†パープルタイズ†


【出題編】


  2/

「巫奈守です。巫奈守芙毬です」
 学生宿舎の入り口のインターホンの音声認識部分に向かって、芙毬が名乗る。
 同じリディの敷地内にある宿舎でも、高級宿舎に来たのは初めてだ。さすがはパープルタイ。住んでいる所も、認証がなければ部外者は入れない防犯仕様の高級宿舎ですか。建物入り口にはその名を記している「リディーエルコート」なんていうプレートもあったりして、学生宿舎というよりも分譲マンションといった雰囲気だった。
「巫奈守さんか。何?」
 やがてスピーカー部分から香源司さんの声が返ってくる。良かった。香源司さんが何処に住んでるかなんて今まで知らなかったので、WEBのクラスページ(勿論認証式)にアクセスして名簿ページを見て確認して来たのである。入力した部屋番号が合っていたみたいでホッとした。パープルタイと言えど、雲の上で霞を食べて生きているわけではなく、リディの中にちゃんと生活空間があるのだ。
「あ、あのね。バームクーヘンすごく美味しかったの。それで、私、夕飯のおかずみたいなのちょっと作ってきたんだけど」
 これは、向こうには芙毬の姿が見えているのだろうか。とりあえずインターホンに向かって持ってきたお皿を掲げてみせる。
 しばしの沈黙があったけど、やがてスピーカーは再び言葉を発してくれた。
「あがりたまえ」
 質量を感じさせる重低音と共に、入り口の自動ドアが開く。良かった。さすがに、ここまで来て追い返されてしまったとしたら虚しい。
 お金持ちのマンションに初めて潜入した一般人の風情でキョロキョロと小綺麗な高級宿舎内を見回しながら、芙毬は香源司さんの部屋に向かうのであった。
 
 ◇

 エレベーターで6階の部屋の前まで行くと、ジーンズに白のプルオーバーという爽やかな装いで香源司さんは迎え入れてくれた。当然だけれどパープルタイはしていない。パープルタイではない、ただの香源司さんがそこにいた。
「なんだ。ニヘラニヘラして、気持ち悪いな」
「えへへ、パープルタイの私生活、覗き見ちゃった」
 部屋に案内されると、そこには秘められた香源司ワールドが。
「意外と、ファンシー?」
 居間にそのまま備え付けのベッドに寄りかかってる、随分と大きいシロクマのぬいぐるみを指しながら芙毬が語りかけた。その他にも、敷いてあるカーペットの色はピンクだとか、本棚の上には女の子に人気な某ファンシーキャラクターがちょこんと座っているだとか、全体的に女の子女の子した空間である。
「悪いかね? どんな部屋を想像していたんだ、君は」
「なんか、すごい研究室みたいな部屋とか……リンガーラップ生成工場みたいな部屋とか……」
「どんな女子高生だ、私は。君、勘違いしてるようだがね、私がやってるのは理論だよ? 実際に私が労働の末にリンガーラップを作ってるわけじゃない。私のビジネスは、パソコン一台あれば十分なのだよ」
 そういって香源司さんは理論と実践の違いを簡単に説明してくれた。まあ、ビジネス一般に写像してリディの授業で何回か聞いたことがあるような話ではあったけど。
「なるほど、これが日々リンガーラップ関係でお金を生み出しているパソコンってわけね」
 芙毬が窓際のスペースに陣取っているいかにも高性能そうなパソコンにちょっと触れて言う。
「言っておくけど、パソコンの電源は入れちゃだめだぞ。人の部屋をどう評しようと一向に構わないが、それだけはNGだ」
「エッチな画像とかいっぱい入ってるから?」
「君はストレートだな。そうだよ。じゃなくて! 契約で外に出せない情報なんかも入ってるんだよ。勿論ロックはかけてあるが」
 一人ノリ突っ込みまで披露してくれた。昼間のリンガーラップによるメッセージといい、この辺りで芙毬は確信した。
「香源司さん」
「なんだ」
「実は面白い人でしょ?」
 美しいお顔で髪を掻き上げる仕草を見せる香源司さん。
「さてね。面白いとか、面白くないとか、自分で名乗るものじゃないし。他人による主観の産物だからね」
 おお。一瞬パープルタイに戻ってる。
「さあ、バカなこと言ってないで、作ってきてくれたというものを温めよう。何?」
「チンジャオロース。ごめんね、簡単で。でも出来合いのソースを使ったやつじゃなくて、ちゃんとコンソメとか混ぜて自分で作ったんだよ」
「それは結構」
 そう言ってキッチンスペースにある電子レンジに向かってお皿を持っていこうとしたので、芙毬が静止した。
「何?」
「せっかくだから、リンガーラップで温めよう」
「しかし君、このお皿、既に普通のラップがかかってるじゃないか」
「この際、多少の地球環境保護的視点は保留させて頂こう? 香源司さんの発明品のこと、もっと知りたいの」
「しょうがないな」
 そう言って棚からラップを取り出す。さすが、発明者のお宅。キッチンに標準装備のラップがリンガーラップのようだ。
「これ、どうやって録音するの?」
「簡単だよ。一定間隔でボタンみたいな赤い丸が付いてるだろう? そこに指を触れてる間は、録音モードになる。その後は、隣の青い丸を指で触れれば再生になる。指紋とか、体温とか、人間の指と識別されるもので認識してるんで、箸とか棒とか、無機物で触れても再生はされないよ。まあ、アクシデントで何かが接触するたびに再生されちゃ騒がしいからね。その防止さ」
 なるほど、昼間のモダの見解は当たっていたらしい。
「じゃあ、私が録音していい?」
「無論だ」
 ラップに付いている赤い丸に人差し指を当ててみる。これでいいのかな。
「えーと、コホン。あなたが重要だって……」
 香源司さんと視線が合う。
「どこかで誰かが思ってる!」
 しばし沈黙する空間。
「なんだね、それ?」
「エヘヘ。私が好きなアニメの主題歌の一フレーズ」
 思わず、そんな言葉を録音してしまうほど、芙毬は現在上機嫌だった。香源司さんって、面白い!
 
