「ふぅ……」
テーブルに肘をつきながら、あたしは何回目かのため息をついた。
恋をするとため息が多くなるというのは、どうやら本当らしい。
……恋、かぁ…
……やっぱり、そうなのかなぁ……。
細長い三角形の形をした、真っ白なピアスを、片手でぶらつかせながらまたため息をつく。
一体あれから、何度こんな時を過ごしているのだろう。
…アルムレディン……、たしかそう言っていた。
それが、彼の名前……。
窓の外から指しこむ光をピアスが反射して、眩しさにふと我に帰る。
何となく気だるい午後に、こんなうすらぼんやりとした過ごし方もいいかもしれない。
あたしは、切なさをちょっとだけ胸に隠しながらも、何となく今の状態には満足していた。
別に悪い気持ちじゃないし、
いつか帰るこの身で、本気で燃えるような恋!ってのも、ちょっとシャレにならない。
別れが来る事は分かっているんだから、
こんな中途半端な感じもいいかもしれない。
少なくとも、その時あたしはそんなふうに思っていた。
そう、
その時は、まだ…。
「メイ、なにぼんやりしてるんですのー!?」
「わっ! ディ、ディアーナ、いつからそこに…」
「…もー、さっきからずーっといますわ」
突然ずずいっと詰め寄ってきたディアーナの姿に、あたしは思わずのけぞり慌ててピアスをポケットに隠す。
ディアーナはつまらなそうにふくれてこっちを睨みつけている。
「メイったら、最近何だかおかしいですわ。 いつもぼーっとしてばかり…」
何やらブツブツと文句を言うディアーナに、あたしは冷や汗ひとつたらしながら、乾いた声で笑う。
そして、ふとたまらず視線をずらして見ると…、
そこには、さらにイヤな顔があった。
「…まったく、こんな所にいたのか…、勝手に課題をすっぽかして………、姫? …やれやれ、またお忍びですか…」
スタスタと駆け寄りながら、キールは一気に言葉をついた。
まったくもって、いつも感心するほどの姑ぶりである。
一応、あたしを間違えて召還しちゃったことを気にしてのことらしいけど…。
「あら、キール、お邪魔してますわ」
ディアーナはおかまいなしに、思いっきり胸を貼り挨拶をする。
このへんが王家の威厳の暴走の賜物なんだろう。
キールはやれやれと肩を落とし、ディアーナに軽く2,3言慇懃無礼なことを口走り、あたしへと向き直った。
「ほら、早く支度をしろ。 …少しでも早くこの段階まで習得できないと、次に進めないだろ、…さっさとお前を追い返さん事には、俺も研究に専念できないんだよ…」
言いながら、キールはあたしの腕に手をかけてきた。
そして、何故かちょっと俯き視線をずらしながら、
「…それに、お前最近何か変だぞ…、いつもぼーっとして…」
一言呟くと、そのままディアーナに会釈をして、強引にあたしを部屋から引っ張り出して行った。
「あ、ちょっと、メイ?」
何やらディアーナの呼ぶ声が、まだ部屋のほうから聞こえていた。
「……は〜〜〜、…もうキールのヤツ、か弱いと乙女を何だと思ってるのよ! …大体あいつの教え方は難しすぎるんだってば!」
もう、夕日も傾き掛けた頃、郊外の森の入り口で、あたしは一人ひたすらブツブツとグチをこぼしていた。
何だか、最近妙にあたしを元の世界に帰すんだ−、っていきがっているキールは、情け容赦無しに人に無理難題な課題を押し付けるもんだから、たまったもんじゃない。
大体、魔法なんて16年生きてきて、初めて知る分野だってのに、そんなに早く飲みこめるわけないっての。
ま、そんなわけで、
研究員の人にお使いを頼まれたのを幸いに、あたしはまんまと一休みしているわけだった。
ふと、ポケットにしまっておいたピアスを取り出す。
夕焼けに照らされ、キラキラと輝く様を見ながら、あたしはしばしぼんやりと時を過ごしていた。
すると。
………あれ?
