「…では…城沢グループますますの繁栄を願って…」



     『乾杯ー!!』


大広間には、城沢グループの社員が100名ほどひしめき合っている。

もう温泉に入って、浴衣を着ている者。

乾杯まで待ちきれずに、もはや酔っ払っている者。


大広間のステージ壇上には、乾杯の音頭を取った企画課の人がいた。

・・・以前、花崎課長に怒られていた木村君だ。どうやら、辞めずに頑張っているようだ。



仲居さんが忙しなく動いて、ビールが足りないだの、××さんそれは違う!とか…とにかく忙しそうだ。


人がくつろいでいる裏側には、必ずと言っていいほど、誰かが忙しく働いているという

一種の犠牲があるのだ。


大変そうだなーと思いつつ、私は固形燃料が燃え盛り、グラグラ煮立った小さい鍋をつつく。

宴会が始まったばかりだというのに、皆、程よくアルコールが入り始めている。


…私は、黙々と箸をすすめ、晩御飯を食べた。

味は、美味い。

100人分もあるのだから、味はたいした事ないんじゃないかとか、たかを括っていたのだが・・・


いい味だ。濃くも無いし、薄くも無い。


すると大広間のステージに、和服の女性が3名、現れて、正座をし、お辞儀をした。


『えー…皆様、本日はようこそ、この”原倉(はらくら)”へいらっしゃいました。

 大女将の”さより”でございます…』


さよりと名乗った大女将は、70代くらいだろうか…大女将と名乗るだけあって、すごい貫禄だ…

談笑していた同僚達も、箸を止めてステージを見ている。

品があって、いい歳の取り方をしたなぁ、と感じさせる人だ。

…きっと、若いころは、とても美人に違いない。



『同じく、原倉の女将を勤めさせていただいております…”ちづる”と申します』


ちづると名乗った女将は、40代だろうか…とにかく美人だ。

そして、途端に会場のボルテージ(男性の)テンションが上がる。


「…よっ!女将!」「最高!」


「いやーねぇ…男の人って…」「酒入ると何でもいいのよ。」


…ああ、男女で…こうも女将の見方が違うとは…



『…若女将の、”かもめ”でございます…本日は原倉においでいただき

 まことにありがとうございます…』


(…あ…庭の和服美人…)

私が、先ほど見かけた日本庭園での落ち着いた和服美人だった。


『どうぞ、皆様、こころゆくまでごゆっくり、おくつろぎ下さい…』


そう言って、美人女将達は、頭を下げた。


・・・まさに、美人女将のいる旅館・・・!


そして、会場のボルテージはMAXになり、女性陣は、いやーねぇを連呼し出す。

女将達は、席を回ってお酌を始めた。

事務課の面々も、狙いをつけた男性にお酌をしにちょろちょろ動き始めた。

既に私の周りの席に、人はいない。



そして私は、すでに食事を終えているので、立ち上がろうとした。


「水島さん…飲んでる?」

それより先に、花崎課長が、声を掛けてきた。


「・・・あ、はい・・・」

(・・・・・・・・・うげ。)

