私の名前は、水島。



悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。



性別は女、年齢25歳。

ごく普通の、出世願望も、結婚願望もない、本当に普通のOL。


しかし、もう違う。


私には、”縁切り”という呪いがかけられている為…もう私は、普通のOLではないのだ。


その影響により、私には常日頃…”女難”に見舞われるのだ。

(…前回は、メス”ゴリラ”だったが。)



いや、女難どころではない。これは、単なる不幸話で済む話ではない。

日常生活の危機…そして『生命の危機』だ。


…たかが、人間とちょっと(?)距離を置いて、生活していただけじゃないか…



・・・嫌いなモンは、嫌いなんだ。(本音)



前回は、縁を結んでみようかと(自棄で)試みたら、早速ゴリラが現れた。


…なんだよ、ゴリラって。あれだけは、未だに納得いかないわ。マジで。



…ああ…縁を拒んでも地獄…結ぼうとしても、やっぱり地獄。


だからと言って、このままだと、死んでしまう恐れがある。



・・・とはいえ、私には、まだ何の解決策も無いのだ・・・。


時間は、待ってはくれない。


私は、人間嫌いだが、社会生活は人並みに送っている。


…”人間嫌い”とはいえ、私は…


この社会で、本当に一人きりで生活していく事は、現実には出来ない事を自覚しているのだ。


私は、この苦難を乗り切り、定められた己の天寿を全うしたい…それだけが願いだ。




「全員揃ったねー?では、高橋課長…お願いします。」



ここは、私の職場、事務課のオフィス。


珍しく事務課の高橋課長が、私達を全員集合させ、挨拶をした。

隣に立つ近藤係長と違い、痩せ型ノッポで顔色が悪い中年男性…しかも独身だ。


この高橋課長は、普段は別室にいる人物で、私達が印鑑を貰いに行くか、コーヒーを入れに行く以外

また、重要連絡の際にしか、あまり姿を見せないので、影で女子社員から


”仙人”と呼ばれている。(断食しているイメージから、だろうか?)


「という訳で…事務課にも、年に一度の”研修デー”がやってきました。

 なお、日程は、お配りした資料を参考にして、各自全員…必ず、参加するように。

 では、今日も一日頑張りましょう。」


ややキツい照明が、事務課の彼女達の無表情を照らす。

無表情、というより…それは、怒りや憮然とした表情に近い。


”解散”という言葉と同時に女子社員からは、舌打ちや溜息が聞こえる。



…城沢グループの”研修デー”とは、それほど社員には『大不評』なのだ。







    [ 水島さんは研修中。 ]







「あ〜ぁ…やっぱり、今年も来たわねー…。」

そう先陣を切って、愚痴り始めたのは…えーと確か…私より3年先輩の事務課の人。

    ※注 なんと水島さんは、同じ事務課にいる人の名前を、覚えていない。


「まぁね、特別手当出るのが救いよね。」


話題は、勿論”研修デー”だ。


具体的に、この”研修デー”は何をするのかというと。


『登山』・『遠泳』・『マラソン』の3種目のうちから1つ選び、行うものである。



どこが、研修だよ!単なるトライアスロンもどきじゃないのッ!!



…と、私が心の中でツッコんだのは、入社してすぐの事だったので、もうしない。



『健全なる精神は、健全な肉体に宿る』


これが、この研修のテーマ・・・らしい。


毎年行われる、このはた迷惑さを越えた”筋肉バカ行事”は、社員全員”強制”参加だ。


・・・回避する方法もある事にはある。


ただ、その場合、城沢会長ゆかりの寺院へ強制連行され、写経と座禅の旅1泊2日をさせられるのだ。


…どうでもいい話だが、近藤係長は、毎年コレに参加している。

そして、年齢が上がれば上がるほど、この写経と座禅の旅への参加者は増えていくらしい。


私は、どっちも嫌だが、他人と1泊2日するくらいなら、一人で1日の苦しみを味わう方を選んできた。


しかし…この会社、よく社員から訴えられないなぁ〜と私は思う。



花崎課長や、阪野さんも先日やりきったらしい事を、メール(写メール・絵文字付き)で知った。


いや、そんな事ぁ、この際どうでもいい。


・・・いつ私の携帯電話のメールアドレスが、彼女達に流出していたのかが、怖い。


…一体、どこから…??


