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私、瀬田悠理には、腹違いの姉、藤宮優貴がいる。


違うのは・・・育った環境と生んでくれた母親。



私達には、共通点もある。


父親が同じ。母親が死んでいる。性別が女。


私達は仲が良い。


・・・だけど・・・




   [ それでも、彼女は赤の他人  ]




今日から、制服が夏服になった。



「今日は暑くなりそうねぇ…」


そんな事を言いながら、優貴さんが階段を降りてきた。大学生の優貴さんも夏らしい服装だ。

キャミソールにジーンズ。薄手のカーディガンといつも持っているカバンを手に階段を降りてくる。

私服で学校行けて羨ましいなぁと思う反面、毎日服の組み合わせとか考えるの面倒そうだな、とも思う。

カーディガンを持っていくのには訳があって…大学の教室によっては、暑い所と寒い所もあるそうで色々大変なのだそうだ。


「おはよう、優貴さん」

「おはよう、悠理ちゃん。」


”他人行儀だなぁ”と、前にお父さんに言われたけれど、私達の呼び名は変わらない。


「・・・あら、いいわね、夏服。」


コーヒーを一口飲んでから、それに気が付いた優貴さんが、そう言った。

父は朝食を誰よりも早く済ませて、TVを見ている。


「…そうでもないですよ。私は優貴さんが羨ましいですよ、私服で学校行きたいです。」


私がそう言いながら、焼けたベーコンエッグを優貴さんに差し出した。


「ありがとう。 そうは言うけど…今だけよ、夏服とか制服って。」

「…大人は皆、そう言いますよね、今だけだ〜って。」


台所に戻り、自分の分のベーコンエッグを皿に移して、テーブルへと運ぶ。

私が椅子に座ると、優貴さんはまだ食べ始めていなかった。私が椅子に座って、私と優貴さんは同時に箸を持った。


「そうよ。今、私みたいのがソレ着たら、ただのコスプレだもの。」

「えー…優貴さん、まだイケますよ。」


今日の朝食は私が作った、ベーコンエッグ、御飯にわかめの味噌汁。昨日のシーザーサラダの残り。

簡単なモノしか出せないのは、いつもの事だけど…

失敗して黄身が潰れたベーコンエッグは自分で食べる事にした。


「・・・ねえ、悠理ちゃん、取り替えない?」


優貴さんがそう言って、私の潰れた卵を指さした。


「え?」


「…私ね、半熟より、固めが好きなの。」



(え、嘘…!)


