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優貴さんは、料理が上手い。

昨日の炊き込みご飯なんか、最高に美味しかった。

コンビニのだとどうしても、味が濃いから苦手だったんだけど…優貴さんのは美味しかった。



「さてと…後は…醤油、と。」

「トマトソースに?」


今晩のメニューは”茄子とチーズのトマトパスタ”。


私が、普段あんまり茄子は食べないんだけど、ピザやパスタに入ってるとよく食べるという話から

優貴さんが”それなら今夜は”と作ってくれたのだった。


「知らない?トマトソースに入れると美味しいのよ。隠し味。」


「へえ…学校じゃ教えてくれなかったなぁ…」


調理実習とか、時々テレビとかネットでみる料理レシピには、少なくとも無かった。

何気ない私の一言に、優貴さんは返事をしてくれたが…



「そうね。これは、母さんがよく作って……よく、作ってくれたの。」


「・・・・・。」


(今・・・優貴さん、少し・・・迷った。)



優しい微笑みはそのままで、優貴さんは真っ赤なトマトソースをかき混ぜて

木べらから小指でソースをすくうと、味見をした。


「・・・味見、する?」

「あ…はい。」


優貴さんの妙な間が気になって、私はぼうっとしたまま返事をした。


てっきり差し出されると思っていた木べらから、優貴さんは人差し指でそれをすくい、私に向けた。

私は、ぼうっとした頭で”あ、そうか”と、流されるままそれを舐めた。


「どう?しょっぱい?」

「いえ。美味しいです。」


それが、姉妹でもそんなにやらない行為だという事に私が気付いたのは、食卓に皿を並べている時だった。





  [ それでも彼女は赤の他人 ]






「ご馳走様、美味しかったです。」


優貴さんのパスタは、とても美味しかった。

量も丁度良かったし、私が適当に野菜を千切っただけのサラダも、優貴さんがドレッシングを作ってくれた御蔭で、いつもよりぐっと美味しく感じた。


「お粗末様です…それにしても、遅いのね…今日も。」


時計を見て、優貴さんはちらりと台所を見た。

お父さんの帰りが最近遅い。

御飯を用意する立場の人間にとって、こういう人が家族にいると、ちょっとだけ戸惑う。

用意しても食べないんじゃないか、とか、片付かないな、とかね。


「えと…この時期のお父さんは、学会とか、会議とかで遅くなる事が多いんです。

食べて帰ってくる事多いし、片付けちゃって良いと思いますよ。

もう少しすれば、ちゃんといつも通りに帰ってきたり、日中も家にいたりするんですけど。」


「そう…じゃあ、余った分は…冷蔵庫入れちゃおうかな…」

「・・・はい、それが良いです。お腹空いてたら、いつも勝手に食べてますから。いつも。」


優貴さんはてきぱきとテーブルを片付けていく。

私は皿を持って、台所へ行った。

相変わらず、優貴さんの手際は、実に早い。


調理中に使ったボウルや鍋も全て、優貴さんは調理中に洗っていた…。

あとは食べた後の食器を洗うだけ…なんて、本当に家事が出来る人ってこういう事をいうんだろうなぁ…。


…実際、料理作れるだけじゃないんだよね…家事って。


(ホント、優貴さんって…お母さんみたいに家事こなしていくなぁ…)


