「…ビビッてないで、さっさと乗ってくれない?

そのまま突っ立ていられると…話も出来ないし、写真の説明も出来ないわよ?」


火鳥は、私と烏丸女医が写っている写真をピラピラと振ってみせる。


…なんだ、その動作は…?…イタズラ心から来るお茶目な動作気取りか?ちっとも茶目ッ気ないって…!

ペットシッターが、犬を呼ぶ時のおやつタイムか?誰が犬だよ…!!

 ※注  只今、水島さんの自分ボケツッコミタイムですが、割愛いたします。



・・・腹立たしい。

私は、心の中でボケとツッコミを繰り返していた。

そうする事で、冷静さを取り戻そうと……って、こんな事考えても、出来るわけがない。


正直、動揺しているせいだ。

写真の内容に、翻弄されている。


…何故、こんな思いをするのかといえば…



『・・・いつでも力には、なるわ。”友人”として、ね。』



…烏丸忍の…あの言葉を、私は馬鹿正直に信じていた。

…いや、今はそんな事はどうでもいい。


とりあえず、発すべき言葉は決まっていた。



「・・・貴女、一体何がしたいんですか?」



私の問いに、火鳥は、ただ笑うだけだった。

・・・これまた、ニタリとした・・・黒くて嫌な笑みだ。


コイツはマトモに質問しても、マトモに答える気ないな、と思っていた矢先…


「…アナタには、おおよそ考え付かないような事よ。だから、早く乗って。」…と火鳥は言った。


言う事が、これまた輪をかけて腹立たしく聞こえる。



これは、脅迫だろうか…。


確かに、その写真の内容は…脅迫の材料にするには、うってつけだ。


ベッドの上で、レズ疑惑のある(本当は嘘だけど)女医に、唇奪われている写真なんて…

周囲の人間にバラまかれでもしたら・・・

ご近所中に『さあ!スキャンダラスに、あなた方の噂話のおかずにして頂戴!』と触れ回るようなものだ。


しかし、冷静に考えてみたら…私の中には、烏丸先生にそんな事をされた記憶は無い。

眠っている間…麻酔かなにかで眠らされている間に、そんな事をされたのならば、納得はいくだろうが・・・。



(…だとすると、烏丸先生は…)



もし、本当に烏丸女医が…そんな事をしたのならば…。

・・・それは、つまり彼女が…やっぱり、私の女難である事を意味しているのか…?



・・・しかし・・・



『・・・いつでも力には、なるわ。”友人”として、ね。』


『それくらいなら、多少は、結んでも構わないんじゃない?・・・貴女の嫌いな”人間関係の縁”ってヤツ。』



・・・あの時、言われたあの言葉に、私は不思議な気持ちを抱いていた。



・・・しかし・・・


いや、よく考えろ私。・・・人間、口だけなら、なんとでも言えるんだ。


私は、烏丸女医の言葉を思い返してみたが、今、こんな写真が出た以上…

その写真が撮られた経緯 と 火鳥が何故それを持っているのか?という事を・・・ちゃんと自分の目と耳で確かめる事が必要だと思った。

烏丸女医を信用するか否かは、その後で判断する。



「・・・ちょっと!そこで、何してるの!?」



私の後ろから、烏丸女医の声がした。

振り向いてみると、彼女は走ってきたのか、白衣も、髪の毛も、息も乱れていた。


「…烏丸先生…」


ここで、彼女に話を聞いてもいいが…。



「・・・水島・・・早く乗りなさい。車、出すわよ。」



しかし、その場合・・・火鳥は、手にしている写真と写真の撮れた経緯を手にしたまま説明もなく、車を発進させるだろう。

…もしも、烏丸女医が、私の女難であるならば、彼女と一緒にいる訳にはいかない。

ややこしい事態になる前に、同じ”女難の女”である火鳥の車に乗る方が、とりあえず安全といえば、安全なのだ。

いや、この場合・・・どっちの選択も100%安全だ、とは言いがたいが。


・・・なにより、写真だ。火鳥の手にしている”写真”をどうにかしないとならない。

一体、どういう経緯で、それが撮影されたのかを知る事と・・・いや、まずは・・・あの写真の”回収”か。


(色々と面倒そうだけど・・・。)


・・・意外にもスンナリと、決断は出来ていた。



「・・・・・・。」

”バタンッ”


私は、黙って車に乗り、即座に扉を閉めて、シートベルトを締めた。

火鳥は、それを見て満足そうに、ニヤリと笑うとアクセルを踏み込んだ。



「待って!水島さん!その人は…!」



烏丸女医の声を振り切るように、火鳥の車は急発進し、みるみるK病院が遠のいて行った。






(・・・・・・・・・・。)


再び、サングラスをかけ火鳥は、満足そうに微笑を浮かべていた。恐らく、自分の思い通りに事が運んだせいだろう・・・。

わかりやすいと言えば、わかりやすい女だなー、と私は思った。

 ※注 水島さんも十分わかりやすい女ですよ。



「・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・。」



しばらく無言で車を走らせる火鳥に対し、私は居心地の悪さを感じていた。

そりゃあ、女難の女が2人揃って、楽しいドライブなんてする訳が無いんだから、仕方ないが。


「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」




火鳥は、私と同じ女難の女だから、私に恋愛感情の類を持つ事はない。

その点は、100%安心かつ安全だ。

だが、人と車中に・・・密室に2人きりにされるのは、呪われる以前から苦手だった。



「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。」


・・・とはいえ、ホント気まずいなぁ・・・と思うのは、小心者の私の悪い癖か・・・。

こういう場合…なんか話さないと、悪いかなぁ、とか思いつつも…口を開ける気は、全く起きないし、しないのが私なのだが。


・・・そっちからなんか話しなさいよ。私を連れ出したんならさ、何?私待ちなの?と私は思い、火鳥の横顔を見た。


火鳥は、チラリと私の顔を見ると即座にこう言った。


「・・・何よ、そんな顔で見ないでくれる?発狂して、ハンドル操作も狂いそうよ。」

「・・・・・・・・・。」


”発狂させそうな顔”と表現された私は、火鳥に謝る事無く、正面を向いた。


隣の火鳥は、一応・・・私と、同じ人間嫌いの女だ。

特に、気を遣う必要はないようだな。・・・というか、気なんか遣ってやるもんか。


車の中を少し、観察してみる。


車内は、妙なストラップ(ステッカー類)など余計なものなど無く、スッキリしていた。

少し、甘ったるいチョコレートのような匂いがするのが気になったが、カーナビやステレオなどの装備は十分すぎる程、揃っており、いかにも高そうにも見える。


しかも、火鳥の握るハンドルについてたロゴは…紛れも無く、世界の認める高級車の証…。


(……やっぱり、凄い高級車だ……。)


女一人の財力では…私のような、並のOLには到底、無理な代物だ。

この車といい、身につけている服も、アクセサリーも……初めて出会った時こそ、ボロボロだったが…



…こうして改めてみると…


…火鳥って…



・・・同じ女で・・・同じ女難の女なのに、どうしてこうも私と違うんだ・・・!!