この世に、半熟卵が嫌いな人がいるんだ…まず、それに驚いた。


「え…あ、知らなかった…すいま」


謝ろうとすると、優貴さんは素早く私の皿を持ち上げて、ニコニコ笑った。


「ううん、丁度良くコレがあるから…取り替えてくれる?」


「・・・あ、はい。・・・あの、苦手、なんですか?半熟・・・。」


「食べられないって事はないけど…まあ、ホント”好み”ね。悠理ちゃんは、半熟派?」


「はい。…あの…もしかして、オムライスとかのトロトロとかも…ダメですか?」



「うーん…ダメって訳じゃないけれど…まあ無くても良いわね。あのトロトロ。

薄い卵で包んであるオムライスで十分って感じね。」

「そう、なんだ…」


・・・今度から、優貴さんの卵は固めにしよう、と思った。

こういう好みの違いとか、考えの違いを知る度に、私は優貴さんと姉妹なんだろうか、とかすかに頭の隅に疑問が浮かぶ。

・・・しつこいくらい、気にしているな、と自分でも思う。


だけど。この前の停電の日以来…いや、日に日に…それが、より強くなっていく気さえしている。


・・・優貴さんは、私にとってなんなのか。


以前、望実に優貴さんの事を話した時、言われた事を思い出す。


『要するにだ・・・なんで、姉さんの位置付けする必要あんのさって話よ。』

『悠理はさ…自分の中でお姉さんを、どっかのカテゴリーに入れないと…落ち着かないの?』


そうだ。

優貴さんは…姉でもなくて、赤の他人でもない…あの人が私にとって、なんなのか解らないから、すごく困っている訳で。


…いや、なんで困るんだか…。

とにかく、わからない事があると…気持ちがモヤモヤして、なんだか嫌な感じ。




学校に行くと、教室の中は制汗スプレーとか、色々な匂いで包まれていた。

机に突っ伏して早速寝ている者、メイクを始める者、雑誌を読んでいる者、メールや電話をしている者。


…殆ど、校則違反だけどね。教師の前では、やらないだけ。どうせなら、上手くやる。


望実が、窓の傍でいつも通り笑いながら、私に手を振った。

望実の周りには、いつもの面子が集まっていた。


「おっはよー!瀬田!昨日のレッドカーペット観た?」


カバンを置いて、私は望実達の元へ行って、試しに聞いてみた。


「……ねえ、望実は…卵、何派?」


「は?」

「卵・・・半熟が好き?固めが好き?」


私が何の脈絡もなく聞いた質問でも、ノリの良い友人達は即座に答えてくれる。


「「「「え…半熟でしょ。」」」」


皆、口を揃えて、当然のように、そう言った。”だよね〜”と私が言おうとすると。


「え…あたし、固ゆで派。」


赤い眼鏡がトレードマークの飛田 瑞穂(ひだ みずほ)が、一人そう言った。瑞穂は、私のクラスの”天然記念物”だ。

髪型も個性的な無造作ヘアーで、赤い眼鏡…それらがちゃんと似合ってるから凄い。

そして、発言と思考が、一般人とズレてる。ズレているけど、そこが面白くてよくからかわれている。

でも、瑞穂は全く動じないし、のんびりしている。


瑞穂のキャラクターなら、納得の回答なんだけど…やっぱり卵固ゆでの良さは、半熟派には解らないらしい。


「「「「「マジでッ!?」」」」」


皆、驚いていた。

…多分、今朝私が優貴さんに言われて思った『この世に半熟が嫌いなやつがいたのか!』という驚きに似ている。


「ていうか…半熟って、卵…果物でもないのに、熟すとか意味わかんないんだけど。半生で良いじゃん。」


ケロリと瑞穂がそう言って、半熟派に一気に火がついた。


「馬ッ鹿!オメー!半熟卵と牛丼とか黄金コンビじゃん!」

「……。(それ、温玉の事じゃないの?)」と思いつつ、私は沈黙を決め込んだ。


