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「ねえ・・・花火、一緒に見に行かない?」


夏という季節と、この時期。

街を歩いているとナンパの台詞の頭には、この手の単語が、よく付いてきた。

私の通っている高校は女子高だけに、男の子と接する機会がない、あるいは男の子に慣れてない女子は、みな最初は、戸惑う。


しかし、やがては慣れていく。

学校から一歩外へ出る機会が多くなれば、異性との時間を楽しむ事を知るのだ。


だが。


私、瀬田悠理には・・・そんなの知る必要はなかった。



「もう、そんな季節なんですね。いいですよ、優貴さん。」

「良かった・・・友達の先約入ってるんじゃないかなって、思ってたの。」


目の前の腹違いの姉・・・藤宮優貴との時間を、私は大事にしていた。


何よりも、代えがたい

たった一人しかいない、私の異母姉妹。




 [ それでも、彼女は赤の他人。 ]




瑞穂との件から、1週間後・・・地獄のような試験期間を終え、うだるような暑さと共に、ようやく夏休みに入った。

めでたく、私は追試も何も無かった。(望実は、3つほど赤点があったと嘆いていたが。)


・・・とうとう、あの日以来、瑞穂とは口をきけていない。メールも、だ。

瑞穂からも、何の連絡もない。目が合いそうになる事もなく。ただ、時間が過ぎた。


望実は、その事をとても心配していたようだった。

瑞穂の告白の事は、さすがに望実にも話してはいない。

だが、望実にしては珍しく『自分が余計な事をして、2人の仲をこじれさせるより、夏休み中に少し冷却期間を置いた方がいいんじゃね?』と言って

クラスで私と瑞穂の問題に口を出すのを避け、話題にするのも、無理に引き合わせたりする事もなかった。

いつもなら、首を突っ込んでくると思っていたのだが、今回の望実は違った。私の顔を見て、話を聞きだすどころか、聞くよりも先に”冷却期間の提案”をしたのだ。


・・・しかし、それが正直言えば、ありがたかった。


なんだかんだ言って、その人間の心を汲み取って、読んで、動いてくれるのが、野原望実という人物なのだろう。

こうして、相手(私)が、話したくなるまで待つ・・・というスタイルを取ってくれたのだし。


単なるクラスのムードメーカーでは終わらないのが、望実の凄いところだと思う。



夏休みが始まって何日くらい経ったのだろうか。そろそろ、望実の追試と補習は佳境を迎えている頃だろう。

それが終わったら、たっぷりと遊ぶ事と宿題を見せる約束を勝手に望実に取り付けられたが、私は笑顔で答えた。

瑞穂の件で、望実には本当に感謝しているからだ。

今度、会う時・・・瑞穂の事を相談してみようかとも、思う。



だけど、優貴さんの事は、誰にも言うつもりはない。・・・正確には『言えない』と言った方が、良いのかもしれない。



・・・これからも、ずっと、そうしなければならないんだろうか・・・。


ふと、そう思うと、ぐっと喉の奥が詰まるような感覚がした。唾液がやっと通れるか、通れないかと思うほどの圧迫感に襲われる。

恋をすると綺麗になるだとか、気分がウキウキするだとか・・・そんなモノはひとつもなく。

つまらない事ばかり考えては、気分が浮きそして沈む毎日。

優貴さんと一緒に暮らしているから、余計、だ。『おはよう』の言葉で始まり、『おやすみ』で終わる毎日。

好きな人が、自分の気持ちを知らずに微笑み、自分の一番傍で、暮らしている。


・・・これからも、ずっと・・・こうなんだろうか・・・。

現状維持に不満なのか、贅沢な悩みだと私は思う。

つまらない事ばかり考えては、気分が浮き、そして・・・沈む、毎日。



それを払拭しようと雑誌をめくる。


私は、雑誌に載っていた欲しい服に付箋を付けては、それを手に入れる為に財布を見た。

ため息が出るほど、軍資金が足りない。アルバイトをしようか、迷った。

通常、夏休みの高校生はアルバイトの一つや二つするものだが・・・。


(・・・お父さん、うるさいからなぁ・・・)