と思った時、私は調理中に優貴さんが言っていた事を思い出した。



 『そうね。これは、母さんがよく作って……よく、作ってくれたの。』



確かに…迷っていた。今日のパスタのレシピを優貴さんに教えたのは優貴さんのお母さん。

…お父さんは”奈津子さん”と呼んでいた人だ。

その人が、死んでしまって優貴さんが家に来る事になったのだが…


一体、どんな人だったんだろう。

優貴さんが来た当初は…奈津子さんとお父さんとの関係を勝手に想像して、私は聞きたくないってシャットアウトしちゃったけど…



・・・聞いてみようかな・・・


・・・でも、聞きづらいな・・・




「悠理ちゃん。」

「あっ!はい?」


突然声を掛けられて私は、ハッと顔をあげた。

そして、同じ皿を何度も布巾で拭いていることにも気付いた。慌てて私は、他の皿を拭いた。

…と言っても、パスタ皿2枚と取り皿2枚、フォークだけだからすぐ終わるのだけど…



「…マンゴー食べる?残念ながら、今流行りの宮崎のじゃないんだけど。」

「あ・・・はいっ!」


優貴さんは、私の知らない事をよく知ってる。

マンゴーの剥き方なんて私は知らないから、マンゴーだけを食べる事なんて事もないし。

果物ナイフとスプーンで、優貴さんは簡単に剥いてしまった。

そして、さいの目に綺麗に切り込みを入れられたマンゴーが差し出された。


「…はい、スプーンですくってね。」

「あ、ありがとうございます!・・・あ、結構甘い。」

「…安かったから心配してたけど…甘くて良かったわ。」


優貴さんの隣で、私はTVを見ながら、デザートを食べていた。


やっぱり、さすがに…優貴さんのお母さんの話は切り出せずにいた。

やはり死んでしまった人の話題を、しかもこの家で、私がするのは、やはり問題があるような気がした。

優貴さんのお母さん…奈津子さんが苦労した裏にいた、私が言うのは…やっぱりね。



”…タカシ君、幼稚園で好きな女の子いるの?”

”あ、いるよーあのねー…”


TVでは、幼稚園児に大人がインタビューしているバラエティ番組をやっていた。

園児の2人は、結婚の約束までしているそうで、ほほえましい。


「…かわいいわねぇ。」


しみじみと優貴さんがそう言うので、私は「優貴さん、子供好きですか?」と聞いてみた。


「ええ、好きよ。でも、育児とか考えると…別かな。」


謙遜か本音か、優貴さんは子供は好きだけど、いざとなると自分の子供を持つのが怖いのだといった。


「ええぇ?そんな事ないですって。優貴さん、きっと良いお母さんにな、り、そ…」


しまった…口が滑った。


せっかく、お母さんの話題を避けていたのに…言ってどうするのよ、私が…!

凍りつく私に対し、優貴さんはノーリアクションで、TVを観てマンゴーを口に含むと「そうかしら。」とだけ言った。


私は、すぐに話題を変えようと思った。


「…あのっ…そういえば…」


と切り出したは良いものの…特に話題は思いつかず。


そして、よりにもよって…


「あの、倉田って人…その後どうですかっ?」

「…え?あ、倉田君?悠理ちゃん、よく覚えてるわね。」


・・・また、微妙な話題を取り出してしまった、と私は反省した。


優貴さんの大学生活の合コンに、私なんかが口を挟むべきではないし…。

優貴さんが、合コンして、彼氏を作っても…自由な訳だし…。



「あれっきり、よ。講義が一緒の時は、会うから会話くらいはするけど。

あの…ごめんね、あの時は。なんか、変な感じになってしまって…」


「あ、いいえ…全然。」


それを聞いて、なんかホッとする自分がいて、嫌な感じだ。


自分に彼氏がいないから、だろうか。

それとも…優貴さんに彼氏が出来るのが、嫌なんだろうか。

”倉田君”の事はよく知らない。顔は悪くなかったし、良い人なのかもしれない。


けど…肝心の優貴さんの気が無いのに、あの時の倉田君の態度はちょっとしつこくって・・・私には、あまり良い印象はもてなかった。


「彼…いい人、なんだけどね。それとこれは別ね・・・。」


溜息混じりで優貴さんは、頬杖をついてそう言った。


「じゃあ、あの…優貴さんの好きなタイプってどんな人ですか?」

と私が聞くと、優貴さんがニッと笑った。


「いいわね。女同士で、恋愛話なんて。女の子の定番よね。いいわ、すごく。」


その口調から、ウキウキしているのが、すぐ解る。良かった。この話題は正解だったんだ。


「私も、友達とよくしますよ。恋バナ。結局結論はいつも”彼氏欲しい”で終わるんですけど。あはは・・・」

「へえぇ…あ。恋愛話って言わないんだ。なんか、恥ずかしいな…」


私の口調も弾んでくる。


「で、優貴さんのタイプは?」

「……んー…定番だけど…」


(優しくて面白い人?)


