私の個室には、まるで”全員集合”を掛けられたかのように、お馴染み女難チームが勢ぞろいしていた。




門倉さん・かもめさん・花崎課長・阪野さん・伊達さん・海お嬢様・樋口(元・総長)さん


・・・あとは・・・


・・・やっぱり、思い出せない・・・見た事はあるんだけどなぁ・・・最後の誰だ?  ※注  君塚さん。



とにかく、平日の午前と午後の間に。

女難の皆様は、仕事(もしくは学業)もせずに、私の病室に雁首揃えて立っている…。



(ど、どうして…ココが…!)


私の心の中は、『パニック☆フェスティバル』開催中だった。

精神性発汗が起こり、掌はジワジワと嫌な汗で湿っていき、身体はカタカタと震えだした。



腹部の痛みもさることながら…それを凌ぐ”恐怖”…大人数の”人間”が…人嫌いの私を探しているのだ。


大体、いつ、どこから、この情報が漏れたのだろうか…!?


誰にも知られていないはずだ……まさか、隣の伊達さん経由か…?

・・・だとしたら・・・かもめさんと樋口さんに連絡なんかとれる筈も無いし…!

高橋課長経由だとしても、やはり会社関係者でもない人には、連絡がつかない筈…



じゃあ…一体…どうして?




・・・まさか・・・あ〜んまり考えたくないけれど・・・




彼女達も、私と同様…なんらかの”センサー”みたいな感覚があって、私の位置を把握できるんじゃ…




「…あら、いないの?」・・・と言って、髪をかきあげたのは、阪野さん。

「みたいね。」・・・と言って、私のベッドに腰掛けたのは、海お嬢様。

「…やだ…久々の再会でいきなり放置なんて…焦らすのですね…水島様は…」・・・とドM発言したのは、かもめさん。

「…どうして、旅館の若女将がここにいるの?」・・・とツッコんだのは、花崎課長。

「知らないけど、みんな、みーちゃんの知り合い?」・・・と相変わらず、空気の流れを読まないまま、発言するのは、伊達さん。

「みーちゃんって…なんか、貴女、馴れ馴れしいわね…。」・・・と・・・・・・・誰かが言った。 ※注 君塚さん。




(・・・・・・・・・・・。)


女達は、それぞれ互いの顔を見て、空いたベッドを見ると、溜息をついていた。


気まずい沈黙・・・。



(……いや、それはなさそうだ…。)


彼女達は、私の病室は突き止められたが、私の居場所がわからないらしい。


やはり、誰かが、彼女達に情報を流したのだ。





「…ココ、水島さんの病室ですよね?」と門倉さんが、柏木さんに確認をとった。


「え、ええと…はい、確かに水島さんの個室はこちらですよ。」


さすがの柏木さんも、この大人数のお見舞いには、いささかびっくりしているらしい。


いや・・・見舞われた本人も、びっくりな状況だよ。びっくりというより、驚愕の状況に、精神限界ですよー。





「「「「「「「「・・・というか、貴女、水島さんの何?」」」」」」」」




・・・・・・・・・・怖。



(怖いですよー…声もキレイに揃って…皆さん怖すぎですよー…)



「わ、私?いや、あの・・・私は・・・水島さんの担当のナースですけど・・・」



ロッカーの上のダンボールの穴から見えたのは、まさに大奥並みの地獄絵図の光景…。




良かった・・・隠れてて・・・いや・・・良かったのか?隠れて、こんな光景見てしまって・・・

下手こいて、見つかれば…色々な意味で・・・終わる!!(…気がする)




・・・怖い・・・この状況は・・・とてつもなく、怖い・・・怖すぎる・・・!!






「まだ、ベッドは温かいわね…」と花崎さんは、ベッドに手を置いた。

「つまり、さっきまでここにいた、と。」と阪野さん。

「じゃあ…トイレかな?」のほほんと、そう言ったのは伊達さんだ。


女性達は、ベッドの周囲を見回しながら、私の姿を探していた。




”ゴクリ…。”


その姿を、ロッカーの上から見ていた私は、息を飲んだ。


(…だから、怖いって…!何?皆様のその捜査能力…!)




・・・なんか、私・・・・・・忠臣蔵の・・・討ち入られた”吉良上野介”の気分・・・。




背中にツラッ…と汗が流れた。

痛みか、暑さか、精神性発汗か…もう、何がなんだかよくわからない。





「…オイ、ちょっと、アンタ。」



さすが元・総長…樋口さんは、一番年下なのに…貫禄十分のガンをつけて…柏木さんに詰め寄った。

セーラー服なのに、何なの?あの貫禄…!


