盲の君

後編

 

 昨日の回想から立ち返ったミハイルは司祭を殺したのは、城跡にいたという人影に違いないと直感

 的に思った。

 そして、一階にいたゲイルを殺したのも同一の者とも。

 ミハイルはついでに扉と窓を調べてみたが、窓は頑丈な回転式の造りになっており、盗賊対策の為

 に人が通れるほどの空間はなく、せいぜい頭がミハイルの頭が入るか入らないかぐらいの幅しかなく、

 扉も無理に開かれた感じはなかった。

 やはり、二階にいた誰かかの仕業なのか? 

 熱心に考え込みながらも、ミハイルはオルシュの部屋に扉を閉めた。

 やがて、ソフィアの悲鳴を聞いたのか、最初にガフリ−が扉の前に来て、少し遅れてフィンロア−ユ

 とマイクスが現われ、最後にクロ−ネだった。

「何かあったのですか? まさか‥‥‥」

 集まったきた人達の気持ちを代表するかのようにガフリ−が声をかけてきた。

 少しためらった後、ミハイルは答える。

「オルシュ司祭は刃物みたいなもので首を裂かれて死んでいました」

 ミハイルの声に、集まってきた四人は多少の差はあったものの顔色を変えていた。

「ところで‥‥‥」

 マイクスに視線を向けながら、ミハイルは尋ねた。

「ド−ルスさんとテラレットさんは?」

「それが‥‥‥いないんです」

 ためらったようにマイクスは告げた。

「二人とも部屋にいないんです。それで一階中をさがしてみたんですが‥‥‥」

「いなかった、と?」

「そのようですね」

 フィンロア−ユは顔を歪めながら、苦しそうに事実を認める言葉を吐く。

 もしかして、使用人が犯人だとしたらフィンロア−ユの面目は丸潰れであるし、もし、王国内の監

 察機構たる巡察院に知られれば騎士位剥奪、領地没収もありえるのだ。

 領主の苦悩はミハイルの手に取るように理解できた。

「ところで裏口の鍵が誰が持っているのですか?」 

「私が持っていますわ」

 クロ−ネが右手を振りながら、鍵を示した。

 慎重だな、とミハイルは思わざるえない。

 話を聞いた後、いろいろな事態を想定して持っていたに違いない。

「それはクロ−ネさまだけが持っているのですか」

「ええ」

「結構です」

 うなずいて、ミハイルは冷静さを保った声を出す。

「まあ、それについては後にしましょう。とりあえずは幾つか気にかかることがありますので広間に

 行きましょう」

 

 