心の中で私は、緊急警報を鳴らしていた。

しかし、それに反し、妙にしんみりとした態度で、課長は続けた。


「さっきはごめんなさい…あんな人の多いところで…」

「いえ、気にしてませんから。」

「……そう…。」

私の無難な答えに、いささか顔を伏せる課長。

その無難さが恐らく彼女には引っかかるのだろう。


「…その…私、前も言ったけど…貴女の事…」


花崎課長は、前のめりになって、まっすぐ私を見つめてくる。


「…っ!?」


(…微妙な話が……キターーーー…っ!!) ※ 織田裕〇風に。




…これ以上、彼女に何か言わせるわけにはいかない。

このまま、温泉にでも連れ込まれたら………なんか、このサイト18禁になってしまう気がする。


 ※ このサイトは、15禁を”含む”サイトです。お忘れなく。



「み、水島さん…あのっさっきはごめ…あっ…!」

「・・・あ・・・。」


門倉さんが、最悪のタイミングで現れた。

ジェイソンに追いかけられている時に、フレディに遭ったような気分だ。


「ちょっと、水島…いつまでこんな場所で飲んで…あ。」

「・・・あ・・・。」

海お嬢様が、最悪のタイミングで現れた。

ジェイソンとフレディに追いかけられて、逃げ込んだ民家で、エイリアンに遭った気分だ。


「・・・あーら…皆様、おそろいで…水島さん、顔引きつってるわよ?大丈夫?」

「・・・・あ・・・。」

阪野さんが、最悪のタイミングで…ああ、もういいや。


ジェイソンとフレディとエイリアンとプレデターで、これはホラー祭ですかー?

女難祭ですかー!あーそーですかー!へぇー!!

 ※注 只今、水島さんの精神が著しく荒れております。ご了承下さい。


「…ちょっと…遠慮してもらえるかしら、今結構大事な話を…」

ジェイソ…いや、花崎課長が、立膝で、3人にそう言い放つ。


「…私も、あるんです!」

フレデ…いや、門倉さんが、どすんと座り込んで、花崎課長に言う。


「大事な話って、まだ水島が聞くって言ったわけじゃないんでしょ?」

エイリア…いや、海お嬢様が、よりにもよって私に話を向ける。


「そうね、ここは水島さんに決めてもらいましょうか…?」

プレデ…いや、阪野さんが、そんな風にまとめて…




一斉に、女難モンスターが私に目を向けた。


な、何…これ…

勝手に来ておいて、勝手に言い争って…私に委ねるって…どういうつもりだ…!?


ど、どなたを選んでも…私が、最悪な結末になるのは…目に見えているではないか!



ややこし過ぎる…!!もう嫌だあああああああああああああ!!!!




すると、意外な声が私を助けた。


「・・・あの、おひとついかがですか?」


声の主は、大女将”さより”だった。ビール瓶を片手に、にっこりと笑っている。

私は即座に、グラスを向ける。


「あ、はい、いただきます…。」

「・・・いかがですか?お料理の方は…お口に合いますでしょうか?」


丁寧に注がれるビール、ビール7:泡3の黄金比率だ。


「あ、はい…美味しかったです。」


そして、続いてやってきたのは。

「それは何よりでございますわ……そちらのお客様も、宜しければどうぞ?」


女将の”ちづる”だった。女将に促されて、課長達もグラスを向ける。

「あ、どうも、すみません…」

「城沢グループ様には、こうして毎年ごひいきにしていただいて、私共一同…」

「はあ・・・」


女難達の目は、完全に大女将と女将に向いている。





逃げるなら・・・今しか・・・ない!!!




私は、持ち前の地味さで、まず自分の気配を消し、こっそりと音を立てずに…立ち上がり…

仲居さんの影にそっと隠れて、大広間を脱出した。


あとは、廊下を突っ切るだけ……ってなんで、私がここまでしなくちゃならないんだ!!




冗談じゃない。


冗談じゃない。


冗談じゃない。

冗談じゃない。




冗談じゃない!!





これ以上、他人に、自分の人生へ、ズカズカ上がられてたまるか!!


廊下を足音を立てて私は歩いた。

ふとガラスに映った自分の顔が、視界に入った。


(・・・なんて、顔をしているの・・・?)


