「リュアンヌ? 何をしている?」
「クラヴィス様を待っていたんです」
「莫迦な。帰るんだ」
「帰りません」
「おまえは自分のしていることがわかっているのか?」
「わかってます」
クラヴィスは大きな溜息をついた。聖地の門をくぐり、二度と会うことは無いと思っていた愛しい姿が目の前にある。
初めて目にしたリュアンヌは泣き叫ぶ赤子だった。それがクラヴィスが抱くと途端に泣きやんだ。
安らぎを与える自分の力が個人に働くことなどあり得ない。それなのにどんなにむずがっていてもクラヴィスが側に寄るだけで機嫌が直った。
『クラヴィスさまとけっこんするの』
そう言われたこともある。だが単なる幼子の思いつきだと片付けていた。
そしてあの日、力を無くしたと初めて自覚した日、タロットカードが告げたと言って執務室に飛び込んで来たリュアンヌ。行くなと言われた。好きだとも。
どんなに嬉しかったことだろう。
その告白に応えたかった。自分も愛しているのだと言って抱きしめたかった。
でも、できなかった。何の力も無い自分。それが無限の可能性を秘め、若さ溢れる輝ける存在を闇に閉じこめてしまうことなどできるはずもなかった。
しかし、リュアンヌはここにいる。リュアンヌの輝きは彼女自身。誰に奪われるのでも、閉じこめてしまえるものでもない。彼女なら忍び寄る闇さえも光に変えてしまうだろう。
「良いのか? 私で」
「はいっ! クラヴィス様じゃなきゃいや」
「おまえより二六も年上だぞ」
「ふふっ、三十でも、五十でも、クラヴィス様ならいいの」
「・・・ふっ、おまえの父親に何と言えば良いのだ?」
「何も言う必要はないんです。ほら」
リュアンヌが見せたのはリュミエールにもらった誕生日プレゼントだった。
家族の肖像画だ。リュミエールと、アンジェリークと、まだ五歳くらいのリュアンヌ。それに最近描き加えられたのだろう、クラヴィスの姿があった。
「それとね、母様がこれはクラヴィス様と一緒に見なさいって・・・。あっ!」
「・・・ウェディングドレス、というものか?」
「そう、みたい・・・」
「アンジェリークらしいな」
「は・・・」
「泣くな」
「うん」
クラヴィスはリュアンヌを抱きしめ、優しくキスをした。愛しい子供にするのではなく、愛しい恋人にする初めてのキスを。
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