前に友達と一緒に、アルバイトをしようとしたが、お父さんの猛反対を受けた。

学校で禁止されている事も理由の一つだったが、お父さん曰く・・・

「アルバイトなら大学に入ってからでいいから、今は高校の勉強をしっかりやっとけ」とか言い

結局、私はそのアルバイトで得られる筈だった給料の半分くらいのお小遣いを貰うだけに終わった。

少額ながらも、楽にお金は手に入ったので、友達からは羨ましがられたが、私は心配になった。

このままでは、大学に入ったら入ったで・・・「大学の勉強に集中しろ」とか言って、結局は、アルバイトさせてくれないんじゃないだろうか、と心配だ。


そんな事を思いつつも、結局はお父さんの言いつけを守り、律儀に図書館に通う。

真面目を通していれば、お父さんからは時給のように、お小遣いが貰える。

・・・だが、それが支給される頃には、服は確実に売り切れてるだろうな、と私は思っていた。

お小遣い、早目に催促してしようかな・・・でも、そうなると何に使うのか聞かれて余計貰えなくなるかな、なんて事を頭の隅で考え、シャープペンシルを動かす私。


そんな不真面目な私が、図書館から帰ってきて、リビングのクーラーのリモコンを持っている所へ・・・


「ねえ・・・花火、一緒に見に行かない?」


優貴さんがチラシを持って、私を『花火大会』に誘ってくれた。


「もう、そんな季節なんですね。いいですよ、優貴さん。」


そう言いながらも、内心、嬉しくて堪らなかった。


「良かった・・・友達の先約入ってるんじゃないかなって、思ってたの。」

優貴さんはホッとしたように、私にチラシを見せる為に、ソファに座り、私を隣に呼び寄せた。


「ねえ、ここら辺ってやっぱり人、多いのかしら?」


私が隣に座ると、優貴さんはぴたりと体をつけて、花火大会の場所について私に聞いてきた。


「・・・え、ええと・・・そう、ですね。それなりに、大規模だし。交通規制とかされるし・・・」


気が気じゃなかった。

説明している間も、私は優貴さんと触れている二の腕や、首や肩に触れる優貴さんの髪の毛に気を取られていた。

『・・・そして、この人は女性、なんだ。』と改めて思い知らされる。

匂いも、柔らかい肌も、少し低い声も・・・優貴さんは、女性なのだと私に念を押すように感じ取らせる。


そんなの、知っている。

だけど、私は、その彼女が・・・好きで。

女性で、異母姉妹でも・・・私は、彼女が好きなのだ。


「・・・夜店も出ますし、本当に人でいっぱいですよ。」


私は私で、そんな女性に振り回されそうになりながら。

しどろもどろになりながらも、どうにか知っている情報を吐き出せた。


「へえ、なんか色々大変なのね・・・じゃあ、人に酔っちゃうと大変よね・・・止めた方がいいかしら・・・。」


片目を瞑って、うーんと唸る優貴さん。細いし、人ごみ苦手っぽそうだものな、と思う。

それに、人ごみに紛れてはぐれたりなんかしたら大変だ。

優貴さん、近所と大学周辺は慣れていても、花火大会の場所周辺は慣れていないんだから。


「いえ、大丈夫です。私は、友達と行く時は隠れスポットで見ますから。人なんか、気にしないで良いですよ。」


その”友達”とは・・・勿論、望実の事だ。

毎年、望実はどこからかそういう話を持ちかけて、楽しもうとする。


「いいわね、頼りになる友達いっぱいで。」と優貴さんは、にっこり笑って私の頭を撫でた。


(・・・これ、嫌いじゃないんだけど・・・子ども扱いされているみたいで、あんまり好きでもない、かも。)


そう思いながら、私はふと思いついた質問を投げかけてみた。


「優貴さんは・・・どうなんですか?」

「ん?」


首をかしげる優貴さんに、私は「友達。」と言うと、優貴さんは瞬きを5,6回して、目を細めて言った。


「・・・いるわよ?」


そう言う優貴さんの目は、”失礼ねぇ”というような抗議ともとれる。


「いや、別に・・・優貴さん、友達いなさそうって言ってる訳じゃ・・・」

と私が慌てて言うと、優貴さんは吹き出して笑って、そして、「冗談よ。」と抱きついてきた。


後ろから抱き締められる格好の私は思わず声を漏らした。


「わあっ!?」


”何か”が、意識の中から飛んでいきそうになる。

耳元で優貴さんの笑い声が聞こえるが、段々何も耳に入らなくなっていくようだった。

薄着の私と優貴さんを隔てるのは、薄い服2枚程度。


その状態のまま、優貴さんは耳元でいつもの調子で聞いてくる。


「でもいいの?悠理。・・・彼氏と見に行きたい、とか思わないの?」

「い、いないですもん・・・そんなの・・・」


いないから、じゃない。

欲しいなんて、今は思わないし・・・。

それに。


見に行きたい人は、すぐ傍にいるからだ、なんて言えない。


「じゃあ、お姉さんは、その日一日・・・悠理の彼氏の役目、引き受けるわ。」


クスクス笑いながら、優貴さんはそう言った。


「・・・な、なんですか、それ・・・意味わかんないんですけど・・・。」


・・・本当に。

本気なんだか、どうなんだか。


冗談だろうとは思うけど・・・ちょっと、重い冗談だと思った。

心臓はその重い冗談を真に受けて、まだドキドキしているというのに。


「・・・不思議ね・・・」

ふと、優貴さんがそう呟くように言った。


「・・・何が、ですか・・・?」


「・・・母親が違うだけの姉妹、なのよね・・・私達・・・」


ドクン。と私の心臓が大きな音をたてて、動き始める。

背中には、もう一つの心臓が、規則正しい鼓動を続けているのを感じる。


私は、言葉を発する事も出来なくなっていた。

確かに、私と優貴さんは母が違うだけの、異母姉妹だ。


(・・・でも、何故、今・・・その話を?)


「悠理と暮らしていて思うのよ。この子とは、他人であって、他人じゃないなって。・・・だから、なんか、不思議だなって・・・。」



優貴さんも、そう思っていたんだ。

やっぱり、優貴さんも私と同じ事を思っていたんだ。


「・・・・・私も、そう、思ってました。・・・不思議、ですよね・・・。」


私は、そう言いながら恐る恐る優貴さんの手に触れた。

温かくて、普段見た目よりも優貴さんの人差し指は、細く感じた。



「・・・いいのよ、私の事・・・他人と思ってくれて・・・。」


優貴さんが、小さくそう言った。


「・・・・・・え・・・。」


・・・それは、どういう意味だろうか。それを聞こうと思っても、上手く言葉に繋がらない。


(・・・もし、優貴さんが他人だとしたら・・・)