私の顔は、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばったまま、目もギロリと鋭い…嫌な顔をしていた。

それを見て、今度はなんだか悲しくなってきた。


こんな気分になるから…こんな自分になりたくないから…人を遠ざけていたのに。


(あぁ…やっぱり、私は呪われているんだ…)


ガラスの中の私は、泣きそうな顔で、私を見ていた。



私は、部屋に戻る気にもなれず…


あの立派な庭園に行ってみようかと思いついた。


…そうだ、少し、落ち着こう。




私は、あの大きな池へと足を向けた。


(…灯篭の灯りって…こんなに風情があるんだ…)


昼間とは違う風景がそこにあった。

私は、大きな池にかかる赤い橋に向かった。


…そして、橋の真ん中で、しゃがんだ。


「あ、やっぱり鯉がいる…」


池には、鯉が泳いでいた。

そして、人が来たのを感知して、私の足元にばちゃばちゃと集まってきた。


…餌、持ってもいないのに、集まってくるなんて…

コイツら…可愛いんだか、可愛そうなんだか…



「鯉、お好きなんですか?」


後ろから声がして、振り向くと…昼間目が合った、若女将”かもめ”さんがいた。


「あ・・・いえ・・・その・・・」


夜に池をじ〜っと見ている女がいたら、そりゃ心配するだろうな…と思う。

そりゃ、さっきまで、いっそ殺せーとは思ったけど、私は、自殺志願者なんかじゃない。


そんな私の心を知ってか知らずか…

かもめさんは、和服を乱さないように、ゆったりと歩いてきて、私の隣にゆっくりとしゃがんだ。

近くで見ると、本当に美人だ。

肌が白くて、ふっくらした程よい頬に、落ち着いた雰囲気。

・・・これぞ、日本の女!・・・と言ってもいい女性だ。



「この子達の餌の時間なんです。宜しければ…やってみますか?」

かもめさんは、そう言って、私に鯉の餌の袋を見せた。


「え・・・」

戸惑う私に、まずは見本を、と微笑んだかもめさんは、池に餌を撒いた。


「ホラ…こうやって…あげると…」


”バシャバシャバシャ…!!”


鯉が、勢い良く跳ねながら餌を食べている。

他の鯉も、こっちにもおくれと、こちらに口をパクパク開けている。


「うわぁ…大きいんですね…ここの鯉って…」

「ええ…おばあ…いえ、大女将の代から、ずっとこの子達は、この池にいるんで…

 さあ、お客様も、どうぞ?」


かもめさんに促されて、私は餌を撒いた。


「あ、じゃあ……それ…。」


”バシャバシャバシャ…!!”



「あ、食べてる食べてる…ほら…こっちにも撒いたぞー…」

私は、鯉達がまんべんなく餌を食べられるように、あっちに餌を、こっちに餌を、と撒いた。


”バシャバシャバシャ…!!”


”ぴちょん!”


「…うわっ…水しぶきが…顔に…っ」

私は、現在25歳…いい年ぶっこいて鯉に、はしゃぐOLなんて…恥ずかしい…。


「っ…うふふふふ…!」

そんな恥ずかしい私を見たからか、かもめさんは口元を押さえながら笑った。


「・・・・あ。」

途端に恥ずかしくなって、私、パンパンと手を叩いて誤魔化す。

かもめさんは、ハンカチを出して、私の頬の水を拭き取りながら言った。


「ゴメンナサイ…御気を悪くなさらないでくださいね?

 …だって、昼間目が合った時のお客様と、今のお客様、全然違ってて…

 楽しそうに見えたものですから…」


・・・若女将と目が合ったとき、確かに私はイライラしていた。


「ああ…それは、ちょっと…まあ…色々ありまして…」


人間関係の嫌な部分…下らない事で、あんな風に言い争ったり、怒ったりする人をみてしまったせいだ。

…その原因が、私自身の…いや、私の呪いのせいなのだから…

イライラするのは、当然だった。


かもめさんは、鯉に餌を撒きながら、ゆったりと話し始めた。


「…お客様が、こちらにいらした時から、お顔の色が優れないな、とは思っていました…。

 きっと、こちらには…あまり…いらしたくなかったのではないか、と…

 あ、勿論、私の勝手な推測ですので…間違えていたらゴメンナサイ…」


さすが、客商売…顔色で察するなんて、なかなか出来ない…。

かもめさんは、私の方をあまり見なかった。

それが、余計話しやすさに拍車をかけた。


「・・・いえ、ほぼ、合ってます・・・。

 私、こういうの…苦手で…」


そう言って、私は鯉を見ていた。相変わらず、こちらにパクパク口を開けている。


「…私もです。お恥ずかしい話ですけど、女将の身でありながら、宴会の席は、苦手なんです。」


「・・・え・・・」


オイオイ、それはイケナイだろう?と普通は思うだろうが…

私は、何故か、グッと親近感を感じてしまった。


「内緒、ですよ?」

「・・・はい。」


”バシャバシャバシャ…!!”


