大抵、会社のロビーにいるのは営業担当の男性、受付嬢や掃除のオバちゃん、会社のお客様、と相場が決まっている。
だが、今日はどうだろう。
(・・・女性が・・・ロビーに・・・いっぱい・・・)
恐ろしいのは、それだけじゃない。
しかも口々に私の名前を呼び、私の苗字が書かれた、例の・・・”偽水島の名刺”を持っているではないか・・・!!
(・・・な、なんじゃあこりゃあぁぁ・・・!?)
私は、どこかの殉職寸前の刑事のような台詞を心の中で叫んだ。
視線が、集まってくる。
その視線は真っ直ぐ私を射抜き、動きを鈍くする。
スーツ姿の彼女達が、体の向きを変えて、一斉にこちらへとやってくる。
(――― 来る!)
私の目には、彼女達がゆっくりとスローモーションでこちらへ向かってくるように見えた。
ヒールの音を鳴らして・・・複数の足音が・・・カツン、カツンと、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
見知らぬスーツ姿の女性達は、間違いなく、”私”を目指して歩いてくる。
ジリジリと後退するしか出来ない私に、女性達がガツガツと寄ってくる。
私は咄嗟に、エレベーターのボタンを後ろ手で押した。
・・・だが、エレベ−ターの扉がすぐに開く事は無かった。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
・・・気が、遠くなってくる・・・。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
・・・囲まれたら・・・終わりだ・・・!だが、逃げ場は無い!終わりだ・・・!!
いや。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
「な、なんだ?この人数・・・」
「・・・さあ?」
「皆、うちの社員じゃないよな・・・」
私の横では、この異様な光景を見た城沢グループの男性社員達が、コソコソと話している。
女性達と私の距離は、どんどん縮むばかりだ。
もはや、エレベーターに乗るしか、この場から逃げる手は無いのか・・・!?
エレベーターは下降しているようだが、13階で停止し、再び動き出した所だ。
このままじゃ、エレベーターが着く頃には、私は女性達に捕まってしまう。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
私は、目で他の逃げ道を探す。
会社の玄関からは女性がまたこちらへ入ってくるのが見えた。玄関から、外へ逃走するのは不可だ。
後ろのエレベーターは、8階で停止している。・・・もはや、頼りにならない。
(・・・何か・・・!・・・何か・・・ッ!)
焦る私の左側方向にゆるキャラ警備員のおっさんこと、今岡さんがのんびりと欠伸しているのが目に入った。
その方向は、正面入り口とは逆の方向。そこには、警備員室と非常階段がある。
そして、警備員室前の廊下を真っ直ぐに通り抜けたら、そこには裏口こと、非常用出入り口があるのだ・・・!
(・・・そうだ!裏口だ・・・!!)
そう思いついた私は迷う事無く、今岡さんのいる方向へと走り出した。
「――今岡さんッ!」
ひっくり返ったような情けない声を出したが、お構いなし。
私は、今岡さんの腕を掴み、警備員室前の廊下へと走りこんだ。
途端に後方から複数の足音が聞こえ始める。
「・・・おぁ?・・・いつもの裏口かい?」
今岡さんは相変わらず、ゆる〜いリアクションで必死な私を笑った。
私は声を出せず、何度も頷き、早く開けてくれと意思表示をして、両手を合わせてお願いした。
「あ!・・・ちょっと、ちょっと!あなた達!ダメですよ!こっちは関係者以外立ち入り禁止です!」
・・・やはり、思ったとおりだ。
今岡さん以外の警備員が、すぐにわたしの後を追ってくる女性達を両手を広げて引き止めた。
今岡さんとは違う、厳格な態度で”一歩たりとも通しません”という意思表示をみせた。
だが、女性達は何かを口々に喋り、今にも警備員さんを押し倒してこちらへやってきそうな気配さえ見せる。
「なんだか、今日は妙なお客さんが多いねぇ・・・えーと、鍵鍵・・・♪鍵ちゃ〜ん♪出〜てお〜いで〜♪・・・」
今岡さんは、のんびりマイペースを崩す事無く、裏口の鍵を探している。・・・ていうか、のん気に歌うな!鍵を探せ!!
そうしている間にも、後ろが・・・後ろの女性の群れは増えていく・・・ッ!
突破される前に、早く裏口から脱出しなければ・・・ッ!
「♪鍵ちゃ〜ん♪鍵〜ちゃんちゃんちゃ〜ん♪出〜てお〜いで〜♪」
「・・・・・・・・〜っ!」
(お願い!今岡さん、何でもいいから早く・・・!神様!今岡様!早く!・・・オイ!オッサン!!)