定番と聞いて、私はそんな予想を立てていた。

優貴さんは、照れくさそうに、はにかみながら


「・・・好きになった人が、タイプ?・・・あ、カッコつけ過ぎ?」と言った。


私は、思わずスプーンを止めた。


「悠理ちゃんは?」


そう聞かれて、私は何故か照れくさくなってしまった。


「ん?どうしたの?」

「いや…なんというか、すっごい偶然…」


「え?」

「………いえ…私も、同じ、なんです…タイプ。」


…やっぱり腹違いとはいえ、似ているのは、姉妹だからかな、とはまるで考えなかった。

一緒だったというのが、何故か無性に嬉しかっただけだったのだ。



しばらく談笑していると、窓の外から、水の音がし始めた。



「・・・・あ、雨だわ・・・」


優貴さんは、カーテンを開けて外を見た。その途端にザアーッと激しい雨が降り始めた。

私もその後に続き、窓の外を見た。家の小さな庭に、雨が降り注いでいる。


「…なんか、空ゴロゴロ言ってるわね…」

「…え…ぇ…」


確かに、空の上が少し光っているようにも見え、音も聞こえる。嫌な予感。


「あ…カミナリ、苦手?」

「…ちょっと…」


私はなるべくカミナリを見ないように、優貴さんの後ろに隠れた。


「…女の子、だね?」

そう言われると、なんだか…からかわれている気がした。


「あ・・・別に、自分に落ちてくるなんて思ってないんですけど…

雷って、ホラー映画の定番でよくあるし…やっぱ、大きい音とか苦手…」


言い訳を口にしていると、雷が鳴り響いた。


「きゃーっ!!」

「…近いわね…。」


しゃがみ込む私に、優貴さんは冷静に窓の外を見ていたが、カーテンを再び閉めた。


「悠理ちゃん、停電になっても、泣かないでね?」

「う…は、はい……っ!?」



定番といえば定番だ。

そんな事を言っていたせいか、家の電気がぷっつりと消えた。



私は悲鳴を上げ、優貴さんは吹き出して笑っていた。



朝の天気予報の記憶なんか無い、カミナリが大嫌いな私にとっては、この状況を冷静に受け止められる訳が無い。


「…まいったわね、停電なんて。…ねえ、悠理ちゃん。懐中電灯か、ろうそくのある場所知らない?」

「…ぅ…ごめんなさい、外の物置にあるとしか、記憶ないで…」


ざあーっと激しい雨音、そして…激しい雷鳴。


「…すっ!?」


明るくて賑やかなTVの音で満ちていたリビングが、一転。

不気味な騒音が部屋を包み、時々光が差込む。…こうなっては、私には、怖さしか感じられない。


…だって、怖いって!!急にバーンって!キシャーンって音!…ありえないって。怖過ぎ…。

別にウケも何も狙ってる訳じゃなくて、本気で…怖いのに…。


「・・・悠理ちゃんは、本当にかわいいわね。」


優貴さんは、のん気にそう言っていた。


・・・他人事だと思って・・・いや、元々・・・そうなんだけど・・・。



「……じゃあ、悠理ちゃん、ここで待ってて。私の部屋にアロマキャンドルあったと思うから。」


そう言って優貴さんは、リビングから出て行こうとする。


「あ…あの、でも、暗いのに2階に行ったら、危ないんじゃ…」


…それに、一人になるのは少し…正直、かなり心細いし。



「大丈夫、暗闇に目が慣れてきたし…コレもあるし。」


そう言って優貴さんは、携帯電話をカチッと開いた。

更に、カメラ機能を起動させて、ライトを点灯させると、懐中電灯には及ばないが、確かに明るい。



「この雨の中、外に出るよりはマシよ。すぐに戻るから。」


私は、暗いリビングに一人にしないで欲しかっただけなのだが、そこまでは口に出来なかった。

ホラー映画では、怖いからって孤立する人は、大体死んじゃうし…。


優貴さんはどうやらカミナリ平気そうだし…”何?雷ごときで、ウザい子ね”なんて思われかねないし…。

いや、むしろ…優貴さん優しいから…”暗くても良いなら、このまま待ってようか”とか言うかも…。


だからといって・・・一人になるのも、真っ暗なままもちょっと・・・なぁ・・・。



「優貴さん…あの…」

「ん?」



とは思いつつ。


「…か、階段…気をつけて…」


と言うしかない私。


「うん。ありがとう。」


優貴さんの足音が遠くなる。階段を上がる音に耳をすませていたら、またカミナリが鳴った。

…こうなると、悲鳴も出ない。


たまらず、私は四つんばいになって、赤ん坊みたいにハイハイしながら、窓から離れてソファの上で膝を抱えて座った。



私の携帯は、自分の部屋で充電していて、手元にはない。不安だけが積み重なる。

カミナリの音は聴きたくないし、光を見るのも嫌なので、目を瞑り、耳を塞いでいた。


自分の血液の流れる音が聞こえる。

車でトンネルの中に入ったようなゴーッという音が、そうらしい。


(…優貴さん、早くー…)