…お金持ち健康キャリア に対して 貧乏病み上がりOL…


…ゴデ●バのチョコレート に対して チ●ルチョコ…


…●RIENCESS PRINCESSの”M” に対して RS●がカバーした”M”…


…ニン●ンドウDS(カメラ付き) に対して ●ームボーイ(モノクロ)… 


…喫煙騒ぎの前の加●ちゃん に対して 喫煙騒ぎ後の●護ちゃん…

いや、どっちも●護ちゃんじゃねえか!いやいや、そもそも●護ちゃん関係ない!!


ああ、なんか自分でも訳がわからなくなってきた・・・!!!


 ※注  なんか、色々とすいません…。 




いや、落ち着け…私。

心の中で自虐ネタを披露して落ち着こうとか、考えても無駄だって、ついさっき学習したじゃないの!!



というか…なんて、話を切り出せばいいんだ……?


問題は、写真。


いっそ、ここは”・・・で、写真の件ですけど・・・”とストレートに聞いてみるか・・・?


この火鳥が、素直にそれに答えるとは思わないし、あんまり必死になって、ガツガツと喰い気味に聞いてしまうと

この火鳥にいいように主導権を握られて、こちらが不利になってしまうような気がしてならない・・・。


あくまでも、欲しいのは問題ありの写真についての情報だ。

勿論、写真自体も手に入れて、写真のメモリーも何もかも回収して始末できたら、もっと良いのだが…。



「…写真の事、聞かない訳?それとも、聞けないの?」



私がモタモタと頭の中で考えている間に…火鳥が、先に話を切り出した。


・・・というか、イチイチ腹立たしい聞き方をしてくるなぁ・・・この女は・・・。


「…聞いてもいいんですか?」


感情を抑えようと・・・やや棒読み気味に、私はそう聞いた。


「・・・・無駄よ、水島。焦ってるの、丸わかりだから。」


その瞬間…ぴくっと私の頬が引きつったが、幸い…火鳥は信号を見ていて、私の顔は見られずに済んだ。


「…別に、その写真、本物かどうかもわからないし?焦るとか、別にないですし?別に私は・・・」

「その”手探り会話”もやめたら?写真、見たいなら、見ていいわよ。」


そう言って、火鳥は写真をピッと投げ、それは私の膝の上に、ストンと落ちた。

私は、写真を手に取り、私は20cmの近距離で見た。


撮影場所は、私の入院していた個室だ。・・・間違いない・・・。

ベッドで私は目を閉じて…寝ている…というか、こんな形で自分の寝顔を見るハメになるとは…。

烏丸女医は、そんな私の上にのしかかり…カメラの方に見せ付けるような体勢で、唇をくっつけている。



「…………。」



もしかしたら合成写真、なのかもしれない…という僅かな希望を抱きながら、アラを探してはいたが…素人の目にそんな小細工など見えるはずもなく。

…それは、どこからどう見ても、私と烏丸女医の・・・そういう写真である、という事しかわからない。


「・・・どう?」

「・・・まさか・・・コレを私に見せて、儀式しようだなんて、言いませんよね?」


その問いを待ってました!と言いそうなほど、火鳥はこちらを見て、ニイッと笑った。


「十分…理由には、なると思わない?

アタシは、自分の呪いを解く為に。アナタは、自分を守る為に。オマケに呪いも解ける。

・・・イイ条件でしょ?」



やはり、火鳥の狙いは…写真と交換に、儀式相手になれ…という事らしい。

100%恋愛感情ありません!・・・の看板を背負った女難の女は、やはり・・・100%安全では、なかった!


この為だけに、ワザワザこんな写真を撮ったのか…?

なんて手間のかかる真似を・・・ッ!そんなに暇なのか!?



「・・・それって脅迫ですよね?・・・犯罪じゃないんですか?」


私は、単に…火鳥とは、あんなふざけた儀式などしたくない、という理由があった。


同じ人嫌いの女難の女。

私と火鳥は、愛だの恋だのややこしい関係は、一切結ばれない。

だから、18禁的儀式が、出来た後も後腐れなくサヨウナラ出来る、そんな位置にいる。

…後腐れのない18禁的儀式さえ出来ればその後、呪いが解かれて、元通りの平和な生活が待っている・・・。


つまり、お互い1晩(=25回。)我慢すれば、呪いは解けると、火鳥は考えているんだろう。


だが。


コイツこと…火鳥と儀式など1晩(=25回。)たりとも、我慢できないのが、私の本心なのだ。

しかも、こんな脅迫なんて手を使われては、ますますもって納得がいかない。


「嫌ねぇ…そんなモノの言い方は。

そんなの…受け止め方によるんじゃないの?

アタシは、アナタが困るだろうと思って、ワザワザ、その写真を回収してあげたのよ?」


(・・・”回収”だと・・・?)


考えろ…この写真…写っているのは、確かに…私と烏丸女医だけど…。


(・・・そうだ、そもそも”撮影者”は一体誰だ・・・?)