※注 慌てるあまり、今岡さんを最終的に”オッサン”呼ばわりしてしまった水島さん。
「おっ。あったあった・・・うぃ〜。行ってらっしゃい。」
今岡さんはエセフランス調の言葉で、にこやかに裏口の扉を開けて、私に通って良いよと手で指し示した。
「ありがとう!今岡さん!」
私は早口でそう言うと、裏口から脱出した。
・・・だが、裏口から会社を出たまではいいが、一体、私はどこに逃げればいいのだ?
今、少しの間だけ、席を外しているだけという事になっているが、仕事中なのに変わりはないのだ。
このまま遠くに逃げる訳にもいかない・・・。
しかも、会いに来た客からこんな形で逃げてしまっては、後々クレームが来ないだろうか・・・心配だ・・・。
・・・でも・・・仕方ないじゃないの!
逃げないと・・・逃げないと、私女難に囲まれて、とんでもない事になってたのよ!?
『女難なう。』
・・・と自分で自分をtwitter風に、フォローしてみる。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・む、空しい・・・!解ってはいたけど、想像以上に寒いッ!空しいッ!ていうか、呟いてる場合じゃねえだろ!
(・・・と、そんな場合じゃないわ!早く移動しないと、正面玄関からこっちへ回りこまれてしまう・・・!)
私は走り出した。別に好きで走ってるわけじゃない!
仕方が無いんだ!
これも・・・この街にいる、もう一人の私・・・『偽水島』のせいだ――ッ!!
裏口から会社を出た私は、少し離れた場所のビルとビルの隙間に身を隠した。
「・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・!」
かつてない女難の数、そこから生まれる緊張状態から解放された私は、ただ呼吸を整える事で精一杯だった。
心なしか、口、喉がカラカラになって、くっついてしまうような気分に襲われていた。
唾液が、上手く喉を通過してくれない。
(だ・・・誰だ・・・!一体、誰が、私になりすまして、勝手な事をやっているんだ・・・!!)
多分、会社に女性が来たのは、例の下の名前のない”水島”と書かれた『名刺』のせいだろう。
もしくは・・・偽水島が・・・
”・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・”
私の携帯電話のバイブレーションが、ポケットの中で着信を告げる。
(こんな時に何故、電話・・・!?)
私が、必死に考えているこんな時に限って、ドコの誰が私に電話なんか・・・!
電話なんかに出ている暇は無いのに・・・!
だが。
「・・・・・・。」
電話に表示されたその番号に少し”見覚え”があった私は、”この電話に出なくてはならない”と思った。
そして、私は震える手で、電話の通話ボタンを押して、耳にあてた。
『・・・どう?儀式したくて堪らなくなったでしょう?水島サン。』
電話の声は、妙に落ち着いていて、どこか楽しそうな声だった。
・・・先程とは、うって変わって。
「・・・火鳥・・・さん・・・。」
※注 動揺と小心者の性質で、こんな時にすら”さん”付けしてしまう悲しきOL水島さん。
電話の相手は、やはり、火鳥だった。
・・・以前貰った事のある”火鳥の名刺”に書かれていた番号を我ながら、よく覚えていたものだ。
それにしても、会社の番号といい、私の携帯電話の番号といい、いつの間に調べたんだ・・・!?
腹の底から声を出してやりたかったが、息が切れて、呼吸を整えるのに精一杯な私は、周囲を警戒しながら、電話の声を聞いた。
『女難が増えると厄介よねぇ?・・・どう?スリルがあるでしょう?』
含みのある言い方が気に入らなかったが、それでも、こうなった理由を理解するのには十分だった。
「・・・やっぱり、貴女の仕業ですか・・・ッ!?」
『偽水島』を作ったのは、間違いなく火鳥だ。
・・・私は、そう確信した。
『・・・そうやって身を隠しても、無駄よ。アタシが一言呟くだけで、アンタの周りをいつでも女難まみれにしてあげられるわ。』
火鳥は、私の問いには答えずにそう言って笑った。
「・・・どこにいる・・・ッ!?どこから、私を見てるんだ・・・ッ!?」
余裕たっぷりに笑う火鳥に、私はビルの隙間に身を半分隠したまま、周囲を窺うしか出来なかった。
『・・・どう?アタシと儀式、する気になった?なったなら、女難軍団引き上げさせてあげるわ。』
この期に及んで、まだそんな事を言うのか、と私の頭はかあっと熱くなった。
「どこだって聞いてるんだッ!!」
『聞いたとしても、アナタ・・・そこから動けるわけ?』
熱くなる私に対して、火鳥は冷静そのもの、いやむしろ私のこの状況を楽しんでいるように質問し返した。
「質問してるのは私の方だ!私の名を借りて・・・私になりすまして・・・一体、何をしたのッ!?」
私の問いに、火鳥は電話の向こう側でまた笑った。
『・・・”イイコト”よ。やっぱり、イイコトすると人に好かれやすくなるのね。イイ勉強になったわ。
ああ、でも・・・そういうイイコトは、綺麗事が大好きなアナタがやった事になってるのよねぇ・・・』
そう言い終ると、火鳥はまた笑った。
・・・人をとことん馬鹿にしている。
やっぱり、私の知らない所で、私の名前を使って、見ず知らずの女性達に無差別に恩を売りまくって、私に全部押し付けたな・・・!!