部屋は暗くて、外にはカミナリ…こんな事、自然現象だし、小さな事かもしれない。

だけど、私には…このシチュエーションには、なんとも苦い思い出があるのだ。


”ぽふぽふ”と頭に手が載った。


人間の手だとわかった瞬間に、ビクッと驚いた私はソファから落ちて、お尻から着地した。


「だ…大丈夫!?悠理ちゃん」


人間の手から、優貴さんの手だと認識したのは、お尻の痛みの後だった。


優貴さんが戻ってきた事で、私は、ソファに座りなおし、なんとか落ち着きを取り戻した。

リビングに戻ってきた優貴さんは、ソファの上で丸まって座っている私を見て、小学校の時に飼っていたハムスターを思い出したそうだ…。




アロマキャンドルの火を見つめていると、なんだか落ち着いた。

キャンドルからは、ラベンダーの香りがして、そのせいもあるんだろうと思った。


「思ったよりも時間掛かっちゃってゴメンね。キャンドルは見つかったんだけど、火が見つからなくって。」


そう言って、優貴さんは小指サイズの小さくて可愛い柄のマッチ箱を出して、私に見せた。


「あ、かわいい…」


白くて小さいマッチ箱には、ヤギが描かれていた。

お店の名前は『Une paire』とあった。



「あ、これね…タバコ吸う訳じゃないんだけど、可愛いから貰ってきちゃったのよ。

これね、私の地元にあるケーキ屋さんのマッチ箱よ。『Une paire』。

黒いのと白いのがあるのよ、まさかコレが、役に立つ日が来ようとはね・・・。」


そう言って、今度は黒いマッチ箱を私に見せてくれた。

黒ヤギさん、だ。


「かわいい…」


「…お店の内装もすごく可愛いのよ。お店の奥さんが美大出身でね、ヤギとか、牛とか…描くのが好きみたい。

ケーキ屋なのに、チーズも売ってたなァ…とうとう、買えなかったけど。」


優貴さんのお母さんは、優貴さんの誕生日になると、そこでケーキを買ってくれたのだという。

1ホールは高いし、2人じゃ食べきれないので、お店に2人で行って、優貴さんに好きなケーキを選ばせていたのだという。


「しかも、店のご主人が、気を利かせて毎年ね…”ゆきちゃん お誕生日おめでとう”って書かれた板チョコと

蝋燭を歳の数だけ、オマケでつけてくれていたらしいの。私ったら、中学になるまで、それがサービスだって知らなかったのよね。」


「へえ…なんか、良い話ですね…。」


ラベンダーの匂いと、優貴さんの昔話は、とても気が安らいだ。

雨の音もまばらになり、カミナリの落ちる音もしなくなっていた。

TVの音声や音楽がない空間でも、全く寂しさなんて感じなかった。


