私の名前は、水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。


年齢は25歳。

ごく普通の、出世願望も、結婚願望もない、本当に普通のOL。




私は、人が嫌いだ。

基本的に、喋らない・目立たない・関わらないをモットーとした後ろ向きな生き方極まりない、人間嫌いのOLだ。



与えられた仕事を淡々とこなし、家に帰る毎日を過ごしていた。

休日は一人、静かな部屋で、一人静かに過ごしていた。


それで良かった。


刺激なんか要らなかった。

人との接点なんか、要らなかった。



他人に関われば関わった分だけ、嫌な思いをした。

我慢もある程度しているし、人に迷惑をかけるような行動もしていないし、まず人に関わる事はしない。




だから、他人には、必要以上に私の傍に近づかないで欲しい・・・・・・それが私の本音だ。




『縁切りの呪い』が、かけられてからというものの。


望んだわけでもないのに、私の傍には、人がいて、刺激とは呼びがたい程の苦痛まみれのトラブルが降りかかる。


接点があっても無くても、関係ない。

どこが似てるとか、共通点なんか探す必要も無い。

考え方も、好みも、どうでもいい。




人は、個体なのだ。




私じゃない時点で、全く、別の存在なのだ。

好きなもの、信じるものは、探せば一つくらい似ているものがあるのかもしれないが、その程度も人それぞれだ。




種族は一緒でも、意識や思考は、全く別の生き物だと私は思う。




そんな彼らと、一緒になりたいとも露ほども思わないし。

意識を通じ合わせようとも、私は思わない。






・・・私は、一人が好きなのだから。






こんな人間を好きだなんて、まったく、彼女達・女難チームの気が知れない…。




・・・いや、これは呪いの効果なのだ。

彼女達の本心ではない。呪いの効力で、彼女達の想いは捻じ曲げられたと言っても良い。



私の呪いさえ解けば、私の事を好きだったことすら、きれいさっぱり忘れてくれるだろう。




さて、ここで問題が浮上する。





 Q その呪いは、どう解く?





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





 A  今のところ、我に打つ手、無し。





…呪いを解く方法は…あるにはある。



しかし、その方法は…とりたくない。



歳の数だけ、両思いの同性と性行為をしなければならないという、体力的にも、15禁含有サイト的にも、”ギリギリ”の儀式だ。


勿論、そんな事、普通の女性とするには、恋愛関係になるしか手は、ない。

恋愛関係なんか結んだら、私の人生も気も狂う。



そこで・・・『火鳥』という名の女が考案したのは、『似ている考え方の”縁切りの呪い”が掛けられた者同士で、儀式を行う事』だ。



・・・私と同様・・・人を愛する気がない、火鳥という女は、儀式するにはうってつけの存在だった。



だが…私には、どうもあの女だけは、好きになれない。




・・・いや、言い方が軽すぎた。




あの女・・・火鳥は、私が、大嫌いなタイプの人間だ。





儀式云々の問題じゃない。私は、あの女と同じ道は、歩かない。




…誰かを儀式の道具みたいに利用してまで、私は…




  『アンタみたいな偽善者女、大嫌いよ』




火鳥に最後に言われた一言が、妙に頭に響く。




…誰が偽善だ…私は、最初から…自分を善だとも思ってないわ…



そうだ。



私は・・・





”・・・チクンっ・・・”






「・・・ん・・・う゛ぅ・・・・・・」



私は、ベッドの中で呻き声をあげた。

目を薄く開けるが、眠気に負けて瞼は下がっていく。


だが、それを引き止めるように”痛み”が私の意識をたたき起こそうとする。


”…チクン…チクン…”


(・・・痛い・・・痛い・・・痛い・・・)


心地良い眠りの世界から、痛みにより、私は強制的に、現実の世界へと引き戻されつつあった。

だが、私の脳は、まだ睡眠欲を捨てていない。



この痛み…眠れば、薄れるかもしれない。



・・・というか、眠くて、目を覚ましたくない。



意地でも眠ってやろうと、自室のベッドの中で私は、寝返りをうつが、痛みは治まらない。



それどころか…この痛み…




”チクン…チク、ジクン…ジクン…”




