●チュニジアの旅2日目=11月30日(月)
起きると、のどが、がらがらと痛い。完全に風邪をひいたようだ。この日のチュニス行きの飛行機は、午前9時20分発と早い。朝食はもはやあきらめて、6時半ごろ、出発のため階下に下りていくと、まだ暗い中、ホテルの従業員はロビーのソファの上でグーグーと大いびきをかきながら寝ていた。「エクスキューズ ミー」何度か声をかけてみるが、いびきはますます大きくなるばかりだ。こんなやつが会社の仮眠室にいたら、濡れタオルを顔にかぶせて、おとなしくしてもらうしかないだろう。さらに何度か声をかけてみるが反応はない。困った。6時50分発の列車で空港に行かなくてはならないのに…。ふと見ると、フロントのカウンターに、ある部屋の鍵が置いてある。どうやら、同じようにだれかが早朝出発しようとして彼を起こしにかかったものの果たせず、鍵を置いて出ていったようだ。ということはどこかから外に出ることができるはず…。出口を探すこととした。まず表の玄関は鍵がかかっていてどうやっても開かない。階段を下りてみると、地下1階は食堂になっていた。再び1階に引き返す。裏庭の街灯からの光で目を凝らして見ると、従業員が寝ている側のガラス窓と見えたのがドアになっているようだ。ここから裏庭に出ると、民家などとの広場になっていて、そこから街路に出ることができた(しかし、だれかが一連の私の行動を見たならば、きっと泥棒と思っただろう)。
さて、列車の出発6、7分前に駅に着いた。券売機で切符を買わなければならないが、それらしい機械が分からない。焦りながらずんずん進んでいくうちにホームに入ってしまう(改札というのはなかったのです)。ホーム内でも切符が買えるようなことを書いてあったような記憶があったので、まあいいかと更に進む。目指す列車の前にきても売り場は分からない。いまさら引き返していては、乗り遅れてしまうだろう。30分後の次の列車でも飛行機には間に合うとは思うが、もうここまで来てしまった。えいや、乗ってしまえ。列車は出発した。すぐ、車掌が検札にやってきた。15000リラを差し出し切符を買おうとするが、車掌は25000リラを要求する。車内で買う場合は10000リラ増しとなるらしい。車掌が書き込んだ伝票をしぶしぶ受け取るが、およそ1000円の損。ホテルの従業員が起きててくれたら、こんな目には遭わないものを。なんか割り切れない。
チュニジアの首都チュニスへは、1時間15分。晴れ渡った地中海を眺めていると、本当にあっという間だった。空港に降り立つと、さすがにイタリアよりも暖かいが、やはり冬。日本の11月とそれほど変わらない気温だ。2万円分を両替する。178ディナールと700ミリレム(1000ミリレムで1ディナール)。1ディナールが110円程度。空港を出て国鉄の駅に向かうことにする。外に出てバスに乗ってみたいと思うが、止まっていたのはおんぼろなのが1台だけで、もちろん行き先も分からない。さすがにくじけて、強引なタクシーの誘いに負けてしまった。「レイルウエイステーション、プリーズ」と行き先を告げるが、何度か繰り返してみても、運転手は理解していないようだ。「フランス語圏とはいえ、レイルウエイステーションが通じんかー。中学生でも知っている単語とちゃーうんか」と思いながらも、急いでガイドブックを取り出し地図の鉄道駅を指し示す。ようやく行き先を理解した運転手はUターン。どうやら逆方向のカルタゴに行くと決め付けてそちらに走っていたらしい。ここで初めてメーターが倒されていないことに気がついた。外国に行って何よりぼったくられるのは、到着直後のタクシー。気が高ぶっているうえに相場が分からず、小額紙幣をもっていないことで運転手側も狙いやすい(と私は思っている)。こんな海外旅行の鉄則をすっかり忘れてしまっていた。先ほどからのやりとりの間に随分走ってしまっている。いまさらメーターを倒すよう要求しても、向こうも納得しないだろう。いくらぐらいかかるのか聞いてみると「シックス」、ちょっと間を置いて「セブン」と答えが返ってきた。私も英語が苦手だが、運転手の英語も随分怪しい。6か7かそれとも6.7か。結局駅に着くと、7ディナール取られたが。