 広間は雑然としていた、料理の皿はそのままであったし、酒瓶やジョツキがあちこちに散乱していた。

 皆が思い思いの椅子に座ると、代表するようにミハイルが立ち、皆を見回す。

 すでにここにいる人数は六人になっていた。

「すでに事情は分かっていると思いますので、いくつかの質問をしたいと思います」

 ミハイルの声を皆は半ば放心したように聞いていた。 

 ガフリ−やマイクスにしても山賊や異国の兵との戦の経験はあってもこのような事に関わったこと

 はないたろうし、他の者達にとってはほとんど無縁のはずなのだ。 国教会関連の事件を調べる審

 問官の経験がかろうじてミハイルに理性的な対応をさせていた。

「オルシュ司祭が部屋に引きこもられた後にテラレットさんとド−ルスさんが二階にあがるのを見

 られた方はいますか?」

 ミハイルはそう口にしてから、皆を見回した。

 やがて、一人の者がおずおずと立ち上がる

 ソフィアだ。

「いつ、見たのですか」

「さきほど、部屋からおりてくる時にお二人とすれ違いました」

「さきほど、ぼくと会う前にですか?」

「ええ」

 その言葉にミハイルはうなずき、視線を『盲の君』へと転ずる。

「フィンロア−ユ卿もお知りだったのですか」

「ああ、私は見ることはできないがね」

「分かりました」

 自嘲気味に言う領主の言葉を聞きながら、ミハイルはいろいろな可能性を思い巡らしてみる。

 その二人がゲイルとオルシュを殺した犯人とするならば、いくつかの不明点があった。

 今、聞いた話を信用するのならば、テラレットとド−ルスはこの屋敷の二階にいるはずだが、そんな

 気配はいっさいなかった。

 ミハイルは聖堂騎士たる武人であって、並の者の気配なら常に感じることができる。

 マイクスとてガフリ−とてそうであろうから、その可能性は低い。

 他にもテラレットとド−ルスが逃げたということも考えたが、窓という窓には錠がおりていて、しか

 も全開にしても大人が通れるほどの広さがないので、ミハイルとしては却下せざるえなかった。

 最後にミハイルの考えを皆に話してみたが、納得の得られる答えはなく、これからどうするかという

 ことについて皆で話しあうことにした。

「ミハイル隊長の言うとおりにテラレットさんとド−ルスさんが犯人だというならばということで、提

 案させていただけるならば‥‥‥」

 最初に口を開いたのはガフリ−だった。

「ここで皆で集まっていたほうが安全です。もし、仮に襲ってきたとしても聖堂騎士が三名もいれば遅

 れをとることはないでしょう」

 ガフリ−はそういって、腰に下げていた剣を手に取った。

 問題はこの中にいた場合ですかね、とミハイルは心の中で呟く。

 だが、特に代案もないので、ミハイルはうなずいてガフリ−の案を認め、他の者も特に口は挟まず、

 とりあえずの方針は決定された。

 さらに、交替で見張り番をすることにしたのだが、皆が緊張のあまりか起きていた。

 時折、誰かが広間に残っていたを酒を飲んだりして気を紛らわしていた。

 外は依然として、嵐が吹き荒れている。

 最初に見張り番をすることにしたミハイルはそれを窓越しに眺めながら、オルシュ司祭の掌にあった

 文字と消えたド−ルスとテラレットについて考えていた。

 ア、という文字、人の名前だとしたらフィンロア−ユ卿を示しているかもしれないかった。

 オルシュを殺すのはともかく、ゲイルを殺すのは難しかったはずである。

 さらにオルシュ程の使い手を『盲の君』である領主に簡単にできるはずがなかった。

 それにド−ルスとテラレットの行方が気になった。

 どうしていなくなったのか、一体、どうやって二階から消えたのだろうか。

 考えれば、考えるほど難解だった。

 再び、雷鳴が轟き、稲光が走り、光が外の景色を、窓を通して館の中の六人を照らし出す。

「そうか‥‥‥」

 その瞬間、稲光のごとくミハイルの脳裏を一つの考えがよぎる。

 テラレットとド−ルスがいかにして消えたか。

 それについての一つの推測が浮かんだ。

 もし、これが正しければ‥‥‥ 

 あることを想像し、ミハイルはそれにおぞましさを感じた。

「一体、どうなさったのですか?」

 ミハイルの声に違和感を覚えたのか、近くにいたソフィアは怪訝そうに尋ねてきた。