 ◇

「どうして学校ではクールぶってるの?」
 芙毬が持参したチンジャオロースに、香源司さんが自分の夕食用に作りかけていたカボチャの煮物やお味噌汁諸々(和食だ!)を付け合わせて二人でお話しがてら芙毬が尋ねた。
「君、何か勘違いしているようだがね。私はクールぶってるのではなく、人一般よりはだいぶクールなのだよ」
 お味噌汁をすすりながら香源司さんが答える。ちなみに食事はフロアと隣接するキッチンスペースとの境に置かれた小さなテーブルに椅子を二脚並べて食べている。
「でも、学校ではいつも一人で本を読んでるじゃない?」
「まあ、人間関係云々が煩わしいというのはある。少し身を引いて『人々の焦燥(しょうそう)のみの愁(かな)しみや』といった気分に浸るのも悪く無い年頃なのだよ」
 やはり、香源司さんは何やら言い回しがユニークだ。その語り口を聞いているだけでついニヤニヤとしたくなってしまう。
「それがまた何でバームクーヘンを作ってきてくれたの? 人間関係に目覚めた? キャラ変えようとでも思った?」
「それはだね」
 香源司さんが箸を置いて真正面から芙毬を見て答えた。
「昨日、鞄と本を持ってきてくれたのが、他ならぬ君だったからだよ」
「???」
 芙毬は意図を理解しかねる。どうでもいいけど、随分と直に目を見て話すので、ちょっとドキドキする。
「つまりだね。君のことは随分と前から気になってた」
 エー!
「そ、それはどういう……」
 ドギマギしながら芙毬も箸を置く。
「落ち着きたまえ。おそらく今君が想像してるようなことではまったくない。私は至ってノーマルな女子高生だ」
「それじゃ何。私こそ、至って普通の女子高生のつもりなんですけど! 空手。空手なの! そんなに空手少女が珍しかったの!」
 テーブルに肘をついて手を組み、手の甲に顎を乗せてこっちを見ている香源司さんの表情からは中々真意が読みとれない。
「いやね、気になっていたのは、君の外見だよ、巫奈守さん」
 既に自分でもよく分からない驚きのポーズを芙毬は取っている。 「外見! マジですか? 私、美少女でもなんでもない……とまでもいかないというか、結構いい線行ってるんじゃん? みたいな自覚は無きにしもあらずと言えなくもないかもしれないけど! 空手道場では紅一点っていうかマスコット的になっちゃってるかなーなんて思っちゃってたりはするけど!」
 実際、これまでの人生、異性からはモテた方だと自分では思ってる。その辺りはお母さん。可愛く生んでくれてありがとう。
「いや、顔は関係なくて」
「関係無いの!?」
 もう何がなんだか分からない。これではただ、自画自賛の言葉を口にしたイタイ人になってしまう。
「君は、小柄だろう?」
「小柄フェチ?」
「君はもう少し考えて喋りたまえ」
 香源司さんは席を立って、ほら、という仕草で芙毬の服の袖をひっぱる仕草を見せた。
 促されるままに芙毬も立ち上がる。
 ベッド脇の大きめのスタンドミラーの前に連れて行かれる。
 そしてそのまま香源司さんと仲良く鏡に映ってみる。
「私も、小柄なのだよ」
 しばし、スタンドミラーを凝視してみる。黒いスカートに白いシャツ。上から黄色いテーラージャケットを羽織っているというスタイルの芙毬がそこには映っていたが、それだけじゃない、隣には香源司さんが……と、そこでハっと気付く。
「ほら、身長とか」
 水平にかざした手を頭に当てて、身長を比べる仕草をする香源司さん。
「本当だ。似てる」