「あの、水島さん…これ、研修の紙です。」

「あぁ、ありがとうございます。」


私は、考え事を中断し、椅子をくるりと回転させて、年下の後輩から、その紙を受けとった。

そして、椅子をくるりと回転させ、資料に目を通そうとした。


すると。


「あの、水島さんは、どれに出るんですか?」


私に紙を渡した後輩は、珍しく私にそんな話題を振った。

回転させた椅子の向きを再び彼女に向けながら、私は後輩のネームプレートを探した。


……えーと、彼女の名前は……ネームプレート…ネームプレート…。

門倉 優衣子(かどくら ゆいこ)さん…。


確か・・・私より1年か、2年ほど後に入社した・・・後輩の女性だ。


髪型も、雰囲気も、全体的にふわふわした優しい印象を受ける女性だ。

やや垂れ目で、話し方も若干ふわ〜っとしている。

性格は、よくは知らない。

彼女とは(彼女と”も”の間違い)、あまり話さないからだ。

門倉さんは、まだ仕事でミスをする事は多々あるものの、人と話を合わせるのが上手で、事務課でもすぐに溶け込んだ。

私と違って、積極的に人とコミュニケーションを取ろうとしている姿勢には、頭が下がる。



・・・まあ、頭は下がるが、見習う気はない。(キッパリ。)



「…まだ決めていませんけど、遠泳にしようかと思ってます。」

私は、そう無難に答えた。



「ああ、遠泳って言っても、プールでしたね。得意なんですか?水泳。」

ゆるく遊ばせた毛先を指でいじりながら話すのが、門倉さんの手癖らしい。


「いえ、そんな得意ってワケじゃないんですけどね。」

(コレが…一番、人と関わらなくて済むから、とは言いにくいわね…)