「・・・アンタってヤツは・・・ッ!!」
・・・その先の台詞が、浮かんでは来なかった。柄にも無く、頭にキていたからだ。
そんな私に向かって、火鳥は声を低くして言った。
『アタシと儀式しなさい。水島。やるだの、やらないだの言い合うだけの馬鹿なゲームは、これでお終いにしましょうよ。』
呼吸を整え終えた私は、低い声で言った。
「嫌だと言ったら・・・?」
鼻で笑って、火鳥が答える。
『アナタだけが、今から、不幸な目に遭うだけよ。』
「・・・・・・。」
黙り込む私に対し、ダメ押しのつもりか、火鳥は更にこう言った。
『今度は自力で逃げる事も、誰かの助けも望めなさそうね。
まったく、呪われたとはいえ、縁の力ってヤツは、こういう時にこそ、利用し甲斐があるわ。』
そう言い終わると、火鳥は勝利の笑いを私に聞かせた。
・・・もう完ッ全に、ド頭にキた・・・!
「・・・返事は、今朝と変わらない!今すぐ、水島(私)の名を語るのを止めなさい!」
私は、力強くそう言った。
儀式が出来なくて困るのは、火鳥だけだからだ。
だが。
『あ、そう。交渉決裂って訳ね。残念だわ、せっかくのチャンスだったのに。』
火鳥は、あっけなく、あっさりとした返事を私に放った。
「・・・・・・あ・・・え・・・?」
なんか、そういう言われ方すると揺らぐ・・・!
自分の選択間違ってるんじゃないかって凄く揺らぐ・・・!
※注 小心者の悲しい性質。
い、今ならまだ間に合うかな・・・リセットボタン押すみたいに、取り消しを・・・
『・・・じゃあ・・・”グチャグチャになる”といいわ。・・・雪、連絡して。』
「ちょ、ちょっとぉッ!?」
ぐ、グチャグチャって・・・!グチャグチャって何ですかい!?擬音だけだと返って怖いッ!!何されるの!?私!!!
『・・・まあ、別にアナタごときが、何人の女にナニをされようと、アタシは一向に構わないわ。』
バカヤロー!私が構うわッ!!
『・・・ただ、二度と同じ目に遭いたくなかったら、アタシに跪いて、許しを請いなさい。それが一番の解決策だって、いい加減思い知るのね?』
どこのSM嬢の台詞だッ!?
『フフッ・・・じゃあね。水島サン。くれぐれも、腹上死なんて馬鹿な死に方しないで頂戴ね?』
「だ、誰がそんな死に方するかッ!いいか!?見てなさいよ!?私は」
”ブチン!・・・・ツー・・・ツー・・・。”
「・・・・・き・・・・切りやがった・・・ッ!!」
※注 『やったら、やり返された。』の いい例。
絶妙なタイミングで電話を切られ、私の中には、なんともいえない鬱憤だけが残った。
携帯電話をポケットにしっかりと突っ込み、私は再び周辺を警戒した。
未だ、人の気配は無い。
・・・火鳥側がどうやって、私をグチャグチャにするのかはよく解らないし、勿論、解りたくもない。
ただ、現在の私の位置が、火鳥側にバレている可能性が高い。
・・・ここから移動した方が、良いのかもしれない。
いや、私の位置だけじゃなく、私の動きすらもバレていたら、どこに逃げようと同じではないか。
(どうする・・・!)
しかし、いつまでも同じ場所にいる訳にはいかない。
(結局、逃げるしかないのか!私には・・・!)
とにかく、今迫っている、火鳥から送り込まれた女難から逃げなければ・・・捕まったら、何をされるかわからない。
だって・・・
だって・・・・・・
ぐ、グチャグチャは・・・グチャグチャは、嫌だもの―――ッ!!!(泣)
しかし・・・逃げるって言ったって、いつまでも逃げ続ける訳にはいかない・・・会社に戻らないと・・・!!
