楽苦画飢4-野営風景

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行き先は不明であり、今後どうなるかも分らず出る言葉は不安を駆り立てるものばかりで あったが腹も膨れると昼間の疲れも手伝い絶やさぬ焚き火の付近に寝入る。 副食は何も無いが各人の持ち物を出し合い白米にバター、砂糖を混ぜた旨さは思い出す。
(楽苦我記)
この隊は憲兵が多いので国境付近に特殊施設を構築し後はどうなるかだと深刻化して行くが話 しも途切れ、疲れも出たかして寝入って仕舞った。 行軍2日目の夕刻には軍足に米を詰めて持って来ているので飯盒炊飯をする、副食が無いので 白米にバター、砂糖をまぶし食べたがとても美味しかった。 小雪が舞って来たので脱走を恐れ警戒兵は皆を窪みの所に集め彼らは少し小高い土手の上に 位置しマンドリン(自動小銃)を抱えて警戒しているが夏服の上に外套を羽織っているが寒 そうであり、ご苦労さんな事だと話した。3日目の夕刻に漸く目的地に到着した。
(解説)
前記135キロ行軍の間のことである、勿論この中に私の父も居た訳である。他の方の抑留記にも 「9月下旬なのに小雪がぱらついた」とあるが、中には「昼夜兼行の行軍だった」と云うのもある。 この食糧は満州の関東軍貯蔵食糧である。
収容所入所は10月1日との正式記録があるが、柴谷様の(楽苦我記)には既に先遣隊が来て居り ・・・とあり、1500名が一度に入ったのではないようだ。そこは独逸人捕虜収容所だったようで、 砂金を採っていたとの報告もある。