「私、てっきり名前に、水って入ってるからかと思いました♪」



・・・・・あーら、可愛いお答えだこと・・・おほほ・・・ ※注 棒読みです。



「・・・・・ははは・・・。」


私は、なんとか愛想笑いを時間差で作り出し、その場をやんわり収めた。


…苗字に水が入ってるからって、そんな安直な理由で

この”死の研修デー”の種目を決めるなんて、ある筈がないだろうに。



・・・大体、そのネタは

毎年毎年、近藤係長に言われて、ウンザリしてるというのに。
   
近藤係長にとっては、すべらないギャグの一つらしいが、イジられる私にとっては、ただ迷惑なだけだ。


まあ…私も心の中で下らない事を随分呟いてきた手前、人の事は言えないんだけど…。


「じゃあ私も、遠泳にします。一緒に頑張りましょうね?水島さん♪」


と、ニコニコと門倉さんは、言った。

社交辞令か、本気なのか良くわからない。


しかし、あえて言おう。


マラソンじゃあるまいし、泳ぎ始めたら、一人の戦いよ?門倉さん。

しかも女性と一緒に泳ぐなんて、今の私には無理無理。

絶対、無理。



私は、心の中でそう呟きながら

「あぁ、そうなんですか、がんばりましょうね。」

と出来る限り、やんわり返事を返し、いつも通り仕事を始めた。



「…水島さん。」

キーボードを叩き始めた私に、門倉さんは、まだ話しかけてきた。

「・・・はい?」

私は、また椅子をクルリと回して彼女の方へと向き直った。


すると、門倉さんは私の耳元でこっそり、こう聞いた。


「水島さんは…どんな、水着着てくるんですか?」


・・・何かと思えば、そんな事か・・・。


「・・・ビキニじゃない事は、確かですね。」


私は、素直にそう答えた。




確かに、遠泳コースの社員には”女子社員の水着姿目当て”の男性社員もいるので、参加者は多いらしい。

そして、それをキッカケにして”寿退社”を狙うOLも少なくない。


たかが、水着…されど水着なのだ。


しかし残念な事に、会社の借りているプール施設はとてつもなく広く

遠泳を行う際、女子と男子で実施される場所が違う。

お披露目できるのは、開会式と閉会式くらいなのだ。


それに、私は自分の水着姿をお披露目する気は毛頭無い。とっとと、泳いで帰りたいからだ。


「あ、そうなんですか?ホルタービキニとかにしないんですか?

 水島さん、痩せてるし、きっと似合いますよ?カワイイですよ?」


門倉さんは、ふわーっと私を質問攻めし始めた。

ふわーっとした口調だが、私にとっては、活きのいいウニと毬栗を交互に投げられている気分だ。


参ったな…たかが水着でそんなに話を広げられても、正直困るんだけど…。



「…いえ、そんな事は…ないです…はい、すみません…」

      ※注 あまりの質問攻めに、何故か謝ってしまう水島さん。


「最近、水着買いました?私、2年前に買ったきりで…水島さん何枚持ってます?」

「は、はあ…2枚ほどです。すみません…」

(私だって、この行事がなければ、スクール水着しか持ってない事になってたわよ…)



そして、いつの間にか…私は門倉さんの話術に屈服してしまっていた。


「じゃあ、帰りに、一緒に買いに行きましょうね♪」

「ええ…はい。すみません、お手数お掛けします…。」

    ※注 あまりの質問攻めと疲労で、水島さんの精神は、いっぱいいっぱいです。








・・・・・・・ハッ!!






何故、後輩と一緒に水着を買う事になってんだ!?しっかりしろよ!私ッ!!

…女難回避するって言った傍からコレか!!



いや、待て。落ち着け、私。今の所…いつものあの頭痛は無い。


つまり、大丈夫・・・なのか?




「水島くぅ〜ん。また遠泳かい?水、島だけに。」

「…ええ、はい。そうです。」

  ※注 近藤係長一年に一度のギャグを、あっさりスルーした水島さん。


よし。


…もし、買い物の途中であの頭痛を感じたら、また逃げよう…。





そして、6時になった。




仕事をきっちり済ませた私は、PCをシャットダウンし、立ち上がった。


「お疲れ様です。」

「はーい」「お疲れ様〜」



挨拶を済ませて、女子更衣室に入ると、香水と制汗スプレーの匂いで、軽くむせる。

そして、一日の終わりと疲れを感じる。


(ああ、平和に終わってくれてありがとう。)


ロッカーを開け、制服から、スーツに着替える。

門倉さんは、とっくに着替えていて、私の姿を見つけるとニッコリと笑った。


「あ、お疲れ様です。」

「あ、すみません、お待たせして。」


私は素早く制服を脱ぎ、スーツに着替え始めた。


「いえいえ、良いんですよ。…でも、水島さんホント、スラッとしてスタイル良いですね。」


私の後ろから、門倉さんはまじまじと観察して、そう言った。

「…ああ、どうも。」


そりゃあ…女難で、結構痩せましたからね、とは言えない。


…女難の私にとって、あまり女性にジロジロ見られるのは良い気分ではないが…。

今の所、まだあの頭痛はしないから、大丈夫だろう。




着替え終わると私は、そのまま、門倉さんのおススメの水着売り場に連れて行ってもらった。



「水島さん、見てください!この種類の豊富さ!」


・・・お前は地方の女子アナか?


