私の名前は、水島。


悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。



性別は女、年齢25歳。

ごく普通の、出世願望も、結婚願望もない、本当に普通のOL。


しかし、もう違う。


私には、”縁切り”という呪いがかけられている。


その影響により、私には常日頃…”女難”に見舞われるのだ。


ただでさえ、人が嫌いな私が…同性とややこしい恋愛関係の縁なんか、結べる筈も無く。

私は、ただ、ただ…毎日のようにふりかかる女難と立ち向かい、逃げている。

  ※注 立ち向かう事よりも、逃げている方が多い。





(…騙された…。)





そもそも女難とは。

普通…男性が女性に好かれる事によって起こる災難を意味する。


しかし、私の場合。

女性の私が、女性に好かれる事により、ややこしい災難に遭遇する…そういうパターンだ。




(…騙された…。)




私は自ら、女難の渦に身を投じる真似は避けてきた。

だが、最近は避けることもままならない、らしく。




(…騙された…。)




「水島さん…元気ありませんけど…バス、酔ったんですか?」

「いえ…景色、見てるだけです…。」


隣の席の門倉さん(事務課の後輩)が、しきりに私を気にかけてくれる。

研修の際、彼女も新たに女難のメンバーである事を知ったのは……ごく最近の事だ。



……同じ課にまで、女難が現れるとは……やれやれ、だ……。



しかし、現在の私の心中は、まったく違う場所にあった。




(…騙された…。)




・・・そう、私の心は、ひたすら『恨み節の世界』へ。



なぜなら。



「えー…皆様『社員旅行』楽しんでますかー?もうすぐ宿泊先のホテルに着きまーす!

 お酒は、その後浴びるほど飲んでくださいね〜♪」


幹事の小粋なジョークに、バスは、どっと笑いに包まれる。


しかし、私の心は、ひたすら『恨み節の世界』。



(…騙された…。)




「水島さん、水島さん…」

「…あ…はい?」


隣の席の会社の後輩、門倉 優衣子の声で、私は”恨み節の世界”から、再び現実世界に戻ってきた。



現実世界の私は…



なんと『城沢グループ社員旅行』のバスの中にいた。





ついこの間、筋肉バカ研修を終えたばかりの社員をねぎらう行事。

温泉付き宿泊施設に1泊2日、の豪華な社員旅行。


・・・普通の人なら、そう受け止めるだろう。



だが、私は違う。



「水島さん…宿泊先の部屋、くじ引きになるそうですよ。あの……お部屋…一緒になるといいですね…?」


門倉さんが、そう言って、さり気な〜く…

私の手の甲の”血管”をすっと指で、2往復ほど、撫でた。


「・・・ぅ・・・・えぇ・・・まあ・・・。」

 ※注 ↑小さい”ぅ”は、水島さんの素のリアクションです。



私は、手の甲にわいた痒みをガシガシと掻いた。




・・・あえて、繰り返そう。



私は呪われた・・・・『女難の女』。




・・・間違っても、社員旅行なんかに、行ってはいけない女なのだ。




逃げ場も何も無い場所で…女性ばかりが集まり…寝泊りするという…特殊なイベントには、絶対にっ!!!



なのに!

どうして!!


何故にっ!!!




私は!ここにいるんだああああああああああああ!!!!(泣)





「…ちょっと見てよ…あの水島が、ビール一気飲みしてるわよ…」

「…へえ〜アイツ、結構飲めるんだ。意外〜。」

「旅行に来る事も珍しいと思ったけど…なんか…最近”面白く”なったわよね、水島の奴。」



(…どちくしょおおおおおおおおおおおお!!!!)



心の中で叫ぶ私を無視して、バスは・・・とある温泉旅館に到着した。






     [ 水島さんは旅行中。 ]






♪はぁ〜 おらがーのぉー 山に〜は〜 女難が来るわぁ〜♪

♪何を しぃて〜もぉ〜 無駄〜で〜しィ〜た〜♪ 



   ※注 ♪それにつけてもおやつは〇ール♪・・・の歌です。





・・・・・・いかん。私、ちょっと酔ったかも・・・。



私の頭の中では、カー〇おじさんと〇ール坊やが、大根をしょって、何往復もスキップをしていた。


自棄になって、バスの中でビールを2本飲んだだけで、”このザマ”とは…!!


