の右手が、空しく空を切る。



「・・・ちょっと、どこの子供ですか?」



すると、汀が私の顎を捕まえて親指で下唇を押し下げた。


「ふ・・・ひょっと、ふぁに・・・っ!?(ちょっと、なに?)」


すかさず汀の唇が、私の唇に重なり、続いて、口をもっと開けろと、汀の舌が私の唇を刺激する。


「…っ……ん……!!」


それに負けて、私の口が開くと、口内に温くなったオレンジジュースが入り込む。

たった一口分のそれは、温いせいで、極限まで甘ったるく感じた。

吐き出す事は、考えなかった。

喉から、こくんっと、小さい音が聞こえた。



「…汀…なに、するのよ…」


さっき飲み込んだジュースより、熱い血液が、身体を駆ける感覚。



「…だから、さっき言ったじゃない。

 ”部屋に着いたらこれ以上の事、オサにするかもしれないわよ”って。」


汀は、そう言って私の肩に手を置いて、微笑んだ。

私は、たまらなく確認する。




「…本気?」

「本気。」



「…今、するの?」

「今、するわよ。」



「…いいの?」

「…ソレ、あたしの台詞。」




「良いに、決まってるじゃない…。」

「じゃあ、あたしもそう。」



瞬きを3回の後、どちらとも無く、再び唇を寄せる。


「汀…」


TVから聞こえる笑い声が、段々遠くに聞こえて、汀の呼吸音だけが近くに感じる。


私がきつく抱き付いたせいで、汀のバスタオルはするりと体から外れた。

バスローブの上からでも、柔らかく温かい彼女の体温が伝わる。


「んン…っ…!」


ベッドに2人倒れこんで、汀は唇を離し、私の上に覆い被さった。




「……と、その前に、ひとつだけ。」



「……何?」



汀は、私の上で真剣な顔で、話し始めた。



「実はね…今回、ここまでする予定、無かった。」


「………。」


「…こういうの…時間、掛けるべきだって、思ってたから。」


「…うん…。」


私もそうだった。

でも、それを先に破ったのは、私だった。

だから、汀には少し申し訳ない気さえする。



「…でね……あの、最初に謝っとくわ。ごめん。」


「…汀…なんで謝るのよ?」



「…ごめん、実を言うと、あんまこういうの慣れてないの、あたし。」


「………そんなの、私だって知らないし…関係ないわよ…」



…もし、慣れていたのだとしたら、まずはその相手を知りたいくらいだ。


私の返答に、汀は苦笑したが、すぐに真剣な表情に戻った。


「…言うと思った。……でね、オサ…」


「……何?」


「…ぶっちゃけ、あたし…女同士の”ソレ”は知ってるけど、経験無いから。」


「……普通、無いと思うけど?」


それに、知ってるだけでも、私にとっては初耳だ。

汀は、視線をちらっと逸らして、再び私の目を見た。



「…でね……今すると、きっと…失敗、すると思う。」



「…失敗…?」


「あのね…多分…」



汀は、また目線を逸らし、今度は瞼をきつく閉じた。

言いにくそうな台詞を、言おうかどうしようか迷っているようだったが


私が、汀の首に腕をかけると、汀はゆっくりと瞼を開けて、私を見た。



「・・・多分・・・痛くしちゃうし、気持ちも良くない。


 どっかの少女漫画みたいに、初回から痛くてもなんとやら、とか

 愛があれば、お互い気持ちイイなんて、都合の良い事、あり得ないと思うし…

 いや、全く無いって保障もないんけど…でも、うん…多分、無いと思う。


 あと…痛かったけど、途中から、気持ち良くなるなんて、夢みたいな事も、きっと無いから。」



汀は、言葉を選びながらそう言った。

目線をちらりちらりと、時々逸らしながら、困っているような表情で、私を見ていた。



随分と雰囲気を壊すようなことを言うのね、と私は内心思いつつ。



…私も、汀と同じ事を考えていた。



きっと、汀の言う”失敗する”可能性を私は、考えた。



しかし。



・・・何をもって、その行為が、失敗か成功かも・・・経験の無い私には、わからないのだ。



・・・少しの知識はあれど、実際の経験は無いし、未知の世界。



まるで不安が無いといえば、嘘になる。

いくら同性同士でも、他人と他人の身体を合わせる事に変わりは無い。

恋愛感情が、どこまでその行為のカバーができるのかは、経験の無い私たちには、解らない。



多分、それは汀も、同じだったのだろう。

だから、今、汀はこんな話を私にしたのだろう。



「…だから、多分…あたしとなんか…もうゴメンよ〜、みたいな事も、あり得るって訳で…。


 あの、ホラ、その…見た聞いただけの知識と、実際の行為は違うし…だから…その…



 …やっぱ引き返すなら、今のうちよ?