という私の心のツッコミはさておき、門倉さんは私を店員さんの前に突き出した。


「まずは、サイズ測ってもらって下さい、水島さん♪」

「は、はあ…」

店員さんは、日焼けした女性で…

「じゃあ、失礼しま〜す!あっ!細〜い〜!!」

と、いった具合にリアクションが、大変大きい店員さんだった。


「ああ、どうも…」

そのまま、元気の良すぎる店員さんに、私はあれよあれよと言う間に、3サイズを測られた…


「この位スタイル良いと、もう選び放題ですよ〜」


と店員さん。…別に、私、そんな放題したくないんですけど…


「あっこれ…どうですか?水島さん!」

「…あっ!お客さん、あてただけでも、くぅぉわぁ〜い〜!」


私は、服の上から水着を当てられ、可愛い(?)と褒められた。

…おもいっきり、Yシャツ着用してるから可愛いかどうか解りませんけど。


いや!それより、店員の台詞より、気になるのは…


「はあ…あの、このタイプ…お腹出ますよね…?」


先程から、見かけるのは、ビキニタイプの水着ばかりなのだ。


「あーココにあるの、殆どそうなんですよぉ。

 逆に気になっちゃうんでしたら〜ちゃんとワンピースとか?

 こういうの羽織っちゃって、隠しちゃっても、逆に全然カワイイですよぉ?」


”逆に気になっちゃう”って、もともと真っ正面から気になるわ!!

第一、隠しちゃっても、遠泳やるんだから、羽織っても、逆に無駄だろうが!!

逆に結局、ビキニじゃないか!

…っていうか!逆って何の逆だ!!!


「水島さん、コレコレ!コレ着てみて下さ〜い!」


お前はお前で、一体何着持ってくる気だ!?門倉ー!!!

逆に自分の選べええええええ!!!!


ああー!もうッ!!うつっちゃったよ!!逆に!!



…こうして、私は、門倉さんのチョイスする水着を、入れ替わり立ち替わりあてがわれては…


「「ヤダ!!くぅぉわぁいい〜!!」」


と店員さんとの”ハモリ褒め”を聞かされた。


(・・・・・・もういっそ、逆に全裸で泳いでやろうか・・・。)


どうにもこうにも、選ばないと話が進まないようなので


私は逆に観念して水着を試着した…あ、直さないとマジで癖になるわ…『逆に』。


…んー…似合うか?コレ…



ネイビーと白のストライプ柄の・・・ビキニ(ショートパンツ&キャミソール付き)。


・・・じ、人生初のビキニだ・・・トホホ・・・。



私は、鏡を見て首をかしげた。


確かにサイズは合うのだが…似合う、か…?


今まで、こんな服…というか、水着を着たことがないから、感覚がわからない。



「開けますよー?良いですかぁ?」


”シャッ”


