私の名前は、水島。


悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


性別は女、年齢25歳。


ごく普通の、出世願望も、結婚願望もない、本当に普通のOL。



・・・呪われている、という以外は、普通の人間嫌いの女だ。



私は、今、最高に幸せだ。



「……ふ…ふふ……あはははは…!」


目覚めて、すぐ、私は笑った。

声を出して、笑った。



私は、今、最高に幸せだからだ。


何故って?


何故ならば………休暇中だから、だー!!!



ヤッホー!やったー!


女に〜会わずに〜堂〜々と〜家にひきこも〜れ〜る〜♪



※注 テンションが高過ぎて、ミュージカル調になっておりますが、この人は”水島さん”です。



          [ 水島さんは休暇中 ]





私の会社は、週休2日制。


なんと、素晴らしい事か!組長…いや、城沢会長!ありがとう!!



嬉しくて、無駄に早起きしてしまった朝。



(……5時か。)


ふ……浮かれすぎて、こんなに早起きをしてしまうとは…


いや。


この日の為に、私は、仕事を全て片付けたのだ。


前日、スーパーで買い物をし、絶対に家から出なくても大丈夫なように


日用品、雑貨…全てを買い込み…


引きこもり生活に飽きないように、レンタルビデオ店まで走った。



…篭城出来る準備は、全て完了している。



この喜びは、その努力の結晶だ!喜んで何が悪い!!



「さあて…」


私は、軽く伸びをすると、パジャマを洗濯機の中へと、放り込んだ。


休日は朝風呂をすると、決めている。

『朝風呂』は…私にとって、かけがえの無いリラックスタイムだ。



そして…片手には

これまた、つい最近購入した…液晶付きDVDプレーヤー(防水加工済み)


そして、そう片方の手には

レンタルショップから借りてきた…DVD…『わんこと一緒。』


タイトルからして、犬が主役!

オール犬!犬の競演!


彼らの自由な走りっぷりと、尻尾を、湯船からのんびり眺めるのだ…ああ、癒されるなぁ…。

長風呂する時は、本か、DVDに限る。


さてさて…どんな犬…が……あれ…?




画面には、成人指定という字幕が、流れていた。



・・・・・・・・せ、成人?



続いて画面には、DVDのタイトルが表示された…



『本日のわん子……17歳♪メス♪』



・・・・・・・・・嫌な予感、この上なし。




『私、わん子…人間で言うと、17歳…捨て犬なんですぅ…』


(・・・どうみても、25歳以上だろ・・・。)


画面には、おおよそ17歳とは言いがたい女が、無理矢理ブレザーを着て立っている映像が流れた。

私は、思わず心の中でツッコミを入れた。



どうやら、この女は元・犬という設定で、恩返し(エロい事)をしに来た、という…


まあ、そういう非現実的な設定が売り……なんだろう。


あとは、よくは、わからない…。


捨て犬が、何故、女になったのかも。

捨て犬が、何故、ブレザーの制服着ているかも。

捨て犬が、何故、化粧バッチリしすぎているかも。



これが『アダルトDVD』だという事、以外…今の私にはわからない。



(・・・・・・騙された・・・!!!)



『わんこ』と『わん子』を間違えるとは…私という人間は…くうっ…!!


…悔しいッ…今日ほど、悔しいと感じた日はないぞ…ッ!!!



『今日から、私はアナタの犬です。…ご主人様ぁ…可愛がってねぇん?』



・・・ぶっ飛ばすぞ。






私は、風呂に浸かりながら、見ず知らずのAV女優に殺意を覚えていた。


しかも、この女優…台詞が先ほどから『棒読み』だ。


『よしよし、わん子…スキンシップだー』


やがて”ご主人様”こと、AV男優も出てきた。

ちなみに、彼の演技力も『棒読み』だ。



『あーん、ご主人様のエッチーぃ』

『あははは…こら、よせよー』




・・・・・お前ら、ホントにぶっ飛ばすぞ。





……人間の交尾シーンなんか、休日にまで、見たくないわ…。


そう思いつつも。


出演者が、棒読みの会話のやり取りをしているのを、私はボケーッと湯に浸かりながら、見ていた。


・・・お金払ってまで、借りてきてしまったのだ。見ないと損だろう。


それに


「ふ…っ」

私は、AVで笑ってしまった。


…出演者の”棒読み”具合がなんとなく可笑しくなってきて、私はそのまま見ていた。


肝心(?)のHシーンを、私は早送りして、次の会話シーンを見た。


やはりそうだ。

「ふ…。」


…演技があまりにも、学芸会の域を超えていないのだ。

そこが、ツボに入ったといえば、そうなのかもしれない。



内容は、何という事はない。



わん子は、捨て犬で、男優に拾われ、エロい事をされつつも一緒に生活するが


ある日、犬の病にかかってしまい、動物病院へと向かうのだが

”コイツは人間じゃねえか”と獣医に追い返されてしまう。(当たり前だ。)