「身長なんか、ぴったりなんじゃないかね? あとは体型とか」
 ちょっと切り目の香源司さんと、お目瞳ぱっちりの芙毬。短い髪をカッコよく乱してる香源司さんに、長めの髪を後ろで結んでる芙毬。そういった違いはあるのだけれど、身長、体型といった、大まかな雰囲気を作り上げる部分が確かに芙毬と香源司さんは似ていた。
「ね? 何か、初めて見た時から、あの娘私に似てるなーって。そういう意味で気になっていたんだ」
 小さな感動が胸に渦巻いていて上手いリアクションが思い浮かばなかったので、とりあえず思ったことを口にしてみる。
「これは……」
「これは?」
「ペアルックとか着たら映えるね!」
 天下のパープルタイと自分が似ているという発見の驚きと、感動を、ここで一句、みたいな気持ちでストレートに表現してみた。
 そうしたら、香源司さんは腕を組んで、何だか悩ましげな表情を見せてさらりとこう答えた。
「というか、今更似合うも似合わないも、私達、基本制服だから、万年ペアルックみたいなものじゃないかね?」
 なるほど、それはその通りだと芙毬は思った。
 
 ◇

 翌、日曜日の朝は、マナーモードにしていた携帯の振動音で目が覚めた。
 セットしていた携帯の目覚ましが鳴ってるのかな? と思って寝ぼけ眼のまま携帯のディスプレイを眺めてみると、「着信・香源司由咲」という文字が目に飛び込んで来たので驚いた。昨日、別れ際に携帯の番号を交換して、芙毬と香源司さんは一レベル仲良し度がアップしたのであった。
「ふぁい?」
 動揺と共に一気に目が覚めたような、やっぱり半分寝ぼけてるような混乱した頭のまま、とりあえず通話ボタンを押して電話に出てみる。
「やあ、巫奈守さん。その様子だとまだ眠っていたようだね」
「あははははは」
 とりあえず笑って誤魔化してみる。
「今、何時?」
「時間? 朝の八時ちょっと前だが」
 なんだ、別に芙毬が遅いというほどの時間ではない。
「なーんだ。びっくりしたよ。もうお昼とか、そんなオチかと思った」
「私は特にオチを期待してクラスメイトに電話をかける趣味はない」
「はいはい。それで、何か御用? 朝から私の声が聞きたくなった?」
 しばし受話器の向こうが沈黙する。照れてる?
「巫奈守さん、私は毎朝四十分の散歩を日課としてるのだが」
「うん。健康的だね」
「今、まさに散歩の最中なわけだよ」
「うんうん」
「それで、これから君の部屋に行ってみることにした」
「うん?」
 しばらく香源司さんの言葉が意味として頭に入ってこない。何か、香源司さんと話しているとたまにこんな現象が起こる。
「つい今しがたなんだがね、私の部屋だけ君に見られているというのはひどく不公平のような気がしてきたんだ。昨日、突然私の部屋を訪れておいてまさか嫌とは言うまいね? 世の中はギブ&テイク、あるいは対価の原理で回っているとは思わないかね」
 ようやく香源司さんの言ってることが分かってきた。サプライズ訪問! いや、一応こうやって電話でアポを取ってるわけだから、いきなり訪問した昨日の芙毬よりは常識をわきまえているということになろうか。
「君の宿舎と部屋番はWEBの名簿で調べたよ。情けだ。三十分与えよう。それじゃ、本当に行くんでヨロシク」
 そう言って電話が切れた。
 ベッドから飛び起きて、さて身だしなみをどうにかするべきか部屋の片付けをするべきかと頭を働かせる。寝起きから、いい頭の体操だ。というか、これ、十分オチ付っぽくない?
 