「「ヤダ!!くぅぉわぁいい〜!!」」



・・・もういいよ、そのパターン。


私の心のツッコミをよそに、二人は私のビキニ姿を褒めてくれた。


「水島さん!良いじゃないですか!想像以上ですよ!」


…門倉さんが、私の何を想像してたかは、聞かないけど、もう想像しないで欲しい。


「もう、この夏キメられる女ですよ!さすがって感じです〜」


…いや、どんな女だよ。さすがって、私が何をした?店員よ。


「コレ、良いんじゃないですか?どうですか?水島さん!」


…どうって…言われても、戸惑うばかりだ。


「…んー…こういうの、初めてなんで、よく…

 大体、遠泳するんだし、こういうの」


すると、店員さんがすかさずこう言った。


「あ、コレですね!飛び込んでも外れませんよ!ワイヤー入ってるんで、胸の形にキレイに出るしー」

「ああ、はい…ええ…。」


…人とこんなに会話したのは、結構久しぶりだが…。

店員さんのマシンガントークに、相槌を打っていくうちに、私は段々、気が遠くなってきた。


…慣れていない事、慣れていない店には、行くものじゃない。


私は気が付くと、レジにいて、会計を済ませていたのだ。


「16800円で〜す♪」

「…はい。」



…いやだなぁ…

毛の処理とか、去年より綿密にしないといけないなぁ…
 
去年まで競泳用水着の女が、いきなりこんなの着て行ってたら

気合入ってる、とか思われちゃうなぁ…寿退社狙ってる、とか思われちゃうのも嫌だなぁ…


「可愛いですよ、シンプルだけど、そういうタイプが一番良いですよ。」と門倉さんは言う。


門倉さんは、今年最新作の水着を買っていた。確かにその水着を試着した彼女は、可愛かった。

彼女は、意外と胸が大きいタイプらしいが、それが嫌味にならないタイプの水着だった。


「どうですか?水島さん的には?」

「ええ、良いんじゃないですか?」

(私的に、言うと…どうでも良いというのが、本音なんだけど。)

特に彼女が気に入ってたのは、白いビキニ。


胸元と腰のフリルとリボンがついていて、デザインが可愛いと言っていたが…



・・・お前、遠泳する気はあるのか?


と、私は思った。






「遠泳頑張って下さいね〜ま〜た〜来〜て〜ね〜♪」


(もう、来ない…)


遠泳をするはずなのに、ビキニを買った私達を店員は、明るく送り出した。


一日の疲れが2倍になって、私はフラフラと歩いていた。

そしてそのまま、門倉さんの言うがままに、一緒に晩御飯を食べようという事になった。


勿論、2人とも水着を買ったばかりなので、贅沢も出来ず。


安いイタリアンの店で、パスタを注文した。

安い、と聞いていた割には、落ち着いた雰囲気の店だ。


「ココ、安いけど量が多くて、美味しいんですよね。水島さんは、自炊とかしてます?」

「…そうですね、外食はしないですね。」


それは…勿論、一人で食べたいから。


「私は、やっぱり外食しちゃいますね…一人だと、寂しくって御飯あんまりすすまないんですよ。」

「へえ…」

(・・・え、白米だけでも、進みまくるけどなぁ…私。)


門倉さんは、水を飲む私をじっと観察して、ふわ〜っと笑ってこう言った。


「…水島さんって、事務課でも謎の人って聞いてたんですけど…

 凄く面白い人ですね。」


「……は?」



事務課でも謎の人…いや、私は単に目立たないだけだ。謎なんか無い。

私は、ただの水島だ。


水を飲んでただけの私を、突然”面白い”なんて、どうかしている。


…面白い?それは、褒め言葉なのだろうか?…からかっているのか?

私は、疑問でまた頭がいっぱいになる。


「水島さんって、皆と喋る事少ないですけど、今日話してみて解ったんです。

 ああ、水島さんって裏表が無い人なんだなって。」


…さっきの会話で、そんな事わかるものなのかな…


「・・・いえ、私にも裏ありますよ。」


女難の女という、裏が・・・(泣)


