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目が覚めて、目を擦って、伸びをする。携帯電話で時間を見て、起き上がって、自分の部屋のドアをあける。

好きな人のいる部屋のドアが、開くまで見ている。

廊下に座って、まるで、それは飼い主に部屋から締め出された飼い犬みたいに、ジッと待っている。


早く開けばいいのに。とか思いながら。

でも、この時間が結構好きだったりするから・・・不思議。


ドア一枚分の距離。

でも、ドアが開けば・・・ドアさえ開けば。


「・・・あ、おはよう。今朝は随分、早いのね?」


そう言いながら優貴さんは私を見つけてから、微笑む。


「・・・おはよう。優貴さん。」


私は、優貴さんに思い切り抱きつく。

ドアさえ、開けば・・・その距離はゼロになる。


「おはよう、優貴さん・・・。」


私の背中に、傷のついた右手が添えられる。


「・・・おはよう、悠理。」


ぴったりとくっつく身体、トクトクと流れる血液の流れる音が聞こえる。

私と優貴さんの距離は、ゼロだ。



「あれから、どうなんですか?怪我・・・。」


ガラスで切った優貴さんの右手。私はそれを気にしていた。


「・・・もう大丈夫よ。包帯だってしなくても平気。」


そう言って、掌を振ってみせる優貴さんの手を私は掴んで、じいっと見る。


「・・・・・・でも・・・傷痕、残ってますね・・・。」


掌には痛そうな傷痕。所々かさぶたが出来ている。包帯の類は確かに必要ないだろうけど・・・。


「徐々に無くなっていくわよ。こんなの。」


怪我した本人は、いたって平気そうに笑う。


「・・・でも・・・やっぱり、やだな・・・」


優貴さんが怪我したり・・・それに、あの時、私の知らない・・・別人のような優貴さんがいたようで。


「・・・気をつけまーす。」


そんな陽気な返事をしながら、優貴さんは左手で私の頭を撫でる。

私の気持ち伝わってるのかな、と不安になる。


「もう、私・・・本気で心配したんですからね・・・。」

抗議の意味を含めた調子で私がそう言うと、優貴さんは少し黙り込んだ。


そして、あっさり唇が奪われる。


触れるだけのキスを階段の一番上でかわす。

優貴さんは、落ちないように私の腰を力強く抱いてくれている。私も落ちないように、優貴さんの首に腕を回す。


これは、何度目のキスだろう。・・・そういえば、数えてもいない。

触れるだけのキスの後、優貴さんは笑いながら言った。



「・・・・・・・・・・・・・ごめん。」


それが・・・いやに、重く感じた。


「・・・何の”ごめん”ですか・・・?それ・・・。」


私がそう聞き返すと、優貴さんはいつも通り笑って、私の額につけてこう言った。


「こんな危ない場所で、こんな事しちゃって、危ない姉でごめんねって意味。」


確かに、階段の一番上という場所は危険だし、こんな真似してる間に落ちてしまっても危ないし、こんな場面をお父さんが見たらと思うと、危ない。


・・・でも。


(・・・今のゴメンの意味は・・・本当にそうなのかな・・・。)