そうこう心の中で考えている内に・・・
「あ・・・水島さん!こんな所に・・・!」
「・・・わあああああああッ!?」
スーツ姿の女性が、ビルの隙間に隠れている私と目が合い、嬉しそうに私の名前を呼んだ。(正確には、私の偽者の名前だ。)
逃げなきゃ、と思いながらビルの隙間から抜け出そうとした私だが・・・
「・・・・・・・・ぬ、抜けないッ!?」
・・・策士策に溺れる、とはこの事だろうか・・・ッ!!
※注 単なる水島さんのミスです。
ビルとビルの隙間に私の身体が見事にハマって、抜けない!動けない!逃げられない!!(泣)
あぁ、でも・・・この状態なら”ナニ”は、されなくて済むかしらねぇッ!!あッはははははははッ!!!
でも、女難でビジネス街のビルの隙間で青姦プレイってどうなのかしらね!?あっはっはっはっはっはっは!!
キスも何もぶっ飛ばしてイキナリ青姦プレイって、百合15禁含有サイト的にどうなのかしらね!?あっはっはっはっは!!
もう18禁扱いですか!?そうよね!私、25歳の設定ですものね!あっはっはっはっはっは!!!
○阪でGLは有害図書にな〜りますかぁ!?違いますゥ〜?ただのエロ本扱いになるからかしらぁ〜ッ!?あっはっはっはっは!!
※注 ついに壊れ始めた主人公に代わってお詫びします、色々すいません。
「水島さん!・・・私!私よ!ちょ、ちょっと!大丈夫!?」
「はっ・・・花崎課長ッ!?」
よくよく顔を見ると、スーツ姿の女性は花崎 翔子企画課課長、だった。
スーツ姿で、髪を下ろしてるから、つい別人に見えて・・・てっきり火鳥の仕向けた女難かと思ったが・・・!
「・・・ロビーで慌てて逃げ出す貴女を追ってきたのよ!・・・一体、何があったの!?何に怯えてるの!?」
それは・・・
一体、なんて説明したら良いんだ?
・・・いや、説明している暇なんか、あるわけ無いじゃないか。
「あの・・・実は見ての通り、ハマって動けないんです。引っ張ってもらえます?」
私がそう言うと、花崎課長はいささか怒ったような表情で、腕を組んで言った。
「・・・何故、こんな場所でハマったのか、その経緯を聞いてもいい?」
花崎課長の質問を全部蹴って、ハマったから助けてなんて言われたらそうも言いたくなるだろう。
「と・・・とりあえず、ここから抜け出せたら。」
と私が答えると、妙な間が妙な空気になって、私と花崎課長との間に漂った。
・・・そりゃそうだ。
人嫌いで、いつも女性から、いや人間関係の全てから逃げ回っている私の言葉なんて、そう易々と信じられる訳が無いのだ。
「・・・・・・その言葉、信じるわ。」
そう言うと、スーツを少したくし上げて、花崎課長は私の腕を引っ張った。
「え・・・あ・・・。」
な・・・なんて親切な人なんだ・・・コレで女難じゃなけりゃあ、どんなにいいだろうか・・・!
※注 恩人に向かって、失礼な事を心の中で呟く水島さん。
「・・・いつも・・・!いつも・・・!貴女は・・・!何を、してるのかしら・・・!」
力を入れながら、花崎課長はそう言った。
ズボンなのを良い事に、片足をあげて、私が挟まっている片方のビルに足をかけて、引っ張った。
普段の企画課課長とは思えない格好だ。
「・・・い、いたたた・・・!スイマセン・・・ッ!」
一方、事務課の女は普段の業務を放り出して、ビルとビルの間に挟まっているという体たらくだ。
まったくもって、シュールな現場だと自分でも情けなくなってくる・・・。
「人が・・・!心配してるのに・・・!いつも・・・!一人で・・・!」
心なしか、引っ張られている腕と心が痛い。
割合的に言うと、腕の方が断然痛い。
心の方は、普段から避けているクセに、こんな時にだけ”助けてくれ”という自分勝手さと申し訳ない気持ちが、心の痛みの原因、と言ったところだろう・・・。
って、何を冷静に分析してるんだか・・・。
「・・・いたたた・・・!す、スイマセン・・・っ!」
それしか言えないのか、と問われたら・・・これまた、情けない事だが・・・そうなのだ。
『すいません』としか言いようが無い。
私は、花崎課長に腕を引っ張られつつ、抜け出そうと体を捻った。
「”スイマセン”で・・・!済まないわよ・・・!でもね・・・!ただ私は・・・!貴女を・・・」
花崎課長が、やや説教めいた台詞を言いかけた、その途中。
”・・・す・・・ぽっ。”
「あ。」と私が呟き。
「え?」と花崎課長が表情を変えた。
ビルとビルに挟まれていた身体が、途端に自由になったという開放感と共にやってくる視界の変化。
視界は、一瞬ぐらついたかと思うと、物凄いスピードでそれが移動する・・・一体何がどうなったのやら・・・!