もし、本当に私と優貴さんが赤の他人なら・・・異母姉妹だからこそ抑えている私の気持ちの一部分が、解放される、かもしれない。

いや、それでも・・・言うには相当の覚悟と勇気、代償がいるだろうな、と思う。


考え始めた私の耳元で、優貴さんは「・・・なんてね。ゴメン冗〜談。」と言って、私から腕を離した。


私は何も言えずに、ただ振り返って優貴さんを見た。


「冗談、ですか・・・?」


そう聞き返すしかない、オウムの私。


「・・・だって、他人って思わないと、私・・・悠理の”彼氏役”になれないと思ったから。」


振り返った私の額に、優貴さんは額をつけて、そう言った。


力が抜けていく。

その言葉は嬉しくもあり、悲しくもあり・・・冗談にして受け流そうにも、どうにも出来ない。

別に彼氏なんか欲しくない。


「・・・優貴さんは・・・優貴さんで、いいです。」


私はそう言った。


『・・・私が好きなのは、貴女ですから。』なんて、言える筈もないから、そう言うしか無かった。


彼女は知ってか知らずか「・・・そっか。」と嬉しそうに笑っていた。



夏祭りや花火大会の日等は、何故か不思議と風が穏やかに感じ、そこには、独特の空気がたちこめているような気がしてならない。

小さな頃から、何故かその空気にワクワクさせられた。

私が小さい時、私の隣には、お母さんとお父さんがいて、お母さんは、はぐれないように私と手を繋いでくれて、お父さんが先頭を進んでいた。

私は物珍しさにテンションが上がって、キョロキョロしては、あれが欲しい、これが欲しいとねだったりして、忙しかった。


今は・・・。


「・・・優貴さん、こっち!」


私は声を上げて、その人の名前を呼んだ。後ろから歩いてくる彼女は、ゆっくりと私の後を付いて来る。

道は結構な坂道で、私の後ろを歩く優貴さんは慣れない道のせいか、少し息を切らしているようだった。

「・・・ちょっと・・・待って、悠理・・・まだ・・・明るいし、そんなに急ぐ必要ないんじゃない?その・・・隠れスポットって・・・一体どういう場所なの?」

そう途切れ途切れに言いながらも、優貴さんは私と視線が合うと微笑んだ。


「着いてからのお楽しみです。」


私がそう言うと、風が私の頬を撫でて、彼女の長い髪を舞い上がらせた。

ふわりと舞い上がり広がる”それ”は、一瞬の・・・まるで花火のように見えた・・・。


(・・・あ・・・綺麗・・・。)


髪を手でおさえる彼女を見ながら、私は素直にそう思い、言葉に出そうだったのを私は、やっとおさえた。

女性を綺麗だと思った事はあっても、こんな風に魅力的だと感じる事は無かった。


「・・・じゃあ、楽しみにしてるわ。行きましょう?」


優貴さんにそう声をかけられたと同時に、私は優貴さんに手を握られた。


(・・・あ・・・。)


