「六年前の降魔戦争、我々は己が身と剣のみで降魔に立ち向かい、辛くも魔の撃退に成功した。『破邪の力』を受け継ぐ唯一の男、真宮寺一馬の命と引き替えにな... だが、真宮寺のいない今、降魔に対抗する手段は失われてしまった」
「.....」
「だが我々には対降魔の切り札がある。最後の手段と言ってもいい。それが、これだ!」
「こ、これは...」
「そうだ、これらは魔神器と呼ばれている」


第九話 現われた最終兵器

Chapter 9


大神:...魔神器...
米田:そうだ。これが我々の対降魔最終兵器、最後の切り札だ。見ればわかると思うが、魔神器は三種の神器、すなわち...
大神:冷蔵庫、テレビ、洗濯機。
米田:ほー。じゃ大神よ、てめえいっぺんこの剣で洗濯できるもんならやってみろってんだ、おーっ?
大神:...参りました。
米田:分かればよろしい。
あやめ:...この鏡・剣・珠、古の三祭器が我々のもとにある限り、降魔たちを退ける絶対的な力をもつわ。帝都の封魔結界がすべて破壊された今、降魔が地上に出現するのを辛うじて防いでいるのはこの魔神器なのよ。でも...
米田:ひとたびこれが敵の手に落ちたときには、力を増大させた降魔が一斉に帝都にあふれ出すことだろうよ...
大神:...でも、なぜそんな重要なものが帝劇の...しかも地下倉庫にあるんですか?
米田:この銀座本部は、帝都でもっとも霊気が集中する地脈のツボだ。
あやめ:霊気とは自然とそこに生きる生物の力...人の『想い』の力なのよ。その力の場で、魔の波動を鎮める神楽として私たち歌劇団は歌い踊り...
大神:たらいをおっことし...
あやめ:落とし穴に落ち...じゃないでしょ、あれは番外編。大神くん、どうしたの、熱でもある?
大神:い、いえ...失礼しました。
米田:ともかくだ、この魔神器だけは、決して敵の手に渡すわけにはいかん! だが、叉丹の奴はこの魔神器を狙って必ずこの大帝国劇場を攻めてくる。よって、大神ぃ!
大神:は、はい!
米田:てめえはあやめくんと共に、この地下倉庫近辺の守りを固めろ。今回は失敗は絶対に許されんぞ、心してかかれ、いいなっ!
大神:りょ、了解しましたっ。

 だが、米田にはどうしても拭いきれない一抹の不安がつきまとうのだ。大神が頼りないという意味ではない、何か、もっと根本的なところで、自分は何か重要な事実に気づいていないのではないか... 歴戦で培われた彼の鋭い勘が彼自身に何かを訴えているのだが、米田自身にもそれが何かは理解しかねるのだった。


 魔神器は何があっても叉丹の手に渡すわけにはいかない。あやめと大神は地下倉庫に通じる廊下に立ち、対降魔防御装備の検討に入っていた。降魔が大帝国劇場に進入してくるような事態は決してあってはならないが、万が一の時を考え準備を怠らないことが肝要である。
「ここにワナを仕掛けると敵が入っても、地下倉庫までたどり着けませんね」
 なにかを一所懸命に考えていたような大神が、おもむろに口を開いた。
「ワナ?」
 あやめが思案する。
「そうねえ、霊子水晶弾頭装備の蒸気ガトリング速射砲...うーん、このあたりに実装するには少々大がかりに過ぎるわね」
「だったら...例えば、天井からたらいが落ちてくるとか。面白いですよ、きっと!」
 ドリフターズのない世界で育ってきた大神にはこの手のギャグに免疫がなかったらしい、彼の頭の中では既にたらいと落とし穴が記憶総量の90%を占め、海軍首席は今や単なるパープリンと化していた。一時的ではあるが。
「......」
「...失礼しました」
「ふ、ふふふ...大神くんはいいわね、いつも心にゆとりがあって...」
 余裕の笑みを浮かべるあやめではあったが、しかしギャグとは思えない大神のあまりの真剣ぶりに彼女の思考は混乱を極めていた。
 (そ、そんな、海軍首席の大神くんがこの非常時にこんな意味もないボケをいれるはずはないわ...一体どうして...そ、そうだわ、これは攻撃をしかけてきた降魔に対してその戦意を喪失させるための高度な心理戦に違いないわ。そ、そうよ。さすがは大神くんね、コントの舞台からも奇想天外な作戦を考案するなんて...)
「そう、それでいいのよ、大神くん。...これからも、ユーモアと優しさを忘れない、素直な大神くんのままでいてね」
「...へ?」
「...いいえ、なんでもないの。さ、大神くんのアイディア、使わせてもらうわよ」

