第六回  子の心、親は知る(前)

 

「王はすでに一つ罪を犯している。それなのに、また、心のねじけた奸臣のうそ偽りの讒言をお信じになって罪を重ねようとされるのですか」

 そう王を弾劾するのは伍奢(ごしゃ)という人です。
 王様にこれだけのことを言ったのです。度胸があります。

 王が以前犯したあやまち、というのはちょっとあきれてしまうものです。
 昔、王は、太子である自分の息子と他国の姫君の縁談を取り決めました。
 家臣たちが、他国までお姫様を迎えに行きます。その家臣のうちの一人が、一足先に戻ってきました。
「王、あの姫君は、それはそれは綺麗な方でございます。臣はあのような美人、見たことがございません。あの美しさの前では、仙女も光を失いましょう」
 と、まぁ、べた褒めしました。そうまで言われる女性に、興味を抱かない男はなかなかいません。写真もビデオもない時代ですから実物を見られるわけでなく、よけい興味がわきます。
「ほう、そんなに美しいか」
「それは、もう」
「そうか」
「どうでございましょう。太子様には別の方をお探しするとしまして・・・」
 ほとんど、悪代官と悪徳商人の会話です。
 やって来た姫君は、本当に美しい人で、王はさっさと自分のものにしてしまいました。
 驚くことに、こういうことは、昔の中国の諸侯にはけっこうあったそうです。現代日本でこんなことがあったら、親子関係は最悪となるでしょう。アメリカなら、おまけに裁判沙汰となることまちがいありません。ですが、昔の中国の子は、親に逆らえません。親は絶対的な上位者です。なんといっても、孝(親子の間の愛)の国ですから。
 太子である息子さんに同情してしまいます。

 そして、今、王は、伍奢の言うとおり奸臣の讒言によって再びあやまちを犯そうとしています。
 この奸臣というのが実は、王に、息子の奥様になる人を略奪させたヤツ。頭にくるので名前を出しましょう。費無忌(ひむき)といいます。なにが「忌まれること無し」でしょうか。
 全く正反対の人間ではありませんか。
 こいつが、また悪巧みをしたのです。
 奥様(それも美人)を奪われた太子は、親である王を恨むわけにもいかず、奸臣費無忌を恨みました。費無忌はそれを知って慌てました。
 他国の姫君をすすめて今の王には可愛がられているが、王が死んで太子が王になったらどうなるでしょう。 
「俺は間違いなく殺されてしまうぞ」
 それはまずい、ということで、先手必勝に出ます。王にウソを言ったのです。
「太子は謀反をたくらんでおります」
 王には思い当たる節がありました。息子の姫君を奪った、という事実です。我が子とはいえ、自分のことを恨んでいるかもしれない、と考えると不安になります。加えて、この王は、二人の兄を罠に陥れて自殺させ、それで国王の地位を手に入れた人だったのです。
 昔の自分と、今の息子が重なって見えます。
 王が犯そうとしている二つ目の罪とは、実の子を殺すことなのです。

 伍奢は、太子の参謀でした。
 王は、伍奢を呼びだして尋問します。
 そこで、冒頭のセリフを言ったのです。伍奢は、費無忌という人間を知っており、彼の悪巧みを察知していたのです。
 ですが、王は伍奢の弾劾に怒って、彼を牢屋に閉じこめてしまいました。痛いところをガツンとつかれて、伍奢と顔を合わせているのが辛くなったからかもしれません。
 王は、すぐさま太子を殺そうとしましたが、心ある人の助けによって、太子はどこぞの国に逃れることができました。
 伍奢は、というと。
 生かしておけば、いつ太子と結託して反乱を起こすかわからない、ということで殺されることになりました。しかし、問題が一つあります。伍奢には、優れた息子が二人いたのです。
 費無忌は言います。
「伍奢の二人の息子を生かしておいては、いつ太子と結託し、親の恨みをはらすべく反旗をひるがえすかわかりません」
「それもそうだ。どうするべきか」
 王が尋ねると、費無忌は、心中で残虐な笑みを浮かべつつ答えます。
「父を餌にして呼び出し、殺してしまいましょう」
 ・・・一発殴ってやりたい。

 牢屋に使いが走ります。伍奢に王の言葉が伝えられました。
「二人の息子を呼ぶように。二人そろって来れば、そなたの命は助けてしんぜる」
 二人が来なければ、当然、待っているのは死です。
 それは、伍奢にも充分わかっています。
「兄の子尚(ししょう)は来るでしょうが、弟の子胥(ししょ)は来ますまい」
 自分の言うとおりになったら、殺されるというのに、伍奢は平然として言いました。
 二人の息子を呼ぶことを承諾しませんでした。 

 兄の伍子尚、弟の伍子胥はどうするのでしょうか。
 皆さんが同じ立場になったらどうしますか。