 ◇

「もう五月だというのにコタツか」
 さっそく突っ込まれた。
「まあ、北国の冬は長いというか、このぬくぬく感が惜しいと思ってるうちに片づけるのが延ばし延ばしになって未だ現役というか」
 突っ込まれそうなんでコタツを片づけようか寝起きの外見をどうにかしようかと迷ったあげく、外見を優先したんだよ。かろうじて、顔は洗った。歯も磨いた。髪もすいた。ジーンズにトレーナーを羽織っただけだけど、パジャマでのご対面は回避した。香源司さんもジーンズにロゴT、ピンクのジャケットのみというカジュアルな格好だから十分だろう。
「髪、下ろしてると新鮮だな」
 ああ、いつもは結んでるからね。間に合わなかった原因は三十分しか時間をくれなかった香源司さんだけどね。
「香源司さんはギャップ萌え?」
 一瞬、怪訝な顔をする香源司さん。
「ギャップモエって何?」
「はわわ。何でもない何でもない」
 違う違う。寝起きでまだ頭が働いて無いせいか、モダ的言語を発してしまった。何か、セッチャンみたいな言葉まで口にしてるし。いかんいかん。
「何というか、普段より少女少女しく感じられるよ。さあ、あげてくれたまえ。コタツ、別に非難してるわけじゃない。せっかくだから私もあたりたいよ」
 そう言ってコタツに潜り込む香源司さん。
「はい」
 何やらタッパーが渡されたんで開けてみる。
「おお、サンドイッチ」
「お手製だよ。朝食がまだだったら一緒に食べようと思ってね」
「あれ? 散歩の途中に気まぐれで来たんじゃなかったの?」
「あれは嘘。WEBで住所調べて来たって言っただろう? 最初から来るつもりだったの」
 なるほど。それは嬉しい。サンドイッチも嬉しいし、部屋まで遊びに来てくれたのも嬉しい。万全の状態でお迎え出来てたらもっと嬉しかったけど。
「いい部屋だね」
「そう? 高級宿舎の香源司さんの部屋には及びもしませんけど」
 玄関から入るとすぐにキッチン。あとはお風呂とトイレのスペースを除くと、メインで使える部屋が一部屋だけ。収納スペースは別にあるから衣服なんかはそこに置いておけるけど、ベッドやらパソコンやらが一部屋に詰め込まれてる感じは窮屈と言えば窮屈だ。でもまあ、学生のうちから贅沢するべからず。リディの学生って、基本はお金持ちの子ではなく、これからビジネスを起こしてお金持ちになるかもしれない子ってだけなんだから。
「簡素でいいよ。こういう部屋の方が集中できるものだよ」
「そう?」
 しかしまあ、部屋の利点欠点はともかく、コタツもともかく、比較的部屋が片付いてる時に来てくれて助かった。何かしら、失態を犯したというレベルは回避できただろう。
 と、そんな安堵感を覚えかけた時にイレギュラーな事態は起こった。
 ベッド横、コタツに座っている香源司さんからすると丁度真正面にモニターが来る位置に陣取っていたデスクトップパソコンが、急に動作音を発し始めたのである。
 立ち上がるテレビ視聴ソフト。及び、テレビ録画ソフト。
「何?」
「いや、見なくていい見なくていい! パソコンは見なくていい!」
 誤算。そういえば今、日曜の八時半か。
「エッチな画像とかいっぱい入ってるから?」
「やだ香源司さんストレートね。その通りよ。じゃなくて! はわわ。予約録画セットしておいたんだよー」
 うちのパソコン。予約しても録画時に番組再生しながらじゃないと録画できないんだよね。
―Dream&Love♪Dream&Love♪―
 主題歌が流れ出してオープニングも始まってしまったのでもう言い訳もできない。誤魔化すために他のチャンネルに変えて一話を棒に振るには、この作品には愛着がありすぎるのだった。
「ごめんなさい。少女アニメです。毎週見てます」
 