そのせいで、わん子は、生死の境をさまようのだが、最後にご主人様とHがしたいとわん子が言い…


結果的に、そのHでわん子は、喉の奥の”魚の小骨”が取れ

病がケロッと治ってしまうという・・・



…ハッピーエンド。







「・・・・・・ぶっ飛ばすぞッ!!どチクショー!!」




私は、湯船の中で思わず叫んだ。


最後まで見てしまった自分が、情けないわ!!!

大体、お前らのエロい事だけしてりゃいいという精神が…


※注 現在、水島さんの精神が著しく荒れ狂っております。しばらくお待ち下さい。






そっと、プレーヤーの電源をOFFにし、私は湯の中に沈んだ。



(…………。)


ああ、どうでもいい事に、精神力を使ってしまった。


(なんだか、頭が痛くなってきたな…もう出よう。)


私は、風呂から上がると、部屋着に袖を通す。

冷蔵庫から、牛乳を取り出し、腰に手を当てて飲んだ。


「…美味しい。」


やっと、休日らしくなってきた。


私の部屋は、結構モノが多い。

本は、気に入るとシリーズで集めてしまうし、音楽も携帯電話でダウンロードはせずに、CDを買ってしまう。

それ以外は、家具や、カーテンも、シンプルなデザインで統一している。


自室が、一番落ち着く。

この部屋にいる時が、私の一番好きな時間だ。


一人だけの、一人きりの時間。


呪われてるなんて…忘れちゃいそうな…


”ガチャガチャ!……ダンダン…!”


わ、忘れ・・・



”…ダンダン!ガチャガチャ!ダンダンダン!!”


あははははは…だーめだ、こりゃ。


早朝、6時。

この時間に、私のマンションの扉をけたたましく、叩く音が聞こえる。

あろうことか、無理矢理こじ開けようとしている音まで、聞こえる。


・・・警察に・・・こういう時の為の国家権力を・・・。

私は携帯電話に手を掛けようとしたが、その手を止めた。


(…待てよ…)


警察、といえば…私は、先日巻き込まれた”ストーカー事件”で

婦人警官 遠野さんと知り合ったのだ。


…調書を取るのに3時間も拘束された私に、彼女は…

『何かあったら、私に言って下さい』

とご丁寧に、メールアドレスまでくれたのだった。


…もし、通報して…彼女と再会するような事があったら…



ああー!ダメだー!考えたくないっ!!


なんと頼みの国家権力は、すでに女難に汚染されているのだ。

”…ダンダン!ガチャガチャ!ダンダンダン!!”

扉の外には、恐らく…毎度おなじみの”女難”が待ち構えている。


…ここは、去るのを待とう。


”…ダンダン!ガチャガチャ!ダンダンダン!!”


頼む…!風と共に去ってくれ…!!


そのうち、扉を叩く音は止んだ。


私は、玄関へと行き、そっと扉の覗き穴から、扉の外を確認した。

…人影は見当たらない。

一体、何だったのだろうか…?


私は、チェーンをかけたまま、そお〜っと扉を開けた。


…やはり、誰もいない…


「…去ったか…」


私は、ほっと安堵すると共に

「開かないよー…ふ、ふええええええ…!!」

泣き声が、した。


玄関の覗き穴からは、死角となっている場所、つまり…私の足元から。


小さく縮こまって泣いていたのは、やっぱりというか…


女性だった。


一言であらわせば・・・酷い。


服は、ボロボロで原型がよく分からない。

泣いたのが、災いしてメイクは滅茶苦茶で…まるで焼け出されたピエロのようだ。

そして、生ゴミにでも突っ込んだのか、バナナの皮を頭に乗せているし

肘も膝も擦りむいて、血が滲んでいる。


引きつった顔の私に、女性は、気付くと

ぱーっと嬉しそうに表情を輝かせて、部屋に飛び込もうとした。


「……あ、開いたー!良かったー!!」


泣き声を上げていた女は、チェーンもものともせず、私の部屋に入ろうとする。


「うわっ!ちょっと!開いたって…う゛…酒臭いッ!?」


酒臭い。

相当臭い。


「そら、お酒飲んでますからぁ〜仕事だすぃ〜!」

陽気な酔っ払いの女性は、ケラケラと笑う。


どうやら、彼女の職業は…ホステスかキャバ嬢…で、酔っ払い…


・・・そして、私の記憶が正しければ、このはた迷惑な酔っ払いは


お隣の『伊達(だて)さん』だ。


「香里(かおり)、とボトル、入りまぁーす。」



入るなー!そして、ニューボトルも入れてなあああああい!!!