”・・・ドサッ。”
・・・そして、少しの痛み。
「いてっ!」と私。
「ぅぐっ!?」と花崎課長の呻き声。
(・・・ん?)
・・・いや単なる”痛み”だけじゃない・・・。
痛いのは、体だけじゃなかった。
”イタイ”と感じさせるのは、私と花崎課長の置かれている典型的な図のせいだった。
私が花崎課長の上に乗っている。・・・だけならまだしも。
私は、あろうことか花崎課長の顔の上に、胸から着地してしまった。
・・・これじゃあ、今朝、私が電車で経験した”満員電車のせいで女子高生に胸押しあてちゃった♪”の図、そのものではないか!
(・・・何?この体勢・・・。)
不可抗力とはいえ、この状況は・・・非常に、非常に、非常に!・・・面倒臭い展開になるッ!!
「うわあ!?・・・す、すいま・・・」
勿論、即座に私は離れようと、起き上がろうとした。
「せ・・・ん・・・。」
・・・真っ赤になった顔の花崎課長と目が合った。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
・・・花崎課長の目が・・・なんか、違う・・・。
あの、仕事人間・・・企画課の鬼課長と呼ばれる、花崎課長の目が・・・少し、潤んでる気が、する・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・な、なんなんだ・・・この気まずさは・・・ッ!!
「もう、痛いわね!プンプン★」とか「やっと抜けたわね!このデブ☆」とか、もうキャラ崩壊でも、何でもいいから・・・
せめて・・・せめて何か言って・・・ッ!!そういう反応されると、なんか、こっちが余計恥ずかしいわッ!!
・・・挟まっている所を助けてもらった上、胸から倒れこんで、潰しておいてなんだけどねッ!!!
私は気まずくなり、咄嗟に目を逸らし、無言で起き上がろうとした・・・。
「・・・水島さん・・・どうして?」
「・・・は?」
起き上がった私に花崎課長は、上体を起こすとボソリと質問した。
「どうして、貴女の周りには・・・いつも・・・女性がいるの?」
「・・・・・・・・・。」
・・・そんなの、私が聞きたい。というか、イキナリ、その質問どうなの?
いや・・・”呪われている”とはいえ『それは、私が女難の女だからでーす★キャッホーイ♪』と、ホイホイと言えるものか。
「・・・事務課は、女性が多いですからね。」
私は、そう言って誤魔化した。
事務課に女子社員が多いのは事実だ。嘘は言ってない。
「・・・そうじゃなくて・・・今よ、今。」
花崎課長にそう言われて、ハッと我に返り、周囲を見回す。
私と花崎課長の周りを、スーツ姿の女性が数名・・・囲むようにして立っていたのだ・・・!
「・・・・・・いっ!?」
”いつの間に?”という言葉も上手く出ないほど、驚いた。
そして私の頭を過ぎったのは、火鳥のあの台詞だった。
『・・・じゃあ・・・”グチャグチャになる”といいわ。・・・雪、連絡して。
・・・まあ、別にアナタごときが、何人の女にナニをされようと、アタシは一向に構わないわ。』
(・・・本当に・・・本当に、やりやがったんだ・・・!あの莉里羅め・・・ッ!!)
私は心の中で悪態をついた。つける限り、ついた。
・・・だからと言って、この状況が変わる訳でもない。
・・・むしろ・・・状況は最悪の極みだ。
私の周囲を取り囲む数名のスーツ姿の女性達。・・・多分、『偽水島』に唆されただろう女性達。
私の隣には起き上がり、髪を直す花崎課長。・・・確実に私の女難チームの女性。
・・・360°女性だらけ・・・in ビジネス街の片隅!!(お前ら仕事しろよ!私もだけどさぁ!!)
(逃げる・・・訳には、いかないわね・・・)
そう・・・先程、私は花崎課長に『ビルとビルの間に挟まった経緯を説明する事』を条件に助けてもらったばかりなのだ。
・・・でも、正直言うと、逃げたい!逃げてしまいたい!この状況、すっごく面倒臭いッ!そして、グチャグチャは嫌――ッ!!