「…でも、お客様…すごく周りの方々に好かれておいでのようですね…?」


・・・さすが客商売・・・。


「…あ、あははは…はは…はーぁ…

 …その、別に、そんなんじゃ…好きで好かれている訳じゃないし…

 私は…そういうの…好きじゃないんです。」


ぽつりぽつりと私は、今日初めて会ったばかりの若女将に、身の上話をしている。

かもめさんは、黙って話を聞いてくれた。


「…私は…一人が、好きなんです…。

 でも、一人では生きていけないってわかってますし、そこまで人を拒絶するつもりはなくて…

 程よく、距離を保ちつつ……まあ、自分に都合良く生きていきたいって訳で…」


その結果、呪われちゃったケドね、とは言えなかった。


「…では、さぞや…お疲れでしょうね?ああいう宴会は…人が多い場所なんて特に…。」


かもめさんは、私のそんな話を聞いて、否定も、変な顔もしなかった。

私の方を向かずに、餌を撒きながら、ゆっくりそう言った。


(…てっきり、何か言われると思ってた…)

「……え、ええ…結構、そうですね…。

 ぶっちゃけると…私、来たくなかったです…旅行なんて…」


…ああ、そうだ。かもめさんは、お客様の話を聞いてるだけなんだ。

…だから…別に、これは”理解”とか、じゃなくて…私に合わせてくれてる”サービス”なんだ。



「…お客様は、人の縁って信じられますか?」


「…え゛……ええ、まあ…はい、信じてます。」


信じるも何も…私は、その縁に呪われている女だ。


「大女将も、女将も…私に良く言うんですよ。お客様との縁は、たった一度きりだと思えって。

 後にも、先にも、一度きりだと思って、おもてなしをするんだって。

 そして一生懸命結ぼうとした縁が出来上がって、リピーターになってくれたお客様は

 自分達と”縁が強く結ばれた”という事だから、もっと大切にできるでしょ、って。」


「……。」


「…私は、若女将なんて言っても、ただの普通の人間です…

でも水島様が、この原倉にいらっしゃる間は…私共も至らない所や、嫌な事もおありでしょうけれど…

少しでも水島様に気持ちよく過ごして頂けるよう、一所懸命に務めさせていただきます。

…私は、水島様との、せっかくのご縁を大事にしておりますから。」


”バシャバシャバシャ…!!”


鯉が跳ねる池の上で、若女将はそう言って、私に笑いかけた。



・・・こんな風に、笑える人は・・・きっと、素晴らしい人生送れている人なんだろうな・・・。



「………。」


(…ヤバい…ちょっと、泣きそうだ…。)


私は無言で、池の鯉を見つめた。

餌がなくなったので、鯉達は悠々と池を泳ぎ始めた。




…私は、一体何が嫌いで、何が好きなんだろう?