そんな事を思っていた。・・・あくまで、私の勘だけど。

行き場を失くした私の気持ちだけが、ふわふわ浮いているような、そんな感じがした。


「・・・悠理、早く降りてくれないと私も降りられないんだけど?それに悠理、ゆっくりしてる暇、あるの?」

「え?・・・あ・・・ヤバ!今日、私の朝食当番だ!」


「その通り。はい、早く。お父さんが来ちゃうわよ」

「は、はい!」


優貴さんに急かされるように、私は階段を駆け下りた。

優貴さんは優貴さんで、私の後ろでクスクス笑いながら、ゆっくりと余裕をもって階段を下りてくる。


瀬田家の毎朝の光景。

お父さんは相変わらず、TVを点けながら新聞を読み、朝食が出来るのを待つ。

私が当番の時は、優貴さんが食器のセッティングをしてくれる。

優貴さんが当番の時は、私が食器のセッティングをするが、私より早く起きて活動してしまう優貴さんが殆ど一人でこなしてしまう事が多い。


「悠理・・・その後、友達はどうなんだ?」

「あ、望実の事?もうすぐ退院だよ。」


望実は入院中、夏休みが無駄になると言って、見舞いに来た私達に愚痴る。まあ、無理もないだろうけど。

だから、宿題の殆どは、図書館ではなく、病院で教える事になってしまった。

望実は退院したら遊びまくるぞ、とは言ってたけれど・・・。


「・・・お前も・・・優貴も、気を付けなさい。いつ、どんな事が起こるか、わからないんだから。この夏、遊び回るのも少しは控えて・・・」

新聞を折りたたみながら、お父さんは私の目を見て言った。

「え・・・?」

控えろ、という言葉に私は、思わず食器をテーブルに置く手を止めた。

折角、お父さんの言いつけ通り、夏休みの前半は図書館で大人しく宿題をしていたのに、これ以上、楽しい夏休みがお父さんに管理・規制されるのは、正直嫌だったし・・・。


「お前の友達の交友関係にまで、どうこう言いたくはないが、そういう事件に巻き込まれるような友達もどうかと」

「・・・お父さんまで・・・まさか、望実の事件の事、自業自得とか言うんじゃないよね・・・?」


それに・・・今のお父さんの言い方に、私はものすごく腹が立ってきていた。


「・・・そうは言ってないだろう。ただ、夜遅くまで遊んでいるような生活態度は良いとは言えない。

お前の友達が、もしも、そういう事を続けるような人間なら、付き合い方を考えなさいと言って・・・」


そのお父さんの言葉に、私の頭にカアッと血が上っていった。

食器をドンとテーブルに置いて、私は言った。


「一体、何を考えろって言うのよ!?いくらお父さんでも、私の大事な友達の事にまで、口出さないでよッ!