私は、慌てて制止して、説得にあたる。

「貴女の部屋は、あっち!ここは、私の部屋ですっ!」

「ドアが開〜いたからぁ、ワタシの部屋は〜…こっつ(こっち)!」


……酔っ払いの理論は、もうわからない。


「だから!開けたのは、私で!…貴女の部屋はあっち!」


私は、懸命に説得するが、酔っ払いにそんなモンきくわけもなく。


「入〜れてよ〜…入〜れてよ〜…イジワルー」


子供がダダをこねるような口調で、伊達さんは泣き始めた。


私のイライラは、最高潮に達し、遂に爆発した。




「人の話、聞けーッ!!」




私が、怒鳴ると伊達さんは、ピタリと動きを止めた。




そして…




「・・・・おええぇぇえぇえええええええええええええええ」


「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」





・・・・最悪だ。



もう、私は、彼女を迎え入れるしかなかった。



…そうでもしなければ、玄関の、あの”惨劇”を片付けられなかったからだ。


伊達さんを、トイレに連れて行き、心ゆくまで吐いてもらった。



その間、私はゴム手袋を装着し、玄関の惨劇を片付けた。



…うう…こんな事するために買ったわけじゃないのに…


買い込んだ日用品と、役立ってしまったお掃除グッズ…。


伊達さんは、一体何をどれだけ飲んだのだろう?

