輪 -3-

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次期闇の守護聖の選定と引き継ぎは滞りなく行われ、クラヴィスが聖地を去る日が近づいてきた。
クラヴィスが力の衰えを感じ、リュアンヌがタロットカードの教示を受けたあの日、クラヴィスに伴われて帰ってきたリュアンヌは、両親のお小言など耳に入らぬ様子で食事も取らずベットに倒れ込むようにして眠った。
翌日の遅い午後、晴れやかな顔をしてキッチンにやって来たリュアンヌはアンジェリークの用意した食事を平らげ、いつものように出かけると言い出した。
「今日はオリヴィエ様にお裁縫を習おっかな」
「リュアンヌ、クラヴィス様のことだけど、私達、今日知ったのよ。あなたはどうしてわかったの? わかったから昨日会いに行ったんでしょ?」
「うん。でももういいの。母様、ごめんなさい、心配かけて。もう大丈夫」
そう言ったとおり、それからのリュアンヌはいつもと変わらぬ笑顔で毎日を過ごしているように見えた。
少なくとも表面上は。
心配になったアンジェリークはこっそり後を付けたことがある。そうしてある結論に行き着いた。
「うふっ、さすがは我が娘ってとこかしら?」
アンジェリークは満足げに頷いた。
「アンジェリーク、リュアンヌはもうクラヴィス様のことを諦めてしまったのでしょうか?」
リュミエールが心配そうに尋ねてきたことがある。
「あら、リュミエール様は諦めてくれた方がいいんでしょ?」
「それはそうなのですが・・・」
「リュミエール様、あの子ってあなたの娘なんですよ?」
アンジェリークの瞳が悪戯っ子のように光る。
「そして私の娘なんです」
「それが・・・?」
「つまり、頑固で一度言い出したらきかない父親と、こうと決めたら何もかも放り投げていっちゃう母親の間に生まれた子なんです。 ふふっ、そんな子がこのまま黙ってクラヴィス様が出て行くのを見てると思いますかぁ?」
「アンジェリーク?」
「いいでしょ?」
「駄目です。私は許しません」
「くすくす。ダメですよぉ、私には通用しません。リュミエール様の目が許してらっしゃいます」
「もう、知りません!」
ぷいっと後ろを向いてその場を立ち去る夫の後ろ姿をアンジェリークは愛しげに見つめ、それから開きかけの通販のカタログを熱心にめくりはじめた。 【ドレスコレクション7 ウェディングドレス編】カタログにはそう書いてあった。

クラヴィスが聖地を去る日がやって来た。その日はリュアンヌの十七歳の誕生日でもあった。
「リュアンヌ、お誕生日おめでとう。はい」
「ありがとう、母様。おっきいね、これ? 何?」
「ふふっ、開けてからのお楽しみ。あ、ダメよ。それはクラヴィス様と一緒に開けてちょうだい」
「母様?!」
「行くんでしょ?」
「どうして?」
「ふふっ、あなたの後を付けたことがあるの。あ、怒んないでね。心配だったから。そしたら、あなたったら、オリヴィエ様のところでお裁縫とかメイクとかの勉強、 ゼフェル様のところで日曜大工、マルセル様のところで家庭菜園、極めつけはクラヴィス様の料理人のところで料理見習いなんてしてるんですもの。何を企んでるのかは丸わかりよ」
「母様、ありがとう!」
「どういたしまして。あ、父様にキスしていってあげてね。アトリエにいらっしゃるわ」
リュアンヌは母親からの大きなプレゼントを抱えたままアトリエに向かった。
「父様?」
「ああ、リュアンヌ。今日はあなたのお誕生日でしたね。十七歳おめでとう。これを受け取ってくださいね」
「父様、ありがとう!」
いきなり抱きついてキスしてきた娘に戸惑いながら、それでも優しく髪をなで、お返しのキスをして手を取った。
「さぁ、もう離してください。私はこれからここの片付けをしますから」
「父様」
「はい?」
「大好き」
「私もですよ」
アトリエのドアをゆっくりと閉め、リュアンヌは自分の部屋に戻って荷造りの済んだバックを取り上げた。
ふと思いついてバックを降ろし、中からタロットカードを取りだして一枚引いた。
『運命の輪、正位置・・・。幸運の始まり、計画は良い方向に進展する、ね』
リュアンヌはにっこり笑って部屋を見回し、今まで自分を育んでくれた全てのものに感謝し、深々と頭をさげた。


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