大体、私の事も信用もしてない訳?・・・望実の事も・・・何も知らないくせに!!」


私はお父さんに怒りをぶつけた。


「・・・悠理!話を聞きなさい!」

「やだ!聞かない!聞きたくない!」


私とお父さんのやり取りを黙って聞いていた優貴さんが、静かに言った。


「・・・2人共、まず落ち着いて・・・。」


優貴さんの一言にお父さんは黙ったが、私は席に着かなかった。

私も黙って朝食の用意だけ終えると、私は階段を駆け上がった。

ドアを開けて、自分のベッドに飛び込んだ。



・・・私は悪くないという思いと自己嫌悪が行ったり来たり・・・。



数分後。


”コンコン”という控えめなノック音の後。


「・・・悠理、ちょっと、いい?」


優貴さんの声だった。

私はむくりとベッドから起き上がり、ゆっくりドアを開けた。


「・・・食器は私が片付けておいたし、お父さんも、もう行ったから。・・・”ごめん”って言ってた。」


そう言って、まず私の頭を撫でた。


私は私で、無言で優貴さんの胸に飛び込んで、泣いた。


どうして・・・どうして、私はこんな子供っぽい事ばかりしか、出来ないんだろう。


泣くだけの私を優貴さんは慰めながら、部屋に入り、後ろ手でドアを閉めた。

カーテンを閉め切った私の部屋。薄暗くて、クーラーだけが動いている静かな部屋。


「お父さんが・・・私の事、心配、してるんだと思う・・・のは、わかるんです・・・。でも・・・でも、お父さんの言い方が・・・!」


「・・・うん。そうだね・・・わかるよ。悠理の言いたい事。」


そう言って、優貴さんが私を強く抱き締める。優貴さんはそのまま、私のベッドの上で一緒に座って、私の話を聞いてくれた。

私は、お父さんが心配しているのは解っていた。

お父さんは私を心配している。

だけど・・・望実との、友達との付き合いを考えろ、なんて言われたら腹が立たない訳が無い。

大体、望実だって好きであんな事件に巻き込まれた訳じゃないし、それなりの理由があるのをお父さんは知らない。・・・知ろうともしなかった。

だけど、私はそれに対して説明もせず、ただムキになって、あんな子供みたいな反応しか出来なかった。


「・・・・・・結局、悪いの、私・・・なのかな・・・。」

ふと、優貴さんにそう零してみる。


「どうして?」


優貴さんに慰められていくうちに、私は改めて、怒りに任せて自分が子供染みた事をしてしまったという事を知った。


「・・・なんか、私、子供みたいだったし・・・お父さんの気持ち、知らない訳じゃなかったのに・・・。」

「・・・それでも、どうしても腹の立つ事、許せない事って・・・あると思うわよ。」


「そう、ですか・・・?」

「そうよ。」


優貴さんにそう言われて、私はやっと、はあっと息を吐いた。


「でも・・・これから、どう、しよう。」


このままじゃいけない、と私は思った。


「・・・普通に・・・・・・・そうだ・・・メールで謝ろうかな・・・。」


私がそう言うと、優貴さんは優しく微笑みながら言った。


「・・・どんな形でも良いんじゃない?お父さんも反省してたみたいだし。正直に言っちゃえば?」


「・・・そうですか?」

「そうよ。・・・赤の他人じゃないんだから、分かり合えるわよ。」


そう言われて、私は携帯をとってお父さんの携帯にごめんなさいメールを打った。

打ってる途中も、なんだか変な不安で一杯だった。

優貴さんの顔を見て、私はメールを送信した。

心の中に溜まっていた嫌なものが少しだけ・・・一緒に飛んで行ってしまったような、そんな感じがした。


「・・・優貴さん・・・」


私は優貴さんの肩に頭を置いて、体をもたれかからせながら言った。


「何?今のメール・・・問題、無かったと思うわよ。返事が返って来るといいわね。」


「・・・キス、したい・・・。」


私がそんな事を言うと思わなかったのか、優貴さんは私の顔をみて驚いていた。


「・・・それで、悠理の涙が止まるんだったら・・・いくらでも。」


そう言って、優貴さんは私の両頬に両手を添えて、優しいキスをしてくれた。

添えられた優貴さんの右手の傷痕の感触が、頬にあたる。

それは、やっぱり痛そう、と感じるような感触で・・・


唇にあたる感触は、それとは正反対の優しい感触だった・・・。


「・・・悠理・・・。」

優貴さんは唇の間から、私の名前を呼ぶ。


「・・・もう少し、貴女に触れたいんだけど、いい?」


そう言われた私の心臓は、ドクンと大きな音を立てた。


私と彼女の距離は・・・ゼロ・・・。


”触れたい”って・・・どこまで?

そんな事を考えつつも、彼女の、優貴さんの言葉に対して、私は言葉が出て来ない。


黙る私はもう一度、優貴さんに唇を奪われる。

私の頭には、次に何をされるのかが、なんとなく予想がついていた。それに対し、抵抗も何も思わなかった。


ベッドに静かに押し倒され、優貴さんの身体の重みと体温を感じた。


(・・・温かい・・・。)


触れられるのが、ちっとも嫌じゃない。


”優貴さんにだったら、良い。”・・・素直にそう思った。


私は空いた片手で、優貴さんの背中を撫でた。

突然、思わぬタイミングだったけれど、私は唇を少し開いて、彼女の舌を受け入れた。


長い長いキスが続いた。


柔らかくて、時々くすぐったくて・・・それから、気持ち良くて。


「・・・苦しくなったら言って。」


優貴さんは、小声で優しく私にそう言った。


「・・・はい・・・。」


最初はどうしたらいいのかわからず、ただ口を開けて舌を受け入れて、呼吸もどうしたら良いのかわからなかった私だったが、優貴さんはゆっくりキスを繰り返した。

・・・段々とどういう風に動かせば良いのか、呼吸の仕方やタイミングも、なんとなくわかってきた。

ゆっくりと優貴さんが、私にキスを教えてくれたから。

それと同時に、体の緊張も徐々に解けていった。



息遣いとクーラーの音だけが、部屋に響いて、時折、水の音みたいな音が、かすかに耳に届いた。


やがて、優貴さんの右手が、私の左手の上に置かれる。

優貴さんの左手が、私のTシャツに手をかける。


さすがに、これには緊張が解けた筈の体にも、再び緊張が戻ってくる。


でも、優貴さんだったら、さっきのキスのようにゆっくり優しくしてくれる・・・そう思った。


だけど。


ちょっとした違和感があった。


あの怪我した右手が・・・力が段々強くなって、きつく、きつく私の手を握るのだ。



・・・・・・私が、痛みを感じるほど・・・。



「・・・優貴さん・・・右手、大、丈夫・・・なの・・・?」



一旦、唇を離し、私はそう聞いたが優貴さんの返答は、無かった。


掌に感じるのは、優貴さんの強い力と、あの痛々しい傷口の感触。

あまりに強い力に、私の左手が痛みを訴え始める。


(・・・痛い・・・)