…なんて、事だ…女難チームの門倉さんの前で、酔っ払うなんて…不覚…!




・・・さて。


どうして、私の身に、こんな事態が起きたのか?・・・を説明しなければなるまい。



私は、女難を避けて、生きる事を決めた人間嫌いの女。

それなのに、わざわざ沢山の人と、交流を深めちゃえよ!と言わんばかりの社員旅行なんて

真っぴらゴメンなのだ。


勿論、私は、親戚の法事や、親戚の見舞い(末期がんだと言ってある)を理由に

この社員旅行の参加を毎年断ってきた。



ところが。

天網恢恢 疎にして漏らさず。


今年も、社員旅行への”欠席届”の書類を書いていた私の背後に迫る影、1つ。


「水島君。」


この私を呼ぶ時、水島くぅーんとか、水島さぁ〜んとか、呼ばない人。



…”事務課の仙人”こと、高橋 利典(たかはし としのり)課長だった。


普段は別室にいて、静かに仕事をしていて、行事の時にそっと出てくる、痩せ型体型の課長だ。

…作者もすっかり忘れていた程の影の薄さ。



「た、高橋課長…なんでしょうか?」


「君の親戚はこの時期になると…よく、体調を崩すそうだね…」


そう静かに呟く高橋課長の顔色は、うちの親戚よりも、不健康な色をしている。

そして、それを凌ぐ勢いの青〜い顔で、口を開けるのは、私だ。


「・・・は・・・。」

(まさか・・・ば、バレてる・・・!?さすが仙人!?)


高橋課長は、物静かで有名な人で、滅多に怒らない。

しかし、事務課には「高橋課長が怒る時、事務課から退職者が1名必ず出る」という伝説がある。



・・・つまり、それだけ、高橋課長は怒らせると、すごく怖い存在・・・らしいのだが。


私は、高橋課長が怒ると、なんとなく、血管切れて死んじゃうんじゃないかと、内心思っている。


「水島君…君の普段の仕事ぶりは、評価しているつもりだ。」


しかし、高橋課長独特の、静か過ぎる態度と、喋り口が、恐怖感を煽る。


「・・・はい・・・すみません・・・」

(ヤバい…お説教される…)


「・・・君は、温泉が嫌いかね?」

「い、いえ…そんな事は…」

(あーダメだ、コレ…絶対嘘がバレてる…コレ、バレてるよ…)



「……そうか…温泉は…いいぞ…水島君…」


高橋課長はそう言って、私の肩に軽く手を置き、私とは違う方向を遠い目で見ていた。


(え?・・・何か、いるのかしら・・・?)


私もその方向を見るが、やはり何もない。蛍光灯と、クールビズのポスターしかない。


どこを見ているのかは不明だが…これは間違いなく、私の嘘がバレている…と考えて良いだろう。



「…あの、課長…今年は、社員旅行…で、でます…」


こうして、私は…参加を表明せざるを得なかった。


しかし。


「そうかそうか…心配していたんだよ。

 親族にガン患者が多いと、君も少なからず、ガンにかかりやすい体質って事だからね…

 社員旅行先の温泉は、効くらしいから、是非行くといいよ。

 僕は体調が悪いから、毎年、不参加なんだけどね…。」



・・・・・・・え?という事は・・・


じゃあ、私の嘘…バレてなかったの・・・?



・・・だ





騙されたああああああああああああああああ!!!!



  ※注 これを、深読み損と言います。






    ー 回想終了。 ー





と、言うわけで、私は好きでもなく、ここにいる。


というか、体調悪いなら、高橋課長こそ温泉来たらいいんじゃないのか?