「・・・でも、私を置いていかないでね?悠理。」


「・・・はい。」


優貴さんは私の手を握ったまま、”・・・私、結構歳かもね。”と苦笑していた。一方、私は突然の事で、気が気がじゃなくて。

この手から、私の熱や鼓動が伝わらないかと・・・私は少し焦り、そのまま視線を逸らすように目的地に向けて誤魔化し、すっかり、ぎこちなくなった足を動かした。





長い坂を上り、静かな住宅地のT字路を右に歩いていくと、横手にまた階段が見えてくる。

その階段を更に上がると花火大会会場の裏側が見渡せる場所に出る。

そこが、望実が友達から聞いた”とっておきの隠れスポット”だった。・・・勿論、そこに行くまでが少し歩いたりして大変なんだけど・・・。

去年は、そこで望実を始め、クラスメート何人かで一緒に見ていた私は、その場所へ優貴さんを案内した。


「あぁ、なるほど・・・ここを更に上がるのね?」

階段を見上げる優貴さんは、少し目を細めて、一瞬険しい表情をしてから私の方を向いた。

去年、私も案内役の望実に向かって、同じような顔を浮かべた覚えがあるので、なんとなく優貴さんの気持ちがわかる。


「あの・・・優貴さん、大丈夫ですか?休みます?」

「あ、いいのいいの、大丈夫よ。・・・ダメね、私ちょっと運動不足みたいね。」と言って、優貴さんは階段に足をかけた。


・・・やっぱり、傾斜が急な、キツイ階段だと思う。

望実曰く・・・”この苦労があってこその、絶景だ”そうだが・・・やっぱりキツいと思う図書館通いの私は、足を動かしながら思わず苦笑してしまう。


「はぁ・・・やっと着いた〜・・・。」

今年の案内役の私は、情けない声を出し、膝に手を当てて、息を整えた。優貴さんは笑いながら”お疲れ”と私の背中を撫でて”で、次はどこ?”と聞いてきた。

(運動不足とか言って、結構余裕じゃん・・・)と私は思いつつ、優貴さんをそのまま真っ直ぐと言って、小さな公園へと案内した。

それは箱庭みたいな小さくて、遊具も錆などで少し汚れている古い公園だが、そこが絶景スポットだったりする。

”遊んではいけません”と書かれた張り紙つきのコアラの乗り物を優貴さんは、懐かしいわねと言いながら撫でていた。

私はそのまま、公園の木で出来た手すりに手をかけ、指をさした。

花火大会の会場は、住宅地の向こうの近江川で行われていて、打ち上げ花火はこの公園からは、バッチリ見える。

住宅地には、ぽつぽつと明かりが灯り始めていた。


「へえ・・・結構見えるっぽいわね。本当に隠れスポットね。来てよかった。」


優貴さんはそう言って感心していた。

来てよかった、と聞いた私は嬉しくなって、つい”でしょ?でしょ?”と柄にも無く、はしゃいだ。

「ここまではなかなか遠いし、人もあんまり来ないみたいだから、ぎゅうぎゅうされずに済みますよ。」

「それは、ありがたいわ。ゆっくり見れそうね。」

そう言って、私の隣に立って、頬杖をつきながら”まだかしらね”と言って川の方を見つめていた。

・・・なんか子供みたいで意外だった。


「優貴さんって、そんなに花火好きなんですか?」と私が試しに聞いてみると

「ん?まあ・・・好きといえば、好きかしらね。」・・・という、なんとも曖昧な返答が返ってきた。


まあ、折角案内したのに、今更”嫌いだ”と言われるよりはマシだけど・・・。


「悠理が好きそうだと思ったから、誘ってみたの。

・・・なんか殆ど毎日図書館行ってて、折角の夏休みなのに、友達と遊んでる感じには見えなかったから。今日は、思い切って私もついでに羽伸ばしに、ね。」

そして”羽伸ばしどころか、良い運動不足解消ね”と言って、優貴さんは笑いながら自分の細い足を擦っていた。

(・・・優貴さん、私の事考えて誘ってくれたんだ・・・)

優貴さんのその気遣いが、私にとっては勘違いしてしまいそうな程、嬉しくもあり、また少しだけ複雑な気分にもさせた。


・・・素直に喜べば良いのに。と自分でも思う。


・・・だけど・・・。



「あー・・・今はなかなか、予定あわないんですよね。友達。」と言って、私は誤魔化した。


望実は補習が終わってから遊ぶ予定だし。瑞穂とはあの件以来、なんだか気まずくて、気軽に遊ぼうなんて言えないし。

他の子は、バイトだとか彼氏だとか、それぞれ言っていた気がするし。

私は私で、毎日の図書館通いで、学校の夏休みの課題がもうすぐ終わりそうだった。(これで、いつ、望実が見せてくれと泣きついて来ても大丈夫だと思う。)


・・・メールすれば、多分友達は捕まるとは思うけれど、別に今はどうでも良かった。

いつも家に帰れば、いや・・・今、隣に・・・優貴さんがいるから。



そんな優貴さんが意味ありげにこう言った。


「そう、なら良いんだけど。・・・もしかして、友達となんかあったかな〜って、私考えちゃった。」

「・・・え?」


それは、瑞穂の事かな、と一瞬考えてしまった私の耳に不意に”ドンっ”という音だけが遠くから聞こえてきた。花火大会開始の合図だ。


「あの・・・優貴さん・・・どうして、そう思うんですか?」


私は、川の方に体を向けながら、横目で優貴さんを見ていた。優貴さんは、真っ直ぐ川の方を見ていた。


「う〜ん・・・姉のカン?」と笑いながら優貴さんは言った。


そんな横顔を見ていたら、ふと、私は (あの事・・・優貴さんに相談、してみようかな・・・。) と考えた。


いくら気まずくても・・・いつまでもこの問題から逃げている訳にはいかない、と思う。

瑞穂は・・・やっぱりどう考えても、友達だから。


「あ、あの・・・優貴さん・・・。」

「うん?」


(・・・でも・・・優貴さんに、こんな話をして、どうするの?)


折角、2人きりの時間を過ごせているのに・・・何も今・・・悩み相談なんかしなくてもいいじゃない、と私は思った。


「・・・どうしたの?悠理。」


だが、優貴さんは私が言葉に詰まったのを気にして、こちらを向いた。

それと同時に花火の打ち上げが始まった。色とりどりの火花が夜の空に咲いては散って、消えていく。


優貴さんと私はというと、花火を横目で見て、体はお互いに向き合っていた。


そこで私は・・・「実は私、友達から相談受けたんですけど・・・」と嘘の前置きを置いて話し始めた。


「・・・あの、優貴さん・・・自分は、ただの友達だと思ってた同性から、ある日好きだって告白されたら・・・どうします?」


私は・・・瑞穂の事を、やはり伏せて話をした。


「・・・へえ・・・女子高によくあるって話は聞くけど・・・」

「ええ、まあ・・・だから、今更って感じもするんですけどね・・・。

あの、友達は、それ以来・・・あの・・・気まずい、らしいんですよ。友達としか見てなかったのに、いきなり告白されて、ちょっとパニックになってて・・・。」


「・・・うん。それで?」


「・・・それで・・・あの・・・なんて言ってあげたら、一番・・・良いかなって。」


この問題・・・瑞穂の事を、どうすれば一番傷付けずに済むのだろう。それが、私にとって一番の悩みだった。

私がそう聞くと、優貴さんは少し黙って考えた後、こう言った。


「一番良い方法なんて、無いと思うよ。」

花火の光が、私達の顔を照らした。住宅地のどこかのベランダからは、子供の声で「たまや」という声が聞こえた。


「え・・・?」


無い、とキッパリ言われた私は少し焦った。そして、優貴さんは再び、こちらを向いて言った。


「・・・ただ・・・ありのままに、そのまま。今の気持ちを正直に言ってあげるのが、良いんじゃないかな?