私も痛いが、優貴さんは怪我をしている手で握っているのだ。

傷口は塞がっているとはいえ、痛まない筈がない。


私は怪我した手をこれ以上痛めつけるような真似はしないで・・・そう言おうと視線を手から、彼女の方へ戻した。



だが、視線を戻した私の目に映った優貴さんは・・・




「ねえ、優貴さ・・・・・・・・・!」





・・・私を見下ろす彼女は、私を・・・・・・黙って睨んでいた。




今まで見た事のない、その表情に、私は思わずゾクリ、とした。

憎しみに似た、その視線は静かに冷たく、私は途端に怖くなった。


反射的に握られた手を離そうと、私はもがくが、もがけばもがく程、優貴さんの力は強くなっていく、爪が食い込んでくる。


片方の腕は、強引に、乱暴に、私の服の中に入ってくる。


「・・・や・・・やめ、て・・・優貴さん・・・!」


私はそう言った。だけど、優貴さんは全く止めようとしない。



怖い。


優貴さんが、怖い。

優しかった筈の優貴さんが、怖い。



こんな事になるなんて、予想もしていなかっただけに、余計に怖かった。



なによりも・・・。




・・・・・・痛い・・・。




「ねえ!優貴さん!やめてッ!」


優貴さんは、黙ったまま強引にTシャツをたくし上げ、更に強引に力で下着を引き下げた。

胸に顔を埋めたかと思うと、今度は違う痛みを身体に感じた。


「・・・ッ・・・!?」


優貴さんは、私の鎖骨と胸の間の肉に歯を立てているのだ。

それはいつかTVで見た、ライオンが獲物を食べるような・・・そんな感じだった。

だけど、痛みだけは尋常じゃない程、私の体に伝わってきた。


「・・・い・・・痛い・・・痛いよッ!優貴さんッ!」


泣きそうになりながら、私は叫んだ。


「――優貴さんッ!!」



私が悲鳴に近い声を上げた途端、優貴さんがバッと顔を上げた。

同時に、私の手を握っていた手の力も・・・フッと緩んだ。



私は、痛みと恐怖で目に涙を溜め、優貴さんを見つめ返した。



優貴さんは、呆然と私を見下ろしていた。


先程、私を睨んでいた目には、何の力も感じられなかった。


やがて視線を逸らし、力なく優貴さんはボソリと言った。


「・・・・・・ごめん。」


そう言うと、優貴さんは私の上から降りてフラフラと歩いて、部屋の出口へ。


「・・・ごめん、悠理。」


こちらに背中を向けたまま、優貴さんはそう言うと部屋から静かに出て行った。

私はそのまま、呆然とドアが静かに閉まるのをただ見ていた。


一体、今、何が起きたのか、整理しきれない。

優貴さんに一体、何があったのだろう。



正直言って・・・ショックだった。


優貴さんは、私が「やめて」と言っても強引に、力で・・・ねじ伏せようとしていた。

私の左胸の上部には、キスマークではなく、優貴さんが噛んだ痕が赤黒くなって残っていた。


・・・いや・・・何よりも、あの目。

優貴さんの、私を見る”あの目”が、忘れられなかった。


今まで見た事のないような、優貴さんの”あの目”は、氷のように冷たく、まるで私を憎んでいるようだった。


突然の変貌に私は・・・優貴さんという人が、わからなくなった。

今さっきまで、自分の部屋にいたのが、優貴さんだったのかすら、疑いたくなる程だった。


噛まれた痕を指でなぞると、まだ少しだけ痛みを感じる。


「・・・どうして・・・。」


胸が痛んで、涙が出た。痛むといっても、噛まれた部分ではない。・・・痛みに支配されたのは、心の方だった。



『・・・だからさー・・・優貴さんが、親父さんと悠理に、本当にな〜んにも気にしてないのって逆に不自然じゃね?って事。

まあ、簡単に言うと・・・優貴さん”人が良過ぎ”なんだよ。・・・だって、お母さん苦労の末に死んでる訳じゃん?』



望実の言葉をふと思い出す。


そんな事ある訳ない。そう信じてきた。

だって、毎日一緒にいて、一番傍にいてくれて、私が困った時、いつも優しい言葉をかけてくれたんだよ?