・・・柏木さん、あのままカツアゲされるんじゃないか、と思うくらいだ。


「はい?」



樋口さんの声に振り向いた柏木さんを、女難チームの皆さんが、一斉に取り囲む。




「「「「「「「「ここにいるはずの、水島さんは?」」」」」」」」







ロッカーの上のダンボールに、息を殺しながら、身を隠している…今の自分も、OLっぽくなくて、怖いけれど…




今は、この状況こそ、怖い!

ああ、もう…落ち着いて、私の精神…ッ!止まれ!私の発汗!!


・・・が、がが頑張って!・・・柏木さん!看護師としての柏木さん!頑張ってー!




「あ、はい・・・今、ちょっと・・・病院内歩いているんだと、思います…けど…」



・・・が、がが頑張って!・・・柏木さん!

看護師としての柏木さん!頑張ってー!負けないでー!もう少しー!最後まで、はぐらし続けてー!


というか、皆さんおのおのの生活の為に、仕事をしろー!学校へ登校しろー!!




つーか、帰れええええええええええええ!!!



・・・と、叫びたいが叫べない。




”小心者の私”の腹部には、昨日切開したばかりの切り傷を縫合している糸がある。

…力いっぱい叫べば…切れてしまうかもしれない…。

いや、大体…力いっぱい叫びたくても、小心者の私に、この状況で叫びながらのツッコミは無理だ。



(…油断していても、しなくても…私、女難から逃げられないのかしら…!)



人嫌いの私が、こんな大人数の女難に囲まれたら…精神性発汗どころか、失禁してしまう!!!



・・・・・・・・・・いや、さすがにそれは、無いかな・・・ちょっと、オーバーに言い過ぎたわ・・・。



 ※注 今回、こんなネタばっかりで申し訳ありません。




いや!それでも!!とにかく!!!


私は、今…女難の皆様に見つかるわけにはいかない…!

長期戦になるかもしれないが、仕方が無い…ここは、ジッと隠れ続けるしか…ないのだ!!


(私は、今…ロッカーの上のダンボール…ロッカーの上のダンボール…。)


そう、自分に言い聞かせながら私は、ひたすら…どこかにいるのか、いないのかわからない存在に、祈り続けた。


我ながら、情けない姿だ…。

出来る事なら、誰にも見られたくは無いが…この状態のまま、大地震や、津波や隕石落下で、死んでしまうのもゴメンだ。



(…早く帰りますように…見つかりませんように…)



ロッカーの上のダンボールこと、私は…このピンチの時間に、よりにもよって、とんでもない感覚を感じてしまった。



(・・・・・・・・あ・・・・・トイレ行きたい・・・・!)


目が覚めたら、トイレに行くのが日課の私…。

こんな時くらい・・・日課なんかどうだっていいのに!私の身体は、忠実に尿意を訴え始めた。




(精神性発汗 + 脂汗) × これから失禁の可能性 × 縫合後の痛み。



…この状況で風呂も入れない私の身体は、汚れていくばかり…!


もう、毛穴ばかりじゃない…。私は今、開いてはいけない穴から、出してはいけない液体まで…



 ※注 …繰り返しますが、今回、こんなネタばっかりで本当に、申し訳ありません。





「どうしようか?」「待つ?」

「トイレかもしれないし…」


相談を始める女難の皆様。

相談より、帰って頂きたいのだが…(トイレにも行きたいし…)。



ロッカーの上の私は、待つしか出来ない。



(ヤバイ…早く行かないと…マジで、漏れるかもしれない…。)



ここから、トイレまで25分・・・ロッカーから降りる時間を考慮に入れても……どのくらい持つか…!!!



・・・私は瞼をキツく閉じ・・・考えた・・・。





自分のポリシーを貫くか・・・成人女性の面子を保つか・・・!




・・・いや・・・・どっちも貫きたいし、保ちたい・・・っ!!(泣)




(……頼む…帰ってくれぇ…!)



いや・・・元々、この状況に自分を追い込んだのは・・・私自身。


自業自得、だ…。


こんな大ピンチになるくらいならば、素直に女難の皆さんに顔を晒した方がマシだったのか…?


…逃げても、女難はやって来る。わかっていた事じゃないか…!!




