個々人の間の秩序の維持

 集団としての戦略決定や内部利益の調整は、集団と個人との縦関係に働く統治権力として理解できます。その一方で、個人と個人との横の関係を適切に保つ働きも、統治権力の一つです。
 人間とは、自由な心と行動能力を備えた存在です。しかしながら、この自由に一切の制約もない、としますと、個人の利己心と利己心は常に衝突し、ホッブスが恐れたような、”万人の万人による闘争”状態に至ってしまいます。理想国家とは、個人の自由に何らの制限もない状態と考えられがちですが、現実には人間が集団をつくって生活を営んでいる以上、これは、まことに非現実な望みであり、利己的な願望とすらなりましょう。したがって、個々人は、自らの自由の範囲を相互に守るために、共通のルールを設け、それを順守することになるのです。他者の自由と権利を尊重し、全ての人々が、共通ルールを自発的に守っている限りにおいては、統治権力が介入する必要はありませんが、仮に、ある人が、この共通ルールを破りますと、他人の自由と権利を侵害した廉で、その人は、犯罪者となってしまうのです。
 このように、個々人の関係を律する統治の役割を、ここでは、個々人の間の公的秩序の維持と呼ぶことにします。また、個人間の競争が単なる闘争とならないように、ゲームのルールを決め、それを参加者全員に守らせる競争秩序の維持も、この役割に含めることにします。この横関係に働く統治権力は、深く個人の自由と権利の保障に結びついているのです。

             
          
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