・・・というツッコミは、もう昨日入れたからしない。




「水島さん、大丈夫ですか?あの、良かったら…肩貸しますよ?」

門倉さんは、私の顔を心配そうに覗き込む。



しかし、同性だから解る事だが…


…この後輩……酔った私を介抱しようと”意気込んで”いる…



心配してくれるのは、有難い。しかし…それに対して、気合や意気込みは必要ないのだ…



「え?あ、もちょん…いや、もちろん大丈夫。」


・・・いかん、本当に呂律が回らなくなってきている・・・


このままもう1本ビールを飲んだら、私の行動はアルコールに完全に支配されるだろう。

そして…朝起きたら、裸の女が隣に寝ているなんてオチにでもなったら、笑えない。



誰かが笑えても・・・私は、笑えない。



どうにか平静を装って、なんとか…アルコール分が抜けるのを待つしか…

アルコールが抜ける時間は、確か…ビール大瓶1本では、3時間のハズ…

   ※注 個人差があります。


缶ビール2本だから…2時間くらいで…抜けるかも…



それまでは…女性を…自分の近くに置いてはいけない…断じて!!



何とか真っ直ぐに歩きつつ、バスを降りた私は、荷物を持って、宿泊予定の温泉旅館を見上げた。


山の中の、温泉施設。


・・・ひたすらデカい建物だ。


旅館と聞いていたから、もっとちんまりとした木造かと思ったら

まるで、山にそびえ立つ白い巨塔…もしくは、〇ート製薬みたいだ…。



城沢グループが、結構凄い企業だったんだなと、改めて感じさせられる。

周囲も森やら、林やら…とにかく、ここが都会とは無縁の”絶景”である事は間違いなかった。


…しかし、絶景=ど田舎であることを忘れてはならない。

コンビニも何もない、この建物内に一歩でも足を踏み入れたら


・・・私は、女難地獄との戦いに身を投じなくてはいけないのだ。


ロビーには、仲居さんがずらりと並んでお迎えをしてくれる


(・・・この人達も、女難に入るのかな・・・?)


ビクつきながら私は、ロビーの中央へと歩みを進める。



「はい、部屋割りを決めまーす。」


くじ引きをしている事務課の面々。




「えーと…後は…あ、水島さん、くじひいて」

「あ、はい………ん?『ハズレ』?」


「あぁ…それね…一人だけ個室なのよ。高橋課長用に用意したんだけど、来なかったからさー。」



・・・個室。



    ー 水島さんの連想 ー



個室 → 一人用のお部屋。 → 他に女性がいない部屋 → NO女難!



つまり・・・ → 私、ツイてるー!!!っしゃーぁああああ!!!!



 ※注 水島さんは只今、慣れないアルコールの作用により、テンションが上がっております。



「水島さん?やっぱ、一人は嫌だったり…」

「いえいえいえ!くじの決定には逆らえません!ええ!個室OKです!私、こう見えて、イビキ凄いんで!!!」



『・・・くじ引き、万歳。』


私は、そう心の中で叫びながら、鍵を受け取るべく両手を出した。


「え…あ…そ、そう?まあ…それなら、良かったわ…水島さん、これ鍵ね…。」


「はい、ありがとうございます…!…ンフフフ…♪」
 

 ※注 水島さんは只今、慣れないアルコールの作用により、気持ち悪い笑いを浮かべています。ご了承下さい。



「・・・・ん?」

私は、ふと視線を感じた。アルコールで火照っているものの、それくらいは解る。


振り向くと、私を恨めしそうに見ている、門倉さんと目が合う。


「・・・・・・。」


…え?私、睨まれてる…??

・・・それは、どうして同じ部屋じゃないのよ、という眼差しだろうか・・・


いやいや、門倉さん…これは、不可抗力です…うん、そうです。



「部屋割りは、わかってんなー?各部屋の責任者は、鍵貰えよー」


ロビーに人が増えてきた。

団体の男女という事は、どうやら、他の課も続々と到着しているようだ。


この旅行は、研修デーと同じで、他の課と一緒に行われる。

そして、日程をずらして、他の課もどこかの課と合同で、旅行に行く。



ここまでしてまで、会社の人間と温泉に入りたいものだろうか……私は、理解に苦しむが…。



いや、待てよ…他の課も一緒、という事は…!!!




私の頭に、”その通り!”とでも言いたいのか、いつもの『アレ』が来る。



   ”チクン!チクン!”