病院の個室で、私は眠っていて、烏丸女医が私にキスをする…

その写真を、こんな近距離で、しかもこんなアングルで撮影するには…固定カメラでは無理だ。


つまり…個室内には、撮影する人物…”3人目”がいなければならない。

・・・その3人目は・・・素直に考えれば、隣でハンドルを握って笑っている女、火鳥だ。


「あの・・・貴女は・・・烏丸先生とは、どういう関係です?」

「・・・・・・何の事?」



「…顔見知りなんでしょう?とぼけても、無駄ですよ。

…さっき、病院で…烏丸先生は確かに…”待って 水島さん その人は…”と言ってました。

明らかに、烏丸先生は、貴女を知っていたようですけど。」


私の予想は、こうだ。


火鳥が、烏丸女医と顔見知り…いや、それ以上の関係だとすれば、この写真の状況は、簡単に作れるハズだ。

恐らく…烏丸女医は、火鳥に脅されてか、唆されたかして、写真撮影に協力したに違いない、と。

だから、私と火鳥が病院の玄関の前で話している時、止めに入ろうとしたのだ。



・・・・・・それは『私の友人』として。


私は・・・誰も信じない、と何度も心の中で唱えてきたが。



それでも…”信じられない”のと”信じない”のとでは、大違いで…。



 『…儀式云々以外でも…良いんじゃない?特定の相手と付き合うくらい。』



…特定の相手とは、別に”恋愛関係”だけとは、限らないわけだし。

烏丸女医とは、共通点は少ししかないし…なんでもかんでも他人事だと思って面白がる傾向はあるけど…


あの人は、決して悪い人じゃない。


5日間の入院生活の中…患者と医者という関係でありながら…診察時間よりも一緒に病室でタバコを吸いながら、談話している時間の方が多かった。

そのせいか、烏丸女医に対し”親しみ”のようなものを感じていたのは…確かだった。


それに、私が入院している間、彼女は私の話を聞いてくれたし、親切だったし、私を襲う等という女難らしい一面は何一つ無かった。


今までは…話しても無駄だし、話したくも無い…と、私は他人を拒絶してきたが…

烏丸忍という人物は、珍しい程、今まで出会ってきたどの人間とも、タイプが違っていた。


もしも彼女が、たとえ私の女難であっても…話せば、ちゃんと解ってくれるような、そんな気さえする…。


”呪われている”と知らされて以来、私には、他人との関係を避ける・拒絶するという選択肢は無くなってしまった。

だから、という訳ではないが…私は単に”他の選択肢を作った”だけだ。


それは、”人と友人として接する事”・・・だ。


・・・友人、か。

私に友人なんて、似合わない存在が出来てしまうな、と自分で思う。


・・・・ああ、本当に・・・縁切りの呪いが始まって以来・・・私の人生プランと考え方が、目まぐるしく変わっていく・・・。


・・・まさか、この私に、友人なんて人間関係が出来るとは・・・。

私が、そんな関係を結ぼうなんて思うとは・・・自分でも信じられない、そんな気分だ。


とにかく、私は隣でハンドルを握る”同じ女難の女”・・・火鳥よりも烏丸忍という人を”友人”として、信用する事にしたのだ。


それは、写真を見せられたとしても…変わらない。

と言うよりも・・・目の前の火鳥という女が、写真よりもプンプンと”胡散臭い”からだ。



「…フッ…病院の先生と、顔見知りだったら、どうなの?アタシだって、病院くらい行くわよ?」


どうやら、火鳥はまだ…シラを切る気らしい…。



「その”ただの顔見知り”に、こんなキス写真なんか撮らせるんですか?

私は、やり過ぎじゃないですかって言ってるんですよ。

貴女は・・・烏丸先生を私と同じように、こうやって脅すか何かして、この写真の撮影に無理矢理、協力させたんでしょう?

こんなの犯罪じゃないですか・・・」


(・・・キマったんじゃない?…この推理…コレ、キマッたんじゃない?)


私は一人、心の中でほくそ笑んでいた。

これしかないだろ、と私は自分の推理?に酔っていた。


(…そうか…崖の上で推理をしてる時の、片平な●゛さってこんな気分だったのか…。)


・・・と、初めての推理ショーもどきに、有頂天になっていたのだ。



「フン・・・だから?」


だが、火鳥の反応は冷ややかだった。私は火鳥に鼻で笑われた。


「・・・・・・・ぇ・・・?」


「言いたい事はそれだけ?」

サングラスを外し、火鳥は冷ややかに言った。


「いや・・・え?いや・・・あの・・・え?」

(え…?あれ?ち、違うの…?)


こ、ここは・・・ドラマみたいに、『ど、どうして…』とか、『仕方が無かったのよ!』とか!

『な、なんですって!?』と動揺するとか!

『チッ!バレちゃ仕方ないわね、実は…』的な罪の告白シーンに、突入するべきじゃないのかッ!?



・・・も、もしかして・・・間違えたのか・・・?


いや・・・・いやいや!不安になるな、私!!もっと…追い詰めれば…ボロが出るに決まってる…



追い詰める…



追い詰める…



追い詰め…



・・・え?あれ?・・・ど・・・どうやって、追い詰めよう・・・?





・・・あ、そうだ・・・追い詰める材料・・・もう・・・ない・・・。






残酷にも、更に車は走り続け、”ETC”を通過し…高速道路へと進入した。

これで…赤信号で止まっている間に、車を降りる真似も出来なくなった。




…私は…完全に、逃げ場を失ったのだ。





そして、今度は火鳥が私の方を向き…私を追い詰め始めた。







「…烏丸忍は、確かに…顔見知り。…………アタシの従姉妹よ。」





「・・・え・・・・・・・・・えええええーッ!?」



(・・・・し、しまった!私が驚いてしまってどうする・・・ッ!)



崖の上に追い詰めたつもりだった私だが、一気に私が崖の方へ…!!



まさか・・・まさかのご親戚・・・ッ!?



動揺する私をよそに。

更に、火鳥はスピードを出しながら、こう言った。



「…でも、それがどうしたの?

忍は、元々…自分はレズビアンですって言い張って、見合いを蹴り続けてる人間だし。

だから、忍が今更、困る事はないけれど…その写真が表に流出して困るのは、残念ながら、アナタ一人だけよ?

アタシが忍を脅迫ですって?勘違いも甚だしいわね。

あんな女、脅迫するまでもないわ…ホント、忍ねーさんも上手くやってくれたもんだわ…フフフ…。」


「・・・・・・・・・!!」


火鳥は…烏丸女医がレズのフリをしているという裏事情まで、知っている…!?

間違いない!…火鳥と烏丸女医は、従姉妹である事は、ほぼ間違いない…!



「・・・アラ、随分、顔色が悪くなったわね・・・?クッ・・・フフフフ・・・!」


笑いを堪えきれないのか、後半は肩を揺らし、笑いながら火鳥は、左手で何かのボタンを押した。



「・・・じゃあ・・・烏丸先生は・・・」


車の屋根が開き、風が一斉に車内に入ってきた。

だが、風に消される事なく、火鳥の台詞は嫌でも、私の耳の奥まで聞こえた。




「・・・そうよ・・・烏丸忍は、アタシの”駒”よ。」




(・・・・・・・駒・・・!?)



つまり…烏丸女医は、火鳥の”仲間”って事なのか…?



「そうね…馬鹿にもわかるように、説明してあげましょうか?

アタシは、アンタと接触しようと色々、身辺を調べていたの。

そしたら、偶然…アンタはK病院…従姉妹の烏丸忍がいる病院に盲腸で入院…すぐに忍と連絡をとって、監視させたのよ。

だから、アンタのタバコの銘柄がマスタング8だって事から…アンタの周りの女達の素性も忍経由で全部知ってるの。」


「い、従姉妹、だからって・・・なんで烏丸先生が、そこまで・・・貴女に協力なんか・・・!!」



そう、そうだ!