 今なら、まだ…若さゆえの過ちって事で…」




汀は、柄にも無く迷っているようだった…いや、本来の彼女の”迷い”がそこに見えた。

迷っているから、私に選択権を預けたのだ。




痛い思いも、嫌な思いも私にさせない様に…私を傷つけない為に、彼女は今日一日、考えてくれていたのだ。




…だから私は、汀が本気で私の事を考えてくれて言っているのだと、感じる事が出来た。



嬉しいと思いつつ、そんな彼女を可愛らしくさえ思った。



だから、私は彼女の背中を押す事にした。



「汀。」


「ん?」




「…私、コレは”過ち”にするつもりは無いし…引き返す気も無い。」


「…ん。」


小さい声で返事をする汀に、私は言葉を掛け続ける。



”失敗”でも”成功”でも…私は、この経験を汀とする。

その事実は変わらない。



「だから、これは…例え、失敗でも、成功でも…それこそ、時間を掛けて…


 私と汀の、2人で作っていくものじゃないの?」



「………それは…一理、ある。」


「…でしょ?」



苦い表情の後、納得したような・・・でも、まだ複雑な顔で、汀はうーんと唸った。



「…んー…結構、あたしなりに、考えたんだけどなぁ…」

「…何を、よ?」


「…オサとこういう事するのって…もっと先だと思ってたから。大事、でしょ?…やっぱ…

 さっきも言ったけど…本当は、もっと…時間をかけて、あたしの事知ってもらってから〜とか…

 いや、だからって…今したくないってワケじゃーなくてね…ええっと…」




私は、運がない方だ。


でも、貴女と出会えたのは、幸運だと思った。


初めてこの感情を持てたのが…

この行為を、共有できるのが…




・・・汀・・・貴女で良かったと心から思った。






「……そうね。でも、だからこそ…私は、今の貴女がいい。」








『これが、私達の始まり、だから。』






それを聞いて、困ったように、汀が笑った。そんな事、言われると思わなかったという顔で。



「・・・ホンっト・・・オサって肝心な時にそういう事言うのよね・・・オサのクセに・・・」


「それ、酷い。汀のクセに。」


「ちょっと、人の台詞パクんないでよ……」



汀は、そう微笑みながら、唇をそっとつけた。



「・・・んっ・・・」


「あたしだって、オサがいい。オサじゃなくちゃ、もうダメだって…」


うん・・・その先は、わかっている、汀。



「…私も、そうよ。」



言葉よりも、キスを。

今、この時だけ、優先順位が、変わる。

言葉よりも、触れて欲しい。


触れる唇が、時々心地良く、時々くすぐったい。

私の反応を汀は見ながら、小声で呟く。




「…あ…ぅ………くっ…くふっ…ふふふっ!…汀、くすぐったいっ!」


「…ふむ。…首・鎖骨はOKで…脇腹NG、と。」



「…なに?OKとかNGとか…」



私が、聞き返すと汀はケロリと「…オサの性感帯、覚えてんの。」と一言。



「ばっ…!?」


私が上半身を起こして、何を言い出すのかと怒ろうとしたが、汀は人差し指で、私の唇を塞いだ。



「いや、馬鹿じゃない。これは、馬鹿にしちゃいけないよ〜オサ。

 ・・・パートナーに感じてる演技なんかさせたら、ダメなの。

 だから、しっかりオサの弱点を・・・」



「…それも……どこかで得た”知識”か何か?」


「んにゃ、あたしの自論。」



「……私、こんな状況で、そんな演技すると思う?」



「…出来ないでしょうね。

 でも、さっきオサ言ったじゃない。コレは、2人で作っていくものだって。」


「・・・言ったけど・・・。」



「…だから…純粋に教えて欲しいの。

 どんな感じが、オサにとっていいのか…その感覚は、オサにしか、わからない事だしね。

 知識だけのド素人のあたしの自己満足だけじゃ、ダメなのよ。」


「…ん…わかった…。」



「…痛くて嫌とか、なんか嫌だって感じたら、隠さないで、すぐ言う事。

 変に我慢しない。OK?」


私を組み敷いたまま、汀は次々と私に約束事を提示した。


「……随分、慎重ね…汀にしては…。」

(ちょっと、意外…。)



「ま、そりゃね…………エロい事追求するなら、もっと慣れてからでも出来るからねぇ♪」



そう言って、汀は不敵な…いや、不吉な笑みを浮かべた。


「・・・・・・い、今の、聞かなかったことにするわ・・・。」

(…前言撤回。汀は、汀だわ…どんな時でも。)