(・・・・・・うっそーん・・・・女難サイレンじゃーん・・・・・)


 ※注 水島さんは只今、慣れないアルコールの作用により、ふざけたリアクションしかできません。ご了承下さい。





「・・・皆、部屋割りは、先日配った文書の通りよ。

 部屋の責任者は鍵を受け取って、きちんと管理するように。

 それから、何かあったら、私に言って頂戴ね。では、夕食の時間まで、一旦解散。」


ロビーの邪魔にならない場所に集合させ、テキパキと、男集団に指令を出している女性は…


間違いない…あの女性は…


「……か、花崎課長…。」


・・・やはり企画課か・・・っ!


花崎翔子課長…やはり、来たか…。

読んでいたわよ…来るんじゃないかと…でも、こっちは個室だ…!負けるもんか…!



私は鍵を握り締めながら、ニヤリと悪党笑いを浮かべて、部屋へ向かおうと”回れ右”をした。



「ようやく事務課ご到着、ね?

 ・・・あら、水島さん、顔赤いわね…何?もう酔っちゃったの?」


「ひぃっ!?…さっ阪野さんっ…!?」


私が振り向いた先には、阪野さんがいた。

大人の女性のリゾート、というコンセプトがぴったりな、ワンピースを着ている。

ワンピースと言っても、子供っぽくない。むしろ…大人の女の雰囲気がいつもより濃い。

そして・・・はたから見たら、阪野さんと私は、セレブと貧乏人だ。


阪野さんは、私の頬に手を当てて、ニッコリと極上スマイルを浮かべた。




(・・・だから、そのスマイルを私に向けないで、他で活用してくれ・・・。)



…秘書課の阪野詩織まで…予想通りとはいえ…旅行先で、女難3名はキツい…!


というか。

この二人は、会社関係だとレギュラー女難なんだろうな…ああ、もう…(泣)



「…結構、お酒弱そうなタイプとは思っていたけど…ホントだったとはね…」


私の頬を撫でながら、女豹…いや、阪野さんの目が鋭さを増す。

指先で、私の皮膚を弄ぶように……


(・・・コレ・・・く、喰われる・・・!?)


優しい口調と微笑みとは裏腹に、目の力だけが…獣のように、鋭く感じる…。

すぐ逃げればいいのだが、蛇に睨まれた蛙の様に、身体が動かない。


う、動けない…これ、動いたら、危ないかもしれな


「み、水島さん!…阪野さんと、仲良いんですか?」

と門倉さんが、私の右隣から登場した。


・・・思わぬ救世主だった。


門倉さんが来てくれた御蔭で、阪野さんの目は、獣から秘書になった。


(今だけ、ありがとう…門倉さん。期間限定で、ありがとう…。)


「…仲良いも、何も…ねえ?水島さん?」


阪野さんは、ニコニコと私の隣で、笑っている。笑っているが、秘書の皮を被った女豹。


「ねえ?って…な、なんで私に聞くんですか…?」


油断は厳禁だ…!

そして、私の思わぬ救世主こと、門倉さんは、阪野さんにぺこりと頭を下げた。


「あ、私、門倉優衣子です、水島先輩には、いつもお世話になってるんです。」


・・・お世話した覚えは無いんだけど。 と心の中でツッこむ私。


「それは、どうも…秘書課の阪野詩織です、宜しく。」


花崎課長と阪野さんのように、険悪な雰囲気は感じられない。

この2人は…どうやら仲良くしてくれるようだ。

あぁ、良かった…女同士のイザコザは、ややこしいこと、この上ない。



「…あの、水島さん、あの…宴会終わったら、相談があるんですけど…いいですか?」


門倉さんは、突然そんな事を言い出した。

(え?い、いきなり何言い出すの!?)

宴会ですら、私は行く気がしないのに…!…しかも、相談事なんて…私は、自分の事で精一杯なのに…!



「・・・え゛・・・そ、相談、ですか・・・?」


相談という事は、外部との人間を交えず、1対1で…話をするのが普通で……

つまり、2人きりに…


……この後輩…なかなか怖い!!