私の頭に瑞穂の言葉が浮かんでくる。



『だから、もし、もしも、だよ?・・・瀬田のお父さんと藤宮さんのお母さんの間に何かあって・・・母子家庭になって・・・

それが原因で、藤宮さんのお母さんが苦労して、死んじゃったんだとしたら・・・


それを許して、平然と一つ屋根の下で一緒に暮らせるのかなって・・・』


優貴さんは・・・私を・・・”好き”じゃ、ないの・・・?

そんな事ある訳がない。だって・・・優貴さんは言ってくれた。



『・・・・・私も・・・・・・好きよ、悠理。』


『・・・ああ、いや・・・なんていうか・・・私、女同士・妹・・・そういうのを差し引いて、悠理の事を考えたの。

一人の人間として、貴女を見たのよ。・・・で、出した結論がコレ。』


そうだ、優貴さんははっきりと言ってくれた筈だ。


『・・・好きよ、悠理。』


だけど。

瑞穂のあの言葉が、嫌でも浮かんでくる。


『・・・”ああ、この人は人の心を読むのが、上手いんだな”っていうか・・・

・・・人から話を聞きだすの上手いっていうか・・・

・・・人が、言って欲しい言葉を言ってくれるなって・・・だから、瀬田の気持ちが、まったくわからないって訳じゃないと思う・・・』



・・・彼女は、私が欲しい言葉を・・・くれた・・・だけ・・・?


そんな事ある訳ない。大体、何の為にそんな事を・・・?



『つまり・・・優貴さんが、私とお父さんを憎んでないとおかしいって、事?』



そこまで考えて、私は必死に頭を振った。


そんな事ある訳無い。そんな事ある訳が無い!

優貴さんは、そんな人じゃない!



頭の中に次から次へと嫌な問いが浮かんでくる。



”じゃあ、あの目は・・・何?”


わからない。


”あの人は、誰?”


優貴さんは、優貴さんだよ。



”じゃあ、私を憎むような、あの目は、何?”


・・・わからない・・・!



”恨まれているかもしれない。”


確かに・・・優貴さんに、私は、恨まれているのかもしれない。

父親と母親の3人で何不自由なく暮らしてきた私は・・・優貴さんに恨まれているのかもしれない。



(本当は、優貴さん・・・私の事なんか、好きでも何でもなくて・・・ただ・・・)



その先を考えたくなくて目から溢れ、零れた涙を枕で拭う。


『悠理。』


少し低くて優しい声に私は、瞼を開けて、優貴さんとのこれまでの日々を思い出す。


確かに、彼女とこの家に暮らしていく事に最初は戸惑った。


だけど、彼女は、いつも優しく私に接してくれた。

困った時や悩んだ時に言葉でアドバイスをしてくれた。

雷の夜、雷が苦手な私の傍にいてくれた。料理のアドバイスもしてくれたし、私の料理は必ず褒めてくれた。

ちょっとイタズラ好きで、冗談で不意打ちしてキス寸前まで顔を近づけてきたり・・・。


・・・それでも・・・


彼女と一緒に過ごした日々は、楽しくて、楽しくて・・・彼女の腕に抱きしめられる度に、私は彼女の体温と幸せを感じた。

出会った頃には、家族が増えて、こんな楽しい日々が送れるなんて思ってもみなかったし・・・苦しい思いもちょっとはした。


だけど、彼女と出会えて良かった。

今だって・・・彼女を、信じていたい。


それは、私の正直な気持ちだった。


だから、彼女は・・・もう、私にとって・・・



(・・・・・・どう考えても、変わってないよ。私の気持ちは。)