いくら従姉妹だからと言って、どうして…烏丸女医がそこまで、火鳥の言う事を聞く必要がある?

従姉妹だからって、どうして…!?



「だから、簡単な事よ。

…忍は…アタシの女難の一人、だから。

だから、脅迫する必要もなく、アタシのいう事は…何でもきくのよ、あの女は。…だから、アンタが忍に何を言っても、無駄なのよ。

”儀式云々以外で、特定の相手と付き合う”・・・なんて、そもそも人嫌いが・・・女難の呪いのかかった人間が、やる事じゃないわ。」


「・・・・・・・・ぁ・・・!」



 『儀式云々以外でも…良いんじゃない?特定の相手と付き合うくらい。』



確かに・・・このフレーズは、確かに烏丸女医が私と2人きりの時に言っていた事だ。


それを何故、火鳥が知っている・・・?


やっぱり・・・烏丸先生が火鳥に・・・情報を流していた・・・?




『貴女の事、好きにはならないわ。』



私が入院していた時…私が烏丸女医を自分の女難じゃないかとは、疑った時…彼女は、そう言った。

私の事を好きにならない…つまり…”自分は、私の女難にはならないから、安心して。”

…という意味合いで、私は烏丸女医の言葉を受け取っていたが…どうやら…


…違っていた、ようだ。


・・・烏丸女医が”火鳥の女難チーム”だったら、そりゃあ・・・私の事なんか、好きには、ならないでしょうね・・・。

・・・ああ、そうか・・・そうすると、火鳥に情報が漏れるのは当たり前だし、あの写真も簡単に撮影できますよねー・・・あ〜あ・・・そうか・・・。


私は思わず、下を向き、顔を手で覆った。


・・・ヤバイ・・・推理外して、恥ずかしい思いした挙句・・・


・・・私、早速・・・・・・友人1名、失いました――ッ!!



・・・あは、はははっはははっは・・・ヤバ〜い・・・ヤバくな〜い?マジ、ヤバくな〜い?

私、なんか…一人で推理とか、信じるとか、友人とか、カッコつけてたけど…ヤバクな〜い?

マジ、ヤバくなーい?自分で自分がチョーキモイんですけど〜みたいな〜カンジのッ!!



※注 只今、水島さんの精神状態が著しく乱れ、壊れた女子高生風口調になっております、ご了承下さい。






「…金銭は望まないし、欲しいならこっちがあげるわ。

 アタシが欲しいのは、儀式してくれる意思を持った、同じ女難の呪いを受けた人嫌いのアナタだけ。」


敗北感と動揺と一種の悲しみに包まれている私に、火鳥は話を進め始めた。


ダメだ!

こ、このまま、流されてしまう訳には、いかない…!!

コイツと18禁的儀式は嫌だッ!やっぱり、なんか嫌だ!もうなんか・・・全部嫌ッ!!(泣)


「…そ、そんなの…出来るわけが…!」


私は、顔を上げてそう言った。

そうは言ったが・・・でも、どうしよう・・・!私にはもう打つ手が無い!!


「じゃあ、写真は渡せないわねぇ…そうだわ、手始めにアナタの女難の女達にこの写真を配ってみましょうか?

単純そうな人間ばっかりだったから、きっとアナタの所へ飛んでくるでしょうねぇ?

きっとアナタの周囲は明日から愉しくて、さぞ賑やかになる事でしょうねぇ…?」



心臓がドクンっと音を立てた。

気が遠くなってくるような感覚とは、まさにこの状態の事だ・・・。


…確かに。

この写真を、あの人達が見たら……ますます、話し合いが通じなくなりそうな気がする…!

賑やかってレベルじゃないくらいの、高い高い高〜〜〜〜いレベルの危険な香りがする・・・!!


そうだ…思い返せば……た、ただでさえ…社員旅行の時、滅茶苦茶…あの人達、対立してたのに…!アレ以上に…!?

 ※注 対立の模様は、詳しくは『水島さんは旅行中』・『旅行中スピンオフ』でご参照下さい。



・・・あんな写真見せたら・・・!!!


…余計ややこしい事になるのは、目に見えて、余って、はみ出す…ッ!!

こ、こここ…これ以上、ややこしくなるのは、ゴメンだ…ッ!!




火鳥は、トドメとばかりに、私に薄く微笑みながら口を開いた。



「いい加減、理解したら?

アナタがアタシと儀式せざるを得ない理由も状況も、いくらでもコッチで作れるのよ。

これ以上、粘ったって無駄に逆らって、面倒な事に巻き込まれるよりも、賢い選択をしなさい。

・・・もう諦めて、アタシと儀式するのよ、水島。」



「・・ぅ・・・ほ、ホントに・・・オマエ、黒いなッ!!!」




・・・余裕の火鳥に対し、思わず私の口から出た単語の一つ一つが、もはや情けない。


気付いた時には、もう遅い。形勢は、完全にこちらの不利に…!火鳥に主導権を持っていかれた…!



「あらあら・・・ソレは褒め言葉?工夫が無いわねぇ…」



火鳥は、もうすっかり・・・余裕綽々で笑っている。



・・・ダメだー!妙な駆け引きは、やっぱり、私みたいな小心者には、向かない!

大体、私生活で人と長時間話した事だって無いのよッ!?

多分、火鳥の方が、私より駆け引きは慣れているみたいだし・・・!


もう、何を言っても負け犬の遠吠え的なカンジで、あしらわれてしまう…!




・・・・・だ・・・・・・



・・・ダメじゃん!!全然、ダメじゃん!私!!




車の中に入ってくる風に髪がなびく。

本来ならば、気持ちいい風なのだろうが…


熱くなってしまった心を、冷やすように…いや、身体に流れる冷や汗を一層冷やすように、排気ガス交じりの風が私を包む。



「…こんな事して、人を使って、脅迫してまで…そんなにあの馬鹿馬鹿しい儀式がしたいんですか?それとも、欲求不満ですか?」



何を言っても、今の私の言葉では、火鳥には何のダメージも与えられないだろう。

いや、私自身・・・話が通じるとも、もう思ってなかった。



「・・・そうね、アンタを今、車から突き落としたいって欲求はあるけどね・・・。

馬鹿馬鹿しい儀式だって感じるのは、同意見よ。全くもって下らない儀式だとね。

でもね…今、この状況を手っ取り早く抜け出すには、まず、その馬鹿馬鹿しい儀式をやらない事には始まらない訳でしょう?