・・・どんどん、酷くなっていく。







・・・それに・・・痛みの、発生源は・・・・・・









「・・・・・・は・・・・腹痛ぇ・・・・・・ッ!」










・・・1時間後・・・私は、人生初の救急車で、病院へ搬送される事となった。











       [水島さんは手術中。]





最近、痛みといえば…女難のサインだと思っていた私は、その場から逃げたり、ベッドの中に潜り込む事で自分の身を守る

・・・一種の現実逃避癖がついていた。



それがマズかった。



痛みの発生源は、頭ではなく、腹部だった。

腹部の痛みは、移動して、右下腹部で止まり、ジクジクと痛みを増幅させていった。

痛みだけでは収まらず、ついに私は吐き気に襲われ、そこで救急車を呼ぼうと携帯の通話ボタンを押した。

ただ、痛がっていても仕方ない。


私は一人暮らしだ。自分でしなくてはいけない事は、病気の時ですら、たっぷりあるのだ…。


「くうぅ…保険証…保険証…あと…」


バッグに最低限の荷物を詰めながら、私は思う。


(こんな時、一人というのは、不便ね…)


これが、心筋梗塞や、脳梗塞の場合・・・私は救急車も呼ぶことは出来ない。

・・・リアルに自分の脳に突きつけられる・・・

『このまま歳くったら、孤独死しちゃうよ?コノヤロー』という最悪のシナリオが、頭に浮かぶのだ。



…それを回避するには…家に誰かがいるのが、ベストな状態だと普通は考えるだろう。

だが、私はこんな時ですら、自分を捨ててはいない。



・・・だからって・・・一緒に暮らしている人間がいれば良いのに・・・とか、私は断じて思わないぞ・・・・・・



断じて!意地でも!絶対に、だ!!



私は!一人で生きて、一人で死んでや・・・ぁ・・・・アイタタタタ・・・(泣)






救急車は、夜の明け方とあって、サイレンを鳴らさずに現れた。



「…歩けますか?じゃあ、行きましょうか。」


救命士の男性2人に抱えられるように私は救急車に乗せられた。

全く、歩けない訳ではなかったので、私は痛みに顔を思い切り歪ませながら、歩く。


「…うぐぐぐ…!」

「じゃあ、横になってください。」


救急車の中で、言われた通り、横になる。


冷静な救命士の皆さんに対し、私ときたら…唸るだけ。

仕方の無いことだとわかってはいる。わかってはいるが、情けない。


だが…今、女難が来たら間違いなく逃げる事はできないな、などと、頭の隅で”呪い”の事を考えている余裕があったりもする。


”…ジグンジグンジグンジグンジグン…”


腹部の痛みは、もはや私の耐えられるだろう許容範囲を超えていた。


「・・・う゛ぅ゛―…くく゛ぅ・・・ッ!?」


(…ヤバイ…死んでしまうかもしれない…)



…たかが、腹痛。


単に便通の問題なら、腹痛は辛いが、大体出せば済むのだが、痛い時はトコトン痛みに体が支配される。


自分が摂取した食べ物を、頭に思い描き、アレが原因かとか、組み合わせが間違っていたかとか

もう2度と原因の食べ物を食べるものかとか、伊達さんの手料理は二度と喰うか等、色々考える。


  ※注 だが治ってしまえば、何事も無かったかのように、伊達さんの料理以外の食べ物は、再び口にする水島さん。



そして、腹痛に支配されると、私は自分を苦しめている元凶を、腹掻っ捌いて取り出してやろうかという

…自虐的で危ない発想まで浮かんでくる始末だ。


正○丸は、私が幼い頃、母に歯痛の際、奥歯に詰め込まれて以来、臭いが嫌いで飲みたくないし…!

月に一度のアレでもないし・・・!


・・・今回の腹痛は、単に便座に座って、長期戦覚悟で踏ん張って済む問題じゃない・・・!