「…なんか…そういうお店いいなぁ………行ってみたい。」

私がそう言うと、優貴さんは「うーん…今もやってるかしら…不況だから、心配。」と言った。


優貴さんに連れて行ってもらおうなんて、図々しいけれど。

ちょっとだけ……『じゃあ、今度行こうか』とか言って欲しかった、かな…。


「…ねえ、悠理ちゃん…」

「はい?」


「カミナリに、何か・・・トラウマでもあるの?」

「…え、あ…」


「無いならいいのよ?…でも、なんかね…苦手というより、尋常じゃなかったから、怖がり方が。」


そう言って、私の掌を広げて「ほら、まだ湿ってる」と言いながら握った。

私はさっき、優貴さんの昔話を聞いたせいもあってか、自分の昔話もしなくちゃ、という変な義務感が生まれていた。


だから、私は口を開いた。


「昔、お母さんが死んじゃってから…今日みたいに、カミナリが鳴った事あるんです…。

夜寝ている時に、突然ぴしゃーんって…ビックリしちゃって…でも、誰もいないし…ホントに、パニックになっちゃって…」

「そう…子供だから、怖かったでしょうね…」


今でも思い出す。

暗闇の中を泣きながら必死に叫んで、走り回った、あの時の事を。



「…で、階段から落ちたんです…。」


痛いとかそんなの感じる前に、私はすうっと意識が遠のいていった。

このまま、お母さんのいる所へ行けるのかな…なんて、思いながら…。


でも、目を覚ました私がいたのは、病院のベッドの上で。


父が、私の手を握りながら突っ伏して、眠っていた。



「…お父さんがその日、家に帰って来なかったら、私死んでたかもって。それ以来かな…カミナリが鳴ると動くのも怖くって…」


私がそこまで話すと、優貴さんは小さな声で言った。


「…そっか………ごめんね…。」

「・・・・え・・・?」


今、私が優貴さんに謝られるような事、あっただろうか?


「悠理ちゃんが怯えてるの見て笑った事…短時間でも、一人にした事…ごめんね。」


そう言ってキャンドルの柔らかい灯りの中で、優貴さんは、いつになく悲しそうに微笑み、私の頭、頬、肩とその手を滑らせた。

優貴さんの目を私はそのまま、訳も無く、黙ってみていた。見ていたかった。

部屋が暗いせいかもしれない。キャンドルのせいかもしれない。


ただ、確かなのは。

ただ・・・優貴さんが、綺麗だって事。


・・・キャンドルの炎が揺らいだ。


気が付くと、アロマキャンドルの残りは僅かになっていた。

元々、優貴さんが寝る前に使っていたのだし…いずれこうなる事は解ってはいたが…


(また、暗くなるのか…)