・・・大体、儀式相手には、アンタが一番都合が良い・・・理由は、本当にそれだけ、なのよ。

自分でも、よくやるわって思うけどね…手近なそこいらの女と儀式するより、アンタで済ませた方が”リスクは少なくて済む”。それだけ。


アンタも、自分の周りの女を思い浮かべて御覧なさいよ…儀式なんてしたら…一生、他人に食いつぶされるわよ…

自分の時間を……自分の世界も、ね…。」



「・・・・・・・・・・・・・。」


(・・・私は、今・・・お前に、食いつぶされようとしてるんだけどね・・・あと台詞、長いんだよ・・・!)


心の中で、私はそう吐き捨てた。


額に手の甲を当てて、私は空を見上げ、溜息を吐いた。それしか、出来ない自分が情けなく思えた。



…烏丸女医が、火鳥の女難…だったとは…。

まだ、信じられないでいる・・・。


そして、まさか、火鳥が・・・自分の女難を本当に…こんな風に利用するとは…。

しかも、従姉妹を…。


・・・そこまで、するのか?普通・・・。


…烏丸女医は…烏丸さんは…どんな気持ちで、私の病室でタバコを吸いながら、私の話を聞いていたんだろう…。


本当に、火鳥の為に、私の情報を集めていただけなのか…?

…どうして…私と友人関係を結ぼうなんて…言ったんだろう…?

それは私に近付き、情報を得やすくしようとした・・・たったそれだけの理由で、なのか…?


(・・・やっぱり、そうなのか・・・?)


他人は信じない。

私はいつだって、そうだったのに・・・なんだろう、この気持ちは。

勝手に信じて、勝手に裏切られた・・・そんな気分だ。



そういえば…烏丸女医は…病院の玄関で私と火鳥をみて、何を言おうとしていたんだろう…?



(烏丸先生は、火鳥の事…本当に好きなのかな…)



『待って!水島さん!その人は・・・!!』




あの台詞の続きは・・・”その人は、私の好きな人よ!”・・・みたいな事でも言おうとしていたのか・・・?

・・・いや・・・だったら、火鳥の方に向かって”行かないで”って、言う方が良いだろう・・・。



・・・何故、烏丸女医は、一番最初に私を止めようとしたんだろう・・・?


・・・頭の中を、私は、ただ・・・ぐるぐる泳いだ。

もう、それしか出来なかった。


「・・・・・・・・・・。」


私は、手を額から降ろし、息をふうっとついて、火鳥の方を見た。


「・・・決意は固まった?・・・まあ、考える必要もないと思うけど。大体、アンタには、もう選択肢は無・・・」




”・・・チクン・・・”




「・・・ッ!!」

(まさか・・・!?)


…今、確かに、頭の奥に毎度お馴染みの…あの痛みを感じた…!!


(よりにもよって、こんな時に・・・ッ!?)



「くっ・・・このカンジは…!」


その声の方を見ると、火鳥は、こめかみ付近をおさえていた…。

…どうやら…火鳥も…”同じその予感”を感じ取っているようだ…





・・・間違いない・・・これから・・・女難が来る―ッ!!ちきしょーぃ!!!



 ※注  全国数人の女難トラブルファンの皆様、お待たせいたしました。



私は、すぐに周囲を見回した。高速道路には、車しかない…車しかないが…!!


(…高速道路のド真ん中で、一体どんな女難が来るというの…ッ!?)


急に不審な動きを始めた私に向かって、火鳥は叫んだ。


「…な、何よ…水島!一体、何してんのよ…ッ!?」

「…女難…!じょ、女難のサインが…ッ!貴女だって、わかってるんでしょッ!?状況確認です!!」


私は、火鳥にそう言いながら、周囲を見回した。


…トラック…!バス…!乗用車…!

私は、各車の運転手の顔を観察した…どれも男性だが…油断は出来ない…!


「ば、馬鹿じゃないの!?高速道路のド真ん中で、そうそう女難なんか起こる訳が…!!」


火鳥はそう言うが・・・私だって、出来れば、そう信じたい!信じたいが・・・!

しかし、私の経験上……これまでの女難トラブルは…全部”まさか〜☆”を越えてやって来たモノばかりだ…!


火鳥が女難トラブルに対して、今までどんな対処をしてきたのかは知らない。


だが、私は…逃げるしか出来ない。もはや、逃げのスペシャリストになりつつあるのだ…!

高速道路上で発生した女難から逃げるには、車のハンドルを握っている火鳥に頑張ってもらうしかないだろう!!


第一、私は…5日前に腹をかっさばいた身の病み上がり…!

そんな私が出来る事と言えば、いち早く、女難の確認と…それからの逃げ道を確保しなくてはならないのだ!!


「・・・・あ!」


・・・そして、私は後ろを見て、血の気が引いた・・・。


「ちょッ・・・!?・・・か、火鳥・・・!後ろ・・・!!」


私は火鳥の肩を叩きながら、後ろを指差した。


「・・・何よ?頼んでも無いのに、気安く触んないで。」

「いいから、後ろを見て!」


「・・・何よ、今更、アタシの気を逸らそうったって、そうはいかな・・・・・・」


私の声に煩そうな顔をした火鳥がバックミラーで、チラリと見た。


「いッ!?」


どうやら、やっと状況を確認できたようだ・・・。火鳥の顔色が、明らかに変わった。



そして…



 ””チクン…!””




まるで”正解♪”・・・とでも言うように、頭の中の女難センサーが、ご丁寧に勢いよく、頭にサイレンを鳴らしてくれた・・・・!!



((…やっぱりか…!))


私と火鳥の乗る車の後方には、バスが…。

運転手は男性だが…問題は、バスにどういう団体が乗っているかという事だ…


バスのフロントガラスには…『聖・ナスタージャ女学園・高等部 ご一行様』と書かれていた紙が見えた…。


・・・女子高の・・・団体・・・。


女子高校生の団体が乗ったバスが・・・すぐ後ろに・・・ッ!!



「火鳥…スピードを、落とさないで…!早くアクセル踏んでッ!スピード出してッ!事故らない程度に―ッ!!」


青い顔で私は、火鳥にそう言った。

しかし、火鳥は顔を引きつらせながら、こう答えた。


「・・・き・・・気のせいでしょ・・・どこまで自意識過剰なのよ。というか、アタシに命令しないでくれる…?」



「命令とかそんな問題じゃないでしょーがッ!状況考えろッ!状況を!女子高よ!?団体よ!?」

「至近距離でそんな大声出さないでよッ!馬鹿じゃないのッ!?」



・・・ええい、現実にしがみついて、目の前のトラブルから逃げやがって・・・!!

ちゃんと現実的にモノ考えていたら…女難トラブルに巻き込まれた時に対処が遅れるんだよッ!!



…それに…大問題がもう一つ…!