 ※注 微妙な下ネタでスミマセン・・・




特に大きな病気も、怪我もしてこなかった私にとって、未だ経験したこと無い・・・

腹痛にしては、最大級の痛みが襲い掛かっているのだ。




救命士のお兄さんが、痛がる私をいたわりつつ、問診を行う。

そんな事より、腹掻っ捌いてくれ、と自虐的なコメントを言いそうになりつつも、問診に答えていく。



(…痛みに意識を集中させてはダメだ…もっと…違う事を考えよう…)


こうなったら、病院に到着するまで、精神力で乗り切るしかない。


要領は、愉しいことを考えて、乗り物酔いを防ぐ・・・そんな感じだ。



しかし、痛みで叩き起こされ、痛みに思考能力を支配されつつあるギリギリの私が、考え付く事といったら・・・



♪ジャンジャンジャーンジャンジャージャン…♪



私は・・・繰り返し・・・頭の中で『ヒゲダンス』の事を考えた。


あのテーマソングを頭の中で繰り返し、流し続けた。

2人の日本の有名コメディアンが、ヒゲをつけて、あのリズムに合わせて踊りながら、グレープフルーツとかフォークで、アレしちゃう、アレだ。


…イテテテ…なんか、成功するとアレで、失敗するとアレな…ヒゲのアレ…

あぁ…痛いなぁ…ちくしょー…ヒゲ、いや…腹が…


 ※注 只今、水島さんは極度の腹痛により、説明がいい加減になっております。ご了承下さい。



”ジャンジャンジャーンジャンジャージャン…” ※ ヒゲダンスのテーマだと思ってください。


なんで愉しい事を連想して、ヒゲダンスなんだよ…!

あぁ、そうそう・・・痛みのリズムと、ヒゲダンスのリズムが不思議と合う…………






いや、合っちゃダメだろ!!…ダメ…!余計、痛みに集中しちゃうじゃないか…ッ!!!

痛ってえええええええええええええええええ!!痛てぇな!もうっ!!


チクショウ…!なんて貧相な”愉しい連想”なんだ・・・!自分で自分が情けないわ…!!



「・・・うぐううううぅーッ!!」



私は、歯軋りをしながら、必死に痛みに耐えた。


そんな必死な私の耳に飛び込んできたのは、救命士のこんな会話だった。


「…え?○×病院、ダメ?…くそ…じゃあ次だ次!」

「この近くだと…△□病院ですね…○×より遠いですけど…」

「こうなったら仕方ない、連絡とってみよう………ええ!?…空きのベッドがない?そんな馬鹿な…!そこをなんとか…!」

「…苦しんでる患者がいるんですよ!?」

「…くっそー!どうしてもダメか…!次だ次ッ!!」




「・・・・・・・。」


運転席から聞こえる不穏な会話に、思わず私は、隣の救命士の男性を見た。




「・・・・・・大丈夫ですよ、すぐ着きますからね?(ニコ)」

「・・・はい・・・。」


爽やかな笑顔で、救命士は安心して下さいと言った。

私は、はいと返事はしたが、心の中で叫んだ。






・・・こンの、ウソツキめがぁああああああああああああああーッ!!!





更に、救命士達の会話は、熱くなる。


「くそ!どいつもコイツもッ!満床満床って…ッ!」

「患者の命をなんだと思ってんだッ!!こうなったら、ぶっ飛ばせ!K病院行くぞ!あそこなら…」

「…そうだな!もう、そこしかないな!!」


男達の熱い会話の後、救急車は再びサイレンを鳴らし、道路を爆走し始めた。

私は、今すぐ降りて、自分の腹を掻っ捌きたい気分でいっぱいになり…もう、ダメですと、首を振りながら隣の救命士の顔を見た。




「…大丈夫ですよ、ホント、あの…ホント!すぐですからね!(必死な笑顔)」




(・・・・・・私、ホントに死ぬかもしれない・・・)