すると、今度は。


「旅行先に来てまで、相談なんて…余程、重要なご相談なのね?門倉さん?」


阪野さんが、サッと門倉さんに右ストレートを喰らわす…光景が私の頭に見える。


ありがとう阪野さん(期間限定)。助かった…助かったけど…


けど…門倉さんが、露骨に落ち込んでいる…。


(ああ・・・ダメだ・・・この2人もやっぱり仲悪い・・・。)


嫌な予感がする。

女同士の関係がこじれると、厄介極まりないのは目に見えて解っている。


「…あ…そ、そうですね…折角の慰安旅行なのに…ご、ごめんなさい…水島さん…」


・・・ああ、ホラ、やっぱり、面倒な事になったー・・・。


そう、この場合。

門倉さんのようなタイプが、落ち込み、ごめんなさいと繰り返すと…大抵は…


そのあまりの、落ち込みようと反省ぶりに、つい・・・


 『あ、そんなに謝らないで…じゃあ、相談に乗るわよ?』

 『え…でもそんな……良いんですか?』

 『乗りかかった船よ!さあ、先輩に話して御覧なさい?』

 『水島先〜輩〜♪』


…と言う具合に、結果的に、門倉さんに有効になるように進行してしまいがちだ。

 ※注 只今、イメージ中に、水島さんのキャラクターに間違いがあった事をお詫びいたします。



気を遣う人間、人の心を察する優しさを持つ人間にとって、この手は有効だ。


・・・気を遣う人間ならば、だが。




ふっふっふ・・・あいにく・・・私は、その人間には、当てはまらないっ!!



・・・・・・・・・・・。




・・・ああ、自信たっぷりに言い切ってしまう自分が悲しい・・・。



「あの…門倉さん、別に謝らなくても良いですから…」


私は、必死に門倉さんをなだめた。

意地でも、相談に乗るというニュアンスを含ませる事無く…穏便に、断る…!!


・・・って、旅行にきてまで、何してんだ・・・私は・・・(泣)




・・・だから、ややこしいんだよ・・・人間関係って・・・こういう面倒な事が次々と起こるから・・・




そんな事を心の中でぼやきながら、必死に門倉さんをなだめていると・・・



「・・・水島さん、どうかしたの?」


「…え?…ええーと…どうも…こんにちは…」


キリッとした声で、現れたのは花崎課長だった。

このタイミングで・・・現れて欲しかったような、欲しくなかったような・・・複雑な登場だ・・・。


そして、旅行に来てまで”スーツ”とは・・・さすが、仕事人間・・・。


花崎翔子の登場で、場の空気がまた変わった。


「あ…いえ…なんでもないんです。」と門倉さん

「企画課も、到着したのね?楽しくなりそうだわ。」と阪野さん。

「そうね、せっかくの旅行だもの。」と花崎課長。


「・・・・・・・・・。」・・・黙る私。


とりあえず、阪野さんと門倉さんの険悪な空気はなくなったが…

気のせいだろうか?ますます状況が悪化している気がする。


その証拠に…空気が重い。

…何かが、起こりそうな…沈黙。


女三人寄ったら、かしましいとは言ったものだが…私にとっては、怖い以外の何モノでもない。


戦闘の口火を切ったのは、花崎課長だった。


「あ、そうだ…水島さん、よかったら、懇親会の後、2人で飲まない?あ、変な意味は、全然無くて…」


キリッとした仕事人間モードから、途端に乙女モードになるから、この人は怖い。

何?この変わり身…。


「・・・え、いや・・・」

(2人きり!?後者の台詞で十分変な意味あるわ!なんて、ストレートな罠だ…ッ!)

 ※注 水島さんの本音。


続いて、阪野さんが、ずいっと話に入り込む。


「あらぁ…水島さん困ってるみたいですよ?そういうの『パワハラ』って言うんじゃありません?

 花崎”課長”?」

「え…そ、そんなつもりは…」


花崎翔子と阪野詩織は、仲が悪い・・・。

睨み合いはしないものの、彼女達は、笑いながらも互いから視線を離さない。


(あ、コレ・・・豹とライオンだ・・・。)


などと、サファリパーク見学気分で見ている場合ではない。

このままだと、ややこしい女難に、また巻き込まれる…!!(もう十分巻き込まれている。)


「…そんなつもりか、どうかは、水島さんが判断する事じゃないかしらね?」


そういう阪野さんは、毎度お馴染み、私の肩にさり気な〜く触ってきている・・・。


「・・・ぅ・・・私は・・・」

(…そういう貴女は、セクハラしてるじゃないの…っ!!)