私は…一人が好きで、人が嫌い…


でも、今…こうして、かもめさんと一緒にいて、話を聞いてもらって、話を聞かされて…

どこか心が、楽になっている。


今までは、嫌な事を自分の中で、消化していた。

いや…一人だったからこそ、自分の中で消化しなければいけなくて。


そして嫌な事があまりにも多すぎて…

信用していない人に話せるわけも無く、嫌な事は増えていった。


自分さえ、しっかりしていれば、周囲は何も言わない筈だ、と。

自分さえ、何もしなければ、周囲は何もしない筈だ、と。


こんな嫌な目に遭うのは、自己責任なのだ、と言い聞かせてきた。


人間が、怖くて、嫌いだった。


好き勝手に言葉を言い放ち、それにより誰が傷ついても、お構いなしで。

自分が言われたり、されたら嫌な事を、平気でするのが、嫌で嫌で。


他人が、何を考えているのかも、私にはわからない。

だから、自分にいつ、どんな感情を持ち、どんな言葉を言い放つのか…


そんな、奴らと私は…同じ種の生き物で…でも全然、理解し合えない…生き物だった。


奴らを理解しようとした私は、苦しんだ。


いつの間にか、私は孤独の道を選んだ。

いつの間にか、私は”孤独”が気楽である事に気が付いた。



…孤独に、慣れてしまい…それが、一番楽だと…。



それは、逃げている?そんなのは間違っている?

誰かにそう言われても、構わない。


…私は、随分と昔に、それが自分に合った道だと確信したのだ。

誰の指図も受けない。

これだけは、譲れない。


もう、誰かに苦しめられるも、誰かの為に、苦しむのも嫌だ。



・・・でも、かもめさんは・・・黙って私の話を聞いて、否定も何もせず、ただ受け入れてくれた。

・・・かもめさんみたいな人なら・・・もしかして・・・



「・・・水島様・・・水島様は、今は”一人”です。」


かもめさんは、私の頬に流れる涙をハンカチで拭いた。


「………。」


「私は、いない者と思ってください。それで、貴女が楽になるのなら。」


「……ありが、とう…ございま…す…。」

(なんだろう…コレ、すごく、嬉しい………)




私は、若女将に貰ったハンカチを手に部屋へと戻る廊下を歩いていた。

さすがに、あの立派な庭園でタバコを吸う訳には行かなかったからだ。



(…すごく、良い人だったな…あの人………。)


落ち着いていて…私の嫌がること、全然しなかったし…

…このシリーズ始まって以来、良い人だったなぁ…


かもめさん…あの人みたいな人なら、縁結んでも、なんか続けていけそ



…って。




オイオイオイオイ!!!!


何、頭の中で、危うい未来予想図を描いてるんだ、私は…!!!!


…ヘルメットで頭6回ブン殴って”ドウカシテル”のサインでも出せというのか…!?

 ※注 ドリ○ムファンの皆様、大変申し訳ありません。



・・・・・・ああ、また下らない事言っちゃった・・・。


いかん…久々の旅行のせいか、アルコールのせいか…

女難を受け入れる体制を、自分の中で一瞬でも作ってしまった…


…不覚だ…


でも…いざとなったら…かもめさんに頼んでみよっ…かな……



いやいやいやいやいや!!恋愛と親近感は違ーうっ!!!

しっかりしろー!水島ー!!NO女難だー!!





途中売店で、アイスとお茶を買って、私は時々アホな事を考えながら、私は自分の部屋についた。


…宴会は、まだ続いているようで、遠くでどんちゃん騒ぎが聞こえた。

…まあ、好き勝手にやってくださいなっと…。



”ガチャ…”

「あれ?開いてる…?」

もしかして、中で仲居さんが、布団引いてるのかしら…


”・・・ガラッ”



私は、ペットボトルのお茶を口に含みつつ、部屋へと入った。


”パタン…”



”ヂクン!!”


ふすまを閉めた瞬間。

私に今まで味わった事の無い痛みの、女難シグナルが頭を掠めた。


(…オイオイ…まさか、今来るのか…あの4人か?)



ふすまを閉め、おそるおそる振り返った私の目の前には・・・

あの女難メンバー4名様ではなく。


何故か、板前らしき格好をした”女性”が、正座して、無言で私に頭を下げた。


(・・・え?)


見知らぬ人が部屋にいたので、お茶を口に含んだまま、私はその動きを止めた。


この部屋は…私の部屋で間違いない。


・・・じゃあ、この板前の女性は誰??