「・・・あ・・・」
・・・だけど・・・!!
「・・・あの・・・!」
最後の抵抗を試みる。
『・・・あの・・・私は確かに”水島”です!水島ですけど・・・貴女達の知ってる水島じゃありません!貴女達の探してるのは黒乳首の女です!!』
そう言おう(さすがに乳首の話はしないけど。)とした私の手首をガシッ!と、花崎課長が強く掴んだ。
「・・・貴女達、彼女に・・・水島さんに、何の用なんですか?」
そう言って、花崎課長は”企画課の鬼”と呼ばれたあの形相で周囲の女性を睨み、私の手首を引っ張って、自分の後ろに立たせた。
・・・すると、周囲を囲んだ女性達が一瞬だけ、ひるんだ。
(・・・こ・・・これが噂の”企画課の鬼の花崎”・・・の顔・・・ッ!?・・・怖ッ!!)
・・・・・・正直な私の感想は、とりあえず、こっちに置いといて・・・。
すると!私の右斜めに立っていた女性が意を決したように言った。
「あ、あの・・・私は・・・そこの女性・・・水島さんに助けられたんです。」
「・・・私も。」
「私も、そうです。」
「あの・・・ここにいる皆、彼女に、お礼が言いたくて・・・。」
「私もそうなんです・・・助けて貰ったお礼を・・・。」
(・・・ち、違う・・・!)
私は、首と手で必死に『違いますから』とジェスチャーを出したが、悲しいことに誰も見ちゃいない。
「・・・・まあ・・・。」
周囲の女性達の言葉に、鬼の花崎課長は、元の花崎課長に戻ってしまった。
「・・・・・・・・・・・。」
(ち、違う違う!それ、私じゃないから!それは、火鳥莉里羅!黒乳首の仕業で・・・ッ!)
私は、首と手で必死に『違いますから』とジェスチャーを出したが、大変!悲しいことに!誰も!見ちゃいないッ!!
すると、花崎課長が口を開いた。
「そうだったの・・・貴女達も、水島さんに助けられたのね・・・。」
そして私から手を離すと、軽く腕を組み、納得したように頷いた。
「・・・・実は・・・私も水島さんに助けられた一人なの・・・。だから、今度は私が助ける番だって・・・決めてたんだけどね・・・」
「・・・えぇ゛・・・っ!?」
(花崎課長――ッ!?あな、貴女達”も”ってどういう事―――ッ!?)
私は、花崎課長を助けた覚えはありませんけど――!?
むしろ先程、私”が”貴女に助けられましたけど――!?ビルの隙間から私を助けたんだから、もう良いんじゃありませーん!?
※注 水島さんが花崎課長を助けた経緯は、水島さんは仕事中またはスピンオフ花崎 翔子編をご参照下さい。
「ち、違う・・・違います・・・私は、”何もしてません”よ・・・ッ!?」
困惑する私に対し、女性達は皆、困ったような笑顔を私に見せつけ、”うんうん、わかったわかった”と言いたげに頷いていた。
何故、皆そんな笑顔なの!?どこで共感し合ってるの!?
・・・私には解らない!ちっとも!!!
「まいったわね・・・貴女って、本当に優しい人なのよね・・・ふっ・・・困っちゃうわ・・・。」
花崎課長はこちらを振り返って、少し困ったように笑う。
「・・・・・・はいぃ・・・?」
(・・・何故、どこら辺が困るんですか?・・・ていうか、誤解です・・・全部、誤解ですって・・・!!)
「・・・水島さんは、私達の恩人です!」
「いや・・・だから違・・・」
「水島さん!これ、お礼です貰って下さいッ!」
「いや、だから違・・・」
「水島さん!はい!私も!」
「いや、だから違・・・」
「さすが水島さんね・・・でも、ちょっと困っちゃうわね・・・」
「だから、何がですか!?花崎課長!」
「「「「「んもう、とぼけちゃってー♪」」」」」
私は口を開け、首を振って、必死に”違う、全て違う”と説明しようとするのだが、何から説明したらいいのか解らず。
(・・・というか、全然私の話を誰も聞いちゃいねえ。)
ただ、目の前の女性達に見つめられ、褒められ、極限に居心地の悪さを感じ、背中にじっとりと汗が滲んでくる・・・。
人嫌いである私が、かつてこんなに沢山の人間に囲まれ、褒め称えられた事が、あっただろうか・・・いや、無い。
そして、ひたすら気味が悪い!居心地が超・悪いッ!!