「えー?そうですかー?」


門倉さんは、テーブルに両肘をついて、ニコニコ笑っている。



人間誰だって、表と裏がある。

裏表が無い人間というのは、裏も表も他人の前で出せる人の事だ。


私は、自分という存在の表も裏も、誰にも見せた覚えは無い。

…見せられはしない。


「お待たせいたしました。」


門倉さんの注文したパスタが先に来たが、彼女は私のパスタが来るまで、待ってくれた。

私は、麺が伸びてしまうから、先に食べてくれと言ったのだが、ニコニコと彼女は笑っていた。



「水島さん…」

「はい?」

「…私、あの…」



「お待たせいたしました。」


門倉さんが何かを言いかけたが、タイミング悪く

私の注文した”エリンギとほうれん草のクルミソースのパスタ”が来た。



「あ、じゃあ食べましょうか!いただきまーす。」

「え?ああ、はい。いただきます。」


その後、門倉さんは仕事の話や、私の休日について聞いてきた。

普通の世間話を繰り返した。


そして、食事を終え、会計を終えると、私と門倉さんは何事もなかったように、別れた。


「じゃあ、また明日!遠泳、頑張りましょうね!お疲れ様で〜す!」

「あ、お疲れ様です。」






私は、自宅に帰ると、買った水着を改めて試着した。


「………うーん…やっぱ、ここの毛が…」

 ※注 ここからは女のリアル過ぎる独り言が、繰り広げられますので、省略いたします。






      研修(遠泳)当日。


遠泳参加の社員で、プールのロビーは賑やかだった。

私は、研修を受ける社員専用の受付を探した。

これをしないと、研修を受けなかった事になり、二度手間になる。


「あ、水島さ〜ん!受付、こっちですよ!」

「ん?ああ、門倉さん…おはようございます。」



門倉さんと私が、受付に行くと…


(・・・・・・げっ。)


「あら、遅かったわね。おはよ、水島さん。はい、申込用紙とペン。」


ニコリと笑いかけるのは、秘書課の阪野 詩織さんだった…。


…しまった…遠泳は、毎年…副社長の挨拶があったんだ…!!


「・・・・さ、阪野さん・・・お、おはようございます。」


ボールペンを私に渡すフリをして、手を握ってくる阪野さんに、私は引きつった笑顔で挨拶をする。



すると。



”……チックン。”




    遅ッ!!!今かよッ!?



・・・遅えよ!頭痛!!お前が頼りなのにっ!!!


阪野さんがいるんだったら、早めに警鐘を鳴らせ!!

私の神経しっかり働け!!ニューロンもしっかり伝えろ!!

私、DHCとか飲んでるでしょうが!!足りないんか!ええ!?オイ!!

