あの日、火鳥が完全にやる気なく私に教えてくれたのは


祟り神を消す事は不可能ではないが、人間の方は無事では済まない、という事。


「くっだらない事言うけれど、聞いて頂戴。

祟り神も元々は”人間”なのよ。

奴らもまた、アタシ達のように何か秀でた能力を持っていた人間だったらしいけど

何らかのキッカケで人を捨てて、自分の欲望を追求する道を選び、祟り神になった。

だけど、祟り神になった時点で…」



「その欲望…理想は永久に叶う事はないんですね。」


叶えたい願い。

人(元の自分で)で、なくなってしまえば、もうそれは…二度と叶わない。




「そう。人を捨てた時点で、もう叶わないし、叶える気は無い訳。

やつらはただ欲望のままに、人を食い、人で遊ぶ。アタシ達は、やつらの玩具よ。」


「・・・悲しい、ですね・・・。」


私は一言、そう言うしかなかった。

一歩間違っていたままだったら、私もそんな存在になっていたのだから。



「水島。アタシ達が望む勝利の為には…ヤツらを永久の夢の世界から引き摺り落として、殺すしかないの。

だけど・・・」



そこで、火鳥は口を一瞬つぐんだ。

私は黙って、火鳥の目を見つめたまま、言葉を待った。




「…”魂の一撃”こそが祟り神を消せる。

祟り神を消すだけの一撃を放った人間の魂は…命は、その反動で…。」



火鳥は、悔しさと苛立ちとその他色々複雑な感情をない交ぜにしたような顔をして押し黙った。

それ以上、何も聞く必要は無かった。



「火鳥さん。」




私か火鳥、祟り神を消すには…どちらか死なねば、この話が終わらない、というのなら。





「お話は、わかりました。私がやります。」




火鳥は、私の言葉を聞かずとも知っていたように何も言わなかった。




「そう、じゃあ…そうしましょう。」





私と火鳥で決めた事だった。


縁の祟り神の狙いは解っていた。


人間の時に失った想い人を自分の手元に呼ぶ事。

その為に、想い人に似た人間をもっと想い人に近づけるように育てた。


本当の想い人が、その人間に降りて来て、自分の目の前に現れる事を期待して。


…なんと途方も無い、なんというデタラメな計画だろうか。

2月くらいに現れる、友人の為に男子を呼び出し囲んで交際を強要する暴走しがちな小中学生の女子でも、精神はもう少しマシだ。




「いいの?水島。死ぬのよ?」


死にたくはない。

だが、ここまできて祟り神に屈服し、負けて思い通りにされるのは、もっと嫌だ。


しかし、私が一言、”いいんです”と言えば、きっと火鳥はもっと悔しがるだろう。


火鳥にとって、煮え湯を飲まされた祟り神に、自分の関係者の魂を持っていかれるのは、悔しい以外の何物でもないだろうから。



だから「なんとかなりますよ。」とだけ言ってすぐに話題を変えた。


「それより、蒼ちゃんは大丈夫ですか?縁の祟り神のヤツ、きっと何かしますよ。」


「…ええ。狙いが解った以上、手は打てるだけ打つわ。ていうか、既に打ったんだけどね。」


そう言うと、火鳥はいつも通り”ニヤリ”と笑った。



「ただ…アイツの執念は相当な筈だから、油断はしない事ね。」


そうだ。

祟り神になってまで、尚もその一人の存在に固執し続けるのだから、相当の執念だ。

だとすると、私の魂一つで倒せるのだろうか?


いや、弱気になってどうする。

私は、ヤツを倒して、ただの水島に戻るのだ。







 私達の願い(希望) と 祟り神の願い(欲望)。









 ――― 我侭、貫き通してみせるッ!






「…”弓矢八万撃って捨て申すぅ”!!」

「そ、その台詞は…ッ!!」



祟り神の驚きをよそに、私は呪文を唱え続ける。

絶対に使わないだろうと決めていた呪文を。




「いよおおおおおおお!喰らえッ!!空中!●々村・元○・ナッツチョップ!!!!」




”ぺち。”



私は、祟り神の額にチョップを何度も叩き込んだ。



「うが…ッ!?」


祟り神の目が見開かれ、火鳥を拘束していた髪の毛が縮れていく。



”ぺち。”


(う゛…!効いてる!…けど、私にも効いてる…!)


右手が祟り神に触れる度に、痛みが私の全身の骨に響いた。



ああ、これは本当に死ぬんだな。と思った。


だが、これで、いい。とも思った。




「ふ、ふふふ…!」



祟り神は立ったまま、笑い始めた。

祟り神の身体の節々から、紫色の煙が出始め、目からは紫の汁が涙のように流れた。



「あ、あたしを殺すって事は…神を消す事…!人の分際でそれを犯す事は、死に値する事…!

己の命と引き換えだって、わかってやってるんだろうね…っ!?」



「ええ。」


「ふふふふふ…しかし、ただの相打ちで終わる訳は無いだろう?水島ぁ…!」


「・・・・・・・・。」



「アンタと火鳥の事だ…二人共、仲良く生き残る為の策を用意しているんだろう?そうに決まっている!