後悔は、反省に繋がるが…今、ここにあるピンチを乗り切る為には…後悔など、何の役にも立たない。



「あの・・・貴女が担当の看護婦さんなら…水島さんの病気知ってるんですよね?」



ふと、花崎課長が、重い口調で柏木さんに話を振った。


「え?ああ・・・はい。勿論です。」


病気って、ただの盲腸だ…今は、膀胱炎の危機だけど…。と私は心の中で、ツッコミを入れた。


「…で。具合、結構、悪い訳?」


海お嬢様がベッドに腰掛けたまま、重い口調でそう言った。

いや、だから。

私、ただの盲腸ですけど・・・。と私は心の中でツッコミを入れた。


「え?いや…」


柏木さんも、多分私と同じ事を思っているに違いない。





『只の、盲腸なのに・・・何?この人達の、重い空気は・・・!?』・・・と。





「こんな大人数で押し掛けるのは、正直、迷惑極まりないのは解っているんだけど…」

阪野さんは、口元に手をあてて、同じく重い口調でそう言った。


「病院に着く前は、まさか、こんなに大人数になるとは思わなかったんだよ。」

樋口さんは、短い髪の毛をかきながら、そう呟くように言った。


「…ええ。でも…私達、心配で…やっぱり、訪ねてみようって…」

門倉さんは、小さい声でそう言った。


「ええ…どうしても、一目お会いして置きたかったんです。勿論、病気の事も、お聞きしたかったし…。」

かもめさんは、俯いたまま、静かに落ち着いた口調でそう言った。


「…電話では、かなりひどかったらしい、としか聞いてませんでしたので…。」

謎の女の人は、真剣な顔で、そうまとめた。・・・だから、貴女は誰なんだ? ※注 君塚さん。




「教えてくれませんか?…みーちゃ・・・いや、水島さん、治るんですか?」

と伊達さんは、いつもののほほんとした口調ではなく、真剣な口調で…柏木さんの服を掴んで言った。




(・・・・・・・!)




どうやら、彼女達は、私がただの盲腸で入院しているとは、知らないらしい。

そして、誰かからの電話で、私の入院がバレてしまっていたらしいが…病名だけは伏せられていたなんて…。

…誰だ?そんなややこしい電話をしたのは…。


いや。


・・・私が、本当に気になった、というか…反応したのは、そこじゃない。




私が、彼女達の会話で、一番気になったのは……この私が・・・他人から、心配されてる、という事だ。



正直、私は…驚いていた。

好意を抱いてくれているのだから、心配するのは当然・・・と普通なら考えるのだろうか?


(…只の、盲腸だってのに…)


知らぬがなんとやら、だ。

普段の私なら、滑稽に映るだろう彼女達の”心配”・・・。



だが、今の私には、どうしても、彼女達のソレを、ただの滑稽だと片付けられなかった。

初めての盲腸で、どうかしてしまったのか?私は…。



そうだよ。私は、只の盲腸なのに。


…皆、なんて顔をしているんだろう。



ダンボールの小さな穴から、それが…見えるのだ。


私ときたら…只の盲腸で入院した挙句、女難が来ると思って逃げようとして

こんなロッカーの上のダンボールの中で、尿意を抑えているしかない、馬鹿をやっている…というのに。



彼女達は、こんな私の最低な一面も知らないまま、私を心配して、わざわざココへやって来た。


私は、こんなに彼女達を避けているというのに。



…彼女達は…私を…。



「…いや、水島さんは、只の盲腸ですよ。大丈夫です。5日くらいで退院できますし。」


柏木さんは、苦笑いしながらも、女性達に安心して下さい、と微笑んだ。


(そ、そうそう…只の盲腸だから…)





「盲腸…」「ふぅ…そうなの…。」


・・・そうそう、只の盲腸だと聞いたら、普通は”なぁんだ”とリアクションが・・・


「・・・良かった。」「ええ、そうね。盲腸だって聞いて安心だわ。」

「いやぁ…盲腸かぁ…災難だったなぁ、水島。」「水島、らしいといえばらしいわね。」

「でも、盲腸ってかなり、痛いのよ?」「えぇ・・・?」

「私も経験あります。…でも、あの痛みはあんまり気持ちよくは無いですよ。」

「あの、かもめさん…一体、何の話ですか?」


「あぁー…ホント…」




「「「「「「「「・・・・良かったー・・・。」」」」」」」」





(・・・良かったって・・・・・。)




・・・・・・私は、人が嫌いだ。



いつも他人の笑顔は、作り笑顔か、いつも自分をけなすか、誰かを嘲笑う為にあるとすら、思っていた。


彼女達はいつも、突然現れて、私に近付いてきて…ややこしい存在で。


好きだ嫌いだも、私は関係なく…一人でいたい私には…彼女達の存在は…必要ないわけで。




逃げて。

隠れて。


突き放して。




なのに。




…こんな私を…どうして、みんな…呪われただけの…こんな私の心配をする?


…社交辞令、か?これも、呪いの効力のせい、なのか?


彼女達の心配も、気持ちも、笑顔も…私の呪いの効力上でしか、存在しないものなんだ。


そうだ。私が、呪われていなければ、こんな風に思ってくれる人なんか…私には一人もいないのだ。




『…アタシと儀式しましょうよ…。』




ふと、火鳥の言葉が浮かんだ。

恋愛関係なんて結ぶ事無く、後腐れもない、女難から逃れられる方法。


火鳥と、縁結びの儀式・・・自分の歳の数だけ、性行為をする…




『…何、悩む必要があるのよ?どうせ、貴女もバカな女に振り回されているんでしょう?