「うん♪そーして♪」




布の擦れる音と共に、私の肌はどんどん、空気にさらされる。


「ね…ねえ、汀…ルーム、ランプ…っ…け、消して…。」


脱がされていくバスローブに、私は途端に猛烈な恥ずかしさに包まれた。

明るすぎる室内が、余計に恥ずかしさをかきたてる。


「オサ、定番の台詞吐かないの。…ん…いくらあたしでも…消したら…見えないでしょ…」


汀の唇と舌の感触が、空気にさらされた肌に触れていく。



「…だ、だからって…明る過ぎ…ッ…ぅ…」


汀の手が優しく、体のラインをなぞっていく。

ゾクゾクと身体が、反応して私は声を出しそうになりながらも、必死に堪える。


汀に”教えて”と言われたが、何が良くて何が嫌なのかも、言葉に出来ない。


横向きになった私の背中にぴたりと汀がくっつく。

肌が重なっている部分が、温かくて気持ちが良い。



「同じ匂いするわね…」



私のまだ少し濡れている髪の毛の匂いを嗅ぐ汀。

耳元に、汀の息がかかり、私の全身の筋肉が強張る。

掌で胸を包まれて、温かさを感じると共に、指が胸の先端を軽く摘む。

「ぅ…っ…!」

「我慢、しないでって…」


汀は優しくそういうが、我慢の問題じゃない。

ただ、恥ずかしいというだけで、呼吸も声も私は抑えようとしてしまう。



「…オサ……ここは…?」

「…っ…は…ぅ…ッ…!」


背中にキスされても、感じなかったのに、背骨に沿って這う汀の舌には、思わず身体が仰け反った。

そのまま降りていく汀の舌の感触が、太腿の付け根に達した時、私はシーツを握り締めた。


「…うぁ…ッ…み、みぎ…!」


勝手に暴れ出す私の脚を、汀は捕まえた。


「ッおっと…危ないなぁ…オサ、ちゃんと口で言ってくれないと…

 蹴りでの抗議は、受け付けないわよ。」


ふーっと息を吐きながら、汀は私の右足を持ったまま、私の反応をうかがっていた。


「…ご、ごめ…ぇ……ぁ……ッ!!」


現在の自分の体勢に、ハッとする。

私を開脚させたまま、汀はただジッと私をみている。


「ちょ、ちょっと…汀ッ…!」


私の反応に目を細めると、汀は私の足の間に、身体をゆっくりと沈める。


「ま、待って…汀…そ、そこ…!」


何度も触れた汀の唇が、初めて、そこに触れる。

恥ずかしさで、目の前の景色が涙で歪む。



「……みぎ……ぃ…ぁ…ッ!」


私が、そこは嫌、と言う前に、汀の舌が触れ、ぴちゃりと音を立てた。

身体中が強張った、両足が無意識に閉じようとするが、汀が腕でしっかりと抑え込む。


「…だから…危ない…でしょ……」



足の間から、汀のくぐもった声が聞こえる。


単語と単語の間で、汀の唇が、舌が、手が、私の身体に触れていく。



「せめて…足だけは…じっと…してて…オサ…」



そして、汀の声と共に、彼女の温かい吐息がかかり、私を更に刺激する。



「だっ、て…!こ、こんなの…む、無理…ぃ…ッ!」



ジタバタ動く私の両足を、汀はぐいっと上に持ち上げる。