 ソフィアの顔は怯えと当惑でこわばっている。

 唐突に、ミハイルはソフィアからそれらを取り去りたいという感情が芽生えていた。

「いえ、まだ話せるほどのことはありませんよ。でも‥‥‥」

「でも?」

 言葉の末尾が消えかけたミハイルの言いように、ささやくようにしてソフィアは訊く。

「漠然ではあるが真相が分かったような気がします」

 その言葉にソフィアは困惑と期待が混じり合ったような表情を浮かべていた。

「ですから、少々、調べてきます。いいですか‥‥‥」 

 一層、声を低めて、ミハイルは言い放つ。

「マイクスにそれを伝えてください。そして、あなたはマイクスからは絶対に離れないようにしてく

 ださい」

 ソフィアはこくりとうなずくと、ミハイルに話しかけるのを止め、マイクスの方へと歩いていき、密

 やかに語りかける。

 それを確認するとミハイルは椅子から立ち上がった。

「どうかしましたか?」

 ガフリ−がミハイルの行動を不審に思ったのか、問いかけてくる。

「少し、外を見回ってきます」

「一人で危なくはありませんか?」

「大丈夫ですよ」

 答えながら、ミハイルは近くにあったランプを手に取り玄関の扉を開けて、外に出た。

 たちまち、雨と風が吹きつけ、外に出たミハイルの法衣を濡らす。

「凄いですね」

 呟きながら、ミハイルはオルシュの部屋の下にある辺りへと歩いていく。

 そこに到着した時、ミハイルは考えが正しかったことを知り、さらに、おぞましさを感じえずにはい

 られなかった。

 確かに二階の窓から人が出ること、生きた人がでることは不可能だった。

 だが、死んでバラバラとなった人ならば‥‥‥。

 そこにあるのは、バラバラとなったド−ルスとテラレットの肉片らしかった。

「これを行なえたは二人だけ、とするとゲイルさんは一体‥‥‥」

 当惑しながら、呟くミハイルの背後で殺気が膨れ上がった。

 反射的にランプを投げ捨て、ミハイルは前転するようにして、前に跳んでいた。

 雷鳴が響き、空気を震わす。

 鋼の刃を雷光が照り返した。

 体勢を整えながら、恐るべき殺戮の刃をかろうじてかわしたことをミハイルは実感していた。

「さすがは、というべきか。並の奴なら一刀両断していたのだが‥‥‥」

「ガフリ−神官 」

 背後から襲った者を見ながら、ミハイルは叫んだ。

 信頼すべき小隊副官は、今や刺客として憎悪の光を瞳に宿らせている。

「あなたが殺ったのか?」

 声は質問ではなく、ド−ルスやテラレットを殺したかの確認であった。

「違う」

「では誰が?」

「語る必要を認めないな。それより、そろそろと始めるとしようか」

 言葉とともにガフリ−の剣が躍った。

 とっさにミハイルは長剣を抜き放って激しい斬撃を受け止める。

 ガフリ−はさらに続けて、足元に激しい突きを放ったが、ミハイルはからくも後方に跳び退って距

 離をとることができた。

 逃れる時に牽制にミハイルは剣を横に払っておく。

 その為にガフリ−は踏み込めずに、二人の距離が離れた。

「なかなか素早い動きだ」

「荒事には慣れているつもりです」

「殺しがいがある相手だな」

 再び、ガフリ−が仕掛けた。

 今度は突きがミハイルの首を襲う。

 ミハイルは身をひねって、何とかこれを回避する。

 だが、ガフリ−はさらに足元を狙った低い回し蹴りが繰り出していた。

「ぐっ」

 さすがにこれはかわすことは叶わず、激しい痛みがミハイルの足を襲い、動きを鈍らせる。

 その瞬間、ガフリ−は長剣の柄でミハイルを殴り飛ばしていた。

「ぐあっ」

 呻くような声をあげて、ミハイルは無様に転倒する。 後方に一転してから、左膝をついた状態で

 ようやく剣を構え直すことができた。

 構えとしては安定はしていず、ガフリ−の追撃を受けたら苦しいところであった。

 だが、ガフリ−は剣を構えたまま、つまらなそうにミハイルを見下ろしていた。

「立て。それとも数々の武勇伝はまがいものか」

 ガフリ−は罵りの声をあげる。

 だが、片膝をついたミハイルの視線がガフリ−を射ぬいた時にガフリ−の優位に立ったという自信

 は一瞬で崩壊していた。 

 ガフリ−を睨むミハイルの瞳は黒ではなく、青く輝いている。