 ※注 水島さんの本音。



そして。

私の服をツイツイと引っ張っているものがあって、私は左を向く。

「・・・・ん?」


見ると、門倉さんが涙目で私に訴えた。


「み、水島さんっ!私…あの、実は相談事というより…一度、水島さんとじっくり話してみたくて、それであの…」


「・・・・・・。」


・・・まったく関係ない所から、ハイエナがひょいっと現れ、更なる混乱を巻き起こす。


「同じ事務課なのに、何も知らないことが多いから、私…」


一見バンビのような顔をしているが、彼女もまた女難の一人。

油断はならない。


「・・・いや、だから、あの・・・。」

(…この後輩も、いつの間にか女難に参戦してるから怖い…)

 ※注 水島さんの本音。



「ちょっと!貴女、今…私が水島さんと、話してるんだけど?」

「いえ、ちょっと待ってよ、花崎さん…それは私の台詞…」


呆然とする私を囲み、女3人が、ただ私と話したいだけで、こんな下らない言い争いをしている。


断っておくが、私は、誰とも縁を結ぶ気は無い。

だから、彼女達と関わる気もないのだ。


(・・・何、これ・・・これが、慰安?笑わせんな・・・)


私は、一体…ココに何をしに・・・いや、この場合、何をされに来たのだろうか・・・?



”…チクン。”

再び女難センサーのお知らせが頭に届いた。

…自分でも驚くほど、私は冷静だった。これは、慣れとか、そういうものではない。



そして、この女難シグナルが指し示す人物は…多分…


「…久しぶり…水島。」


後ろを振り向くと・・・ああ、その仁王立ち姿もすっかり、見慣れました…


……城沢 海お嬢様…


相変わらず、強気なその瞳と、長い黒髪が私を怯えさせる…。

そうだ、会社の行事には、何故かこの人もいるんだった…。


海お嬢様は、ゆっくりと私の方へと歩いてくる。他の女難3人は、黙ってそれを見ている。



そして、海お嬢様の第一声は…


「・・・じゃ、水島はあたしが、預かるから。」


そう言って、海お嬢様は私の腕を取って、あっさりと腕を組んだ。


「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」




・・・・・・・・静まるロビー・・・・・・・・・。




・・・ええ、なんでしょうね、これから起こる事、なんとなくわかります…。



「ちょっと・・・なんでそうなるの?」

「会社の旅行中に、そんなマネ許されないわよ。」

「大体、貴女…なんなんですか?」


「何よ?…あたしは城沢の孫娘で、水島は、あたしの恩人で…」


「「それ、今関係ないんじゃない?」」

「…そうですよ!!」


「何?あんた達…そもそも、あたしの水島を、どうしようっての?」


「「「いや、それは私の台詞!」」」




(・・・あの・・・私、誰のものでもないんですけど・・・。)


心の中でツッこむしか出来ない小心者の私を囲んで、女達は睨み合い、言い争いを始めた。

勿論、美女が4人も揃って、言い争っているのだから、周囲の注目も尋常ではない。


人々がこっちを見て、何かをこそこそひそひそ話している。

こっちを見て、笑ったり、顔をしかめたりしている。


…私は、何もしていないのに。…ああ、これ以上、人目にふれていたくない…。




「・・・・あの・・・もう止めませんか・・・皆見てますよ・・・?」




そうは言うものの、誰も聞いてはくれず。

それぞれが好きなことを、ギャンギャン叫んでいる。


私は4人の中央にいるのだが、360°女性の怒った顔に囲まれているので…




とりあえず、その場に静かに沈んで、しゃがんでみる。


・・・かごめかごめ、の気分だ。



頭上の戦いが終わるまで、私はこのまま、しゃがんでいようかなぁ……なーんちゃって…。





ふ、ふふふ…




・・・もう、いっそ殺せえええええええええええー!!!!