恋愛のそういう問題で誰も傷付かないで済む方法なんて、無いんだから。

・・・気まずいのは、多分・・・その告白した子も一緒だと思うわよ。」


優貴さんの答えが、私の中にビシッと、ズシリと・・・響いた。

「そう、ですか・・・」と私は、呟くように言うしか無かった。


瑞穂を傷付けずに、瑞穂に答えを突きつける一番良い方法を、なんて・・・考えていた自分が情けなく思えた。

私は、自分がまた”イイコ”を演じたかっただけなんだ、と気付かされた。


・・・単に、自分が”気まずい現状”から逃げたかっただけ、だった。


今の私には、遠くの花火の光すら眩しく思えて、気が付くと目を逸らしていた。


そんな私の様子を優貴さんはジッと見て、軽く笑って言った。


「・・・だから、瑞穂には、ちゃんと答えてあげてね?」


「・・・は・・・・・・えっ!?ええっ!?」


最後の言葉は、予想外の答えだった。”なんで、解ったんだろう”と私は驚きながら、思わず優貴さんの方を見てしまった。


「・・・ああ、やっぱり。図星ね。なんか様子おかしいなって思ってたら・・・やっぱりか。」


驚く私に対し、優貴さんは、いつも通り静かに優しく笑っていた。

遠くでは、綺麗な花火が咲いていて、私と優貴さんの横顔を照らし続けていた。


「・・・優貴さん・・・どうして・・・?」


私の問いに、優貴さんは、やはり意味ありげに、静かに笑っていた。


「・・・さあ?・・・姉のカン、かしら。」


・・・もし・・・もしも、そんな凄いカンが、優貴さんにあるのだとしたら・・・


私の気持ちなんて・・・優貴さんには、いとも簡単に解ってしまうんじゃ、と私の心はどこか”きゅうっ”と痛くなる気がした。



花火がまた上がった。

そんな私の思いを知ってか知らずか、優貴さんはやはり笑顔で「ホラ、綺麗よ。」と私の右肩を抱いて、空を指差した。


息がかかる程の距離まで、もう少し・・・。


私が今、少し横を向くだけで、優貴さんとの距離は縮まる。

・・・でも・・・私にはどうしても向けなかった。向いたら、きっと私の気持ちが優貴さんにバレてしまいそうだと思ったからだ。



「・・・悠理は・・・恋、してる?」


隣から聞こえる優しい声に、私は答えた。


「・・・・・・して、ます。」


突然、優貴さんに優しくそう聞かれて、私はつい正直に答えてしまった。

優貴さんは、”そっか”と嬉しそうに呟き、その後”誰?”とは聞かずにそっかと呟いて、私の肩から手を離して、花火を見ていた。

もしも、”誰?”なんて聞かれたら何て答えよう、と言ってしまってから、どうしようと考えてしまったけれど・・・。


優貴さんは、手すりに両手をつき、ずっと空を見ていた。


その目は・・・ずっと・・・ずっと遠くを見ていて。私なんか、どこにも映っていない。


(優貴さん・・・。)