気配がする。
別にあたしは、普段から何かの気配を感じるってほど、感が良い方じゃない。
でも、たしかに感じるのだ。
イヤな気配じゃない。
この感じは、前にも、……たしか……。
記憶をたぐり、その答えを見つけ出したその瞬間。
…目の前には、彼の姿があった。
真っ黒なフードを目深に被ってはいるが、その風体に間違いはない。
綺麗なオレンジがかった金の髪。
ちらりと覗く、真っ青な瞳。
「アルム…レディン……!?」
驚きのあまり真っ白になった頭で、勝手に彼の名前が口をついて発せられた。
「しっ!」
「ムグッ!」
突然、アルムレディンは、慌ててあたしの口を抑えた。
あたしは慌ててもがくが、難なく咎められ、身動きが取れない。
羽交い締めにされているその状況にはっと気付き、思わず顔に血が上っていくのを感じた。
「隊長、こっちにはいません!」
「……そうか…、クッ…またしても逃げられたか…」
声が聞こえた後、いくつかの足音が去っていくのが分かった。
「ぷはぁ〜〜〜!」
やっと介抱され、あたしは瞬時に彼から離れ思いっきり深呼吸をした。
まだ心臓がバクバク言ってる…。
まったく、いきなりあんなことされたら、命がいくつあってもたりゃしない…。
あたしが必死に息を整えていると、アルムレディンはなぜか隣りに腰掛け、こちらを見ている。
「……な、なによ……」
言いながら、胸がまたピクンとはねあがる。
…折角落ち付いてきてたのに…。
「…いや…、…それにしても間の悪い女だな」
言いながら、アルムレディンはクスっと笑った。
あ…、笑うと案外かわいいんだなぁ…。
思わず見とれながら、そんなことを思っていた。
「こんな所で、何をしている?」
尋ねるアルムレディンに、あたしはたまらずそっぽを向き、
「…あ、あんたこそ何やってんのよ。 …盗賊のくせに、こんなとこで油売ってていーわけ?」
思わず毒づくと、いきなり彼はまた笑い出した。
「………まぁ、確かにここにいたのがお前じゃなきゃ、さっさと切り捨てるところだったが…」
こともなげに言う彼に、あたしは我に帰り冷や汗ひとつ。
絶対本気だよ、コイツは…。
何となく、恋する眼差しから、ジト目に移行しつつ、彼を見つめた。
「…なんで、あたしだと切り捨てないわけ?」
「別に…、ただそんな必要なさそうだしな…」
言いながら、彼は無造作にフードを取る。
ふわっと現れた金髪が風に舞った。
「前に会った時から、ゆうに2週間はたってるってのに、全く噂になってないところをみると、口封じは必要なさそうだろう」
素顔でそう言い放つ様は、盗賊、というよりは、なんだかさながら王子様ってくらい神々しいものがあった。
なんなんだろう、この威厳と気品は…。
「あれ?」
「え?」
ふと漏れた彼の呟きに、あたしは思わず聞き返す。
「それは、俺のピアス……」
「あ…」
片手に握り締めっぱなしだったピアスを、彼は目をぱちくりさせながら見つめた。
「この間、落としていったでしょ。 …拾ったのよ、あたし」
言いながら、目線をあわさないようにピアスを差し出した。
…なんか、恥ずかしい。
だって、このピアスを見ながら、彼のこと思ってたんだもんな〜。
……なんか変な感じ、…もじもじするのって、性に合わないや。
様々な思いがよぎるなか、彼はすっとピアスを受け取った。
「ありがとう」
「え?」
「ずっと、持っててくれたんだろ」
面と向かってそんなことを言われ、あたしはどうしていいか分からず、ただ鼓動の強まりにばかりを感じていた。
「…あ、…う、うん。 …だって、ホラ、落し物は落とし主にって……、やっぱネコババはまずいっしょ、せめて一割……」
………。
…な、何言ってるんだ、あたしはぁ〜〜!!