・・・・なんか・・・・現代医療の闇の部分が、少しだけ見えました・・・・。




※注 このお話はフィクションです。作者は、医療機関に喧嘩を売るつもりは一切ありません。





苦しむ事、30分。

今までの人生で、もっとも長く感じた30分だ。



熱いレスキュー魂の男達の懸命な走りによって・・・どうやら、私は生きたまま、K病院に到着したらしい。


だが、私は目を開けて、周りを見る余裕すらなかった。

脂汗が、ただただ流れ、お医者さんが、さっと現れて、この痛みをササッと消してくれる事を願った。

消毒薬特有の臭いに、パタパタと聞こえる複数の足音。


やがて、私の身体を触診する手が触れた。


「…烏丸(からすま)先生、CTです。」


「うん…うん…これは、急性虫垂炎、ですね…。

 えー…水島さん…ここまで症状が悪化してるとなると、手術しかありません。

 これから手術を行います。・・・宜しいですか?」


「・・・はい・・・」


私は、手を顔の上に置いて、やっぱりか…と思った。

やはり、普通の腹痛じゃなかったのね…。



医師からの説明を受けながら、私は、誰の顔も見る事無く、ただ弱々しく返事をし続けた。



「我慢せずにもうちょっと早く来てくれたら、良かったんですけど。薬でちらすって事も出来ますし。」



「・・・はい・・・」

(・・・それは、患者を拒否した病院に言ってくれ・・・。)


これまでの経緯を説明する気には、なれない。

…私は、ぐったりと痛みに負けながら、力なく返事をし続けるしか出来なかった。


今、医療ミスされても私は、抗議する元気も無いし…。



・・・とっとと、楽にしてくれ…へ、へへへへへ・・・うぇへへへへ・・・


※注 只今、水島さんは、極度の痛みに負けて著しく精神が崩落しかけております。ご了承下さい。





私は、手術着に着替えるように言われた。

虚ろな意識のまま、裸になり、渡された手術着に着替え…

着替え終わると、車椅子に乗せられ、手術室らしき場所へと連れて行かれた。



私の中に流れる曲が、ヒゲダンスが…ドナドナに変わった。



私は、手術台に寝かされ、次々と人が入ってくる。

続いて、視界に入ってきたのは、私の腹部を照らすライトの光。


その光のせいか、私の視界がおぼつかないせいか、私を囲む数人の人間の顔は、よく見えない。


(なんか・・・宇宙人に解剖される気分だわ・・・)


「水島さん、これから、麻酔を打ちます。…少し痛いですけど、麻酔が効いてくれば大丈夫ですから。」

「・・・は」



”ブスリ”




「ぐはぁッ!?」



私が返事している途中だってのに、腰に突然の急激な痛み。局所麻酔だ。

少しの痛みだって?冗談じゃない…!

下腹部の痛みに加え、この痛みは、とてつもないダメージだ…


苦痛に顔を歪ませながらも、私はされるがままだ。


しばらく間を置かれて…ぼぅーっと、ただ寝転ぶ私の傍らでは、医療従事者の皆様が、お仕事をしている。


「・・・・・・。」


痛みが和らいでいくのを感じた私は、散々振り回された痛みに、ぐったりしていたので、ただ、目を閉じて、手術が終わるのを待っていた。

痛みは和らぐどころか、下半身の感覚がどんどん無くなっていくような気さえした。


「メス。」「はい。」



腹部をメスで切り開かれたような感覚が、痛みもなく、ただ伝わる。

触られているような…何かが身体に触れているような…”異物感”…腹の中を探られるような、不思議な感覚。


「烏丸先生…これ…」

「ええ、これは、酷いわね…ホラ、こんなに膿んじゃって…よく平気だったわね…彼女…」



・・・なんか、腸を引きずり出されてる感じがするけど・・・まあ良いか・・・。


・・・それより・・・



「…珍しいわね…ココまで耐えるなんて…もう少し遅かったら…ヤバかったわね…

 …はい、摘出完了。縫合に入ります。」


・・・この言われよう・・・ははは。


・・・あぁ・・・・・・私・・・ヤバかったんだ・・・へへへへ・・・。


虚ろな意識で、私は力なくそう思った。

変な意地を張って、痛みに耐えて、ベッドの中で粘らなくて良かった…。



早期発見・早期治療…そして、早期判断が、自分の命を繋ぐのね…。



・・・痛みや精神的に疲れきった私は、そのままぼうっと天井を見つめ続け、ただ手術が終わるのを待っていた。

そして、手術が終わる頃には、私の意識はぷっつりと途切れていて、眠りの中にいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



”…チクン…チクン…”