 ◇

――儚(はかな)き閃光の夢! セントドリーム!
――標(しるべ)無き悠久の愛! セントラバー!

――「「ユメもアイも、磨けば光る!」」

 ……というわけで、香源司さんが見ると言うので、一緒に少女アニメを見る運びとなった。現在お子様達に大人気、ユメとアイという二人の少女が活躍する、友情変身バトル活劇少女アニメ『ユメもアイも磨けば光る』である。何を隠そう、途中からハマって最初の方が気になり、モダにダビングして貰ったのもこのアニメである。モダはユメちゃんが好きだと言っていたが、芙毬はユメちゃんもアイちゃんもどっちも愛おしくてどちらかを選んだりはできない状態だったりする。
「最近のアニメは、絵が凄まじく綺麗だな」
「ね! 私も久々にこの『ユメアイ』でアニメを見たときは驚いたよ」
 意外と、真面目に見ている香源司さん。二人、コタツの一方のサイドにちょこんと並んで座って、モニターに見入っているという図になった。
「あ、ホラ、このアイちゃんが戦う所がね、空手を使って戦うって設定で、実際の空手の動きを忠実に再現してるんだよ。私がハマったきっかけもそこかな」
「ユメちゃんの方は?」
「ユメちゃんは手からビーム出したりして戦う」
「何か、ユメちゃんの方が強そうだな」
「でも、やっぱり二人で協力しないと敵は倒せないんだよ」
 適当に感想を言い合い、時々芙毬が解説してるうちに、終盤になった。
 が、ここでハプニングが起きた。画面がノイズ混じりで乱れ始めたのである。
「あれー、おかしいな?」
 コタツから抜け出してパソコンに手をかける。
 いい所なのに、と思ったので、エイっとモニターを叩いてみる。
「ちょ、何をやってるんだ君は。旧式のテレビじゃあるまいし。パソコンは精密機器だよ。『叩けば直る』みたいな都市伝説を素で実行するのはやめたまえ。私が見てみるよ」
 そう言って香源司さんがコタツから出てきた所で、バトンタッチの前に最後の一撃と、軽くチョップしてみる。
「「あ……」」
 画面が直った。
 ちょうど立ち上がった香源司さんと、立ったまま並んでモニターに見入る。
 手を繋いだユメとアイが、蒼天の空にフェードアウトしていく映像だった。
 画面が乱れてる間も音声だけは聞こえていた。今回のお話は、すれ違いから不和になってしまい力が出し切れなかったユメとアイが、お互いを思いやる心で和解して敵を攻略するという、友情の再構築劇だった。
「ふーん」
 エンディングが流れ出した所で香源司さんが言った。
「中々、いい話じゃないか」
 芙毬もそう思った。なんだか丁度いいタイミングのように思われたので、芙毬は香源司さんの肩に手をかける。
「香源司さん、これで、私とあなたは『ユメとアイ』で結ばれたわ」
「どんなご縁だ、それは」
「だから、これからは由咲ちゃんって名前で呼んでいい?」
 精一杯熱烈な視線を送って聞いてみた芙毬に対して、香源司さんは怪訝な表情を浮かべる。
「ダメ? お互いパソコンの中身を見せ合った仲じゃない」
 正確には、芙毬は香源司さんのパソコンの中身は見てないけど、なにやらお仕事の重要なデータが入ってるんだということは分かっているので、まあ似たようなものだ。
「まあ、構わないが……」
 短いような長いような沈黙の後、ようやく香源司さんが答える。いや、同意の言葉が聞けたということは、香源司さん改め由咲ちゃんがそう答えてくれた。
「ありがとう、私のことも芙毬って呼んで! フマリンとかでもいいよ!」
 再び怪訝そうな顔を見せる由咲ちゃん。
「フマリンはあり得ないだろ」
 おわ、強く否定された。適当に言ってみただけだけど。
「芙毬は、外見も趣味も語彙も、何だか少女趣味的なのだな」
 初めて名前で呼んでくれた由咲ちゃんは、そんな感想を述べてくれた。
 あの、その通りかもしれないけれど、少女アニメの件は学校では黙っててね?
 