今日はこのまま、電気がつく事はないのだろうか…寝るにしても、私はこの暗い状況で、階段に行く事は避けたかった。

私はまた不安になっていた。それを見透かすように、優貴さんは私の手を握った。


「あぁ、キャンドル…もうすぐ消えるわね…悠理ちゃん、大丈夫?」

「あ…はい…大丈夫です…。」


「・・・わかりやすい。」

「・・・え・・・。」


優貴さんは、そう言って私にぴたりとくっつくようにして座りなおした。

そして、キャンドルの炎がタイミング悪く消えた。


優貴さんの細い指が、私の髪の毛を撫でた。

私の髪の毛はするりと、優貴さんの指の間をすり抜けていった。


「細いわね。」


優貴さんの声だけが、暗闇から聞こえる。

広いリビングは真っ暗で、外は夜の闇に包まれ、ゴロゴロと空がまだ不機嫌そうな声をあげていた。

以前の私なら”怖い”と思う状況で、とっくに携帯を握り締めて、ベッドに潜り込んでいると思う。


だけど、今はそんな事せずに済んでいる。

優貴さんの指がまた優しく私の髪の毛を撫でて、髪の毛は指の間からするりと落ちていく。


「グッと掴んで、引っ張ったら100本くらい千切れそうなほど…細いわ。」

「…なん、ですか…それ…」


そんな妙に恐ろしい単語でいっぱいの台詞とは裏腹に、優貴さんの指は優しく優しく…私の髪の毛を撫で続けた。

優貴さんの右腕が私の右肩を回り、頭に掌が。・・・そして指先が、時々私の頭に触れる。


「だから…そのくらい悠理ちゃんの髪の毛…一本一本が細いなって事。」


優貴さんの声は、やっぱり少し低くて、落ち着いていた。

聞いていると…なんだか、お母さんにベッドで昔話を聞かされているような…

耳の奥が、じーんと…してきて、こんな状況なのに、なんだか心地良くて安心する。


…いや、そんな心地良さ感じてる場合じゃない。

さっきから、ずっと気になって…でも…気にしないようにしていたんだけど…やっぱり気になる。




私の身体にぴったりと、優貴さんの右半身がくっ付いている、この状態。



「…あの、さっき…”わかりやすい”って言ってましたけど…どういう意味、ですか…?」


暗闇に目が慣れてきて、優貴さんの顔が見えた。

優貴さんは”隠しても無駄よ”と言いたげな表情で、私を見て、私の質問に答えた。


「・・・そのままの意味だけど?」


わかりやすいって…私の考えている事だろうか…?そんなに簡単に・・・わかる、ものなのかな・・・?


「…優貴さん…なんか、今日…エロい…。」


私は、素っ気無くそう言った。冗談のつもりで。

良く言えば、セクシーって言うんだと思う。こんな状況で、一人だけ余裕だから、私はなんだか悔しくって。

子供みたいに”エロ”呼ばわりするしかなくって。

そんな事言ったって・・・優貴さんが動揺するハズもないのは解っている。

・・・何せ、動揺しきっているのは、私だけなのだから。


「・・・ふふっ・・・」


優貴さんの笑い声だけが、隣から聞こえる。


「・・・ふふふっ・・・・」

「何が、可笑しいんですか…?」


意味有り気に笑う優貴さん。

・・・まさか、また、私の心の中が解るとでも言うんだろうか?

優貴さん…そんなに、私の心が解りやすいなら、私に教えて欲しい。



・・・さっきから・・・なんか、すごく・・・私が変な理由・・・。


自分の気持ちなのに、わからないなんておかしいけれど・・・現にそうなんだもの。

…嫌じゃないんだけど…頭の中がもやもやしてて…なんか、くすぐったさに似てて、でも笑えなくて。

なんか、息苦しい。別に、優貴さんが嫌なんじゃないんだけど…なんか…



「…ねえ、まだ怖い?」

「・・・ん・・・いえ。」



優貴さんの問いに私は正直に答えた。

雷や暗闇も…怖いには怖いけれど、耐えられないほどじゃない。今、一人じゃないし。


「さては・・・まだ、怖いなぁ?」と言って、私の頭に両手を載せて、髪をくしゃくしゃっとした。

「わっ…わああぁ!?や、やだぁー!!」


私と優貴さんは笑いながら、ソファに倒れこんだ。

優貴さんの指が、私の首筋をくすぐり、私が笑い始め、私の手が優貴さんの脇腹に触れた。

途端に私達は笑い、その後、勢いに任せて・・・子供みたいに互いをくすぐり始めた。


「う…っ…脇は…やっ…あはははッ!」

「優貴さん、弱点みっけー!」



・・・言い訳をさせてもらえば・・・。


暗闇というシチュエーションで、テンションがおかしかったからこそ…

こんな子供みたいな事が出来るんであって…普段なら、間違いなくやらない。



「やっ…優貴さっ・・・あっはは…!」

「ふっ…降参し…くっやだ…ちょっと…そこっ…!」


だって…すっかり忘れてるかもしれないけど…元々、私達…赤の他人だったんですよ?