真っ直ぐにどこか遠くを見つめる優貴さんを私は横目で盗み見るように、チラチラと見ていた。

花火は確かに綺麗だった。だけど、今の私が見ていたかったのは、花火ではなく、花火の光を浴びながら笑う優貴さんだった。


「・・・どうしたの?」

「え・・・!」


突然、優貴さんにそう質問されて、私は慌てた。


「見たらいいのに。花火。・・・」

「あ、あぁ・・・そう・・・ですよね・・・。」


そう笑って誤魔化してはみるけれど”視線感じ取られてたんだ・・・”と思うと、恥ずかしさが全身から噴出して、こぼれそうだった。

「・・・それとも、そんなに変な顔して見てる?私って。」

「い、いえ、別にそういうわけじゃ・・・」


私が慌てて目を下に向けると、優貴さんは笑って言った。


「ホント、花火って・・・夜に咲く花って感じよね。」


・・・まるで、話題を変えて、変な空気を入れ替えるように。


「母が花火見る度言っていたわ。花火は夜咲いて、夜に散る一瞬の命みたいだ、なんてね。不吉な事言うでしょ?」


優貴さんは亡くなったお母さんの話をしている時、顔は笑っているけれど、必ずどこか寂しそうな目をしている。


「あの・・・」


そう声をかけてみたものの、その先どんな言葉を繋げたらいいのかわからない。

私は、言葉を出さない代わりに、優貴さんの手を握った。優貴さんはこっちを見て、手を握り返してくれた。

”大丈夫よ。”とでも言いたそうな顔で笑っていた。

私の気のせい…なのかもしれないけど、でも、やっぱりどこか寂しそうに笑っているように見える。

私がお父さんとお母さんの3人で暮らしている間、優貴さんと優貴さんのお母さんは2人でずっと苦労をして生活してきた。

もし、お父さんが、優貴さんのお母さんと別れなかったら・・・未来は違っていたのかもしれない。

そんな”もしもの話”を考えて話してもしょうがない事は解っている。それに、私なんかが口を挟んで良い事じゃない。


だけど。

・・・それさえ、無かったら・・・私は・・・優貴さんと・・・


「……悠理…私ね…」

突然、優貴さんが低く小さな声で、何かを話し始めようとしていた。だけど、遠くから響いてくる花火の音にかき消されていく。


「え・・・?」

聞き返そうと私が”なんですか?”と言おうとした時。


「・・・あっれ?・・・瀬田じゃん!」


突然の声で私の声は遮られた。後ろから掛けられた声の方へ私達が振り返ると、そこには望実に美咲、千歳そして・・・瑞穂がいた。


「おーおー仲が良いね〜姉妹揃って、手繋いでさー・・・ていうか、うちら悠理に散々メールしたんだけどぉ〜?」

望実がそう言って近付いてくる。美咲と千歳は優貴さんを見て、『うわ、美人…』『姉さん?』と口々に盛り上がっていた。…瑞穂は、私を見ると目を逸らした。

優貴さんはというと・・・”いつも通り”に笑って「こんばんわ」と言いながら、私の手を離してしまった。




「なーんだ、お姉さんと先に来てたんだ。通りで、何回メールしても返ってこないわけだ・・・。」

美咲はそう言って、携帯を振った。携帯ストラップが新しくまた増えてる。

「ああ、ゴメン。バックの中で、マナーモードだから気付かなかった。」

図書館に入り浸っている癖で、私の携帯はマナーモードに落ち着いている。おまけにバックに入っているから、花火の音も手伝ってか、バイブレーションの音も聞こえない。


「あ、でもさー瀬田ってさ、お姉さんがいたんだ?」

千歳と美咲は、まだ優貴さんの事を知らない。


「う・・・うん。」

「はじめまして、優貴です。いつも妹がお世話になってます。」

私が紹介する前に、優貴さんは短く自己紹介を終えた。

千歳が「いえいえ!こちらこそ、お世話してますう〜」とおどけて。

美咲は「わー…でも似てないねぇ。お姉さん超キレイ系じゃん。」と私を小突く。


「・・・わ、悪かったわねっ。どうせ、私はキレイ系じゃありませんよー。」

・・・とはいえ、優貴さんの事を褒められると、なんか私が嬉しい。


「あの、優貴さんってどこで服買ってるんですか?」

「あ、あたしも思ったー!コレ超可愛い!」

優貴さんは、美咲と千歳に捕まってしまった。2人の勢いに、やや優貴さんは押され気味で、ちょっと苦笑いを浮かべていた。


「・・・ほらほら、悠理のお姉様を困らせないの。それから、目の前の絶景見逃すよ〜」


望実がそう言うと、2人は”はーい”と素直に花火を見て、声を上げた。望実は、本当によく気が利くと思う。

一方・・・瑞穂は、まるで私と距離を取るように美咲と千歳を挟んで、一番端にいた。


(やっぱり、気まずい、よね・・・。)

夏休み前の出来事を引き摺ってるのだろう、瑞穂はこちらに話しかけても来ない。


「・・・ゴメン、何度も電話したんだけど。」

小声で、望実がそう話しかけてきた。

「ああ、こっちこそ出られなくてごめん。…でも、去年みたいに皆で見た方が楽しいよね?」

私の返答に、望実は手を軽く振って言った。

「いや、そうじゃなくて・・・こんな形で、瑞穂と会わせる気無かったんだよ、あたしは。多分、悠理もココに来てるんじゃとは思ってたんだけどさ・・・。」

望実は更に小声でそう言うので、私も思わず小声になった。


「あぁ・・・そっちね・・・。」

「・・・”あぁ”って、アンタね・・・瑞穂と気まずいままで、夏休み突入したんでしょうが・・・。」

「うん、まあね。」


「まあねって・・・やっぱ仲直りしてないんだね?」

「仲直りも何も・・・」


優貴さんの事を信用するな、と言った事に対しては、もう気にはしていない。

あの日、仲直りはする気だった。

だけど。


『・・・違、う・・・。瀬田の事、心配で、放っておけないのは・・・・・・私、瀬田が・・・・・・・・・・好き、だから。』


瑞穂は、私を好きだと言った。

何故、あのタイミングでこんな言葉を聞かなくちゃいけないんだろうと、私は思った。


『……瀬田は、きっと……その…好きな人が、いるんだろうけど…

私が勝手に、好きなだけ、だから…別にどうして欲しいって訳じゃないから。』


そして、瑞穂の気持ちを聞いたあの日、私は逃げた。

・・・まるで、今の自分自身を見ているようで、重くて辛くて、その場から逃げ出した。


『一番良い方法なんて、無いと思うよ。』


『・・ただ・・・ありのままに、そのまま。今の気持ちを正直に言ってあげるのが、良いんじゃないかな?恋愛のそういう問題で誰も傷付かないで済む方法なんて、無いんだから。

・・・気まずいのは、多分・・・その告白した子も一緒だと思うわよ。』


優貴さんに言われた言葉を反芻する。

今、考えると逃げるべきじゃ無かったかもしれない。おかげで、友達に戻るチャンスを見事に失ってしまったのだから。


「・・・・だから言ったじゃん。時間あくと、仲直りしづらいって。

 いや、冷却期間提案したあたしが言うのもなんだけどさ・・・限度っつーのがあるよ。」


黙る私に、望実が小声でそう言った。

さすがに今、事情を一から全部説明する訳にはいかないなと思った私は、そのまま望実の言葉に合わせた。


「・・・うん。その通りだね。」


瑞穂とは、仲直りしたい。傷つけてしまうかもしれないけれど・・・瑞穂はやっぱり、大事な友達だ。

このまま・・・今みたいな距離のまま、学校生活を送るのは嫌だ・・・。


「・・・悠理・・・?」


望実はじいっと私の目を見てから、ため息をついた。


「・・・わかった・・・今度メールするから、悠理も時間合わせな?ね?

