内堀通り

2008年12月




JR東京駅 丸の内中央口前  東京の、いや日本の中心の駅JR東京駅にやって来ました。まずは丸の内中央口に出て、駅前から真っすぐ伸びて行く道を進みましょう。正面遠くには皇居の木立が見えています。
JR東京駅 丸の内中央口前


 駅前に出るとすぐに見えて来るこの高層ビルは丸ノ内ビルディング、通称丸ビルです。この丸ビルを横目に、高層ビルが建ち並ぶ丸の内のオフィス街を進んで行きます。 丸の内ビルディング
丸の内ビルディング


国道1号線を渡って  まもなく国道1号線の日比谷通りに突き当りました。ここは和田倉門交差点。目の前の横断歩道を渡ったら右へ。日比谷通り沿いに少しだけ進みましょう。
日比谷通りを渡って


 進行方向左側に見えているお濠は皇居和田倉濠。そして濠に架かるこの橋は和田倉橋 和田倉橋
和田倉濠と和田倉橋


和田倉橋  和田倉橋を渡り、前方に見えている石垣の向こう側にある皇居外苑へと入って行きましょう。
和田倉橋


 皇居外苑に入るとすぐにあるのが和田倉噴水公園です。そして噴水公園内を通り抜けた先には大通りが走っています。これが今日の主役、内堀通りです。 和田倉噴水公園
和田倉噴水公園


内堀通りを渡る  内堀通りはその名のとおり皇居内堀に沿うかたちで、皇居の周りをぐるりと一周している通りです。ひとまず、目の前にある横断歩道で内堀通りを渡ったら、そのまま真っすぐに皇居外苑内を進んで行きましょう。

 ところで旧江戸城でもあったこの皇居は、おおよそ5つの部分に分ける事が出来ます。(地図参照)
内堀通りを渡る


 皇居前広場を中心とした出入り自由なパブリックゾーンのここ外苑、同じく出入り自由な森林公園の北の丸公園、御所や宮中三殿などがある言わば皇室のプライベートゾーンとしての吹上御苑、宮殿や宮内庁など公務がらみの施設を置く旧西の丸、江戸城の時代の文化財が多く残され一般公開されている東御苑などです。 皇居外苑
皇居外苑


坂下門と宮内庁庁舎  以降はお濠を右手に置いて概ね内堀通り沿いに、東京ドーム25個分の面積になる皇居を時計周りでぐるりと1周するというのが今日のコースです。

 外苑を歩いていると、やがて坂下門が見えて来ました。
坂下門と宮内庁庁舎


 そして坂下門の右隣、お濠の石垣の木立越しに見え隠れする白い建物は宮内庁の庁舎です。 宮内庁庁舎
宮内庁庁舎


皇居外苑より丸の内の摩天楼を望む  歩いて来た方向を振り返ると、丸の内のビル群が確認できます。平成10年から始まった丸の内の高層建築化、いわゆる「丸の内マンハッタン計画」によって、日本有数のオフィス街の景観は様変わりしました。
皇居外苑より丸の内の摩天楼を望む


 皇居の中で最もポピュラーな景色が見えて来ました。正門石橋です。この橋、よく二重橋と言われる事がありますがこれは誤りで、この正門石橋の奥にある正門鉄橋が本当の二重橋です。 正門石橋
正門石橋


正門鉄橋 (二重橋)  しかしながら現在ではその姿があまりにも有名になりすぎた正門石橋も含め、二つの橋を合わせて二重橋と呼ぶ様になっています。 ・・・と言う事でこれが正門鉄橋、本来の二重橋です。むかしこの橋の構造が上下二重になっていた事からその名が付きました。
正門鉄橋 (二重橋)


 やがて目の前に現れた大きな門、これは歴史の教科書で有名なあの桜田門。 幕末の1860年、大老井伊直弼が水戸の浪士などに襲撃、殺害された「桜田門外の変」はこの近辺で起こったものでした。 桜田門
桜田門 (重要文化財・国)


警視庁庁舎   桜田門をくぐり、皇居外苑をあとにしましょう。正面に見える三角の建物は警視庁、そしてその手前を走る通りが内堀通り。通りに出たら右方向へ歩いて行きます。この内堀通りの向こう側一帯は霞が関の官庁街。官僚の代名詞的な使われ方をする街です。
霞が関と警視庁庁舎