「きゃー!…あははは…っ!」

「ふふッ…やめ、ホント…ダメ…!」


でも、他人であって家族でもある、なんて…ややこしいなって思ってた。


育ちが違うだけの家族。血が半分繋がってるだけの赤の他人。


・・・だから、それがなんなの?って言えたら、どんなにカッコいいか。


私には、割り切って考える事が出来ない。やっぱり、心のどこかで、深く考えてしまう。


優貴さんは・・・家族の一員か、赤の他人か。


どっちも、私にとって…優貴さんの事を指すんだけど…私は…




・・・私はどっちでもな






   ”・・・カチっ”




「「・・・あ。」」



部屋に電気が点いて、私達はハッとした。


ソファの上で…髪を乱した状態の優貴さんに押し倒されている…髪をボッサボサにした私。


顔は、お互い暗闇だったからわからなかったけど、もう15センチくらい近くて…

優貴さんの目は、私がくすぐって笑わせたせいで、うっすら涙が浮かんでいて…

優貴さんの髪が、私の首の横で揺れていて、私の鼻には優貴さんのあのシャンプーの匂いが届いた。



「・・・・・。」

「・・・・・。」



姉妹が、じゃれあった・・・にしては、気まず過ぎる、この静寂・・・。


つけっぱなしだった、テレビの音は丁度、天気予報。

BGMがいやに、穏やかな音楽なのだけれど…。



笑顔がお互い凍りついていた。


お互い、息を乱しているのを整え・・・

お互い、ゆっくり…手を離す・・・



「・・・ごめん・・・調子に乗りました。」と優貴さんは、ゆっくり顔を逸らし、両手でゴメンのポーズをしながら、私の上から降り。

「いえ…私も…なんか、ごめんなさい…」と私も起き上がり、ゆっくり顔を逸らし、素早くズレた服を急いで直した。



「えーと…一応、ブレーカー見てくるわ。私」

「あ…はい。」


優貴さんがリビングから出て行った。

天気予報が終わり、ニュースではこの地域が『停電』である事を伝えた。

今更なんだよ、と思いつつ、私は両頬に手をあてた…。


(…あっつい…)


さっきのくすぐり合いだけで、こんな風になっている………訳じゃないのは、もうわかっていた。



『優貴さんは・・・家族の一員か、赤の他人か。どっちも、私にとって…優貴さんの事を指すんだけど…私は…

 ・・・私はどっちでもな』





私は、今さっき、暗闇とハイテンションの副作用で、とんでもない事を頭の中で呟いていたのだ。




優貴さんは…私にとって、家族でもなければ…赤の他人でもない…




…どっちでも、ない。



(・・・じゃあ・・・何?)




その後、私は頭を振って、その問いを忘れた。

次の瞬間、思い浮かぶだろう答えが、急に怖くなったからだ。


答えを出す前に、頭を振って、私はそのまま携帯電話を取りに二階へ上がった。


部屋に入って、お父さんにすぐに電話した。

そして、喋りたい訳でもないのに、停電した事からその日の夕飯までペラペラとお父さんに喋りまくった。


逆にそれが、父を安心させたらしく。





『それは、良かったなぁ、雷が鳴っていたから、心配していたんだ…』


「うん、でも、大分慣れたかも。雷のトラウマは、もう大丈夫かも。」


『そうか…優貴がいてくれて良かった。悠理もそう思うだろう?お姉ちゃんがいるって…』


「・・・・・・うん。」



お父さんの問いに対し、私は答えに一瞬詰まった。


『お父さんは、これから帰るよ。先に寝ていて構わないからな?』

「・・・うん、わかった。優貴さんにも伝えとく。じゃ・・・。」




電話を切ってから、私はベッドに倒れこんだ。




(優貴さんは…私にとって…お姉ちゃんなの…?)



私は、また頭を振った。

この答えは…なんだか…雷より、怖い気がする。






何より・・・なんか・・・体が、熱い。






「・・・私・・・変だ・・・。」






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・・・修正しました・・・私は今、修正作業が怖ーい(苦笑)