私の名前は水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。


性別は女。事務課の普通のOLだったのだが、”人嫌い”が災いして、縁に邪気が溜まり、結果・・・呪われてしまった。・・・らしい。

きっと、この話を聞いた人間は、私を中二病扱いするか、半信半疑ではなく、大幅に疑を抱くだろう。


しかし、現実問題・・・それは起きている。



しかも、今。


よりにもよって、今、まさに起きているのだ。




「・・・ど、どうして・・・!?」



『どうして、こうなるの!?』



・・・そんな事を叫びたい衝動を抑えながら、私は駅までの通勤ルートを走っていた。



「ま、待ってー!どうして逃げるのー!?ただ・・・ただ、貴女を私のモノにしたいって言っただけじゃないのーッ!」


(そういう不吉な発言してる女難だから、逃げてるんだよ!コッチは!)


やはりスニーカーを履いて来て正解だった、と思う。


・・・ただでさえ、土日の休日後の憂鬱な月曜日の通勤の朝。

そんな朝っぱらから、不吉な発言をする、見ず知らずの若い女性に追い掛け回されているこの現状は、呪われている以外の何物でもないだろう。




・・・とはいえ、今朝の女難が始まったのは、玄関を開けた瞬間、チクンと頭が痛みを感じた時に解っていた事だった。


正直、こういう場合、一歩たりとも外には出たくも、行きたくもない。

だからって、会社に行かない訳にはいかない。お給料が出ないからだ。


だから、いつもよりスピードを上げ、走って駅を目指していた途中――。



名も顔も知らない女性が、駅へ向かう途中の私を追走し、横にぴったりとついてきた。

目が合うと、女性はニコリと私に微笑みかけてきた。


そして。

(ま、まさか・・・。)と思う私の考えは、その”まさか”で。


見事に当たってしまった。


・・・例の、熱の篭った瞳で見つめながら・・・「ジョギング、ご一緒しても宜しいですか?水島さん。」という不吉極まりない一言から、それは始まった。


私は見ず知らずの女性の口から、自分の名前が出た時点で、血の気が引いた。



―――女難だ!



そう思った。

・・・もう、何度も何度も泣くほど経験したパターンだからこそ、悲しきかな、解ってしまうのだ。


”モーニングコーヒー”ならぬ、”モー●ング娘(今は誰が誰だかわからんが。)”とは、全く違う!”モーニング女難”に危うく気が遠くなりそうになったが

※注 ●ー娘ファンの方申し訳ありません。


私は、なんとか気絶せず、足を止めずに走り続けた。

しかし、さすが女難・・・追走してくる。(泣)


・・・追走してくる女性は、私と同じスーツ姿だが、実に軽快な動きだ・・・普段から何らかの運動は、しているみたいだ。

そして、爽やかな笑顔・・・これで保険のセールスなんかされたら、男性はイチコロだろう、美人だが・・・。

美人かどうかは、女難の女の私には、関係の無い事だ。全く関係無いが、彼女の足は速い・・・。


・・・これは、油断できないな・・・厄介そうだ・・・。


(・・・しかしながら、この人・・・一体誰なんだ・・・?)


女性の方は、恐ろしい事に私の名前を知ってる・・・私の方は彼女に見覚えは全く無い・・・。


・・・まあ、私の女難歴を振り返ってみても、身に覚えの無い内に女性がいつの間にか女難チームになっていた場合が多いからなぁ・・・。



「・・・あの・・・失礼ですけど、どちら様ですか?」と走りながら聞いてみると、女性爽やかな笑顔でこう言った。



「お忘れですか?あの時、助けられた新田です♪」

「・・・・・・・・・・。」

(・・・・・・全っ然、知らねぇ・・・。)


それから、半強制的に話を聞かされる事となった私の耳には、その女性が

私が通勤の行き帰りを走っているのを見て、私の事を熱心にジョギングをしているスポーツウーマンだ。

・・・と思い込んでいる。


・・・という私が生きていく上で、不必要な”誤報”が入ってきただけだった。


しかも、それだけではない。


真剣に走る私の横顔が、ナントカとか・・・、自分が足を挫いた時、助けてくれたとか・・・これまた全く身に覚えの無い話をし始めたのだ。


私は、毎朝、必死に!女難に遭わない様に走り続けていただけだし、その途中で誰かを助けた覚え等、まるで無い。




「あの・・・これ、ジョギングじゃありませんから!それに、私は貴女の事を知りません!あの、私は急いでいますので・・・これで!」


と、言いながら、更にスピードを上げたのにも関わらず、女性は更に私の横で追走する。


「あッ!待って!・・・私・・・貴女の事、もっと知りたいのよ!変な意味じゃなくて・・・ッ!」


(・・・よーし!十分です!変ですッ!!)


更に更にスピードを上げる私に・・・息を切らせながらも彼女はついてきた、そして、例によって”実は好きだ”のなんだのと言い始めた。


そして、私は走った。そりゃもう、私は必死に走った。

走らないと、今まさに結ばれつつあるややこしい人間関係から、逃げられないからだ。


何度も何度も何度も繰り返すが、私は人が嫌いである!!!


だから、走るしかないのだ!


・・・しかし、さすがは私の女難・・・。簡単に振り切れない・・・いや自分の女難に感心している場合じゃないわよ!しっかり防衛しろ!私!私の為に!!


「・・・女が女を好きって言っちゃダメなの―ッ!?」

「そんなの私が知るかッ!!」


思わず、突っ込んでしまったが、女性の言動は、先程からドンドン女難色を強めていく不吉なモノに変わっていく始末だ・・・。


若い女性は私の後ろを走りながら、私が聞いてもいないのに、息切れをおこしつつも勝手にまた話を始めた。


「覚えてないの?私を助けてくれた時のあの台詞を・・・!」


(だから!知らないっていうのに・・・!!)


・・・・・・ああ・・・ダメなパターンだ・・・。

こういう場合の女難に説得が通じた試しなんか無いわ・・・。


私は説得を諦め、更にスピードを上げて、素早く傍の外壁へと駆け上がった。

そして、そのまま人様の家の庭に降り立つと、そのまま”抜け道D”を選択し、一気に駆け抜けた。



 ※注 とうとう、水島さんは女難を避ける為に、通勤の通り道に複数の”抜け道”を準備するようになった。良いOLは、不法侵入になるから、絶対に真似しないでね!