 官庁街の中でもひと際目立つこの赤レンガの建物は法務省の旧本館。明治28年に竣工され、昭和20年の東京大空襲で大部分を焼失後に改修されて、更に平成6年には当初の外観への復元工事が施されました。 法務省旧本館 (重要文化財・国)
法務省旧本館 (重要文化財・国)


内堀通りと国会議事堂  内堀通りを少し進むと正面ずっと先に、お馴染み国会の建物が現れました。その手前で右方向にカーブしてゆく内堀通りから一旦外れ、国会議事堂を目指して真っすぐに進みましょう。
内堀通りと国会議事堂


 官僚の代名詞霞が関から、政界の代名詞永田町へ入ってきました。国会議事堂に突き当ったら、右へ折れましょう。 国会議事堂
国会議事堂


憲政記念館  議事堂前の通りを150m程進んだ右側にあるのは、衆議院事務局が運営する憲政記念館。議会政治の父と呼ばれ、東京市長や閣僚などを歴任した憲政の神様尾崎行雄(1858〜1954)を記念して、昭和35年に開館したものが前身です。入館無料。
憲政記念館


 記念館前では、尾崎像が手を挙げて歓迎しています。元々この地は彦根藩の上屋敷だった所で、彦根藩主にして大老の井伊直弼がここから江戸城への「出勤」途中、既記の様に桜田門外の変が起きました。

 その後この場所には、旧日本陸軍の軍令と軍政を司る参謀本部と陸軍省、それに陸相官邸が置かれます。そして更にその後、旧軍の暴走を批判し続け、軍縮運動を推し進めた尾崎行雄の記念館がこの地に作られたのも、歴史の悪戯のようです。
尾崎行雄
尾崎行雄


議事体験コーナー  館内では映像や資料などに依り、わが国議会政治の歩みや国会の運営などが分りやすく理解できる様になっています。写真は衆院本会議場の演壇模型。実際の物に比べて3/4のサイズです。
議事体験コーナー


 憲政記念館前の道をそのまま進むと、すぐにまた内堀通りと合流します。ここは三宅坂の交差点。交差点を渡ったら真っすぐお濠沿いに、再び内堀通りを歩いて行きましょう。 三宅坂交差点
三宅坂交差点


最高裁判所  内堀通りの左手向こう側には、最高裁判所の建物が見えています。
最高裁判所


 最高裁判所の隣にあるのは国立劇場。主に歌舞伎、文楽、落語など、日本の伝統芸能の上演が行われています。 国立劇場
国立劇場


桜田濠  今日はお濠を常に右手の位置にして歩いています。

 この辺りの濠は桜田濠。こうした深い谷が入り組んだ濠の形状を見ていると、江戸城が自然の地形をうまく利用して築かれた事が分ります。
桜田濠


 半蔵門が見えて来ました。この門は御所に対して一番近い位置にある門で、天皇陛下や皇族の出入りにはこの門が使用されます。と、言う事で警備も厳重で、今日も警官の姿があちこちに見えています。 半蔵門
半蔵門


千鳥ケ淵公園  半蔵門を過ぎるとすぐ、お濠沿いに細長く続く千鳥ヶ淵公園があるのでこの中を歩いて行きましょう。
千鳥ヶ淵公園


 左手、内堀通り越しに見える白い洋館はイギリス大使館です。 イギリス大使館
イギリス大使館


千鳥ケ淵交差点  イギリス大使館の少し先、千鳥ヶ淵公園が終わったところにある交差点は千鳥ヶ淵交差点。ここでまた一旦内堀通りを離れて交差点を右折、濠を渡って代官町通りに入ります。
千鳥ヶ淵交差点


 この先は一時的に、濠の位置が左手に移る事になります。代官町通りの左脇にはお濠に沿った土手の道があります。折角なので眺めの良いこの道を歩きましょう。 土手の道
土手の道


国立近代美術館工芸館  左手に見えて来た洋風レンガ造りの建物は、国立近代美術館工芸館。元は旧近衛師団司令部として、明治43年に建築されたものです。
国立近代美術館工芸館 (重要文化財・国)


 近代美術館工芸館は北の丸公園の南端に位置しています。代官町通りに面した工芸館の角を左に折れて公園内に入り、しばらく北の丸公園を散策してみましょう。 北の丸公園
北の丸公園


光る玉ねぎ発見! 問題

 公園の林の上から顔を覗かせている、金色に光る玉ねぎ。この大きな玉ねぎの下には一体何があるのでしょうか。

答え

 北の丸公園内にある施設のひとつ、日本武道館でした。本来ここはその名のとおり武道のための競技施設なのですが、「武道館公演」などと言われるように、今では音楽ライブの興行の方がメジャーになってしまっています。因みにこの「玉ねぎ」は擬宝珠(ぎぼし)と言う飾りで、玉ねぎではありません!
光る玉ねぎ発見!