 迷惑してるんでしょう?アタシも同じよ。男女問わず、人間と一生を共にする気はさらさら無いの。

 ロクでもない人間にばかり、好かれて迷惑極まりないわ。』




・・・それは、どっちが?


本当に、ロクでもない人間は、彼女達か?



・・・自分勝手は、どっちだ?


本当に、自分の勝手でしかモノを考えていないのは、彼女達か?



解っている。

私は、自分の為に生きているのだから。

人を想うことを、人と関わる事を、否定してきたのだから。



そして、そのせいで…呪われたのだから。



コレは・・・私が、自分で選んだ結果、なのだ。



…呪われている自分だけが、カワイソウな存在だと思うな。



彼女達は、私の呪いの効力に…引き寄せられているだけなんだ。



…呪いさえ解けば…そうすれば、彼女達が、呪いの効力に惑わされて…こんな私の所へ来る事はないのだ。

こんな・・・こんな私の元になど。



…自分の為にも、彼女達の為にも…早く、この呪いを解くのが、ベストなんだけど……

彼女達の為に、なんて言っても…自分の歳の数だけ、誰かと性行為するなんて真似…今の私には無理だし、したくないのが本音だ。


やはり、それはまぎれもない、自分の保身だった。



『…だから、偽善者なのよ。アンタは。』



…火鳥が、頭の中で、そう嘲笑った様な気がした。


…偽善者…確かに、私は、そうなのかもしれない。


結局。


私は、自分の事を考えているから。

自分の為に生きているのに、中途半端に、彼女達の事を考え、それでもやっぱり自分の事を考えている。

火鳥のように”女性を利用する”などと考えない自分を…


・・・ほんの少しだけ、人間として偉いかも、なんて考えていた。



浅はかな偽善者。


自分の事を心配してくれる彼女達を見て、逃げ回っている自分は、罪悪感を感じた。

その罪悪感から逃れる為…私は、彼女達を利用しないだけなのだ。



考えてみたら…火鳥にも、こんな風に心配してくれたり、想ってくれる人がいるのだろうか…。

…いや…火鳥も私も…別に…好きでもない人間なんかに、想って欲しくはないんだけど…。



いや、だからって。



……それでも…やっぱり、自分を想ってくれている人を利用しようだなんて、私は思えない。


そんな人を利用してまで、したい事なんか、私には何も無いから。

私は、人と関わりたくないだけだ。



こうして、改めて彼女達を見ていると、やはり火鳥の考え方は、受け入れられない。

少なくとも、彼女達の自分への好意は、呪いの効力でしかないのだから。尚更だ。



たとえ…呪いの効力だとしても…そうではなくても……今の私は、最低なヤツである事に変わりは無い…。



私は、ダンボールの穴から見える景色を、瞼を閉じる事で塞いだ。


今、この自分の情けない状況下で、彼女達の顔は、見られない。


…会わせる顔など、ない…。


「…とりあえず、安心したから帰るわ。このまま待っているのも、ね。」

「私も、仕事あるし…。せめて、直接渡したかったけど…」

「私も…あ、これ…看護婦さん、お見舞い置いていきますね。」

「あたしも、単位ヤバいし…。見舞いの品、ココ置いていいわよね?置くわよ。」

「…学校、午後の授業までサボッちまうと、さすがになぁ…。アイツMD持ってるかなぁ…。」

「…え?みんな、帰っちゃうのー?私も夕方から出勤だしなぁ…着替え、置いていこ。」

「私も、お暇いたします…お見舞いの品は、こちらにまとめて置くのはどうでしょうか?」

「あ、それ良いですね。じゃあ…」



私が盲腸だと安心して…女性達は帰っていく。



”バタバタバタバタ………パタン…。”




賑やかな複数の足音が去っていく。




私は、逃げ切った。

女難、というよりも・・・単に私を心配してくれただけの女性達の気持ちから、逃げ切ったのだ。




・・・なんというか・・・今日という今日は・・・自分にガッカリした・・・。




・・・自分の偽善者な部分を、自覚した。




個室には、誰もいない。

…大人数がいたせいか、今は、妙に広く感じる。


さっきまで、談笑していた彼女達の香水の匂いがわずかに残っていた。

花束やMDやら、果物・ぬいぐるみ・小説等……彼女達からのお見舞い品が、並んでいた。


品はそれぞれ違えど…共通していたのは…『水島さんへ』と宛名の書かれた手紙らしきものが、添えられていたことだった。



(…悪い事、したかな…。)



・・・・・・・とりあえず・・・。



(…トイレ、行こ…)



私は、ダンボールから出ると、ロッカーからそうっと降りる。



「ぐぬぬぬぬぬぬぬ…ぬ、がぁ…あ…○$△¥■*…グ…えぇぇ……」



ズキズキと痛む腹部に、尿意を訴え続ける最悪な身体を抱えて、私は言葉にならない苦痛の声を上げた。



「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・ん?」


ベッドに両手をついて…私は息を整えた。

何気なく、ベッドの端を見た私は…”違和感”を感じた。


(そういえば、柏木さん…ここら辺に手を突っ込んでいたな…。)



一体…何、していたんだろう…?