 ※注 ↑”DHA”の間違い。



「…遠泳って事は、水着、着るんだ?水島さん。」


阪野さんは、いつの間にか受付の机から立ち上がって、私の隣にぴったりとくっついていた。

…この秘書は、ホントに、行動が早くて…怖い…。


「…え、ええ、まあ…。」

「ふうん…ビキニ?」


質問をするフリして、腰に手を回すとか…それ、セクハラです。阪野さん。


「…いや、大したもんじゃありませんから…あ、はいコレ書けました。」


私は、申込用紙にスラスラと書き込むと阪野さんに渡した。

阪野さんは受け取ると”頑張ってね?”と、とびきりのスマイルで私を送り出した。


・・・だから、私にそのスマイルを使ってどうなるっていうんだ・・・。




「水島さーん、着替えるの、こっちですよ。」



受付を終えた、門倉さんが手を振って私を呼んだ。


「あ、はーい。じゃあ、これで…」


去ろうとする私に、阪野さんは意味ありげに笑って言った。


「あら随分、仲良くなったのね…あんな年下の子と。」


…イチイチ、そんな妖しい口調で言われると、まるで私がスケコマシのような気がしてくる。


「…いや、あの人は、ただの同じ課の後輩ですから。」

「そうね、同じ課の子ね。でも、貴女の味方、かしらね?彼女。」


「・・・・・・・・。」


『・・・貴女より、まだ安全な人ですよ。』


という言葉を飲み込んで、私は愛想笑いをしながら、阪野さんと別れた。



水着に着替え、私は門倉さんと一緒に開会式のプールに向かった。

副社長の挨拶が始まるというのに、そんなものそっちのけで、社員たちは異性のボディチェックに忙しい。


事務課と営業3課を同時に行うから、こうなるんだ…。


「はい、並んでー…おーい…ナンパは後にしてー。」


苦笑が入り混じりながら、プールサイドは、いい歳ぶっこいた大人の熱気で溢れていた。

腕組をして、式が始まるのを私は黙って待っていた。


そんな私の腕に、後ろから触れる手が。


「…ん…門倉さん?」

「…あの、すみません…」


…門倉さんは、私の後ろにずっと張り付くようにいた。

何かから隠れるように、私の後ろに隠れる彼女に、あえて私は何も聞かずに、そのまま立っていた。


門倉さんが、身を隠したい方向の先を、私は見た。

営業3課の男性と目が合った。


…短髪をこれでもか、と言うほどツンツンに上げている若い男性。

入社前は、運動部だったのだろうか、体は引き締まって、腹筋が割れている。

確かに好青年だ。多分、笑ったら爽やかな営業マンなのだろうが…

今、こちらを見ている彼の表情は、何かを言いたげに曇ったままだ。


そして、どうでもいい話だが、事務課の何名かは、彼の筋肉に、わーきゃー言っている。


彼が、2,3歩こっちに歩いてきた。

私の腕を掴んでいた門倉さんの手に、力が入る。


(…というか…門倉さん…二の腕に爪食い込んで、地味に痛い…。)


…全く、これだから恋愛は、ややこしくて嫌いだ。

どいつもこいつも、イチイチ私をサンドしないと、進めないのか。


「あの、優衣子…」

「あのぉ営業3課の方ですかぁ?」


…残念。

…彼は、事務課の寿退社ハンター達にマークされ、こちらへの進路を断たれた。


ここまでで、解った事は一つ。


あの男性は確実に、門倉さんを知っているし、門倉さんも彼を知っている。

優衣子、と呼び捨てていた所をみるに、かなり深い関係である事は、容易に想像がつく。

私はふと、思いついた。


…営業3課のあの男性と、門倉さんは…


”お付き合い”でも、していたのだろうか?と。



じゃなければ、門倉さんのこのリアクションの説明がつかない。

仮に、そうじゃなかったとしても…門倉さんが、意図的に彼を避けている事に、代わりは無い。



もし、人に…いや、門倉さんに”裏と表”があるのなら


多分、これは裏の方だろう。


だったら、聞く必要は無い。

裏も表も、私は晒さないのだから、他人から見せられるのも、わざわざ覗くのも…御免だ。



それに、女難の私が、女性に深く関わって、今までいい事なんかあった試しが



1ッっっっっっっっつも!無いッッ!!!・・・からだ。

副社長の挨拶も終わり、私達は女子社員の遠泳用プールに向かった。


廊下をヒタヒタ歩く私の後ろで、門倉さんが突然口を開いた。


「さっきは、ご、ごめんなさい…水島さん。」

門倉さんの言葉に、いつものふわ〜っとした雰囲気が感じられない。

「いえ。全然気にしてませんよ。」

それ以上は、何も言わない。


・・・というか、聞きたくないのだ。



私は、女難の女。

私は、女難の女。

私は、女難の女…

脳細胞の奥まで、このフレーズを響かせて…しっかりと…


「…さっきの…私、変でしたよね…ごめんなさい…水島さんを盾みたいにして…」

「良いんですよ。私の後ろ、隠れやすいですから。」


私だって、隠れたい時がしこたまあっても…隠れられないんだからっ…!(泣)


「…でも、水島さん先輩なのに、私ったら…」

「いえいえ、気にしないで下さい。」


会話をぶつ切りにして、それ以上は、何も言わない。



『女難の女が、女性にかかわってはいけない。』


これは、私の中の鉄則だ。


もう、揺らぐものか!良い人なんかならなくったって良い!

私は、女難を回避して、生きる!!!

諦めないぞ…私は…女難に突っ伏して生きるより、逆らって生きてやる…ッ!!!




なぜなら、人間がー、嫌いだからー!!!


※注 現在、水島さんは慣れないビキニで、テンションが、チャン●ンゴン風に上がっています。古くてすみません。



「水島さん…あの…私…」

「よっしゃーッ!泳ぎますかー!!」


何かを言いたそうにしている門倉さんの台詞を、私は必死に気合で消した。

聞かない!絶対、聞くもんか…!!

ただでさえ、疲れる研修の日に、他人のややこしそうな恋愛事に巻き込まれるのは、ゴメンだ!!



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