「卵はトロトロが美味いんだって!」

「大体、半生じゃないって!半熟こそ卵の完全な姿でしょ!」

「パスタのアルデンテとかと一緒だって!」


半熟派の猛攻に、一人固ゆでの瑞穂はケロリとして、眼鏡をくいっとあげた。

瑞穂ののんびりとした独特の空気は、保たれたままだ。


「…えぇ〜…私はヤダ。…ていうか、瀬田…質問者のアンタは、固ゆで派?」

「…ううん、半熟派。」


私の答えに、半熟派はうんうんと大きくうなずいた。すると、瑞穂が爆弾を投下した。


「……じゃあ、固ゆで派は瀬田の”彼氏”か。」


「「「「な、なんだとー!?瀬田ー!」」」」

「!?ち、ちが…!(それは彼氏じゃなくて、優貴さん…でも何て説明しよう…!?)」


私が否定する前に、半熟派が突然その刃を私に向けた。


「瀬田の裏切り者ー!」

「違うってー!その…なんて説明しよう…!?」

「あーあ…瀬田も所詮は女だよ…抜けがけとは・・・やってくれる・・・。」

「だから、違うってーッ!彼氏じゃなーい!」

「じゃあ誰の話よ!?」


「…う…お父さん!!」



「嘘つけーッ!」



「席つけー!!お前ら!HR始めるぞ!」



教室に担任が入ってきて、騒ぎは一旦収まった。

だけど、半熟か固ゆでか…その論争は、昼休みまで続いた。

その昼休みに瑞穂が、漫画を持って私のところへやって来た。


「瀬田〜この間言ってた漫画…やっと野原から返ってきたよ。」

「あぁ、ありがと…。」


望実に物を貸すと、確かに…戻ってくるのは遅い。

だから、知ってるヤツは、物を貸したがらないけど、知ってるくせに瑞穂だけは望実に物を貸す。


「瀬田…」

「んー?」


早速読み始めようとページをめくる私に、瑞穂が言った。


「瀬田…アンタ、今…家族に爆弾抱えてるんだって?」

「・・・はぁ?」


瑞穂の言動はいつも通り滅茶苦茶で、私は思わず変な声を出してしまった。



「ば、爆弾って…何?瑞穂…」



さすが我がクラスの天然記念物…飛田 瑞穂。発言がいつも通り、訳が解らない。

私の家に”爆弾”があるとか言ってるけれど、むしろ爆弾は『お前だお前ッ!』と私は言いたい。


「………ん?あれ?違った?なんだっけ…えーと……じゃあ…泣き所、みたいな?」

「ますますわかんないって…」


確かに…我が瀬田家には、今…なんというか…確かに、いるんだけどね。

……なんて言ったら良いのか、私にも解らない。


「ていうかさ…瑞穂、誰に何をどう聞いたの?」


瀬田家の変化に気付いていて、この学校に通っているヤツは…一人しかいないから、大体予想がつくけど…


「野原。聞いたのは、2日前。」


予想通りの答えが返ってきて、私は溜息をついた。

あの、おしゃべりめ。とは思いつつも、そんなに深刻な問題でもないし、良いかとも思う。


「やっぱり望実かぁ…まあ、別にいいけど…。」


私がそう答えると、瑞穂は私の前の席の椅子をこちらへと向けて、座った。


「…やっぱり、瀬田に直接聞いた方がいいよね。野原に聞くと輪ゴムで髪の毛結んで取る時くらい、情報が無茶苦茶になる。」

「その例え…わかりにくいよ。」


「いいの。私の中だけで成立してるから。で…どういう泣き所?」

「ん?…えーとね…」


隠す必要もないだろうと思った私は、話すことにした。

…これで自分から”姉が出来た話”をするのは最後だ、と思って。


・・・・・・それから望実には、後で厳重に口止めしておこう。


「…なるほどねぇ。爆弾の正体は、姉君かぁ。」

瑞穂は眼鏡を拭きながら、しみじみそう言った。人の説明ちゃんと聞いているんだろうか?


