第9話「さらば、わが友よ・・・」
前編

 やあ、みんな、俺の名は『Kuma』。自称「ウィークエンド・ナチュラリスト」。つまり、週末は山や海に出掛けるのが趣味なんだ。もちろん、シルクネットの会員さ。
 秋風の爽やかなある日、俺は、いつものように一人で山へ行った。紅葉を楽しみたくてね。え、一人きりで寂しくないかって?ははは、自然の中には、野鳥や野生動物、それに草花も木々もあるじゃないか。彼らが私の友だ。彼らと一緒にいることができるのが、何よりの楽しみさ。
 ふもとから山へと入る道を歩いていると、俺は、変なトラックとすれ違った。ナンバープレートもなく、車体も黒一色で塗り潰されていた。もちろん、座席の人物など、見えるはずもなかった。俺の後方へと走り去るトラックを、振り返って見ていると、後部の幌の中から、丸いものが転がり落ち、2・3回、転がり、わだちにはまって動きを止めた。
 なんだろう。近付いて見ると、卵のようなんだ。でも大きな卵だなぁ。ハンドボールのボールくらいの大きさじゃないか。トラックから落ちても割れないなんて、頑丈な殻だ。持ってみると結構重い。
「ん〜、なんだか、ぬくもりがあるな。今まで、暖めていたんじゃないか?」
 実は、俺は、子供の頃、鳥の卵を自分で温めて孵化させようとしたり、巣から落ちた雛を拾ってきて育て、野に帰してやったりしたことがあるのさ。
「よし、こいつを俺が孵化させてやろう!」
 俺は、トレーナーを脱いで卵を包み、リュックに入れ、急いで家へと帰った。

 * * * * * * * * * *

 ここは、敵のアジトのひとつ。総帥の配下の女が、手下に怒鳴っていた。
「なんだと、魔神獣の卵が見当たらぬというのか!?」
「申し訳ございません。トラックで輸送中に、どこかに落としてしまったようです。」
「謝って済む問題ではない!とにかく、卵を捜すのだ。急がねば孵化してしまうではないか。」
「あ・あの、このことは、総帥に・・・・。」
「うるさい!お前の落ち度は、私の責任となるのだぞ。早く行け!お前の処分はそれから決める!」
「ははっ!」

* * * * * * * * * *

 家に帰るとすぐに、小さ目のダンボール箱、毛布、湯たんぽなどを用意した。
「よし、これで、孵卵器の代わりになるだろう。それにしても、妙な卵だなぁ。」
 殻は、薄いベージュ色の地に黒とモスグリーンの斑模様がある。こんなのは、今まで見たこともないよな。一体、どんな生物なんだろう。ちょっと、不安もあるが、好奇心のほうが勝っている。俺のカンでは、孵化まで、そう日数はかからないように思える。
「うまく、孵化してくれよ。」
 俺は、卵をポン、と叩いた。

* * * * * * * * * *

 敵のアジトでは、女が手下と通信機で話している。
「・・・。ですから、卵が落ちたのは、Y山のふもとあたりと思われます。」
「で、見つからぬのか?」
「まだでございます。」
「卵からは、微弱ながら、魔神獣の脳波が発せられておるはずだ。探知機には反応せぬのか?」
「いたしません。」
「早く捜せ!」

* * * * * * * * * *

 翌朝、目覚めるとすぐに、毛布に包まれた卵を覗き込んだ。
「よしよし、今、湯たんぽの湯を取り替えてやるぞ。」
 卵をぽん、と叩くと、ぴしっ、と音がして、頭頂部にヒビがはいった。
 叩いただけで割れるなんて・・・。俺は驚いたが、よく見ると、早くも孵化が始まっていた。
 殻が少しずつ割れ、次第に姿が現れてくる。
「頑張れよ。」
 自力で殻から出てくる体力はあるのか。俺は、見守ることしかできない。

* * * * * * * * * *

「捜査は進んでおるか?」
「はい。どうやら誰かが卵を拾ったかもしれません。」
「なんだと!」
「卵が落ちたと思われる、ちょうどそのあたりで、一人の男とすれ違いました。もしや、そのその男が拾ったのでは・・・。」
「・・・・・・。では、その男の居所も捜せ。」

* * * * * * * * * *

 元気に生まれてきたのは、実に、不思議な姿をした生物であった。ま、愛嬌のある顔をした、毛むくじゃらのゴジラのミニチュア、とでも言う感じだ。
 殻からすっかり出てくると、俺の顔をじっと見つめ、俺に擦り寄り、ぎゃあぎゃあと甘えた声でえさをねだり始めた。
「よおし、哺乳類じゃないだろうけど、ミルクでも飲んでみるか?」
 皿にミルクを注ぐとうまそうに飲み始めた。
「うん、いい子だ。お前に名前を付けなけりゃな。・・・・。卵の模様が、地図みたいだったから、よし、お前は『地図丸』だ、おい、地図丸、もっと飲むか?」
(つづく)



第9話「さらば、わが友よ・・・」
後編

 地図丸は、どんどん大きくなっていった。卵からかえってわずか3日で、中型犬くらいの大きさにまでなった。ま、その分、よく食うんだ。雑食性らしく、俺が食うもんは、何でも食いたがる。
 こいつは、頭もいい。俺のいうことは、だいたい理解してる。だから、近所迷惑にもならずに、すむんだ。ああ、でも、お前には、広い野山が似合う。今度、休みの日に山へ連れて行ってやるぜ。