「・・・火鳥!・・・1+1はッ!?」

「・・・・・・。」


「だから、1+1はッ!?」

「・・・わかったわよ。2でしょ!ハイ、気が済んだ!?」


「・・・じゃあ・・・女難の女 + 女難の女は・・・!?」

「・・・・・・・・・・・・。」


「・・・もう、わかってるんでしょうッ!?私達が、一緒にいたら…ッ!!」



・・・そう、女難×2の可能性があるのだ…!



「・・・・・・くっ・・・言うなッ!それ以上、言うんじゃないわよーッ!!」


「・・・言いたくもなるわーっ!わーッ!後ろ後ろ!火鳥後ろ!!」


「うるさいッ!!わかってるわよ!叫ぶなッ!わかったわよ!スピード出すわよ!!」



そんなアホな会話をしている間に…なんと…後方のバスが速度を上げて…ついに私達の車の横に並んでしまった…


(だから、早めにスピード出せって言ったのに…!!)


私は、咄嗟に顔を横に背け、バスの中の人に見えないようにした。


「ちょ・・・ちょっと、何…横向いてるのよ・・・水島・・・!」

「気のせいだと思ってるんなら、貴女は、ちゃんと前向いて運転して下さいッ!私は向こうを向いてますからッ!助手席だし!」


「な・・・なんですって・・・!?自分だけ顔隠すっていうの!?」

「なんとでもどうぞ!助手席だし!」


横を向いてせめて顔がばれるのを隠し、視界に女難を入れない・・・そうする事でしか、今の私に逃げの道は無いッ!



”・・・バンッ!!”



車の前方から、バスのいる方向から…何かを開け放つ…そんな音がした…。

その音につい反応して横目で私は、その方向を見てしまった。



(ッ!?・・・・げえええええええええええッ!?)




一瞬だけ、私の視界に入ってきたのは…私の初めての女難の女子高校生…”真白”という名の少女だった…!



こ、こんな所で、再登場するなよ…ッ!!一発キャラで良かったじゃないかーッ!!!




「・・・しーまーさー…ッ!!」



・・・・・・ううっ……なんか、聞こえるゥ・・・・・(泣)


なんか、名前呼ばれてるゥ…(泣)

いつの間にバレたんだ…私の名前…ッ!!


私は、それ以降、正面を向く事はしなかった。


「フフフ・・・呼んでるわよぉ?・・・女子高校生が、窓から身を乗り出して…”水島さ〜ん”って。」


「……し、知りません…いちいち報告も要らないし…!」


「あらあら…バスガイドに、先生にまで、止められてるわよ…愛されてるじゃないの。・・・ねえ水島サン?」


バスに乗っているのが私の女難だと知って、火鳥は安心したようにペラペラと余計な事を喋りだした。


(くっそー・・・しっかり運転してろ!!)

「・・・・・・・・。」



そうは思っても、徹底的に無視を決め込むしかない私に、火鳥はニヤニヤしながら、状況を説明する。

・・・どうやら、真白さんは…バスの中で大騒動巻き起こしているらしい…。


・・・ああ、引率の先生、クラスメイトの皆様、ごめんなさい・・・。


「・・・バスの中であの暴れよう・・・このまま、こっちへ飛び込んできたりしてね・・・なるほど、そういう女難って訳ね?水島サン?」


「・・・・・・・・・。」

(そんな事されたら、目の前でミンチじゃないか…)


見たくないよ!そんな女難!目の前でミンチになる女難ってなんなんだよ!?…そんなの見たら、きっと、トラウマになるわッ!!



「大体、女子高校生の女難なんて…下手すれば、淫行扱いよぉ…?警察にしょっぴかれる前に、アタシと儀式した方が良いんじゃない?」

「下手なんかこいてないッ!ドサクサに紛れて、儀式勧めるなッ!!あ、貴女だって…このまま、女子高生の団体に囲まれたら、どうなるかわからないわよッ!?」



「…………その時は、アンタを置いて逃げるだけよ。」

「・・・・・・・・・・・・。」

(・・・・・こォの…アマァ…!!)


言葉を失う私に対し、火鳥は面白そうにせせら笑っていた。

勿論、その間も私はずっと、横を向いていた。足で逃げられない以上、私はそれしか出来ない。


すると。


「・・・ん?」


横を向いて、現実逃避中の私の視界に、白い高級車が入ってきた…

そして…ゆっくりと窓が開き、中から…女の子が現れた。

高級車に乗っていること…ブランド物の洋服…あれは、良い所のお嬢様だ…!

ふわふわとゆるいパーマがかかった髪の毛を、高速道路の風にバッサバサにされながらも、大きな瞳は、しっかりとこちらに向けられている。

・・・中学生くらいだろうか・・・幼さの残る表情を、目いっぱい輝かせて、何故か私と火鳥の乗っている車をジッと見ている。


そして。


「火鳥お姉様ー!!」



女の子は、高い声で、確かに私の隣にいる女の名を呼んだ。



「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」




「火鳥お姉様ー!!!!」




「・・・・・・・・・・・・。」


振り向いて火鳥の顔をみると・・・火鳥の顔色が、すっかり真っ青になっている。

どうやら、あの女の子は…火鳥の、女難らしい…。





・・・これは・・・・・不幸中の幸い・・・!!





「・・・呼んでますよぉ。火鳥さァん?女子高校生より、”更に若く”て、可愛らしい女の子がー。」


私は、そこで初めてニヤリと笑って、火鳥を見た。


「・・・う、うるさいわね・・・ッ!!」


予想通り、火鳥は激しく動揺した…。




「火鳥お姉様ーッ!無視しーなーいーでーよー!隣の女は誰よーッ!!」



女の子は必死に呼び続けている。

こっちを向かせようと、車の扉をバンバン叩いている・・・。


一見、可愛らしい女の子だが…あれは…多分、性格に一癖も二癖もありそうだな…。


「・・・呼んでますよ〜?火鳥お姉様〜?」


更に、私がからかってみると、見る見るうちに火鳥が動揺し始めたではないか・・・!


「…う、うるさいわね…ッ!あれは・・・単なる・・・取引先の社長の娘で…ああッ!もうッ!

 クソッ!・・・・・・なんでこんな時に、こんな所で…!!」



「火鳥お姉様ッ!今度会ったら、遊んでくれるって約束はーッ!?