昨日・・・●ンケル飲んでおいて本当に良かった・・・!・・・本当に良かった!・・・良かった!・・・った・・・※注 エコー。



「・・・ふう・・・これ、下さい。」


「150円でーす。・・・丁度いただきまーす。ありがとうございまーす。」


「どうも。」



という訳で。

無事、駅に着いた私は、駅の売店で冷えたスポーツドリンクを購入し、水分補給をする。



ところが。


― チクン! ―



・・・まただ。

またしても、女難のサイン・・・さっきの女性だろうか?振り切ったと思ったのに・・・意外としつこいな・・・!

ゴクリとスポーツドリンクを飲みきると、私はスポーツドリンクのボトルのキャップをぎゅっと閉めた。


「・・・水島さん?・・・水島さんじゃありませんか?」


後ろから声を掛けられ、思わず私は振り向いてしまった。

すると、さっきの女性とは全く違う、だが、またしても見知らぬ顔のスーツスカートの女性が、こちらに嬉しそうな顔で話しかけてくる。


(・・・・・・・・・・一体、誰なんだ・・・?)


・・・その女性とは、一度も会った事がない。

普段は使わない、人物という名の領域の記憶を掘り起こしてみるが、やっぱり、顔も声も、全く覚えていない。

女性は私を知っているらしいが・・・私は全く知らないのだ。


「・・・あの・・・失礼ですけど、どちら様ですか?城沢グループの社員さん、ですか?」


私は正直に”どちら様ですか?”と聞いた。

知ったフリして会話を弾ませた所で、この人は私の女難だ。・・・会話を弾ませる必要は無い。逃げるだけだ。

だが、全く知らない女性が何故私の名前を知っているのかを聞いておかなければ、気味が悪い。逃げるための攻略も出来ないし。

・・・もしも、彼女が私と同じ会社の人間ならば、私が覚えていないだけで、すれ違っていてもおかしくはない。


ところが。


「あら、やだ・・・私ですよ、私。

以前、ヒールが折れた時に助けてもらった者です。あの時のお礼をって、ずっと思っていたんですよ・・・。

あの、良かったら、今夜お食事でも・・・是非、奢らせて下さい。それで、あの・・・良かったら、水島さんの連絡先を・・・」


ああ、やっぱりね、きたわよ。またですわよ。・・・おほほほ!ほっほーい!※注 朝から壊れ始めた女難OL水島さん。


その赤くなった頬と熱を帯びて潤んだ瞳・・・とモジモジした態度に、明らかに不穏な発言内容・・・。

目の前の女性は、私の勤めている会社の人間じゃない。・・・そして、やっぱり、私の女難だろうな。ちくしょうめ。

・・・しかも、女性の言ったような・・・彼女を助けた覚えは、私には無い。


いや・・・そんな事よりも・・・何故、貴女まで、私の名前を知っているんだ!?という疑問が、わいて来た。

・・・まあ、私の女難歴を振り返ってみても、身に覚えの無い内に女性がいつの間にか女難チームになっていた場合が多いからなぁ・・・。

とはさっき思ったけど、今朝の事といい、2連続で私の名前が知られている上・・・

全く身に覚えの無い出来事が、立て続けに彼女達のメモリーに美化されて加わっているのは、さすがに気味が悪過ぎる・・・!!


「あ・・・あの、重ね重ね失礼ですけど、私、身に覚えが無いんですけど・・・。」


私は正直に答えたのだが、女性は”水島という女性に助けられたのは、間違いない”と言い張る。

そして、当の本人の水島である私は”違う”・”助けた覚えなどない”と言っているのに、信じてくれない。


「・・・貴女が”水島です”って名乗ってくれたんですよ?それにその髪に、そのスーツもあの時と同じ、間違いないわ。」

「し、しかし、ですね・・・私は、本当に身に覚えがないんですよ・・・!」


それに、本当にその水島が私だとしたら、女難だと解っている時点で、助けたりしない。

自分の命が掛かってるとか、よっぽどの事がない限り、女性を助けたりなんてしない・・・。


「・・・だって、貴女の名前は、水島さんなんでしょう?・・・そんなに恥ずかしがる事ないのに・・・」


”恥ずかしがっている訳じゃない!否定してるんだよ!”という言葉を飲み込んで私は言った。


「な、名前”だけ”は、合ってますけど・・・その他の事には、全く身に覚えがありません!」


私がキッパリそういうと、女性は私をジッと見つめ、首をかしげた。


「でも、あの時・・・確かに・・・このくらいの髪で、このスーツで、水島ですって名乗ったのに・・・。」


そうブツブツ独り言を呟いているらしいが、私に丸聞こえだ。

まるで、私に聞かせるように・・・または、”自分は間違ってないと思うんですけどぉ!?”とモロに言いたげな、その態度。


首をかしげたいのは、こちらの方だ。

とりあえず・・・



『3番線に電車が参りまーす・・・』


(・・・逃げようっと。)


私は相手が首をかしげて、あっちを向いている隙に、身を屈めてすすっと移動し、違う乗車口から電車に乗り込んだ。



(・・・それにしても・・・一体、どうなっているんだ・・・!?)



・・・身に覚えの無い事で、褒められ、好かれるなんて・・・朝から、なんて気持ちの悪い出来事が続くのだろうか・・・。

私は電車に乗り込むと、いつものように窓の外に目をやりながら、軽く溜息をついた。



(・・・・・・これじゃ、まるで、私があちこちで人助け・・・いや、女性に手を出しているみたいじゃないのよ・・・!)


御蔭で、気を付けなければならない女難が、またしても増えてしまったではないか・・・。


溜息もつきたくなる。


いつもの乗車口から乗れなかったせいで、今日は人にぎゅうぎゅうと押され、ビニール袋の中で浅漬けられる野菜のように、もみくちゃにされた。

どうしてここまで電車に乗るんですかっ!?って位に人が押し寄せてぎゅうぎゅうと乗ってくる。

・・・まあ、仕方が無い。慣れてはいる。

電車の中の人口密度は、窓の外の景色を見るのもままならない状態にまで増えていく。

だけど、いつもの車両に乗れなかったのが、悔やまれる。せめて、いつもの車両、いつもの位置に乗れていたら・・・気分的にも少しは、マシだったのかもしれない。

人の鼻息や吐息が肩や髪にかかる。


それから・・・。


― チクン! ―


「・・・ご、ごめんなさい・・・。」


私の胸に顔を埋めるような形で乗っている”女子高生”も・・・見なくて済んだのに・・・。

背の低い女子高生の顔に、丁度、私の胸が当たっているのだ・・・。


「いえ、こちらこそ・・・申し訳ないです・・・。」


私は逃げ場の無い電車内で、無気力にそう言った。

好きでこんな体勢になったんじゃない・・・それは、言わずともあちらにも伝わって・・・


「・・・温かくていい匂い・・・女の人って・・・」

「・・・・・・・・・・・。」


聞こえた・・・今聞いちゃいけない独り言聞こえた・・・ッ!!