私は起き上がると、服を直して、優貴さんの後を追う事にした。


「優貴さん。」


優貴さんの部屋に向かおうとした私の目に飛び込んで来たのは、廊下で座り込んでいる優貴さんだった。

膝を抱えて小さく座り込んで、顔を伏せていた。


「・・・優貴さん・・・ずっとそこに?」

「・・・・・・ごめん。」


私の問いに対し、少し低い、小さな声の”ごめん”の一言。


「それは・・・それは、もういいです。・・・・・・確かに、ちょっと胸は痛かったけどっ!・・・なんてね。」


そうおどけて、わざとらしく笑いながら私は言った。


「・・・悠理・・・私・・・」


顔を伏せたまま、優貴さんは何かを言いかけた。

それより、私は優貴さんに伝えなくちゃいけない事があったので、その言葉を遮った。


「何がどうなっちゃってるのか、わからなくて、ビックリしちゃったけど・・・でも、ね・・・

優貴さんは、やっぱり、私の・・・大切な人だよ、うん。・・・そう、大事な人。

やっぱり、私の気持ちは、変わってないよ。・・・変われないし、そんな簡単に・・・。」


確かにあの時、あの目は怖かったけれど、結果的に、優貴さんは途中で止めてくれたのだし。

なにより、私は・・・信じていたいのだ。優貴さんの事を。


「・・・・・・・・・。」

「・・・優貴さんに・・・き、嫌われたんなら・・・そりゃ、おしまいだけど。・・・でも・・・私・・・」


私は、顔を伏せたまま膝を抱えて座る優貴さんを包み込むように抱き締めた。


「・・・私・・・やっぱ、優貴さんの事、好き。大好き・・・。」

「・・・・・・・・・・。」


返事は無かったが、私は話を続けた。


「ねえ、優貴さん・・・何かあるなら・・・私に話して?考えてみたら、私、いつも優貴さんに相談してばっかりだったし・・・。」


優貴さんの変貌、この頃様子がおかしい事、優貴さんにだって何かあるのかもしれない。

もしも、何かあるのなら。


「・・・力になれたら、私、優貴さんの力になりたいの。」


私の言葉を聞くと、優貴さんはゆっくりと顔を上げた。

・・・優貴さんは・・・泣いていた。



「優貴さん・・・泣い、てるの・・・?」


優貴さんの初めてみる涙。

こんな時に不謹慎かもしれないけれど、それは、驚くくらい綺麗だった。


「・・・・・・・・・私も・・・貴女が好きよ。悠理。」


どこかとても辛そうで見ていられない優貴さんの悲しそうな顔は、どうして泣いているのかを聞く間も無く、すぐに見えなくなった。

優貴さんが、すぐに私を抱き締めたからだ。それは、きつく、きつく抱き締められて、苦しいくらいだった。


「・・・・・・ごめんなさい・・・悠理・・・。」


抱き締めながら、優貴さんは涙声でそう言った。


「ごめんなさい・・・。」

「も、もういいよ、優貴さん・・・それに、ちょっと苦しいよ・・・。」


そうは言いつつも・・・嬉しかった。一瞬でも見えた悲しそうな表情の中に、あの怖い目はなかった。

いつもの、優貴さんだ・・・って、わかったから・・・。


「・・・ごめんなさい・・・。」


優貴さんは、その言葉をもう2,3度繰り返した。

私は黙って、彼女の背中を撫でた。


すると、不意に優貴さんが私を廊下に押し倒してきた。


「優貴さん・・・?」


真っ赤な目にはまだ涙がうっすらと浮かんでいるが、真剣な眼差しだった。

あの怖かった目でもなんでもない、真っ直ぐな目だった。


やがて、ゆっくりと優貴さんの唇が、私の唇にそっと押し当てられた。

ぴったりとくっついていたはずの身体は、ゆっくり、ゆっくりと絡み合っていった。

衣服もお互い脱ぎながら、優貴さんと肌を合わせた。服は廊下に脱ぎ捨てた。


優貴さんの肌は、この家に来た時、肌が真っ白だったが、この夏の間、腕が少しだけ日焼けしていた。それでも綺麗だった。

一方の私はと言うと、図書館通いしているせいか、恥ずかしいくらい全身が真っ白だった。

体が真っ白なのが、恥ずかしいと言って体を隠そうとする私に対して「あまり、焼くのもよくないのよ。」と優貴さんは優しく言った。


そして、優貴さんは、ごめんねと言いながら、さっき噛んだ傷痕を舐めてくれた。

くすぐったさと、痺れに似た鈍い痛みを感じた。

グロスもつけていない優貴さんの唇が、私の頬から、耳、首筋へと降りてきて・・・全身にキスをしてくれた。

私は私で、優貴さんの頭を撫でながら、彼女のサラサラな髪の毛を指でゆっくりとすいて、その気持ちの良さに夢中になっていた。

やがて、その手を優貴さんに掴まれて、今度は優しく握られた。


「天国と地獄があるなら・・・私、きっと・・・地獄に落ちるわね・・・。」


そう言って、優貴さんは私の首筋に唇をあてた。

・・・何の事だろうと、私は思った。”この行為”をするだけで、地獄に落ちるのだろうか?