列車で東海岸を回って、それから内陸のカイルアンに入り、チュニスに戻ってくるというのがだいたいの予定。この日はまず、東海岸の中心都市スースに行くことにする。「地球の歩き方」で鉄道の乗り方を調べてみると、スースまでは10.7ディナールで、席には特等、1等、2等とあり、1等は2等の1.5倍の料金、特等はさらにその1.5倍と書いてあるから特等に乗るとすると二十数ディナール。フランス語で特等席の説明などできないから、念のため持ってきていたフランス語会話集で行き先と特等席と書いた紙を切符売場に差し出す。さっきのタクシーで英語がまったく通じないことが分かったから筆談で行こうというわけだ。30ディナールをあわせて差し出すと、係員は怪訝そうな顔で「何枚買うつもりだ」と英語で聞いてきた。説明を聞くとスースまでは6ディナールで、座席は2等(というか普通料金)しかないようだ。予習しすぎの頭でっかち。筆談なんかでやり過ごそうとした弱気が情けなかった。
座席は人工皮革張りで、そこそこ柔らかくそんなに苦痛ではなかった。定刻の午後1時5分発車。これを読んでいる皆さんが想像されているよりはよっぽど速く、乗り心地も悪くない。海沿いに走っていくと思っていたので、景色を楽しむつもりだったが、後ろの席に座っていた青年が、やっぱりまだ東洋人は珍しいのか、覗き込んで話し掛けてくる。しかし彼自身はフランス語しか話せないようなので、埒があかない。近くにいた彼の同僚(正確には聞かなかったが、彼らは警察官で非番のようだった)が英語が話せるので、初めは彼が通訳の役目を果たしていたが、どっこい彼もよくしゃべる。彼らはまず、アルファベットを日本の表記ではどのように書くのかを知りたがり、一応カタカナを教えるとたいそう喜び、お返しと思ったのか、アラビア語とアルファベットの表記の関係を教えてくれた(メモ帳にびっしりと書いてくれたので、アラビア語の表記を知りたいという方はご連絡下さい)。彼らの質問は「イスラムをどう思うか」と堅いことから、私の年齢を聞いて「なぜ30歳過ぎていて結婚しない。なぜ彼女と旅行に来ないのか」というところまで及び、私の英語力では返事に窮するばかりであった。おかげで車内で退屈することはなかったが、景色が全然見られなったのは残念であった。
2時間後、スース着。駅から5分ほど歩けば世界遺産にも登録されているメディナがある。城壁で囲まれた町は狭い路地が方角も分からないように幾重にも重なり折れ曲がり、商店が所狭しと並んでいる。これぞアラブに来た実感。博物館に行きたかったが、この日は月曜日でお休み。代わりという訳ではないが、民間でやっているような展示館に入る。現地の暮らしの様子などを人形などで展示、若い(といってもひいきめに見て20代後半。実際のところアラブ人の年齢は分からん)おねえさんが英語で説明してくれるが、何言ってるのかちんぷんかんぷん(これは私の理解力に問題があるのだが)。入場料は2ディナール。ちょっと高いかな。
宿はメディナ入り口、ハシェド広場の向かいのホテル・ハドルメテに。13ディナール。少しうらぶれた感じだが、窓から町の様子もよく見え、悪くはない。そうこうしているうちに夕方。思えばこの日はまだ食事をしてなかった。ホテル近くのレストラン、ル・リドへ。チュニジアン・サラダとクスクスロイヤル、それからふだんあまり酒は飲まないのだが、ビールがあるので頼んで見る(というわけで味は分かりません)。つまみに出てきたオリーブの実の塩茹で(?)は初めはうまかったが、辛くていくつも食べられるものではなかった。チュニジアン・サラダというのは野菜を小さく刻んでゆで卵が添えられている。おなかがさすがに空いていたので、クスクスロイヤルが来るまでについついフランスパンをつまんでしまう。日本で食べるフランスパンといえば中までカリカリに焼いている気がするが、ここのは何がもっさりしている。柔らかいというほどではないが、歯にはありがたい(言うことがおっさんやのー)。やっとクスクスが来た。小麦粉が粒状になったうえに、多分羊の肉、ニンジン、ジャガイモなどがのって、クスクスの中でも一番高いだけあって豪華だ。トマトソースがもっとかかっているものと思っていたが、汁気が少なく、パンを食べ過ぎたせいもあるだろう、最後はベルトを緩め詰め込むのがやっとだった。腸詰めのウインナーだけはくさくて遠慮させてもらった。これで14.5ディナール。安いといえば安いだろう。