二つに折りたたまれる格好になった私は、それ以上ジタバタしても無駄だった。


汀と私の間で、繰り返される水音に、何度も声を上げる。

汀の髪の毛を乱暴に鷲掴んでも、汀は顔を上げなかった。


ただ、ただ、恥ずかしさに、涙が滲む。



「みぎッ……み…ぎわ…ぁッ……や……嫌……!」



私の嫌という単語に、ピクリと汀は反応して、すぐに顔を上げた。



「痛かった?それとも嫌?」



体勢をすぐに変えて、私の左隣から私の顔を覗き込んだ。

息を整えながら、汀の顔を見る。


心配そうに私を見る汀の口元を見て、私は涙をボロボロこぼした。


「………馬鹿……!」



汀の顔を両手で押さえて、汀の口元を自分の唇と舌で拭う。


「んっ…!?…オ、サ…ッ!?ンん…ッ!」


泣きながら、汀にキスを繰り返した。


自分でもあまり触れる事がない場所を彼女に触れられた”恥ずかしさ”と

それに身体が感じてしまった”事実”を振り切るように、キスを繰り返す。



「オサ、そんな泣くんなら、無理、しないでよ…」


落ち込んだような口調で、汀は私の背中をさすった。

私は、汀の鎖骨に唇をつけた。


「違う…汀が無理してるのよ…あんな所に…口付けて…」


そう呟いて左手で、汀の唇を撫でた。


「え…あたし?あたしは…平気だけど。」


そう言いながら私の手を掴んで、掌に軽くキスをして、笑って見せた。


「……なんか、後ろめたい。そんな事させてると…。」


私がぽつりと言うと、汀は笑顔で首を振った。


「…考え過ぎだって。あたしは平気。
 
 …肝心なのは…オサは、気持ち悪かったの?気持ち良かったの?」


その質問に対して、ハッキリと言葉に出す事を、私は躊躇った。


「・・・・・。」


恥ずかしくて。



「良いか、悪いか。」



ただ、恥ずかしくて。



「・・・・・。」



「悪い?」


首を横に振る。


「良かった?」


こくりと一回だけ頷いた。

それで、私の意思表示は精一杯だった。


「なら、良かった…」


ホッとしたような声と共に、右手が私の頬を撫で、下へ下へと降りてくる。


汀は、私に優しく触れた。

皮膚の上を滑るように。手のひらの熱を私の身体へと移すように。



張り詰めた緊張と、高ぶった感情が、より私を刺激する。


でも、どうしたらいいのか。何を伝えたら良いのか。

汀に何が良くて、何が悪いのかすら、伝える事が出来ないまま、情けない声だけが口から出て行く。


「汀…汀…ぁ……!」


ただ私の傍にいる汀の身体に、がっしりと抱きついて、ただ汀の名を呼び続けた。

やがて、汀の指がある部分で停止した。


「…オサ…多分、痛いよ…」


そう予告されても、私は受け入れる選択しか、心に無い。

返事の代わりに、頷く。



「・・・っ・・・くっ・・・・!」


わずかな痛みと、とてつもない恥ずかしさに、私は声を漏らした。

叫びたい衝動を抑える為に、汀に抱きついて、左肩に歯を立てた。


「ッ!?…お、オサ…力、もうちょっと抜いてもらえる?