 かくしてあやめのとんちんかんな勘違いによりたらい攻撃は大帝國劇場緊急防御要項に制式採用されることになった。だが、設置にあたりこの『たらい2個&降魔検知式自動落下装置』だけはどうしても上層部の理解を得られずに予算が付かず、結局あやめのポケットマネーから捻出することになったらしい。この日から次の給料日までの十日間、食堂では大飯を食らうカンナを横目に、帝劇にお歳暮で大量に届いた具なしうどんを朝昼晩毎日すすり続けるあやめの姿があったという。
 なお、帝劇にマジでたらい攻撃が装備されたことを知った米田長官はショックのあまり三日間ほど寝込んでしまったが、後日本当にたらい攻撃で降魔が撃退されたことを知りさらなるショックで一週間ほど再起不能に陥ったという。


「さてと、報告書を仕上げにゃならんが...ええと、あやめくん、報告用紙はどこにあるんだったかな」
「あ、それなら、ここの棚の中にしまってありますわ。...どうぞ、長官」
「いつもすまねえな、あやめくん」
 差し出された報告用紙に手を伸ばした米田の目がふと、あやめの小脇に挟まれた一冊の洋書に止まった。読書家の彼女が本を持ち歩いていること自体は、別段珍しくもなかったのだが...

 'Dr. Jekyll and Mr. Hide'  Robert Louis Stevenson

「おや、めずらしい本を読んでるんだな、あやめくん」
「あ、あら、これですか? さっき二階に上がってた時に、ついでに書庫へ寄って借りてきたんです」
「ほおう。それにしても変わったのを選んできたもんだな。そういやあ、その話の主人公にはちゃんと実在のモデルがいたらしいぞ」
「えっ、...実在の、人物、ですか?」
「何でも、昼間は立派な名士として皆に尊敬され、町中の家にパーティーやらディナーやらに招かれていた男が、夜になったら昼間招待された家にまんまと忍び込んで盗みを繰り返していたっていうんだからな」
「あらまあ、そうだったんですの? この物語には、貧困にあえぎ苦しむ大衆と贅沢の限りを尽くす資本家たちという表裏を併せ持った当時のエディンバラの町の姿が比喩として描かれているといった話を聞いたことがありますけど、でも...」
「どうした、あやめくん?」
「...やはり、ジキル博士は結局ハイドの言いなりになる以外、もはや何の手段もないのでしょうか、長官」
「...?」
「...いえ、何でもありません。では、私はそろそろ失礼しますので」
「え、あ、ああ、今日も一日ご苦労」
 ドアの向こうに消えていくあやめの、どこか思い詰めたような表情が米田の目に残った。


 赤い月だった。
 あやめの体は、地下の格納庫に向かい一歩、また一歩と進んで行く。
 今や、あやめには『彼女』がはっきりと知覚できる。毎夜夢に現れあやめを苦しめてきた彼女。彼女の姿は日毎に明確になり、彼女の声は日毎にその大きさを増す。そして今、もはや押さえきれぬまでに増大した『彼女』の力があやめのすべてを奪い去ろうとしている。
「...くっ...私は...このまま...本当の...わたし...」

 消えゆく自分を辛うじて保つ、内なる敵との壮絶な格闘。薄れ行く意識の中、夜の見回りで地下にやってきた大神の姿があやめの目に映った。
「...大神、くん...」
「あれ、あやめさん、どうしたんですか、こんな夜遅くに?」
 つかの間の安堵。だが敵はそれさえも容赦はしなかった。もはや、いかなる抵抗も彼女の前には無力。
「...くっ...くうっ.....!」
「ど、どうしたんですか、し、しっかりしてください、あやめさん!!」
 大神が駆け寄る。
 藤枝あやめの意識が、今、混沌の中に消えた。


←第八話(下)へ  第九話(下)へ→
やって楽しむサクラ大戦のページに戻る

ご連絡はこちらまで: takayuki あっとまーく sakura.club.ne.jp