「だから、別に爆弾なんかじゃないって…それから何よ”姉君”って…」


そう言いながら、私は瑞穂から借りた漫画をとりあえずバッグに仕舞い込んだ。

とてもじゃないけれど、この話をしながら漫画は読めない。


「…てっきり、瀬田に固ゆで卵派の彼氏が出来たのかと思ったのに…姉君か。」

「飛躍し過ぎ。卵の話くらいで…」

「…いや、卵は基本よ。半生が一番美味しいんだとか言ってるヤツはね、TVの見過ぎよ。」


急に瑞穂の顔が真剣なものに変わった。半熟でしょ、なんてツッコミしようものなら、怒り出しそうだ。

瑞穂は、再び眼鏡をかけて、私の目をジッと見ると、静かに早口で喋りだした。


「ただ調理時間を調節しただけの物を、1番だなんて有り難がるなんておかしい。

しかも、自分だけの好みならまだしも、なんでもかんでも柔らかい・トロトロ・溶ける〜って言えば、最上級の美味さと思い込んでるのよ。

私はね、瀬田…。他人の好みを受け入れずに、自分の好みが正しいなんて押し付けの考えを持ってるような恋人は嫌だし

自分もそうはなりたくないから、半生の存在は否定しないけど、私はそれを好きじゃないってハッキリ言う。

実際、卵の立場になってご覧?生だろうと、半生だろうと、固ゆでだろうと食べられる事に変わりは無いんだし。」



「・・・・・・た、卵の立場って何・・・?」


瑞穂の主張は肝心な時に、天然カーブを曲がってどこかへ行ってしまうから困る。

そういう独創的?な所も彼女の魅力、と言って良いのかも。


「まあ…えと…うん、そうそう…優貴さんもオムライスのトロトロは要らないかもって言ってた。」


瑞穂を怒らせないように、私は優貴さんの話をした。


「・・・うんうん、優貴さんとやらに同意だね、私も。あれのメインは米だわ。」


オムライスのメインがチキンライスかどうかは、置いといて…(というか、米じゃなくてチキンライスって言って欲しい。)