「・・・んん・・・」


ジワジワと痛みが沸いてきて、私は再び眠りの世界から、現実の世界へ引き戻された。


息苦しさを覚えて、目を開けて、息を吸い込む。

私の口には酸素マスクがあてられていた。


(うう・・・なんで・・・こんな事に・・・)


真っ白い壁。病院特有の匂い。


(そうだった…私、昨日…盲腸で手術を…)


最悪な夜明けだったな、と思い返す。

なんだか、少し熱っぽい気もする。



”…チクン…チクン…”


『…珍しいわね…ココまで耐えるなんて…もう少し遅かったら…ヤバかったわね…』



…確か…私の盲腸を摘出した医者が、私の手術の最中にそう言っていた。


(…ヤバかった…か…)



私は、右下腹部をさする。

…何にせよ…痛みがあるという事は、生きているという証だ…。

少々暑苦しかったが、ここまで運んでくれた救命士達と、冷静に治療をしてくれたK病院関係者に感謝…。



”…チクン…チクン…”



…麻酔の効果が、きれてきたのか…切られた部分が痛くなってきた。



「んん・・・イテテテテ・・・ふぅ・・・うぐ・・・」



手術をしたって事は…入院か…会社に休むと連絡しなくてはならないなぁ…

連絡は・・・高橋課長に直接、連絡した方が、事務課全員に伝わらなくて済むかもしれない。



(…女難以外で、こんなに苦しい思いをするとは、思わなかったなぁ…)



まあ、ここは病院だ…今は、ゆっくり身体を休めよう…

休めようというか…痛くて動けないし…。




「水島さーん?あ、お目覚めですね?」





私の名前を呼ぶ声のした方向へ、顔をむけると…女性が立っていた。


俗に言う、白衣の天使と呼ばれる彼女達・・・看護師・・・


「担当の柏木(かしわぎ)です。何かあったら、遠慮なく言ってくださいね?」


明るく笑いかける看護師さんは、柏木と名乗った。

ポニーテールで、健康的に笑っている。

歯並びもいいし、実に快活な印象を受ける美人だった。


…見たところ、私と同い年だろうか…若いのに、偉いなぁ…


・・・いかん、私・・・昨日の出来事で疲れ過ぎて、老け込んでしまっている・・・


「あ、はい…よろしくお願いします…イテテ…!」


頭を下げたいと思えど、身体は、まだ痛みの中だ。

腹筋を少し使う動作をするだけで、痛みが襲う。


「あ、麻酔切れたんですね…ちょっととはいえ、お腹切っちゃいましたからねぇ…

 ちょっと酷かったんで、熱出てますけど、すぐ下がりますから。

 あと、今麻酔切れて痛いでしょうけど、痛み止めは、後でちゃんと出しますからね。」


柏木さんは喋りながら、酸素マスクを外し、テキパキと周りで動いた。



「…はい…」


「今、担当の先生が来ますから。」



私は、大人しくしていようと、目を閉じた。



”…チクン…チクン…”


痛みは相変わらずなので、私は瞼を閉じているだけで、眠くはならなかった。


「あ、そうだ・・・あの・・・看護師さん・・・?」


「はい?」


「私、どのくらい…入院する事に?」


「そうですね…個人差ありますけど、盲腸なら…大体、5日くらいですかね。

 詳しい説明は、先生が後から来るので、その時に。」


・・・5日か・・・結構長いなぁ・・・と感じながらもお腹を切ったのだから、仕方ないかと私は溜息をつく。


「ふうぅ…!?…うぐ…ッ!?」


なんて事だ…溜息をつくにも痛みが走るとは…。

そんな様子の私に、柏木さんは笑って言った。


「あー大丈夫、大丈夫、そんなにオーバーに痛がらなくっても、大人しくしていれば、治りますからねぇ?」


…オーバーって…本当に痛いんですけど…。


・・・・・・私って・・・結構、痛がり屋なのか・・・・・・?