 …いや、せめて…肩、噛まないでくれるかな…」



「…ふっ…ぅ…ぅ…ッ!」


自分を保つので精一杯の私は、汀のその言葉に反して、肩を噛み続けた。


「…イテテ…オサ…もう…しょうがないな…!」



汀が肩の痛みに身体と動かし、右腕を動かすたびに、痛みが生じて、私の噛む力にも自然に力が入る。



「ふッ…ぅ…ぅ…ぁ…ぐっ…!」


「ッ…イテテ…!」


私の中に、確かに汀がいる。

痛みがその証拠だ。




…だけど…慣れない行為に、私の身体は、痛みしか伝えてくれない。


あんなに望んだ事なのに、痛みしかないなんて。


汀が、私に触れてくれているのに…痛いなんて…。


痛くても、我慢しよう…それで、汀が私に少しでも長く触れてくれるのなら…



『…痛くて嫌とか、なんか嫌だって感じたら、隠さないで、すぐ言う事。

 変に我慢しない。OK?』



(・・・・ダメだ・・・我慢しちゃ・・・・)



「…みぎッ…!…ぁ……イタ……」



私が耐え切れず、痛みを言葉で伝えると、汀はゆっくりと指を私の中から引き抜いた。



「…そうね…あたしも…限界だし…」



そう言って、汀は、すぐに私に触れていた手で、左肩を抑えた。

人差し指と濡れている中指の間から、私の歯形がクッキリ残っているのが見え、よくよく見れば、内出血までしていた。


「っ…はぁ…はぁ…汀…ごめん…!…大丈夫?」



私はすぐに汀の抑えている左肩に手を添えた。

でも、汀が気にしているのはそっちではなかった。



「……ああ…やっぱり、失敗したわね……」



そう落胆したように言って、肩を抑えたままドサッと、音を立てて私の隣に突っ伏した。




「…………ごめん。オサ。」



突っ伏したまま、汀は顔を上げずにそう言った。


「…汀…」


息を整えながら、私は突っ伏す汀をみていた。


「…うー…肩くらい我慢すれば良かったー…」


ボソリと聞こえた、後悔の念。

私が噛んだ肩の痛みのせいで、汀は私から離れざるを得なかったようで。


「汀。」

「・・・・・・。」


指で汀の頭を突いてみても、汀は突っ伏したまま、動かなかった。


「汀ってば…」

「・・・・・・・。」



「ねえ…汀…」

「・・・・・・・。」





「………汀、拗ねてるの?」






「……………別に。」






いやいや、もう十分すぎる程、汀は拗ねていた。




「…ねえ、元はといえば…噛んだの、私だから…」


「そういうフォロー、余計辛ーい…。」



裸で突っ伏したままの、私の恋人はブツブツ、うーうー唸っていた。

時々、こういう子供みたいな所が可愛い。


「ねえ…汀ってば…」


指の先で、汀の髪の毛を撫でて、つむじの所を軽くつつく。


「………ごめん…痛い思いさせて…。」


汀のそのあまりの落ち込みようときたら、近年稀に見るほどで…すっかり私の涙は引っ込んでいた。

私は、汀の頭を撫でながら、提案した。



「ねえ汀…今すぐには無理だけど、もう少し休憩したら…



 …もう一回、しようか?」



その言葉の直後、すぐに汀はこちらを向いた。



「いいの?」



…あまりに反応が良すぎて、若干…困る。

なんだか…嫌な予感もチラホラする。



「…う、うん…。」


…私がそう返事した瞬間に、にや〜っと笑った汀の目を、私は今でも忘れない。


まあ、なんにせよ、立ち直ってくれたなら、それでいいんだけど。


私はそのまま汀の柔らかい髪の毛を撫で続け

機嫌を取り戻した汀は、猫のように擦り寄ってきてピタリと体をくっつけた。


(…あ、気持ち良い…。)


汀に何かされるのとは別に、汀の肌の感触が、気持ちよかった。

このままでも、十分だと満足してしまいそうだ。



「…オサってさ、結構大胆よねぇ…今日一日、ホント…オサに振り回されたわ。」


ふと汀がそう言った。



「…別に、そんな事…」


「だってさぁ…あたし達…お互い、まだ知らないトコいっぱいあるじゃない?