私が玄関を掃除している間中、ずっと吐いていた。


時折、私は彼女の様子を見に行っては、背中をさすり、水を流した。

よほど、苦しいのだろう。


吐いては泣き、吐いては泣きを繰り返し、呼吸も苦しそうだった。


あまりにも長い時間、それを繰り返しているので


…なんか”そういう泣き声の生き物”みたいに見えてきた。



…だったら、そんなに飲まなきゃ良いのに。とも心の中で思う。


飲んで、吐いて、忘れられるのなら私だって、女難の日々を酒で誤魔化していただろう。



私は、タバコは吸うが、酒はあまり飲まない。

量を間違えると、意識が酩酊するからだ。

酩酊して、新たな失敗を犯すくらいなら、私は飲まない方を選ぶ。



やっと、玄関の惨劇を片付け終わり、私は、ゲロ…いや、伊達さんの所へと戻った。

”泣き声”は止んでいて、ぜーはーという呼吸音だけが聞こえた。


私は、やや駆け足で、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、彼女の元へと向かった。


「…口に含んで。」

「…う……」

グラグラしている彼女の上半身を支えて、私は、ミネラルウォーターを彼女の口に含ませた。


「…口の中濯いだら、出して。…”ぺっ”って出して。」

「……べっ…」


割と素直に、水を口から出した伊達さん。

「次は、飲んで。」

「ん…」


口の中をスッキリさせてから、私はミネラルウォ−ターを伊達さんに飲ませた。


「……うー…むにゃむにゃ…」

「……やれやれ…」


伊達さんは、眠りに落ちようとしていた。

…こうなったら、仕方が無い。


いや・・・・むしろ、寝てくれた方が、女難としては最も楽な方ではないか。


私は、彼女の汚れた衣服を脱がせると、自分の部屋着を着せた。

(…これはもう洗濯してもダメだろうな…)そう思いながら、私は一応、服をビニール袋に入れた。


擦りむいた肘や膝も、一応消毒を…


って……よくやるわ、私ったら…。


伊達さんは、小さい。

ヒールの高い靴で、私と同じ背丈だっただけで、脱ぐと小さい。

158・・・cmもあるか、ないか…。

私は、お姫様抱っこに挑戦したが、やはり事務課…出来なかった。

ベッド・枕の上にバスタオルを敷いて私は、彼女を自分のベッドへ寝せた。

そして、窓を開けて、部屋に充満する酒臭さを外へと出した。


・・・・・本日は晴天なり。

私の心は…どんより…曇り。



拭くだけでメイクが落とせるコットンで、彼女の顔を拭く。

いつまでも、焼け出されたピエロのままだと、見ているこっちが怖い。


「・・・ん?」


…この人、メイクしてない方が、良い。

美人というよりも、可愛いという表現が似合う。



大人っぽく見せようとした結果なのか、伊達さんのメイクは、とても厚かった。


焼け出されたピエロメイク…いや、厚化粧するよりも、ナチュラルメイクの方が

良いのではないかと、私は思った。


少しくらい童顔でも、こっちの方が良いと…勿論、それは余計なお世話だ。


”赤の他人”の私には、関係の無いことだ。


私は、タバコを吸う。

ベランダに立って、空に向かって煙を吐く。


今日は休日だというのに。

まだ、朝だと言うのに。


…私は、一体何をやっているんだ…とほほ…

・・・なんだよ、とほほって・・・死語だよ・・・。


※ 水島さんの一人ボケツッコミがしばらく続きますが、あまりにもくだらないので、割愛させていただきます。




そういえば、私の部屋に”私以外の人間”が来たのは…初めてのことだ。


…ま、どうでも良いけど。


早く起きて帰ってくれないかしら…


私は、唯一リラックスできるはずの自室で、居心地の悪さを感じていた。

他人がいる、それだけの事で。


いたたまれなくなって、私は台所に立った。

なんとなく、寝ている伊達さんと、少しでも距離を取っておきたくて

今朝のメニューは、和食に決めた。


豆腐とわかめの味噌汁に、ほうれん草の胡麻和え、出し巻き卵…。

作ってしまえば、あっという間だが、トースト焼くだけよりは、台所に長くいられる。

あとは、米が炊き上がるのを待つだけ。


「……ん…」


・・・・・あ、起きた。


伊達さんは、のそりと起き上がって、頭を抱えた。


「アタマ…痛…」


…そりゃ、そうだろう。

伊達さんの独り言に、私は心の中で答える。


「うわ、ココどこ…?」


  A.赤の他人の家です。


「…あーもう…最悪…」


  A.私の台詞です。


「…っていうか…誰?」


  A.…お前がいうな。



「水島です。

 貴女の隣に住んでるんですけど。いや、それはいいです。

 今朝、貴女がいきなりやってきて…玄関で吐いて、寝てしまったんですよ。」


「え…あ、そうなの?いやー…その…ゴメン!」


「・・・・・・。」


・・・軽ッ!!

なんだ、その軽いリアクションはッ!!


驚く私に、引き続き頭を抱えて、うーうー唸る伊達さん。


「・・・・・・。」


…いや…”こっちがわざわざ世話してやったのに”と考える方が、どうかしているのだ。


…本当の親切は、そういうものだ…


………でも、納得いかねえな、ちくしょー…(本音)


「……はあ…」

私は、溜息をつくと、冷蔵庫の中のレモン果汁入りのミネラルウォーターを

取り出し、彼女に差し出した。


・・・・とっとと、帰ってもらうためだ。


「…どうぞ。」

私が、ボトルを差し出すと、伊達さんは素直に受け取った。

「うー…ありがと…えーと…隣の…」

「…水島です。」

私は、そう言うと、本日、2本目のタバコに火をつけた。

部屋の中央の赤いソファに腰掛け、朝のニュースを見る。


ニュースの見出しは、スペインで”イベリコ豚”が大量に逃げたニュースだった。

『捕まってたまるかブー!』

『…と、逃げる豚ちゃん達に、警察まで出動する大騒ぎに…』

おおよそ、豚が考えてもいないことを、人間が勝手にアフレコしている。



「…圭ちゃん…」

ふと、伊達さんが、そう呟いた。

私が声のした方を見ると、伊達さんがTVではなく、私を見て、今にも泣きそうな顔をしている。


・・・オイオイ、まさか、また吐くのか?


「…吐きます?」

「…ううん、大、丈夫…」


私は、黙ってタバコを吸って、米が炊き上がるのを待っていた。


「……それ、マスタング8だね。」

「…ええ、まあ。」

伊達さんは、私の吸っているタバコの箱を手に取った。

「…吸っていい?」

「どうぞ。」

私は、彼女のタバコに火をつけた。


「ーッゲホッ!?」

「…ん?」

……吸えない、のか?