「困った事とかあれば、本当にすぐに言ってくださいね?あ、ナースコールは、ココです。

 あ、お腹空きました?御飯は、夕方に出ますから、それまで待ってくださいね。」


「え?・・・もう、食べられるんですか?」

「はい、もう大丈夫ですよ。と言っても、水に近いお粥ですけどね。

 お腹切ったんだから、仕方ないんです。我慢です。」



柏木さんのテキパキとした明るい口調で、辛い内容の説明を聞いて、私は言葉を失った。

一方、柏木さんは、患者さん扱い慣れました♪という感じで終始ニコニコしていた。



(…なんか…自分が苦しんでる時の、白衣の天使の笑顔って…思ってる程、癒されないわね…)


白衣の天使じゃなくても、別に私が誰かの笑顔で癒された事なんかない。


・・・私が最近、癒しを感じたのは、先日TVで見かけた子猫のじゃれあう映像だ。



とにもかくにも。


病院での私の入院生活、大抵の事は、看護師さんが面倒を見てくれる・・・


そう彼女達・・・看護師・・・さん、が・・・




”…チクン…チクン…”




「・・・・・・・・・・・・・。」



下腹部には、局所麻酔がかけられていた。

だから、今私の頭の奥からに響いてくる、数々の・・・この痛みに似た…この予感は…


『盲腸』とは、全くの無関係!!




つまり。




   看護師   →   ナース   →      女性       →       『女難』。







”…チクン…♪”






・・・し、しまったあああああああああああああああ!!!


こ、ここは・・・ある意味、女の園・・・!!!

や、ヤバイ!何入院してるんだよ!私!ヤバイ!ヤバイって!!



やっぱりねぇー!?そうだろうねぇー!?期待裏切らないわねぇー!?ドチクショウ!!



女難の前触れかあああああああああああッ!!!!




(じゃあ・・・もしかして・・・)


今、そこにある・・・女難・・・!


に、逃げなくちゃ…!


「う゛…うぅっ……ッ!?」


ダメだ…!私は…今、動けない…!





私は、恐る恐る柏木さんを横目で見る。

今回の女難は…この人か…!?


・・・何?今度は・・・ナースに何されるの?私・・・!!





”カツカツカツカツ…”




廊下から響く靴音が、私のいる病室の中に入ってきた。


「あ、烏丸先生。」


柏木さんが、その靴音の主の名を呼ぶ。

私は、柏木さんから、視線を移し、靴音の止まった場所を見た。





「どうも、昨日貴女のオペを担当した、烏丸 忍(からすま しのぶ)です。…どうですか?ご気分は。」










・・・じょ・・・・・・・




女医さんだあああああああああああぁ!!!

何されるの!?ナースと女医の奇跡の女難コンビネーションですかいッ!?





…そこにいたのは、白衣に身を包んだ、女性医師。

歳は20代後半か、30代前半…黒い髪を左右に分けた、少し広い額が特徴的な美人だった。


烏丸と名乗った女医は、夜勤だったのか、どこか疲れたような顔色で、笑って話しかけてきた。




私は、精神的に更に追い詰められていく。

動けない上、女難が迫っている今、内心、気分は優れてはいないし…女性人口は増えるしで、パニック寸前だ。



「…水島さん、大丈夫ですか?」


「・・・あ・・・」


・・・いや、待て・・・落ち着け・・・!



目の前の人物は、私の命を救ってくれた人だ。

ここは、素直にお礼を言うのが、筋というものだ。



「…はい…おかげさまで…先生、ありがとう、ございました。」


…痛みのせいで、言い方がぶっきらぼうになっている私。

  ※注 元々、水島さんは全ての言動がぶっきらぼうになりがちです。


私がお礼を言うと、烏丸女医は、クスリと笑いながら、言った。


「いえいえ、仕事ですから。それに、その言葉は貴女が、治ってから改めて、頂きます。

 傷はあまり残らないように縫合しましたから、安心して下さい。」



それは、実に医師らしい言葉だった。



「……あ、はい…」




「…ふむ、腫れてはないようね…柏木さん?」

「はい。」



そして、烏丸女医は私のベッドの掛け布団・毛布を剥ぎ、私の患者用の衣服を剥ぐと、傷口の縫合を見ていた。

縫合された自分の腹部がチラリと見え、私は顔を引きつらせた。



(・・・・・うぅ・・・自分のモノながら、痛々しい・・・。)


烏丸先生は、腹部だけ露出させるように、他はタオルをあててくれていた。

縫合の上には、それを隠すように、医療用のテープが貼られた。



そのまま、烏丸女医は、処置をした後、カルテを片手に柏木さんと話しこみ始めた。

2人共、その表情は真剣で、私の事をちゃんと患者として見てくれているとわかる。



(・・・・・・意外と女医も看護師も・・・マトモだわ・・・!)