 破ったら、パパに言いつけてやるからーッ!!」




「・・・うわァ・・・あんな事言ってらー・・・大変だなー。」


私は、棒読み調でそう言った。


「・・・チッ!」

火鳥は忌々しそうに、舌打ちをした。


そして、女の子は、よりにもよって高速道路上で、ヒステリーを起こし始めた。慌てて何かを叫ぶ運転手の注意なんか、聞きもしない。

高級車のドアを、ビジュアル系バンドのドラム並にガンガン叩いている。


なんてシュールな光景だろう…自分の女難じゃないから、なんか冷静に見られるなぁ…。


同じお嬢様でも…私の知り合いの海お嬢様は、あそこまでヒステリー起こさないからなァ・・・ケケケ・・・。

…子供を”また今度ね”なんて、約束で大人しくさせると、ああいう風になるんだよなぁ…。

とりあえず、先延ばしにしておこう、という・・・大人の悪い癖だ。



「・・・・・・くぅ・・・クソガキ・・・ッ!仕事先の娘でさえ、なかったら・・・!!」


火鳥が・・・声を搾り出し、顔を真っ赤にして、悔しがっている。

・・・余程、自分の計画が狂うのが、悔しいらしい。

そして、ご丁寧に高級車のお嬢様が”仕事先の娘さん”という情報までくれた。


それと同時に、運転席の前に置かれている火鳥の携帯が鳴った。


隣の高級車のお嬢様は、車のドアを叩くの止め、こちらを睨みながら、携帯電話を持っている。


私の女難は、前方の女子高生の団体が乗ったバスにいて…

火鳥の女難は、隣の高級車のご令嬢…火鳥の仕事先の娘さん。


「クッ・・・!どうしてこんな時に限ってッ!?」

「・・・・・・・・・。」


冷静に考えを巡らせる私に対し、火鳥はすっかり動揺している。

私の経験上…女難に遭遇し、動揺して考える事・逃げる事を止めたら…負けだ。


今一度、逃げの道を冷静になって考えよう!


(…あの反応からして…火鳥は、女難トラブルに、まだあまり慣れていない様ね…)


私は…頭の中で素早く、逃げのシナリオを書き上げた。



経験値・・・・積んで損は無し・・・!

勝機あり、だ・・・!私の方が火鳥より、場数を踏んでいるのだ・・・!!(悲しき自慢だが…)



逃げのシナリオを書き上げた直後、私は即行動に移した。

まず、運転席の目の前にあった火鳥の携帯電話をかっさらった。


「…火鳥さん…次で高速道路を降りて、彼女の相手した方が、いいんじゃないですか?」


私がそう言うと、火鳥は思ったとおり、驚いた様子でこちらを見た。


「・・・なっ・・・なんですって!?馬鹿言ってんじゃないわよ!・・・しゃ、写真の件は・・・いいワケ!?」



(…もう、その手には乗るものか…。)


私は、ワザと余裕たっぷりの態度で、言い放った。



「・・・もう一度言いますけど・・・。私は、貴女とあんな儀式する気は、ありません。」



私の言葉の後…火鳥の目の色が変わった。

笑ってはいるが、確かに…怒りを含んだモノに変わった。


「……フッ…自分のお立場、忘れてらっしゃるの?水島サン。写真、その1枚だけじゃないのよ?データもあるのよ?」


必死に感情を抑えているようだが…火鳥は私と比べて…感情が豊か過ぎる人間だ。

人の顔色を伺い、人間関係を円滑に避けてきた私には、ヤツの動揺など、バレバレだ。(悲しき自慢パート2)



「…確かに、私はその写真をバラまかれると困ります。

でも今、儀式が出来ない事で困るのは…儀式したいって言う”火鳥さんだけ”ですよね?」


そう言うと、火鳥は、初めて私の前で、言葉を詰まらせた。


「・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・。」


無言の間。

風の音とエンジン音だけが響いた。

火鳥は、私を睨み…私は髪をかき上げ、火鳥の目をジッと見つめた。



「何よ…急に強気になって…虚勢を張って、アタシを動揺させようって魂胆?」



動揺している火鳥を見ていたら、私は完全に落ち着きを取り戻していた。

私は、火鳥の真っ赤な携帯を手に取り、プラプラと振って見せた。



「あぁ…そうそう…隣のお嬢様に、伝言しましょうか?大切な仕事先の娘さんなんでしょう?」

「・・・・な、何をよ・・・ッ!?人の携帯電話で何を・・・!?」



”余計な事しないで!”と言いそうな火鳥の顔を、見つめて、私は一言、こう言った。



「・・・”アナタには、おおよそ考え付かないような事”・・・ですよ。」



私は、車に乗る前に、火鳥に言われた言葉を、ワザと引用してやった。

こういう場合・・・”想像力”は、人を墓穴に誘い込む。

動揺しきったこの女には…特に…効き目があると言って良い。




「・・・・・・・・・・・・・・・!!」




火鳥は言葉を失い、顔は再び、真っ青になった。

・・・私は、隣のヒステリーお嬢様に、何を言うかは…実は決めてなどいなかった。


つまり単なる、ハッタリだ。

だが、火鳥の大切な取引先のお嬢様に向かって私が”何か”を吹き込む事で、火鳥をとびきりややこしい女難に陥れる事は、十分可能だ!



「・・・写真のメモリーは?」


私は、風の音に負けまいと声を出した。


「・・・こ、ココには、ないわ・・・。」


火鳥の返事は先程とは打って変わって、弱々しい印象を受けた。

返答に満足いかない私は、更に追い討ちをかけた。


「じゃあ、あのお嬢様とお話しをするとしましょうか……色々と、聞きたい事も、話したい事もあるし…ホント、色々と。」


「・・・い、一体、何をする気ッ!?やめなさいよっ!!」


遂に、あの火鳥の声が裏返った。

・・・どうやら、余程、大切な取引先の娘さんらしい事がわかった。


私は、またニヤリと笑ったまま、言ってやった。




「・・・”アナタには、おおよそ考え付かな


「あ゛−ッ!!もう、いいわよッ!!わかったわよ・・・ッ!!」




私の台詞の途中でブッた斬って、火鳥は胸ポケットから、デジタルカメラを取り出すと、ポンと投げた。



「・・・あ、どうも。」



思った通りだ。

…やはり、自分の手の届く場所にデータを置いておいたな…。


・・・何故って・・・私だってそうするもの。同じ人嫌いとはいえ、こういう所も似ているのが悲しいな、と私は思う。

デジカメ内のメモリーを全部消去し、念のためデータの入ったメモリーカードも抜き取った。


「そしたら…次で、高速道路を降りて下さい。」

「・・・アンタ、いい気になるんじゃないわよ!・・・アタシがその気になれば・・・!」



”ぴっ”