 その眼に鳥肌だち、気圧されていた。

 さっきとは違う、とガフリ−は直感的に思った。

 さきほどまでの理知的な修道士ではなく、魔人のごとき雰囲気を持ち合わせていた。

 だが、歴戦の猛者として幾多の敵を屠ってきたた体術と剣への自負とある者への忠誠がガフリ−の次

 の行動を決定させていた。

「チィィィィ 」

 気合いの声をあげつつ、ガフリ−は技ではなく、力をこめて剣速と威力をこめた剣を振るう。 

 ミハイルもガフリ−に跳びかかるようにして剣を払う。 

 刹那、凄まじい音を立て、へし折られた剣が雨の中を舞った。

「お、俺の剣が‥‥‥」

 茫然とした感じのガフリ−が呻く。

 必殺の剣であった。

 それがあっけなく封じられるとは、思いもよらなかった。

「だが‥‥‥」

 敗北感を押し込めながら、ガフリ−は戦意を奮いたたせた。

「まだだ」

 叫びながら、ガフリ−はミハイルの懐へ潜り込もうとする。

 まだガフリ−には体術があった。

 徒手を以て、敵と戦う技が。

「我が主よ、ご加護を!!」

 だが、願いはむなしく、ミハイルの剣はガフリ−の体を縦に切り裂いていた。

 ガフリ−はその一撃によって、ゆっくりと地に伏していく。

 それには気もかけずに、ミハイルは急いで館の玄関へと走った。

 玄関の扉は開いていた。

 内側に隠れている気配もないのを確認してから、ミハイルは広間に入った。

 広間には誰もいない。

 しばし、ミハイルは俊巡していたが、やがて意を決すると二階へと向かった。

 だが、踊り場まで来た時、そこにマイクスが倒れているのを知った。

「マイクスさん」

 声をあげて、ミハイルは近づいた。

「やあ、隊長」

 苦しそうに、マイクスは言葉を出す。

 誰との戦いによるものかは知れないが、マイクスはかなりの傷を負っていた。

 そうは持たないだろう。

「一体、誰に」

「ガフリ−の野郎に不意をうたれてやられました。そういえば隊長、奴は‥‥‥」

「倒しました。もう大丈夫です」

「さすがですね」

「それより、他の方は」

「二階にいるはずです」

 弱々しく息をつきながら、口をひらく。

「気をつけてください、隊長。やつら‥‥‥」

 最後に何かを言おうとして、マイクスはこときれた。 

 ミハイルはそれを知ると、まぶたを閉じさせ、手を組ませてやり、略式の祈りを捧げる。

 それを終えるとミハイルは二階へあがった。

 そして、どこの部屋を探索すべきかを考えたが、その必要はなかった。

 書庫と教えられた扉がゆらゆらと揺れている。

 そちらに向かって、ミハイルは歩いていった。

「天使は焼け落ち、雷鳴轟くは宮殿、燃え盛るは炎‥‥‥」

 詩が吟じる声が近くで聞こえてきた。

 それを耳にしながら、ミハイルは部屋へと足を踏み入れた。

 そこには『盲の君』が一冊の書物を持ち、たたずんでいた。

 いや、そう表現するのは正しくないのかもしれない。 

 ヤ−ルの領主の眼は開かれていたのだから。

 ただ、尋常ではないのはその両眼が真紅であることであろうか。

「めしいてなかったですね」

「私は盲だといったことはないはずだ」

「確かにね」

 眼について、領主の口から直接に言ったのをミハイルは聞いた記憶はない。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

「御領主、ソフィアさんはどこですか?」

「さきほどの詩どおりだよ」

「さきほどの詩?」

「あれは『古の宮殿』という。古きバラッドだ」

「城跡ですね」

 ミハイルの言葉に領主フィンロア−ユはうなずいた。

「それともう一つ、一連の犯人はだれですか」

「皆を殺し、ソフィア嬢をつれ去ったのは姉だよ。もっとも姉だと言えるならばだがね」

 フィンロア−ユ自嘲気味に吐き出す。

「あなた自信にもいろいろと秘密がありそうですね。話してもらえますか」

「館から城跡につながる地下道がある、案内しよう。それと秘密というほどものではないが、道々話

 そう」

「何故、協力してくれるのです」

 部屋を出ようとしたフィンロア−ユにミハイルは問いかけた。

「姉を殺したいからさ」

 フィンロア−ユは少し間をおいてから、ぽつりと答えた。

 

 