「…人それぞれ好みはあるんだなって私も思うよ。びっくりしたけど、それが間違ってるとは思わない。」


私なりの答えを、瑞穂に伝えると瑞穂はふっと笑った。


「そうだよ、瀬田。やっぱ、瀬田は話が解る子だ。」


そう言って、瑞穂は立ち上がると私の頭を”イイコイイコ”と撫でた。


「そういえば…瑞穂は…兄弟いるっけ?」


私がなんとなくそう聞くと、瑞穂はまた椅子に腰掛けた。


「うん、兄と妹がいる。妹は双子。」

「へぇー多いね。」


「まあね。誰か一人でも頑張って出世すれば、親は将来楽できるしね。まあ、今も暮らしは安定してるし、損はないでしょ。」

「・・・・・・・。」


なんていうか…予想外の回答だ。瑞穂の家は…皆こうなんだろうか…。

だとしたら…遊びに行きたいような、行きたくないような……。


「で、瀬田は、姉君と上手くいってないの?」

瑞穂は窓の外を見ながら、ふとそう尋ねてきたので、私は正直に答えた。


「ううん、仲はいいよ。だけど…正直、自分の中でさ…なんか…こう…」

「うん。」


私が口篭っても、瑞穂はせかす事無く、静かに私が喋るのを待っていた。

私の中で、瑞穂は特別話を聞くのが上手い人ではないというイメージがあった。

大体、こういう話も…正直言えば望実と比べると、しにくいというイメージもあるし。


こういう結論が出ない話を、ダラダラと聞いてくれる人は少ない。

大抵は、相談相手に答えを出されてしまう。解答はこれだ!だからこの話は解決だ!終わりだ!と。


だけど・・・瑞穂は、それをしなかった。


「…家族でもないっていうか…だからって、赤の他人じゃないっていうか、優貴さんってなんなのかなって、思ってて。」

「うん。」


「嫌いって訳じゃないんだよ…でも、なんか…上手くいえないんだけど…優貴さんって…なんか…」

「うん。」


「ホント、どっちでもないんだよね…家族じゃない、姉妹でもない…優貴さんは優貴さんで…うーん…」


私が再び口篭ると、瑞穂はやっと口を開いた。


「…そう、思いたくないだけ。」

「・・・・・え?」


「瀬田は、姉君の事、家族とか他人とか、どっちにもしたくないだけかもって…あくまで可能性の話。

瀬田、さっき言ったでしょ?優貴さんは優貴さんだって…つまり、個人としては嫌いじゃないって事でしょ?」

「うん・・・。」


「だから、他人とか、姉とかそういうのを取っ払って考えればいいわけ。

・・・つまり・・・瀬田は、好きなんだよ。」


瑞穂はあっさりとそう言った。

私が悩んで、躊躇って、振り切ろうとした単語をあっさりと。


「―――――ッ!」


あの停電の日に感じた体の熱が蘇ってきた。

瑞穂は繰り返して、言った。



「・・・瀬田は、姉君が好きなんだよ。優貴さんっていう人間が。素直にそれが認められないだけで。

なんでかは知らないけど、そういう可能性があるってだけの話。」


確かに、優貴さんは嫌いじゃない。でも…


「…そ、そんなの…」


否定したい可能性の話だった。

優貴さんの事は嫌いじゃない。でも…そんなのハッキリ言われても困る。

できれば、嫌いじゃない、というままにしておきたかった。


『・・・だけど、結局出来なかったじゃない。』


心の中の私が、勝手に答えを告げた。そうだ、出来なかった。

結局、家族でも他人でもない優貴さんを、私は嫌いとも思わず…好きだとも、思おうとしなかっただけ。


『私は、優貴さんが好き、なんだ。』


単純な結論だけど…私の心の動揺はグラグラと揺れていたままだった。

そのまま考え込む私に、瑞穂は淡々と静かに言った。


「まあ、家族は仲が良いに越した事は無いよ。…醜く憎み合うより、ずっと賢くて、良いじゃない。」

「……ん…まあ、そうだけど…」


瑞穂が落ち着いて言いなおしてくれた御蔭で、私は瑞穂の言う”好き”は『家族愛』の方だと気付いた。

”ああ、そっちの好きもあったね”という安心と共に、また疑問がわいてきた。


…どうして、優貴さんの事を好きだと意識したら、こんなに気持ちがブレるんだろう?



そして、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

すると椅子から立ち上がった飛田瑞穂から、とっておきのアドバイスが飛んできた。


「瀬田…姉君ともっと仲良くしたいなら…その人の好きな場所を探せば良いんだ。」

「……あ、いや…仲は良いんだけど…。」


やっぱり、話聞いていなかったんじゃないかと心配になった。


「じゃあ、もっと仲良くなればいいじゃない。そんな風に深く悩んだり、考えなくなるくらい…その人の事を知れば良いと思う。

それに…優貴さんだって、まだ猫かぶってるだけかもしれないよ。」


猫を、かぶる?


「・・・な・・・何言うの・・・?」


猫をかぶるって、そんなの優貴さんに限って…と思う私に釘を刺すように瑞穂は更に付け加えた。


「・・・っていう、可能性の話。…卵固ゆで派は貴重だ。大事にね。」


そう言うと、瑞穂は眼鏡をくいっと上げて、自分の席に戻っていった。


やっぱり、爆弾は・・・瑞穂だ。


『瀬田は、姉君が好きなんだよ。優貴さんっていう人間が。素直にそれが認められないだけで。』


天然爆弾女 飛田瑞穂にそう言われた。

その好きは”家族愛”として…例えるなら、アメリカのホームドラマで挨拶代わりにかわされる『愛してる』に似ている。

でも…愛してるなんて、日本じゃ挨拶だとしても、とても言えないけどね。



「…ただいまー。」


おかえりの返事がない。・・・そっか、優貴さんはまだ大学にいるんだ。

今日は確か、夕方まで講義がある日で、夜遅くまで大学に残っている時もある。


私は制服を脱いで、部屋着に着替えると携帯を片手に洗濯機の前に立った。

優貴さんがいない時は、私が洗濯・御飯の用意をする。


「今日は白い物を洗う日だよね………あれ?」


洗濯機の中には、入っているハズの洗濯物がなかった。


「…あ、洗濯物…昨日やってくれてたんだ。」


多分、優貴さんだろう。

よく見れば、下着が脱衣所に備え付けてある竿からぶら下がるハンガーに丁寧に干してあった。

昨日の夜に洗濯してしまったらしく、もう乾いている。


私のブラと優貴さんのブラが並んで干してあるのを、何故か私はまじまじと見てしまった。


「…やっぱり、優貴さん大きい…。」


今朝見た、キャミソール姿から想像しても、あの細さでEカップなんて。

あんな細くて…Eって…ああいう身体って何食べたりしたら、ああなるんだろう…。私も同じの食べてるのに…。

そんな事を考えながら…私はそのままじいっと優貴さんのブラと自分のブラを見比べていた。



…少しの遺伝子の違いでも…ちょっとだけ、恨む……かも。




乾いた洗濯物を畳んで、私はお父さん・私・優貴さんと分けた。



(あらら…お父さんのパンツ…大分ゴムが緩んでるなぁ…。)