細かい事情はその時に聞くから。・・・はい、この話は終了。フォローはするから、楽しもう。」


”わかりやすい私”は、鋭い望実にはあっさりと見抜かれてしまうらしい。


「・・・ありがと。」


事情を話すのは最小限にしておいて、望実には、なんとか瑞穂と仲直りするキッカケを作ってもらおう。


行動せずにモヤモヤ考えるだけじゃ、やっぱり気は晴れない。

(・・・優貴さんに話してみて、良かった。)

優貴さんの言葉で背中を押されたような気がして・・・正直少しだけ荷が降りた気がする。

夏休み中、瑞穂の事で心がモヤモヤしていたのは確かだから。


花火は色とりどりに咲いては散って、咲いては散ってを繰り返した。

(あ・・・優貴さん・・・瑞穂と話してる・・・)


ふと見ると、優貴さんは笑顔で瑞穂に話しかけていた。

瑞穂は瑞穂で、眼鏡を少し上げると、首を振って何かを答えていた。

(何、話してるんだろう・・・。)

そんな私の視線に気付いたのか、優貴さんがこちらを向いて軽く私に手を振った。私は慌てて手を振りかえして、花火へと視線を変えた。



「あ、もう終わり・・・?」

「今、音だけの花火鳴ったから、終わりじゃない?」


花火が終わって、空にはまだ煙が残っていた。


(・・・ホント・・・花火ってあっという間に終わっちゃう・・・。)


優貴さんのお母さんが言っていた”一瞬の命”という表現はわかる気がした。



「・・・あー・・・あっという間だったよね〜もうちょっと美咲が早く来れば良かったのにー」

「あー!今更あたしのせいにする?マック寄って、シェイク買うのに並んだの忘れたー?」

「そういうアンタも、ついでにってソフトクリーム喰ってたじゃん。」

「はいはい、連帯責任、連帯責任。」


階段を下りている間も、望実達ははしゃいでいた。

優貴さんは優貴さんで、賑やかでいいわね、なんて楽しそうに私達を見て笑っていた。


「瀬田は、どうする?帰る?」

「うちら、この勢い借りてカラオケ行こうと思ってんだけど。」

美咲と千歳は、確かにテンションがいつに無く高い。


「あ・・・今日は、まっすぐ帰るよ。次は付き合うから。」

優貴さんはここら辺の道に慣れていないし、一人で帰したら迷いそうだし。


「わかった〜次ね〜シェイク奢ってね〜!」

「絶対だぞ〜!」

「メール、するからね〜!」

千歳と美咲は大声で笑いながら、手を振ってる。

望実は望実で、携帯を振りながら”あとで”と目配せをして、先を急ぐように歩く瑞穂に声をかけていた。



「・・・学校生活楽しいわね、あんなに賑やかで、明るい友達いっぱいだと。」

帰り道、優貴さんがふとそう言った。

「ええ、なんか毎日動物園みたいですよ。」

うちのクラスは、特に個性的なのが多いから、他のクラスからそう呼ばれていたりもする。

「・・・悠理は、コアラって感じね?」

「私、コアラですか?」


まさか、自分まで動物に例えられるとは思わなかった…。


「なんか可愛いじゃない?」

「まあ、可愛いです、けど・・・なんか微妙・・・。」

「そう?私は好きだけどなーコアラ。」

「あ、そういえば、優貴さんってコンビニでよく買ってますよね、コアラのお菓子。」

「うん、小さい頃から好きで、つい買っちゃうのよね。おかげで、眉毛ついたの2回くらい当たった事あるの。」


「へえ、すご・・・」


私の手が不意に握られた。握られた、というよりも、指の間に指を絡ませるような・・・そんな手のつなぎ方。


「・・・い・・・・。」


意識が、一気に手に集中する。


「思い出したら、食べたくなっちゃった。ねえ、コンビニ寄っていかない?確か、夏限定の出てる筈だから。」


話が、うまく耳に入っていかない。


「・・・はい・・・。」


優貴さんの指が、私の指に絡まってる。たったそれだけの事で。

私の頭は・・・


「悠理、顔真っ赤。」

「え・・・!?」


指摘されても、動揺は収まらない。

優貴さんは繋いだ手を顔の前まで持ってきて、私に見せるように振った。


「こんな風に手を繋ぐだけで、そんな風に照れてたら、お姉さん悪ノリしちゃうわよ?」

花火の時、お母さんの話をしていた優貴さんとは全然違う、とても楽しそうに笑っている優貴さんに私は何も言えなくなっていた。

「あ・・・えと・・・」

「一応、今日だけは彼氏役って言ったでしょ?だから、こういう事もします。」


そう言って、優貴さんは人気のない道の真ん中で、私の手を更にぐっと握って、引き寄せた。

人気も無いし・・・優貴さんからしたら、多分、冗談半分なのだろう、と思う。そんなの、わかっている。


わかってるけど。


「・・・別に、今日だけじゃなくても・・・。」




マズイ。



・・・言ってしまってから、気付いた。思わず、心の中の台詞が口に出てしまった。

今更、なんでもないって言っても、もうしっかり優貴さんには聞こえちゃってるだろうし。

・・・おどけて、言っちゃえば・・・これも、冗談になるかな・・・。


「べ、別に、今日だけじゃなくてイイですよ。優貴さんなら、ずっと私の彼女で、いいですよー・・・。」


・・・・・・・・・・・。


「なん、ちゃっ・・・て・・・」


精一杯、ふざけて、おどけて・・・冗談半分丸出しで、言った・・・つもり。

てっきり「あら、そう?」なんて言ってくれると思ったのに。そう言ってくれたほうが、ずっと良かった。

・・・だけど、優貴さんはこっちを黙って見て笑っているだけ。


(・・・また、見透かされて、る・・・?)

