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(4)

リュミエールとアンジェリークが仲良くお弁当を食べている頃、ファイヤ王国の第一王子オスカーは従者のランディと共に馬を走らせていた。
アクア王国の第三王子がファイヤ王国入りしたとの情報を得たのが昨晩のこと。
昔からの大貴族とはいえ、今は庶民同様のコレット家の娘との縁談が持ち上がった時、オスカーは黙ってその縁談を受けたが、今までの女性関係を清算することもなく、 およそ婚約者のいる男とは思えぬ生活を続けていた。
まさか第一王子の自分が振られるとは思ってもいなかったのだろう。
コレット家から婚約破棄の書状が内容証明付きで届けられ、時を置かずアクア王国からコレット家へ第三王子婿入りの打診があったと聞いて、オスカー王子は初めて慌てた。
庶民の娘になどはさして興味もないが、リュミエール王子に取られるのだけは嫌だった。
オスカー王子とリュミエール王子は年が近いこともあり、何かと会う機会が多かったが、そりが合わないというのか、性格が正反対だと言うことか、一緒にいても仲良くなるどころか、時が経つほどに反目しあうようになっていた。
そのリュミエールが自分を振った女と一緒になるなど絶対に許せなかった。

「オスカー様、そろそろアルカディアです。チャーリー様の情報に寄ると、リュミエール王子様は中央広場に近い宿を取っていらっしゃるそうです」
「ああ、わかった」
ランディの言葉にオスカーは頷いた。
従兄弟のチャーリーは顔が広く、必要な情報をあっという間に集めてくれるのだ。
勿論、只というわけにはいかなかったが、その速さと正確さは折り紙付きだった。