だったら、受け入れた私も地獄に落ちるだろう。だけど、私は、地獄とかそんなの信じていない。

信じているのは、目の前の彼女だ。

考えてみれば・・・異母姉妹同士で、”この行為”をしている事を周囲の人間が知ったら、多分、誰もが眉をひそめるだろう。

しかし、あくまでも”知られたら”、の話だ。勿論、この事は私と優貴さんだけの秘密。

私の太腿に手を添えられ、掌が内側にゆっくりと滑るように、触れられる。

それは、くすぐったさとは違う感覚で、思わず私は小さな声を上げて、目をぎゅっと瞑った。

そして、瞼を開けると・・・優貴さんがこちらを見て、笑っていた。

・・・でも。

また悲しそうな、顔だった。


「・・・私、きっと地獄に落ちるわ。」


私の額に自分の額をつけて、優貴さんは二度目のそれを口にした。

もしかして・・・優貴さんは、”この行為”に罪悪感でもあるんだろうか?私はそんな事を考えた。

私は優貴さんの言葉に特に何も言わず、優貴さんの頬を伝う涙をキスで拭った。


「・・・大丈夫。」


優貴さんが落ちるというなら、多分、私も一緒だから。


私がそう言って、両手で優貴さんの頬を撫でると、優貴さんはゆっくりと瞼を開けた。

涙で濡れた長い睫毛が揺れ、私と優貴さんは何の合図も無しにキスをかわした。


胸の真ん中をきゅっと締め付けるような痛み。

早く。

早く。

まるで私達をせかすように、心臓がドクンドクンと血液を送り出す。


でも、何をどうしたら良いのかわからない私は、ただ優貴さんに体を委ねていた。

次はどこに何をされるのか、内心ドキドキして・・・期待している私がいる。


優貴さんの指先が、舌が、滑り降りてくる。

私の身体に時折、優貴さんの胸が押し当てられる。柔らかくて、やっぱり私より大きくて。

・・・・・・それに比べて・・・ささやかな大きさの私の胸ときたら・・・。

半分同じ遺伝子入っている筈なのに、どうして異母姉妹でこうも違うのかと、いじけたくなってくる。

すると、私の考えている事が解るのか、優貴さんがクスッと笑って、私の胸に優しく触れた。


「悠理は形が良いと思うわ。」

「・・・それ、フォローですか?」


そう言って、私が唇を尖らせようとしたが、それより先に優貴さんは私の胸の先を口に含んだ。

舌の温かさと感触が、一気に私を刺激して、思わず声を出しそうになるのを抑えた。


「・・・・・・ん、只の感想よ。」


唇を離すと優貴さんは、そう言って指の腹でそっと胸の先に触れた。

そうですか、と相槌を打つ暇も無い。・・・だって、いきなりなんだもん。

ゆっくりだけど、与えられて感じる刺激が、段々強くなっていくのを私は感じ取っていた。

この先、一体どうすればいいのか・・・いや、私自身がどうなってしまうのかも、まだわからないまま。

それでも、私は全てを優貴さんに任せていた。


優貴さんの唇が、私の太腿の付け根を軽く、優しく、挟む。

右足を軽く持ち上げられ、足を開かれる。

・・・ふと・・・右の足首にひっかかったままの下着が気になった。

私の視線や表情で解ってしまうのか、優貴さんは私の顔を見てまたクスッと笑うと、足首に引っかかったままの下着を取ってくれた。

「・・・ごめん。気が付かなくって。」

そして、右足太腿の付け根から一気に太腿、膝、ふくらはぎ、くるぶし、足の指先まで舌でなぞられた。

「ぁ・・・!」

おもわず、声が漏れ、体が跳ね上がり、腰が浮く。

私が腰が浮いたままの状態で、優貴さんはゆっくりと私の足と足の間に体を沈めていった。