恩人に向かって、私は熱でぼうっとする頭の中で、失礼な事を思い続けていた。


私は、女難を避けなくてはいけない身。


…だが、よくよく考えたら・・・看護師さんや女医さん達の反応が、普通なのであって。


私の周囲の女難チームの反応が、普通じゃないのだ。



・・・最近は、すっかり疑心暗鬼状態だ。



(…いかん…モノを見る視点や考え方が偏ってきている…)



人嫌いである時点で、十分考え方もモノの見方も偏っているのだが…

それでも…これはあまり…良くない兆候かもしれない。


確かに、人との繋がりは固く遠慮したい私だが…人として…


それが例え仕事として当然だとはしても…助けてもらったり、お世話になった限りは…

せめて素直にお礼を言う心くらい、失わずにいるべきだ…。



私は、人嫌いではあるが、敵を作りたいわけじゃない。

誰かと争うのは、本意では無い。関わりたくない、それだけだ。



とにかく…動けない以上、私は…彼女達を医療のプロフェッショナルとして、信用するしかない…。




「よし、あとは…安静にしてもらうだけ。じゃあ、柏木さん、あと頼める?」


「はい…水島さん、これからお部屋に移動しますね?」



「・・・はい・・・。」



烏丸女医は、医療用手袋を外し、部屋を出て行った。

柏木さんは、後からやって来た看護師と2人がかりで、私が寝ているベッドのキャスターのロックを外し、私を運び始めた。



エレベーターで移動し、私は717号室に移された。

先程の部屋は、集中治療室だったらしい。


今度の部屋は、個室だった。大部屋じゃないと知って、私は安心した。



(・・・ああ良かった・・・多少お金かかっても良いから、個室希望しようと思ってたけど、手間が省けたわ…)




・・・こんな事もあろうかと・・・先月、女難対策として、保険に入っておいて良かった・・・。




「トイレは、カテーテルが入ってますから、行く必要はありません。

 痛み止め入れていきますけど、また痛くなったらナースコールして下さいね。

 夕食は6時。その他は何か聞きたい事は?」


「・・・今は、特にないです。」


私は、力なく答えた。

寝ていただけだというのに、痛みは体力を奪っていった。




「そうですか。…では、何かあれば言ってくださいね?

 水島さん、ナースコールは?」


去り際、柏木さんは『おさらい』するように、ナースコールの場所を私に聞いた。


私は頭の右上を探り、ナースコール用のボタンを手に取り、「コレ。」と答えた。


「はい、OKでーす。」


柏木さんはニッコリ笑うと、カーテンを閉めて、部屋から出て行ってしまった。


”パタン。”



「・・・・・・・・・・・・・。」



・・・随分と・・・あっけなく女医と看護師さんから・・・女性から介抱された私。



つまり・・・彼女達は、女難ではなかったのか?


・・・だとすれば・・・あの時感じたいつもの頭の奥の痛みは…一体なんだったんだ…?




(…まあ、良いや……今は…もう…何も…考えたくないや…)




私は、痛み止めの作用のせいか…瞼が重くなっていき、そのまま眠る事にした。




「…ねぇねぇ、昨日、盲腸で運ばれてきたっていう、717の水島さん…

 なんで個室扱いなの?VIPって訳じゃないでしょ?まあ、そんな良い部屋じゃないけどさぁ…」


「烏丸(からすま)先生が、個室に移せって。」

「え?・・・じゃあ・・・あの烏丸先生の知り合いって事?」


「…という事はぁ………くふふッ♪」



「ッ!!・・・ちょっと、芳江!後ろ!」

「・・・へ?・・・・・・・・・・・・・・あ!か、烏丸先生…!!」





「…さて、患者さんは…どうしているかしら?……ねぇ?」





「「い、今!行きますッ!!」」





後から考えれば…




この時、どうして普通のOLが、個室に移されてしまったのかを…確認すべきだった…。





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