国分寺お鷹の道

2015年3月






 
 国分寺駅南口
 国分寺駅南口

 ここはJR中央線の国分寺駅。今日はこの国分寺駅南口からスタートです。あいにく今にも泣きだしそうな空模様。ゴールまでもってくれるかな~。





 まずは殿ヶ谷戸庭園へ
 まずは殿ヶ谷戸庭園へ

 今日は武蔵野の面影が残る小道を、湧水が源流の小川を眺めながら歩くというプランなんですが、その前に今日の散歩についての予習をして行きましょう。駅前の指導標に従い左方向へ進み、殿ヶ谷戸庭園へ。





 東京都立殿ヶ谷戸庭園
 東京都立殿ヶ谷戸庭園

 駅前からほんの100m程歩けば、東京都立殿ヶ谷戸庭園の入り口前に到着です。入園料150円。





 庭園内を散策
 庭園内を散策

 この庭園はかつて三菱財閥の岩崎家が、湯島の本邸や駒込の六義園、深川の清澄庭園などと共に東京に所有していた庭園のひとつで、昭和初期に別邸として使用されていたものです。





 起伏に富んだ庭園
 起伏に富んだ庭園

 武蔵野台地の起伏をうまく利用して造られたこの庭園、写真でも分かる様に画像左側の台地から右側の低地にかけて崖地になっています。





 孟宗竹の小道
 孟宗竹の小道

 特にこの辺りの崖地は国分寺崖線と言い、地域の人々からはハケと呼ばれて、大昔から親しまれて来たのでした。





 次郎弁天池
 次郎弁天池

 次郎弁天池という名のこの池は、園内に湧き出ているハケの湧水を堰き止めて造られています。





 次郎弁天池の源流
 次郎弁天池の源流

 そしてこの殿ヶ谷戸庭園のみならず、この地域周辺にはハケの湧水源が数多く存在しています。

 というところで、今日のタイトルにもなっていてこれから向かおうとしている散策路国分寺お鷹の道の、ここまでが予習篇であります。それと言うのも、お鷹の道はハケの湧水を水源とする清流に沿った散歩道だからです。





 本館展示室
 本館展示室

 これは本館展示室。殿ヶ谷戸庭園に関する様々な資料を展示・公開している建物なのですが、昭和9年に建築されたこの建物こそが、そもそも岩崎家の別邸として使用されていたものなのでした。





 最初の角を左折
 最初の角を左折

 それじゃぁいよいよ、お鷹の道を目指して歩いて行きましょう。殿ヶ谷戸庭園を後にしてほんの少し国分寺駅方向に戻ったら、最初の角を左へ。殿ヶ谷戸庭園の外周に沿って進みます。





 つき当たりは公園入口
 つき当たりは公園入口

 庭園に隣接した自転車駐輪場を横目に歩いてくると、正面に小さな公園の入口が見えて来ます。





 公園を縦断
 公園を縦断

 ひと先ず公園内に入って、この公園を縦断しましょう。





 公園沿いの道を直進
 公園沿いの道を直進

 公園を出たら、公園に沿って走る通りをそのまま直進。





 坂道を下る
 坂道を下る

 やがて通りは下り坂になって、その先で小さな川を越えているのが見えます。





 道標に従い進む
 道標に従い進む

 この川は国分寺市に湧き出て、世田谷区で多摩川に注いでいる野川です。ここからは「お鷹の道」への指導標に従って歩いて行きましょう。





 不動橋
 不動橋

 相変わらず天気はどんより曇り空。折りたたみ傘でも持って来れば良かったか・・・ などと考えながら野川に架かる小さな橋、不動橋を渡ります。





 住宅地を進む
 住宅地を進む

 これから暫し住宅地の中の狭い入り組んだ道を歩いて行くのですが、所々に指導標があるので迷う事はありません。





 お鷹の道
 お鷹の道

 殿ヶ谷戸公園を後にしておよそ1km位は歩いて来たでしょうか。澄んだ小川に寄り添って延びる道が現れました。待ってマシタ! ここからがお鷹の道であります。





 小川沿いに進む
 小川沿いに進む

 ところで、何故お鷹の道なんでしょうか?

 案内板によると、江戸時代にこの辺りは尾張徳川家のお鷹場(鷹を使って狩りをする場所)に指定されていた事かららしい。





 カワニナを見つけました
 カワニナを見つけました

 既記の様にこの小川はハケの湧水を水源としているため、思いっきり澄んでいます。だから綺麗な水の中にしか居ないカワニナや、そしてこれを餌にしているホタルなども生息しているんです。