「!!・・・・・・・うっ!!」



(・・・・・何か痛い・・・何もかもが痛い・・・!!)



腹部の痛み、膀胱の痛み…緊急事態発生…!



(…今は…成人女性の誇りを…守るのが先だ…!!)



…私は、個室から出ると、出せる限りの最高速度で、トイレを目指した。


・・・と言っても・・・3歳児の三輪車と同じくらいのスピードだが・・・。






(・・・くっそぉ・・・ほんとに、今日の私は、情けねぇ・・・!・・・あ・・・ダメだ力むと…なんかダメ・・・!!)




 ※注 今回は、下ネタオンパレードで本当に申し訳ありません。











「…で。何の騒ぎだったの?」



「…え?」


夕方。

私の元に回診という名の暇つぶしをしに来た、烏丸女医がそう聞いてきた。




「…ナース達が、面白そうに話してたわ、貴女の個室で、あふれかえる女性軍団の事。」


クスクス笑いながら、私を上目遣いで見ながら、烏丸女医は一応、私の傷口を診てはくれた…。



(・・・仕事しろよ、白衣の悪魔共・・・。)

と荒んだ心の中で私はツッコミを入れた。


「………ああ…あれ…ですか…」


昼間の出来事は、あまり…思い出したくないな、と思いつつ…私は窓の外を見つめて誤魔化した。


「…随分、熱心ね…もしかして、貴女のファン?」

「…さぁ…。」


私の素っ気無い返事に、烏丸女医は黙った。


そして、一通り私の傷口を診ると、窓を開けタバコに火を点けた。

私も自分のタバコを取り出し、口に咥えた。


烏丸女医は黙って、私のタバコに火を点けてくれた。


「どうも。」


2人で煙を、窓の外へ吐いた。

黙っていた烏丸女医が再び、口を開いた。


「……ねえ…水島さんって、本物……あ、いや、こういう聞き方は失礼ね、ごめんなさい。」

「…本物…?」


「えぇと…レズ、かな?って…」

「・・・・・・・・・・・・・。」


・・・まあ、あんな状況を見たら・・・ね・・・。

いや、だからって勘違いされても困るんだが…。


黙った私に、烏丸女医はすぐさま謝った。


「あぁ、ごめん、なさい…。」

「いえ。気にしてないです。」


私は、目を細めた。

そんな私の様子を見て、烏丸女医も目を細めた。


私との相違点は、彼女は笑顔で、私は無表情だという事。


「…でも、水島さんって、皆から慕われてるのね…あんなにたくさんの友人に囲まれて…私、羨まし」

「それは、違います…」


烏丸女医の台詞の途中で、私は即座にそれを否定した。


「…え?」

「友達なんかじゃ、ありません…アレは…みんな…………単に…ハマってるだけです。」

「・・・ハマ、る?」

「…流行、みたいなもんです。年月が過ぎれば、見向きもしなくなります。」


そうだ。

私は、呪われているだけ。


その呪いの効力で、彼女達は、あんな感じになってるだけの話だ。



「…ねえ、みんなは、水島さんのどこに、ハマるの?」

「それは、私が聞きたいくらいです…。」


いくら、呪いの効力とはいえ…

元々、人を惹きつける魅力の皆無な人間を好きになるのは、どうかしているとしかいえない。

というか、私はずっと人を寄せつけないよう、努力していたのに。


・・・ああ、だから、呪いなのかも・・・なーんてねーあははははー。ばーか。私のばーか。


 ※注 現在、水島さんは自暴自棄を起こし、ネガティブな表現しか出来なくなっています。



「……なんか…相当、辛そうね……やっぱり…”人嫌い”だから、ああいう人達苦手?」


ああいうも、こういうも…関係なく。

人は全般に苦手だし、嫌いだ。


「ええ。…その…人嫌いのせいで、こんな事に……」


タバコを吸いながら、自分の状況に私は苦笑してしまった。



「…こんな事って…どういう事?」

「あぁ、いや・・・。」


どうせ、信じてもらえない。

信じてもらえたとしても…私の事を、精神がイッちゃってる人だと思うだろう。

盲腸治ったら、心療内科にまわされたりして…。


「ねえ、聞きたいわ。…聞かせてくれたら…サービスするわよ?」

「……なんですか…サービスって…。」

(今時のキャバクラでも、言うか言わないかの、殺し文句だぞ…?)