心のなかで絶叫しながら、あたしは支離滅裂なことを口走っていた。
「フッ…」
…あ…、また笑った…。
「変な女だな…お前は…」
「は?」
笑顔に思わずみとれるあたしに、アルムレディンは笑いながら呟いた。
「…そうだろう。 …俺が盗賊の親玉と知り、命まで狙われるかも知れぬ立場で、何故逃げようともしない?」
……………。
口元に微笑を残して問う彼に、あたしは思わず言葉をつぐんだ。
…そういえば確かに、何故だろう…。
好きだと感じる前…出会った時から、あたしは彼をあまり怖いとは思えなかった。
なんというか、悪人という「におい」がないというか……。
真剣に悩み出すあたしを見て、アルムレディンはまたひとつ笑みをもらす。
「……なんだか、妙な気分だな…、…過ぎ去った事を懐かしむ…なんてこと今までほとんどなかったのに…」
ぽつりと呟く言葉に、しかしその意味が分からず、あたしはあいまいな表情を浮かべた。
そんなあたしの態度を知ってか知らずか、彼はため息混じりに呟き出した。
「…今から何年くらい前だろうな…、ちょうどお前にみたいなドジな女の子と会ったことがあってな………」
…言葉少なげに、アルムレディンは語った。
何年も前にさかのぼる、ある少女との出会いを。
時折見せるはにかんだような表情に、あたしは少しだけ切なくなった。
今はどこにいるとも知れぬ少女。
その少女に、今尚思いはせるアルムレディン。
…なんか、あんまり面白いもんじゃなかった。
「…悪いな、くだらない話しを長々と…」
あたしの曇っ表情を気にしてか、アルムレディンはバツが悪そうに話しを切り上げた。
心なしか、頬が染まっている彼を、あたしは横目で見ながらため息をついた。
「…今まで、誰にも話した事なかったのにな…」
「…え?」
呟きながら、アルムレディンはゆっくりと立ち上がった。
思わず聞き返すあたしを、ふっと見つめる視線に、あたしは硬直していた。
「…日が暮れたら帰り道が面倒なんでな…」
そう言いながら無造作にピアスを開いていたほうの耳につけ、彼はきびすをかえす。
…行っちゃう…。
そう思うと妙に胸が痛かった。
でも、引き止めたからといってどうなるもんでもないし。
…あたしは…いずれ帰るんだ。
あたしの世界に…。
だから……。
だから?
……そうだよ。
だからこそ。
いつ、別れが来るか分からない。
もしかしたら、今が最後に別れかも…。
いつか帰るこの身で、本気で燃えるような恋!ってのも、ちょっとシャレにならない。
別れが来る事は分かっているんだから。
確かに、あたしはそんなふうに思っていた。
でも……。
でも、どうせ別れるっと分かっていても。
これが最後って言うんなら。
こんな後味悪い別れもあったもんじゃない。
そう。
どうせ最後の別れなら、
悔いなんか残したくない―。
「アルムレディン!!」
思わず呼び返すその声に。
答えるべき人影は、すでにそこには無くなっていた―。
…というわけで、メイ×アルム第二話でした。
なんだか、前回にも増してアルムがどっかのあんちゃんみたいになってしまいましたが…(爆)
とりあえず、ラブラブなメイちゃんが書けて楽しかったです(笑)
この話、実はアルム×メイじゃなく、メイ×アルムというのちょっとミソでして…みてのとおり、メイはぞっこんなのに対して、アルムは興味くらいしか持ってないですし。
切なく片想うメイちゃんもいーんじゃないかと思って、書きたくなったわけですので。(笑)
なんともヘボですが、読んで下さってありがとうございます。
…この話。一応あと1、2話で終了予定なんで(もしかしtらさらに1話くらいかも(汗))もしよろしければ、最後まで見てやって下さると嬉しいです。
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