†オリジナル小説†


【陽菜子さんの容易なる越境-海外ビジネス編-】


 第一話「おかえりと、またはじめよう」


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 コンサルタントとしての陽菜子さんの第一案が「廃業」だったのには私も学院長も少しばかり驚きました。
 ナチュラルに言われた。

「非日本語話者がほとんどいない今のこの地域の現状で、日本語を売るのは無理です。まずは現状のリソースで売れるものを必要とする人に売りましょう。ただし世界のために」

 学院長も私もある種の信念に基づいて日本語を教えていた訳なので、この言葉を頭で理解するのに一昼夜を要しました。

 控えめに考えても「変化」が必要とされていることが府に落ちたのは、久しぶりに明け方に一人で散歩していた時です。
 日に日に強さを獲得していく陽光の中に、散見されるのは解体されているビルディングに、大きくヒビ割れた道路。粉塵。瓦礫。少し内面に意識を向ければ、連日メディアで報道されている沿岸部の状況は、ここから車で一時間とかからない場所なのです。

 何かが、食い違っていると思いました。それは私が抱く理想と現実の乖離なのか、みんなが共有したいものと、それを阻む現実の壁との乖離なのか。ああ、これはたぶん同じ意味なんでしょうか。

 私も学院長もビジネスとしての日本語教育を諦めた訳ではないのですが、実際問題として生徒がいません。つまり、やること、中心的な業務がないのです。少しなし崩し的ではありますが、空いた時間を陽菜子さんの「作戦1」に使ってみることになっていったのはある種の必然でもありました。

 というのも、「作戦1」は簡単に言えば集客、お客さんを集めることだったので、今後のビジネスや業務がどうなっていくにしろ、必要なことだったからです。

 何を売るかも決まってないのに集客するというのはどういうことだそれは? という疑問が浮かびそうな行動ですが、不謹慎ながら人生上経験したことがない、この手探りの感覚は、大いに刺激的なものでもありました。


空間と、人と、日本語が学べる本があります。(寝泊まり可)


 これが、日本語と英語でWebと紙の広告で撒いた新しい集客広告のキャッチコピーの部分です。考えたのは陽菜子さん。

 結論としてこの広告で再び生徒さんがたくさん集まって、日本語教育の学院がそのままの形で復活したということはなかったのですが、集客効果がゼロでもありませんでした。

 一人、私の人生の中で最も印象に残ることになる生徒が、この広告を見てやってきたので。

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