2014年3月号
【近つ飛鳥博物館、河南町、太子町百景】
今月の特集

ふたたびの挨拶

狂言風「猪突」

文庫本「賢治先生がやってきた」

「うずのしゅげ通信」バックナンバー
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「賢治先生がやってきた」には、 こちらからどうぞ


2014.3.1
ふたたびの挨拶

宮沢賢治は、童話「狼森(おいのもり)と笊森(ざるもり)、盗森(ぬすともり)」において、 あたらしい土地に入植する農民の、その土地への挨拶を、つぎのように描いています。

四人の、けらを着た百姓たちが、山刀(なた)や三本鍬や唐鍬や、すべて山の野原の武器を 堅くからだにしばりつけて、東の稜(かど)ばつた燧石(ひうちいし)の山を越えて、のつしのつしと、 この森にかこまれた小さな野原にやつて来ました。……
「どうだ。いゝとこだらう。畑はすぐ起せるし、森は近いし、きれいな水もながれてゐる。それに 日あたりもいゝ。どうだ、俺はもう早くから、こゝと決めて置いたんだ。」……
「よし、さう決めよう。」……
そこで四人(よったり)の男たちは、てんでにすきな方へ向いて、声を揃へて叫びました。
「こゝへ畑起こしてもいゝかあ。」
「いゝぞお。」森が一斉にこたへました。
みんなは又叫びました。
「こゝに家建ててもいゝかあ。」
「ようし。」森は一ぺんにこたへました。
みんなはmなた声をそろへてたづねました。
「こゝで火たいてもいいかあ。」
「いゝぞお。」森は一ぺんにこたへました。
みんなはまた叫びました。
「すこし木(きい)貰つてもいゝかあ。」
「ようし。」森は一斉にこたへました。
男たちはよろこんで手をたゝき、さつきから顔色を変へて、しんとして居た女やこどもらは、 にはかにはじやぎだして、子供らはうれしまぎれに喧嘩をしたり、女たちはその子をぽかぽか撲つたり しました。
     (宮沢賢治「狼森と笊森、盗森」より)

現在、そのほとんどの地域が帰還困難区域に指定されていている浪江町、 そこにはじめて人が住み始めたのはいつごろのことなのでしょうか。 そのとき、浜から上陸して森に踏み入った人々は、そこの森や野原に同様に挨拶したのでしょうか。

2月26日のNHKクローズアップ現代は、「”よりどころ”はどこに?〜原発避難から3年・浪江町の選択」と題して、原発によって避難を余儀なくされた浪江町住民の現状を伝えていました。
住民は、帰還をあきらめているわけではありません。浪江町がこれからどうやって存続してゆくのかが話し合われていて、たとえば廃炉業務の拠点として生き延びるという案や、 比較的線量の低い地域に町を集約化、インフラ整備をして、コンパクトシティといったものをまず造り、 そこから住める地域を広げてゆくなど、 いろいろな計画が議論されていました。
その番組を見ながら、私は、賢治が考えた入植の挨拶を思い出していました。 そして、今人影の消えている浪江町にふたたび住民が戻る日のことを想像せずにはおれませんでした。 一たびは町を去り、将来のいつの日か低線量地域に戻ってきた住民は、無人の町並みにどのような挨拶をするのでしょうか。