ゴムの緩んでるパンツを取り除き、私はお父さんの洗濯物をお父さんの箪笥にしまいこんだ。

お父さんったら、私が捨てないといつまでも伸びきったパンツをはいている。


「次は…優貴さんか。」


優貴さんの洗濯物を、どうしようか悩んだ。優貴さんの部屋は2階の一番端にある。

物置に使っていたのだけれど、この際だからとお父さんは片っ端から処分して本当に必要な物を残し、それを外の物置と屋根裏部屋に置いた。


この屋根裏部屋に物をしまう、という作業が、お父さんはとても面倒だったらしい。

そりゃ、そうだ。…それは大体、お母さんが生きている頃、やってきていたのだから。


そういう経緯を経て出来た優貴さんの部屋に、私はまだ入った事がない。

荷物を片付けて、何も無くなったあの部屋の他の顔を、私は見た事がない。


優貴さんは、あの部屋をどういう風に使っているんだろう。


ドアノブに手をかけようとして、ちょっと躊躇った。

今更だけど勝手に入っちゃ怒られるかな。さすがにプライバシー侵害…

でも、優貴さんの洗濯物…下着もあるのに、リビングに置きっぱなしって訳にもいかない。

洗濯物をベッドの上に置いて、私は自分の部屋に入る。それだけなら…。


私は、ドアを開けた。


「……。」


優貴さんの部屋は、さっぱりしていた。いや、さっぱりし過ぎていた。

机、その上にはノートパソコンと本が数冊、布団は畳んであって、その上にパジャマが畳んでおいてあった。

あとはダンボール2箱が部屋の隅に置いてあって…カーテンも物置にしていた時期から、変わってない。


・・・一言で言うと・・・女子大生の部屋にしては、殺風景過ぎる。


あまりの殺風景さに私は、つい洗濯物を手に持ったまま、キョロキョロと部屋を見ていた。

だけど、確かに…部屋には、優貴さんの匂いがした。


「あ、そうだ…洗濯物…」


私は洗濯物の置き場所を探した。カーペットも敷いていない床に置く訳にはいかない。

布団の上が無難だろうか。と私は、洗濯物を布団の上にそっと置いた。


ふと、机に目をやると、写真立てが一つだけ置いてあった。


(あ…)


私は、近付いてそれを手にとって見た。


それは、優貴さんがブレザーの制服を着て、隣には痩せた中年女性が立っている写真だった。

高校の入学式の看板の前で、親子揃って微笑んでいる・・・そんな写真。

優貴さんは、この時ノーメイクだったのだろう。少し印象が違うように見える。


(優貴さん、可愛い…。)


そして…優貴さんの隣の女性が…


(この人が…”奈津子さん”…)