しかも、誰もが私の否定を『ただの照れ屋さん♪』で済ませてしまって、誰一人として、私の真実の声を聞いてくれない・・・!
私は、声を張り上げて叫んだ。
「だから、違うってばッ!!それは、私じゃないんだああああああああああああああッ!!!」
「「「「「「またまた〜★」」」」」」」
「だから!ちッがぁああああああああああああああああああああああああああうッ!!!」
― 数十分後。 ―
私は、火鳥の言うとおり”グチャグチャになって”事務課に戻る羽目になった。
(・・・・・・これで・・・これで、満足か?火鳥・・・!!)
私は、心の中で恨み節を歌った。
足取りは、いつに無く重い。全身がだるい。もう走れそうも無い。
机の上に置かれた、同僚からの大量の”プレゼント”も、今、抱えているモノに比べたら、『可愛い』としか思えない。
「・・・只今、戻りました・・・。」
「水島くぅ〜ん、随〜分〜かかったねぇ〜?」
いつもの近藤係長の嫌味も気になる事も無い。
「・・・すいません・・・コレ、置いたら、すぐ、業務に戻ります・・・。」
無だ。
今の私は、完全なる”無”だ・・・。
「・・・あ、水島が戻ってきましたよ・・・。」
「っていうか・・・何!?あの大荷物・・・プレゼント?」
「・・・この1時間弱の間に、一体、ヤツに何があったのよ・・・!?」
「しかも、アイツ・・・髪の毛、”グチャグチャ”じゃないのよ・・・。」
「・・・アイツ・・・なんなの・・・?」
事務課の女子社員の陰口(もはや陰口ではない)が聞こえてくるが・・・。
・・・そんなの、私が一番、聞きたい・・・。
なんなの?私って・・・。
貰ったプレゼントの数・・・数えたくない。
握らされた連絡先の数・・・数えたくない。
私に助けられたと言い張る女性の数・・・数えたくない。
頭や身体を撫でられた回数・・・数えたくない。
その勢いでキスされそうになって必死に避けた回数・・・数え切れない。
今回負った心の傷・・・Price less(プライス レス)・・・。
ロッカールームで、私は自分のロッカーの前で座り込み、溜息をついた。
(・・・違う・・・私じゃない・・・私じゃないってのに・・・!!)
誰も、私の話を聞いてくれなかった上、彼女達の中で、私は勝手に”良い人”として、まつり上げられてしまった。
(・・・違う・・・私は・・・違う・・・!)
今回の女難からも逃げられなかった私は・・・女難チームの数が、圧倒的に増えてしまった・・・。
もう誰が誰だか、貰った名刺見ても名前と顔が一致しない程に、だ・・・。
これから、あの数の女難を避けつつ、呪いを解く方法を見つけなくてはならないかと思うと、溜息どころか、ゲップも出る・・・。
「ふ・・・ふふふふふふふ・・・」
私は口で笑いながら、貰ったプレゼントをロッカーにしまった。
(・・・確かに・・・確かにグチャグチャになったわ・・・火鳥。・・・ただし・・・精神的に、ね・・・。)
幸い・・・身体は無事だ・・・。
なんとか無事だ・・・!
あの悪夢のような複数の女性に囲まれ、ビジネス街の片隅で悲しくも女性にキャーキャー言われて口説かれても、嬉しくもなんとも無い。
自慢にもならないし、いい迷惑なのだ。・・・だって、私は人嫌いだから。
私の身体は、いつになく疲労でガタガタだが、なんとか最後のライン際で踏ん張りきった。私は無事だ。無事なんだ、水島・・・よく頑張った方だ。本当に。
私は、プレゼントをロッカーにつめ終えると、ロッカーの扉を勢いよく足でバタンッと閉め、念を押すように拳を叩きつけた。
”・・・バンッ!”
・・・火鳥なんか無視して、私なりに呪いを解く方法を見つけようと思っていたが、もう我慢ならない・・・。
アイツがこれ以上、私に関わり、何かしようというのならば・・・
・・・受けて立とうではないか・・・!!
「・・・・・・火鳥・・・覚えてろよ・・・ッ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・。
(・・・・・・・・・・・・とはいえ、どうしよう・・・?)
※注 結局、ノープランな水島さん。
― 一方 その頃 火鳥さんは・・・。 ―
「火鳥さん・・・一応、精神的に追い詰められたみたいですし・・・作戦は、一応・・・成功です、よね?」
”バン!”