      「ふたたびのあいさつ」

浪江町の中にも放射線量の低い地区があります。もちろん、そこにはあの3.11当時のままの町並みが 残されています。
まずは、この地域をかぎってインフラ整備をし、住民を受け入れようというのです。
その計画に賛同する四人の老人が選ばれて、第一陣ということで、車でやってきました。
野球帽をかぶった髭面の農民らしい老人が最初に降りてきました。 「あのときのままだ。町並みも変わっていない。草ははえているが、空気の匂いはおんなじだ。」
「やっぱり浪江町の匂いはいいですな。」と、小柄の老人が応じました。
一人が線量計をとりだして放射線の値を計ります。
「どうだ、低いだろう。ここだったら健康被害を心配することなく暮らせる。 それに建物はまだ住めそうなのがいっぱいある。除染が手付かずの山からは遠い。 俺はもう早くから、着手するとすれば、ここしかないと決めてたんだ。」
と、髭面が嬉しそうに話しかけますと、もう一人の老人が、
「たしかにここしかないな。」と応じました。
「よし、決めよう。しかし、一度捨てて出て行ったようなもんだからな、あらためて挨拶を しとかないと……」
「挨拶か? たしかに……」
「では、Nさん、まず口火をきってください。あとは、揃えて叫びますから。」
「それでは、まず、わしから……」
Nさんは、ちょっと考えてから、大きく息を吸い込みました。
「大地を汚してごめん。」
他のメンバーは、ちらっと目を見交わして繰り返しました。
「大地を汚してごめん。」
しかし、二度の叫びが通り抜けていった町並みは閑散としたままでした。
「身勝手は承知の上だが……」とNさんは低くつぶやき、ふたたび息を吸い込んで、
「ここに戻ってきて、住んでもいいかあ。」とありったけの声で叫びました。
「ここに戻ってきて、住んでもいいかあ。」三人も続きました。
「いいぞお」
町並みがいっせいにこだまをかえしてこたえました。そんな気がしました。
みんなは互いにうなづきあって、笑いながらまた叫びました。
「ここの庭に畑起こしてもいいかあ」
「ようし」
あちこちの庭木が一ぺんに姿勢をただしてこたえたようでした。
「孫がやってきたら、ここの公園で遊ばせてもいいかあ」
「いいぞお」
ブランコや滑り台が一斉にひかりを揺らせました。
「ここに商店街を開いてもいいかあ」
「ようし」
古びた看板たちが一ぺんに色をきわだたせました。
彼ら先遣隊の最初の仕事はこれで終わりました。

クローズアップ現代を見た後の幻想を文章化すると、こんなふうなものができました。
浪江町が、どんな形であれ、一日でも早く復興することを願っています。


【補注】
「ふたたびのあいさつ」のことばを、上のような四つの内容にしたのですが、 あいさつのことばをもう一つ考えていたのです。しかし、結局採用しませんでした。どうしても 書きにくかったからです。

「ここの小学校に子どもたちを通わせてもいいかあ」
「いいぞお」
道路標識たちが一斉にこたえました。遠くから、校舎のバリトンの声も唱和しました。

これらの呼びかけが、なんの躊躇もなくできるときが早く来るようにと願わずにはおられません。


2014.3.1
狂言風「猪突」 −おのれ、憎(にっく)き原発屋敷−

また一本、新しい脚本を書き上げました。
狂言風「猪突」 −おのれ、憎(にっく)き原発屋敷−という奇妙な題をつけました。
原発事故を皮肉った劇で、一方的な被害者でしかない野生の動物たちから見ると、この事態は どのように見えているのかを表現したかったのです。
登場するのは猪たちで、猪(いのこ)大名、猪(い)太郎冠者、猪次郎冠者、猪三郎冠者、そして、 宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」の主人公である淵沢小十郎が加わります。
登場人物から推察されるように、劇は狂言風にしつらえてあります。
猪大名は、村から人影が消えてしまったわけ(理由)を調べるように、召使い三名に命じます。
彼らが探ってきたわけとは……、原発屋敷の秘密とは……。
話を聞いて義憤に駆られた猪大名は、ドンキホーテさながらに原発屋敷に猪突しようとします。
さて、どうなりますやら。
興味のある方は、こちらからご覧ください。