 闇から浮上する感覚とともに意識を覚醒させたソフィアは、起き上がろうとして手足に痛みを感じ、

 自由を拘束されいるのを知った。

 目を向けると、蔓縄が両手足に巻きつき、しどけない姿で拘束されているのが分かった。

 動こうとする度に蔓縄が柔肌にくいこみ、四肢が痛む。 

 ミハイルが出ていった瞬間、不意に意識を失ったことは覚えていたが、それ以外のことは分からなか

 った。

 ソフィアはこの場所がどこかと考えた。

 重々しく溜まる闇により、その空間は閉鎖されていることだけが実感できる。

「城跡にある地下室よ」

 心の中で自問を見透かしたかのように闇から声が聞こえた。

「そして、あなたはとりこ」

 今度は声がソフィアの近くで響く。

 その声の方に視線を向けたソフィアは、見知った女が立っているのを知った。

「クロ−ネさん、何故こんなことを」

「あなたにフィンの妻になってほしくてね、ラスラ−ド公が姻戚にいると何かと便利でね」

「お断りします、そんなことになるなら死にます」

 現状に関して質問するのも忘れ、ソフィアは顔を背けるようにして、ぶっきらぼうに言い放つ。

「名のある貴族は死を恐れぬというけど‥‥‥」

 クスッと笑って、クロ−ネは交渉人の目の色を暗い欲望を持つ拷問人のものに切り換えていた。

「本当ね。まあ、気が変わるまでわたくしが思いっきり慰めてあげる、花の蕾のような愛らしい人形さ

 ん‥‥‥」

 クロ−ネは愉悦に満ちた淫猥な笑みを浮かべると、ソフィアの剥き出しの白磁の肩からうなじにかけ

 て指を這わせた。

「ひっ」

 その行為に茶色い髪が揺れさざめかせ、ソフィアは思わず声を洩らした。

 それに満足したかのように、舌で上唇をペロリと舐めると、今度はソフィアの指を一本づつ丹念にし

 ゃぶり始めた。

 ネバリとした液体がとろりと指にまとわりつく。

「変な真似をしないで 」

 おぞけのはしる不快感に、ソフィアは身体をわななかせ、息を荒げながら抗議の声をあげた。

「男の経験がないの?」

 クロ−ネの言葉にソフィアは赤らめた顔をそらす。

 その態度を見て、クロ−ネは愛しそうにソフィアの髪を撫でた。

「心配しなくてもいいわ。ただ残虐で倒錯的な被虐の悦楽と歓喜を知る夜にするだけ。屈辱は陶酔、

 苦痛は歓喜になるような、とびきりの歓喜を舐め、むさぼらせてあげる」

「女姓が女性を辱しめ、弄ぶなんて‥‥‥」

 ソフィアは目を伏せ、胸のうちの驚愕を声にする。

「私には道徳も禁忌もないの」

 瞳をランランと輝かせるようにし、クロ−ネは返答した。

「やめて 」

 心の焦りが膨張していく。

「威勢がいい気丈な娘は好きよ、殺めるよりも残虐な死を懇願する責め苦や泣いても耐えらえられな

 いような恍惚を教えてあげる。それにしても‥‥‥」

 ごくりと喉をならしてクロ−ネは続けた。

「本当にそそるわね、あなた」

 ソフィアのきれいな鼻梁や可憐な嬌態に神経をけだるい至高の快楽の欲望の渦で焼き尽くしたくな

 る欲望を感じつつ、クロ−ネはソフィアの胸を愛撫し、肌の滑らかさと量感を楽しみながら揉みし

 だく。