私は、伊達さんからタバコを取り上げて、再び窓を開けて、咳き込む彼女の背中をさすった。


「…げほっ…げほっ…」

「吸えないなら、無理しない方がいいですよ。二日酔いには、キツイでしょう。」


伊達さんは、窓から顔を出して、空気を吸い込んで言った。


「…ゲホッゲホ…ゲホゲホッ…一度…吸って、みたかった…ゲホ…

 彼が…吸っててね…前から、吸ってみたかったの…あー気持ち悪い…。」


…どうやら、その”彼”が、昨夜飲み過ぎた”原因に関係ありそうだ。


・・・だが、私はあえてスルーする。


女難女の自宅に、女性がいるのだ。

原因なんか、聞く必要もない。


「……止めた方がいいですよ、体に悪いですから。」

私は、咥えタバコのまま、伊達さんの背中をさすった。

伊達さんは、すーはーと深呼吸をすると、こちらに向き、ニッコリ笑った。

「…うん、良くわかった、ありがと。みーちゃん。」

「……みーちゃん?」

「水島だから、みーちゃん。」


…猫じゃあるまいし。


「……水島で、お願いできますか?」

「ねえ、みーちゃん。下の名前は何て言うの?」

「水島で良いです。」


勝手にあだ名をつけるな…下の名前を聞くな…。


「ねえねえ、みーちゃん。」

「…水島です。」

人懐っこいタイプの人のようだ。

・・・参ったな、一番苦手なタイプだ・・・。


「…コレ、さ…みーちゃんやってくれたの?」

伊達さんが”コレ”と指差したのは、膝と肘の絆創膏だった。

「ええ、まあ。」

「コレも?」

続いて、コレと指差したのは”服”。

「服は、申し訳ないんですけど、こっちの袋に入れさせてもらいました。」

「…みーちゃん、人が良いねー。」

…それは褒めているのか?…褒めるなら”優しいね”じゃないのか?


”ピピピピ…”

絶妙のタイミングで、米が炊き上がった。

私は、一応聞く事にした。

「あの、ご飯…食べられます?」

「ううん…お腹は空いてるんだけど、即リバースしそうだから、無理。」


そりゃ、あんなに吐いていたら、そういう事になって当然だわ。


「じゃあ、私だけいただきますね」

私は、ご飯をよそって、味噌汁と、おかずを並べ、伊達さんに背中を向けて

朝食を食べ始めた。

…うん、自分の味覚は、やはり自分がよく理解しているな。旨い。

「・・・みーちゃん、料理上手いんだねー」

視線を感じる。

真後ろから。

伊達さんは、私の背後にいつの間にか立って、私の食事を覗き込んでいた。

「……どうも。」

「…あー…いいなー…でも食欲ないしなー…

 カオも、みーちゃんみたいな奥さん欲しいなーなんちゃって〜。」


”カオ”とは、香里…つまり、自分称だろう。

奥さんって…洒落のつもりだろうか…今の私には、全く洒落にならないぞ…。

「あの…座ってていいですよ。」

本当は座れと、指図したいのだが。

小心者の根性が、それをさせない。

「いいの気にしないで気にしないで♪」

と伊達さん。

いいなーと連呼しながら、食事を覗き込まれるのは、いささか気分が悪い。


(…仕方ないな…)


「ちょっと、待っててください…」

私は、冷凍庫からバニラアイスを出して、レモン果汁を多めにかけた。

「これなら、食べられると思いますよ。口に合わなかったら、置いといて下さい。」


私が、アイスをテーブルに置くと、伊達さんは子供のように、黙ってそれを口に運んだ。

伊達さんの正面に座り、私はアイスの感想も聞かずに、黙って朝食を口に運んだ。

TVの音だけが、部屋に響く。





「……おいし…。」

伊達さんが、そう呟いた。

「意外と、さっぱりするでしょう?レモン果汁かけただけですよ。」

「うん、不思議…酸っぱいけど、なんか全然…気にならない。」


そう言って、黙々とアイスを口に運ぶ伊達さん。

私は、そんな彼女を見て、良かったなと心の中で思った。


そして、そんな事を思った自分に…『人が良くなったな、私』と再確認させられた。

…ホント、縁切りの呪いにかかってから、私はどんどん変化していく。


本来の私から遠ざかっているのか

それとも・・・・


「ねえ、みーちゃん。」

「…水島です。」


私は、しつこく”みーちゃん”を取り下げてもらおうとしていた。


しかし…次の瞬間、伊達さんは、スプーンを置いて言った。




「ねえ…みーちゃん…”彼氏にソープに売られた女”って、どう思う?」



私は、思わず箸から、豆腐を落とした。


豆腐は崩れて、ぼちゃんと味噌汁の中に落ちて沈んでいった。




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