「ヅカ・ダンサー足の悲劇」

 先日買い物のついでにとある靴屋をのぞいた。そこは尋常でない厚底ブーツとか、なんの生き物かよく分からない柄の毛の生えたミュールとか、おおむねコギャルの好きそうな品物がたくさん置いてある店だったが、ちゃんとごく一般的なブーツも置いてあった。冬のバーゲンに突入したこともあり、私がひどい選り好みさえしなければ、お手ごろな値段で売られていたそれらの中から、ごくシンプルでスマートな一足を履いて、イマドキのおしゃれさん仲間入りをごくごく簡単にできた、・・・・・・はずだった。

 ジーパンの裾をふた折ほどめくりあげ、手にとったスクエアのつま先の細身の一足を履いて私は一気にファスナーを引きあげようとした。しかしおかしい。足首には余裕があるのに、あげたジッパーはひざ下5センチでびくしない。どうしたことだとジーパンをもう一折した所で、私は愕然とした。なんと私の足はいつの間にかあの「ヅカ・ダンサー足」になってしまったのだ。
 
 ここで言うヅカ・ダンサー足とは、最近のではなく、一昔前のスターさんの足のことだ。かつてのタカラジェンヌはお世辞にもマレーネ・デートリヒのような脚線美ではなかった。特に足を出すことが多い娘役さんはそれが顕著で、カクテルドレスが数段ゴージャスになった衣装を身にまといトップスターに寄り添うその足は、あくまで骨密度の濃い骨格の上に、褐色筋肉しっかりとついたむっちりというよりはがっちりとした、正統派スポーツ選手の足だった。

 今時の、細い顎やすんなりした手足から判断するに、正座なんてしたことないし米よりパンが好きとかの欧米スタイルを経てヅカに入ったようなタカラジェンヌではなく、昔ながらの畳に正座、和食をもくもくと食って成長したであろうタカラジェンヌの足を私は「ヅカ・ダンサー足」と呼んでいる。(・おそらくこの世でこの私ただ一人だけだろうが。)説明が長くなってしまったが、私は2年を越すタップ生活を経て、とうとうその「ヅカ・ダンサー足」になってしまったのだ。

 足首のわりにふくらはぎが太い。ちょうど、膨らましたバルーン・アートの風船のハシを、ぎゅっと掴んだようなかんじの肉付き。なのでロングタイトやブーツカットのパンツなら、裾から垣間見えるのはきゅっと締まった足首で、なかなかセクシーダイナマイツなのだが、ファスナーつきのロングブーツを履くにはがぜん苦労する。だって足首の布地はひだが出来るほど余るというのに、ふくらはぎに来た所でびくともしないなんて・・・。

 さらにこれを作る基準になっているであろう、今時のタカラジェンヌではない普通の娘さん達も、何だかやたらと細い骨格と肉付きをしているらしく(一体何を食って生きているんだ、カスミか)私の本来の靴のサイズ自体を上げても、ファスナーを閉められないのだ。ストレッチ素材のブーツでもそれは同じことだった。

 悔しいのもあったが、何よりも真冬に汗をかくほど恥ずかしかったので、私はさっさと諦めてブーツを脱ぎかけた。
するとそれを傍らで営業スマイルを浮かべて見ていたギャルな店員が途端に血相を変えて、
「毎日履いていてれば、そのうち伸びると思いますから!」
そうやってかがみ込んで
無理やりファスナーをあげようとするではないか。
”そりゃあんたに比べれば、私は鼻で笑っちゃうような小デブな女かもしれんが、それなりに身の程は知ってるつもりだし、そもそもこんなコギャル御用達のショップでブーツを買おうとしたのが間違いだったと潔く認めて出て行こうとしているじゃないか、頼むからやめろやめろってば!やめてくれえええええ!!”

 ……しまいには、薄皮をはさみながらファスナーを引きあげられたので、私は大声でそれを制止した。店員はようやくそこで引き下がったが他のものを奨めようとしたので、私は慌てて立ちあがった。

 その後ショックから立ち直れないままふらふらとショップをさ迷い、そのうちの一軒の、親切な店員さんのおかげで私は何とかロングブーツを手に入れることが出来たのだが、やはりファスナーつきのものは諦めざるを得なかった。

 繰り返すが、私は決して上から下まですとんと100 cmなどというご立派なサイズではない。一緒に買い物に来ていたイトコに、私は必死で弁解した。

”ブーツが入らないのは私の足がダンサーの足だからであって、だから決して私はデブではないんだ!!”

イトコは笑いながら私の言い分に納得し、さらにちょっとした優しさからだろうが駄目押しで、

”そうよお、だってほら、こんなの誰だって入らないわよー”

そう言って私に入らなかったブーツを履き、イトコがにこやかにファスナーを引き上げたが、・・・・・・キュキュウと軽やかな音を立てながら上まできちんと閉まっていった。・・・・・・沈黙。

 ちなみにイトコはコギャル世代ではない。しかも私より大分年上だ。


”・・・やっぱり私が、デブってことですか?”(涙)

2001.1.28

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