私は女子高生から目をそっと、逸らした・・・。

出来る事なら身体も反らせるなりなんなりして、なるべく女子高生に触れないように努力したい・・・!



努力を・・・!!



もう、こっちからは触れたくない・・・!!



努力を・・・!!!(泣)




・・・でも・・・ッ!!!



駅に着く度に人が出入り・・・いや、実際は入ってくる方が多いだろうが・・・



(・・・どうして・・・!?何故こうなる・・・!?)



・・・気が付けば、今日も私の周囲は、もう女ばっかり・・・っ!!!


もはや、努力のしようもない・・・!!(泣)


前は何かに目覚めかけてる女子高生、両隣、後ろも斜めも女性・・・!!



(・・・耐えろ・・・耐えるんだ・・・水島!!)

私は、誰とも顔を合わさないように顔を、視線を、真上に移した。

神様か、余程の変態でもない限り、私の真上にいる事など出来ないからだ。


・・・・とはいえ、この体勢をキープし続けるのは、辛い。出社前に、これでは、憂鬱な気分と疲労が更に増してくると思った。


(・・・・・・とりあえず・・・今日も働かなきゃ・・・。)


気を紛らわせる為、無機質なビルの風景を横目でチラチラと見ながら、私は思った。

・・・そうだ。こんな所で、女難にいちいち屈している暇は無い。

仕事をして、女難を回避し、あのとんでもない18禁的な儀式以外で、この情けない呪いを解く方法を見つけなければ・・・!



・・・だが、この朝の出来事は、これから起こる事件の単なる”序章”に過ぎなかった・・・。




  [ 水島さんは活躍中。 ]






電車を降りてから、げっそりとした気分になる。女性に囲まれ続けた挙句、香水の匂いが混じってなんとも気分が悪かった・・・。

今日に限って、どうして女性ばっかり私の乗ってる車両に乗ってくるんだ・・・ううう・・・・・・あ、呪われてるんだもんね、私・・・

なんてね。・・・トホホ・・・。


新たなる脅威(女性)に声を掛けられる前に、私はまた急がねばならなかった。


人ごみの中で走る行為は危険なので、私はなんとか人の波をかき分けながら、早歩きで移動した。

・・・折角、昨日飲んだユ●ケルの効果も、もはや効き目が切れただろうな・・・。


駅から泥のように人の波に押し流されつつ、私はなんとか駅を出て、会社に向かった。

ビル風が今日は少し強いな、と思いながら髪をかきあげて、空を少し見上げた後、私は歩き出した。



― チクン! ―



「・・・水島さん!」


女性の声で、偶然にも私と同じ苗字が呼ばれた。


・・・私は、その声に振り向かなかった。

私の他にも水島という苗字の人はいるだろう。だから、振り返らずにさっさと歩いた。

それに、折角私の頭に毎度お馴染みの『女難ですよ。』のサインが痛みとなって、現れたのだ。

・・・振り向くものか。意地でも。



「ねえ!水島さんでしょ?」


もう一度その名が呼ばれた。・・・私は、その声に振り向かなかった。

そうだよ、アレだよ。私の他にも”水島”という苗字の人はいるでしょう?

だ、だからー、その人が振り返らなかっただけだろうと・・・意地でも思い込む事にする!


私は振り返らず、さっさと歩いた。



「・・・やっぱり、水島さんだった!もう、さっきから呼んでるのに!」


女性が私の前に回りこんで、私の通り道を塞いだ。

そんな私の傍らをサラリーマンやOL達がサッサと出社すべく行ってしまう。

一方、道を塞がれた私は止まらざるを得なくなった。


(・・・げ。やっぱり、私か・・・。)


私の道を塞いだのは、やはりスーツ姿の、今度は髪の長い若い明るく爽やかな印象の女性だ。

その女性は、少しだけ息を切らせて、嬉しそうに私に話しかけてきた。


「その後姿でわかりましたよ”水島さん”だって・・・まさか、こんな所でお会いできるなんて・・・あら・・・朝はなんだか、ずいぶんと雰囲気が違うのね?」

「・・・あ・・・あの・・・失礼ですが、どちら様ですか?」


私は、本日3回目の台詞を口に出す。


やっぱり、全く顔も名前も知らない女性だ。

だが、女性の方は私を知っている。・・・一体どういう事だ?


「あら・・・お忘れですか?名刺までくれたのに・・・」

「名刺・・・?」


勿論、私は自分の名刺なんて、持った事は無い。

大体、事務課のOLが、名刺なんて持つものか・・・!


「私が不注意で書類を道端に散乱させた時、貴女が一緒に拾ってくれたんですよ。

大切な書類だったから、助かりました。」


そう言って名刺を私に見せた。




 『 城沢グループ 事務課 水島 』



・・・誰だ・・・?


”それ”は、私じゃない・・・。



そう思った瞬間・・・思わず、背筋がゾクリとした・・・。



ていうか、下の名前書いとけよ・・・!普通書いておくだろう!?

・・・いや、むしろ書いてない辺りが私らしいが・・・。


いやいやいやいや!

違う!私じゃない!



誰だ・・・!?



・・・一体、”誰が、私になっている”んだ!?



私じゃない”水島”が・・・”水島”なる人物が、私になりすまして、どこかにいるとでもいうのか・・・?


名刺に驚く私に対し、女性は話を進めようとする。


「で・・・そのお礼に、と思って・・・これ・・・。」


そう言って女性は鞄の中から、長方形の箱を取り出して私に手渡そうとした。


「いや、だから・・・私は身に覚えが・・・!」


そう言って私はそれを返そうとするのだが、女性は無理矢理それを私に押し付けようとする。



そんな押し問答をしていると・・・



「どうしたの?水島さん、何かあった?」


カツッとハイヒールの音が鳴った。その方向を見ると・・・


「さ・・・阪野さん・・・?」


偶然にも、通りがかった阪野 詩織さんが声を掛けて、私とその女性の間に半ば強引に割って入ってきた。

・・・これは・・・偶然・・・なの・・・か・・・?