今度は見透かされると、困るな、と思っていた。



「一日彼氏にそういう事言うと、本気にされるわよ?いいの?」

静かに、優貴さんはそう言った。顔は笑ってはいるけど、目は笑ってない・・・少し、真剣に見える。


「・・・え・・・。」


突然、立ち止まった優貴さんの顔が、近付いてくる。

私は思わず息を止める。顔が近付いてくるだけなのに、時間がさっきよりゆっくりと…スローモーションに流れる。


「・・・えいっ。」

「痛っ・・・。」


額をぶつけられ、私は声を漏らした。


「あんまり可愛い事言ってると、お姉さんテンションに任せて、ホントに襲っちゃうわよ?」


こんな至近距離で、優貴さんを見るのは・・・こんなに近くなのは初めてかもしれない。

・・・やっぱり思ったとおり・・・ひたすら、ドキドキするだけ・・・。

台詞も、内容が内容だし・・・。


「え・・・・あ・・・はい・・・。」


何も喋れない。返事をするだけが精一杯。


「”はい”って・・・少しは抵抗しなさい。流されないか、お姉さん心配ですよー?」

「・・・あ・・・はい・・・いたたた・・・。」


続いて、両頬をぐいーっと引っ張られる。ちょっと、痛いけど・・・優貴さんが冗談っぽく笑うから・・・ちょっと、安心かも・・・。


「・・・ホントに。」

「・・・!」


頬を抓っていた優貴さんの手が離れ、そっと掌が開き、頬に添えられた。


(・・・この、シチュエーションって・・・。)


私の考え過ぎなのかもしれない。

優貴さんは、ふざける事はあっても・・・ふざけて、こんな真似するような人じゃ・・・な



・・・唇に、あたる感触。




「・・・・・・・ホントにされると思った?」


人差し指と中指の上から、優貴さんの唇が動く。

優貴さんの人差し指と中指の腹が、呼吸を止めたままの私の唇に触れている。


幸い、道には誰もいない。指越しのキスの現場なんて、できれば・・・いや、絶対見られたくないし・・・。


いや、指越しなんだから、キスじゃ、ない・・・。

キスじゃないけど・・・これって・・・何・・・?


いやいや、それよりも・・・


(・・・すいません・・・まったく・・・動けないんですけど・・・)


心の中で、何故か私は謝ってしまった。別に動きたいから、離れたいからって訳じゃないけど・・・この状態は、なんか辛い。

囁きに似た優しい声は一番近くで聞こえるのに、私の方は返事すらまともに出来なかった。


「・・・行こうか。」


優貴さんが離れて、また手を繋がれて歩くけど、心拍数が上がったままの体は、あんまり動いてくれない。

夜風が熱くなった頬に当たる。



「・・・・・・優貴さん、ふざけ過ぎ・・・。」


本当にふざけただけなのか・・・確かめる事も出来ない私は、小さな声でそう言うしか出来なかった。

優貴さんは、やっぱり笑いながら”ゴメン”と言って、コアラのお菓子のCMソングを口ずさんでいた。


「あ・・・コンビニ、あった。行こう?悠理。」

「あ、はい・・・。」


コンビニの光が、やけに明るく眩しく見え、目を細めた。

私の視界には私の手を引く、優貴さんのすらっとした腕と、優貴さんの微笑みが映る。






その日の夜。


・・・私は、眠れずにいた。



  『・・・・・・・ホントにされると思った?』



優貴さんのあの囁くような声と優貴さんの指の柔らかさが、まだ残っていた。


一緒に見た花火は綺麗だったけれど、その後の優貴さんのあの行動で、どんな花火だったのか半分以上、私の記憶から消えていた。



・・・それだけ・・・


それだけ、私にとっては、衝撃的な事を・・・されたんだから。


・・・唇同士は触れなくても、あんな至近距離は初めてで。

誰とも、顔をあんなに近付けた事なんて、ない。



 『・・・・・・・ホントにされると思った?』


薄く笑いながらそう囁く優貴さんの声と笑みを、何度も何度も何度も、寝返りを打つ度に思い返す。


本当に、されると思った。

いや、されたかと思った。


指の腹ってあんなに柔らかかったっけ・・・なんて思って、試しに自分の指の腹を自分の唇にそっと押し当ててみる。


(・・・・・・・・やっぱり、違う・・・。)


力加減のせいか、自分の指のせいか、それはよく分からない。

・・・とにかく、優貴さんの指は柔らかくて、その指の壁の向こう側からは・・・



 『・・・・・・・ホントにされると思った?』



優貴さんの、あの声がして・・・。


・・・いくら、今日、一日彼氏だからって・・・



(・・・彼氏だって、あんなコト、普通しないよ・・・。)


・・・寸止めっていうか・・・女同士で・・・異母姉妹で、あんなの・・・



 『・・・・・・・ホントにされると思った?』



寝返りをうつ度に、あの時の優貴さんの声が聞こえる気がして、その度に恥ずかしくて、もどかしくて。




「・・・ホントに、されると・・・思ったに・・・決まってるじゃない・・・。」



布団を被って呟く。



・・・どうして。



どうして、いっそキスして欲しかったなんて、思ってしまうんだろう。

・・・我侭にも、程がある空しい願い。




優貴さんとキスして、どうするの?

優貴さんとキスして、どうなるの?




私と優貴さんの”異母姉妹”という関係が変わる事なんか、無い。

そして、それ以上になる事なんか、きっと無い。


「・・・それでも・・・。」


誰に囁くわけでもない、独り言を呟く。




「それでも・・・私は・・・優貴さんが好き・・・。」




再確認するように、布団の中で呟いたら、悲しくもないのに涙が出てきた。






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