烏丸女医の事をちょっとだけ、悪趣味な人だ、と思った。人の苦労も知らないで…。

いや、言ってないんだから、私の苦労等、知らなくて当然だ。



「じゃあ…冗談だと思って聞いて下さいね…。」


「…少なくとも、貴女にとっては、冗談じゃない出来事、でしょ?前置きは良いから、早く。」


確かに、その通り。

冗談話として、口にするつもりは無い。


子供にせかされるように、私は烏丸女医に、その話をする事にした。



「…始まりは、電車の中で、女子高生に、その…告白されて……」

「へえ…電車の中で?乗ってる最中に?」


烏丸女医は、興味津々と言った感じで、質問をしてきた。


「ええ…他の乗客も勿論いましたよ…それで…」


私は、遠い目をしながら、ぽつりぽつりと、これまでの女難の事を話し、時折される質問にも答えた。


縁切りの呪いにかけられた事。


これまでの…女難トラブルの全て。


…烏丸女医は、当初は明るく相槌をうち、質問をしては、嘘みたいと笑顔をこぼしていたが、やがて、その笑みも消えていった。


私の表情と声のトーンが、どんどん暗くなっていったからだ。


全てを話し終わると、烏丸女医は、すっかり、私と同様…テンションが落ちていた。


「…で、さっきのが…その…女難の人達って訳ね?」


「…ええ。」




「…ふうん…医師の立場から、言わせて貰うと…心療内科を勧めるところだけど…」


(…やっぱり…。)



「私、個人の意見は…考えすぎじゃないかしらね?」

「そうですね。気のせい、かもしれませんね」


ほーらみろ。こういうリアクションだよ。


「いや、そうじゃなくてね…。水島さん、忘れてない?…私も女よ?」

「・・・・・・・・。」


窓から、突風が入ってきた。

バサバサとカーテンを激しく振り回し、烏丸女医の髪の毛も乱した。


彼女と視線が、ぶつかる。笑顔を浮かべながらも、目はちっとも笑っていない。

私は、元から目も口も笑ってはいない。


「でも、何もしてないでしょ?」

「…ええ。でも…実を言うと…警戒してます。貴女の事。」


きっぱりと、私は言い切った。

それを聞くと、烏丸女医は髪の毛を耳にかけながら、また笑った。


「私が、貴女の女難になるかって?・・・ふふふ・・・本当に正直な人ね。」


「…失礼は承知の上ですけど…一応。」


私は、烏丸女医から貰った携帯灰皿に、タバコの吸殻を入れた。



「・・・好きにはならないわ。」


「・・・はぁ?」


マヌケな返事をする私に、烏丸女医は、そのまま視線を、再び窓の外へ移した。


「…だから、貴女の事、好きにはならないわ。ここまで話聞いておいて、私が貴女に好きだなんて言ったら

 それこそ、貴女を怖がらせるだけでしょ?馬鹿みたいじゃない。」


「・・・・・・。」

(何を、言っているんだ?このお医者さん…。)


私は、窓の外を見つめる女医を、呆然と見つめていた。


「私は、人を患者としか、みられない女だし…人間関係は既にズタボロ。今は仕事がオトモダチ。」


もしや、自分は女難チームじゃない、とでも言いたいのか?



「だから例え…そう、これは”例え”よ?」


烏丸女医は、台詞を口にしながらツカツカと歩いてきて、私の左手ごと携帯灰皿を握り、その蓋を開けた。



「…例え、私が、貴女を好きになっても、絶対に好きだなんて言わないわ。」


そう言って、吸殻を携帯灰皿へと、ぽんと入れた。

烏丸女医はそう言って、また笑った。



(・・・この人・・・変。)


私は、素直にそう思った。それは嫌悪感でも、なんでもない。

ただ、私の今までの人生では、会ったことのない人物だった。


一体、この人・・・どっちなんだろう?

今までの私の人間関係は…女難か、無関係かに分かれていたが…


彼女、烏丸忍は・・・・分類不可だ。




「…信じてくれても、くれなくても良いけどね。…私、貴女みたいな人と知り合えて、人生豊かになったわよ。

 多分…そこは、女難の彼女達と一緒、かな?」


「…豊か、ですか…?」


昼間の女難チームの顔を思い出す。

呪われただけの私に、あんな顔して一喜一憂する彼女達は…私よりも、呪われているじゃないか…。

あれのどこが…人生豊かなんだか…。


「…貴女、面白いわ。私の周囲には、いないタイプだし。」

「・・・・・それ、褒めてます?」



「うん、褒めてる褒めてる♪」


烏丸女医は、少女のような笑いを浮かべながら、私の肩をぽんぽんと叩いた。


(・・・ノリが・・・軽い・・・。)