「あら、柔らかいわね。小振りだから引き締まってるかと思ったけど、ふんわりとしてるわ」

「やめて」

 恥じらいのためかソフィアは肌を薄紅色に染め、汗をうっすらと浮かばせ、身体を突上げ、くねらせ

 てクロ−ネの責めから逃げようとする。

「うるさい、お口 」

 ソフィアの身体を組みしくようにして魔女はのしかかると、クロ−ネは口づけをかわした。

 クロ−ネにしてみればそれは軽い戯れにすぎなかったのだが、それだけでソフィアは悶え、ぐったり

 となる。

「あらあら、ふがいないの」

「やぁ、ゆ、ゆるし‥‥‥」

 辱しめるような声に、答えるソフィアの声も屈辱に抗議するものからいつしか喘ぎ、悩ましげな甘い

 声になっている。

「だぁめ 」

「ひいッ」

 隠された瑪瑙の秘所のあわいをされるがままになぶられたソフィアはせつない吐息をもらし、稲妻が

 流れたがごとく火照る身体をのけぞらせ、もたげた腰をぶるぶると震わし、全身を弛緩をさせて痙攣

 し続けていた。

「あふぅ、やぁ、やああ、た、助けて、ミ、ミハイル様ぁ」

「残念ね、あの子は今頃‥‥‥」

 すすり泣くソフィアの肢体を探査しつつ、クロ−ネは含み笑いした。

「そこまでにしておいてもらいましょうか」

 その声にクロ−ネは冷水を浴びせられたような気がした。

「まさか‥‥‥」

 ゆっくりと振り向いた先には、ミハイルが剣を持って立っていた。

「ミハイル様」

 ソフィアが安堵の声をあげる。

「生きていたの?」

「あいにくとですが」

「それにしても、よくここが分かったわね。城跡からの入り口は埋めておいたはずなのに‥‥‥、まさ

 か?」

「ええ、教えてもらいましたよ。フィンロア−ユ卿に」

 その言葉でフィンロア−ユは部屋の中へと姿を現わした。

「フィン、裏切ったのね」

「悪いですが、私はあなたの弟ではない、この地の領主としての責を全うするだけです」

「いいでしょう。頼りにならない者を使った責は私がとりましょう」

 そう言うと、クロ−ネはソフィアに興味を失ったよう拘束ベッドから離れ、扉へと歩いていく。

 ミハイルは油断なく、身構えた。

「ここでやりあうつもり? 私はいいのよ、彼女を巻き込んでも」

 その言葉にミハイルはハッとして、構えをとく。

「心配しなくても逃げはしないわ。上の城跡で待っているからフィンに道を聞いてきなさい」

 一方的に宣告して、ソフィアは部屋から消えた。

「ミハイル侍祭、あの場所に行くには途中にあった分岐を西に曲がってください」

 告げて、フィンロア−ユも姿を消す。

 気をつかってくれたことを知り、ミハイルは心の中で礼をするとソフィアの拘束を解くことにした。

 きつく縛り上げてあったために苦労したが、なんとか解放すると泣きじゃくりながら、ソフィアはミ

 ハイルに体を預けてきた。

「ミハイル様、ミハイル様」

 ミハイルの名を連呼しつつ、痛いくらい抱きしめる。

 しばらく、そのままになっていたがやがて抱擁を解くと自分の外套をソフィアにかけてやってから、

 離れた。

「すこしだけ待っててください」

 それだけを告げると、ミハイルそういうと部屋から出ていく。

 それをソフィアは見送った。

 

 