報告を聞いた火鳥は机を叩いて、更に書類をなぎ払った。紙がハラハラと室内を舞い、関口 雪がそれを慌てて拾う。
「どこがよッ!?ドコ見てモノを言ってるのッ!?・・・生温い・・・!まったく生温いわッ!!」
髪を掻きむしって、火鳥は舌打ちをした。
途中までは、自分の計画通りに進んでいたのに、どうしてこうも”奴”絡みの事となると、上手く進められないのだろうか。
「”水島”を追い詰めて、追い詰めて・・・アタシの方へ誘導出来なきゃ、意味無いのよッ!?
なのに、どうしてヤツは、英雄もどきになってんのよッ!?何で、全部受け入れてんのよッ!!」
自分の女難を”水島”に押し付けるアイデアまでは良かったのだが
火鳥の計算違いだったのは、水島が一気に増えた女難に根をあげ、自分に助けを求める・・・
・・・事なく、”その女難を水島(小心者)が全て(強制的にだが)受け入れてしまった事”・・・だった。
「あ゛ーッ!!もう!どうしてこうなる訳!?御蔭で、アタシの時間がまた無駄になったわ!腹が立つッ!!こうなったら・・・!!」
火鳥は、再びスーツケースを開けた。
「・・・また”水島”に変装するんですか?火鳥さん・・・。そのままで十分ステキなのに・・・。」
関口には、理解出来なかった。どうして、そんなに”水島”という女に、こだわるのだろう、と。
「・・・アタシだって、好きでこんな地味でダサい格好する訳じゃないわ。勘違いしないで頂戴、雪。
・・・こうなったら、トコトンやってやるわ・・・もっと、アイツをギリギリまで追い詰められる相手に接触しないとね・・・。」
「でも、そんな事して、大丈夫なんですか?・・・あの、火鳥さんは、一体何をしようと・・・」
「雪・・・アタシのする事に口出ししないで、貴女はただアタシの言うとおりに動けばいいの。そういう約束でしょう?
・・・それに、アタシは誰のモノにもなりはしないわ。アタシは、アタシだけのモノよ。・・・わかった?」
「・・・・・・・はい・・・火鳥さん・・・。」
”関口もこの呪いさえ解けば、自然と縁が切れるに違いない・・・”火鳥は、そう考えていた。
「・・・見てなさいよ・・・水島ァ・・・!」
ある者は、自分に都合が良く、このサイトの傾向も考えずに、手っ取り早く”18禁儀式”で呪いを解こうと躍起になり・・・
「・・・あの恥ずかしい名前の女めッ・・・!」
ある者は、別の方法で呪いを解こうとしつつも、自分に降りかかる火の粉を振り払うので精一杯で
小心者のクセに、あわよくば、恥ずかしい名前の女に自分がされた事を2倍にして、やり返してやろうと心に誓っていた・・・。
「 「・・・絶対、ブッ飛ばすッ!!」 」
かくして、”女難の女”と”女難の女”の戦いは、更に馬鹿らしくヒートアップしていき・・・
・・・結果的に、自分達自身を更なる”女難の不幸”へと導く事になるのであった・・・。
そんな彼女達に、送る言葉は一つ。
・・・ていうか、ちゃんと仕事しろよ。お前ら・・・。
― 水島さんは活躍中・・・? END ―
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あとがき
という訳で、『水島さんは全然、活躍してませんでした〜!』ってお話でした。
別に、前後編で引っ張る話じゃなかったですね〜(苦笑)・・・欲を言えば、もっともっと下ネタ入れたかったんですけどね〜♪
今回は、『女難の女VS女難の女』&『女難チーム増量大サービス!』を中心に話を進めました。
前回のVSでは、水島さんの勝利でしたが、今回はやや火鳥さん勝ち・・・でもないか。まあ、痛み分けですね。
一気に女難の人数が増えてしまった水島さんは、これからますます動きにくくなっていきます。
そして、火鳥さんは更に『偽・水島』に扮して、まだ何かやらかそうとしています。(何故バレないのかは、普段の水島さんの印象が薄過ぎる為です。)
彼女達のアホらしい戦いの季節は・・・いよいよ”冬”に突入します。
・・・つまり、クライマックス間近って訳ですが。(もうそろそろね、いい加減にしろよ、という訳で。笑)
災難と女難は忘れた頃にやってくる、と言います・・・彼女達のアホらしい戦いに終わりは来るのでしょうか?
・・・といっても、別に彼女達の戦いは、頭脳戦でも肉弾戦でもなんでもないので、気も何もかも緩めて、次回もゆったりお楽しみ下さい♪