もしかして、阪野さん・・・助けに入ってくれた・・・のか?・・・・・・多分、違うと思うけど・・・。



「・・・おはよう、水島さん。・・・で、こちらは?」


まずは完璧な笑顔でゴアイサツ。今日も服装から、余計なエロ秘書オーラが出てますね・・・!と私は心の中で呟いた。

体のラインを綺麗に見せるスーツ姿でご出勤の阪野さんが、ビジネス街で目立たない筈もない。

さっきから、私の傍らを通りすがっていく男性の視線は、阪野さんに集中しては何事も無かったかのように消えていく。


「あ、いや・・・その・・・こちらは、初めて会う方で・・・。」

と私が、しどろもどろな説明をすると、阪野さんは怪訝な顔をした。


「・・・あら、そう・・・”また”増えたの?」

「え゛・・・・!?」

(・・・ま、またって・・・なんですか!?こっちは増やしたくて増やしてるんじゃないって・・・ッ!!)



「・・・まあ、いいわ。」と、そう言うやいなや、阪野さんは女性の方を向く。


私はそれをただ、黙って見学している。


(・・・・・・・き、気のせいだろうか・・・?)



「どうも・・・私は、水島と同じ会社の者です。」



・・・気のせいだろうか・・・阪野さんの”いつもの微笑み”が・・・


・・・・・こ・・・



・・・”怖い”と感じるのは、私だけか?



「・・・ウチの社員が・・・・何か?」


阪野さんがニコニコ微笑みながら、女性にドンドン詰め寄っていく。

「え・・・?いや・・・私は別に・・・」


不自然な間合いはジリジリとゆっくり縮まっていき、やがて阪野さんの”満面の笑み”が、女性に突きつけられた。


「ウチの社員に、何か御用でしょうか?宜しければ、私がお伺いいたしますが?」


・・・さ、阪野さん・・・顔は微笑んでいても・・・それじゃ、威嚇だ!威嚇!!


怖い!この秘書、本当に怖い!


「・・・あ・・・ぁ・・・いえ・・・その・・・あの、とにかくコレ、お礼です!水島さん!受け取って下さい!」


そう言って、名も知らない女性は、慌てて私にお礼の品を強制的に押し付けて、走り去ってしまった。


「あ。ちょ、ちょっと!だから!私じゃないって・・・ああ・・・行ってしまった・・・。」

(い・・・一体、なんなの・・・?)


返し損ねてしまったプレゼントを手に呆然とする私。


「・・・大丈夫?」


振り向くなり、阪野さんは私の手を握り、肩まで抱いた。

ビジネス街で何をしでかす気だ!?この秘書はっ!!


「だ・・・だ、大丈夫です・・・なんかあの人、ちょっと勘違いしてるみたいで・・・あと、すぐ離れて下さい。歩きにくいです。」


何故いちいち触るんだ、この人は・・・。と心の中でツッコミながらも私は今朝から続く不吉な出来事を思い返していた。


今朝のジョギングの女性、駅で出会ったスーツ姿の女性、今の女性・・・皆、『水島に助けられた』と言っていた・・・。


・・・私は、その水島”張本人”なのだが・・・全く身に覚えが無い。

だから、『水島違い』だろうと思うのだが、皆、間違いは無いと言って聞かないし・・・名刺まで配られている始末だ。


「・・・勘違い?」

「私に助けられた、と言うんですが・・・私には全く身に覚えが無いんですよ。でも、私で間違いないって言うし・・・。」


私は渋々、渡された品物をバッグに入れると阪野さんと一緒に出社する事になった。


・・・そして、やっぱり、手を離してくれない。自然と手を繋いだままの出勤ってどうなの?

離してー・・・お願い、離して・・・いい歳ぶっこいた大人同士が、お手を繋いでいたらって考えただけで、胸やけがしそう・・・!!

掌も、なんか汗ばんでくるからー・・・離してー・・・!


と、心の中でツッコミつつも、顔は無表情・・・というか、表情の作りようもない・・・。

降参です。もう許して。離して。隔離して。お願い、2万円までなら出すから!いや、やっぱ1万・・・と5千円で・・・!

 ※注 悲しき貧乏OLの心の中の呟きでした。



そんな私の心を無視し続け、相変わらず私の手を半ば強引に握ったまま、阪野さんは歩き続けた。

そして、私の話を聞いて、こう言った。


「・・・ふうん・・・身に覚えのないのに、ねえ・・・

それ・・・もしかして、貴女の”偽者”でもいるんじゃない?・・・もしくは、ドッペルゲンガーとか。」


冗談交じりの笑みを浮かべながら、阪野さんは、私の頬を人差し指で”つつーっ”と悪戯するように、撫でた。


「うッ・・・そ、そのドッペルゲンガーの話が本当だとしたら、私がその”水島”に会ったら、私(また)死んじゃうじゃないですか。・・・それから、痒いっ!」


ボリボリと右の頬を掻く私。まったく、阪野さんという人は、人の目も気にしないでこんな真似をするんだから・・・ッ!あー痒いッ!

・・・ドッペルゲンガーを信じてる訳じゃないが、何せ私は呪われている身。

悲しい事に、もはや超常現象の類は、もう何が起こっても不思議じゃないのだ。


「ふふっ・・・冗談よ。・・・でも、貴女の偽者なら・・・そう・・・そうだわ、貴女と雰囲気が少し似ている人に会った事、あるわ。」

「・・・え?」


私に似ている?・・・そりゃあ、不幸な人もいたもんだ。 ※注 水島さん渾身の自虐ギャグ。


「・・・でも、まあ・・・少し雰囲気が似てたってだけで、思い返して比べたら、全然似てないわ。

やっぱり、私は貴女が一番良いわ。」


「・・・ああ、そうですか・・・。」


沢山の通勤している人の目もなんのその。

堂々と。・・・そして笑顔で。声に艶を込めて・・・!

ビジネス街のド真ん中で!サラリと一体、何を言い出すんだッ!このエロ秘書は・・・ッ!!

・・・という心の中のツッコミを飲み込んで、私は阪野さんの”一番良いわ”をスルーして、話を続けた。


「・・・それで・・・その似てる人って・・・誰です?」



「取引先の一つの会社の女性よ。それなりにキャリアがあるみたい。仕事に貪欲で、しっかりした人よ。・・・怖いくらいね。

彼女、誰も寄せ付けないオーラを発していてね・・・仕事以外の人との付き合いは、無いみたい。

そうね・・・仕事が絡んでないと寄せ付けやしない、と言った方がいいかも。」


阪野さん程の人が”怖い”なんて言うんだから、さぞや怖い仕事人間の女性なんだろうな、と私は思った。

・・・・・・でも、そんな仕事人間な人と事務課の私に、似ている部分なんてあるのか?