街の入り口に馬を繋ぎ、水とまぐさを用意して労をねぎらっている時、チャーリーが悠々とこちらに歩いて来るのが見えた。
「よっ、やっとのお越しやな、オスカーはん」
「チャーリー、その‘オスカーはん’は止めろって前にも言わなかったか?」
チャーリーは叔父の息子、つまり、オスカーの父である現国王の弟の子供だったが、任地が商業都市だったせいか話し言葉が少し変わっている。
「へい、へい。何や、えらいおかんむりやなぁ。最新情報を直に教えてあげよ思て来たんやけどな」
「どんな情報だ?」
「元婚約者殿の居所」
「知っているのか? どこだ?」
「教えてもええけど、今行くのは止めた方がええんちゃうかな。野暮は似合わんでしょ?」
「どういうことだ?」
「リュミエール王子と一緒らしいってコトですわ」
「あいつ、もう・・・?」
「なっ、速攻やろ? オスカーはんくらい手ぇ早いんはいてへんて思てたけど、まだ上がおったんや」
心配そうにふたりのやりとりを聞いていたランディが口を挟んだ。
「チャ、チャーリー様、それはオスカー様に失礼ですよ」
「ホンマのコトやん。せっかくファイヤ王国が由緒正しいコレット家と縁続きになって地位も名誉も手に入れるハズやったんが、オスカーはんの浮気心で台無しになってしもたんや。 王様が怒るのも当たり前ちゃう?」
「父王の事は言うな」
「昔はどうあれ、今はたかが庶民の娘って侮ってたんでしょ? あーあ、婚約期間中くらい我慢でけへんかったんかなぁ」
「うるさい!」
「そんなんやから、アクア王国に上手いコトやられてしもて・・・・」
オスカーが剣に手をやってチャーリーを睨む。
「わっ、そない物騒なもんに手ぇかけるのやめて! ほら、情報提供者の坊ちゃん達がビックリしてるやん」
そう言われて、オスカーは初めてチャーリーの後ろにいるゼフェルとマルセルに気付いた。
「お前達は?」
剣から手を離し、仏頂面で聞く。
「えっ? あ、えっと、僕たちアルカディアに住んでいる、マルセルって言います。こっちはゼフェル。その、コレットさん家のアンジェリークの友達です」
緊張しながらも丁寧に答えるマルセルを押しのけ、ゼフェルが前に出た。
「おい、おめー王子だろ? だったら教えろよ。なんでアンジェリークなんだ? 昔は大貴族だったって聞いてるケド、あいつはふつーの庶民だぜ? それを何だって第一王子だの、アクア王国の王子だのがこぞって嫁に欲しいなんて言ってンだ?」
「おい、何だその口のきき方は? 第一王子オスカー様の面前だぞ?」
「おめーこそ何だよ? 王子の腰巾着なら、ちゃんと主人の素行に気を付けるンだな」
「何ぃ!?」
「はい、はい、ケンカはアカンよ。ゼフェル、やったっけ、あんた、ホンマに知らんの? 友達なんやろ?」
「何でも知ってンのが友達なのかよ?」
ゼフェルがムッとして答える。
「あははは、こりゃ一本とられたわ。ええわ、教えたる。あんたら、<天の女王様>がどうやって選ばれるか知ってる?」
急な展開にゼフェルとマルセルが目を丸くした。
「えっと、確か、<天の女王様>のお力も永遠に続くわけじゃなくて、何百年とか、何千年経つと誰かと交替しないといけないでしたよね。 <天の女王様>のお力が弱まると、どこかの国で次の<天の女王様>の素質のある女性が現れて中央の聖地に行くんじゃなかったですか?」
「はい、ようできました」
「それが、アンジェリークとどーゆー関係があるんだよ」
「コレットさん家は、昔、<天の女王様>を輩出した家柄って訳や」
「へっ?!」
びっくりするふたりに構わずチャーリーが続ける。
「<天の女王様>を輩出した家には、大貴族の称号と、広大な領地が与えられるのが普通や。でも、コレットさん家の父親は称号も領地もいらん言うて受け取らんかった。 それでも、<天の女王様の>ご実家が庶民やとマズイちゅうて、大貴族の称号だけは押し付けられたって話や。 あんたらは知らんかも知れへんけど、貴族になったら、何やかんやゆうて会合には出なあかんし、出るにはそれなりの服装を揃えなあかんゆうて、僅かな貴族手当だけでは家計は火の車やったやろうな。 それが何代も続いて、そりゃコレットさん家は相当苦しかったと思うで。それで、我がファイヤ王国がコレットさん家の窮状を見かね、第一王子との婚姻を持ちかけたって訳や。 ファイヤ王国は由緒正しい大貴族の娘さんをお后様に出来るし、コレットさん家の苦しい台所事情も良うなるっちゅう、めでたし、めでたしのはずやってんけど・・・・」
チャーリーがちらりとオスカーを見る。
オスカーはそっぽを向いて知らぬ顔を決めていた。
「そりゃ王子が悪いンだろ? 王子がアンジェリークを泣かしたンだから。当然の報いってヤツだ」
「ちょ、ちょっとゼフェル」
マルセルが慌ててゼフェルの服を引っ張った。
その様子に、チャーリーがポンッと手を打つ。
「あははは、わかった。あんた、アンジェリークが好っきゃねんな」
「なっ! そ、そんなんじゃねーよ! ただ、あいつは幼なじみで、女にしちゃそんなに悪くねーって言うか、気が合うって言うか。 と、とにかく! あいつには幸せになってもらいてーんだよ!」
「‘幸せになってもらいてー’か。オスカーはん、あんたの負けやなぁ。こりゃ潔く身ぃ引いた方がかっこええんちゃいます?」
「俺が身を引いたとしても、アクア王国を喜ばすだけだ」
「そ、そうですよ、チャーリー様。俺達は王様の命令で・・・」
「そこがアカンのや。わからへんかなぁ、リュミエール王子は少なくとも自分の意志でアンジェリークに会いに来たんや。誰かの命令で来た人間に勝ち目はあらへん」
オスカーはチャーリーを睨みつけはしたが、何も言わなかった。


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