「遅いわね」

「少しくらい遅れたからといってどうということがありましょうか」

 フィンロア−ユの言葉にクロ−ネはムッとして、領主をにらみつけた。

「失敗作ね、あなたは忠実にやりすぎたわ。ミハイルにはもう話したの?」

「ええ」

「そう」

 クロ−ネが答えたところで、ミハイルの姿が城跡に現われた。

 それを合図として、フィンロア−ユは館から持ってきた小剣を引き抜いて、クロ−ネはどこからとも

 なく蔓鞭を取り出した。

「待たせましたが、我が部下とオルシュ司祭の仇をとらせてもらいますよ」

 ミハイルも長剣を引き抜く。

 一斉に皆が動き、戦いは開始された。

 クロ−ネの鞭がうなると、フィンロア−ユの小剣をあっけなくからめとり、それをミハイルの方へと

 投じていた。

「うあっ」

 情けない声をあげながら、ミハイルはかろうじてそれを剣で弾く。

 だが、次の瞬間、飛来した鞭によって足をとられ、あっけなく転倒した。

「情けない姿ね。噂になった実力が泣くわよ」

 だが、笑いとばしたクロ−ネの鞭は燃えつき、女は笑いをやめた。

 鞭を焼いたのはフィンロア−ユの真紅の瞳から発された赤い閃光だった。

 領主フィンロア−ユの正体は人ではなかった。

 異界にあるといわれる魔草トレセアに人の血をかけて精製すると生まれるというトレセア・アルラウ

 ネ。

 真紅の瞳とその瞳から発される攻撃的な閃光を除けば血をかけたものの性質を受け継ぐという。

 ある者の性質を受け継いだというフィンロア−ユをミハイルは見ていた。

「あなたの決意はわかった」

 冷静に言い放つクロ−ネ。

「全力で殺してあげるから覚悟するがいい」

 言葉とともにクロ−ネの体は変わっていく。

 正確に言うのならば、下半身のみが。

 腰から下が虹色にも似た鱗を持つ大蛇へと変わっていく。

 それを見ながらミハイルはふとクロ−ネの私室のノッカ−にあった蛇の細工を思い出した。

 あれは自身の正体を暗示していたのだろうか。

 国教会の伝承にある蛇神バフォ−メット、その眷族に半人半蛇の怪物がいたという。

 蛇の怪物だとミハイルはフィンロア−ユに聞いていた。

 オルシュ司祭の『‥‥‥ア』という文字、あれはこの怪物ラミアのことを指していたのだ。

 フィンロア−ユはクロ−ネの変わり様を見ながら、勝てるのかと思った。

 ミハイルとて同様であった。

 様々な怪物の話を酒場で怪物殺しに聞いたことはあったが、蛇神の眷族たるラミアの話は聞いたこと

 はない。

 それだけに、どんな力を秘めているのか。

「ふぅ……やりましょうか」

 声とともにラミア・クロ−ネの手に二十近い光弾が浮かびあがり、フィンロア−ユを襲った。

 二、三はかわしたものの数が多く、フィンロア−ユはまともにそれをくらい、沈黙する。

「少々、あっけなかったわね」

「馬鹿な……呪文もなしに呪文を……それになんという魔力」

 ミハイルはかすれた声をあげる。

「蛇神の眷族の力、おわかりかしら。心配しなくてもあなたはすぐに殺さない。ソフィア同様にあなた

 の精を吸い尽くしてからね」

 ラミアは低い笑い声をあげる。

「大した、いやとんでもない怪物ですね。こちらも本気でいきますよ」

「本気できたからといって勝てるわけがない、抵抗は無駄と知りなさい‥‥‥何、その力は」

 ミハイルの瞳が黒から輝く青に変化した。

 それとともにミハイルの体から発散される強大な魔力をラミアは感じていた。

「な‥‥‥私に匹敵する魔力、いや、もしかしたら私を超える‥‥‥そんなはずはないわ 」

 絶叫にも似た叫びとともに、ラミアの手から闇色の雷がミハイルへと疾った。

 同時に修道士からも圧縮されたような風の固まりが飛び、それを吹き散らす。

「馬鹿な‥‥‥」

 驚愕するラミア。

 そんなラミアにも眼をくれずに、ミハイルは次の攻撃を準備に移っていた。

「焔火よ」

 言葉とともに、長剣に一際激しい炎が吹きあげる。

 その力の強さは比類ない。

 その強さにラミアは微かに深く遠い記憶を呼び起こして、動揺した。

「馬鹿な‥‥‥そんなはずはない、殺してやる 」

 声とともに今度は炎を撃つ。

 だが、ことごとくすばやい動きでかわされ、さらに力強い剣で左腕を切り落とされる。

「私の左腕、美しい左腕が、殺す、殺してやるッ 」

 歪んだ口元から出る呪咀と憎悪がラミアの魔力を高めていく。

