帰宅して、母に話のついででその犬の一件を話すと ”どうせ飼っていいって、言うはずないから”とかなんとか母は言いながらも迷子(というよりほとんど捨て子(!)になった上にあっちこっちたらいまわしにされた身の上を、私同様とても気の毒だったらしく、 「可愛いの?大きさはどれくらい?お利口さん?……大人でも、慣れるものなのかしら」 と、かなりつっこんだ興味を示した。 私も、”大人でも、しつけ次第で大丈夫らしい”などとこたえていたのだが、今までどれだけ私と母の間で話が具体的になろうがいつも父の、“駄目だ”の一言で片付くのが常だったので、あくまで話の盛りあがりの上と妙な割り切りをしていて、だからそうやって話ながらも我が家にそいつがやってくることなど、ケほども期待してなかった。 夜も更けて、母は自室に引っ込みほどなく父が帰宅した。……実は、この数日前に私と父はひっじょーに下らないことで喧嘩をしていて(今考えても思い出せない位、理由としてはくだらない)そのせいですこぶる機嫌が悪く、少々酔ってもいた。私は私でこういう時ほとぼりが冷めるまでは口もきかないタチなので、部屋の空気は悪かったのだが、たまたまこの時、 ”オトナゲないのはいかんな” などと思い、つとめて明るく何気なく、例の犬の話をしたのだ。あくまで世間話のつもりで。 「ねえそういう訳で飼ってみませんかね、その犬」 私がへらへらしながらそう言うと父は突然、 「俺はお前の意見などきかん!」 そう怒鳴るとぐだぐだと絡み始めたのだ。 ……いくら堅物のオヤジだからといってもせめて、 ”全然飼ったことないしなあ。大変だからなあ” 位の超ストレート球か、 ”そんな子供の代わりみたいなのじゃなくて、本物の子供をつれてきてくれよ” とか位の、外角低めの変化球が言葉のキャッチボールで返ってくることを私は期待していたのだが、出てくるのは私の生活態度や嫁に行かないことなど(〜ほっとけ)およそ今はどうでもいいことばかりが羅列されうんざりすることこの上ない。 酔っぱらいの言うことを、真面目に取り合うこともないのだが、だんだんエスカレートしてコトが舞台の話になり、何だか知らないがここにはまったく関係ない、好きな舞台役者さん達とかへのバッシングになってきてしまうと、うんざりを通りこしてに猛烈にムカついてきた。 “あたしゃ、あんたと関係修復をしようとしてんのに、何で絡まれなきゃならなんだ。しかもしかもしかもさー!今は役者連中のことはぜんぜんかんけーねーじゃねーかよー!” と、口に出して言うとまた揉めるので心の中で力一杯叫んだ私は、 「〜もう結構ですっ」 そう呟いてから食器を片づけはじめた。父はまだ何やらごちゃごちゃ言っていたが、私が完璧な無視を決め込んでいるとそのうちリビングから姿を消した。 ”〜ふん!貴重な時間とエネルギーを浪費しちまったぜい!!” 鼻の穴を北島居サブちゃん並みに膨らませながら、がちゃんがちゃんと音を立てて食器を皿を洗い始めた所へ、母がばたばたと階段を駆け下りてキッチンへやってきて、 「ちょっと、そのい犬、飼ってもいいって言ってるわよ!」 「ええ!?」 「あんた何を言ったのよ?」 何と言われても、私はついさっきここで酔っ払いが絡んでたのを、冷たくやり過ごしただけですがな。おいおいホントにマジっすか?思わず泡だらけの手で頭を抱えてしまった。 かくして長らく禁忌とされてきた「お犬サマ」が、我が家にやってくるかもしれなくなったのだが……。 |