奈津子さんは、優貴さんのお母さんで…私のお母さんと結婚する前にお父さんと付き合っていた女性だ。

・・・正直、優貴さんのお母さんは、もっと美人かと思っていた。

痩せ過ぎているせいもあるんだろうけど…笑顔にも少し疲れが出ていて、老けている印象を受ける。


この人が・・・一時期、お父さんと付き合っていた女性・・・。


…そういう風に考えると、なんだか醜い思いがむくむくと頭を出してくる。

お父さんが結婚する前の事だとはいえ、その父親の子供の私としては、奈津子さんの存在は…嫌だなと思ってしまう。

・・・内心、私のお母さんより美人じゃなくてホッとしている。


こういう女性と父親が付き合っていたという事を考えるとどんどん奈津子さんの事をよく思えなくなってくる自分がいる…。

別に美人だったら、お父さんが付き合いたくなる気持ちも解るわ等と

自分の母親以外の女性と付き合う事に納得できる素材を探している訳では、決して無いんだけど・・・。


・・・そうだ。父親の相手、とは思わずに、優貴さんのお母さんだと思えば良い。

優貴さんから、母子家庭だとは聞いていた。

TVでよく見るシングルマザーは、ドラマの中でキャリアウーマンが子育てしながら仕事バリバリ働いていて、子供は家で一人で寂しく…

…なんて勝手なイメージがあったり。


ニュースの特集で知った情報で…実際、シングルマザーは苦労が多くて、大変なんだというイメージがあったり。


きっと、奈津子さんは優貴さんを女手一つで育てていて、それで…

だから、こんなに痩せて、疲れてて、服もこんなダサくて…きっと、すごく苦労していて…

きっと私が想像している以上に、大変な目にあってきたんじゃないだろうか……


……だから…………



ダメだ。自分でも、白々しいというか、ますます嫌な考え方…。


奈津子さんの容姿がきっと美人でも、多少中年っぽさ全開でも、どっちにしろ…

私にとって、奈津子さんは優貴さんのお母さんであり…まだ…心のどこかで、私のお母さんの敵、という意識があるみたいで。



・・・あー・・・ダメ、考える事がどんどんどんどん汚くなってくる・・・。


知らないからこそ。限られた情報しか与えられていないからこそ、こんな風に考えてしまうのだろうか。


私は頭を振って、考えるのを止め、写真立てを元の位置に戻した。

ところが、余計な事を考えたのが悪かったのか、写真立てが机の上からバランスを崩して落ちた。


(…サイアク…!)


もしも、写真立てのガラスが割れてしまっていたら、本当に最悪だった。

・・・だが、割れずに済んだ・・・。


ホッと安心すると共に、私はすぐに写真立てを拾い上げたが、写真立ての後ろから変な感触に私は思わず裏を見てしまった。

それは”ぷくり”とした感触で。写真一枚が入っているだけでは、こんな感触にならない事は言うまでも無く。


(・・・どう、しよう・・・。)


絶対に見てはいけない。と馬鹿でも解るコレを、私は馬鹿みたいに、どうしようと迷っていた。

ふと、瑞穂の『優貴さんは猫かぶってるかも』発言を思い出した。


なんでまた、今それを思い出すか。


猫をかぶっている証拠がここにあるとでもいうのか。優貴さんの秘密を知りたいだけか。



私は…写真立てを…………元に戻した。



この選択は、間違っていないと思う。こんな風に隠すのは、見られたくないモノだから、に決まっている。

優貴さんの事は知りたい。

しかし、優貴さんが猫かぶっていようといまいと、こんな風に相手を知る、というか探るのはなんというか…違う気がする。

写真立ての中の親子が、一瞬、なんだかホッとしたように微笑んでいるようにも見えた。


・・・私は、反省した。


死んだ優貴さんのお母さんを心の中で、勝手にアレコレ言った…いわゆる罰だろうか。

なんであれ、優貴さんにとってはたった一人のお母さん…。死んだ人を悪く言うのも、人としてどうかと思う。

私は、写真立てに手を合わせた。


「…ごめんなさい。」



私が写真立てを戻した優貴さんの机の上は、スッキリ整理されていた。

壁のカレンダーには予定らしき印が、細かく付けられている。

この☆のマークは、大学で遅くなる日…かな?この今月の30日についてる×印は…なんだろう…。


(…あ、ヤバ…洗濯物を置くだけだったのに…!)


私は、そそくさと優貴さんの部屋を出ると、自分の部屋に戻った。


(なんだか、ちょっと…緊張した…。自分の家の中なのに…)


ふうっと息を吐いて、私はとりあえずベッドに寝転んだ。

今夜の御飯はどうしようと冷蔵庫の中を、頭の中で思い浮かべてはいたが…。


(ハム…にんじん半分…ピーマン…レンコン…あれ?山芋だったっけ…?)