考え込む私に、阪野さんが、阪野さんなりの答えを私に差し出した。


「だけど、さっきも言ったけど・・・貴女とその人は、本当に全然、違うのよ。

なんというか・・・あっちは、冷たい感じというか・・・人を人とも思ってないような、そんな感じがするわね・・・。」


「・・・はあ・・・。」


その答えだと、余計わからないんですけど・・・。

私が考え込んでいると、阪野さんは笑いながら言った。


「・・・うん・・・貴女は、やっぱり違うわ。水島さん。」



そう言って、阪野さんは私の髪の毛をするりと撫でると、囁くように耳元でこう言った。


「・・・貴女は、貴女のままで十分ステキ。・・・大好きよ。」

「・・・・・・・・・・・ぃ・・・!」


「・・・ふっ・・・可愛い・・・。」


「・・・・・・・・。」

(・・・う・・・。)


・・・軽く笑われた。

”ビシッ!”と全身が固まり、ひきつる表情を浮かべる私に対して

相変わらず完璧ニコニコ笑顔の阪野さんは、やりたい放題私をからかって(?)、副社長が到着する予定の駐車場へと向かって、颯爽と行ってしまった。


・・・残された私は、なんとも言えない複雑怪奇かつ、胸やけと膨満感に一気に襲われたような気分を抱えながら、コソコソと会社に出勤したのだった。


(・・・・・・・・・・・・あの秘書、やっぱり油断出来ない・・・。)


溜息をつき、エレベーターに乗り込み、事務課の女子更衣室へと向かう。


制服に着替え、私は先程、押し付けられた箱の中身を確認してみた。

・・・高級そうなスカーフと、先程の女性のメッセージと連絡先が書かれた名刺が入っていた。



『あの時は、助けてくれてありがとうございました。コレも何かの縁です。もっと貴女と親しくなりたいと思っています。御連絡待ってます。』



(あの時って・・・だから、助けた覚えないって言ってるのに・・・。)


私は、こめかみをトントンと叩きながらそう思った。


・・・コレも”何か”じゃなくて・・・”呪い”の縁の間違いだろうに・・・。

それから、私はどんな縁だろうと、誰とも親しくしたくないんだってば。


・・・・・・今、心の中で言っても無駄だけど。


・・・私は、そっと鞄の奥にそれをしまいこみ、ロッカーに置き、ロッカーの扉を閉めて、私は改めて溜息をついた。

今朝から女難の連続で少し疲れた気がする。まあ、なんとか逃げ切れたし、大した被害は被っていないが・・・帰り道は気を付けよう・・・。


(・・・しかし・・・どうして、今日出会う女性は皆、私を・・・私の名前を知っているんだろう?)


日を増すごとに、好意を寄せる女が増えてくるのが悩みの種だった私だが・・・最近、いや・・・


今日は特に酷い。


本当に酷すぎる。タイトルまで長いったらない。あの作者の事だから、また”勢い”だけで、今日も書いているに違いな

※注 主人公が色々ぼやいていますが、都合により割愛いたします。・・・コノヤロー。



顔も、名前も知らない人が、いつの間にか私の名前を知っていて、私の女難になっている・・・のはいつもの事だとして。


・・・これは由々しき問題だ・・・!


彼女達は口を揃えて、『水島と名乗る女に助けられた』と言っている。

・・・だが、私にはその覚えは無い。


大体、人に手を貸すほど、私に心の余裕なんて無いのだから。

それなのに、私が関わってもいない場所で、勝手に私の女難がどんどん増えている。



『貴女の”偽者”でもいるんじゃない?もしくは、ドッペルゲンガーとか。』



ふと、阪野さんのあの台詞が私の頭を横切った。


・・・まさか・・・本当にドッペルゲンガー・・・いや・・・そんな事・・・


・・・しかし、姿形が似ているという証言もあった・・・。


私の住んでいる近く、駅、会社・・・私に似ているという不幸な女が、一体、どこのエリアにいるのか?

大体、そんな女がいるのか、どうか・・・その心当たりは、当然、私には無い。


・・・本当に、私の知らない所で・・・私のそっくりさんが、存在している・・・というのか?


それとも・・・まさか・・・本当にドッペルゲンガー・・・か・・・?


(・・・そんな馬鹿な・・・!)


私はロッカーの扉に額をつけた。ひんやりとした鉄の冷たさで、冷静さを呼び込み、頭を働かせる。


(・・・いや・・・どう考えても、おかしいぞ・・・?)


そうだ、確かさっき、私の『名刺』があるって・・・。



・・・私が作った覚えのない『名刺』が出回っている。


これが、頭にひっかかった。


あの名刺が存在している限り・・・私ではない、ドッペルゲンガーでもない・・・ちゃんとした人間の・・・

・・・”もう一人の水島”が、どこかに存在していると言えるのだ。


単に私と同じ苗字である”水島”と名乗っている女なら・・・全国にごまんといるだろうが・・・。



(・・・生憎、”女難の水島”という条件に当てはまるのは、この世で私一人なのよね・・・!)



・・・・・・・・・・。



なんか、自分で言ってて悲しくなってきた・・・。

いや、ここは、気を取り直して。


(”水島”と名乗っていた他・・・彼女達は、髪形とスーツと名前しか、水島の特徴を言ってなかったわね・・・

 ・・・あとは、下の名前の無い名刺・・・。)


果たして、彼女達は、ちゃんと・・・その水島の”顔”を見たのだろうか?


自慢じゃないが、私の顔は覚えられにくい自信があるし・・・(なんかちょっと悲しいけれど。)


大体、当の本人である私が話の内容を聞いても『それ、私じゃありませーん!違いまーす!』という確信があるのだ。

私は、朝から立て続けに会っている彼女達を助けた覚えは、無いのだ。


そして、下の名前の無い、当然私は作った覚えのない、私の名刺。

これは、偽の水島が存在しているという、証拠だ。

しかも、あの名刺を作ったヤツは・・・本物の水島(私)が城沢グループに勤めていると知っている・・・。


・・・つまり、”水島(偽)”は、私をある程度、知っている人物・・・。


第3者が、勝手に私の名前を使って、勝手に私になりきっているのか・・・

または、第3者の他の、もう一人の誰かが協力して、私になりすましている・・・と考えた方がいいだろう。



なんて事だ・・・私の名前をかたる『偽・水島』が、この街のどこかに存在して

勝手に女性を助けて、そのツケを全ッ部ッ!この私に回しているなんて・・・!!



・・・ちくしょう・・・これじゃ、水戸●門で何度もやった『そっくり黄門様・助さん・格さん現る!パターン』じゃないのよ!!