 道標に従い右折
 道標に従い右折

 お鷹の道を暫く歩いて来たところでちょっと寄り道。「真姿の池」への指導標に従って、右方向へ一旦外れます。





 名水100選に選ばれてます
 名水百選に選ばれてます

 この辺り一帯はお鷹の道・真姿の池湧水群と呼ばれていて、旧環境庁(環境省)が昭和60年に全国から選定した名水百選のひとつにもなっています。





 真姿の池と真姿弁財天
 真姿の池と真姿弁財天

 その昔不治の病に冒されたある美しい姫が池の水を浴びたところ、見事に病が治癒して元通りの美しい姿に戻ったと伝えられているのが、この真姿の池





 ハケの湧水
 ハケの湧水

 これは真姿の池の近くで見つけた、ハケの湧水源。画像上部の台地とその崖地の下から湧き出た湧水が小川となって流れ出しているという、シンプルで分かりやすいハケの湧水のスタイルです。





 再びお鷹の道
 再びお鷹の道

 ちょっと寄り道したけど、再びお鷹の道へ戻って先へと進みましょう。





 旧本多家住宅長屋門
 旧本多家住宅長屋門

 こんなところで立派な長屋門を発見。案内板によると、江戸時代末期の1848年に建てられたもので、この付近に暮らしていた名主家の門なのだとか。





 ベンチで一休み
 ベンチで一休み

 お弁当でも広げてゆっくりと一休み出来そうなベンチとテーブルがありました。ここ迄がお鷹の道の散策路です。そしてお鷹の道を抜けるとすぐその先にあるのは、街の名前の由来にもなった真言宗豊山派の寺、武蔵国分寺





 武蔵国分寺
 武蔵国分寺

 そもそも本来の国分寺とは奈良時代の741年、当時大流行していた疫病(天然痘)や飢饉から仏の力で国を守るため、聖武天皇の命で諸国に建立された官寺のこと。





 旧武蔵国分寺 講堂跡
 旧武蔵国分寺 講堂跡

 当時の寺院中枢部は、現在地よりも若干南側にずれた場所にありました。そして1333年、この近くで起こった分倍河原の戦いのために、当時の寺院は消失してしまったと言われています。





 楼門
 国分寺楼門

 江戸時代の建築様式をとどめたこの楼門、案内板によると元々他の寺院にあったものを、明治時代に移築したのだとか。





 国分寺仁王門
 国分寺仁王門

 これは18世紀中頃の建立と言われる仁王門です。この画像では分かりませんが、1718年造立になる二体の仁王像が安置されています。





 国分寺薬師堂
 国分寺薬師堂

 旧武蔵国分寺を焼失させた分倍河原の戦い。その勝者となった新田義貞が1335年に薬師堂を寄進したと伝えられています。尚、現在の薬師堂は江戸時代の18世紀中頃に再建されたものです。





 本村八幡神社
 本村八幡神社

 武蔵国分寺に隣接してあるのは本村八幡神社。そしてその社のすぐ裏側に小さな児童公園があって、公園の片隅には竪穴住居跡が残されています。





 竪穴住居跡
 竪穴住居跡

 昭和31年に旧武蔵国分寺の発掘調査が行われ、その時に一緒に発見されたのが、同時代のものと思われるこの竪穴住居跡。だけどそばに建っている案内板がなけりゃここが竪穴住居跡だなんて、これじゃだぁれも分からないよネ。(苦笑)





 消防署前を通って
 消防署前を通って

 今日の散歩のゴールはJR西国分寺駅。この場所からは歩いて15分ほど。竪穴住居跡のある児童公園を出て、お隣の消防署の前を通り過ぎます。





 都立武蔵国分寺公園
 都立武蔵国分寺公園

 そして消防署の隣にあるのは都立武蔵国分寺公園。このまま真っ直ぐゴールの西国分寺駅へ向かっても良いんだけど、とっても綺麗な公園なので、折角だからここを抜けて行こう。





 先ずは南側のエリアから
 先ずは南側のエリアから

 この大きな公園は、都道を境に南北二つのエリアに分かれています。この南側のエリアは芝生の広場や野鳥の森など自然がいっぱい。





 南北を結ぶ橋
 南北を結ぶふれあい橋

 二つのエリアを結ぶ橋、ふれあい橋を渡って今度は北側のエリアへ。





 東京都道立川国分寺線
 東京都道立川国分寺線

 ふれあい橋の下を走るのは、東京都道145号立川国分寺線。





 北側のエリアにやって来ました
 北側のエリアにやって来ました

 大きな池がある北側のエリアへやって来ました。敷地108,000平方メートル余りのこの公園、元は旧国鉄の中央鉄道学園の跡地を利用したものです。





 西国分寺駅を目指して
 西国分寺駅を目指して

 武蔵国分寺公園を南北に縦断して来ました。ここから西国分寺駅までは、南西方向へ歩いておよそ10分。道なりではないですが、駅までの道のりは分かり易い。





 JR西国分寺駅
 JR西国分寺駅

 ゴールの西国分寺駅に到着です。国分寺駅をスタートした時は今にも泣きだしそうな曇り空だったけど、日頃の行いが良いせいか? 何とか天気も持ってくれました。









★交通 JR中央線国分寺駅下車
★歩行距離 約 4.5 km



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