なんだか頭の中が妙に興奮しているらしくて、よくまとまらなかった。

ゴロゴロしているうちに、冷蔵庫をチェックする時間も、買い物に行く時間もなくなってしまった。



結局、その日は…ある材料で、オムライス。

昼間の学校の出来事が尾を引きずっているらしく…オムライス。


優貴さんが大学から帰ってきて、私は卵でチキンライスを包んだタイプのオムライスを出した。

いつもは自分の好みでオムレツをチキンライスの上に載せて、スプーンでそれを割って

トロトロになった卵と一緒に食べるのだが…今夜はあえて。


お父さんは、今夜も遅いらしく、優貴さんと私だけの食卓だ。


「あ・・・。」と優貴さんは声を漏らしながら、テーブルに座った。

「え?どうかしました?」

私が自分の分のオムライスをテーブルに置いて、椅子に座ると、優貴さんは私に麦茶を注いでくれた。


「あ、ううん…今朝の話、覚えててくれたんだなって。…はい。」

「あぁどうも……実は学校で、半熟か固めかで大論争になっちゃって…これは、その名残です。」


私は学校であった、半熟派VS固め派(瑞穂)の話をした。


「へぇ…瑞穂ちゃんって、面白いわね。」

「まあ、そういう所が天然って言われてる訳ですけどね。」


「でも、無理して私に合わせなくて良かったのよ。悠理ちゃんは半熟が好きなんでしょう?」


優貴さんは、困ったように笑っていた。”気を遣わないで”とでも言うように。

改めて…今日、優貴さんの部屋で見た写真とは全く違う笑顔だと感じた。

気を遣っているのは、優貴さんの方じゃないのだろうか…。


「確かに、そうなんですけど…でも、これのメインは米ですよ。」


私は瑞穂の真似をしてそう言うと、優貴さんは笑いながら「チキンライス、ね。」と言ってくれた。

そう言って、今度は微笑んでくれた。

その時、私は優貴さんに、勝手に部屋に入り、洗濯物を置いた話をする事を完全に忘れていた。



食事の後、2人で食器を洗っていると、優貴さんは思い出したように話を切り出した。


「そういえば…洗濯物、ありがとう。」

「あ…ご、ごめんなさい!勝手に部屋、入っちゃって…!」


怒られるかも…と思っていたので、反射的に第一声はゴメンナサイになった。

だが、優貴さんは割とケロッとしていて。


「あ、ううん、責めている訳じゃないのよ。それに見られて困るモノ、別にないから。気にしないで。」


…確かに、モノがありませんでしたが…。


「…あ…そう…ですか…」

「悠理ちゃんは、黙って私のお財布とか持っていくような子じゃないし。だから良いのよ、気にしないで。」


優貴さんはそう言った。

私は皿を拭きながら思った。(…じゃあ、あの写真立ての中は…困るモノじゃなかったんだろうか?)・・・と。


また、瑞穂の言葉を思い出した。


『もっと仲良くなればいいじゃない。そんな風に深く悩んだり、考えなくなるくらい…その人の事を知れば良いと思う。』


確かに、その通りだと心の底から瑞穂のその言葉を私は噛み締めた。

下らない事ばっかり考えたり、変なモノ見つけて、悩んだりするよりも私はもっと…優貴さんと話すべきだと、心から思った。


「…本当に…今日のオムライスは美味しかったわ。私好みで。」


そう言って、まだ湿っぽい手で私の頭を撫でる優貴さんに、私は途端に恥ずかしくなって俯いた。


「あ、あんまり…褒めないで下さい…あの、大した事してないんで…」

「ううん、嬉しかったわ。本当よ。」



瑞穂の『私の家には爆弾がある』というのは…あながち間違いじゃないらしい。


私の…爆弾は……確かに、ここにいる。


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・・・ちょこちょこ修正しましたー♪