 そんなのに、身体預けるの、不安じゃなかった?」



「まあ、まるで無いって言ったら嘘になるわね…

 でも…”見てわからんもんは聞いてもわからん”って…貴女、前そう言ったでしょ?」


「・・・ん。言ったね、確かに。」


「…だから、触れてみたら、もう少しはわかるかもって、思った…のかも。」


「ふーん……で、少しは、わかったの?あたしの事。」


「・・・馬鹿だって事は、わかった。確定ね。」


「うわぁ、ひっど・・・」


「あと・・・貴女は、思ってたよりずっと優しい人なんだって事も。」


「今更、ですかー?」


「そ、今更。でも、それって、汀の自業自得よ?普段が普段だから。」



「うわー…そりゃ、手厳しー…じゃあ、もっと優し〜くしましょうか?」



そう言い終わり、上半身を起こし、私を見下ろす汀の唇は弧を描いた。

どうやら、彼女の中では”休憩”はもう終わりらしい。



いつもの不敵な笑いを浮かべる、喜屋武汀。



「…私も…今度は、優しく噛むわ。」


「…いやいや、噛まないでよ。結構、痛いんだから…」




お互い笑いながら、指を絡ませ手を繋ぎ、目を閉じてキスをする。


汀の柔らかい唇は、触れる度に心地良さを与えてくれる。

私も…汀に与えられるようになるだろうか…。




「…オサ、寝かせないわよ…成功、するまで。」



案外、根に持つタイプなのか、汀は微笑みつつも、目はちっとも細められる事も無く、笑ってもいなかった。

ふうっと息を吐いて、私は汀に言った。



「…大丈夫よ…汀、失敗もしてないじゃない。」



「…え…?」



「……あのね…さっき、気持ち良かったトコ、あったから………だから…

 あ、これは……別に、フォローじゃ、なくてね?

 まだ、何がどうなのかって、よく分からないんだけど…その…嫌じゃなかったし…」




私がそう言うと、汀は目を丸くしたが、やがて柔らかく微笑みながら、言った。









「…ありがと、オサ……大好き。」







「…ッ!?」






彼女の発したその単語に、私の全身が瞬時に熱くなった。

胸の奥が、締め付けられて痛くなる感覚。


それは傷ついて、感じる痛みじゃなくて…もどかしさから来る痛みに似た


相手を求め、もっと近くで感じたいという…”欲求”のサイン。



それに気付いたのか、どうかは解らないが、汀はゆっくりと私の身体を手のひらで撫で始めた。



「…んじゃあ、早速…始めましょうか?………アレ?オサ…なんか、ココ濡れ…」



「い、言うなッ!馬鹿ッ!…だ、誰のせいよ!あんな事言うからッ―――!」



「あー…そっか、オサは言葉責めに弱いタイプかぁ……通りで舐めても…」


「言うなッ!それに別に舐めても大丈…いやそれはいいのっ!ああーッ!もうッ!」



「そうか、オサは…言葉責めと舐める方が…」


「だからっ!分析するなあああああああああああ!!!」







・・・・・汀の言うとおり、それは、長い長い夜の始まり。











END




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あとがき。(言い訳3)







・・・テンポ悪。と思った方、その通りです。


グッダグダです。ちょいエロも何もあったもんじゃありません。

ちょいは、やっぱりちょいです…この位が神楽みたいなモンには丁度良いというか、限界です。



しかし…テンポ良く進む方が、逆に不自然かな〜と思ったり。



グッダグダだけど、彼女達なりに考えて、話し合って、進んでいって…

成功しようが失敗しようが、最初から、彼女達には、どうでも良かったりして…

結果的に、彼女達が幸せにラブラブしてくれりゃ良い!恥ずかしい会話を書かせろ!

…そんな話もあってイイじゃない!って、自分の脳内会議で勝手に決めました。


何気に、汀に『大好き』って言葉を、今回初めて言わせてみました。

こんな時くらい、言ってあげて、と。




・・・要するに、神楽の精一杯の自己満足作品です。



散々待たせて、コレなんですけど…ね…。

申し訳ないです。

誤字脱字は、見つけ次第、ちょいちょい修正していきます。