しかも・・・髪型とスーツと名前と名刺だけで、私になりすますとは・・・



・・・・・・・・・・。



(・・・わ・・・私って、そんなに個性が無い、お手軽な女だったのか・・・・・)



そのお手軽さといったら、まるで『ダンカン!コノヤロー!』と連呼し、首と肩を回して、コマネチさえしていれば

”ビート○けしのモノマネをしているんだな”と解れば、もはや、そこからは似ても似なくてもどうでもいい、素人モノマネの”お手軽さ”に近いモノに・・・!


・・・うう、くそぅ・・・宴会の罰ゲームでもあるまいし・・・!!

・・・お手軽に、食後のフリスク感覚で、私に化けやがって・・・!!


(・・・そんなに私って・・・印象が・・・。)


・・・いや!軽く落ち込んでいる場合じゃないぞ!気をしっかり持て!私!


その”偽・水島”の御蔭で、私の知らない所で勝手に女難フラグが、あちらこちらで立ちまくっているのだ。

なんとしてでも、その”偽・水島”の暴走を止めなければ・・・女難フラグが、街中に立って、歩き回るのも困難になってしまう!


(・・・というか、何の為にそんな事を・・・ていうか、私に化けるのって、そんなにお手軽ですか・・・?)


・・・いや!軽く落ち込んでいる場合じゃないぞ!気をしっかり持て!私!・・・コレ、さっきも言ったけどね!


「・・・あ、おはようございます・・・・・・・・・・・水島さん?」


その声の方向を向くと、私の後輩の門倉さんがいた。


「・・・あ、門倉さん・・・おはようございます。」


私はいつも通りに挨拶した。

門倉さんは、今日もゆるいパーマの髪の毛を指先でいじりながら、こちらを見ている。

・・・私の女難じゃなければ、只の後輩で済ませていたのに・・・。


「どうかしたんですか?ロッカーに額をつけたまま、ぼうっとして・・・もしかして、まだ頭が痛むんですか・・・?」

「あ、いえ・・・それは、もう大丈夫です。さて・・・仕事仕事・・・。」


そう言って体を軽く伸ばして、仕事場へと行こうとすると、ついっと服を引っ張られた。


「・・・あの、水島さん・・・。」

「・・・なんッ!?・・・なんでしょうか・・・?」


・・・人の服を軽めに引っ張って、まーた、何を言おうとしてるの?この後輩は。思わず、ビビッてしまったじゃないのよ・・・!

その一見、可愛らしい仕草には、私は萌えやしませんからね!?・・・って、心の中で何言ってるんだ、私は・・・。


「あの・・・私で良かったら、力になりますから・・・悩みとかあったら・・・あ、仕事でもプレゼントの処理とか、お手伝いしますから・・・。」

※注 『プレゼント』とは、トイレ等で席を外したりしていると、勝手に仕事を大量に押し付けられる事務課の悪習の事。水島さんは事務課で孤立している為、特に多い。


ふう・・・後輩よ、何も解ってないな。あの事務課の女達の生態というモノを。

まあ無理も無いか。私も新人の頃は、理解に苦しんだモノだし、プレゼントの類はもう慣れてしまったからなぁ・・・。


暇を持て余したら、人の悪口と『グータ●』気取りのガールズトーク。

仕事を持て余したら、自分達が嫌いで歯向かって来なさそうなヤツに押し付けたら良い。

理想は幸せな結婚。現実は、妥協のさずかり婚(”できちゃった婚”で別に良いじゃん。)が主流。好物は流行のスイーツ。・・・と言った所かな?

そして、自分達の作った環境や話題に適応できない、理解出来ない生き物は、トコトン異物扱いだ。

私だって、自分の理解しかねる人間を遠ざけているし、悲しき事だが、彼女達と同類と言ったら同類なのかもしれない。

だから、せめて彼女達にされて嫌だった事や同じような事は他人にしない、と心に少しだけ刻み付けているのだ。


それから、これだけは確実に言える。事務課の”異物”である私に対して、手を貸すなんて事をしようものなら・・・


「・・・そんな事したら、貴女にもプレゼントが・・・・・・・ぁ・・・・・」

と途中まで言いかけた私だったが、すぐに口を歪め、歯を食いしばった。


(・・・ヤバイ・・・!!)


『・・・こいつぁ失言だったぜ!』、と後悔しても、もう遅い。


「・・・私の心配、してくれるんですね・・・水島さん・・・」



ほーら!見たことか!やっぱり、そういう反応になっちゃうわけですよねーっ!?

なぜかしら!?私、いっつも!やっちまった後で気付くのよね!どんだけアホなの!?私!!


・・・そんな事を心の中で呟く私に対し、門倉さんはふふっと軽く笑っていた。


「いえ・・・別に、そういうわけじゃ・・・。」


本気で誤解しないで!?という私の祈りは・・・


「・・・いいんです。私、解ってますから・・・水島さんが”優しい狼さん”だって。」


・・・やっぱり、届かず。


「・・・・・・・はいぃ・・・?」


「あ、私の中で水島さんって狼さんのイメージなんです♪」


・・・解ってない。貴女、絶対、解ってない!!そのイメージ覆して!今すぐ!


何でそうなる?誰が狼だってッ!?

ケダモノとか、送り狼とか、そういう類の狼ですか!?

捕食する側かどうか・・・大体、私が女を喰うかどうかすら、自分でも解ってないわよ!って喰わないわよ!!(自分ボケツッコミ)

どっちかというと、捕食されるかもって恐怖にまみれてるわよ!チクショー!!

 ※注 水島さんが門倉さんにとって、どういう狼イメージなのかは、水島スピンオフ・門倉優衣子編をご参照下さい。


「でも、最近、本当に水島さんの周りって賑やかですよね・・・なんか、羨ましいな・・・」

「・・・はあ・・・」


門倉さん・・・それはね、当事者じゃないから・・・呪われてないから言えるのよ・・・?

賑やかって、レベルじゃないのよ!!こっちは!!

毎日が祭りよ!マイナスパワーでいっぱいの祭りよ!!!


「あ・・・でも、水島さんって人苦手なんですよね?ごめんなさい・・・なんか変な事言っちゃって・・・。」


あのね、門倉さん・・・心の中でだけ、ハッキリ言うけど、苦手ってレベルじゃないのよ!?私!