 ♪ 千鳥ヶ淵 月の水面 ふり向けば 澄んだ空に 光る玉ねぎ ♪

 ・・・と言う訳でちょっと前の歌ですが、サンプラザ中野が作詞した爆風スランプの楽曲「大きな玉ねぎの下で」は、武道館コンサートでペンフレンドの女の子と待ち合わせした男の子がフラれてしまうという内容でした。
日本武道館
日本武道館


科学技術館  この他公園内にある施設としては、科学を自分の身体で体験し理解する事が出来る施設、科学技術館があります。入館料大人600円。そう言えばウチの子供たちがまだ小さい頃は、よくここに連れて来て遊ばせたなぁ。
科学技術館


 再び代官町通りに戻り、そのまま先へと進みましょう。間もなく左手に見えて来たのは国立公文書館。1階の常設展示場は誰でも自由に出入りができ、大日本帝国憲法の原本や、大江戸絵図などの展示物を閲覧することが出来ます。入館無料。 国立公文書館
国立公文書館


竹橋と毎日新聞社  その先、竹橋でお濠を渡ると再び内堀通りに合流します。ちょうど合流地点にある円筒形の物体が特徴的なビルは、毎日新聞社。ここからはまた、お濠の位置は右手に戻りました。
竹橋と毎日新聞社


 毎日新聞社の向かいあたり、内堀通りの右側には太田道灌公追慕の碑がありました。これは江戸城を築いた太田道灌の没後450年を記念して、昭和の初期に当時の東京市によって建立されたものだそうで、江戸城の石垣が使われているとか。 太田道灌公追慕の碑
太田道灌公追慕の碑


平川門  太田道灌公追慕の碑のすぐ近くには平川門があります。写真では分り難いのですが、橋を渡った先の右側になります。この門は当時、大奥へと続く通用門として主に女性に利用されていました。
平川門


 平川門の少し先にある震災いちょう。案内板によると樹齢150年を超えるもので、大正12年9月1日の関東大震災で辺り一面焼け野原になったにも拘らず生き残ったこの木を、この場所に移植したのだそうです。 震災いちょう
震災いちょう


気象庁(左)と東京消防庁(右)  その先、内堀通りがお濠に沿って大きく右カーブをする場所の正面には気象庁東京消防庁があります。
気象庁(左)と東京消防庁(右)


 次に見えてくる門は大手門。ここからは東御苑(入場無料)へと入って行けますが、今日は素通りしてそのまま先へ。 大手門
大手門


JR東京駅  大手門を過ぎると間もなく、左手内堀通りを越えた先の正面奥には、今日のスタート地点だったJR東京駅の赤レンガの駅舎が小さく見えています。ここでゴールとなりますが、その前にちょっと寄り道。先ずは内堀通りを横断して東京駅を目指し直進、間もなく赤レンガ駅舎の手前で国道1号線の日比谷通りと交わるのでこれを右へ。
JR東京駅


 300mほど歩いた先、通りの左側に見えてきたちょっとクラシックな感じのビルは、昭和9年竣工の明治安田生命本社ビル(明治生命館)。終戦直後の昭和20年〜31年の間は連合国軍総司令部(GHQ)が接収していました。因みに最高司令官のあのマッカーサーは、ここから更に300mほど先にある、同じく接収した第一生命ビルに居ました。どうも進駐軍は生命保険がお好きなようです・・・。 明治生命館 (重要文化財・国)
明治生命館 (重要文化財・国)


東京メトロ二重橋前駅  このあと東京駅まで戻っても良いのですが、すぐ近くには東京メトロや都営地下鉄の駅もあるので、今日はこちらでゴールと言う事に。
東京メトロ 二重橋前駅








★交通 JR東京駅丸の内中央口
★歩行距離 約 8.0 km


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