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「おはようございます。リュミエールさん」
アンジェリークの明るい声に目覚めたリュミエールは、自分がベッドに寝ていることに気づいた。 宿屋のおかみさんの厚意で借りている部屋にはベッドはひとつしかない。
「おはようございます。・・あの、アンジェリーク、私がベッドを占領してしまっていたのですか」
昨夜は遅く帰ってきて、そのまま倒れるように眠ってしまったのだ。
「大丈夫ですよぉ。えっと、その、狭かったですか?」
「?」
わからない、というふうに首を傾げてじっと見つめる水色の瞳にアンジェリークはドキドキした。
「あ、あのですね、昨日は私、おかみさんのお手伝いでお皿洗いとか、結婚式の料理の下ごしらえとか、 いろいろお手伝いしてて、その、お手伝いってゆうか、何かお邪魔ばっかりしてたみたいで悪かったなぁ、 なんて・・・。そ、それで、疲れちゃって、リュミエールさんの帰りを待つつもりだったのにいつの間にか寝ちゃってて、 あの、だから、その、・・・」
「ベットで眠ってらっしゃったのですね。それなのに私が・・・。申し訳ありません。 昨夜は遅くなってしまって・・・ああ、言い訳にしかなりませんね。何と言っていいか・・・」
「いいんです。気にしないでください。そういうふうに言われると恥ずかしくなってきちゃいます」
「でも・・・」
「本当に気にしないでください。あ、そうだ、こんな事言ってる場合じゃないです。今日は忙しい日になりますよ。 リュミエールさんもバイオリンを弾かなきゃいけないし、私も結婚式の手伝いとかあるんです。 えっと、先に降りてますね。仕度を手伝って来ます」
アンジェリークはこれだけ言うと、足早に部屋を出ていった。

「ほぅ」
リュミエールは、小さな溜息をひとつつき、身支度を始めた。
どうもいけない。気が緩んでいるのか、それともこの事態に甘えているのか。
ともかく、アンジェリークを傷つけることだけは避けなくては。もう決して泣かせるようなことがあってはならない。
彼女を護ろう。この身に代えても。いつか彼女の記憶が戻り、別れなくてはいけなくなっても、この想いは変わらない。
リュミエールは衣装を整え、階下へ降りていった。

「おはよう。アンジェリークなら結婚パーティの準備で先に行ってもらったよ。 さ、あんたも早いとこ食べて行った方がいいよ。団長さんがお待ちかねさね」

∞♥∞

結婚式は小さな町にしては盛大なものだった。
開放された気持ちのいい庭に司祭を招いての挙式の後、テーブルには溢れんばかりの料理が並べられた。
おそらく町中の人が集まってきているのだろう。アンジェリークは休む間もなく、あちらの皿を下げ、 こちらの皿に料理を盛り、慌ただしく働いていた。時折どっと起こる笑い声の合間には 楽団の演奏する曲も聞こえてきたが、どれがリュミエールが奏でるバイオリンの音か 聞き分けられるはずもなかった。
新郎新婦は人々の祝福を受けて新婚旅行へと出かけ、山と盛られた料理もあらかた平らげられ、 パーティもそろそろお開きという頃、お皿を片付けていたアンジェリークの前に人影が現れた。
「大忙しでしたね」
見上げると、白の燕尾服に白のアスコットタイという出で立ちのリュミエールが微笑んでいた。 髪は後で無造作にまとめられている。
「リュミエールさん? わぁ、素敵ですね。それって楽団の衣装ですか?」
「ええ、特に今日は結婚式ですし、正式な服装をということでお借りしたのですよ」
「お仕事は終わったんですか?」
「終わりましたよ。あなたの方はまだかかりそうですね。お待ちください、着替えを済ませたらお手伝いしますから」
「そんなぁ、大丈夫ですよ。それより、リュミエールさんのバイオリンが聴けなかったのが残念だったな」
「そうでしたか。ではいつか機会があればお聞かせいたしますね」
「うふっ、楽しみにしていますね。・・・あ、楽団員の皆さん、帰るみたいですよ」
遠くで楽団員たちがそれぞれの楽器を仕舞い、椅子を片付け始めている。
リュミエールはアンジェリークに小さく会釈してその場を離れ、皆と一緒に片付けを済ませて帰ってしまった。
アンジェリークはしばらくうっとりと立ちつくしていたが、山と積まれた皿のことを思い出し、軽く頭を振って仕事に戻った。

忙しかった一日が終わり、アンジェリークは部屋に戻って、まだ帰らぬリュミエールのことをぼんやり考えていた。

コンコンコン

少しせわしげなノックの音が聞こえた。
「はい、あ、リュミエールさん・・・。あ、あの、ど、ど、どうしたんですか??」
「アンジェリーク、あなたに会えなくて淋しかった」
扉を開けるなりアンジェリークに抱きついてきたリュミエールが耳元で囁く。
息が酒臭い。
「もぉ! リュミエールさんてば、酔っぱらってるんですね。ダメですよぉ、 こんな所で寝ちゃ。はい、ベッドはこっちです」
「アンジェリーク、側にいてください。いつも、いつまでも。お願い・で・・す・・・」
リュミエールはここまで言うと、そのまま寝息をたてて眠ってしまった。


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