「・・・おかえりなさいませ、水島様。」



聞き覚えのある声の方向に目を配ると・・・板前さんの隣には



・・・若女将がいた。



いや正確には。






・・・素っ裸に、刺身やら、何やら食品を乗せた…若女将”だった”人が、いる。


板前の女性が、口を開く。



「こちら……『若女将の女体盛り』でございます。」



「お召し上がり下さい…」




「ッブフーゥッ!?・・・っゲホッゲホッゲホッゲホッ!!」







  若女将、まさかの御乱心ーッ!?



   ※注 お食事中の皆様、大変申し訳ありません。



私は、口に含んだ茶を、吹き出さずにはいられなかった。






・・・私の部屋で、何やらかしとんじゃああああああああ!!!!!


返せーっ!!


さっきまで、ちょっと人と縁結ぶのも良いかもなんて思った、私の改心タイムを返せーッ!!!!(泣)


最後の最後でコレかあああああああああああああ!!!


また騙されたー!!どちくしょおおおおおお!!





「ちょ、ちょっ…!?ゲホゲホっ…な、何してっ…ゲホゲホっ!?」



咳き込みながら、私は後ずさりながら、必死の抗議をする。


「サービスです。」
「どうぞ…お召し上がり下さい…」

「いやいやいや!!そーじゃなくてっ!!!」

それはそうだ、あの、あのかもめさんが、今…

私の部屋で、素っ裸で、魚介類飾られて…テーブルの上で寝てるんだから…。


…漁業協同組合に爆竹投げるようなマネを…よくも…っ!!!



嘘だ…!あの若女将がこんな事するなんて…!でも悲しいくらい現実だー!コレ!!



というか、コレ女難なの?AVか、なんかじゃないの!?

大体、女体盛りの女難ってなんだよっ!?


というか、私…旅先でもこんな目に遭う運命なのーっ!?



今回、温泉旅館なのに、温泉のおの字も出てきてねえのにーっ!?




一方、私の部屋で、正座していた板前は、肩を震わせながら涙声で話した。


「ほ、本日のっ…お勧めは…っくぅぅ…アワビの…っ…うう…」



・・・私は、思った。




板前ーっ!!泣くくらいなら、やるなよっ!!あと、女体盛り目の前にして、貝類を薦めるなあぁ!!

『・・・え?あ、下ネタ?』って一瞬考えてしまった自分が情けないわーッ!!

次回から、どんな顔でアワビ食えばいいんだよーっ!?

15禁含有サイトでギリギリのネタすんなああ!!どんだけチャレンジャーなんだよ!!


   ※注 作者的には、ギリギリセーフだと思っております。



私は顔を引きつらせて・・・心の中で、ツッこむ事しか、できないでいた。


…普通、自分の部屋に、予告も無くいきなり女体盛りが出てきたら、誰しも…言葉は失うだろう…。


若女将は、テーブルの上に寝ながら、盛り付けられた身体を動かす事無く、口を開いた。



「…水島様…あの、鮮度が下がりますから、どうぞ…早く…」



ああ、そうね、体温で温くなっちゃうもんねー…


・・・って


…だったら、始めから鮮度が保てる器に盛り付けて来いっ!!!(ノリツッコミ)



「わ、若女将ィ…そこまでおもてなしの心を…くうッ」



泣くなよ!板前ッ!泣きたいのは、こっちだ!!

料理人としてのプライドは無いのかああああああああ!!!

それに、これがおもてなしの心だというなら、千利休に謝れえええええっ!!!




「…水島様…私は小汚い人間で、ただの器です…ですから…」


かもめさんの表情は、先程とは全く違っていた。

その表情で、私は気付いた。


(・・・ああ、そうか・・この人・・・・・・多分”ドM”だ・・・・・・。)

…通りで、私の話を、否定もせず、受身で聞いてくれるハズだ…受身のプロフェッショナルだもんね…Mは…。

かもめさんの表情からは、意識が完全に…あっちモードに、旅立ってしまっていることが推測できた。

その証拠に、不必要なほど、荒い息で、しかもこちらを熱く見つめている。




…お願い、本当にこのサイト、18禁になっちゃうから、止めてー…っ!!