恥ずかしさと与えられ続ける刺激で、もう声を抑えられそうもない、と私は思った。

優貴さんは黙って、そこに口付けた。

私は最初はグッと手を握り締めていたが、彼女の手がそっと添えられると、やがて、その力も抜けていった。

何度も、何度も彼女の唇は優しく私を刺激し、彼女の舌が私の思考力を奪って去っていった。


夏の日差しが、窓から廊下に差し込み出した。

・・・暑いのかどうかなんて、もう、どうでも良くなっていた。


優貴さんの爪が短く、すらっと長い指が私の手から離れていく。左手が私の右手を掴んだ。

そして、優貴さんが掌にキスをして、舌で人差し指と中指の間の付け根を舐る。

優貴さんの右手の指先が、胸の真ん中、へそを通り過ぎていく。


「・・・大丈夫?」

優貴さんが、右手を止めてそう聞いた。私は、そんなに不安そうな顔をしてたのだろうか?

「大丈夫・・・多分・・・。」

どうなるかなんて私にはわからないから、そう答えるしかない。優貴さんの顔を見つめて、私は優貴さんの背中に腕を伸ばした。


右半身にぴったりと優貴さんの体がくっつき、私は優貴さんの指を受け入れた。

ぬるりとした感覚の後、伝わってきたのは彼女の指の温かさ。

私は、さっきよりも力を込めて優貴さんに抱きついた。力を抜くように言われたが、どうしても身体が強張る。

それは”怖いから”という訳ではなかった。自分でもよくわからないくらいだ。

ただ、優貴さんから離れたくないという思いが、背中に回した腕に力を与えていた気がする。


瞬きをする度に、彼女の指が深く深く入り込んでくる感覚。

私は息を深く吸って、少し止めた。


「・・・痛い?」


私は黙って首を横に振った。

痛いのか、気持ちが良いのか、それすらもよくわからない。いや、別にわからなくても構わないと思った。

ただ、目の前の彼女の唇を、言葉を求めた。


もっとキスをして欲しい。

もっと好きだと言って欲しい。


・・・だけど、上手く言葉に出来ない。

でも、彼女はそんな私の顔を見ると、微笑みながら長いキスと・・・言葉をくれた。

2人の唇を繋ぐ橋がぷつりと切れると、優貴さんはあの少し低い声で、囁くように言った。



「・・・好きよ、悠理。」



優貴さんの指が動き始め、私は優貴さんの髪の毛のあの大好きな匂いに包まれながら、声を発した。

私も貴女が好き、と言いたかったが、言葉にならなかった。呼吸をするだけで、精一杯で。

私は、その行為の終わりさえ解らなくなる程、与えられる刺激に、ただ瞼を閉じ、声を発しては、彼女を抱き締めていた。

離れたくない、その一心で彼女に思い切り抱きついていた。



・・・私は優貴さんと出会った時、まさか、こんな日が来るなんて、思わなかった。

廊下で裸のまま寝転びながら、私はそう思った。


私と優貴さんは異母姉妹だけど・・・私は恋をしている。

私は、この人が好きなのだ。



後悔は、していない。



「・・・大好き。」



私はやっとそれだけ言う事が出来て、私に触れてくれた優しい右手についた傷痕に軽くキスをした。

彼女は、それを見てふっと微笑むと、私の胸についた傷痕に軽くキスをしてくれた。




その時の私は・・・目に見えるものだけしか、見ていなかった。


・・・優貴さんの”秘密”を・・・”本当の傷”を・・・私は、こんなにも近くにいながら・・・気付く事も、知る事もなかったのだ・・・。

・・・優貴さんが、この家に来た”本当の目的”も・・・。





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