* * * * * * * * * *

「卵のことで、報告致します!」
「ふん、紛失より4日もたっておる。すでに中身は腐っておるわ!」
「いえ、無事、魔神獣になっているようでございます。」
「な、何!?よもや、そのようなことがあろうとは・・・。何故だ?」
「卵を拾った男が暖め、孵化させたらしく、現在、その男が育てております。」
「居場所がわかったのだな。よし、さっそく、連れてまいれ!!」

* * * * * * * * * *

 夜中、俺は、部屋に忍びこんできた何者かに殴られ、麻酔をかがされ、気が付くと、檻の中に閉じ込められていた。変な女が俺を見下ろしている。
「ふふふ・・、我らのアジトへようこそ。Kumaさん。」
「どうしてそのハンドルネームを知っているんだ。」
「シルクネットのことならなんでもわかるのさ。今回はあなたにお礼を言わなければね。我らの可愛い魔神獣を育ててくれてありがとう。」
「てことは、お前達は最近ネットを騒がせている敵なのか?じゃぁ、地図丸は、魔神獣だったのか・・・・。」
「そうさ、貴様の地図丸ちゃんは、今、野獣化光線で、立派な魔神獣に変貌するところさ。ほおら、このモニターをごらん。」
 画面には、手足を鎖に繋がれ、紫色の光線を浴びせられている地図丸が映っている。ああ、もがき苦しんでいる。
「止めろ、いやがってるじゃないか。」
「貴様が軟弱に育てたからさ。ほーほっほ。悲鳴が聞こえないのが残念ね。」
 俺の檻は頑丈で、とても壊すことができない。苦しむ姿を見ながら、助けに行けないなんて・・・。すまない、許してくれ。
 地図丸の体は、どんどん大きくなり、手足はごつごつと節くれ立ち、毛は針のような剛毛、牙はねじ曲がり、瞳は殺意でぎらぎらしている。もう、俺の知っている地図丸ではなかった。
「ようやく、魔神獣らしくなったこと。さっそく、大暴れしてもらうわね。」
 女は檻の前から姿を消した。檻の中の俺。そして、俺の前には、残忍になった魔神獣が暴れる様子を映し出すモニターが残った。

* * * * * * * * * *

 どれくらいの時間がたったのだろうか。気が付くと、廊下の外が騒がしい。何か、争いが起きているようだ。
 ドアが開き、5人のコンバットスーツ姿の若者が入ってきた。
「Kumaさん、大丈夫ですか?今、錠をはずします。」
 彼らは、頑丈な錠前をあっさり壊し、俺を自由の身にしてくれた。
「あ、ありがとう。君たちは・・。」
「シルクネットの平和を守る、シルクファイブです。」
「え、君たちが、あの、噂の正義のヒーローなのか・・・。」
「最近、不審な電波が乱れ飛んでいるので、調査していたのです。さあ、早く逃げましょう。我々は、魔神獣を倒しに行きます。」
「待ってくれ、あいつを、地図丸を殺さないでくれ!!」
 俺は、手短に事情を話した。
「・・・。そうですか。しかし、既に街はかなりの被害を受けています。生け捕りにするなんて、ましてや元の姿に戻すことなどできるかどうか・・・・。」
「とにかく、俺も連れて行ってくれ!」

* * * * * * * * * *

 俺の、俺の地図丸だった魔神獣は、破壊の限りを尽くしていた。
 シルクファイブと戦う魔神獣。しかし、こいつは強い。5人の繰り出す技を、軽く跳ね返していやがる。悪戦苦闘しているシルクファイブ。あ、ブルーが倒れた。助けようと走ってきたブラックを投げ飛ばす。ブルーを踏み付け、頭を殴ろうとする・・・・。
「やめろ!地図丸!!お前はそんな奴じゃなかったはずだ!」
 と叫んだ俺を、地図丸は、ちらっと見た。
「地図丸、俺を覚えていないのか?お前は、心の優しい奴だったじゃないか。どうしてそんなに変わってしまえるんだ!思い出せ、思い出してくれ!!」
 魔神獣は、攻撃の手をとめ、俺をじっと見た。目から、凶悪な光が消えていく。
「そうだ、俺がわかるか?よし、こっちへ来い。いい子だ。」
 地図丸が歩き出すと、敵が、再び、野獣化光線を奴に浴びせた。抵抗する地図丸。しかし、前の時と、何か、違う。
「あ、地図丸の体が・・・!」
 地図丸の強大な体が、ばらばらと崩れてきた。そして、悲痛な叫びを最期に、地図丸は、土くれと化してしまった・・・・・。

* * * * * * * * * *

「おそらく、魔神獣の獣性と、あなたが取り戻させた優しさが、内部で葛藤を起こし、崩壊を起こしたものと思われます。」
 敵の戦闘員も去り、静けさを取り戻した街で、シルクレッドは静かに語った。
 地図丸。お前の卵を、あの時、拾わなければ、お前をこんな運命に落とすことなく、静かに卵のまま、この世を去って行ったのか。
 ちくしょう、涙が出てきやがる。そんな俺の肩を軽く叩くレッド。彼のゴーグルも心なしか曇ってみえた。
(第9話おわり)




第8話

しあわせ町大バザール

第10話