…どうやら、この若女将…かなりの裏と表がある人だったらしい…。



「・・・・・・・。」



・・・世界には、色々な人がいる。


私はそれを、否定はしない。


…ただ、私に関わらなければ・・・それでいいやーもうーあぁーあ…

ついにSMですかー?私は水島だけど、SでもMでもないぞー…

どっちも願い下げさー…どうせなら、一生放置プレイにしてくれぇい…あははははははは…


 ※注 只今、あまりのショックに、水島さんの精神が著しく荒れ果てております。ご了承下さい




「あの…食べて、やって下さい…若女将は…一生懸命、おもてなしを…」

板前は、泣きながら、そう言った。


「いえ、あの…結構です…。」


…喰えるかーっ!どこをどう考えたら、そんなおもてなしを思いつくんだーっ!?

ああ、大声でツッコミたいけど、こんな光景目の前にして、そんなの出来ない…。


「さあ…水島様…どうぞ…マグロでも、サーモンでも…イクラでも…

 お勧めは…」


・・・はいはい、アワビでしょ?もういいよ・・・(泣)


私は、静かに言った。



「・・・あの・・・今すぐ、さげて下さい。…今、すぐ。」


しかし、ドM若女将には、これが責め台詞に聞こえたらしく。


「…あぁ、イキナリそんな…

 あ、お願いします……水島様、それ、その台詞…もう一度…はぁはぁ…」



・・・もはや、言葉はコレしか、出てこない。





「…今すぐ、下げろおおおおおおおおっ!!今すぐっ!!!」




・・・旅館に、OLの叫びが、悲しく響いた。



「…ああっ!その強い口調でもっとーっ!」

「いいからっ!とっとと、出てけええええええええええ!!!」






・・・・・・・・・私、もう誰も信じない・・・・・・。







若女将たちを、部屋から追い出し、私はタバコを吸っていた。

夜の闇に、ふーっと、タバコの煙を吐いて、私はボーっと月を眺めていた。


鍵をかけたまま、私は、眠れぬまま、単にボーっと起きていた。


温泉にも入ろうかと思ったが、きっとロクな事は無いだろう、と諦めた。


「…あーぁ…」


”ピリリリ…”


携帯電話の着信音が鳴ったので、取って見ると、画面には『伊達 香里』の文字があった。


・・・携帯に、登録した覚え、ないんだけど・・・


 ※注 通常、水島さんの携帯には、会社・宅配便・実家の3種類しか、アドレスが登録されていない。


…とりあえず、アドレスに登録されている経緯を聞きださないといけない。


「・・・はい、お待たせしました、水島です。」

『あ、もっしー?みーちゃん、旅行なんだって?どうして教えてくんなかったのー?』


声の主はやっぱり、伊達香里だった。


「…あの、それより、私の携帯イジりました?」

『・・・あぁ、私のアドレス入れただけー♪』


…あっさり、自白かよ。


「…今度やったら、怒りますよ。」


……つーか家にも入れねえ…!!!


『あ、ゴメンゴメン…もうしないよ。

 だって、みーちゃん、自分から連絡しないじゃん?だから…。

 怒られるの覚悟してます…ごめんなさい…』


ソレを聞くと、私は、深く息を吸い込み…


「……はあぁぁ…」


深く、息を吐いた。


『…どうかしたの?ため息なんかついて…』

「…なんで、あなた達は、そうなんですか?」


・・・今の私は、最高にイラついている。

伊達さんでも、誰でもきっと同じ態度を取るだろう。

タイミング悪く私に電話をかけてきた伊達さん、貴女が悪いんだ。


『…ん?あなた達って…私、一体、どの団体にいるの?』


「だから……どうして、人嫌いの私に関わり持とうとするんですか?