狂言風「猪突」
−おのれ、憎(にっく)き原発屋敷−


これまでにもいくつか原発を扱った脚本を書いています。
つぎのようなものです。

一人芝居(朗読劇)「雨ニモマケズ手帳」−宮沢賢治、原発を怒る−
:宮沢賢治が除染の計画書を書かせられるという話です。

プチ狂言「豆腐小僧は怖い?怖くない?」−原発の放射能で給食は大丈夫?−
:食べ物の汚染と給食、風評被害の話

落語劇「地獄借景 −核廃棄物最終処分場異聞−」(脚色版)原発のゴミをどこにもってゆくの?
:核廃棄物最終処分場を地獄にもっていったらどうなるか、という奇想天外な劇

狂言風「猪突」を加えて、これらの四つの脚本は、劇として上演できるように思います。

「雨ニモマケズ手帳」は別にして、他の三作は、内容的にもそんなに難しいものではありません。
そのほかに、原発にかかわる落語台本を何本か書いています。演じるのは難しいかもしれないと いう思いもあって「読む落語台本」と銘打っているものもありますが、 絶対に演じられないといったものでもないと思います。
原発をテーマにした落語は以下のようなものです。

落語台本(脚本)「還暦赤紙」−還暦の退職ぐみは原発に−
:還暦を迎えると赤紙が来て、原発の廃炉作業に従事させられるという話

プチ落語台本 「ちょっと長めのまくら『原発皮算用』」−首相みずから原発の買い付けに−
:日本の首相が米国のGEに原発を買いにいって、値切るという話

プチ落語台本 「原発は忍者屋敷!」−放射能って何ですねん?−
:原発事故や放射能の危険性を、ご隠居はどう説明するか

読む落語台本 「地獄借景 −核廃棄物最終処分場異聞−」原発のゴミをどこにもってゆくの?
:核廃棄物最終処分場を地獄にもっていったらどうなるか、という奇想天外な筋の落語

すべてメニューにあります。お暇なときにでも楽しんでいただければ幸いです。


2014.3.1
文庫本「賢治先生がやってきた」

2006年11月、「賢治先生がやってきた」を 自費出版しました。
脚本の他に短編小説を載せています。
収録作品は次のとおりです。
養護学校を舞台に、障害の受け入れをテーマにした『受容』、 生徒たちが醸し出すふしぎな時間感覚を描いた『百年』、 恋の不可能を問いかける『綾の鼓』など、小説三編。
 宮沢賢治が養護学校の先生に、そんな想定の劇『賢治先生がやってきた』、 また生徒たちをざしきぼっこになぞらえた『ぼくたちはざしきぼっこ』宮沢賢治が、地球から五十五光年離れた銀河鉄道の駅から望遠鏡で 広島のピカを見るという、原爆を扱った劇『地球でクラムボンが二度ひかったよ』など、 三本の脚本。
『賢治先生がやってきた』と『ぼくたちはざしきぼっこ』は、これまでに、高等養護学校や小学校、中学校、あるいは、 アメリカの日本人学校等で 上演されてきました。一方 『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、内容のむずかしさもあってか なかなか光を当ててもらえなくて、 はがゆい思いでいたのですが、 ようやく08年に北海道の、10年に岡山県の、それぞれ高校の演劇部によって舞台にかけられました。
脚本にとって、舞台化されるというのはたいへん貴重なことではあるのですが、 これら三本の脚本は、 読むだけでも楽しんでいただけるのではないかと思うのです。 脚本を本にする意味は、それにつきるのではないでしょうか。
興味のある方はご購入いただけるとありがたいです。
(同じ題名の脚本でも、文庫本収録のものとホームページで公開しているものでは、 一部異なるところがあります。本に収めるにあたって書き改めたためです。 手を入れた分上演しやすくなったと思います。『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、 出版後さらに少し改稿しました。いまホームページで公開しているものが、それです。)

追伸1
月刊誌「演劇と教育」2007年3月号「本棚」で、この本が紹介されました。
追伸2
2008年1月に出版社が倒産してしまい、本の注文ができなくなっています。
ご購入を希望される方はメールでご連絡ください。

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