 ◇

 『ユメアイ』が終わった後は、なんとなく、一週間のニュースを総括し、様々なトピックでコメンテーター達が議論するという報道番組を二人並んで流し見た。饒舌(じょうぜつ)な口調で今日も評論家がダメだダメだと世の中を糾弾(きゅうだん)している。
「どうしてこの人達は悪いことばっかり言うんだろうね。世の中、楽しいこともいっぱいあるのにね」
「ニーズがあるからだろ。この前授業でやっただろう。人々が欲しているものを与える、それがビジネスの基本だって。皆、どこかで誰かをメチャメチャに糾弾してやりたいのさ。彼らはそんなニーズの代弁者。テレビを見ながら、そうだそうだ、アイツのせいだ、アイツが悪い! って何かを罵倒して、気持ちよくなってる人が沢山いるってことじゃないのか」
 コタツのテーブルの上で両手を組んだまま、至って冷静に由咲ちゃんが語った。
「なんだか悲しいね」
 本当に悲しい気分になってしまったので、もう、テレビを消したい気分になってしまった。
「悲しくとも、それが我々が相手にしなければならない世界だよ」
 我々が、とは、リディの生徒たるもの……という意味だろうか。人々のニーズを満たすビジネスを作り出して、お金という名の力を加速させるために勉強しているリディの生徒としてという。ああ、でも、由咲ちゃんは悲しいって同意してくれてる。そのことが、無性に芙毬には嬉しかった。
「中学校の修学旅行の時ね」
 ちょっと嬉しいと思ったのに、なんでこんな悲しかった話をするんだろう? と自分で思いながら、口からちょっとだけ昔の話が自然に出てきた。
「夜に打ち明け話ってするじゃない? それこそ恋話(こいばな)とか」
 真横の由咲ちゃんの方に視線を送ったけど、由咲ちゃんはモニターの方を見たままだった。
「私の同意を求める必要はないよ。続けたまえ」
「うん、あのね、その時将来の夢の話になったんだけど、私、皆があんまりにも絶望してることにビックリしたの」
 そこまで話しても由咲ちゃんが何も表情を変えないので、そのまま続けることにする。
「もうこの世界はダメだからとか、頑張ったって無駄だから努力するより楽に生きたいとか、皆そんなことばかり言うの。私、最初は皆冗談で言ってるのかなって思ったのに、段々と実は皆本気で言ってるんだって分かって、すごく怖くなった。私の知らないうちに、皆姿だけそっくりな宇宙人と入れ替わっちゃったんじゃないかってくらい、私にはそれが信じられなくて」
 由咲ちゃんはコタツから出て、テレビを消すよ? というジェスチャーをした。異論が無かったので芙毬も頷いた。
「それで君はその友人達への当てつけにリディへとやって来たわけか。私は絶望してない。ビジネスオーナーになってあなた達とは違うってことを見せてやる! ……と」
「ううん。そんなつもりは無かった。でも……、世界はダメなんかじゃないし、頑張ることも努力することも意味があるんだって証明したかった。だから、リディに来たのかな?」
「私に聞かれてもね。だが、私には君の友人達が言っていたということも分かるような気がするよ、ただ……」
 由咲ちゃんが知った手つきでキーボードを叩いてテレビ視聴ソフトを終了させた。後には、見慣れたOSの画面だけが残った。
「……ただ、私はそれでもリディに来た。そこだけは君の昔の友人達と違う所かな」
 その時は、由咲ちゃんのその言葉が彼女のどんな気持ちに基づいて発せられたものだったのか芙毬には判断しかねた。
 ただ、リディには色んな人の色んな気持ちが渦巻いているんだと、そのことを新たに理解した気がした。

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