黙り込む私に向かって、後輩は気を遣って、こう付け加えた。


「あの、私の言った事は、気にしないで下さいね!私達、折角同じ職場なんですし、もっと・・・協力して、ちょっとでも楽しく仕事しましょうよ?」


「・・・ええ・・・。」


確かに、その方が仕事の間・・・長時間拘束されているように感じるよりは、『楽しい時間だ』と感じる方が心の環境には良いのかもしれない。

この事務課に、まさかそういう考え方の持ち主がいるとは思わなかった。


・・・ちょっとだけ、驚いた。


振り向いて、門倉さんの顔を何気なく見る。

すると、みるみるうちに、門倉さんの顔が赤くなっていく。


え?


・・・・・・・・な・・・何故?

何故に、私がちょっと見ただけで、何故、そんな顔をなさるの?


「・・・あ、あの・・・水島さん、そうやって微笑まれると・・・私、緊張しちゃうんで・・・あの、ステキだとは思うんですけど・・・緊張、しちゃうから・・・。」


「・・・え゛?」


微笑む?・・・私が?

私は、再度自分のロッカーを開けて、扉に付けられている鏡を見る。



・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・別に普通だ。


いつもの無表情だが・・・。


ここ最近、微笑むなんて事、あったかな・・・?泣いてばっかりのような気がするんだが。

別に意識してなかったけど、私さっき微笑んでいたのか?・・・まさか。


「・・・・・・・・・・。」


・・・みれば見るほど、さっぱりとした無表情だ。

とりあえず、私は前髪を少し直して、再度ロッカーの扉を閉めた。


「・・・さて、仕事しますか。」


門倉さんにそう言って、私はドアを開けた。


私の偽者問題は・・・とりあえず、”楽しい仕事”の後にしよう。


何は無くとも、きっちり働かないと、お給料が出ないのだし。・・・折角、頭の抜糸も終わったのだし、病院代の分まで働かないと。

貯金が減ったままでは、この不況の世の中、不安で仕方ない。


近藤係長が、事務課の窓側で皆を集め、いつも通りに朝礼を始めた。


朝礼と言っても形式的なものだ。

形式的な『おはようございます』の後、私はいつも通り自分のデスクに座り、パソコンのスイッチを入れ、仕事を始めた。



だが。


「ちょいと〜水島くぅ〜ん」

素人が酔っ払った勢いで、ルパン○世の真似をしたような声で、私を呼びつけるこのおっさんこと、私の上司、近藤係長が私を呼んだ。


「はい?」

「電話だよ〜!」


言われるがまま、私は3番のボタンを押し、電話に出た。


「・・・お待たせしました、水島です。」



「・・・フフッ。業務は順調かしら?水島サン?」



形式的な私の言葉に電話の向こう側から、不愉快な女の笑い声が聞こえた。

私は電話を少し睨むと、目を瞑って冷静になった。


「・・・・・・・御用はなんでしょうか?火鳥さん。」


まさか、会社にまで電話してくるとは思わなかった。

まだ、そんなに私とあの”ふざけた18禁儀式”をしたいのだろうか。あの黒い女は。


「・・・いえ、ね・・・女難に困ったら、いつでもいいわ。アタシに”相談する”といいって、ご忠告よ。

連絡先は・・・前に渡したわよね?名刺。

もしも、無くしたのなら・・・今すぐにでもアタシに相談しないと、後々、大変な事になるわよ?」


それで・・・脅迫のつもりだろうか?

前みたいにキス写真も・・・何も脅迫になる材料は無いのに。

・・・嫌に余裕たっぷりだな。それが、余計に腹立たしい。

こっちは朝から、女難にあって大変な目に遭っていたというのに、同じ女難の女同士なんだし、少しは大人しくしてるとか・・・

そして、少しは私のストレスの増幅を抑えてくれるよう、黙っているなり、なんなり出来ないのだろうか?


「・・・お気遣い、どうもありがとうございます。・・・・・・・・・・・・・莉里羅さん。


私は、後半の名前の部分をそっと優しく、そしてハッキリと伝えた。顔も思わず、ドス黒い笑顔になってしまう気がした。


「・・・な、何故・・・それを・・・ッ!?」


途端に電話の向こう側から、ガタガタッと慌しい音が聞こえた。

激しく動揺しているようだ。・・・椅子からでも、コケたか?・・・そうだったら、いいな。


「それとも、親しみ込めて、”りり”って呼んだ方がいいですか?」


私は更に囁くように言った。・・・自分でも嫌味たっぷりだな、と思う程。

だが、火鳥という女はこの程度で崩れるような女じゃないのは、よく知っている。


「・・・さ・・・さては、忍ね・・・?忍を抱きこんだって訳?一度アンタを裏切った忍と手を組んで・・・

まさかとは思うけど、忍と儀式しようっていうんじゃないでしょうね?」


(・・・何をバカな事を・・・)と私は思って、溜息をついた。


「烏丸先生は、単なる私の担当医さんです。それ以上でも、それ以下でもないです。

・・・それに、私はアレ以外の方法で、問題の解決をしたいと思って、動いてますので。・・・どうか、変な想像しないで下さいね。」


「・・・そんな方法、どこにあるっていうの?大体、あの馬鹿らしい儀式ですら、解決するかどうかの完全な保障だって無いのよ?」


火鳥のいう事は、もっともだ。

あの馬鹿らしい儀式で、この呪われた環境が解決するかどうかの保障は、正直な話、どこにも無い。


それは、この馬鹿らしい呪いなんて初めての体験だし、実際の所、よく知らないからだ。

見知らぬ占い師のオバサンに言われて、”嘘!?私、呪われてるの!?”と、初めて知ったくらいだし。

あの馬鹿らしい18禁儀式も同様、よく知らない占い師のオバサンから聞いた方法でしかないし、私達はそれを試してもいない。

また、第3者がその儀式を試し、呪いが見事に解けたのかどうかすら、私達は知らないのだ。


だから、呪いという、ただでさえ不確かものが、完全に解けるかどうかの保障だってあるとは言えない。


・・・考えてみれば、知らない事だらけだ。


占い師のオバサンだって、実の所、何者なのか、どうして私と火鳥が呪われているのかを見抜けたのか、呪いの解き方を何故知っているのか

・・・それすらも、よく知らないのだ。



だから・・・だからこそ、だ。



「だからこそ、貴女と儀式なんてする必要は無い、と言ってるんです。」


私はきっぱりとそう言った。


「大体、貴女とは・・・いえ、私は誰とも・・・しません。・・・その意思は先日、お伝えした筈ですけど?」


ここだけは、もう揺るがない。

以前、自棄を起こして縁を結んでやろうかと意気込んだら、メスゴリラが来たのだ。

・・・もう、揺らぐものか!!


だが、火鳥は冷静さを取り戻し、私に疑問を次々と投げかけてくる。


「・・・つい、この間まで死に損なってたクセに、まだそんな、のん気な綺麗事言ってる訳?