諦めないのが、アンタ達人間の信条だからね!」



そう、私達は諦めない。

この阿呆らしい戦いに勝利する事を諦めない。

だから…一つだけ”諦める”。




「神でも祟り神でもない、”無”となったイスカンダルは、あんたらのような特別な巫女じゃないと呼び出せない。

どちらかが、その身に宿しているのはわかってるんだ!

そして!イスカンダルをその身に宿していさえすれば…アンタ達は死を恐れる事無く、祟り神殺しが出来るッ!!

さあ!イスカンダル!あたしの前に姿を現せ!さもなくば、この人間は死ぬよ!!

もしくは、お前ごとこの水島を私が取り込むッ!」



「・・・・・。」


祟り神が会いたかったのは、本当に求めていたのは、私ではない。

昔々存在していた人嫌いの巫女”イスカンダル・お真里”だった。


だが、私は残酷な結末を祟り神に伝えなくてはならない。




「イスカンダルはココにはいません。」



「・・・え?」




祟り神の見開いた目が大きく揺れた。



「残念ながら、今の私は”ただの水島”です。

貴女が期待していた、イスカンダルとの再会は不可能です。

貴女が祟り神のままでは絶対に会う事が出来ない、”イスカンダル・お真里”は、私と火鳥、二人の巫女の身体には宿っていません。」



「な、んだと…!?」


「貴女がイスカンダルに会う事は不可能です。ここにはいませんから。よく見て下さい・・・ほらね?」



私の目をジッと見た祟り神の表情は、徐々に絶望のそれに変わっていった。



「じゃあ水島…あ、アンタ…まさか…本当に人のまま、祟り神殺しを…!?」



祟り神は、きっと”私達は生き残る為に、イスカンダルの力を利用する”と考えたのだろう。

私達ごと、イスカンダルを取り込もうとしたのだろうが…


そう易々と、あなたの思い通りに動いてたまりますかっての。

みすみす、お願い事を叶えられてたまりますかっての!






 何故なら、私に喧嘩を売り、完全に怒らせたからだ!!!






「そうですよ。始めから”相打ち覚悟”でした。囮は火鳥さん。私が貴女を倒す。」




「じ、じゃあ、イスカンダルは誰に宿っているんだ!?一体、あの人はどこにいるのよおおおお!!!」



祟り神の目からは、噴水のように紫色の汁が飛び散り、祟り神の身体は徐々に溶ける様に崩れていった。

懇願するようにイスカンダルを求める祟り神に、私は言った。



「教える訳ないでしょう?一度壊れた縁は…そう簡単に戻らないんだから。」




「…くそ…ッ……人選を…誤ったというのか…!」




「そうですね。”私”を選んだ時点で、間違いでしたね。」



「・・・ホント、アンタはあの女にそっくりだよ!それが、間違いだった・・・!」



余程、私はイスカンダルという女に似ているらしい。



・・・ホント、会わなくて良かった。



私は、浅い溜息を一つして、最後のチョップ…いや、掌を祟り神の目の上に置いた。





「・・・さようなら。」



掌から、縁の力を注ぎ込む。






「くそゥ……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




















―― それから 6時間後の事。










 私は、重い瞼をゆっくりと開けた。



 空は、まだ薄暗かった。





 私は口を開き、声を発した。
















 「・・・生きてるじゃん。」














 私、生きてるじゃん。










それに気付いた瞬間、ガバリと起き上がって、私は両手を挙げて叫んだ。













 「私、生きてるじゃあああああああん!!!!」















   『 水島さんは○○中。 最終回。 』









立ち上がり、腕、足を動かす。

動く、動くぞ!こいつ動くぞ!・・・って、私が動いてる!!



「ていうか、寒ッ!?」



ハイテンションな私。

自分のテンションに気味悪さを覚えつつも、私は自分の置かれた状況を確認した。


振り向けば、朽ちきった社。

見上げれば、明るくなっていく空。

ボロボロの○.M.Rの衣装で動く私。



「…どうして…生きてるの…?」



私は祟り神を倒した。

文字通り、命をかけて倒した…筈。




ふと、私の足元には私のモノではない、ジャケットが落ちていた。

先程まで死んだように寝ていた私にかけられていたのだろう。


ジャケットを拾い上げてみると、どこかで嗅いだような匂いがした。


(これ・・・もしかして・・・?)


このジャケットの持ち主…その人物を私は知っている。

試しに襟元に鼻をあてて、直に匂いを嗅ぐ。


傍から見ると変態行為なのだが、匂いの持ち主がこのジャケットを私にかけて去っていった事が気になってしょうがない。


(あ、わかった…。)


持ち主の特定は出来たのだが、祟り神を倒し、死ぬ筈の私が生きている事がなぜかわからない。

そして、このジャケットを私にかけていった人間の行方。




「なんか、嫌な予感がする…。」



妙な胸騒ぎに突き動かされるように私は走り出し、社を後にした。





 私は・・・どうする?







 → ジャケットの持ち主に会いに行く。


 → とりあえず、今の格好が恥ずかしいので、一旦家に帰る。


 → 社に自分を放置して帰った火鳥に猛抗議しに行く。 ※火鳥EDにて解放予定。