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「ここは・・・?」
見知らぬ部屋で目覚めたアンジェリークは、はじめ自分がどこにいるのかわからなかった。
「リュミエールさん?」
水色の髪の優しい目をした人の姿が見えず、アンジェリークは心細くなった。
アンジェリーク、自分の名前。それはわかった。だが、自分は何者なのだろう。
どうしてリュミエールと一緒にいたのだろう。彼は何者なのだろうか。
頭の中に霧がかかったようにハッキリしない。
「リュミエールさん」
声を出して言ってみる。何かが違う気がする。自分はどんなふうに彼のことを呼んでいたのだろう。
彼がいないとどうしてこんなに不安なんだろう。

ドアの辺りに人の気配がしてノックの音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
「ああ、お目覚めでしたか。おひとりにしてしまって申し訳ありませんでした」
リュミエールの姿を見て、アンジェリークは心から安堵した。
「いえ、今起きたばかりですから大丈夫です」
「そうですか。よく眠れたようですね。良かった」
微笑みが自分に向けられている。そう思っただけで暖かい気持ちが身体中を巡っていく気がした。
「良い話があるのです。お仕事をいただけたのですよ」
「お仕事?」
「バイオリン弾きです。明日、町長さんの息子さんの結婚式があるのですが、 そこで演奏する楽団の一員にくわえていただきました。怪我をされた方の代わりですから、 臨時雇いのようなものですが、仕事があれば宿代もお支払いできます」
「あの、リュミエールさん、バイオリンが弾けるんですか?」
「ええ、いつもはハープを弾いていますが、昔はよくバイオリンを弾いたのですよ・・・。 アンジェリーク、何か思い出したのですか?」
首を傾げてリュミエールが聞いた。
「いいえ、何も・・・。あ、でも、良かったですね。私も頑張らなくちゃ」
「あ、あなたはいいのですよ。私にお任せください。あなたに苦労はかけませんからね」
「大丈夫です。眠ったらすっかり元気になりました。私も自分のできることをやってみます」
「・・・やはりあなたは・・・。いえ、何でもありません。くれぐれも無理はなさらないでくださいね。 ・・・これから明日のリハーサルがあるのです。遅くなると思いますので先に休んでてください」
「わかりました。リュミエールさんの方こそ無理はしないでくださいね」

にっこり笑って出ていくリュミエールを見送りながらアンジェリークは決心した。
思い出せない過去のことを思い悩むのは止めよう、と。彼と自分がどのような関係であったなどは、 今の私たちにはどうでもいいこと。リュミエールはこれからのことを考えてくれている。 彼と一緒なら何も怖いものは無いような気がする。
それに、とアンジェリークは思った。
なぜ記憶がないのか、それを考えるのが怖かった。思い出せないのではなく、思い出したくないのではないか。
「ふぅ」
アンジェリークは大きく息をはいて、背筋を伸ばし、階下へ降りていった。自分のできることを探すために。


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