●99年11月15日(月)

チェックアウト。新北投駅から台北駅まで新交通システムに乗る。切符は、先に行き先を押してから硬貨を入れるシステム。35台湾ドル。

この日は、故宮博物館の見学に充てるつもり。地図で位置をよく確認してみると、士林駅で降りてもよかったよう。再びそこまで引き返す。25台湾ドル。そしてタクシーで100台湾ドル。

故宮博物館は、見るものが本当に多すぎて疲れた。じっくり見ようと思っていたのだ、気力体力ともについていけない。これで入場料80台湾ドルというのは安すぎる。しかし、もし台湾独立ということになると、大陸側からこれらの文物の返還要求が出て、きっと大きな問題になるのだろうね。疲れたので、4階でお茶と点心。点心は1種類では物足りなかったので、普通の白いのとクリーム味(?)の黄色いのと。お茶と合わせて計220台湾ドル。

さて帰りは再び士林駅に出るか、バスか何かで直接台北駅に向かうか思案していると、博物館前で、男性が日本語で声をかけてきた。さっき休憩した4階に、茶葉を納入している業者だという。どうせ帰るところだから、100台湾ドルで台北駅まで送ってやるという。こういう胡散臭い話に乗ってしまうのが私のよくないところなのだが、値段的にも悪い話ではない。乗せてもらうことにした。

男性は陳さん、42歳といったか。日本語はテープで習っているという。それでも日本語は読めないからだろう、日本人観光客からもらったという「なるほどザ台湾」という雑誌をくれた。話し好きなのか、自分の日本語を試そうというのか、けっこううるさい。「何でひとりで来るの? 台湾料理、ひとりで食べてもつまらないでしょう。みんなで大人数で来たら、料理たくさん頼んで、ちょっとずつ食べられるのに」。ほっといてくだされや。

車は中心部にかかり、陳さんが勤めている会社の前に。「ちょっと用事があるので立ち寄った。よければお茶を飲んでいってくれ」という。しかし、ここで降りたら相手の思うつぼ。高価な茶葉を買う羽目になるだろう。丁重におことわりすると、社長さんとその奥さんが出てきて今度は流暢な日本語でしつこく勧めるが、拒否。すぐに駅に向かってもらうことにする。陳さんは当てが外れて機嫌を壊したのか、駅までの道のりでは今度はほとんどしゃべらなかった。

道草をしなかったせいで、16時の台中方面への列車に乗ることができた。今度の旅では、長距離列車に乗ってみるのと、地震の激甚地である中部に足を踏み入れること、この二つがかなえてみたいことであった。列車は自強号、台中まで360台湾ドル。切符を買うのは、言葉に自信がないので、乗りたい列車と行き先をメモに書いて見せるだけ。

列車は台北よりもひとつ手前の松山駅発。指定の席に行くとなぜか若者がすでに居眠りしている。何度も確認して、窓際に座っているその若者を起こすと、鬱陶しげにこちらを見て「ここは自分の席だ」といっているようだ。このやりとりに、通路側に座っていたおばさんが申し訳なさそうに席を退いた。指定券がないのにあなた方の席に座ってしまっていて、ということらしいが、私の席の指定はどう読んでも窓際なので、その若者が通路側であるべきはずなのだが……。まあ、台湾ではそんなことはひょっとしてあまり気にしないのかもしれない。

2時間20分後、台中着。すでに日は暮れている。宿を比較しながら探すのも面倒くさいので、ガイドブックに載っていた駅すぐ近くの宝島大飯店というホテルに泊まることにする。ビルの一部に入居している感じの、まあ、ビジネスホテルに毛の生えたようなものか。部屋は特にきれいというわけでもなく、「ガイドブックから探すんだったら、やはりもうちょっと奮発した方がよかったかな」という気も起こるがまあ、そんなものだろう。

休憩もそこそこに街に出かける。北西に向かって大通り、中正路を橋を渡ってどんどん進んでいくと、やがて中華路へ。屋台がたくさん並び、この辺が一番の中心地らしい。食べ物に限らず、ほかの店なども巡りながら、やっぱりここで食事。海鮮が名物だというので、適当な店に入り、注文するが、材料と炒・揚・焼・茹などの料理方法はなんとなくわかるが、ほんとあてずっぽう。魚と、螺と書いてあるのを頼む。巻き貝であんまりグロテスクなのが出てきても困るなあ、とちょっと後悔していたが、出てきた料理は魚一尾丸ごと煮たのと(これはちょっとくさみが消えていなかった)、アオヤギ(バカガイ、地方によって呼び方が全然違うようですね)みたいなのを唐辛子醤油で煮たようなものだった。決してまずいとはいわないが、あまり口には合わなかった。きっと料理の仕方とかを理解せずに頼んだのが悪かったのだろうけど。

食事の後は北東に転じ、中友百貨店へ。まだまだたくさんの人たちが買い物を楽しんでいる。ここでは特に買い物をするでもなく、ぶらぶらしただけ。円から両替を頼んだ時に女性店員が慣れていなかったのかどうか、伝票だったかを忘れて、わざわざ店の外まで追いかけてきて渡してくれたのはご苦労さまとしか言いようがなかった。

ホテルへの帰り道では、東の方にあるバスターミナル台湾汽車客運干城駅を回って、翌日、日月潭に行くバスを確認するが、地震でこの路線は運休していることを知る。日月潭はこの旅で唯一訪れる風景的名所。台中まで来て、断念するのも癪なので、タクシーでも捕まえることにするか。思案しながら眠りに就く。

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