私は、無言でスッと立ち上がり、4人を押しのけて、走りだした。

静止する声も何も、聞かずに走り出した。





・・・多分、私生まれて初めて、キレたのかもしれない。




最高にイライラしているのが、良い証拠だった。

個室に入り、鍵をかけて、私は荷物を放り投げた。



「ったく…だから嫌なんだ…っ!」



人と関わるのも嫌だが、私の周りでギャーギャー騒がれるのも、ゴメンだ。

ややこしいのは、ゴメンだ。その原因が、自分ならば、なおさら嫌だ。



・・・思えば、女難チームのあんな嫌な部分を見たのは、初めてかもしれない。



もっと・・・皆、私よりちゃんとしているかと思っていた。


私は、人が嫌いで、根暗で、こんな思考と性格の持ち主で、呪われている。

だからこそ、自分なんかにあの美女達が、惹かれる理由がわからない。



・・・そうだ。これは、全部、女難の呪いのせいなんだ。


呪いさえ解けば、彼女達を支配している、幻想的な私への恋愛感情も消えるだろう。



呪いを解いたら、彼女達は…私を…嫌いに、なるのだろうか。


・・・いや、それで良いんだ。元々、私は人が嫌いなんだから、人から嫌われてもいいんだ。


…嫌われても……私…嫌われる、のか…



「いやいや、何を考えているんだか…しっかりしろ、私…。

 あの人たちは、元は無縁の人々よ…。」


私は、頭をかきながら、スパーンと窓を開け、タバコを取り出し、火をつけた。


「…ふー…」


窓の近くの椅子に、腰を下ろし、ぐったりとする。

ああ、やっぱ我が家が一番、と帰ってもいないのに、そう思ってしまう。

風景は絶景だ。緑の香りが鼻を掠めて、私は、やっと落ち着きを取り戻す。

・・・ああ、タバコ以外にも、落ち着く香りがあったんだ、と気付く。


こんな形にはなってしまったけど…たまには、旅行も良いのかもしれない。

・・・今度は一人で来よう。



「あ、そうだ…」


私は、旅館のパンフレットに目を通した。

そこには旅館の、館内案内があり…どこに何があるのかの詳細もあった。

イザという時の、逃げ道を確保しなければ・・・


・・・私は、常に逃げ道を確保する癖がついた。


当初は、立ち向かおうとも思っていたのだが・・・

結局、何をしても無駄なんじゃないかと、心のどこかで諦め始めていた。


だから、逃げる道を探しているのだ。


女性と縁を結ばなければ、死んでしまう。

しかし、現実問題…女性と縁を結ぶという事は私が、その人を好きにならなければいけない事であって。


・・・人を好きになるって、そもそもどういう事なのだろうか?…わからない。


…いや、なんだよ、ソレ…中学生日記か?私は。



タバコを吸いながら、ふと私は、窓の下の風景に目をやった。


…大きな庭園が広がっていた。

灯篭や竹垣、飛石…と、立派な純和風の庭園だ。手入れも行き届いている。


何よりも特徴的なのは、大きな池だ。赤い橋がかけられた、大きな池。


(・・・鯉でもいるのかしら?)


もし、そうなら…ちょっと見てみたい…。


 ※注 人は嫌いだが、動物(ゴリラを除く)や魚は好きな水島さん。


そうして池を見ていると、和服をきた女性が、池にやってきた。

そして、こちらを振り向いた。


・・・すごい美人。


年は…私より少し上、かもしれない…あれだけ若いのに、米寿を迎えたような落ち着きがある。


私と目が合った和服美人は、ニコッと笑って、会釈した。

慌てて私も、タバコを口から離し、会釈をする。


そして、そのまま…すたすたと庭園の奥へと歩いていった。


(…不思議な雰囲気の人だったなぁ…)



私は、そのまま、庭を見ながらタバコを吸いながら、時間を潰した。

持ってきた短編小説を1冊読み終わり、時計を見ると丁度、宴会の始まる30分前だった。


私は、タバコを消して立ち上がった。


「・・・あー・・・面倒くさ・・・。」


そう、宴会は、人嫌いにとって、とても面倒くさい。




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