 …私、何もしてないのに…話したいだの、なんだのかんだの…」


『…そりゃあ………私の場合は…みーちゃんが、好き、だからかな…

 女の子同士だけど、みーちゃんなら、良いなって。』


あっけらかんと、伊達さんはそう返した。

…それはもう、スンナリと、同性の私が好きだと言った。


「……それだけで?私の思いも、関係なく、ですか?」


イラつく私に、対し伊達さんは、冷静に返答してくれた。


『…みーちゃんが…迷惑に思ってるのは、薄々知ってるよ?

 …いくらなんでも、私、そこまで空気読めない訳じゃないもん…』

「………どうだか。」


吐き捨てるように私はそう言った。

自分でも感じ悪いな、と思うくらいだ。


『…今日のみーちゃん…機嫌悪いね?』

「……最っ高に悪いです。」

『……そっか………じゃあ、最後に一言だけ…聞いてくれる?みーちゃん…』

「なんですか?」

さっさと電話を切ってくれるなら、聞きましょうか、と心の中で悪態をつく。

ああ、こんな醜い自分、大ッ嫌いだ…

なのに、彼女達は…私を好きだという…訳がわからない…


『……私、みーちゃんにとって、迷惑な人間かもしんないけど…

 私、みーちゃんの一言が、嬉しくって…一緒にいると面白いし…だから…

 …私の気持ちは…こういう風にしか、表現できないから…グスッ』


「・・・あの、伊達さん?」

(うわ、なんか嫌な予感…)


”チクン♪”

(…あ−…やっぱりぃー?)


『私…馬鹿だから……好きだって思ったら、こんな風にしか…で、出来なくてぇ〜…

 えぇ〜ん…ふえぇ…ゴメンねぇ…みーちゃあああああぁ…

 好きなのに…みーちゃんの事…私…何にも…ぢがぐっでーあどでー…』


ついに、伊達さんは、電話の向こうで泣きだした…

号泣しすぎて、語尾がよく解らなくなっているのが、良い証拠だ。


・・・こうなると、2時間は泣き止まない。


「・・・・・・もしかして、伊達さん、酔ってません?」


『…グスっ…酔ってなあああいぃ…発泡酒しか飲んでないもーん…ふええええ…』


「…だから、それを酔ってるって言ってるんですよ…

 あーもう、泣かないでー…あー…泣きたいのはこっちですよぉ……

 ・・・はぁ?ウイスキーも飲んだ?”とろ角最高”?知りませんよ!ンな事ァ!

 ていうか、やっぱり、酔ってるんじゃないですか…っ!?」


酔っ払った電話向こうの伊達さんを、なだめるのに数時間かかり

電話を切る頃には、空は明るくなっていた…。



…こうして、私は”眠れぬ夜”を過ごすハメになったと言う訳だ。



結局、私は、ストレス発散するどころか、余計ストレスを溜め込む結果となり

…見なくてもいいモノ(女体盛り)も見てしまった…。



…私は、黙って窓の外のキレイな景色を目に焼き付けていた…。


せめて、この景色を、自分へのお土産にしようと…




「あれ?…朝日が…目に染みたかなあぁ……」




・・・景色は、相変わらず絶景だった・・・。




…そう……涙が出るほど…。






 ー 水島さんは旅行中・・・END ー







ーあとがきー


はい、久しぶりの本編でしたが…結構、変化球でした。

何気に出演者、最多ですし…。


笑いをたっぷり込めようと思ったんですけど…

あの水島さんが泣いたりするなど

今回どうにか彼女の心境の変化を起こそうと思ったんですけど…


・・・結局、下ネタ!!!!(殴)



…今回は、さすがに抗議があるかもしれん(特にドリ〇ムと女体盛り)と


ビビりながらの更新です。



…さて、この旅行中ですが。スピンオフも予定しております。

水島さんが、女体盛り地獄に遭遇している間・・・


気にはなりませんか?女難レギュラーチームは、一体何をしていたのか…と。


スピンオフは『旅行中』の裏側で起きていた、とあるアホな話をお送りします。


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