私は、立ち上がり窓の傍へ行くと、タバコをまた口に咥えた。

すれ違うように、烏丸女医はベッド側へと移動した。


タバコに火を点けて、とりあえず煙を吸い込み、溜息のように、煙を吐き出す。



「・・・水島さん。」

「はい?」


しばらくの沈黙の後、烏丸女医から声を掛けられて、私は振り向いた。

ベッドの向こう側で、烏丸女医は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、微笑んでいた。


「・・・いつでも力には、なるわ。”友人”として、ね。」


「・・・え?」



「それくらいなら、多少は、結んでも構わないんじゃない?・・・貴女の嫌いな”人間関係の縁”ってヤツ。」


・・・・”友人”・・・・。



「・・・・・・・・・・・・・・。」


「…私は、貴女を利用してレズを装ってる。貴女も私を利用していいのよ。」



・・・・”利用”・・・・。





『女は使いどころが色々あるしね。他人に利用される前に、アタシが利用してやるのよ。

 あそこまで、好かれたら、貢がせたり、会社の情報持ち出すのも、簡単でしょうね…せいぜい、骨の髄まで利用しつくしてやるわ。

 どうせ、呪いが解けたら、元通り。馬鹿女共は、寄り付かなくなるんだし、ね。』


・・・火鳥の言葉が、この所、妙に頭に響く。

そんな事したくない、と否定的な考え方を持ちつつも…



・・・もしかして・・・。


・・・私、自分の為に人を利用する事を、実は望んでいるんじゃないのか・・・?




この女難から逃げる為に…私は、烏丸先生を、利用…


そこまで考えて私は、頭を振った。



「…烏丸先生の事情に”協力”はします。けれど・・・私は、一人で大丈夫です。」



「あらまぁ・・・頑固ねぇ。」


烏丸女医は、”フラレたわー”と言って、笑った。




「私…友人関係は…利用じゃなくて、協力だと思いますから。」



私は、言い訳がましく…そう付け加えた。

そう言った途端に、なんてクサイ台詞を口走ったのか、と恥ずかしさが全身を駆け抜ける。

一応、その発言で私は、烏丸女医の友人関係の提言を受け入れた、という形になる…。


私は、おそるおそる、チラリと烏丸女医を見た…彼女は、こちらを見て笑っていた。





「・・・・・なるほど。覚えておくわ。



 ありがとう・・・水島さん。」





一方、ありがとうなどと言われた私は…複雑な気分を抱えていた…。

何が、ありがとうなのか、全くわからないが…。


”友人”が出来ても、私は…やはり、一人で自分の人生を生きていくという、ポリシーは捨てられない。


友人として、協力はしよう。そして、友人として、利用はしない。

何がどう違うのか?と問われたら…私は、自分がそうされるのが、嫌だからだ。


どうせ、退院したら、赤の他人だ。

・・・それは、例え・・・形だけの、今だけの、友人関係だとしても。



 『自分にされて嫌な事は、人にはするな。』 ・・・・父が教えてくれた事で、唯一、私が覚えている言葉だ。



実際、人には嫌な事を私は、しこたまされている。私は、それから逃げて、隠れて、受け流して生きている。


他人がしても、私はしない。

それでいい。

それで、そいつらと繋がりが切れるなら、私はしないで、無視を決め込む。



・・・それが偽善だろうとなんだろうと、私はこの生き方は変えない・・・。




・・・いや、変えられない。




「じゃあ…何かあれば、ナースコールで。」


そして、烏丸女医は”そろそろ働きますか”、と言いながら、ドアに手を掛け、個室から出て行った。



私はその後。

一人、タバコを吸いながら、煙で輪を作ってプカプカのん気に遊んでいた。










(・・・暇だなぁ・・・)





夜になり、味気ない食事を済ませた私は、また個室を出た。


「あ、もしもし?お母さん?」


私は7階の電話コーナーにいた。

トイレよりも遠い場所にあったので、これまた苦労したが。




『盲腸やったんだって?大丈夫なの?』



遅っせぇなオイ、と思いつつ私は答える。



「・・・・大丈ー夫。」



一応、家族には連絡しておこう、というか・・・暇で仕方なかったし、歩かなくてはならない身だ。

とっとと、この身を治して、また女難と戦わなければいけない身だ。



『ああ、そう…なら、もう大丈夫ね…。ごめんねぇ、行ってあげたいんだけど、お母さん忙しくて。』


病気にかかっていない親に、あっさりと『もう大丈夫ね』と片付けられた、娘の私。

まあ、それは…いいや。

私だって、もう25の大人だ。親が来なくて、不安でたまらないなんて事はない。


「別に良いわよ、仕事忙しいなら無理しなくても。私だって、子供じゃないんだし。あと4日くらいで退院だし…」



『いや、仕事じゃないのよ。お母さんが、忙しい理由。』



「・・・・は?どうかしたの?」











『いや、お母さんねぇ、お父さんと離婚したから。』







母の一言に、私は固まった。



「・・・・へぇ・・・離こ・・・・・・え・・・?」



頭が真っ白になって、とは、まさにこの事だ。そして、私の耳元で、次の台詞を囁く女将は、いやしない。


私は言葉を失った。


…父と母が離婚?娘に何も言わずに?いつの間に?一体どうして?