アンタ、頭打ってどうかしちゃったんじゃないの?それとも、ただ自棄になってるの?あのババアのいう事が本当なら・・・

いえ、本当だと仮定したら、アタシ達には、もう時間が無いのよ?死ぬのよ?少しは、試そうとは思わないの?

すぐ、そこに解決方法があるかもしれないのに、どうして違う方法を探す必要があるの?その間に、馬鹿共に自分の時間を取られて・・・無駄な時間を過ごすのよ?

・・・挙句、その間に死んだらどうするの?この状況が決して良いものじゃないのは解ってるんでしょう?なのに、どうして、アタシの言う事がわからないの?

どうして、アタシと同じ人嫌いなのに、なんでそんなに馬鹿なの?アンタは。」


火鳥のいう事は、長い台詞だったが、もっともだ。・・・私も普通なら・・・火鳥と出会う前なら、そう考えただろう。

だが、私と火鳥は”同じ人嫌い”でも、”まったく同じ人間”という訳じゃない。


もしも、あの時、火鳥と出会わなかったら、きっと私は、こういう事を考えずにいたと思う。


・・・皮肉な話だが、これも”何かの縁”だ、と言ったところだろう。


呪われているこの状況は、確かに私も火鳥も望んでいる事じゃないし、呪われているなんて思いたくもなかった。


例え、誰かとあの馬鹿らしい18禁儀式をしなければならないとしても

同じ人嫌いで、その場限りの関係で済むからという理由で、火鳥や誰かと儀式しようだなんて考え方は、私の方には、もう無い。


だが、火鳥はあくまで効率の良い、自分に都合の良い方法を選び、私は、あの儀式以外の他の方法を意地でも見つけるつもりでいる。

私の選択が、正しいかどうかは知った事じゃない。綺麗事だ、馬鹿だと火鳥は言ったが、それでも構わない。


私には、火鳥という人間と、いや、誰かとあの儀式をする気は、もはや微塵も無いのだ。


だから、もう火鳥と私は、同じじゃないのだ。

同じ人嫌いが、違う道を歩んでいると言える。

そして、火鳥に何を言われても、私は何度でも、この道を選ぶだろう。

私の問題は、私の手で解決する。誰の手も、身体も道具のように貸し借りをするつもりは無い。


(・・・それにしても、私が頭を打って死にかけた事を知ってるのか・・・いつの間に、調べたんだ・・・?)

火鳥は、私の情報をどこから得ているんだろうか。

頭の怪我の事は、烏丸先生と従姉妹だから知っていたとしてもおかしくはないが・・・烏丸女医が、あの写真の一件以来、安易に火鳥に協力するようには思えない。

(まあ、どうでもいいか・・・早く仕事に戻らないと・・・。)

そんな事を考えながら、私は電話を切る体制をとった。


「・・・ご用件は以上ですね?はい、では、失礼しまーす。はい、は〜い。」


・・・これでも、私は十分に優しく丁寧に応対している、つもりだ。


すると、電話の向こう側は、またガタガタと慌しくなった。今度は机の上の書類でもばら撒いたか?・・・そうだったら、いいな。



「ちょ、ちょっと!”はい、は〜い”じゃないわよ!最後まで、人の話を」


「はい、は〜い。」


”ガチャ。”



※注 電話の切り方は、母親譲りの水島さん。





私は電話を切った。

容赦なく切った。


(・・・さて、と・・・スッキリした事だし、仕事しよう。)


私は、ふっと笑うと、パソコンのキーボードを叩き始めた。

パソコンの液晶に映った自分の笑みを見て私は不思議に思った。


・・・門倉さんの言ってた私の微笑みってこんな感じか?・・・・・・なんとなく、ドス黒い微笑みって気がするし。

・・・違うような気がするが・・・。



(・・・まあ、いいや。)




その日の午前は、そんな感じでスッキリと仕事をこなしていった。

そしてお昼近くになった頃・・・外は今朝の天気予報通り、雲が太陽と空を覆い隠し始めた頃だった・・・。



「ちょいと〜水島くぅ〜ん」



素人が酔っ払った勢いで(以下略)、私を呼びつけるこのおっさんこと、私の上司、近藤係長が私を呼んだ。

時間はもうすぐ昼休みを告げる頃だった。


「なんでしょうか?近藤係長。」

「お客さんだってさ。ロビーに行って。」


内心、貴重な昼休みの時間が減るなぁ、などと考えていた私だったが・・・



「私に、お客さん・・・ですか?」


「うん。そう。水島くぅ〜んをご指名らしいよぉ〜・・・おかしいよねぇ?」


・・・自分でも思っていた事を他人に言われて、内心、ちょっとムッとしたが、私は無表情で「そうですか」と答え、事務課を出た。


エレベーターで、会社のロビーに行く途中。




― チクン! ―




頭の底の奥に感じる”チクン”とした嫌な予感・・・


女難だ・・・!



今日で何度目だろうか・・・。


途端に私は、体が重くなる感覚に包まれ、エレベーターを緊急停止させたい気持ちでいっぱいになった。






会社のロビーで私を待つ、という人物は・・・おそらく私の女難、だろうな・・・


心の中は、行きたくない気持ちでいっぱいだが・・・

会社に訪ねてきた、という以上、一瞬でも会わないと、クレームが入って係長に何を言われるかわからない。



そして・・・エレベーターは止まる事無く、ロビーに着いてしまった。



「・・・さぁて・・・私のお客さんというと・・・」



女難が待っている、と解っていながら、それに近付かなくてはならないのは、辛い・・・。


「はぁ・・・。」


溜息を一つついて、私はエレベーターから降りて、私を訪ねてきたという客を探し・・・



「水島さん!」

「あ、水島さん!」

「水島さん!」

「水島さん!こっちよ!」

「・・・え?貴女も、水島さんに用事?」

「え?貴女もってどういう事?水島さんに用があるのは私よ。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




・・・どうやら、探す必要は無いらしい。

無いって言うか・・・








・・・なんか、いっぱいいる・・・。






ロビーに、なんか・・・女性がいっぱい、いるー!!!!!







会社のロビーには、口々に私の名を呼び、手に私の名の名刺を持った女性達が、たくさん・・・いた・・・。


「・・・さーて・・・どーしましょ・・・。」


とりあえず、私はそう呟いて、引きつり笑いを浮かべた。


・・・なんか、気が遠くなってくるような・・・こないような・・・。


とりあえず、叫びたい事は一つ。





『どうして、こうなるのぉおおおおおおおおおおおお!?』







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