 それを見ながら、ミハイルも手にした剣にすべて力を込める。

「天空の軍神ヴァルギニアスの尊き御名を持ちて、具現せよ、大いなる軍神の裁き‥‥‥」

 剣に宿る炎はさらに激しくなり、轟々と渦巻く。

「そ、それは至聖力‥‥‥」

 ラミアがうめく。

 魔力とは異なる、聖の神々が司る超常の力。

 至聖力と魔力は同時には使えないはずだった。

 だが、剣は魔力の赤い炎と至聖力による白い炎が渦巻いている。

「そんな代物、バフォ−メット神の蛇将ラミアが砕いてくれるわ 」

 声とともにもっとも得意とする氷の呪文が放たれた。

「愚かなる者に鉄鎚を 」

 同時に剣を振るうミハイル。

 剣から炎が飛ぶ。

 氷と炎は激しくぶつかりあった。

 一瞬、互角に見えたが、まさしく一瞬だけ。

 魔力同士は相殺し、至聖力の炎がラミアの体を包みこんだ。

「あああぁぁっ 」

 声とともにラミアは燃え上がっていく。

 やがて、それは塵となっていった。

 

 

 足音が聞こえてきた時、ソフィアは誰かと思って不安になった。

 やがて、ミハイルとフィンロア−ユの姿が見え、ソフィアはミハイルが勝利したことを知り、再び抱

 きついていた。

「とりあえず館に戻りましょう」

 少しして、フィンロア−ユがそう切り出したので、皆は地下道を通って館に向かった。

「そもそもは先代領主の子が死んだ時に起こったそうです」

 館へと向かう地下道を歩きながら、フィンロア−ユは再び『盲の君』として、詳しい事情をミハイル

 とソフィアに語っていた。

 先代領主には一人の子がいて、それをフィンロア−ユといったが、その子はわずか五歳で疫病で死ん

 でしまって、先代領主はいかにしてその子を生き返らすかを考えた果てに、異界と接触して、その技

 術で蘇らせることを決めた。

 だが、交渉を持ったラミアとて人の生き死に左右する力はない。

 そこで代用品をあてがうことを考えた。

 さらにそれを利用して、この世界に潜り込むことを。

 そして、領主としての役目を果たせると判断すると先代領主を闇に葬り、フィンロア−ユを領主とし

 て、楽に食料を得られる立場になるために、フィンロア−ユの姉として側にいたのだ。

「でも、私はフィンロア−ユの性質、つまりは人間としての気質を持っていた、村人から死なない程

 度の精気をとることは黙認できても、今回のような真似をされては黙ってはいられなかった。しかし、

 ラミアの力は強大で私だけでは勝目ない。そこでオルシュ司祭やあなたに助けを借りるしかなかっ

 た」

 そこで一端、フィンロア−ユは顔を下げた。

「その為にたくさんの犠牲者を出してしまって、いかにすれば償えるか。私は人間のフィンロア−ユで

 はないがそれなりの責任と自覚はあるつもりだ」

「では、領主フィンロア−ユ卿として償われては。ぼくにも責任はあるし、聖堂騎士団の一員として助

 力いたします」

「ありがとう、侍祭」

 声には深い感慨がこもっていた。

「さすがはミハイル様、その調子で私との成婚もお願いしますわ」

「そ、それとこれとは‥‥‥」

「私を守ってくださる、という言葉覚えてましてよ」

「うっ」

 痛いところをつかれ、ミハイルは絶句した。

『盲の君』はそれを楽しそうに笑った。

 

 

 館に帰った三人は一人の修道士とラスラ−ド公爵家の紋章をつけた家臣達二十人ほどの者に会うこ

 とになった。

 ソフィア失踪を知った公爵家の家臣達はソフィアがミハイルに執着していることを知り、サイアスに

 事情を話して、ソフィア捜索の助力をあおいだらしく、ようやくここに辿りついたらしかった。

 ソフィアは家臣達にミハイルから引き離されてしまって、ミハイルとしてはほっとした。

「ここで何かあったのか? 死体があちこちに転がってるじゃないか」

「まあ、おいおい話しますよ」

 死んだオルシュや他の者のことをいたみながら、ミハイルはサイアスをフィンロア−ユ近くへ引っ張

 った。

「フィンロア−ユ卿、ご紹介します。こちらはサイアス侍祭、本神殿で審問官を務めるものです」

「初めまして、サイアス侍祭。私は『盲の君』フィンロア−ユ・ギルダ−。王国騎士であり、ヤ−ル村

 の領主です」

 盲目の領主は丁重な挨拶送った。

END

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