『それでちょっとね、ゴタゴタして忙しいのよ〜…

 あ、じゃあね?健康に気をつけてって、病院にいるんだから大丈夫ね。ぶはははは!

 はい、は〜い。』


娘の焦り等、露ほども気にせず、母は明るく笑って、電話を切ろうと”はいは〜い”をくりかえした。



「ちょ、ちょっと!お母さん!?何笑ってんの!?はいは〜いじゃなくって!!

 離婚って!?ねえ!何で!?お父さんは!?ちょっ・・・なんなの?一体なんでまた・・・!」





”ガチャ!・・・ツー・・・ツー・・・”



・・・娘の声空しく・・・電話機の向こう側からは、ツーツーしか聞こえない。


私は、電話が切れているというのに、先ほどまで電話の向こう側で、たわけた事をぬかしていた肉親を呼び続けていた。


「・・・お・・・・・・・・・お母さん?お母さん?・・・お・・・おか・・・」



”・・・ツー・・・ツー・・・”





「…こンの…クソババアああああああああああああああああああ!!!」





”・・・ブチ・・・♪”




「――――ッ!!!!」






その、音は…私が、最も恐れていた音だった。





「・・・・・・・・・・あ、開いた・・・腹・・・が・・・ぁ・・・。」




渾身の叫びは、母に届く事無く、私の腹部がちょっとだけ・・・裂けた。



私の叫びに驚き、飛んできた柏木さんに、目いっぱい怒られながら…


・・・その後すぐ、私はまた烏丸先生の手で、再手術する事となった。











     現在…水島さんは、治療中・・・。









・・・END・・・








と行きたいところだが…。







実は、まだこの話には、続きがある。



しかも、私の知らない場所で、ひっそりと・・・。





病院の裏口で、その人は、夜空を見上げていた。



「…もしもし?柏木です……ごめんなさい、連絡遅くなっちゃって…ええ…今、終わった所。

 ・・・今から会えます?え…あ、そう…じゃあ、結果報告だけ、ね…。


 それが…個室に移すまでは、なんとか上手く行ったんだけど…

 ”邪魔”が入ってそれ以上は、上手く……ごめんなさい…


 ち、違うの!私、ちゃんとやったのよ?でも……予定外の事が多くて…



 ・・・・え・・・そ、そんな…!お願い、そんな事言わないで…


 私、貴女の為なら…なんでもするわ……だから…見捨てないで……」





・・・私が感じた女難のサインは、相変わらず、妙な所で正確らしい。


彼女、柏木さんは、確かに私の女難センサーにひっかかった。








「・・・お願い・・・見捨てないで・・・”火鳥さん”・・・。」







でも、彼女は…”私の”女難チームでは、なかった・・・それだけの話だ。




…私の周りの騒動は、両親の離婚騒動の最中に…ますます、ややこしい事になっていくのだった…。








水島さんは、まだ治療中・・・END




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   あとがき



雰囲気…いつも通りとか予告で言っておいて、やっぱりなんかどこか違ってますね。

…結局、下ネタと母オチで終わってしまいました。(苦笑)


前々から、女難のタイプが偏っていたので、たまには…と思いまして。

烏丸さんは、『人に興味がなく、人を患者としかみられない女性』です。だから、いつもの女難とちょっとだけ違うんです。


でも…烏丸先生は、本当に女難じゃなかったのか?というか、柏木さん何してたのか?

10回目なのに…スッキリしない終わり方ですよね…


えー・・・勿論、それらの疑問は、スピンオフで補足していきます!!・・・多分!

火鳥さんが暗躍しているのがちょっと見えた所で…今回は切ります!次回をお楽しみに―…とはいうものの、次いつになるのやら…。


・・・それにしても、水島の母、自由過ぎるゼ・・・!


目指すは、『マジマザー(〜魔法戦隊マジレ○ジャー〜より)』ぐらい、インパクト強くいきたいです。


ちなみに、表タイトルは『治療中。』 前編でのタイトルが『手術中』で、終わりで再び『まだ治療中。』になっています。

…故意にやったのか、単に間違えただけか、は…皆様のご想像にお任せします。