『もしもし!?火鳥お姉様!?隣の女は誰よ―ッ!?』



携帯電話からは、物凄〜〜く元気の良い少女の声が聞こえる。



「さて・・・私の自己紹介・・・どうしましょうか?・・・・・・”火鳥お姉様”?」


私は、ケータイの一部分を指で押さえて、そう聞いた。


私の自己紹介の仕方次第では…火鳥が大事にしている仕事をパアに出来る可能性は十分にあるだろう。


そして・・・それが、解らない火鳥ではあるまい。




「・・・・・・あ、アンタ・・・・・・!」




ブチ切れそうな火鳥を見て、今度の私は、笑う事も無くただ無言で見つめた。



「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・!」



真剣な目で”本気でやるぞ。”と言わんばかりに私は無言で、ただ火鳥をジッと見つめた。


・・・恐らく火鳥は、今、ブチ切れそうなのだろうが・・・私は、随分と前に・・・もう既に、ぷちんと、切れていたのだ。


成人してから、初めての友人をこんな形で失う事になり、今の今まで散々な事を言われたのだし。



「わ・・・解ったわよ・・・ッ!!」



自分がされて嫌な事は、人にするな・・・父の教えを、私は堂々と、初めて破った。




「言っておきますけど…先に仕掛けたのは、貴女ですよ。…わかったら、こんなマネ、二度としないで下さい。」


・・・今度こそ、決まった。私は心の中でガッツポーズを取った。


「・・・ちっ・・・!!」



私の言葉に反論する事無く、火鳥は舌打ちをしつつも、再び前を向いてハンドルを握り締め、ブレーキを少し踏み込むと、高速道路を降りる道へと侵入した。


私は、それを確認すると、ふうっと息を吐き、電話に出た。


”自分は火鳥さんの単なる友達だ”と、しゃあしゃあと言ってのけた。

自分でも驚くほど、私はあっさりと嘘をつけた。


お嬢様の名前を聞き、私は火鳥の代わりに、5分ほど話をした。

ヒステリックなお嬢様の名前は”高岡 円(たかおか まどか)”だそうで、私の予想通り中学2年生だった。


”今は仕事があるので、また電話するそうです”と、事務的で無難な伝言を伝えると、高岡 円の電話番号を素早く自分の携帯に入力した。

そう、これは、保険だ。


火鳥はそれを横目で見ながら、ギリギリと、歯を食いしばっていた。

・・・言わずともわかっているのだろう。


これで私は、円お嬢様や烏丸女医ら、火鳥の女難チームの人と連絡を取れるようになったのだ。

今後、私に何かすれば…私だって、容赦はしないぞ、というアピールにもなる。



なるほど…女難の女、火鳥の弱点は…私と同じ”女難”という訳だ。



高速を出てすぐ、手近な所で私は車から降ろしてもらった。

火鳥に、睨みつけられながらも、私は無事、車から降りた。


「・・・・どうも。」


車を降りて、私は感情の無い声で、お礼を言い、車のドアを閉めた。


「・・・・フン・・・!」


どうやら、捨て台詞も浮かばないらしい。携帯を気にしながら、火鳥は不機嫌そうに車を発進させた。

火鳥の車が走り去り、私はデジタルカメラのメモリーディスクを見つめた。


「ふう・・・一応、なんとかなったわ・・・。」


(・・・火鳥がこのまま、引き下がってくれるといいのだけど・・・)


しかし・・・あまり、期待しないほうがいいかもしれない・・・あの女、多分またやってくる気がする・・・。



このメモリーディスクの中には、まだ…私と烏丸女医の写真のデータが入っている。

そして・・・一応、自分の目と耳で確認できたのは、あくまで”火鳥側の言い分”だけだ。



(・・・火鳥は烏丸先生と協力して撮った・・・みたいな言い方してたけど・・・。)


しかし、火鳥の言う事が事実である確証が無い。火鳥が、嘘をついている可能性もまだあるのだ。

・・・だから、烏丸女医とは、この件で一回、話をした方がいいかもしれない、と私は思った。



…どうしても…気になる事があったからだ。



 『待って!水島さん!その人は…!』


彼女は、一体、何を言おうとしてたんだろう、と・・・。

もしかして・・・



(…おっと、仕事の時間だわ……午後から出社だと言うのに、間に合うだろうか…)



私は時計をみて、溜息をついた。

なんだか、どっと疲れたが…仕事はしなければ、生活できない。



私は、タクシーを捕まえようと、手を挙げた。

タクシーに乗り込み、私は「一番近くの駅まで」と言った。



・・・一応、写真は回収できた。

しかし、写真の効力は、もう殆どと言っていいほど無いだろう。火鳥も恐らく使わないだろうし。


なにしろ、私の携帯には先程かけた”保険”こと、火鳥の女難の一人、高岡円の電話番号がある。


御蔭で、こっちには、電話で火鳥の女難を召喚する!という手が出来たのだ。

火鳥がまた何かをしに私の所へ来たのなら、私は遠慮なく電話ですぐにでも”火鳥の女難”をその場に呼び寄せるなり、告げ口なり、色々出来る。

・・・お互い、好き好んで女難は発生させたくは無いものだし、私も出来る事なら、そんな手段は使いたくはない。


あまり気分も良いものではないが・・・でも、まあ、これでとりあえず、私と火鳥の争いは”膠着状態”に持ち込めたのだ。・・・よしとしよう。


(・・・やれやれ・・・たかが写真数枚の為に、どっと疲れた・・・。)


出来る事ならば・・・火鳥と関わるのも、これっきりになりたいものだ・・・本当に、疲れるんだもの・・・。


走り出したタクシーに、私が安堵した瞬間・・・・





「お客さん…この辺、初めてですかぁ?」





運転席から聞こえたのは・・・若い女性の声だった。





・・・・・・・”チクンッ”・・・・




「・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。」






・・・・・・・・まさに・・・油断大敵・・・・・・・・。




私は、”女性タクシードライバー”にとっ捕まり…午後からの出社に見事に遅れることとなった・・・。(泣)







ー 水島さんは回復中 ・・・END ー





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あとがき




・・・ああぁ・・・フザケにくかったぁ・・・扱いづらいわ…火鳥と水島は…(苦笑)


謎を残しつつ…懐かしいあの人もちょっとだけ出しつつ…新キャラも出しつつ…水島と火鳥の少しズルい部分も出しつつ…

推理とか、なんとか…ワケが解らなくなりながらも、またいつも通り、勢いで書き上げました。

そして、やっぱり修正もしました。UPしてからも、何度も何度も・・・。

もうダメですね。気安く推理なんて言葉なんか使ったら・・・ダメだ・・・!

毎回毎回、本当に深く考えて書いてませんので、そのツケが一気に回ってきた感じです。私には苦〜い回です。(苦笑)


これで…女難の女VS女難の女は一旦、休戦タイムに入りますッ!!次回から、また自由にフザけられるッ!!